7月 19 2013
神に従うか、それとも逆らい続けるか
昨日は、東北や北陸など大雨になり、山形など一ヶ月分の雨量が一日で降ってしまったところもあり、土砂崩れや川の氾濫など、大変なことになっているようです。(最近、毎日こんなこと起きています)
このような集中豪雨が、昨日は静岡や九州でも起き、このような状況ではもうどこが安全か分からなくなってきましたね。(日本中の至るところで、何が起きるかわからない状況です)
気象庁も、そのような大雨が起きたメカニズムの説明は分かるんですが、では、どうすればそれが防げるのか、もっと早く予測できるのかを教えていただきたいものです。(だって、大雨が起きるメカニズム聞いたところで、そちらの勉強するわけではないのであまり意味ないでしょう)
マァ、それができないから困っているのですが、どうですかこのブログを読んでる皆さんは、科学の限界はこの辺りだということが、だいたいお分かりいただけたと思います。神の心を勉強された方がよほど救われると思いませんか。
ソロソロそれに気づかれた方がいいと思います。でないと、かなり恐ろしいことが起きだすのではないかと想像できます。
というのもこの辺り、何か連続して起きているようだからです。(この救急車のサイレン聞けば、それは何か連続して起きているんでしょうが)
起きてることが、これまでのようなことではなく、これまで以上のことがです。だって、明らかに雰囲気おかしいですもんね。(それもかなりです)
よろしいんですか?そんな怒ったような態度ばかりしていて?(今日も朝から前の会社、物を投げつけるわ、でかい音立てるわで、何か怒り狂ってる人います)
こんな状態ですので、最近同じような道帰れないんですよ。ファンの人が待っていて嫌がらせされ兼ねないもんですからね。私もこれだけ嫌がらせされると、もう何か少しでもされた時点で即座に祈ってしまいます。それこそあちこちで何が起きるか分かりません。
別にいいんですけどね。私がどれだけ祈っても、私に悪気がない人には何か起きるわけではないのですから。(間違った祈りは聞かれませんから)しかし、悪気がある人があまりに多そうで、特に最近は悪気がある人が増えましたね。というより、ここ数日は何かすごいですね。(特にこの近辺は)よほどのことが起き始めたのではないかと思われます。
いいですか、よく聞いてください。何か恐ろしいことが起きているなら、それは“神”が起こしているのです。私ではありません。私にどれだけ嫌がらせしたところで同じです。それどころか反省がないということで、よけい恐ろしい現象が現れてきます。そのようなことをしている人たちは、全員いずれは恐ろしい現象が起こり地獄行きです。よろしいんですか?それでも。
感情的になり、やたら怒っているようですが、それは私に怒りを向けているようで、その実、そのような神の業に対し怒りをもっているのですから、それはすなわち神に対し怒りをもっていることと同じなのです。神に怒りをもてば恐ろしいことが起こります。その心を反省する以外助かる道はないのです。
自分たちが悪かったと、神に詫びる以外、恐ろしい現象を抑える手立てはないのです。自分たちが素直に反省する心を持つしかないのです。
多くの人が神を観ようとせず、自分のことばかりやり聞く耳を持たない、そのような心を反省させるため、神がこのような現象を起こし、反省を促しているのです。(この辺りだけではありません。全国的に起きている異常現象を見てもそれは分かるはずです)それが顕著に現れる時代がすでに来ているのです。(もう時代が完全に変わっているのです)
これまでのような神に対し不遜、不信心、そうしてお前が悪いという責任転嫁、そのような心を持ち続けているのならば、そのような心を反省するまで、今起きている恐ろしい現象は止まりません。どれだけ怒っても無駄なのです。
何度もいいますが、私のいうことを聞いてください。この神の教えは勉強しなければいけないし、この教えの流布に協力しなければいけないのです。(それが神の心だからです)
現在は、唯物無神論という超・責任転嫁論に加え、自由・平等という共産主義が、神の心から多くの人を遠ざけるのに拍車をかけています。(そうではないですか、すべて責任転嫁して、なおかつ自分は自由〔わがままを増長するだけです〕平等〔すべて平等なら神を神と思わなくなります〕などと思っているなら、神の心など知ろうとも思わないのです。自分の考える〔小さな〕世界がすべてだと思うからです)
このような思想が、どれだけ多くの神の業が現れても、その意味を分からなくさせ、畏れさえなくさせているのです。
しかし、よくよく考えるのであれば、多くの人はずいぶん恐ろしいことをし続けているのです。
どれだけ神の業が現れても、それをすべて他のもののせいにして一つも反省しようとせず、この辺りの人に至っては、その神の業が身近に現れているにもかかわず、それでも自分が悪いとは思わず、一人の者のせいにして、それに怒り逆らい続けているのです。
これが、どれだけ恐ろしい行為か、お分かりいただけないでしょうか。
それが分からないというのであれば、その恐ろしさが分かるまで、恐ろしい現象は現れます。しかし、その恐ろしさが分かり、自分が反省できるのであれば、その恐ろしい現象は(その反省ができた人から)現れなくなります。
神に従いますか?それともまだ逆らい続けますか?
(時代が変わっているのに、その時代が変わったことに気づかず、前の時代の考えのままなら、その人は落ちていくしかありません。時代が変わったことに気づき、その時代に合わせた心を持てる者しか、その時代には残れないのです)



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