7月 01 2013
反省
昨日たまに行く神社で、一時間ほど座っていたのですが、いつもなら(日曜日でしたので)五人や六人、お賽銭を上げてお参りする人が来ているのですが、昨日は一人の人が来ただけでした。
神社や寺が、今のようなことをやっているなら、お参りしたところで何の功徳もありません。お年寄りには悪いのですが、そのような習慣はもうやめられた方がいいでしょう。(金と時間の無駄です)
この法が拡がっていくなら、そのような参拝をする人も減るでしょうね、そんなこといくらしても意味がないと分かるのですから。
別に私は、お寺や神社を潰そうとしているわけではありません。お寺や神社は今のようなお経を上げたり、お祓いをしたりしているだけのような、宗教的な意味があるようなふりだけして、実際は宗教的意義などまるでない格好だけの行いはやめて、早く本来の宗教としての正しいあり方である“人を教化する場”に戻さないといけないし“本当に死んだ人に引導を渡せる場”にしないといけないといっているだけです。
寺や神社がそのような場となるなら、布施してもらうのは当然の権利ですので、お参りしてお賽銭を上げようが、お布施をどれだけもらおうが私は一切文句ありません。そういう肝心な(人を教化し引導を渡す)こともしないで、格好だけつけて布施をもらっているから、私は、そんなところにお参りに行っても意味がないですよ、といっているのです。
そういう本来の役割を、お寺や神社が果たさないと、世におかしな人間が溢れるのです。(現実に溢れています。そんなおかしな人間が)
この前の集団パニックもそうですが、東京で何人もの小学生に切りつけた事件がありました。あの事件を起こした犯人も、普段から奇行が目立っていたそうです。いってることも何かおかしいので病院に入れて精神鑑定をするとかいっていますが、あんなのは完全に地獄霊に憑かれているのであり、本来なら坊さんや神主がいってその霊を祓い、しっかり教化しないといけないのです。
そういう意味では、精神異常者と思われる人が犯罪を犯した場合、今は病院に入院させますが、そうではなく(ああいう人たちは百パーセント、地獄霊に憑依されているのですから)別な刑務所のような場所に集めて、そこで坊さんたちに教化させる、ということをしないといけないのではないかと思います。そうしないと、病院では霊の存在を認めていません。それではそのような人たちは完全によくなりませんし、病院の医師や看護師まで危ないのです。そういう人たちは、本来は坊さんたちが教化しないといけないのです。(事故などで脳に障害を負って、それでおかしくなっている人は、現在のように病院に入院させ治療しながら治すというのは、それは悪いことではありません。しかし、精神的な病は病院では治らないのです。霊の存在を認めていないからです。その霊の作用が大きいからです)
その坊さんたちが(人の教化もしなければ)霊の存在を認めていないのですから、現在ではどうしようもありませんが、だから、早くこの法を拡めないといけないのです。
しかし、この肝心の法の流布のご協力がちっとも得られず、それもままならないのですが、高橋先生に祈りだしてから明らかに様子が変ですね。(昨日も何かあったようですし)
救急車のサイレンも連日聞こえるようになりましたし、周りの雰囲気が、また一段と悪くなったように感じます。どうも毎日のように何か現象が起きだしたようですね。
やはり高橋先生に直接祈るのは危ないですね。この辺りに起きていることだけでなく、一年ほど前に起きていたあの異常な天気(ありましたよね、異常な雷やヒョウ、最強の竜巻が起きたこと。あの時の天気は凄まじかったですからね)が、また起きだすのではないかと、実はヒヤヒヤして祈っているのです。
では、高橋先生に祈るのをやめればいいではないか、と思う人もいるかもしれませんが、これがやめることができないのです。
やめる理由がないからです。(理由もなくやめれないでしょう)私に対する嫌がらせをやめようとしないし(最近やる人が増えたのは、やはりおかしな現象が続けて起きていたからなんですね…普通はそんなこと続けて起きだしたらやめませんか。逆のことやってるんですから、よけい罰も当たるということになります。そういう天罰の原理お分かりになりませんか?)誰一人寄付をしてくれたわけでもありません。
誰も反省しようとしなくて、どうして高橋先生の祈りをやめられるでしょう。そんな中途半端なことしたら私が叱られます。
このブログを読んでる人が心を入れ替えてもらうほかないのです。
私は、この三年というものほとんど布施らしい布施をもらっていません。したがって、親のたくわえを食いつぶしているだけです。法を説いている私が生活がまともにできないようでは、それを聞いている人たちも生活ができなくなるのです。(その人たちが、いつまでも気づかないから私がそうなっているのですから)
ですから、この辺りの人に次々にそのような現象が現れているのです。(自分たちの生活ができなくなりますよね、家族が救急車で運ばれるようなことになれば)
もちろんそれは、このブログを読んでる人、全員がいずれそのような現象が現れることになるのですが、いかんせん、このあたりの人私に嫌がらせをしてくるのです。そういうことをすれば必然的に、そちらを先に反省させなければいけないということになって、それでこの辺りに次々に現象が現れるということになるのです。
それがいつまでも分からず、反省しようとする人がいないものですから、このような(反省を促すような)現象がずっと続いているというわけです。しかし、それでも反省をしようとしないものですから、私ももうどうしようもないということで、高橋先生に頼んだのです。(そうしたら、次々に現象が起きだしたというわけです)
ですから、それ相応の理由がない限り高橋先生に対する祈りはやめられないのです。
このあたりの人が反省し、布施をしていただく以外、この現象を抑える術はないのですが、どなたも布施してくれないのでしょうか?(本当に現在起きている現象の意味が分かる人はいないんですか?大変恐ろしいことが起きているのです。いつまでたっても多くの人が神仏に逆らっているからです。本当に多くの人が恐ろしいことをし続けているのです)
また、このようなおかしな現象がずっと日本は続いているのです。もういい加減このブログを前から見ている人は気づかれ、寄付していただけないでしょうか?(ずいぶんいいところにいったり、いい物を食べたりしている人いますが、私などこの三年間、コンビニの弁当か牛丼屋の弁当しか食べたことありません。そんな生活ができているのに、何で少しくらいの布施を無視するのか、意味が分かりません)
神に対する従順な態度、それを少しでも見せていただくほか、この状況を変える手立てはありません。
反省していただく以外、手がないのです。



人目の訪問者です。
