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2011年5月

5月 09 2011

法を信じない悲劇①

しかし、こうも毎月毎月毎月毎月、よく月間最多雨量だの最少雨量だの、観測史上最高だの最低だのでるものですね。(こんなこと過去二千六百年の日本の歴史のなかでもあったのでしょうか?)

このような状況で、皆さん普通に仕事して生活しているというのも、私から言わせると「皆、何も感じないのだろうか、少しおかしいんじゃないか?」と思ってしまうのですが、そんなことを感じている私の方がおかしいのでしょうか(当たり前のことですが最多雨量とは、それまで降ったことがない量の雨が降るということですよ、最少雨量とは今までにないほど雨が降っていないということです。観測史上最高最低とは、今までにないほど高いと低いということですよ、このようなことが毎月起きているのです、しかも日本にだけ。これ恐ろしいことだと思いませんか?)。

世の学者連中は、これだけ毎月毎月、異常気象が続いている日本の状況を見ても何も言わないのでしょうか?何も感じないのでしょうか?そのような人々が、今の日本は何かおかしいと警告を発すれば、もう少し現在の日本の危ない状況に気づく人も出てくると思いますが、私が何を言っても誰も何も思わなそうですし、誰か、そのような警告を発する人はいないのでしょうか(だとすれば学者といわれている人たちも、よほど鈍いかよほどバカかです)。

私など、この状況ではいつ何があってもおかしくはない、と心配でなりませんが、まったく多くの人がそんな危機感ありません。肝が据わっているといいましょうか、何も分かっていないといいましょうか(多分何も分かっていないと思うのですが)現在の日本は非常に危ない状況にあるのです。

それが東海大地震か東京大地震か分かりませんが、また大きな災いは必ず起きますよ、それも近いうちにです。天の怒りが現在もまだ続いているからです。何も治まっていないからです。(それはそうでしょう法を知って心を変えようと誰も思わないのですから、天は私以上に怒りを感じているようです)

これだけ奇異な現象が毎月起きているのに普通でよくいられるな、と私など思ってしまうのですが、どのように説明しても多くの人は臭いものには蓋をして、危ないことには眼をつぶり、今さえ平穏に暮らせれば(今さえ楽しければ)それでよいと、現状をまるで見ずに生活していますが……それで何か起きれば右往左往して起きた時だけ騒いでいます。

その繰り返しでいいのでしょうか?

何か起きた時だけ騒いで、それによって不幸になった人だけ助けていれば、それでいいのでしょうか?

何で、こんなことが毎月起きているのだ?という疑問一つ持たなくていいのでしょうか?

そんな疑問など持たなくてもいい、と思っている人が多いから、このような現象が起きてきているのではないでしょうか?原発が危ないとデモをしている人もいるようですが、そんなことより、自分の心を一つも直そうとしない人の方がよほど危ないのです。

キリストが出世されたパレスチナは、当時ローマの支配下にありました。この当時のローマ帝国は地中海沿岸の広大な大地を支配し、ローマ帝国が世界といっても過言ではありませんでした。

そのローマの支配下にあったパレスチナに、キリストが出世され福音を説かれ多くの奇跡を起こされます。

そのローマ帝国でキリストの福音(如来の法)にローマの人々は、どのような態度をとり、そしてどのような目にあったのでしょうか、少し書いておきましょう。

キリストは紀元30年頃にゴルゴダの丘で十字架にかけられ昇天されます。その時、逃げ出した弟子たちもキリストの復活(キリストの復活は肉体のキリストが復活されたのではなく、霊体のキリストが弟子たちの前に現れたのですが、聖書は霊体のキリストと肉体のキリストをゴッチャに書いてあり、何かキリストが神かスーパーマンのように書かれてあります。しかし、実際は湖の上を歩いたキリストや復活したキリストは、幽体離脱した霊体のキリストを弟子たちは霊視したのであり、肉体のキリストではありませんでした。その肉体と霊体の区別が当時の弟子たちにはつかなかったようです)と奇跡(ペンテコステ「五旬節」の聖霊降臨)を体験し、憤然と立ち上がりキリストの教えをローマ帝国を中心に世界に伝えていきます。

その時ローマはキリストの教えに対し最初は無関心であり、そのキリスト教が拡がり始めキリスト教徒が増えると、今度はキリスト教徒に数々の迫害を加えます。

その時ローマに何が起きたのか……。

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5月 07 2011

法を伝える使命④

それは如来の教えである“法”が、世界に伝わっていないからです。

法が日本はもとより、世界にもまったく拡がっていないのです。法によって世界中の多くの人々が救われなければならなかったのに、肝心の法が世界に伝わっていないため、その逆の現象が現れているのです。

だから、このような世界に影響する災いが日本に起きたのです。

現在、高橋先生の教えを継いでいるだの後継者だの言う人がたくさんいますが、その偉大な如来の教えを継いでいると言っている人たちは、一体何をしているのでしょうか?

高橋先生の教えを継ぎ、その法を世に伝えているのであれば、なぜ、ここ一年ほどの間に、日本にこれほどの災いが続けて起きているのでしょう?(そうして世界に影響するほどの災いもです)高橋先生や園頭先生のいられる時には、起きていなかった異常現象が続けて起きているのです。そういう人たちが高橋先生や園頭先生の教えをちゃんと継いでいるのであれば、こんな異常現象が、続けて起きてくるのはおかしなことではないですか。

今起きている現象は、そのような人たちすべてが偽者であるということも教えているのです。(また既存、新興宗教の神、仏と名乗っている連中もです)

現在、如来の教えを継いでいると言ってる連中や神、仏を名乗っている連中などすべて偽者なのです。もし、そのようにいわれる人の中に本物がいるのであれば、こんなことが日本に起きてくるはずがないでしょう、正しい教えを正しく伝える人がすでにいるのであれば、天はこんな現象を続けて日本に起こすはずがありません。

正しい教えが伝わっていないから、このようなことが起きてくるのです。

去年言われていた百年に一度といわれた異常気象は現在も続いています。

一月二月はドカ雪に少雨、三月に入っても月の平均気温が北海道を除いて全国的に低く(大震災の被災地の方々も気の毒なことです)沖縄や奄美大島など統計を取り始めて二番目の低さだったとか、少雨などもっとひどくて、三月の月間降水量は太平洋側で戦後最少を記録し、大分では観測史上最少、盛岡や山口なども歴代二番目三番目という少雨となりました。

四月に入っても異常気象は続き、大分や宮崎でやはり月間降水量が観測史上最少を記録、また四月になったというのになかなか春らしい気温にならず、前にも書きましたが福島県の相馬市では、四月としては観測史上最低の気温を記録した日もあったのです。

東日本大震災という、千年に一度という複合災害に見舞われたにもかかわらず、いまだ百年に一度などといわれる異常気象は続いているのです。

去年の異常気象が今年も続いているとなると、もう百年に一度ではすまないですね…二百年いや三百年に一度とでも言えばいいのでしょうか、どちらにせよ日本は滅びの道を一直線に進んでいるといわざるを得ません。ここまで来てもまだ分かりませんか?いつまで体裁ばかり気にしているのでしょう?日本が滅びても体裁が気になりますか?自分の命がなくなって何に対する体裁なのでしょう?

これだけ天が続けて災いを起こしているのです。ここにおいてまで私のブログを読む縁を持ちながら、法を勉強しない、法を拡げるのに協力しない、というのであれば、それはもう神の子として(愚かというのを通り越して)哀れというほかありません。(それとも他にまだ救われる方法が何かありますか?)

そのように法に縁があるにもかかわらず、この期に及んでまだ何もしないということであれば、天はもうその人個人に対し気づきを与えるでしょう。

これ以上、何を言っても何を書いても無駄かもしれませんが、最後に高橋先生の「心の原点」より抜粋しておきます。

<何度か同じ誤りをくり返し、苦しみや悲しみを体験し、その結果ついに、慈悲と愛による調和された生活がいかに大切であるか、ということを学ぶのである。

不調和な想念を持ち行動をする、心ない人々によって造り出された集団は、自ら蒔いた悪の種を、苦しみと悲しみのきびしい環境で刈りとらなくてはならないだろう。

そして、自然は、天変地異や火災をとおして、人類の誤りを気づかせる。

さらに同じ誤りをおかせば、より大きな試練を与え、さらに誤りを重ねればきびしい反作用が与えられる。突き放されて、最後は自らの誤りを学ばされる仕組みになっているのである。>

高橋先生がいられた頃の日本と今の日本ではまったく状況が違っています。早く誤りに気づかないと大変なことになります。

今、天が日本を突き放せば、それは日本の滅亡ということになるのです。

(総理が浜岡原発の全面停止を突然要請されましたが、何でまた急にそんな話をされたのでしょう?あとで困らなければよいのですが…)

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5月 05 2011

法を伝える使命③

もちろん、その政権やそこの知事の心に合わせて災いが起きたということは事実でしょう。しかし、共産思想など自民党の政権下でもありました。ですから、共産主義思想だけで、これだけ立て続けに、今まで起きたことがないような災いが起きるのは不自然です。(共産主義政権が政権をとっているということもありましたが)これだけ大きな災いが続けて起きたということは、他にもっと大きな理由があったのです。

それを理解しないから大きな災いが何度も起きているのです。

私がこのブログを再開したのは昨年の三月中頃でした。その一ヶ月くらい後から災い(最初は口てい疫でしたが四月の下旬くらいからではなかったでしょうか、口てい疫が発生しだしたのは)は起こり始めました。それから毎月のように、今までの日本には起きたことがない災いが続いたのです。

不思議と一致しませんか、ちょうど私がブログを書き始めて一ヶ月、体も段々と調子がよくなり始めた頃と。(私の手足の痛みが引いてきたのが、たしか四月の下旬頃だったと思います。その月の月末から始まった、男子プロのゴルフトーナメントの中日クラウンズに去年は行きましたので)

天はその頃から、今のような共産主義政権が日本の政権を取ったという縁(善にせよ悪にせよ、すべて縁によって生じるのです)の元で、次々と災いを起こします。しかし、それは共産主義政権が日本の政権を取ったことが第一の理由ではありませんでした。共産主義政権ということは、あくまで二次的理由に過ぎなかったのです。

では、第一の理由は何か、ということですが、それはもちろん私がここに書いている法を正しいものと知らせるため(高橋先生と園頭先生が本物の如来であり)それを多くの人が知って、私に協力し法を世界中に伝えるため、起こされたものであったのです。(その一つの証明として、天はここに書いたことに度々応えてくれました)

しかし、誰もそのことに気づきませんでした。そのような大きな災いを起こせば起こすほど、人々はこのブログに書いた法より、被害にあった人々の方に気持ちを寄せ、このような災害は百年に一度たまたま起きただけだ、それよりも被害にあった人たちを助けようと、今まで起きたことがない災害が続けて起きているにもかかわらず、なぜこんなことが起きたのだろう、なぜこんなことが続けて起きているのだろう、という疑問さえ持たず、心をまったく変えようとせず日々を過ごしていたのです。

いつまでたっても私の書いたブログを信じようとせず、協力しようとする人も現れません。

高橋先生が日本に出世され法を説かれました。その教えを継いだのは園頭先生でした。そうして、その教えを継いだのは私であり、私でこの日本で法を説いたのは三人目ということになります。

『仏の顔も三度』という言葉があります。

三人も法を説いて、それでも法を理解しないということであれば、もう日本に出ている人を天は許さないでしょう。その警告があの東日本大震災でした。

だからあの大震災の後、私の心から『日本の滅亡』という思いがあがってきたのです。

先週、名古屋でゴルフトーナメント(中日クラウンズ)が開催されました。しかし、先週は寒いし風は強いし、晴れていたかと思えば急に雨が降り出すし、という散々な天気でした。(そういえば去年の中日クラウンズを観に行った時〔このブログにも書きましたが〕遼君が世界記録の58というスコアーを出したのですが、あれは天が味方したからあんな記録が出たのだと私は書きました。私の目の前で天が協力してあんな記録が出たのだから、私と遼君は縁があるのだろうと後で書いたのですが、よくよく考えてみれば、私と遼君の縁だけで天があそこまでするのも大袈裟な話で、何ぼなんでもやりすぎです。〔何せ世界中にそのニュースが流れたのですから〕しかし、それだけの意味でなく、この法を世界に知らしめるために、天が遼君を通してあのような記録を出させたとしたら…あれだけ世界中で騒がれるニュースになったとしても、何も不思議ではありません)

先週の中日クラウンズに、もし私が行っていたら、ゴルフの選手たちはどうしたでしょう、きっとどうもしなかったでしょうね、またいつものようにこちらをチラチラ見て、私がゴルフを観ている所にボールを打ち込んでくるくらいが関の山で、わざとボールを私の方に打ち込んで無駄な一打を打つのなら、その無駄な一打の賞金分を、GTS心の研究所に寄付しようとする選手など誰もいなかったでしょう。

天はそれが分かっていたから、名古屋に来てそんな心ではいけないと、あんな天気にしたのです。それが証拠に中日クラウンズが終わった翌日からはポカポカ陽気になり、私など公園で昼寝をしていたくらいですから(もちろんブログの内容を考えながらですが〔笑〕)。

これ以上、法に気づかず協力をする人が誰も現れないということであれば、天は日本を潰すことになります。(歴史を見るならば、神の使いの言葉を信じず滅びた国はいくつもあります。特別日本が滅びたところで、さほど不思議なことではありません)

もし、ここに書いたことがいい加減なことだといわれる人がいたら、では、何で現在の日本に、今まで起きたことがないような災いが続けて起きているのですか?それを明確に答えていただきたいと思います。(もちろん今もそれは続いています)

現在の日本には優秀な方がたくさんいられるはずです。科学者でも政治家でも宗教家でも、どなたでも結構です。今の日本に起きている現象を正確に答えられる人がいれば、テレビでも新聞でもインターネットでも何でも結構ですから、しっかり答えていただきたいと思います。

これだけメディアが発達しているのですから、誰か名のある方が正確に答えてくだされば、原発の問題もありますし世界中の人々が安心するでしょう。

もう東日本大震災は(原発の問題もあり)日本の問題だけではなくなっているのです。なぜ、こんな大きな問題になっているのでしょう。なぜ、ここまで大きく問題が拡がったのでしょう。

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5月 03 2011

法を伝える使命②

私は(天より示されて)如来の法を受け継いだ者だと思っております。

ということは、それこそ死ぬ気で真剣に法を伝えなければならないと思っていますし、決して伊達や酔狂で法を伝えるわけではないのです。

であるならば、高橋先生と園頭先生から法を受け継いだ私が、他の仕事をしながら法を説くことができるのでしょうか?

神の教えを真剣に伝えなければならないのに、他に仕事をしながらやっているということは、逆に言えば真剣に神の教えを伝えていない、ということになるのではないでしょうか。

高橋先生ほどの方ならともかく、私程度の者が他の仕事をしながら法を説いていて、法が拡がるはずがないのです。そのことだけを真剣に集中してやらなければ、世の人々に伝えられるはずがないのです。だから、ブログが書ける時間(それは午前中に二時間前後あるだけです。それ以外は父が家にいてパソコンの音をうるさがるので、集中してブログが書けないのです)は書いて、書けないときは公園でも行ってブログの内容を考えたり、漫画喫茶や図書館に行きブログの情報収集をして、多くの人に法がより分かりやすく伝わるように努力しているのです。

天も法が拡げられなければ死ね、と思っているのでしょう、そのような現象が私にはいろいろ出ました。

だから私はこの“法を拡げること”以外で、飯を食うつもりはありませんし、この法を拡げることができない時は自分が死ぬ時であって、それが法を継いだ者の務めであると思っています。でなければ、この一年ほとんど売り上げらしい売り上げはなかったのです。これでは仕事として成り立ちません、普通ならとっくにやめているでしょう。

しかし、自分が法を伝えなかったら誰が伝えるのか、という気持ちと高橋先生と園頭先生から法を受け継ぐということは、そんなに軽いものではないという責任感から、続けているのです。

天も私がそのような気持ちであるのを知っていますので、協力してくれるのです。

私は、自分の書くことが(少々くらいの間違いなら天に諭してもらえるのですが)間違っていても死ぬのであるし、法が拡がらなくても死ぬのです。つまり、法を正しく拡げる以外、私に生きる道はないのです。

巷で私が高橋先生の教えを継いでいるだの何だのいう人に、そんな覚悟があるのでしょうか?

これは別に私だけが、特別こんなことを思っているということではないでしょう。前回書きましたが、聖書に出てこられる預言者の方々など、皆同じ思いで法を世に説いていかれたと思います。(であるからこそ天〔ヤハウェー〕も味方するのだと思いますし)

私もそのような方々と心のレベルは違うにせよ、同じ修行(四十日四十夜の断食)を今生させられた者として、命がけで世に法を伝えなければ、高橋先生や園頭先生は当たり前として、そのような過去に預言者としてこの世に出てこられた方々にも申し訳ないのです。

だから私は何度もブログを書きながら、私の書いていることに間違いがないと思われる方は、ぜひ法を勉強していただきたいし、その法を拡げるため賛助会員になっていただいて、法を拡げることに協力してほしいと呼びかけているのです。

しかし、ブログを再開し、一年以上たってもまだ誰もそのような協力者が現れません。まだ、気づきませんか?何で今、これほどの異常気象が日本に続いているのか。

私がそれは天が起こしているのだ、天が操作しているのだ、と何度も申し上げてきました、今ある人々の心がこのようなことを起こしているのだ、と何度も言ってきたのです、しかし、いつまでたってもそのことに誰も気づきません。

一体いつになったら気がつくのでしょう。天はそれに気づくまで気づきを与え続けることになります。

私は前にも言いました。本物の神の使いは天が味方するのだと、そういっているのにまだ誰もそのことに気づいてないのです。

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5月 01 2011

法を伝える使命①

今日の名古屋は朝から雨模様です。今週はその地元名古屋で男子プロのゴルフトーナメントがありました。今日は最終日ですが、この雨では台無しですね。

このゴルフトーナメント、今日を含めた四日間あまり天気はよくなかったようです。やたら風は吹くし、晴れていたかと思えば急に曇ってきて雨は降り出すし、最終日はこの天気です。最悪ですね、出場選手も大変です。

私はこのトーナメントは観に行くのをやめました。懐も寂しかったしブログを再開したとはいえ、心も晴れなかったものですから…(まさに今の天気のようです)。

というのも、この前寄付していただいた方の一人が、次のようなことを私に言われたのです。

「高橋先生も“私は宗教でなど飯を食べません。他に仕事も持ちながら法を説いているのです”といわれていたのだから、君も他の仕事をしながらブログを書けばいいじゃないか、あまりブログを書くのやめるの言うと誰も君のブログを読まなくなるぞ」(この方は高橋先生のことも園頭先生のこともご存知の方です)

私はそのとき「そうですね」としか言わなかったのですが……。

本心は『あぁっ、この方も私の心を分かっていられない』と残念な気持ちにしかなりませんでした。この方も私に寄付してくれたとはいえ、それは知り合いだから同情の気持ちから寄付してくれただけで、真に法のことを思って、私に寄付をしてくれたわけではない、という思いにしかならなかったからです。

『これではいくら私がここに法のことを書いても深くは伝わらない』としか思えませんでした、私の気持ちをこの方はまるで分かっていなかったからです。

この方は高橋先生もご存知の方ですが、園頭先生のこともご存知です。では、園頭先生はどうだったのでしょうか?

園頭先生は違います。園頭先生は戦争の悲惨な体験を通して、国が違い事情が違うとはいえ、人と人が争うことがどれだけ悲惨なことなのかを自覚され、世界平和のために一生を捧げようと思われ終戦後一人立たれ伝道されたのです。

高橋先生は高橋先生で決めてこられた法の説き方があり、園頭先生は園頭先生で決めてこられた法の説き方があります。

ここではっきり言っておきますが、高橋先生が説かれ、園頭先生が継がれた法(神理)を継いでいるのは私です。(巷ではそのようにいう人はたくさんいますが…では、そのような人のいうことを天がきいてくれるのでしょうか?私が高橋先生と園頭先生の法を継ぐ者であるから、天はここに書いたことに応えてくれるのです)それは、次のような夢を観たことでそれを知ることになりました。

その夢を観たのは、ちょうどあの四十日の間何も食べなかった時のことです。

何も物を食べなくなって三日ほどたったとき、その日は寒かったので、私は夜も外でなどろくろく寝られず、朝方コインランドリーが開いたので、コインランドリーの中に入りそこにある椅子に座っていました。すると前の晩ほとんど寝ていなかったので、椅子に座るとウトウト眠ってしまったのです(ほんの十分か十五分くらいだったと思います)そのときに不思議な夢を観ました。

その不思議な夢とは次の様なものでした。

私はある場所に立っていました。フッと足元を見ると土が少し盛り上がっていて何か足元に埋まっているのが分かりました。それに気づいた私はその足元の土を手で払いのけたのです。すると、土のなかから非常にきれいなピカピカ光る短剣が出てきたのでした。

その短剣は、柄には赤や青や緑といった石がちりばめられ、全体はきれいな黄金色に輝いています。

その短剣を見た私は、驚くと同時に嬉しさがこみ上げてきて感動していました。夢の中の私はその短剣が何であるかを知っていたからです。

その短剣とは高橋先生が持たれ、園頭先生が継がれた宝刀(法灯)であったのです。

それを今度は私が持つことになったのです。その宝刀(法灯)を手に取った私は(手が震えていましたが)顔や体が宝刀の光で金色に輝いていました。その宝刀を手にしようと、私はこれまでどれほど長い年月努力し続けてきたことか、それを夢の中の私は知っていました。その宝刀をやっと自分が手に入れることができたのです。

私は宝刀(法灯)を手にできたことが、本当に嬉しく感激して大喜びしていた、というところで目が覚めたのでした。

目が覚めた私は、もう何も食べずに死のうと思っていたときでしたので、何で死のうとしている自分が、高橋先生が説かれ園頭先生が継がれた法灯を継ぐことになったのか、この観た夢の意味が分かりませんでしたが、しかし、その後、私は死なずに済んで不思議なことに、このように高橋先生や園頭先生のこと、そうしてお二人が説かれた法をブログに書いています。

今思うと天に導かれ、そのような順序を貰ったとしか思えませんでした。

聖書に出てくる預言者といわれた方々がやられていた、四十日四十夜の断食、皆そのような修行を通し多くの人々に法を伝えていったのです。

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