7月 12 2013
自分の間違いに気づかない愚かさ
昨日もまた暑かったですね。群馬の館林市では39.5度を記録したとか。その暑さのせいで熱中症になる人が続出し、救急車が足りなくなったところもあるそうですが(救急車が足りなくなったって)まったく起きてることも異常さの度がすぎてますね。
それでも「自然のことだからしょうがない」ですましてしまうのが、超・責任転嫁論(唯物無神論)の人たちの怖いところです。このようなこと自然というより明らかに不自然でしょう。
やれ地球温暖化だ、日本が亜熱帯のようになっているといくらいっても、異常に暑い時もあれば異常に寒い時もあり(異常に暑いのは分かりますが、亜熱帯のようになっているはずなのに、異常に寒いとはどういうことでしょう?)豪雨のところもあれば、異常な少雨のところもあり(東京大丈夫ですか?この時期にずいぶんダムの水少ないようですが)一昨年でしたかずいぶん分かりやすいことも起きました。
同じような時期に同じようなコースをたどってきた台風が、日本に上陸した台風は異様な強さ、大きさになり、日本に上陸しなかった台風は、全然発達せずに、小さいままで日本の近海を通り過ぎて行ったというあの出来事です。(このことはこのブログに詳しく書いておきました)
なぜ、こんなことが起きるのでしょう?
同じ時期に、同じような海上を進んできた台風が、日本を直撃した二つの台風(12号と15号でしたっけ?)はそれこそ史上最大の大きさ(12号)と史上最強の強さ(15号)に発達し、日本に上陸しなかった台風は(14号)まったく発達しなかったのです。(前のブログを確認していませんので、多少違っているかもしれませんが、正確に知りたい方は前のブログを読んでください)
気象庁も発達した台風は、この時期海水温が高いからこうなったとか、ああなったとか、いろいろ説明をしていましたが、まったく発達しなかった14号台風の「なぜこの台風だけは発達しなかったのか」という説明はありませんでした。
この時は、12号台風でしたか、日本に上陸したとたんスピードが一変に遅くなったという異常なことも起きました。(たしか高気圧が台風の進むのを遅らせたんでしたね、このようなことは最近よくありました。ブロッキング高気圧でしたっけ?)
このような出来事が自然でしょうか?明らかに不自然でしょう。(故意に起こされていると思われないでしょうか?)
科学者は、一部分だけとってしゃべっているに過ぎないのです。たとえば気象庁でも、起きた結果のデーターの当てはまる部分だけしゃべり、それを無理やり全体に広げてしゃべっているに過ぎないのです。
だから、大きく発達した台風は説明できますが、同じ条件でまったく発達しない台風は説明できないのです。(同じ条件なのに一方は発達し、一方は発達しないというデーターがないので、説明しようがないのです)日本は亜熱帯のような気候になっているとかいいながら、大雪が降れば(今度はその説が当てはまらなくなりますので)地球温暖化の影響です、とかいってごまかしているのです。
正味の話をするならば、科学者も、そのいってることが当たっているかどうかは分からないのです。(科学者は仮説を立てているに過ぎないからです。それが本当に正しいことなのかどうかは、誰にも分からないということです)
このように考えるのであれば、現在の科学者がいう“唯物無神論”は正しいことなのでしょうか?(すべて周りで勝手に起きている、というこの論がです。これも仮説にすぎないのです。正しいかどうかは、実は科学者もはっきり分からないのです)
全知全能の神が存在しないということを、なぜ科学者が分かるのでしょうか?これだけ説明がつかないことが多いにもかかわらずです。(それに宇宙がなぜできたのか、なぜ、現在あるような物質が存在しているのか、その他、科学者が説明できないことはごまんとあるのです。そのような人たちのいうことを、そのまま信じる方がおかしいのです)
元々、科学の科とは枝という意味であり、実は科学者は自分の専門分野以外はあまりよく分からないのです。(部分的なことしか分からないということです)だから、この世界のすべてに影響を与えている神の存在が分からないのであり(あまりに存在が大きすぎてです)その部分的なことしか分からない科学者のいうことを、全体に当てはめてしまったのが“唯物無神論”であり、この説はまったく違っているのです。(神が存在しなければ、説明がつかないことがいくらでもあるからです)
これまでも、不自然なことはいくらでも起きていました。しかし、その間違った唯物無神論という思想を多くの人が信じていたため、それに気づかなかったのです。しかし、もう時が来ています。その間違いに気づかなければならない出来事が、今私の周りで次々に起きています。
多くの人が唯物無神論を信じているため、不幸になっているのです。
多くの人が神と神の業を認めようとしないため、どれだけ不幸な現象が起きても、その不幸になっている意味が分からず、それをすべて私のせいにして、現在も不幸になる人が続出しているのです。
宗教は阿片といわれますが、これと同様に間違った思想も麻薬と同じなのです。どれだけ恐ろしいことが起きていても、その麻薬のような思想に犯され、その恐ろしさが分からないのです。恐怖が麻痺してしまっているのです。(その麻薬が抜けた時、初めて自分がどれだけ恐ろしいことをしていたか気づくのです)
ここに書いたことを裏付けるような出来事が次々に起きています。(私のいうことを認めない人には奇跡も何も起きていません。起きていることといえば悪いことです)
恐ろしいことをしている人に恐ろしい現象が起き、正しい行いをされた人(例えば私に寄付してくれた人など)には奇跡が起きているのです。
自分の間違いに気づかなければ不幸にしかなりません。
自分を幸福にするには、人の意見に耳を傾け謙虚な心で反省するしかないのです。



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