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7月 16 2009

シャリー・プトラー⑥

3:33 PM ブログ

シャリー・プトラーが釈尊の弟子となって、数十年の月日が流れました。釈尊の右腕とい
われ、釈迦教団筆頭の弟子として釈尊にもっとも信頼され、多くの人に慕われたシャリー
・プトラーも、やがて死を迎えなければならない時がきました。

釈尊はパタリープトラ(現在のパトナ)からガンジス河を渡り、べッサリーに行かれそこに
あるベルツー村で雨期を過ごされました。このとき釈尊は、いよいよ涅槃が近いことを周り
の者達に告げられ、重い病気になります。暫くして元気になられた釈尊は祇園精舎にい
かれ、それからラジャグリハの竹林精舎に帰ってこられました。
シャリー・プトラーは、釈尊の入滅の近いことを天上界から教えられていました。
シャリー・プトラーが、自分に死ぬ時が近づいたのを感じたのは、釈尊が竹林精舎に帰っ
て来られたその時でした。そうして母のことを思います。
「老いたる母に私は十分親孝行してこなかった。最後に親孝行して自分が生まれた、その
部屋で死にたい」
このときシャリー・プトラーの母は、元気に故郷にいました。

シャリー・プトラーは、静かに釈尊の下にまいります。
「ブッダ、私の死ぬ時がいよいよ来たようです。どうぞ、私がナーランダに帰ることをおゆる
し下さい」
しかし、釈尊は何も言葉を発せられませんでした。このとき釈尊はシャリー・プトラーの心
をすべて知っていられました。知っていながら、それでも釈尊は何も話されませんでした。
それは釈迦教団創立以来、一番自分に尽くしてくれたシャリー・プトラーと、ここで今生の
別れをすることが忍びなかったからです。
シャリー・プトラーは三度申し上げると、やおら釈尊は口をひらかれます。
「シャリー・プトラーよ、御身はどうしてそんなに死を急ぐのか。御身はなぜここにとどまる
ことを望まないのか」
「ブッダよ、この頃、天上界の方々が私の前に現れて『釈尊は齢八十に向かわせられる、さ
れば涅槃に入る日も久しくはない』と教えられました。私はブッダが涅槃に入られるのを見
るに堪えません。そのうえ私は、いつかブッダから過去の諸仏の最高上座の弟子は、必ず
仏に先だって涅槃に入ると聞いたことがあります。ブッダよ、どうぞ、わが入涅槃をお許し下
さい」

釈尊はジッとシャリー・プトラーの言葉を聞いていられました。釈尊は自分の入滅を悟って
いながらも、最愛の弟子の死を悲しまれます。
「シャリー・プトラーよ、御身は先にいくのか。御身はよく入涅槃の時を知った、どこで死ぬ
つもりであるのか」
「まだ故郷に母が健在であります。その母のもとに帰り、私が生まれましたその部屋でと思
っております」
それを聞いた釈尊は、最後にシャリー・プトラーに言われた。
「それならそうするがよい。御身はわが弟子の中で並びなき者であった。比丘、比丘尼達の
ために最後の説法をするがよい」
多くの比丘、比丘尼達が集められシャリー・プトラーの最後の説法を聞きます。
「汝ら思うがよい。如来が世に出たまうこと稀である。信を得て如来の法を学ぶこともまた至
難である。この世は無常である。汝ら一心に道を修めて苦境をのがれよ」
シャリー・プトラーは話終わると、竹林精舎に帰り身の周りを整理して、鉢を持ってシャリー・
プトラーの一番下の弟、チェンダを従え竹林精舎をでます。多くの比丘、比丘尼達が途中ま
で従いました。

夕暮れ時にナーランダに着いたシャリー・プトラーは、自分の家に帰り生まれた部屋に入り
ます。仏典にはシャリー・プトラーのこの世の最後にあたり、母のため母が釈尊に帰依され
るために、ナーランダに帰ったと書かれてありますがそうではありません。
母シャリーは、自分の子供が釈尊の右腕として活躍していることを知っていました。また、
釈尊は度々ナーランダでシャリー・プトラーの求めに応じて説法もされ、シャリーも十分に
釈尊の教えも分かっていたのですが、夫はナーランダの村長でバラモンの指導者でもあり、
ナーランダの村民の中には釈尊の教えに従わない者もいました。ナーランダ村をまとめて
いくためには、シャリー・プトラーの母といえども、すべてを挙げて釈尊に帰依するというわ
けにはいかなかったのです。
シャリーは大きく成長した、わが子の死を、みとらなくてはならない立場に立たされたことを
悲しみます。そうして偉大なわが子を育てさせていただいたことを神に感謝します。
シャリー・プトラーの死を惜しむ人達が集まり、そんな中シャリー・プトラーは大勢の人々に
惜しまれつつ、この世を去ります。遺骸は火葬され七日間供養が続きました。
シャリー・プトラーを慕う人々が釈尊の許可を得て、シャリー・プトラーの火葬された後に、
壮麗な塔を建てました。

それから二百年後、アショカ王があまねく仏蹟を巡り、シャリー・プトラーの塔にも供養して、
次のような偈(げ)をもってシャリー・プトラー(サリープッタ)の徳を称えられました。


            我、サリープッタを礼し、
            もろもろの恐怖より解脱す
            その名、世にあまねく
            智慧、この世に等しきもの
            あることなし 






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