>>ブログトップへ

ブログ

1月 23 2020

この教えが現す奇跡

怒っていたって絶対に救われないと書いているにもかかわらず、昨日も怒っている人が多かったですね。(怒っているのか、怖がっているのか、よく分からない人もいましたが)

何でそんな意味のない(というか、よけい自分たちが危なくなるような)ことをし続けているのでしょう。重い病気が現れてくるのが早くなるだけなのにです。

どれだけ怒ったところで無駄なのです。起きている災いは止まらないからです。

まあ、昨日のブログなどあまりに怖いことが書いてあったので、それで怒っている人が多かったのかもしれませんが(逆ギレして)しかし、そのようなことが起きているのは事実なのです。(それは知っていますよね。この辺りの多くの人はです)

そうであるなら事実は事実として認め、そうして、ではどうするのかということを真剣に考えた方がよいのではないですか。そんな怒って(怖がっているのかもしれませんが)ごまかしてなどいないでです。それでは解決などしないからです。

それにしても、昨日は割と大きな家に住んでいる人たちがたくさん怒っていましたね。

そんな大きな家に住んでいるのなら、お金の余裕もあるでしょうし、そうであるなら少しくらいの感謝の布施をしてくれればいいものを(そうすれば災いなど起きないものを)普通の家に住んでいる人たち以上に怒っているというのですから、どれだけせこいのでしょう。

大きな家に住んでいる人たちの心は、その住んでいる家に反比例して逆に小さいのでしょうか?

まあ、お金持ちほどせこいともいわれます。(だから金持ちになれる。それだけケチだから。〔笑〕)しかし、正法神理に対してそのような態度は間違いなのです。

散々、如来の教えをきいていながらそのようなせこい態度しか取れないでは、そういう人たちは生きている間は大きな家に住んでいられるのかもしれませんが、死後は狭く苦しい場所にしか行くことが出来ません。

その自分の心の狭さ故(ゆえ)にです。(そのような心と比例した世界にしか行けないからです。死後の世界はです)

そういう意味では心の狭い人たちは哀れですね。おおらかさ、心の広さというものを知らないからです。そのおおらかさ、心の広さの中に人としての本当の幸せが隠れているからです。

しかし、いま中国の新型肺炎が騒がれていますが、こちらで現れている病気はその程度のレベルではないと思うんですけどね。ずいぶん多くの人たちが、重い病気にかかっているようであるからです。

そのような重い病気にかかった人たちでもです。この正法神理に帰依するなら奇跡的な回復も見込めるのです。この教えに帰依し祈るなら神の力が現れてくるからです。

私もそのような奇跡が起きていますし(母の肺炎が早く治ったり、末期癌の人の癌が小さくなったり)ウナッシーさんも起きているのです。(娘さんのひどい蕁麻疹が治ったり、奥さんの胃痛が治ったり)

それなのに本当にもったいない話です。いつまでも多くの人がこの教えを無視し続けているからです。

このブログを見ている人たちの中には、ずいぶん重い病気になっている人もいるはずです。

そういう人たちの病気もこの教えに帰依し祈るなら奇跡が起きるのです。

昨日もずいぶん車が少なかったのですが、もう滅ぼされかけている人たちもいます。感謝して布施くらいされてはどうでしょう。そうすれば(災いではなく)奇跡も起きてくるからです。(大丈夫ですか、どこかの会社や運転手の皆さん。怒っている場合ではないでしょう。真剣に考えてはどうでしょう。今の状況をです……怖くはないのですか?そのままではもういつ自分たちに重い病気が現れるか知れないのにです)

この教えを知ったのなら最低、布施くらいのことはしないといけないのです。嫌がらせなどしていたら滅ぼされてしまうのです。

どれだけ悪いことが起きたら、それが分かるのですか。

今年は絶対に布施してくれる人、そうして帰依される人をつくらないといけないと、そう天上界からいわれています。

だから、それをどうしてもしないというのであれば(そういう人たちは神との約束を違〔たが〕えるということになりますから)もう天上界はそのような人たちを次々に引き上げると、そういう気でいるようです。

こちらで起きている、このようなすさまじい数の現象を知るだけでも、天上界が本気でそのようなことをしているということがよく分かります。(もちろん全国的に見てもすさまじい現象は起きていますが)

もう分かりませんか。それだけ危ないことが起きているということがです。自分たちの愚かな行い(正法神理を無視するというです)のせいでです。

自分たちが悪かったと頭を下げたらどうでしょう。そうすれば救われるからです。

神(の心)に逆らい続けていても絶対にいいことは起きてきません。

悔い改め、従ってもらえないでしょうか。神の心にです。やれる範囲でいいからです。

私がこのような正しい神の心を書けば書くだけ、それに逆らっている人たちには災いが現れてきます。それは間違った態度であるからです。

この教えに逆らっていたところで苦しいだけで一つもよいことは起きてこないのです。(そうして最後には引き上げられてしまうのです)

しかし、従うなら、心も楽になり奇跡も起きてきます。

もうこの正法神理を信じ、感謝して布施し、そうして帰依されませんか?

そうすれば多くの奇跡が現れてくるからです。

(もう、このブログはそれを分かってもらえる人が出てくるまで、そのようなことを書き続けるしかありません。こちらではもうドンドン重い病気になる人が出ているからです。次々に多くの人たちがひどい病気にかかっていっているからです)

3コメント

1月 22 2020

異常現象の正体

予想通り昨日は怒っている人が多かったですね。

あんなブログを書けば当然そうなるでしょう。しかし、事実は事実です。不安そうな顔でこちらを見ている人もチラホラいました。

そういう人は早くこの正法神理に帰依されることです。そうすれば安全であるからです。

怒っていたって絶対に救われないのです。そういう人に次々に現象が現れているからです。もうこの辺りの人たちは誰もそれを知っているはずです。

ではもうこの教えに帰依するしかないのではないですか。そうしない限り、絶対に救われることはないからです。

そういうことも多くの人たちは知っているはずです。ただ、それが出来ないだけなのでしょう。この辺り多くの人たちが、その正法神理を説いている私を目の敵にしているからです。

しかし、もうその間違いを認め詫びを入れるしかないのです。そうしない限り、災いはドンドン増え自分たちにも必ず現れてくるからです。

昨日私は、他の場所はどうなのかといくつもの道路を見にいきましたが、やはりどこもすいていてガラガラでした。広い道路から一本中に入ると、もうその道路はほとんど車が走って来ないのです。

二百万人都市である、この名古屋でですよ。しかも昼間であるのに、なんでこんなに車が少ないのでしょう。

明らかに異常なのです。この状況はです。

もうはっきりいうならです。多くの人たちにたくさんの病気が現れているのでしょう。しかもずいぶん重たいです。

だからこれだけ車が減っているのです。多くの人たちが次々に重い病気にかかっているからです。

つまりこの辺りで起きている異常現象の正体を具体的にいうならです。

コロッと逝くような脳や心臓の病気や癌(それにおかしな難病、奇病も出ているのかも知れませんが)そういう病気が次々に現れているということです。

そのような病気が多くの人に異様な数の現れ方をしているということです。

だからこれだけ車が減っているのです。そういう恐ろしく異常なことがこの辺りには確実に起きているからです。

それは自分の周りを見れば分かるはずです。この辺りの人たちならです。

いま現在、自分たちの周りにどういう病気が現れているのですか?大人から子供までです。(私のせいなどと思っているその病気のことです。皆さん方の方がよく知っているでしょう)

そのような様々な(重い)病がこの辺りには異常なほど現れているのです。だから人も車もドンドン減っているのです。そのような病気が異様な現れ方をしているからです。

だから、それを私のせいにしているんでしょう。多くの人たちがです。

そんなことが次々に起きるなど(まして子供にまでです)どう考えてもおかしいからです。とても自然に起きることではないからです。

だからお前が多くの人を病気にしていると、そう思っているわけです。多くの人たちがです。

違いますか?

それだけ重い病気が次々に現れてくるなど考えられないことであるからです。誰かが何かをしなければ、そんな異常なことが起きてくるわけがないからです。

だから私なんですか?その起きている異常現象(重い病気)の犯人がです。私が祈っているからそんなことが起きてくると、そういうわけですか。

しかし、私がそんな人を次々に病気にするような祈りをもししていたとしたら、自分にもその病気が現れて来ないとおかしいと思うんですが、私は何年たってもピンピンしています。

この辺りで起きている異常現象の犯人を私のせいにしている人たちは、そこのところはどう考えているのですか?

私には因果応報という法則は作用しないのでしょうか?

それとも私は多くの人を病気にしている悪魔なのだから、悪魔に因果応報などあるはずがないと、だから悪魔である私はどれだけ多くの人を病気にしようが、自分が病気になることはないと、そのようにでも思っているのでしょうか?

もし、そんな発想をしている人がいたとしたら、それは子供の発想ですね。(実際、多くの子供らがそういう発想をしているのかも知れませんが。〔苦笑〕)そんな都合のいい考えもないからです。

因果応報という法則はすべての人に作用するのです。だからそれは悪魔であっても例外ではないということです。だから、悪魔も地獄で苦しんでいるのです。自らの間違った行いが我が身に返って来てです。

だいたい、そんな悪魔のような者に何で鳥や魚たちが寄ってくるのですか?それだけ多くの愛ある現象が現れてくるのでしょう。

そのような現象が証拠なのです。私がそんなバカげた祈りなどしていないという何よりのです。

口でいうだけではなく、そのような愛ある現象が私にはたくさん現れているのですから、私がそんな人を不幸にするような祈りなどしているはずがないでしょう。

愛ある祈りをたくさんしているから、愛ある現象がたくさん返ってくるのです。私にはです。(だから、この辺りの多くの人たちの発想は逆なのです)

そういうくだらない罪の擦り付けをしているから、自分たちに次々に恐ろしい現象が現れてくるのです。

自分たちが大間違いをしているからです。

今この辺りで起きている恐ろしい現象は人のせいでも誰のせいでもないのです。自分のせいなのです。

自分の心が悪いため起きていることなのです。

もういい加減理解しないといけないのです。そのような正しい事実をです。いつまでも大間違いな責任転嫁を続けているのではなくです。

それが事実なのです。自分たちの心が悪いから自分たちにそんな恐ろしい現象が現れて来ているのです。

そういいう時代(正法の世)になっているからです。

だから、日本全体を見ても、これほどの現象が現れて来ているのです。時代が変わって来ているからです。(いま現在も異常なほどの暖冬ですが、激しい天変地変、二人に一人がなるといわれている癌、こちらで起きているコロッと逝くような病まで入れたら〔最近は有名人も急死する人が多いですから〕全国で起きていることも、こちらで起きていることとさほど変わらないのでは)

もう私がいうことを信じたらどうでしょう。それがどれだけ信じがたいことであっても、それが事実であるからです。

心の時代が変わり(表の時代も変わっていますし〔平成から令和に〕それと同じなのです)その時代に合わせて心を入れ替えないから、そういう不幸が次々に起きてくるのです。

だからそれは、人のせいでも誰のせいでもなく自分のせいだと私はいっているのです。そのような前時代の汚い心のままでいるから、そのような不幸が現れてくるからです。

私たちのように心を変えるなら(きれいにするなら)ちゃんと奇跡が起きてくるのです。実際に起きているではないですか。私たちには奇跡がです。

私たちは口だけではないのです。ちゃんと行いで(起きてくる現象で)示しているのです。

それが正しいことであるとです。それをいつまでたっても多くの人たちが認めないだけなのです。

だから、そのような人たちに次々に不幸が襲うのです。

私たちの正しい行いをまったく認めず、自分たちの汚い心をまったくきれいにしようとせず、自分たちの罪を全部私に擦り付けているからです。

そんなだから、私に嫌がらせなどすれば罰も当たるし、自らの心を汚いままにしているから、次々に重い病気になるという異常現象にも見舞われるのです。

すべて自分自身の心と行いが悪いからです。

私たちは口だけではないのです。ちゃんと奇跡が(正しいことが)起きているのです。

それでもまだ私たちのいうことを信じようとはしないのですか。認めようとはしないのでしょうか。

しかし、それでは異常現象は止まらないのです。確実に自分にも現れるのです。近いうちにです。

日本全体でもそうですが、こちらでは癌や脳や心臓の病気が次々に現れるという異常現象に多くの人が見舞われています。

その恐ろしい異常現象から逃れたいのであればです。

この正法神理に帰依されることです。その次々起きる、異常現象から守られることが出来るのは本当の神の光が現れてくるこの教えしかありませんし、この教えに従って心を変える以外、もうこの時代、幸せになる道はないからです。

別にこの正法神理に帰依しても嫌だったらやめればいいのです。神の心はくる者は拒まず去る者は追わずであるからです。

だから、一度この教えに帰依したからと死ぬまでやらなければいけないということはありませんし、こんなのしていてもダメだと、変わらないと、そう思うのなら思った時点でやめればいいのです。

それは自由であるからです。(やめたら罰が当たる、などというどこかの教団のような野暮なこと〔嘘は〕いいませんから。私はです。〔笑〕)

ただ、今の時点ではです。そのままでは非常に危険なのです。特にこの辺りなどもう異常なほどの数の危ない現象が現れて来ているからです。(などということを書いている最中でもです。今さっき凄い音がしてきました。どこかの会社からです。また何か起きたようです)

とりあえず(だから一時的にでも)私に感謝して布施して、そうしてこの正法神理に帰依されたらどうでしょう。

それが現時点では一番安全な方法であるからです。

そうしない限り、この次々起きてくる異様な数の危ない現象から逃れる術はないからです。

0コメント

1月 21 2020

決して大げさな話ではなく

しかし、本当にシャレになりませんね。昨日でも凄かったからです。

何が凄いかって、もうガラガラ。

昨日も庄内川に行ったのですが、川岸の横の道があまり車が走っていないように感じたので、また脇までいって見ていたのですが、そうしたらです。この前以上にすいているではありませんか。

「何だ、今日は、この前よりすいてるじゃん」とかいいながらしばらく道路を見ていましたが、本当にすいているのです。トラックどころか、車まであまり走って来ません。

この前この道路を見ていたのはほんの四、五日前です。まだ数日前の話ですので、だからその違いがよく分かるのですが、その時より確実に少ないのです。

走っている車がです。

あまりに車が少ないので、名四(23号線)はどうなのだろうと、川岸をずっと歩いていって名四のすぐ下までいきましたが、その名四までトラックが少ないのです。

凄く走っていたんですけどね。名四はトラックがです。

それが本当に少なくて信号でトラックが何台か止まっていたので「トラックの皆さん。この教えに帰依しなくて本当に大丈夫ですか。ずいぶんトラックも減っているようですが」などと話しかけていました。

いつもなら、そんなことをいえば、何台かのトラックにブシュブシュやられるんですが、昨日はもう皆ドン引きしていましたね。

それくらい(皆が引くくらい)トラックの数が少なかったからです。

これどうなっているですかね。本当にドンドン車が減っていくようなんですが。

仕事が暇だからでしょうか?(それならよいのですが)それとも本当に皆が病気か何かになっているんでしょうか?

もしそうだとしたら相当やばいと思うんですが。そうであるなら凄い勢いで災いが現れだしているということであるからです。(もうあちこちで人が病気になっていたりして…。〔汗〕)

帰りもずいぶん車が少なかったんですが、その帰り道、家のすぐ近くで小学生が三人(女の子)待ち伏せしていました。(あれ待ち伏せだよな、昨日の三人。あんなことして今日は大丈夫か?罰当たっていないか?)

その三人がアホな嫌がらせをして来たのですが、これだけ車も減っているのだから、そりゃ自分たちに悪いことも起きてくるでしょう。

みな心が汚い人たちばかりであるからです。(小学生も例外なくです)そういう人たちに次々に災いが現れだしている様だからです。

その汚い心に比例した災いがです。

しかし、こういう状況にもかかわらず、何でそれを馬鹿の一つ覚えのように私のせいにするのでしょう。

もし私が、そんな災いなど起こしているのなら私にも悪いことが起きてくるでしょうし(因果応報)そんな者に奇跡が現れるわけがないでしょう。

奇跡が現れているのは、その者が正しいことをしているから奇跡が現れているのであり、災いが現れて来ている者は、自分たちが間違ったことをしているから災いが現れているのです。

だから、その起きている悪いことは人のせいではなく自分たちのせいであるのです。

それをいつまでたっても理解しようとしませんが、だからいいことが起きて来ないのです。そういう考え(責任転嫁)自体、間違っているからです。

だから、昨日の小学生は「お前のせいで悪いことが起きた」と嫌がらせをしてくるのではなく「また悪いことが起きたのですが、どうしたら止まりますか?助けてください」というのが正しいのであり、そういう正しい発想が出来ていないから、周りに悪いことが起きるのです。

このような状況にもかかわらず奇跡が起きているのは私だけであるからです。その奇跡が起きている者のいうことをきかなければ災いは止まらず奇跡も起きて来ないからです。(それを何度いったら分かるのでしょう)

しかし、もう私のいうことを真剣にきかないと本当に危ないのです。

これだけ凄い勢いで車が減っていくようでは、一体どれだけ災いが現れだしたか知れないからです。

それだけすさまじい数の災いが、すさまじいまでの勢いで現れだしているということです。

それは車が減っていることだけではなく、次のようなことからでも、その事実が分かるのです。

最近、私は毎日のようにブログを書いているのですが、なぜだか分かりますか?

それはどこかの会社がずいぶん静かになったからです。

少し前まではこの会社は、もう私がブログを書きだすと「ドン」とか「ガン」とか「ガラガラガラ」とか、やたらやかましい音を立て続けに出していたのです。

そういうことを(周りの迷惑も考えず)この連中は平気でやり続けていたのです。特に私がブログを書いている間などはです。

つまり、この連中はこのブログを書くじゃまをしまくっていたということです。

そういう態度をなんと十年近くも続けていたわけですが、それがここ数週間はずいぶん静かになったのです。

この連中が、今もやたら怒っているといっても、それは窓を閉め切った工場の中で怒っているので(ゴンとか、ガンとかしているので)あまりこちらまで音がきこえてきません。

だから、さほど気にならないのです。

だから最近は頻繁にブログを書いているのですが、しかし、十年近くもこのブログを書くのをじゃまし続けていた連中が、急にどうしたのか?ということになりませんか。

そういう連中が今さらこれまでのことを反省するわけがないからです。

だから、この連中にも(これまで以上の)すさまじい勢いで災いが起きだしているのだろうと想像できるわけです。そうでなければこの連中がこのブログを書くのをじゃましないわけがないからです。

悪魔たちが神の教えを伝えているのを、そのまま指をくわえて見ているわけがないからです。

これほどの連中が(なんとこの十年もの間、何が起きても〔どれだけ災いが起きても〕このブログを書くのをじゃまし続けた連中が)このブログを(正法神理を)書くのをじゃましなくなった、それはそれだけすさまじい災いが起き出しているからであり、そうであるなら、他の場所でもそれだけすさまじい災いが起きだしていても決して不思議ではないと、そう想像できるから、私はすさまじい数の災いがすさまじい勢いで現れだしている、と書いているわけです。

だからそれは決して大げさな表現ではなく、その範囲があまりに広いため(もしかした名古屋だけではなく、東海三県辺りにまで広がって起きているかもしれないからです。その災いがです。このトラックの減り具合を想像するとです)一人一人にその自覚がまだ出てきていないだけで、実はすさまじいことがすでに始まっているのかもしれないのです。

この辺りでです。(それが名古屋全体なのか、東海三県辺りなのか、それは分かりませんが)

何度もいいますが、これは決して大げさな言い方ではないと思います。

実際に、そのどこかの会社など明らかに今日もコロッと逝く人が出ていると思われるからです。(朝早くからカーンとかしていましたし、今のドン引きぶり、確実に出ていますね。コロッと逝く人がです。この近所の人ならみな分かると思いますが)

では、他の場所でもそういうことが頻繁に起き出したのかもしれないし(だから、凄い勢いで車が減りだした)だから私はこの連中にもいってやったのです。

「もう一気にコロッと逝くのが出るかもしれないから気をつけろ」とです。

そうしたらどえらい怒っていましたが、事実でしょう。

それだけ多くの災いが、この連中だけではなく、すでにこの辺りのあちこちで起きているはずであるからです。

だから別に、それは脅しでも何でもなく、実際にそういうことも起きかねないからそういっているのです。そうでなければこれだけの勢いで車が減っていくわけがないからです。

本当に凄い状況になりつつある(なっている)のですが、それでもまだ神に手を合わそうとはしないのですか?

このブログ見ている人たちはです。

この正法神理に帰依しようとはしないのでしょうか。誰一人です。

それでどうやって、この(すさまじい勢いで現れだした)災いから逃れることが出来るのでしょう。

そうしている間にも災いは現れているのにです。

今日書いたことは、決して、つくり話でも、大げさな話でもなく、いま現在起きていることをそのまま書いているにすぎません。

それにもかかわらず、まだこの本当の神の教えである正法神理を無視し、私に罪を擦りつけ続けるのですか?

これほど多くの災いが、これほどの勢いで現れだしている、このような状況になっていてもです。

いま現在、奇跡が起きているのは私だけのです。

それでもまだ私のいうことを信じようとはしないのですか。もし、それでも信じないというのであればです。

それだけ愚かな間違った判断もないのです。

(なら、誰のいうことを信じるのですか?そういう人たちに〔私に反している人たちに〕次々に災いが現れているというのにです)

0コメント

1月 20 2020

地獄界の苦しみ

どうも、このブログを見ている人たちは、これほど深刻なことが起きていても(すさまじい数の災い)それでもまだ自分の態度を頑なに変えようとしない、超一刻な人が多いようなんですが、しかし、このままの態度では、このブログを見ている人たちにドンドン災いが起きてくるのは必定ですし、その災いで死ぬようなことにでもなればです。(もうたくさんそういう人がいそうですが)

その人は百パーセント地獄行きです。よいのですか?それでもです。

「それがどうした。地獄へ堕とせるものなら堕としてみろ」みたいな勇ましい人も多そうなんですが、本当に大丈夫ですか。そういう傲慢な態度を取り続けていてです。

本当に地獄に行かなくてはいけなくなったら大変ですよ。そうなる前に反省し態度を変えませんか。その方がよほど幸せになれるからです。(特に今日も朝からお怒りのどこかの会社の皆さんなどです)

皆さん方は本当の地獄界を知らないのです。だから、そういう強気な態度も取れるのです。それでは地獄界の苦しみも知らない人たちばかりであるからです。

しかし、地獄界の苦しみを知るなら、とても行きたいとは思わなくなると思いますけどね。それだけ地獄界とは非情の苦しみの世界であるからです。

何でお前にそんなことが分かるのか、という人もいるでしょう。

実は数十年も前の話ではありますが、私はその地獄界に住む霊(地獄霊)に憑かれている人から話をきいたことがあります。

その時の話を少し書いておきましょう。

その地獄霊に憑かれている人とは、ある女性のことなのですが、私はあるところで、その女性(二十代)と話す機会があったのです。

私はその女性が地獄霊に憑かれているとは知りませんでした。

だから、最初は世間話のような話をしていたのですが、しかし、何かこの女性、しゃべり方が癪(しゃく)に障(さわ)るのです。

普通の話をしていても、一々、人のあげ足を取るような、気に障るような話方ばかりしてきます。

「何だこいつ、ずいぶん性格が悪いな」と思いながら話していたのですが、そのうちにこの女性が霊感体質であるということを話してきて、そうして、変な霊に憑かれているということを話しだしたのです。

それで「何でそんなことが分かるの。霊が見えるの?」ときくと、その女性がいうには見えるのではなく感じるというのです。

「ハア、なに感じるって?」ときくと、その霊が自分に憑いてくるとすぐに分かるといいます。何で分かるのかというとです。(それがまた凄い分かり方なんですが。〔汗〕)

その霊が憑いてくると、その憑いた所からビリビリしびれがくるというのです。

例えば、手の先からその地獄霊が入ってくると、その手の先からビリビリしびれて来て、そのしびれが段々、手の先から手のひらまで広がって、腕までずっとしびれてきて、そして体全体にしびれが広がっていくというのです。

だから、そのしびれでドンドン霊が体の中に入ってくるのが分かるというのですから、ゾッとしますが、それで体全体にしびれが広がったら、完全にその霊に憑かれていることが分かって、もう苦しくて苦しくて仕方がないというのです。

そういう苦しみが、長い時で一日、二日、短い時は一~二時間続くというのです。

その霊が憑いている間はもうしびれと痛みで苦しくて苦しくて仕方がなく、その霊が離れるとスーと体が楽になるというのです。

だから、その霊が来たことが分かると(もう体がしびれ始めますのですぐ分かると)「こちらに来ないで、来ないで」と騒ぐそうですが、全然かまわず入ってくるそうです。

その地獄霊が体にです。

私はその時、すでに正法神理を知っている時でありましたので(しかし、園頭先生の指導を受ける前の高橋先生のご著書を読んでいるだけの時ではありましたが)こんな性格ではそれは地獄霊にも憑かれるわなと思い「もう少し心を直さないとその地獄霊は離れないよ」とはいったのですが、その女性はよく意味が分かっていないようでした。

ただ、そのように苦しんでいる地獄霊が地獄界にはゴロゴロいるということです。

高橋先生のご著書の「悪霊」という本を読むと分かるんですが、地獄界には様々な世界があり、そうしてその個々の世界で多くの地獄に堕ちた霊たちが苦しんでいるのです。

そうして、その苦しみは想像を絶するそうです。

地獄界にはこの世でいう薬もなければ眠ることも出来ません。その今ある苦しみがずっと続くのです。

それは先ほどの地獄霊が憑いている女性の話でも分かるはずです。先ほどの女性は、その霊が憑いている間はずっと体がしびれて苦しいのです。しかし、その霊が離れればその苦しみはなくなって体が楽になるのです。(つまり元に戻るということです。体がです)

ということは、その憑いている地獄霊はずっとそのしびれの苦しみが続いているということになります。その霊が憑かなければ女性はしびれの苦しみなどないからです。

そのしびれが苦しくて地獄霊は人に(自分の心と同通する人に)憑くからです。

とはいえ、その地獄霊が人に憑いたところでその苦しみから逃れられるわけではありませんが、多少は気がまぎれるのでしょう。

人に憑くなら、自分の苦しみがその人にも分かってです。

そのような地獄霊は、そのような病気のまま死に、その病気が地獄で悪化しているわけです。そんな体中しびれと痛みがずっと続くような病気などこの世にはないからです。(まあ、私が知らないだけかもしれませんが、そんな病気をです)

そのしびれで苦しんでいる地獄霊は、そのような中で自分が悪かったと、だからこのようなことが起きているのだと、自分で気がつくまで、その病気がよくなることはありません。

何年でも、何十年でも(あるいは何百年かもしれませんが)その病気に苦しめられ、自分で自分の悪かったところに気づいて、その悪かったところを反省するまで、その病気が治ることはないのです。その間、苦しみ続けるのです。

まさに、地獄の苦しみなのですが、その地獄霊は自分の間違いに気づいて反省するまでは天上界には上がれないのです。(だから私は反省、反省といっているのです。反省する癖をつけておかないと、地獄に堕ちた時、その地獄にいる期間が長くなるからです。反省を知らないとです)

これは一つの例ですが、こういう苦しみがずっと続くところが地獄界なのです。

そういうところに堕ちていっても、それでもどんとこいなのですか。このブログを見ている多くの人たちはです。

それは強がり以外のなにものでもないと思いますよ。実際に死後地獄になど堕ちれば百人が百人後悔するからです。

もうされませんか。感謝の布施くらいです。

そうしないと、このまま不義理を続けるなら(ウナッシーさん以外の)全員が地獄に堕ちていかなければいけなくなるからです。

そうでないのなら、これだけこのブログを見ている人たちに災いが現れるはずがないのです。

それだけ災いが現れているということは、それだけの悪いことをしているのです。このブログを見ている多くの人たちはです。

それだけ如来の御教えをきいていて(感謝もせず)逆らい無視することは悪いことなのです。

その自分たちの罪の深さをもう少しご理解ください。

すでに多くの人たちが(このブログを見ていたです)地獄に堕ちています。これ以上、そのような人を増やしてはならないのです。

0コメント

1月 19 2020

法を説く者への態度

まったくうっとうしいですね。(苦笑)

昨日も前から歩いてくるオジちゃん、オバちゃんたちがちょこちょこ嫌がらせをしていきました。

しかし、大丈夫でしょうか。この人たち。その中には(失礼な言い方ですが)みすぼらしい恰好をした人もいるからです。

そういう人がもし癌にでもなって入院することになったら、入院費とか出せるのでしょうか?放射線治療とかずいぶんお金もかかるんでしょう。

自分は癌になどならないと思ってやっている人たちにずいぶん病気が出ているようです。だから車などこれだけ減っているのです。

そういう現実が目の前に現れているにもかかわらず、そういうことが起きている人たちと同じ態度しか取らない。

それではまるで自分から不幸の道に突っ込んでいっているようなものですが、昨日も書きましたように、一方的に私を悪者にしているのではなく、もう少し自分自身のことをよく反省してみたらどうでしょう。

そうすれば、自分の悪いところも分かって、悪いことを私一人のせいにしている間違いも少しは分かると思うからです。

まあ、そのような謙虚な人が多ければこういうことにはなっていないのかもしれませんが、しかし、もうこれだけ車も(トラックなど)減って、その車が減って行くのが止まらないような(恐ろしい)状況でもあります。

ソロソロ出てきてもいいのではないでしょうか。心を入れ替える人もです。そういう謙虚な人が出て来ないと、もうこの辺り、どれだけ車が減っていくか(不幸が増えるか)知れないからです。

しかし、もう少し恐れてはどうでしょう。いま起きている現象をです。これだけの不幸な現象がこちらには現れているからです。実際に私に嫌がらせをし続け、そうして病気になった人を私はこの目で何人も見ているからです。

この近所でもまったく見なくなった人もいますが(前のアパートでは私に嫌がらせをしていた婆さんがコロッと逝ってしまったし)少し離れたところでも、あるマンションに住んでいた老夫婦など、私がそのマンションの横を通るといつも表に出てきて(主に爺さんの方が)必ず何かでかい音を立てて嫌がらせをして来ていたのです。(鳥が騒ぐので私が通る時は分かるのです)

私はそんなことをしてくるたびに辻説法をして、そうして「そんなことをしていると罰が当たる」といい続けていました。

しかし、その爺さんは態度を変えませんでした。私が歩いてくると同じような嫌がらせを何度もし続けていたのです。

そうしたらです。何回かそういうことを私にしてくるうちに、その爺さんの顔が引きつりだして、ある時から凄い険しい顔で私に嫌がらせをしてくるようになったのです。

こちらは「何か起きたな」と分かったので「爺さん、何か起きたんだろう。なら、もうそんなことやめとけ。そうしないともっとひどいことが起きるから」といったんですが、しかし、その爺さんは意固地になって、私への嫌がらせをやめようとはしませでした。

そのうちにその爺さんを見なくなり、その爺さんが住んでいる部屋は誰もいなくなりました。その後、私がいつ通ってもその部屋の電気がついていることはなくなったのです。

それは今もってです。どこかに行ってしまったようです。夫婦そろってです。私はその部屋の横を通るたびに少し悲しくなるのですが(昨日も通ったんですが誰もいませんでした)本当に哀れです。

私は何度も忠告したのです。そうして、何か起きたと分かった時は、もうこれ以上はそんなことはするなと、それ以上嫌がらせをしていたら危ないと、これもまた何度もいったのです。

しかし、その爺さんはききませんでした。その結果がこれです。まあ、どっか違う家に引っ越していっただけかもしれませんが……多分、違うでしょう。

どこかの病院に入院したか、しかし、もうずいぶん前からその部屋は空き家になっています。(もう半年以上です)最悪、あの爺さんは亡くなってしまったのかもしれませんが、どちらにせよ、この老夫婦によいことは起きていないと思います。

正法神理を説いている私に(そのことを知っていながら)嫌がらせをし続けていたからです。そういう人たちが、よい結果が得られるわけがないからです。

またあるところではずいぶんいい家に住んでいる爺さんがいたのですが、その家の爺さんも私がその人の家の横を通ると、何か嫌がらせをよくしてきていました。(何かかにか、音を立ててです)

それでその爺さんにも同じように「そんなことをしていると罰が当たるから」といい続けて、いろいろ辻説法をしたのですが、その爺さんも前の爺さんと同じで絶対に私に対する嫌がらせをやめようとはしませんでした。

何度私に嫌がらせをしても何も起きないからと、調子に乗ってやって来ているような節もありました。

しかし、何度かそんなことをしていてしばらくすると私が通っても、その家から爺さんは出て来なくなりました。

最近、静かだなと思っていたら、ある時その家の近くを通ると、その爺さんが片方の目には眼帯をはめ顔に絆創膏(ばんそうこう)を一、二枚張って、よろよろしながら出て来て車に乗り込むところに出くわしたのです。(運転手は娘か誰かのようでした)

病院にでも行くところだったのかどうなのかそれは知りませんが「ああ、この爺さん罰が当たったんだな」とその時、思いました。

その後、その家はずっと静かで(窓も閉め切っていて)人がいるのかいないのかよく分かりません。

こういうことになるのです。しつこく神理を説いている者に嫌がらせなどしているとです。

露骨に現れるのです。天罰がです。

こういうことをしている人は、この辺りにはまだたくさんいますが、はっきりいいまして、こういう態度を私に取る人は一人も幸福にはなっていないでしょう。

必ず、何か不幸が起きています。こういう過度の嫌がらせを私にし続けている人たちはです。自分には出ていなくても(あまりに我が強い人はすぐには現象は現れませんから)その周りには必ず不幸な現象が現れているのです。

結局、神理を説く者に嫌がらせをするということは神に嫌がらせをしていることと同じであり、神に嫌がらせをしている者が幸せになれるわけがないからです。

だから、不幸が現れるのです。そのような態度は神にまともに逆らっているのと同じであるからです。

その通りのことがもう何度も何度も起きているのですが、それでもまだ誰も反省しようとしないのです。(逆に私に善いことをすれば奇跡が現れるのに、そこは本当に残念です)

あまりにすさまじい態度(我の強さ)としかいいようがありませんが、このブログを見ている人たちは、どれだけ悪いことが起きて来ても絶対に自分の態度を変えようとはせず、それを押し通すという人が多いようです。

しかし、それが災いの元であるのです。

自分たちに悪いことが起きているのは自分たちの態度が悪いからなのです。だから、その態度を改めるなら、悪いことは起きなくなるのです。

先に書いた爺さんたちもそうでしょう。私の忠告に従い、私に対する嫌がらせを途中でやめていたのなら、そこまで悪いことは起きなかったはずなのに、この爺さんたちは絶対に嫌がらせをやめようとはしなかったのです。

そうしたら、その嫌がらせをやれなくなるほどのことが起きたということです。

こういうことになるのです。いつまでも態度を変えないならです。

このブログを見ている人たちは誰も同じなのです。このような爺さんたちと同じように自分たちの態度を絶対に変えようとしません。

それは私がどれだけ布施してくれといっても(ウナッシーさん以外の)一人として、それに従う人がいないということでもその事実は分かります。

しかし、そのような態度を変えないならです。このブログを見ていながら、いま不幸が起きている人はもちろんですが、起きていない人にもやがて不幸は起きてくるということです。

このブログをただで見ているという人は、それは神理をきいていながら一切報恩の行為をしないということであり、それは悪以外の何ものでもないからです。

それは例えていうなら、本当は金を払って会場の中に入ってきちんときかなければいけない有益な講演を、外からでもきけるからと金も払わず外からきいているのと同じことであるからです。

つまりずるをしているということです。

何年にもわたりずるを続けている人たちに善いことが起きてくるわけがありません。

だから、このブログを見ている人たちは不幸になっていく人が多いのです。ずっとずるをし続け、それどころか嫌がらせまでしている人がいるからです。(自分がずるをしているのにそれプラス嫌がらせまでしていては、それは天罰も食らうでしょう。だから、当然の結果が現れているということです)

しかし、そのような多くの不幸も自分たちの態度を変えるなら、変わってくるのです。起きている不幸が段々幸福へとです。

私への態度を変えませんか?悪いのは自分たち(不幸になっている人たち)の方であるからです。

どちらにしても、このブログを見ている人たちに、これほど多くの災いが起きているのは、態度が間違っているからです。

では、その態度を改めるほかないでしょう。それ以外でよいことが起きてくる方法はないからです。

頑なに態度を改めないというのであればその不幸は続き、新たな不幸もまた現れてくるのです。間違った態度でいる限り、よいことは起きて来ないからです。

いい加減、私への誤解、そうしてこの正法神理の偉大さを理解すべきなのです。そうすれば自ずと態度は変わってくるからです。

いま現在、不幸が起きている人は今の態度を改めない限り、よいことは起きてきません。

自分の態度を改めることです。そうすれば幸福は必ず現れてくるからです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。