6月 15 2013
間違った思想の怖さ
今日は少し暑さも和らぎ、恵みの雨も期待できそうなので、一度天気の話題からはずれましょう。
現在の信仰が、どれだけ間違っているのか、ということで檀家制度のおかしいところを書こうと思いましたが、その前に間違った思想がどれだけ恐ろしいか、それをまず書いておきたいと思います。(その方が、より間違った信仰の怖さが分かると思いますので)
今書いた檀家制度のことですが、その檀家制度をなぜ徳川幕府は始めたのでしょうか?
これまでの日本の歴史家は、織田信長が比叡山・高野山の僧兵に、豊臣秀吉が浄土真宗の一向一揆に、苦しめられるのを見てきた徳川家康が、天下統一のためには、厳重な宗教統制をとる必要があると考えたことによって、と説明しているのですが、もちろん檀家制度が始まったのは、単にそれだけの理由からではありません。ありませんがとりあえず、その詳しい説明は省きます。(その説明だけで何回もブログを書かなければいけなくなるからです。それはまた別の機会に書きます)
ここでは、その檀家制度を始めるきっかけの一つとなった“島原の乱”を取り上げます。
この島原の乱は誰でも知っていると思います。
島原の乱は1637年に起こされますが、この乱の中心人物は、あのいろいろな伝説を残した“天草四郎”(本名 益田四郎時貞)です。
島原半島は、元キリシタン大名有馬晴信の領地で、その子直純が1614年に日向延岡に転封され、そのあと領主となった松倉重政、重次親子が、苛酷な年貢取立てと、キリシタン弾圧をやったために領民が隆起します。それが島原の乱です。
元々はキリシタン大名の領地です。領民はキリシタン信仰をしている者が多かったのですが、この当時、そのキリシタンの中でカリスマ的人気のあった天草四郎が中心となり、その父である益田甚兵衛好次が戦いを指導して、島原の乱は起こされたのです。
原城に立てこもった農民の一揆勢の総数は三万余人、それに対し幕府が動員した兵力は、幕府の直轄軍、熊本の細川、佐賀の鍋島、久留米の立花など諸藩兵力十二万四千人、圧倒的な勢力の差でした。
ところが、それほどの勢力差があり、しかも戦いを専門としていた武士たちが、この農民との島原の乱の戦いで一万三千人もの死者を出します。
戦闘を専門としていた武士の集団が、農民相手にこれだけの大損害を出したのですから、徳川幕府が宗教による結束を、どれだけ恐れたかは想像することができます。
このようなこともあり、檀家制度はつくられていくのですが、私がここで何をいいたいのかといえば、間違った思想の怖さです。
イスラムの人たちを見ても分かりますが、人は一つのことを正しいと思い込んでしまうと、それがどれだけ間違った行動で、間違った結果が出ていたとしても、その間違った思想が抜けるまでは、自分が間違ったことをしているとは思わないのです。
これは何も宗教だけとは限りません。例えば現在の日本でいわれている“唯物無神論”の思想も同じなのです。
神など存在しない、この世界はこの世だけ、と思い込んでしまうと、そのような考えではいけないという、どのような現象が起きても、それを認めようとしないのです。唯物無神論が正しいと信じているため、神の力、異次元の天使の力など存在しないと、多くの人が思い込んでいるからです。
だから、そのような方々から使わされ、それを信じざるを得ない現象が次々に現れても、それを認めず、その者を冒涜する(それはすなわち神を、また異次元の天使たちを冒涜する)行いをやめないのです。それこそ命を亡くすようなことが起きてもです。(それは島原の乱やイスラム教の人たちを見ても分かります)
自分の命よりも、その思想を信じているからです。だから、何が起きても、どれだけ恐ろしいことを自分がしているかも分からないし、自分がどれだけ不幸であるかも分からないのです。その唯物無神論という思想に染まっているからです。その思想が抜けるまで、自分の置かれている状況がちゃんと理解できないのです。
夢の中をさまよっているようなものだからです。だから、現実に起きていることが、しっかり把握できていないのです。
そのような人たちが、現実をしっかり理解するためには、その夢から目覚めないと分からないのです。つまり、その唯物無神論という思想が抜けないと、本当の現実を知ることができないということです。(夢から覚めれば、どれだけ恐ろしいことを自分がしていたのか、やっと分かるのです)
そんな夢遊病のような人たちが私の周りにはたくさんいます。
そのような夢遊病の人たちが、夢から覚めるには“唯物無神論”という思想を抜くしかないのです。



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