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2011年1月

1月 19 2011

出生の秘密①

前にも書きましたが、医学的には精子と卵子が結合すると子供が生まれる、と言われております。しかし、精子と卵子が結合しただけでは子供にはなっていきません。

ただ精子と卵子が結合しただけでは、卵子に与えられている細胞分裂の働きによって、一個の卵子が二個になり四個になり八個になりして、分裂して増殖していきますが、それで赤ん坊の肉体がつくられることはありません。細胞分裂だけして肉体にならないものを“胞状奇胎”(ほうじょうきたい)といい、こうなってしまうと母体が危険なので、手術をしてそれを取り出さなければならなくなります。

現在の医学では生命がどのようにして起こり、受精卵がどうしたら多細胞の生物体(赤ん坊)になっていくのかが、まったく分かっていないのです。(ここら辺が今の医学の限界なのですが)

精子と卵子が結合しただけでは肉体にならないものが、どうしたら赤ん坊の肉体になっていくのか?それはその夫婦の子となる縁をもった霊が、結合した精子と卵子の細胞分裂をコントロールしていくことにより、だんだんと赤ん坊の肉体となってつくられていきます。

つまり生命とは霊のことであり、その霊が支配しないと赤ん坊の肉体にはならないのです。

では、その霊とはどこからきたのでしょう?当然それは私がいつも言っているあの世(意識界)からです。では何でそのことを私たちは覚えていないのでしょうか?

それが今生の修行だからです。

その夫婦の子となる縁をもった霊が、母の胎内で結合した精子と卵子をコントロールし、だんだんと肉体はつくられていきます。(この時点ではまだその子となる霊は、すべて〔自分の過去世であるこの世の記憶とあの世の記憶〕のことを知っています)そうして十月十日後いよいよこの世に生まれてくるわけですが、赤ん坊の肉体がつくられ、この世に生まれてくる寸前に、霊はその赤ん坊の肉体を完全に支配します。

そしてこの世に生まれて息を一度吸った瞬間すべてを忘れます。忘れると言っても、それは自分の心の中に自分の過去世の全記録が潜在されるのです。そうして白紙の状態から自分の心の判断だけで、この世を渡っていくのです。

しかし、心に潜在するといっても、それが完全に潜在されたままであるかと言えばそうではなく、成長するにつれ少しずつその潜在意識が表面意識に出てきます。それが自分の人格となって性格として現れるのです。(それでもこの世では潜在意識の十パーセントほどしか出てきません、それであの世のこととか自分の過去世のことが分からないのです)同じ環境で育っても、ある人は無神経で奔放な性格になる人もいれば、神経質な性格になる人もいます。それは過去世の経験の違いでそのように性格が分かれるのです。

ところが多くの人がこの世(物質の世界)に生まれますと、あの世(意識界)のことを一度は忘れてしまいますので、物質にとらわれそれに振り回されて、自分が生まれる前に約束してきた使命(自分がこの世でやるべきこと)が分からず、それを果たさずあの世に帰ってしまう人が多く、医者になって多くの人を救います、と言ってこの世に出てきた人が按摩で終わって帰るとか、政治家になって世の中をよくしていきます、と言ってこの世に出てきた人が、政治家にはならず普通のサラリーマンで終わるとか、また逆にやるべきことが他にあるのに、やるべきでないことを一生懸命やっていて結局芽が出ず終わるとか、もちろんそれがこの世の修行であり、自分のやることに自分で気づいて使命を果たして帰る人もいますが、そのような人は稀なのです。

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1月 17 2011

天に聴け

名古屋は数年ぶりの大雪になりました。しかも昨日は最高気温も0.5度で二十七年ぶりの低さだったとか、まあ名古屋も河村市長が出てきて議会が大騒ぎしていますので、こんな天気も仕方がないかとも思いましたが、それにしても昨日は一日雪が降り続いていましたし、今日も今だに雪が降っています。なんぼなんでも少しおかしいですねこの天気は……マァ心当たりがないこともありませんが……。

というのも先にも書きましたが、今生はあまりに自分の使命に気づかない人、果たさない人が多く仕事も出てきそうもないので、はっきり言いまして、これ以上このGTS心の研究所をやっていても仕方ないのではないかと思い、もうやめようかとも思っていたからです。

そう思っていた矢先にこの天気です。天は一体何を考えているのでしょうか?私一人で今の状況では、どちらにしても長く続けられるわけではないのに、やめてはいけないのでしょうか……マァ今週一杯よく考えてみます。

それはともかく最近は知事選が近いこともあり、新聞に連日知事候補の記事が載っています。

一週間ほど前でしたか、熱田神宮の裏にある図書館に行っていて、その帰り道熱田神宮の方からマイクの声が聞こえてきました。

誰か街頭演説をしているのかな、と思い声のする方に歩いていくと、知事選に立候補している大村秀章氏の車があり、その大村氏の応援で河村市長が話しているところでした。大村氏は、正月にも熱田神宮で初詣にきた人たちに挨拶をしていて、その何日か後にも、熱田神宮で街頭演説をしていたと新聞に書いてありました。

「この人よく熱田神宮にきてんな」と思い、その日は一月十日ころでしたか「もう初詣の人も少ないのに何でこんなとこで演説してんだろ、もっと人の多い名古屋駅や栄でも行ってやればいいのに」とも思って、少し河村市長の話を聞いていました。

熱田神宮は三種の神器の一つの剣が祀られています。大村氏はその剣にあやかって、バッタバッタと悪人を切り倒し正しい政治を貫く、みたいな感じで熱田神宮に来て街頭演説をしているのでしょうか(笑)。

マァどちらにしても私は河村ー大村ラインでいこうと思っていますが…。

最近はよく政治家の皆さんから“民主主義”という言葉を耳にします。

名古屋でも河村市長は「私が言うのが本当の民主主義だ」と言われるし、市議会議員の人たちは「私たちの方こそ本当の民主主義だ」と言われるし、一体どちらが本当の民主主義なのかよく分かりません。

民主主義、民主主義といわれますが、本当の民主主義とは何なんでしょう?民衆の意見をよく聞いてそれを政治に反映するということでしょうか?それとも民衆におもねるということでしょうか?

民衆の意見を聞くと言われても、民衆の中で大所高所から論ずる人は少ないでしょうし、ほとんどの人は自分の都合のいいことしか言わないので、その人たちの意見をいちいち聞いていても、なかなか政策もまとまらないのではないでしょうか。もちろん民衆におもねっていていい政治ができるわけありません。

だからと言って民衆の意見をまったく無視しても、よい世の中にはなりません。このように考えると政治というのも難しいものですね、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たずで。

別に茶化していっているわけではありません。政治家というのは大所高所から物事を判断しなければならず(そうしないと多くの人が不幸になります)、大変だと言っているのです。

では、このような時どうしたら一番いいのか?ということになりますが、それはもちろん先人の智慧に頼ればいいのです。(先人の誰を選ぶかは大いに問題ですが)

私はもちろん西郷さんをお勧めします。

西郷さんは「敬天愛人」や「人をお相手とせず天を相手とせよ」と言われています。

つまり西郷さんは「天を相手に政治を行え」と言われているのです。(これは法なのですが、何で西郷さんが法を語っているのかと言うことは、また機会があれば書きます)

西郷さんは政治を行う時、常に天と向き合って、天に問いながら政治をされたのです。だから西郷さんのされることは正しかったし、またあれほど民衆からの支持を得られたのです。(西郷さんは亡くなられた後、星になったと多くの人々に言われました。歴史上亡くなられた後、星になったと言われた人は西郷さんが一人です。どれだけ多くの人に西郷さんが慕われていたのか、このような事実を見てもそれが分かります)

自分が出している政策は正しいのかどうか、常に天に問いながら政治を行うならば、天は心の中より直感と言う形で教えてくれます。その直感を信じ政策を行っていけば、あちらの人にもよいが、こちらの人にもよいという政治ができるのです。(これこそ本当の民主主義です)

そんな都合のいい話があるか、と多くの人は思うかもしれませんが、そのように言う人は法を知らないのです。頭であれこれ考え、あれをしようこれをしようとするから、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず、という政治になるのです。心で考え直感として与えられたものは、天が導いてくれているので、その導きに素直に従いそれを行えば、神の心がこの世に現れる、そのような政治ができるのです。

神の心がこの世に現れた政治なら誰も文句は言いません(皆神につくられた神の子であるのですから)。

現実にそのような政治をされた西郷さんは多くの人々に慕われ、信頼もされました。その西郷さんを裏切り、悪者に仕立て上げたのは岩倉具視や大久保利通です。

岩倉や大久保が西郷さんを追い出し、今のような私利私欲をむさぼり、国のことなど考えない欲に凝り固まった政治をつくったのです。(だから現在のほとんどの政治家が、自分が政治家を辞めたくないという保身ばかり考え、自分の票取りのためだけの地元優先の政策ばかり言うため、大所高所に立ったよい政策がなかなか出てこないのです)

西郷さんは違いました。今のような政治を目指されたのではありません。徳の政治を目指されたのです。しかし、西郷さんの政治を理解する政治家は(現在もそうですが)当時ほとんどいませんでした。それを西郷さんは分かっていましたので、自分の思っている政治をするのは、これ以上は無理だと思われ下野されたのです。

どちらにしてもどのような政治を行うかで、そこに住む人々の生活が決まります。知事選にせよ統一地方選にせよ、どのような政治家を選ぶかは本当に大事なことといえるでしょう。

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1月 14 2011

酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ②

斉(せい)が楚(そ)に攻め込まれ、その楚の大軍を斉は趙(ちょう)の援軍を得て撤退させ、その戦勝祝いの宴会の席でのことです。

司馬遷著 史記Ⅵ 歴史の底流 村山孚+竹内良雄=訳 より抜粋します。

<酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ

威王はたいへん喜び、後宮で酒宴を催し、 淳千こんを招いて酒を賜(たま)わった。席上、王はたずねた。

「先生は、どのくらい飲めば酔うのかな」

こんはこたえた。

「一斗でも酔い、一石でも酔います」

「一斗で酔うくらいなら、なんで一石も飲めるのか。そのわけを教えてくれ」

「大王の御前で酒を頂戴するとします。そばには司法官がおり、うしろには監察官がひかえているので、わたしは、びくびくして一斗もやらぬうちに酔ってしまいます。

親のところに大事な客がみえたとします。わたしは衣服をととのえ、礼儀作法どうりにお相手せねばなりません。ときにはお流れを頂戴し、また尊客の長寿を祝ってしばしば立ち上がりますから、わたしは、二斗もやらぬうちに酔ってしまいます。

久しぶりで、ばったり友人と出会ったとします。思い出話に興じたり、気のおけぬおしゃべりをしながらですから、まあ、五、六斗はかたいですな。

村の無礼講で飲むとします。この日は男女が思い思いの席につき、互いに相手を引きとめて、杯をやりとりします。しまいにはすごろくや投壺(なげや)まで持ち出してあいかたを決めるのです。こうなれば手を握ろうが流し目をくれようが、だれもとがめだてしません。そちこちに耳環やかんざしが散らばる賑やかさ。わたしもつい愉快になって酒がすすみ、八斗くらいで、三度に一度は酔いつぶれます。

さらに日が暮れて宴たけなわとなったとします。残った酒樽が寄せ集められ、互いに声をかけあって、男も女も同じ場所に集まってきます。履物はばらばら、皿・杯は乱れ散ったままで、ほどなくあかりが消えます。最後にわたしだけが主人に引きとめられ、ふと闇のなかに手を伸ばしてみますと、はだけた襟(えり)に触れ、そこから柔肌のほのかな香り……。このころには、わたしもすっかり酩酊(めいてい)し、一石は飲んでいます。

“酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ”と申しますが、まこと、万事そのようでございますな」

物事は極めてはならぬ、極めてはかならず衰えるーーー淳千こんはこの道理を述べて、それとなく、王をたしなめたのである。

王は言った。

「よくぞ申してくれた」

いらい、連日連夜の宴会はとりやめになった。淳千こんは、諸侯の接待役を命ぜられ、王室の宴会にはいつも王のそばに侍(はべ)ることとなった。>

この中国の戦国時代同様現代の日本も、酒を飲んでは乱れ、遊びすぎては乱れています。最近は遊びの延長で子供をつくり、結局はできちゃった結婚などしている夫婦がいますが、このようなやり方は当然正しくありません。

こんな順序も何もなくできてしまった子などは、その夫婦がよほど愛情を持ってしっかり育てないと、将来その子に泣かされることになります。

「酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ」という故事は、現代の人々にも大いに言えることなのではないでしょうか。

(いつも言っていますが、別に勝ち負けで人のいい悪いが決まるわけではないので、日本代表の三選手がゴルフのロイヤル杯で勝とうが負けようが関係ないのですが、ただ日本チームが活躍し、勝ってくれた方が法のことを書きやすかったのは確かで、アジアのチームが負けてそれができなくなってしまい、ブログの内容もまったく変えなければならなくなってしまったものですから、腹が立って日本人三選手を少々いじってしまいました〔笑〕。あしからず……。しかし、よく考えてみれば日本代表の三選手は若手とはいえ実力のある選手ばかりです。仮に日本選手が活躍しロイヤル杯でアジア勢が勝っていたとしても、日本勢が勝ったのは実力だろうと誰もが思い、別に法のお陰でよい結果がでた、とはほとんどの人が思わなかったでしょう。私のブログ的にはコッチのほうがよかったのかもしれません〔笑〕)

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1月 12 2011

酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ①

前回も書きましたが、こう多くの人が自分の使命に気づかず果たせずでは、さすがにGTS心の研究所も長くはやれそうもありませんが、伝えられる間は法を伝えます。

先日タイで行われていた、男子ゴルフのアジアと欧州の対抗戦である、ロイヤル杯ゴルフが終わりました。

アジア選抜の代表として日本からは、石川遼、池田勇太、薗田峻輔の三選手が出場しました。

遼君など絶好調で一日目二日目と勝利を重ね、今年はアジアの楽勝かと思われた最終日に、アジア勢がボロ負けして逆転で欧州勢に優勝をさらわれました。

去年ゴルフの選手には法が伝わったでしょうと書いて、今年初のこの試合で日本選手が大活躍して優勝していれば、やはり法を知るといいことがありますと書いて、法を知る大切さを改めてこのブログに書こうと思っていたのですが、最終日にボロ負けして(おまけに日本の三選手も三連敗です)優勝を欧州にさらわれ、このブログの内容も書き換えなければならず、法の大切さを伝えることもできず、えらい迷惑です(苦笑)。

ただでさえ法が拡がらずに苦労しているのに、法を伝えたと書いた途端これでは、法の大切さがまったく伝わりません。まったく日本チームもやらかしてくれます(笑)。

一体どうしたのでしょうか?一日目二日目はあれほど調子よく勝っていたのに、最終日は変なプレッシャーでもかかったのでしょうか?それにしてもいくら若いとはいえ日本の三選手は、国内の試合で優勝経験がある選手ばかりなので、プレッシャーで負けたといってもそれもピンときません。

「これが今の実力」などと謙虚なことを言っておりましたが、若者が最終日にこんな逆転負けを食らうには、考えられる理由としては後一つしかありません。きっとそれで負けたのですね、よく分かりました、それなら仕方ありません。

マァ、そんなに難しい理由ではありません。ただの遊びすぎでしょう。(笑)

有名選手は国内ではあまり遊ぶこともできませんし、タイに行って羽を伸ばしすぎたのでしょう。それで最終日に大逆転負けを食らったという訳ですね。(勝手に決めてますけど〔笑〕)

男は特にそうですが時には遊びも必要です。それならそれで仕方ありませんが、試合に影響がでるほど遊んではいけません。何でもほどほどが大事です。それをよく知ってください。(何べんも言いますが、勝手に決め付けて書いています〔笑〕)

私は歴史が好きで歴史の本をよく読みますが、そのなかでも特に中国の歴史が好きで、史記やら三国志やらよく読みました。

特に史記などは、王や武将たちのほかにもいろいろな人が登場し興味深いのですが、その史記に出てくる登場人物のなかで、淳千こん(じゅんうこん……“こん”という字はパソコンの中に漢字がなかったのでひらがなで書きました)という人がいます。この人物が宴会の席で王に向かって面白い話をしています。

この「淳千こん」という人は、中国の戦国時代の雄であった斉の国の威王(いおう)に仕えた人で、ずいぶんおもしろい方だったようで、史記にはこの人のエピソードがいくつか記録されています。

その中の一つに宴会好きの王を諌める場面が出てきます。

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1月 10 2011

愛のない企業

前回愛のある企業を書いて、今回愛のない企業を書くのは大変心苦しいのですが、今日ここに書く企業は、特別な使命を持ってこの世に出てきているのですが、そのことにまったく気づいておりません。高橋先生と園頭先生亡き今、このことを伝えるのはその教えを継いでいる私しかおりませんので(誰も言ってくれませんので自分で言いました〔笑〕)、そのことへの苦言もかねてこのブログに書くことにします。

その企業とは私の地元の企業であるトヨタ自動車です。

トヨタ自動車は今や世界のトヨタといわれ、世界中の人が皆知っています。トヨタは環境に配慮したハイブリットカーや、あちこちで災害が起きている災害地に義援金やら支援やらしていて、まったく愛がないとは言いませんが、しかし、その仕事の仕方を見ると(私は地元だけに)とても愛があるやり方とは思えません。

その最たるものが「かんばん方式」なのではないでしょうか。

極力在庫を持たず、必要なものを、必要なだけ、必要な時にジャストインタイムで納入する、かんばん方式は無駄がないと世界中で絶賛されていますが、なぜそれほど絶賛されているかが私には分からないのです。

この方式だけみれば確かに無駄がありませんが、しかし、それをしなければならないほうからみれば無駄だらけなのではないでしょうか。

トヨタはこの方式で何ヶ月も前から予定を決めます。そのためにトヨタの多くの下請け会社はトヨタの予定にあわせて必要でないものも、必要以上に、必要でない時に作っておかなければなりません。(そうしないとジャストインタイムで納入しなければならない、トヨタ車の部品の納入時間に遅れでもしたら補償問題にもなりかねないからです)

これだけの無駄を下請け会社に押し付けて、ではその分金を余計にくれたのかといえば、最近のトヨタはコストダウンはしてもアップはしません(最近はどの大会社もそのようになってしまいましたが)。一頃前のトヨタは下請け会社を生かさず殺さずで「濡れ雑巾をカチカチに絞ってもうひと絞り」する、と言われておりましたが、最近のトヨタは「乾いた雑巾を絞って破く」と言われております。

これでは下請けもたまりません。「かんばん方式」とは自分のところの無駄を、下請け会社に押し付け、ただ自社の在庫の管理を、下請け会社にやらせているだけの話なのではないでしょうか。

それともこの「かんばん方式」には、もっと深い意味があるのでしょうか?私にはよく分かりませんが、多くの下請け会社は言っています「あんなことはトヨタだからできるのだ」と。(私は前の仕事でよくトヨタの下請けを周っていましたので、現場の声をよく聞いています)

トヨタほど力があって(力ずくで有無を言わせず)初めて、あのような無茶なやりかたが通るのであって(これでは戦国時代の大名と同じです)、少々の会社がトヨタのような「かんばん方式」などやれば、誰もそんな会社は相手にしないという意味ですが、なかにはトヨタの「かんばん方式」についていける会社もあるかもしれませんが、そんな会社はごく少数でほとんどの下請け会社が、どれだけ仕事をしても儲けがでないと嘆いています。(前回紹介した会社とはえらい違いです)

トヨタは今ほどの大会社に発展していく時に、どれだけこのような下請け会社に世話になったと思っているのでしょう。それが自分の会社が大きくなりどこも文句が言えなくなった途端にこれです。これでは創業者の豊田佐吉翁の遺訓をまとめた「豊田綱領」も泣いています。「豊田綱領」の中に「温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし」と書いてあるではないですか。(家族に対しこのようなことができるのでしょうか)

散々世話になった下請けを苦しめ、他の国々の災害支援などしているようでは、ただの“いい格好しい”に過ぎません。まず「隗より始めよ」なのではないでしょうか。

トヨタは何も分かっていないのです、戦後なぜあれほど急激に大会社へと発展して行ったのか。(自分のところが優秀であったと思っているのかもしれませんが、ではなぜトヨタに優秀な人材が集まったのか、ということです)

それはトヨタには特別な使命があったからです。(松下電器〔現パナソニック〕創業者の松下幸之助氏と同じ使命ですが…松下幸之助氏は結局その使命に気づかれずに亡くなられました)ですから、天が大いに力を貸して今のような大企業へと発展していったのです。

そのことにトヨタはまるで気づいていません。

その使命に気づかず今のような仕事を続けるならば、やがてトヨタは大きな報いを受けなければならなくなるでしょう。世界のトヨタといえども近い将来、没落していくことになるのです。(それは天が力を貸さなくなるからです)

そうならないよう願うしかありませんが、トヨタ自動車にせよパナソニックにせよ、今生これだけ特別な使命をもって生まれてきた人たちが、その使命に気づかずまた失敗の連続では法が拡がるはずありませんね(〔笑〕…あまり笑い事でもありませんが)

いずれにせよトヨタ自動車に特別な使命があるのは事実です。ですからここにそのことを記しておきました。

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