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3月 26 2013

心の教育の大事さ

11:05 AM ブログ

今度の安倍政権で、教育改革の一環として道徳教育の教科化を提言されました。当然賛否は分かれるのですが、私はやった方がいいと思います。

何か始めれば必ず文句をいう人はいます。しかし、これからは心の時代です。家庭で心の問題など教えきれないのですから(だって親が心の勉強などしてないですから)学校でも教えるべきです。

それにアメリカなどの他国は(もちろん共産国以外の国です)学校の授業に宗教の時間があると聞きます。(確認していないので正確には分かりませんが)日本も学校で心を教える時間は当然必要でしょう。

日教組やオカマの評論家のいうことなど、聞く必要ないのではないでしょうか、そのような人たちが学校教育をダメにしたのは明白なのですから。(それに気づいていない人も多いのですが)

人に対する思いやりや友情の大切さは、小さい時から徹底するくらい教えておいた方がいいのです。(じゃないと、大人になっても人に嫌がらせしたり、大恩ある師を裏切ったり平気でしますから。〔笑〕これからは、そのようなことをしていると命にかかわります)

そのような心は、人だけでなく自分自身も救うことになるからです。前にも書きましたが、天変地変の起こる原因は、そこに住む人々の心にあるのです。ですから、心の教育を小さい時からやっていれば、当然その地域は、思いやりや友情に厚い人が多く住んでいる地域となりますので、天変地変は起こりにくくなりますし、それにそのような心の人が多ければ、当然犯罪も減ります。

心の教育はよいことばかりなのです。心の教育をして悪いことなど一つもないのです。(へたすれば奇跡まで起きます)教科として取り入れて一体何がいけないのでしょうか? 

成績の評価の仕方うんぬんなど些細なことでしょう。(子供たちの一人一人の心が、その地域の多くの人を救うかもしれないのです。一人一人の心の評価はだいたいでいいのです)その子が思いやりや友情に厚いか薄いかは、先生が感じたままの評価でいいのです。だって、その評価が間違っていたとしても、思いやりや友情に厚い人間がよけい厚くなるだけです。

自分が思いやりや友情に薄いと評価されたら、もっと厚くなるよう心がけることです。それが自分自身をより救うことになるからです。

しかし、このような心の勉強をもっと浸透させるには、やはり正しい宗教ということは不可欠でしょう。

だってそうでしょう。それを知らなければ、なぜ人は思いやりや友情を大切にしないといけないのか、その根本が分からないからです。そんなの自由だと、俺は好きなように生きるのだといわれたら、そのことの大事さを理解させることができないからです。

ただ漠然と、自分勝手なことは周りが迷惑だからとか、それが常識といわれても、わがままいっぱいに育てられた子には分かりません。(最近そういうの多いし〔笑〕)

しかし、法(本当の神の教え)を理解しているのであれば、なぜ私たちはここにいるのか(神がつくられたから)なぜよいことをしなければいけないか(神につくられた私たちは、その神の心に合わせなければならないから)神の心とは何か(それは大調和の心。この大宇宙はすべて調和されている、大宇宙の星の一つでも勝手な動きをすれば、宇宙全体がおかしくなる。だから一人といえども勝手なことはしてはいけない)その神の心を個々に具体的に現したのが愛であり慈悲であり感謝の心(この地球も空気も水もすべて神が与えてくださっている。人がつくつたものなど一つもない。そのような神の愛の中で私たちは生かされている。すでに神の愛を十分いただいている私たちは、その神からいただいている愛を、今度はすべてのもの与え感謝するのは当然のことで、それがよい循環となってまたその愛が自分に戻ってくる)このような神の愛に満ちた世界に私たちはいるのだから、人に対する思いやりや友情、感謝の心などは持って当然であるし(自分自身もそれで救われる)自分勝手なことをしてはいけないのも当然のこと、と細かに根本から説明することができるからです。

しかし、いきなり法を学校で教えることは無理ですので、その手始めに心の教育は最低限必要なことなのです。

心の教育は自分だけでなく、多くの人をも救うことになります。すでに心のあり方をほっておいてよい時代ではなくなっているのです。

特にこれからは、そのようなことが顕著に現れてくることになります。何度もいいますが、心の勉強をしていないと命にかかわるのです。

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