4月 16 2013
法を知ることの理
それにしても北朝鮮の挑発も止まりませんね、何か日、米、韓、中がやられっぱなしとの印象を受けますが、そこはどうなのでしょう?
残念ですね、法を知っている人がいれば、いくらでもやり方があるのですが、法を知らない人ばかりです。それでは核などを持っているもの勝ちということになり、無理が通れば道理引っ込む式のやり方が、まかり通っても仕方がない話でしょう。
このような外交など見ていても、早く法を拡げた方がいいと改めて思いますが、なかなかそのような部分にも気づいてはいただけないようです。
例えば、このような危ない国の北朝鮮との外交などでも、法を知っているのであれば、祈りながらやれば天がよい方に導いてくれますし、仮に交渉が行き詰まりどうしようもなくなっても、最悪北朝鮮を祈れば、その北朝鮮国内にいろいろなことが起きてきて、交渉どころではなくなります。
そうなれば日本のペースで交渉ができ、少々無理なことでも北朝鮮は飲まざるを得なくなり(国内にいろいろ問題が起こり、そちらを早く収めなければならなくなるからです。その問題とは天変地変、内乱などいろいろあります)行き詰っていた交渉も進むということになります。
法を知っているのであれば、そのような奇跡が次々に起きて、よい方向に進むのです。それは、私がこれまでしてきた祈りの結果など知ってもらえれば、そのようなことは十分可能であると思われないでしょうか。
法を知るのであれば、すべてのことにおいて、十分なことができるのであって(それも力づくではありません。調和しながらです)だから法を知らなければいけないし、法を知ることが人として当たり前のことなのです。(本当の神の教えならそうではないでしょうか)
もう少し皆さん視野を広げられたらどうでしょうか。
例えば、今回の件でもそうですが、ここに私が地震の話を書きました。すると地震が起きました。この辺りの人は、だからおまえが悪いというのです。
なぜ私が悪いのか?
おまえが地震の話を書かなかったら地震が起きなかった、おまえが地震のことを書いて地震が起きたせいで多くの被害が出た、だからおまえが悪いということになるのです。
しかし、この意見は結果しか見ていない単純な意見であり、仮に私がここに地震のことを書いて、そのせいで地震が起きたとしても、では、何で私が地震の話を書かなければいけなかったのか?なぜ、ここに地震のことを書いて実際地震が起きるのか?ということは考えていないのです。
だから、私はずいぶん単純な意見である、といっているのです。
私はなぜここに地震のことを書いたのでしょう、なぜ、ここに地震のことを書いたら実際に地震が起きたのでしょう、一番考えなければいけないのは、実はそのことなのです。
それを多くの人はこれまでよく考えてこなかったのです。ですから、次々に異常な現象が起き、へたすれば日本は滅亡するのではないか(原発の件などまだ全然解決されていませんからね)という状況にまでなっているのです。
それもこれも、やはり多くの人たちの考えが間違っているからです。その間違いを正さないと日本はよい方向にはいきません。
それにはもう少し、自分の視野を広げなければいけないのではないでしょうか。
少し視野を広げるのであれば、なぜ、ここに書いたことが起きるのか、なぜ、この人はこんなことを書いているのか、という疑問が出てきます。そうなってはじめて、真実に気づきはじめるのです。
真実に気づきはじめれば、法の大事さが分かり神の運動をしなければならない、ということも分かってきます。
法を知ることは人としての道理であり、また、多くの人が法を知るのであれば、神の光に覆われて害から守られ、何事もうまくいく(天が協力してくれますので)ということになるのですが、それを何時までたってもやろうとしないため、まったく逆の現象が現れているのです。
なぜ法を知らないといけないのか?
それは特別な理由などないのです。法を知ることが人として当たり前のことだからです。



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