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1月 05 2021

神理の凄さと神理への帰依

皆さん、もういい加減、頭を下げ感謝して布施されたらどうでしょう。そうしてこの神理に帰依されたらどうでしょう。

そうしたそうな人もこの辺りはいそうな気がするからです。

昨日も歩いているとちょこちょこ嫌がらせをしてくる人も多かったんですが、家の前にボーっと立っていたり、会社の前に立ってこちらを見ていたり、会社の窓からこちらを見ていたり、そういう人もチラホラいたからです。

別にそういう人たちが、感謝の布施をしたがっていると、神理に帰依したがっていると、そうはいいませんが(にらんでいた人もいましたから。〔苦笑〕)それらしい人もいましたので、そう書いているだけです。

この前の(私に頭を何度も下げて来た)オバちゃんのような人もです。

昨日は、その頭を何度も下げて来たオバちゃんの家の前も通ったんですが、昨日通ると玄関の前に猫が一匹、体を丸めていました。

多分この前オバちゃんが抱いていた猫でしょう。だから私が「何だ今日はお前だけか。何やってんだそんなところで」と、その猫に話しかけながら歩いていくと、その玄関越しにオバちゃんが玄関の中で何かしているのが分かりました。(そこの玄関はガラス戸なので、透けて見えるのです)

だから「何だオバちゃんいるのか、なら感謝して布施しろ」といいながら歩いていきました。

もうこのオバちゃんなど、私に布施をしたくて仕方ないんではないですか。そうであるならもうドンドンしてください。遠慮なさらずにです。(笑)いくらでも私は受け取るからです。こちらも遠慮なしにです。(笑)

要はもう帰依したいんでしょう。このオバちゃんはこの神理にです。だから何かとかまってくるんではないですか。私が歩いてくるとです。

この正法神理が気になって仕方がないからです。

そういう人が多いのではないでしょうか、この辺りはです。もうこの辺りは誰もこの神理のご加護をよく知っているからです。

すでに私はもちろん、私以外にどれだけ神理のお蔭が現れているか知れないからです。(私以外は災いばかりでしょうが)

この辺りの多くの人たちは、そのことをみな知っています。だからこの正法神理の凄さは誰も分かっているのです。

だから、帰依したがっている人も多いのではないのかと思うのです。これだけ多くの災いが、これだけたくさん全国規模で起きて来てはです。

天変地変は止まらないし(大雪は続いているし)そこにもってきてのコロナ禍がまた爆発的に増え出しています。

さすがに不安でしょうね。こちらなどそれだけではすまないのですから。

それに加えてこちらは過ぎ越しの祭は出る、癌は出るです。もうジッともしていられないのではないですか。何も知らない人たちならともかく正法神理の凄さをよく知っている人たちはです。

敵に回せばこれだけ怖い教えもありませんが、味方につくなら、これだけ頼れる教えもないからです。

そんなの誰だって分かるでしょう。この辺りの少しまともな人たちならです。(怒りに〔責任転嫁に〕こり固まっている人では分からないでしょうが)

だから、この辺りは帰依したがっている人もいるのでは(多いのでは)ないかといっているのです。私はです。

今のままではいつ自分に災いが降りかかるか知れないからです。

しかし、こちらの人たちならもうお分かりですよね。この神理に帰依するなら、過ぎ越しの祭はもちろん、癌だってならないとです。

だって、逆に神理にまともに逆らって癌が出まくった連中がいますが(教育研究会未来やどこかの会社や運転手連中など)しかし、園頭先生が説かれていた頃の正法会の人たちは癌になった人などきいたことがなかったのです。

その同じ人たちが神理に逆らいだしたとたん(未来の北村氏の話をきき出したとたん)次々に癌になっていったというのですから、これだけ分かりやすい話もないわけです。

そうして、こちらの人たちもまったく同じでしょう。神理に逆らいだしたとたん、癌になる人が次々に出て来たというのですから、そうであるなら、神理を正しく実践するなら癌などならないし、神理に逆らうなら次々に癌になっていくと誰だって分かるはずです。

不思議な話ですが、そういうことが次々に起きているからです。

こちらの人たちだけとか、未来の人たちだけそうなったというのではないのです。同じことをしている人たちに同じことが起きているのです。(こちらの人たちもそうですが〔私に逆らいまくっている〕未来の北村氏の話もひどかったですからね。散々園頭先生の悪口をいっていて、神理を正しく説いているわけではありませんでした。〔ということは、神理にまともに逆らっているということです。神理を正しく説けないだけでなく、正しく神理を説かれていた園頭先生の悪口までいっているのですから〕そういう話をまともにきいていた人たちが次々に癌になって死んでいったのです。こちらの人たちと同じです)

では、これだけエビデンスがある話もありません。もう理解すべきでしょう。神理がどれだけ凄いのかということをです。それだけ大きな影響を(よい方も悪い方も)人々に与えてしまうからです。

本当の神の教えとはそういうものなのです。だから生半可な気持ちでこのブログを見ていてはいけないと何度もいっているのです。

それだけ大きな影響を多くの人々に与えてしまうからです。神理はです。

それはともかく、だから過ぎ越しの祭はもちろんですが、神理を正しく実践するなら癌にもならないということです。(もちろん、すでになっている人たちでもそれ以上癌がひどくなることはないでしょう。むしろ治っていくということです。神理の実践をすればするだけです)

だったらやらない手はないでしょう。これだけ有難い教えもないからです。

そうしてコロナ禍にしたってです。前に書いたコロナウイルスを防ぐ祈りをするならまず感染もしないでしょうし、仮に感染してもです。

私たちが祈るのです。(神理に帰依した人をほっとくなどあり得ませんから。私たち神理の実践者がです)そうすればまず回復するでしょう。そんな後遺症も残らずです。

それくらいの奇跡は起きるからです。神理の実践をしているのならです。

そしてもちろん天変地変も防げます。(そういう証明はすでに何度もしています。心で〔祈りで〕天気が変わるという証明はです)

よく考えれば、これだけ災いが起きている時に、これほど適した(変な言い方ですが)教えもないわけです。

そのような災いからすべて守られる、これだけ有難い教えもないからです。

別に私は特別よいことばかりを書いているわけではありません。これまで起きて来たことを書いているだけなのです。

だから少しそれを振り返ってみても、そのような事実は分かるということです。そのような奇跡が多々起きているからです。正法神理にはです。

だからこの正法神理への本気の帰依を考えてはどうですかといっているのです。

これだけ災いが現れて来ていてはです。今のままの心ではまずどこかで自分にもその災いは現れてくるからです。(まして神理に逆らい続けている人などなお危ない。どこかの会社など〔今日から来ていますが〕また何か起きているようで先ほどまで静かだったのに急に怒り出しました。今年も変わりません。ほんと哀れです)

他の地域の人たちはともかくです。こちらの人たちはみな知っていますよね。そのような神理の事実はです。

特に、この近辺の人たちはよく知っているはずです。神理の現象の体験者も多いからです。(残念ではありますが、悪い方の)

では、神理の凄さは分かるはずです。この教えと他の教えとでは全然違うとです。

その違いが分かる人たちがやらないといけないのです。そういう人たちがまず見本を見せないと、他の地域の人たちは分からないからです。

どれだけこの正法神理が凄いのかはです。

自分が体験していないのですから(私のブログを見ているだけなんですから)それは分からないでしょう。やはり自分で現象を体験するのとしないのとでは全然違うと思うからです。体験者と体験していない人たちとではです。

だから体験しないと分からないということです。この神理の凄さはです。

だからそれを体験したであろう、あのオバちゃんなどさっさと布施してこの神理に帰依されてはどうかといっているのです。神理の凄さはそのような人たちが一番知っているからです。

昨日のオバちゃんでもそうですが、この辺りで神理の凄さを知っている人たちは後はするだけなのです。

神理への帰依をです。そうすれば確実に救われるからです。

またそうしなければ救われる道はありません。勇気をもって頭を下げて帰依してください。

そのような勇気ある正しい行いが、自分だけではなく多くの人々をも救うからです。

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1月 04 2021

現象が現れる有難さ 時代に合わせた進歩

昨日の箱根駅伝は凄かったですね。最終十区で奇跡の大逆転。

こういうことが起きてしまうんですよね。間違った宗教団体がつくっている大学などはです。

そういう時代になっているのです。(正法の世)だからあんな普通では起き得ないようなことが起きるのです。とても逆転されそうもない差を大逆転されてしまうような、ああいう運の悪いことがです。(最終区で三分以上の差があったんですから。一位と二位との差はです。普通なら楽勝で優勝できてます)

もし、あのままあの大学が優勝してしまうなら、やはり、その宗教は正しいと、この信仰をしていたから優勝できたのだと、その大学の大学生など思ってしまいます。しかし、あんな考えられない大逆転負けが起きればどうなりますか?

自分たちがしている信仰は本当に正しのかと疑問を持ちます。だからそのように導いているのです。神がです。

何度もいいますが、もうそういう時代になっているからです。いつまでも間違った信仰などしていれば災いが起きる(天罰がくだる)そういう正法の世にです。(数日前に起きた天理教教会の火事なんかもそうでしょう。そういう運の悪いことが起きるのです。間違った信仰などしているところはです。段々正法の世が深まって来ているからです)

だから、これほどの災いも起きてくるわけです。いま現在は間違った信仰をしている人たちばかりであるからです。

そうして、その反面、次々に奇跡が起きてくる人もいるわけです。正法の世には必ず正法神理が出現するからです。

だから、その正法神理を実践している者は必ず奇跡が起きてくるのです。

だから、その奇跡が証明となって、神理の実践者は分かるはずなのに、それが分かっているにもかかわらず神理を無視している。

どんだけ罰当たりなのかということになります。現代の人たちはです。

そういう罰当たりな人たちばかりだから、これほどの災いも起きてくるのです。現代の人たちの傲慢さはまさに言語に絶するからです。

しかし、もうそういう態度を取っていれば災いが起きると誰だって分かるのです。(このブログを見ている人たちなら)それでもまだ同じ態度を取り続けるというのはあまりに進歩がないのではないでしょうか。

これだけ分かりやすく現象が現れ続けているのにです。

また、これだけ分かりやすく教えてもらえるのも神理にかかわっているからなのです。だからこれだけ親切丁寧に(?)教えてもらえるのです。自分たちの間違いをです。多くの災いが現れることによってです。

有難い話なのではないですか。普通であるなら分からない自分の間違っているところがいろいろ分かってくるからです。そのような災いによってです。

時には命を落とす人までいるようですが、それは自分が悪いのです。いつまでもくだらない我を張り続けているからです。

そのような我を張っていてはいけないと、自分の間違いは素直に認め反省しないといけないと、最悪命をなくしてまで教えてもらえる。

これだけ有難い話もないのではないでしょうか。そこまでとことん正しいことを教えてもらえる教えなど他にはないからです。

だから、甘えは許されないということです。この神理の前ではです。

大人であろうと子供であろうと神理の前で間違った心を押し通すなら、最悪命を落とすこともあるということです。そういう命懸けの教えなのです。この正法神理はです。

有難い話でしょう。命を落としてまで正しいことを教えてもらえるのですから。

ある意味これほどの教えもないわけです。黙っていても命懸けで勉強できるからです。(そんなつもりなどなかったもへったくれもありませんよ。私はそういう話を前から書いているからです。そういう気がない人たちはこのブログを見ていてはいけないとです)

だから、一々、自分たちに何か起きたからと私のせいにされても困るのです。神理にかかわるなら、そういうことが起きるのが当たり前であるからです。またそういうことが起きることが有難いからです。

そのような現象が起きないと分からないでしょう。自分が正しいということも間違っているということもです。奇跡も災いも起きなければ口でいっているだけでは、本当にそのことが正しいのかどうかは分からないからです。

そのような現象が起きて来てはじめて自分のいっていることは正しいと(または間違っていると)分かるからです。

だからこれほど有難い教えもないのであって、だからいつまでも同じ態度を取っていてはいけないといっているのです。そんな態度を取っていると災いが現れますよといっているのです。

実際そういうことが起きているからです。また、そういうことが確実に起きるのが、この正法神理であるからです。

だから、悪いことが起きたとこちらを逆恨みされても、間違ったことをしていれば、そういうことが起きるのであり、また、そういうことが起きることが有難いのであり、他のどの教えであろうとそんなことは起きて来ないのです。

だから、そういうことが起きて来たのなら逆に凄いと驚いてもらわないといけないのです。そんなこと普通は起きては来ないからです。普通では起きて来ないことが起きているからです。

だから進歩していかなくてはいけないのです。そうしないと悪いことは起きてくるからです。

それに、そういう悪いことはもう特別この神理にかかわっていなくても起きるのです。先ほども書きましたが箱根駅伝や教会の火事など見てもそうでしょう。

そうして、コロナ禍や大雪など見ても分かるでしょう。間違った信仰をしている人たち(心が成長していない人たち)には、そういう悪いことが次々に起きてくるのです。

もうそういう時代になっているからです。

だから、そのような時代になったのなら、そのような時代に合わせて進歩していかないといけないのであって、そのように進歩している者にはちゃんと奇跡が起きてくるのです。

私たちのようにです。

だから進歩がないから、災いが起きてくるのであり、心が正しく進歩、成長するなら悪いことなど起きずにちゃんと奇跡が起きてくるのです。(心が成長している人でも、その人の心の成長を促〔うなが〕すような、そういう悪いことは起きて来ます。しかし、そういう悪いことは、後でそういうことが起きたからよかったと必ず思えるのです)

それなのにそれをいつまでも責任転嫁している、本当に進歩がありません。そういう進歩のないことをしている間は災いは止まらないのです。なぜなら、その災いはその自分の進歩がないことを教えているからです。

そういうことが、神理にかかわるなら非常によく分かるということです。

こういうことが分かるのもこのブログを(神理を)見ているからです。また、そういっていることに間違いがないから私には奇跡が起きているのです。

このブログを見ている人たちは、知らず知らずの間に心に関する多くのことを教えられているということです。そういう自覚が自分たちにないだけでです。

少しは感謝されませんか。そのような感謝(報恩の行為を)するということが、自分の心の進歩向上につながっていくからです。

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1月 03 2021

悪化 陰謀論 寿命

東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県の知事が緊急事態宣言を要請したようですね。

しかし、政府は緊急事態宣言を出してもどれだけ新型コロナの感染が抑えられるのかと懐疑的であるとか。ほんと事態はドンドン悪化していきますね。

そうして日本海側を中心とした大雪も、すでにずいぶん降って北海道や東北、北陸を発着する空の便で欠航が相次いでいるとか。それでもまだこれから大雪になる恐れがあるようで、これもまたドンドン悪化していきます。

だいたい寒気が止まらないんでしょう。また今週後半くらいから一段と寒くなるんですよね。では、雪はもっと激しくなりませんか。そんな強烈な寒気が入って来てはです。

これ大丈夫なんですかね。まだ今年に入ったばかりですが、何から何まで悪化していてです。

そうなるんでしょうね。なにか今年に入ってメールが届かなくなりましたが、これも通信費を滞納しているせいでしょうか?(もう何から何まで滞納です。布施をもらえないから)

だから、こちらもかなり悪化して来ています。神理を説く者の周囲が悪化しているのですから起きることも悪化していくでしょう。

いつまでも罰当たりな態度をこのブログを見ている多くの人たちが取り続けているからです。

これではこの辺りに起きている過ぎ越しの祭も悪化しそうですが、この辺りの人たちは大丈夫なんでしょうか? まさかバタバタ逝ってしまっているということはないでしょうね。

どちらにしてももう秒読み状態でしょう。神理が説けなくなる状況のです。

だから書いておくということでもないんですが、去年の大晦日の中日新聞にです。

陰謀論のことが書いてありました。アメリカ大統領選の不正や中国を悪とみなす論は陰謀論でデタラメであるとです。

「闇の勢力と戦うという分かりやすい構図を信じることで、不安を取り除こうとしているのだろう」などという専門家の話など載せていましたが(闇の勢力が存在すると分かるならよけい不安になると思うんですが…)しかし、ありますよね。そのような陰謀はです。

もうずいぶん前からです。(何十年も、何百年も、そうしてもっと前からです)

しかし、この中日新聞をはじめとしたマスコミなど、正しことを載せたくても載せられないという事情はあるにせよ(マスコミもコントロールされていますから。その闇の勢力からです)正しいことと間違っていることをゴチャゴチャにして、正しいことを分からなくするというやり方はどうかと思いますよ。

そこまで闇の勢力の味方にならなくてもよいではないかと思うからです。(ほんと悪の味方をするなどあまりにやることが姑息でしょう。同じ人間としてです。少しは良心はないのですか? マスコミにです)そんなことしたらまた多くの人たちが騙され不幸になっていくからです。

昔からフリーメーソンや(今も友好団体としてマスコミではいわれていますが…マスコミがいうのですからね。あまりまともに信じな方がいいと思います)シオンの議定書(百年以上前にユダヤの長老たちが書いた先の世界が書かれてあるという書です。そのシオンの議定書に書かれた通りの世界が現在出現していますが)の存在は広くいわれていましたし、そういう人たちがいわれた通りの世界が、いま現在世界に出来上がっているということはもはや承知の事実です。

いつまでもそのような存在を隠しておくというのも無理があるのではないでしょうか。やるなら表に出て来て堂々とやってほしいものです。

そのような人たちがどれだけそれを(人類の支配を)隠して行っていたところで、神はすべてを知っていられるからです。

そうして許していられるからです。そのような人たちの行いもです。その人たちが自分たちで気がつくまでです。自分たちの悪にです。(もちろんそれも限度がありますけどね。だからそのような人たちの裏からの世界支配も百パーセントうまく〔予定通り〕いっているわけではないでしょう。神がいきすぎないようコントロールされているからです)

しかし、中日新聞が陰謀論などのごまかしを、デカデカと書くようになったということは(社会面にではありますが)それだけそのような人たちも焦ってきているということではないでしょうか。

多くの人たちに自分たちの存在が(そうしてその目的が)バレつつあるからです。

しかし、そのような人たちにも寿命はあります。金があるからと自分たちの好きなような世界をつくって多くの人たちを不幸にするなら、そのような人たちはみな例外なく死後は地獄に堕ち、そこで死ぬほど反省させられるのです。

自分たちの生前の行いをです。

それは金のあるなしにかかわらず同じ体験を皆することになります。だから今生、金と権力があるからと、あまり自分たちのことばかり考えて自分たちに都合のいいやり方ばかりを(裏から)しているのなら、あとで泣くのは自分たちなのです。(大きな悪を犯せばそれだけ大きな苦しみがいずれ自分たちに返ってくるからです)

もう少し愛を出しませんか。愛とは(自分のためではなく)人のために尽くすことをいうのです。

そのような愛を出した人たちだけが本当に救われていきます。

この世に生まれて来た目的を多くの人たちは忘れているのです。私たちがこの世に生まれて来た目的は、どれだけ多くの人たちに愛を出すことが出来たのか、それのみなのです。

その逆のことをしているのなら(愛の反対は苦しみですから)その程度に従い、その苦しみはいずれ自分自身に返ります。

しかし、愛を出しているのなら愛しか返ってきません。愛を出すということは人を助けるだけではなく、自分自身をも救うことになるのです。(そのような自分が出した愛が最後には自分にも返って来て)

愛を出さない人が多い間は、この世に起きる災いはなくなりません。その災いがドンドン増えて来ています。

それだけ愛を出す人が少ないからです。

この正法神理ほど愛を出す教えもありません。(だから私などメチャメチャ愛が返って来ています)少しは興味を持たれてはどうでしょう。どの人もです。

だからこの正法神理をこの世から消してしまうならです。どれだけ災いが現れるか知れないということです。

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1月 02 2021

不思議な初夢

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今年はどこまでやれるか分かりませんがやれるところまではやります。しかし、予想通りですよね。

何かレベルが違ってきていませんか。例えば新型コロナの感染でもです。正月休みだというのに昨日も一昨日もずいぶん出ている様だからです。一日の感染者がです。

昨日も多かったんですが、一昨日など凄かったですよね。東京など千人を超えたようではないですか。(千三百人超えでしょう)隣の神奈川も凄いし、もう関東では始まってませんか。

感染爆発(オーバーシュート)がです。(それなのに箱根駅伝ですか…ほんと危ないです)

これから怖そうなんですが日本海側の大雪も凄そうです。まだこれから降るんですよね。(来週以降も)大雪がです。

大丈夫ですか。止めなくてです。このままほっとけば、この後どれだけ災いが(ということは不幸になる人が)増えるか知れませんよ。

このブログを見ている多くの人たちがいつまでも神理を無視し続けているからです。

昨日の元旦でも昼くらいから半日近くもこのブログを読んでいた人もいるようです。それほど熱心に読む人がいるのなら、もう心を入れ替え法の実践と流布に命懸けで取り組みませんか。

そういう人が何人も出てくれば奇跡が起きる人も増えて来て災いも減ってくるからです。

しかし、今のままではまだこれからどれだけ災いが現れてくるか知れないからです。

それなのに本当に冷たくやる気のない人が多いようです。このブログを見ている多くの人たちはです。どれだけ不幸が現れて来ても神理など知らぬ存ぜぬをいつまでも通しているからです。

本当に冷たく不遜な態度です。普段から神理を読むだけ読んでいて知らぬ顔もないからです。

それでは普段お世話になっている人にお世話になっている時だけはいい顔をして、外でその人にあって、その人がどれだけ難儀をしていても、そ知らぬ顔でいってしまう人と同じであるからです。

そういう態度を取る人は何て冷たくて不遜なんだとこのブログを見ている人たちは思わないでしょうか? そういう人と同じ態度を取っているのです。

このブログを見ている多くの人たちはです。

そういう冷たくて不遜な人たちが、それに気づいて、今年こそ変わってくれる人がたくさん出て来てくれることを願ってやみません。

そうしないと、そんな態度を取り続けている人たちが危ないからです。もうずいぶん去年はそういう冷たい人たちが逝ってしまったからです。(地獄へです)

それはそうともう初夢を観た人はいるのでしょうか。私は観ました。今年はずいぶん不思議な初夢をです。

よく分からない夢ですが、一応、書いておきます。後でその夢の意味が分かってくるかもしれないからです。よくそういうことが起きるからです。このブログを書いているとです。

昨日のことです。昨日は寒かったし元旦に出ていってあまりでかい声でしゃべっても迷惑かなと、嫌われているのがよけい嫌われるなとも思って(苦笑)一日、家にいたのですが、まあ、ほとんど毎日午前中はブログを書いて、昼からは歩き回って疲れ気味でもありましたので、昨日は午後から寝正月を決め込んでいたのです。

その昼寝をしていた時に不思議な夢を観たのです。その夢とは次のようなものでした。

私がある場所で新聞を読んでいたのです。しかし、その新聞は少し重たくて一部がピカピカ光っているのです。

青や赤色にです。新聞の中からそのような色の光が出ています。

それで何でこの新聞、光っているのかなと、何か挟まっているのかなと、新聞をペラペラめくりますが、その新聞には何も挟まってはいません。しかし、一部分からピカピカ光が出ていましたので、それでその辺りに何かあるのかなと、その新聞をやぶくと、その新聞の中からです。(薄っぺらなです)

なんと携帯電話が出てくるではないですか。その携帯がピカピカ光っていたのです。その光が薄い新聞の紙を通して外まで見えていたというわけです。

何でこんなところに携帯が? と不思議だったんですが「この携帯、誰のだ」と思っているところで目が覚めたのです。

これだけの夢だったんですが(だから意味も分からないんですが)何で私がこんな訳の分からない夢のことを書いたのか? というとです。

夢の意味は分からなかったんですが、その夢をあまりに鮮明に覚えていたからです。きれいについている色までです。(私は黒い点々が全体についている真っ白な服を着ていて、そうしている場所も和風の居間のようなところにいて、外を見ると真っ青な空が広がっていて、外の芝生が広がった庭のようなところから部屋の中に太陽〔黄金色〕の光がパーっと差し込んでいました)

なかなかカラーの夢を観る人も少ないと思いますが、GLA誌にです。

高橋先生が白黒の夢を観ている人はまだまだで夢を観るなら、きれいなカラーの夢を観るようにならないといけない、ということをいわれていたと書いてあったのです。

だから、そんなきれいなカラーの夢を初夢で観たものですから、何か意味があるのかなと、それでここに書いておこうと思ったわけです。

そういう夢なら後できっとまた理由が分かると思ったからです。

そのような初夢もです。去年の年末に私が予想した通りのことが(すべてのレベルが上がるという)起きてくるようなら意味も分かってくるでしょう。

今年は初めからあまりよい年になりそうな気がしませんが(コロナの感染者も多いし、大雪も凄そうだし)それも多くの人たちの心が変わることによっていくらでも起きてくることは変わります。

今年こそ、多くの人の(神の側への)変心を期待しています。

そうすればいくらでもよい世の中になっていくからです。

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12月 31 2020

十年終了

今年も今日で終わりですね。これで2020年も終わりですか……しかし、今年は凄い年になりましたよね。

まさかのコロナ禍でパンデミックが起きるとは一体誰が予想したでしょう。そして、そのコロナ禍はまだまだおさまりそうもありません。

そうして天変地変も相変わらず激しかったし(台風は来ませんでしたが、七月豪雨とか、最近の大雪など)こちらはこちらで、次々に天罰がくだって最後は過ぎ越しの祭が始まったということまで分かって、にもかかわらずこのブログを見ているほとんどの人たちはまだ神を信じようとせず、未だ自分たちの心を変えようとしない。

それではまだこれからどこまで災いが増えるか知れませんが、このような2020年を振り返ってみると、今年の漢字は私的には「病」ですかね。

今年くらい病がクロースアップされた年もないと思うからです。(コロナ禍とこちらは癌や過ぎ越しの祭で)

そうして、その病はまだまだ増えてくるというのに(今のままでは確実に増えますね)それでも神に頭を下げようとしません。このブログを見ている多くの人たちはです。

これだけ災いが増えて来ているのに未だ神理に布施しないということでもその事実は分かります。

いや傲慢、傲慢。(苦笑)しかし、私は今年でブログを再開してからまるっと十年になります。(2010年から再開しましたので)

それから始まりましたからね。私の本格的な神理の流布はです。

そこから様々な奇跡も起こり始めたのです。だからよく考えてみれば記念すべき年ではありましたよね。

2020年はです。神理流布の十周年記念ということになりますから。(笑)

しかし、まあ、ずいぶん貧相な十周年です。未だ多くの人が神理にはソッポを向き、こちらはかつかつの生活ぶりで、もういつ神理の流布が行えなくなってもおかしくはないという状況であるからです。

まったくもってひどい状態なんですが、それに比例するかのように世に起きる災いもひどくなっています。

そうなるでしょうね。世に神理が説かれて十年になるというのに、そうしてその間に多くの奇跡も現れたというのに、それを知っている人たちの多数が、それでも神理に対し無視を貫いているというのですから。

それだけ罰当たりな行いもありません。当然多くの天罰はくだるでしょう。

残念ではありますが、その通りのことが起きています。

こういう罰当たりな人たちばかりでは、ここからの神理の発展があるのかどうか、今はまったく分かりませんが(というか、まず無理ですね。この状態ではです。よほどの奇跡が起きない限りはです)そのように考えればです。

十年一区切りということにはなりますよね。さすがにもういいでしょう。この十年、ずいぶん苦労しましたから。私はです。

誰も協力しないどころか(ほとんど布施をもらえないどころか)神理の流布のじゃまは散々される(どこかの会社などその典型でしょう。もう毎日じゃまして来ましたから)周り中から嫌がらせはされる。誹謗中傷や(多分ボロカスでしょうから。私のことなどこの辺りの人たちはです)車で引かれそうになったこともあって石まで投げられたことがあります。

ほんとよくやってきましたよね。こんな状態で神理の流布をです。

どこかのプロ野球選手がいっていましたが、今回だけは自分を褒めてあげたいです。(笑)よくやったとです。

それだけの苦労を天も認められ、それでこれまで起き得ないような奇跡も起きているのでしょう。私の周りにはです。(これだけの天罰や鳥や魚たちの愛ある現象などそうでしょう。多分史上初ではないでしょうか。個々でこれだけ数多くの天罰がくだり多くの動物たちが寄ってくるなどです)

だからそれはどれだけ多くの金などもらうより(そういうこの世の物とは価値が違いますから)嬉しいことなんですが、しかし、さすがにもうです。

これ以上は無理ですよね。この状態で一人で神理を説き続けるなどということはです。

だから今年で一区切りはつけると思いますよ。天はです。

そういう私の心も、そうして物質的にも続けるということがこれ以上は困難であるということも(もう金が続かないですから)天はすべて知っていられるからです。

だから来年からは多くの協力者が出てくるか、または出て来ないのなら(またこれまでの十年同様です)そういうじゃまする人たちを(または協力しようとしない人たちを)ことごとく排除するかどちらかをされるでしょう。

つまり一新されるということです。人心をです。総入れ替えですね。(または私がコロッと逝ってしまうかもしれませんが。〔苦笑〕神理を説く者が変わるのです)

古い人たちを排除し新しい人たちに入れ替えるということです。そうしないとこちらはもう神理を説くことが出来ないからです。(これだけ無視やじゃまや嫌がらせを受けていてはです)

だからその一環なのではないですか。今年のコロナ禍はです。そうして過ぎ越しの祭もです。

これほどの災いが現れれば、人心は嫌でも一新されていくからです。人が段々いなくなるのですから。そのような病でです。

だから年末にかけて段々増えているのでしょう。コロナ禍も過ぎ越しの祭もです。(新型コロナの感染者はもちろん、どこかの会社などこんな年末だというのに何度も電話がかかって来ています。〔今日なんかもそうです。ほんと恐ろしい〕絶対に現れていますよね。過ぎ越しの祭がです。年末だというのにほんと哀れです)

だからいっているのです。今年中に布施しておいた方がいいとです。

来年からは多分レベルが違うことが起きてくるからです。その気配がすでにもう現れているからです。(新型コロナはもちろんですが〔こんな休みに入っているというのに感染者が増え続けています〕今回の強烈寒波の大雪ですか。これも凄そうです。年末から年始にかけてです。あまりにタイミングよすぎ〔分かりやすすぎ〕ませんか? 起きる現象がです)

だから、考えを変えるのは今のうちですよといっているのです。年が変わってからではもうどんなすさまじい災いがこのブログを見ている多くの人たちに(無視やじゃまや嫌がらせを繰り返している人たちに)現れてくるか知れないからです。(どうします。年が変わったとたん、過ぎ越しの祭で多くの人がバタバタ逝ってしまったら。〔怖〕)

もう今年も最後なのでこんなことを最後までいいたくはないのですが、しかし、多くの人がその頑なな心を変えないのですからいうしかありません。

もう神理流布が始まって十年が過ぎています。これ以上の無視はやめた方がいいのです。

来年からは従える範囲は従ってください。このブログを見ているすべての人がです。そうしないと今年と同様な態度を取り続けている人たちは、多分来年以降はドンドン滅ぼされていくからです。

そのような災いがすでに起きて来ているからです。

今年は最後までこんなブログしか書けなかったことは本当に残念ですが、しかし、来年こそは多くの人が悔い改めると信じています。そうしないと今年で最後という人たちもたくさん出てくると思うからです。(最後まで脅してる。〔苦笑〕)

来年こそは心からのよい年を迎えましょう。本当に迎えたいものです。真の正法神理元年をです。そうすれば災いは去り、奇跡が現れてくるからです。

今年はありがとうございました。よいお年をお迎えください。

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