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2014年6月

6月 30 2014

何度もいいますが

最近の関東の不安定な天気は異常ですね。昨日の東京でもゲリラ豪雨が凄かったではないですか。

東京は先週も異常な量のヒョウが降ったり、連日のゲリラ雷雨にゲリラ豪雨です。梅雨にこのような天気になるのも珍しいそうですが、しかし、珍しいのは珍しいのでしょうが、その珍しさの度を越していますね。

東京など、ここ二~三週間の間に、急にこのような異常に不安定な天気となったのですが、これもやはり温暖化の影響でしょうか?それともエルニーニョの影響ですか?それともたまたまなっているだけなのでしょうか?

どれも違います。もう東京の皆さんは十分それをご承知のはずですが、それでもまだこのブログに書いてあることを無視されますか?

天の命を無視したり、逆らったりしてはいけないのであり、多くの人がそういう態度を取り続けているため、このような現象を起されるのです。

私が祈ったからこうなったと、何でもかんでも私のせいにしている人がいますが、その前に、ここに書いていることを無視したり、逆らったりしているのは、このブログを読んでいる皆さん方の方ではないですか。なぜそこをスルーして私が祈るのが悪いというのでしょうか?

「お前のいうことなど聞けるか」ですか。しかし、それほど無知な発言もないと思います。何度もいいますが、私がこのようなブログを書き、祈っているからこの程度で済んでいるのです。その意味をもう一度説明しておきましょう。(もう何度も説明していますが、どれだけその説明を証明するような現象が現れても理解できないようなので)

私がいるからこの程度で済んでいるということは、次のようなことからでもそれが分かります。

やるやらないは別にしても、唯物無神論であった日本で、神の心に気づいた人がたくさんいるのです。では、何で多くの人が神の心に気づいたんでしょうか?(名古屋の多くの人が、唯物無神論から唯心有神論に変わったのがそのよい証拠です)

それだけ多くの人が神を信じ、あの世を信じ、人の輪廻転生を信じるように心が変ったのは、私がいたお陰です。(それは認めざるを得ませんよね)当然天も、その多くの人の意識が変わったということは評価しています。

何度もいいますが、だからこの程度で済んでいるのです。これだけ多くの人の心が変っていなければ、とっくに南海トラフは起きています。ゲリラ豪雨がいけないの梅雨の大雨がいけないのいいますが、そうはいっても日本が滅びることが一番いけないことでしょう。

私がこのブログを書き、祈らなければ日本は確実にそうなって(南海トラフが起きて)いました。私がブログを書いて祈り現象を現したから、多くの人の意識が変ったのです。もし、多くの人の意識が変っていなければ、今頃は確実に日本は滅ぼされていたのです。

それを考えるなら、皆さん私にもう少し感謝されてはいかがでしょうか。私がいなかったらとっくに日本は滅ぼされていたからです。ギリギリのところで私は日本を救ったからです。

勝手につくるなといわれそうですが、日本で高橋先生が法を説かれ、そうして園頭先生が法を説かれました。しかし、如来が続けて二人も法を説かれたにもかかわらず、それでもほとんどの日本の人々は、その如来の存在に気づかなかったのです。これは多分、世界の宗教史上でも初の出来事だったのではないでしょうか。(如来が二人も続けて法を説かれたにもかかわらず、それをほとんどの人が気づかなかったなど前代未聞でしょう。これほどの〔バカな〕事件は歴史上ありません。他の国では考えられないくらい、神に対する不遜な行為を〔神から使わされた使者を二人も続けて無視したのです。ありえないほど神に対し不遜な行為です〕日本の人々は平気でやったのです)

これほどの大罪を、すでに日本の人々は犯しているにもかかわらず、自分たちは何も悪いことをしていないなど、いっていることのバカの度が過ぎています。

信じられないバカげた行為を日本の人々はしているからです。(日本の人々は唯物無神論であったため、その行為の罪の重さが分からないのです)では私が「日本は滅ぼされていた」といっても決して言い過ぎではないのではないでしょうか。

過去に如来が自分の国に生まれ、そのことに気づかなかった国民はいません。釈尊、キリスト、モーゼ、あるいはゼウスと、インドの人であろうと、イスラエルの人であろうと、エジプトの人であろうと、ギリシャの人であろうと、どこの国の人でも、如来が生まれたことにその国の人々は気がつき、多くの人々にそれを伝えたから、その如来の教えも後世、世界に伝わることが出来たのです。

そうして世界に伝わった如来の教えのお陰で、その教えを知った多くの人々が救われたのです。多くの人を救う力が如来の教えにはあるからです。

だから、如来が自分の国に生まれたことをその国の人が知らないなどということは、どれほど大きな罪になるか分からないのです。(その如来に救われる人、そうして後世、如来の教えが世界に伝わることで救われる人の数を考えれば、その如来の教えで救われる人は天文学的な数字となります。如来を世に伝えようとしないということは、その教えも伝わらないということになり、それだけ多くの人を救うことが出来ないということになりますので、それがどれほどの罪となるかお分かりいただけると思います)

私は何度もいっています。日本の人々はすでに大きな罪を犯していると。そうして私がいたからまだ日本はこの程度で済んでいるのだと。

それが嘘ではないということは、今書いたことを知るなら分かることですし、数々起きる現象を見てもそれが証明できます。どれだけひどい目に遭っても、日本の人々が文句をいえる筋合いでもなければ、怒る資格もないのです。それほど大きな罪をすでに日本の人々は負っているからです。

ただそれに気づいていないだけです。

日本の人たちは、自分たちが如来に気づかなかったばかりに(自分たちはもちろんですが)世界中の多くの人たちが救われる機会を逸してしまったという、信じられないバカげた行為をすでに行っているのです。

これほどの大罪を犯していながら、自分たちは何も悪くないだの、悪いのは全部お前だの、いっていることが全然おかしいのであって、あまりにトンチンカンなのです。

自分たちが悪くなければ、これほどの現象を天が与えるはずがないからです。(しかも何度もです)

今日も神の心を何も理解しようとしない輩は、このブログを書くのを必死に邪魔しています。このような者たちは何が起きても、自分たちがどれほど愚かな行為を続けているか、絶対に理解しようとせず、また認めようともしないでしょう。(責任転嫁ばかりしてです)

では、そのような人たちは滅びるしかないということになります。

私は何度も呼びかけています。少しで結構です。寄付してくださいと。そうして少しでいいからご協力くださいと。(しかし、それはそういっているだけで、実はもうかなり危ない状況であり、少しどころか、たくさん寄付してもらい、たくさん協力していただかなければいけない状況であるのですが、そういったら絶対やらないから、軽めにいっているだけです。しかし、それでもやろうとしないのです。自分たちの罪の大きさを誰も全然理解していないようです)

何度もいいますが、これが最後のチャンスです。もし、このチャンスを逃せば(私が潰れてしまえば)日本は確実に潰されます。

それだけの罪をすでに日本に生まれている人たちはつくっているからです。(日本が潰れるだけでは足りなくらいの罪をつくっています。それは各個人で、未来にその責任は各自で負うのです)

いつまで、自分たちの罪に耳をふさぎ、見ないようにしているのですか?そのような態度を取り続けたところで、自分たちの罪が消えるわけではないのです。

すでに日本に生まれている人たちは(如来にまったく気づかなかったという)大罪を犯しています。

一刻も早く、その罪を償(つぐな)ってください。そうしなければその罪は来世、来々世に渡って続くことになるからです。

人をどうこういうよりもまず自分がやることです。そうしなければ何も進まないからです。

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6月 29 2014

起きて当たり前の罰

前の会社がやっているのといないのとでは全然違いますね。こう考えるなら、本当に前の会社は罪をつくり続けています。(しかもずいぶん重いです)

そういうことをやってはいけない、という現象が現れ続けているのに、それに逆らい、一生懸命このブログを書く邪魔をし、ブログを書いていない時でも少しでも私に嫌がらせしようと必死です。

そういう愚かな行いをすることで、どれだけ恐ろしい現象を自分たちに現されているのか、いつまでたっても分からないのです。(悪いことはすべて私のせいですから)哀れというしかありませんね。(マッ、特別それは前の会社だけではありませんが)

この辺りの人も、これだけ神や天上界や人の道などのいろいろなことを教えられ、そうして、これだけいろいろな現象を体験されているのに「いろいろ教えてくださりありがとうございます」と謙虚に、私にいわれた人など一人もいないんですから、それはいい現象が起こるわけがありません。(誰も私に感謝していないんですから、無理といえば無理なんですが)

そういう自分たちの態度は少しも改めようとせず、悪いことが起きればそれをすべて私のせいにしています。

あまりに都合がいい話なのではないでしょうか。

だいたい、私に嫌がらせなどしなかった時は、そんな現象は現れていなかったのです。この名古屋に響くサイレンでも、バスやトラックの連中が私に嫌がらせを始めてから始まったことです。なのになぜそれが私のせいになるんでしょうか?

昨日でも、ちょっと広い道を歩いていればバスやトラックが「ブシュブシュ」やっていきました。(私はただ歩いていただけです。そのようなバスやトラックに嫌がらせなど一度もしたことがないのにです)

そのバスやトラックの運転手は私のブログを読んでいる人もいて、私のブログからいろいろ自分たちが知らなかったことを、散々教えてもらったはずなのに、それに少しも感謝しないで、人の顔を見ればそういう嫌がらせを一方的に続けているのです。

これでは罰が当たらない方がおかしいのではないでしょうか。

こういう、自分たちが行っている悪の行為を一切無視し、自分のことを棚にあげて「お前だけが悪い」と私の悪口をあちこちでいいまわり、そうして私の顔を見れば嫌がらせです。

これだけ悪い行いを実践していては、それはいいこと起きません。(当たり前です)そうして、自分たちの態度があまりにも悪いため起されている天の気づきの現象を、それさえも私のせいにして、散々私に嫌がらせをし続けているのですから、それではもっと恐ろしい現象も現れてきます。

こういう(自分たちの心と行いが悪いために起されている)起きて当たり前の現象を、なぜ自分たちが悪いから起きていると気づかないのでしょうか?

昨日もいいましたが、いろいろなことを教えられて一つも感謝しないのです。それどころか、そのいろいろ教えてくれた人に嫌がらせを一方的にしているのです。(何度もいいますが、私はそのような人たちに一度も嫌がらせをしたことがありません)

一体悪いのはどちらの方なのでしょうか。

子供でも分かりそうな簡単な問題なのですが、この辺りの人は、大人から子供までそれが分からないのです。というか正解者がいないのです。(すべての人が不正解です。だって私が悪いと皆が思っているのですから)まったく持って不思議な話です。なぜ、こんな簡単な問題に正解できないんでしょうか。

しかし、正解者が出てくるまでこの現象は続きます。多くの人が自分が悪いと気づいて、態度を改めてもらうしか、この名古屋で起きている恐ろしい現象を止める手立てはないからです。(だって私は悪くないんですから、私がいくら皆さんに謝ってもこの現象は止まりません。逆に皆さんが私に謝るなら、この現象は止まりますが)

反省されてはいかがでしょうか。

昨日も、普段歩かないところを歩いたのですが、私のことを知らない人はいないようでした。公園の横を通ると、そこで遊んでいる子供などが一斉に私の方を見ます。(すずめが騒ぐのですぐに分かるのでしょう。普段歩かないところを歩くとよけい見られますね)

このように考えますと、一体名古屋でどれくらいの人が私を知っているのか分かりませんが、少なくとも半分くらいの人は、私のことを知っているのでないかと想像できます。

名古屋の人口の半分といえば、約百万の人が私のことを知っているということになります。ということは、すでにその百万の人たちは、考えが唯物無神論から唯心有神論に変わっているということになり、その人たちの心はかなり救われたということになります。

このブログを書いて、人に嫌がらせをされるだけで百万の人の心を救えるのなら、それはそれで良しとしなければいけないのかもしれませんが(というか、まさに海老で鯛を釣るの典型ですね)しかし、そのように心を救われた人は、救ってくれた人に感謝の心で報恩の行為は当然しなければならないのです。

その報恩の行為をしてくだされば、より多くの人の心を救えることになります。(当然私が、その報恩の行為をしてくださったもので、より多くの人にこの教えを知らせるからです)

名古屋だけではありませんが、少しでも心を救われたと思われる人が、少しの報恩の行為をしてくださるだけで、より多くの人の心を救えることになるのです。

では、それをしようとしない人の罪もまた、どれだけ大きいかお分かりいただけるのではないでしょうか。

今日、このブログを書いている最中だけでも、今度は前のマンションの連中が、例の網戸をバシバシ開け閉めして、ブログを書くのを邪魔しています。しかし、そういうことをしているマンションの人たちも、皆このブログのことを知っていて、このブログによって心が救われた人たちばかりなのです。(それはそうです。このマンションの人で、まだ唯物無神論を信じている人など一人もいないでしょうから)

自分の心が救われているのに、それに感謝しないばかりか、そのブログを書くことに少しの協力もせず邪魔しているのですから、そのような人たちによいことが起きてくるわけがないのではないでしょうか。(常に自分のことしか考えていないんでしょうか?なんと小さな考えでしょう。結局そのような小さな考えが自分自身を不幸にしているのです)

そうして起きてくる悪いことをすべて私のせいにしていますが、自分たちが悪いから自分たちに悪いことが起きるのです。

悪いことをすべて人のせいにしている、その間違いに気がつき、そうして行いを変えてくださるだけで、より多くの人の心を救うことが出来ます。

自分たちのことばかりいっているのではなく、少しはそのような人のことも考えてはいかがですか?

そのような行為こそ菩薩行であり、自分をも救うことになるからです。

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6月 28 2014

辻説法の効果

少し状況が変わってきたようです。今日は前の会社も休みですし、ちょっとブログを書きます。

ここ数日は、ずいぶん激しい雨が降ったようですが(埼玉で百ミリを超えるゲリラ豪雨とか。九州各地での大雨とかです)しかし、最近の気象庁の天気予報の外れっぷりは度を越しているようにも思えます。

外れという言い方もいい過ぎかもしれませんが、大きく見るなら外しているといってもおかしくはないでしょう。一日二日はともかく、少し先の予報など外れっぱなしだからです。

この六月でも、最初は雨が少ないといいながら、途中で平年並みといい、そうしてまたそれを平年以上に雨が多いといいなおしました。しかし、結局それも違っているのです。

たしかに今月は北海道や関東、九州などは雨が多かったのですが、東海や関西は極端に雨が少なかったのです。(平年の三割くらいしか降ってないそうです)ではまた外したということにならないでしょうか?

今月、こんなに極端な天気になるなど、気象庁は一言もいっていなかったのです。では、予報を二転三転させたにもかかわらず、それでも(正確にいえば)当たらなかったのですから、だから私は、最近の気象庁の天気の外しっぷりは度を越しているといっているのです。

しかし、そういう言い方もきついですかね。気象庁がこれだけ外しだしたのは、最近のことですし、それまではそうも外していなかったはずだからです。

ここ半月くらいですよね、気象庁が予報を外すようになったのも。そうして、それだけ気象が読みづらくなったのもです。

なぜ、気象がそうも読みづらくなったのかは知りませんが(心当たりがある人はあるのでしょうが)それはそれとして、名古屋の皆さんも少し変わってきたようです。

「神やあの世、人の生まれ変わりが分かったのは誰のお陰ですか?」「婆ちゃん、あの世で可愛い孫や子供とまた再会できるんだからよかったなぁ」「あの世や人の生まれ変わりまで教えてくれた人に感謝もせずに嫌がらせですか。それでは罰も当たるでしょう、その罰まで全部こちらのせいにしています。どこまで自分本位なんでしょうか」「悪いことは全部私のせい、そうして自分は何一つ悪くないだの、まさに責任転嫁の権化ですね」などなど、あちこちでいい回っているものですから、さすがにそのような話を聞いて、それでもまだ嫌がらせするという人も少ないですから、最近は私に嫌がらせをする人が劇的に減りました。(バスやトラックの運ちゃんは別ですけどね。そういう人の耳までは私の説法もなかなか届きませんので)

それでもする人はしますが、やはり少しは反省する人も出てきているように思います。

しかし、名古屋の人たちの考えの変わりっぷりには驚きますね。そういう話を道でしていても笑う人はまずいません。(十人に一人くらいです)ほとんどの人が、ビクッとするか、いやらしそうな(あるいは嫌な)顔をして足早にいってしまう人ばかりです。(怒る人もたまにいますけどね。あるオバちゃんなど「あの世のことや人の生まれ変わりを教えてくれたのは誰ですか?」と私がいったら、ムッとして「知らないわよ」と大声で怒鳴っていました。「それ私でーす」と後からいっておきましたが、完全に怒ってましたね、あのオバちゃん〔笑〕)

ということは、ほとんどの人が、すでに唯物無神論から唯心有神論に考えが変わっているということになります。

これが名古屋以外ならこうはいかないでしょう。そんな話を道端ですれば、ほとんどの人が笑うか、あるいは脱法ハーブでもやっているんじゃないかと疑われ、警察に通報されるでしょう。(笑)

しかし、名古屋ではそういうことはないのです。それに笑う人もいるにはいますが、私が「アレ、まだ唯物無神論なんですか?この辺りでは珍しいですね」とか突っ込むと、だいたいの人は顔を引きつらせます。(ということは無理して笑っているということになります)

もう名古屋のほとんどの人が唯心有神論なのです。他の地域の人は信じられないのではないでしょうか。しかし事実なのです。名古屋はそれだけ多くの人の意識が変わったのです。(もちろん大人から子供まで皆同じようにです。子供しか信じていないとか、年寄りしか信じていないではありません。ほぼ均等に多くの人が信じています)

名古屋の人たちはこれだけ考えが変わったのです。そうして、私が説法をして怒る人はいてもいい返す人はいません。誰一人いい返せないのです。いやらしそうに下を向いて行ってしまう人がほとんどなのです。

これは私が正しいことをいっている証拠なのではないでしょうか。そればかりか、私のいうことを聞いて救われたと思っている人も現実にいるのです。(実際私を見て、頭を下げていく人が最近は少し出てきたようです。それに「そういうこと聞いて救われただろオバちゃん」と私がいうと、ウンとうなずく人までいたのですから笑えます。〔笑〕)

私がいたから、唯心有神論という、これまでの日本の人々ではとても信じることができないことまで信じることができ、そうして心が軽くなった人もたくさんいるのです。(もちろん正しいことを知ったから心が軽くなったのです。この唯心有神論を信じることが出来ただけでも、心はかなり成長することになります。唯心有神論を知るのであれば、神のこととか、あの世のこと、人の輪廻転生など、唯物無神論の時よりもずっと考えが広がるからです。考えが広がるだけでも心は成長していきます)

そういう事実があり、そうして私の説法を聞いて反省する人も出てきているのなら、もう一歩その反省を進めて、私に報恩の行為をされてはどうでしょうか。

何度もいいますが、そのような感謝の心と報恩の行為、これがないから名古屋には恐ろしい現象が現れているのです。

このような、とても普通では信じることが出来なかったことを、多くの人が信じたのです。その多くの人が最初にやらなければいけなかったことは、まず感謝だったのです。その感謝しなければいけない、一番初めに多くの人が私に嫌がらせをしてしまったのです。

その最初にやることを間違えた、最初のボタンのかけ違いが、現在の名古屋にこのような恐ろしい現象を現しているのです。(その後はボタンをかけ違えたまま来ていますので、ずっと恐ろしい現象が現れ続けているということになります。そのボタンを正しくかけ直さないとよい現象は現れないのです)

どちらにしても、名古屋のこれだけ多くの人が考えを変えたのです。では、もう名古屋に現象は必ず現れるということになります。そのような時代になっているからです。(時代が変わっていなくても、これだけ多くの人が一変に心を変えたのなら現象は現れます。天の作用は必ずあるからです)

よい現象を現すも、悪い現象を現すも、名古屋の人々の心次第です。これまでのやり方では悪い現象しか現れなかったのです。では、それを反省し、やり方を変えるほかないのではないでしょうか。(私は多くの救いを名古屋の人々に与えたのです。〔このブログなども読んでです〕現実に〔心が〕救われたという人がいるのです。それは認めざるを得ないのではないでしょうか。では、少しくらいのお返しはしていただけないでしょうか)

最初に書いた、天気の件に戻りますが、ここ半月くらいの間になぜ気象庁が予測できないくらい、天気がコロコロ変わっているのでしょうか?

もう名古屋の多く人はお分かりだと思います。(もちろんこのブログを見ている他の地域の人々もです)

この教えを勉強すれば天さえも動かせるのです。これほどの教えが他にあるでしょうか?

この教えは本当の神の教えであり、正しい教えであるから、それを知って名古屋の多くの人たちの心が軽くなったのであり、救われたと思う人もたくさんいるのです。

では、この教えを名古屋の人だけが知ればそれでいいのでしょうか?

他の地域の人にも知ってもらおうとは誰も思わないのでしょうか?

皆様の考えを少し変えていただくだけで、この教えは日本は元より世界に拡がります。そうして災いも起こらなくなり、奇跡が起きるようになるのです。(もちろんこのブログを読んでいる他の地域の人も同じですけどね)

これだけ多くの人の意識が変ったのです。もう少しだけ意識を変えてはいただけないでしょうか。

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6月 25 2014

知るべきことを知らない愚かさ

昨日の東京は凄い天気でしたね。ゲリラ豪雨も凄かったんですが、ヒョウが凄い降り方をしたところもあったようです。

三鷹市や調布市でしたか、大粒のヒョウが凄い勢いで降り続いたそうですが(住宅街が真っ白でした。かなりヒョウが積もっていたところもあったようですが、まったく夏とは思えない光景です)聖書に出てくるモーゼの奇跡そのままですね。いよいよ聖書に書かれてある、モーゼの大奇跡が起こり始めたのではないでしょうか。(東京の皆さん、あまりに聞き分けがないからです)

今日は高橋先生が亡くなられた日なのですが、それでブログを書くということでもありませんが、ちょっと大変なことが分かりましたので、急遽書くことにしました。

前の会社の件ですが、その前にこのブログを書かなかった間に、昨日の東京ではありませんが何が日本に起きていたのか簡単に書いてみます。

六月十六日(ブログをやめることを報告した日です)夕方から関東の大気が不安定になり、栃木で一時間に八十六ミリのゲリラ豪雨、避難勧告も出ました。

十七日「しばらく雨は降らない、梅雨の中休み」といわれていましたが(一週間ほどはよい天気が続くと気象庁はいっていました)急に梅雨前線が上がってきて九州南部大雨。

十八日、梅雨のない北海道に長雨が続く。札幌十三日連続の雨、五十八年ぶり。

十九日、小田急電鉄回送電車脱線。札幌十四日連続の雨、1956年の最長記録に並ぶ。

二十日、札幌十五日連続の雨、六月としては最長記録更新。北海道では異例の長雨。九州南部大雨。

二十一日、九州南部大雨。その大雨で鹿児島で列車が脱線事故。

二十二日、九州南部大雨、土砂崩れも。

二十三日、栃木県足利市で一時間に百十ミリのゲリラ豪雨。

そうして昨日の東京のゲリラ豪雨です。ザッと書いただけですが、それでもこのように毎日、何か日本のどこかに異常現象が現れていたようです。

昨夜は、その東京の池袋で脱法ハーブを吸った運転手の車の暴走もありましたし、本当にろくなこと起きません。

そのろくなことが起きていない日本なのですが、こちら名古屋もろくなことというより、ずいぶん恐ろしいことが起きているようです。

どうも前の会社、癌になる人が続出しているようです。なぜ分かったかといえば、昨日の様子があまりに変であったからです。

昨日は前の会社、朝から元気がいまいちだったので(それでもこちらに嫌がらせだけはしていますからね、呆れます)「また癌にでもなったか」とか「まさか癌になる奴が続出しているんじゃないだろうな」とかいっていたら、前の会社が一変にシーンとなってしまいました。

「…?なんか変だな」と思い「本当に癌になる奴が次々に出ているのか」とか「お前らいい加減にしないと全員癌だぞ」とかいっていたら益々シーンとなり、その後もそのような発言を続けましたが、ほとんど反応らしい反応がありませんでした。

そんなことを少しでもいえば、いつもなら、烈火のごとく怒り、大暴れする者もその会社の中にいるんですが、昨日はまったくそんなことはありませんでした。(午前中だけでしたけどね。午後からは人が変わったように、でかい音を立てる奴が何人もいましたが、まるで午前と午後では違う会社のようでした。本当に情緒不安定の人が多いみたいです。最近こういう極端な態度が多いのです。この会社)

どうも、本当に癌になる人が続出しているようで、私が「前の会社癌になる人が続出しているようです。皆さん大丈夫ですか?」などと呼びかけても、それでも反応がありませんでした。

何か先週もその前も、態度がおかしい日が二、三日ありました。このような態度を知るなら、やはりあの態度がおかしかった日に何か起きたのではないかと思われます。(その会社の従業員にしろ、その家族にしろ誰か癌にでもなった人が出ているのでないかと思われます)

この会社の連中、私に何もいいませんのではっきり分かりませんが、日に極端に変わる態度など見ても想像できるのですが、やはりよほどのことがこの会社内で起きていると思われます。

もし、週に何人もの癌になる人がいるのなら、そんな現象は高橋先生の時にも園頭先生の時にも起きなかったのです。(同じ現象があの未来に起きた時でも、月に二、三人でした。それが週に二、三人も現れているなら、もう相当やばい現象が現れているということになります。下手すると、その会社の者全員が癌になるかもしれません)

それほどの現象が、その会社には現れていると予想されるのです。その現象に怒り、嫌がらせをしている場合でしょうか?そのような態度はあまりに愚かといわざるを得ません。

戦前の小学校には「讀本」(どくほん)というものがありました。

「讀本」とは、日本の国の方針として、日本人が生きていくためには、最低これだけのことは知っておかなければいけない、これ以上は各人の要望によっていくら勉強してもよい、それは各人の自由だけれども、最低これだけの知識は持っていないと生きていけませんよ、ということを教えた、その基礎知識を書いたものを「讀本」といったのです。

現在の日本の人たちは「神」に対し、あまりに無知であります。(唯物無神論などという説を長く信じていたためです)

だから、現在起きている神の業の意味が全然分からないのです。

だから、この名古屋の人たちにせよ、東京の人たちにせよ、神の心を無視したり逆らったりという大変恐ろしい行為を平気でしているのですが、そのような意味でいえばこのブログは、神に対する「讀本」なのであり、最低ここに書いた知識は、神に対し持っていないと生きていけませんよ、ということを教えた、神に対する基礎的な心と行いを書いた「讀本」なのです。

ここに書いたことに平気で逆らい、今日もこのブログを書くのを、前の会社の連中は邪魔していますが、そのような行為が、次々に従業員に癌が現れるという恐ろしい現象を現している原因なのであり、このブログを邪魔する行為(それはすなわち法の流布を邪魔する行為)はそれほど人として、やってはいけない恐ろしい行為であるということです。

また東京をはじめとした、日本中で起きている異常現象も同じであり、ここに書いたことを無視するという行為は、それだけやってはいけない行為であるということです。

本当の神の教えをいろいろ聞いているのです。それを聞かれた人は、最低限の報恩の行為くらいはされるべきでしょう。

これが神の教えでなくても、いろいろ教えてくれた人に、何のお返しもしないというのは不義理なのではないですか?それが、この世に生まれても聞けるかどうかも分からない、それだけ貴重な神の教えを教えられたのです。尚のことお返しはしなければいけないでしょう。

まして、その教えの流布を邪魔する行為など、ありえない行為です。だからありえない現象がそんなことをしている会社に現れているのです。(したがって前の会社に癌になる人が続出しているということも起きていると思います。それほどの神に対する悪をこの会社の従業員はしているからです)

神に対し、無知な日本の人々はそのような現象を、さも私が起こしているかのように錯覚していますが、とんでもありません。自分たちのそのような神の心を何も知ろうとしない愚かな心と行いが、日本にこのような恐ろしい現象を現して(現されて)いるのです。

本当の神の教えを伝えてくれた、神の使いには心より感謝して、それにふさわしい態度を取らないといけないし(不遜な態度を取る人ばかりです。子供でも平気で嫌がらせとかしてきます。自分の知らないことをいろいろ教えてもらったはずなのにです。これでは恐ろしい現象ばかり名古屋に起きるはずです)その行為に対し、報恩の行為は当然しなければいけません。

その最低限の行為さえ行おうとしない、逆に嫌がらせなどというとんでもない行為をしている、今起きている異常現象のすべての原因は、やはりそこにあるのです。

神の教えを聞いた人は、最低限の取るべき態度があります。その態度があまりに悪いため、このような異常現象が起き続けているのです。では、そのあまりに悪い態度を直すより他にこの異常現象を収める手立てはありません。

このブログは神に対する「讀本」です。あまりここに書いたことを、軽く見ない方がいいでしょう。

追伸…ブログを書いていない間、他の宗教団体のホームページを見ていたのですが、やたら小難しく書いているものもあり、あまり意味がないものもあり、間違っているものもあり、意味不明のものもあり、教団内だけの奇妙な言葉もあり、とにかくいろいろなのですが、その部分だけ見ても、万人を救うという神の心に反しているように思えます。

正しい教えは一つであり分かりやすくないといけません。(小さな子から年寄りにまで分かるようにです)したがっていくつも宗教があり、説いていることが違うということ自体間違いなのです。

正しい教えはこの法だけです。だからすべての宗教団体がこの法を説くよう、宗教統一をしないといけないとつくづく思いました。しかし、それも決して夢物語ではないでしょう。

本当の神の教えが説かれるところには、次々に神の奇跡が現れます。それほどの奇跡が現れているところは、現在は正しい法を説いている私のところしかないからです。これほどの現象が現れている教団は皆無だからです。(そんな教団があったら今頃大騒ぎです)

必然的に、それを私がしなければいけないわけであり、他の宗教団体に所属している人々も、この名古屋ではそれを認めざるを得ないと思います。

後は大きな宗教団体に所属している人々が、それに気づいて動いてくれるかどうか、それだけです。この名古屋にいる人は、他の宗教をやっていようと、その宗教を改革する、そのような使命があるのです。

さてそのことを誰が最初に気づかれるのでしょうか?

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6月 22 2014

辻説法

今日は前の会社も休みですし、昨日少し気になるコメントをいただきましたので、急遽ブログを書くことにします。(先週も前の会社おかしな日が二、三日ありました)

ブログを書かなくなったこの一週間、私は祈りだけをしていたわけではありません。

祈りはしていましたが、それ以外で、実は午後から家を出てあちこちで辻説法をしていたのです。(この辺りでそれを聞いた人もたくさんいると思いますが、あれは文句をいっているわけではありません。説法です。説法。〔笑〕)

「誰のお陰で神の存在やあの世の存在、人の輪廻転生が分かったんですか?」「そういうことを教えてもらった者に、感謝もせず嫌がらせばかりしているから罰が当たるんです。その罰まで皆こちらのせいにしています。それでは罰はとまらないでしょう」「そう考えれば少しぐらい自分のことを反省してはどうでしょうか」などなど。

マァ、多少ニュアンスは違うかもしれませんが(そこらじゅうで嫌がらせを受けているので、もう少しきつい言い方になったかもしれませんが)だいたいこんな感じで、嫌がらせをしてくる人とか、私が通ると「ガン」とか「バン」とか大きな音を立てて、嫌がらせしてくる家や仕事している人たちに道で勝手に説法をしていました。

あとは前から歩いてくる年寄りなどには(年寄りはまず何かしてきますからね。足で「ザッ」とかしたり、急に咳き込んだりです。それにこの世にいられる時間も少ないですし、早めに考えを変えてもらわないと、今のままでは確実に地獄往きですから)「爺ちゃんあの世があることが分かってよかったな、それ誰のお陰」とか「婆ちゃん生まれ変わりまで知ることが出来て、生きる希望もわいてきただろ」とか積極的に声をかけて、勝手に説法をしていました。(何度もいいますが、これは説法です。決して文句をいっているわけではありません〔笑〕)

この辺りの人は私のことを誰でも知っています。だから「バカが何かいっている」と思う人はいても「おかしな人が何かわめいています」と警察に通報されることはありませんので、その点は安心して説法が出来るわけです。(笑)

そうすると、そういう話を聞いても、それでも嫌がらせをしてくる人もありますが(中には小さな声で「うるせえ」とかいう人も何人かいました。しかも、そのようなことをブツブツいう人は女性の方が多かったのです。そればかりか、その中の二、三人が小さい子を連れた若い母親だったのです。驚きましたね。そういうことを人にいうこの母親たち、一体子供にどういう教育をするんでしょうか?「自分が間違っていると分かったら素直に謝りなさい」とはいえませんよね、自分がそうしていないのですから)だいたいの人はビクッとして、下を向いて足早に行ってしまうか、あるいはその話を聞いて、別の道に逃げていく人もいました。

いつもなら、私の顔を見ると怒ったような顔をして向かってきて、嫌がらせをしていく人が多いのに、そういう話をしていると、逆にいやらしそうな顔をして、逃げていく人の方が多かったというのには少々驚きました。

ということは、この辺りのほとんどの人が、私だけが悪いと本気で思っていたということになります。

名古屋にこれだけの現象が起きているのです。それを(自分はまったく悪くなくて)たった一人の者のせいにしている人が多かったというのも意外でしたが、私がそんなことをいい回っていましたので、その間違いに気づいた人が多かったのか、先週はずいぶん嫌がらせをする人も少なかったです。それはそれで意外でした。

それはよかったのですが、最初の話のコメントの件はここからです。(ずいぶん前置きが長いんですが…それはいつものことですね〔笑〕)

私が、そのような形であちこちで辻説法をしている時に当然ではありますが、いくつかの宗教団体の看板を掲げた家の前も通ることになります。(政党の看板でもいいんですが。あちこちにありますので)

そうすると(何か音がしてきた家だけですが)その看板が出ている家に向かって「残念、その教えでは救われないのです」とか「本当の信仰を教えましょうか?」とか「本当の神の教えは人に嫌がらせをすることなど教えません」とかいいながら通っていくわけです。

昨日、私にコメントをしてきた人は、そのような家の人の誰かなのではないか?とフッ思ったわけです。(八正道やら書いてきていましたので。あまり宗教に関係していない人なら、そういう言葉は使わないと思ったものですから)

昨夜のコメントだけでは、どこの誰だか分かりませんので、その推測が当たっているかどうかは分かりませんが、もし、そのような宗教団体の人であったのなら、いっておきたいことがあります。

それは、私があのような言い方をして家の前を通っていったからとはいえ、決してそれはその宗教をバカにしているわけでも、くさしているわけでもないということです。

宗教団体の看板を掲げ、その前をそのような言い方で通っていく者があれば、中にいる人はバカにしているのかと思う人もいるでしょう。

まして、このような(サイレンなどの)異常現象が名古屋に次々に起きているのです。自分たちがやってきた宗教は正しいのかと、疑心暗鬼になっている人も多いと思います。

その異常現象の原因ではないか、と思われる者に、そのような言い方をされればよけい腹が立つという人もいるはずです。

もちろん、そんな言い方をする方が悪いといわれればそうかもしれませんが、では、普通の言い方をしていて、そのような人たちが何か気づいてくれるでしょうか?

長年やってきた宗教は間違いであったと思ってくれるでしょうか?

普通にいっていたのでは、これほどのことが名古屋に起きていても、それでも自分たちがやってきた宗教に疑問を持つことはなかなか出来ないと思います。刺激的な言葉を並べなければ、自分が信じてきた神の教えを疑うなどということは、それほど簡単に出来るものではないと思います。

長い間、自分の心に染み込んだ教えは、それだけ深いところまで心に入り込んでいるからです。

だから、わざとその宗教にけんかを売るような言い方をして、その宗教を長年やっている方々に疑問を持たせ、怒らせてもいいから、少しでも本当の神の教えに気づいてもらおうと、敢えてあのような言い方をしているのです。(現に、あのような言い方をしたから、昨夜のようなコメントが届いたのかもしれないですし)

少々の無礼はお許しください。それよりも、少しでもこちらの教えに気を引いてもらえるなら幸いです。自分のやっている宗教をすぐに忘れろとはいいませんが、少しで結構です。そのような宗教をやっていられる方々は、こちらの教えも聞いていただけないでしょうか?そうするなら、真の救いの道は、こちらの教えにあるといずれ気づいてくれるからです。

それだけの素養が、宗教を長年やっている方々にはあるからです。

そのような宗教をやっている方々でも、そうして既存の宗教をやられている方々でも、そのような信仰でいいのかという疑問は、この名古屋に住んでいるどのような方々もすでに持っていられるはずです。(これだけ異常現象が続いているからです)

少しで結構です。私の話に耳を傾けていただけないでしょうか?私の話を聞き、そうして心を変えられた人から、その心に応じて奇跡の現象が現れてくることになります。

名古屋にこれほどの現象が現れているのです。(ということは、現在は名古屋に神の光が一番降りているということになります)まず名古屋の人たちが気づくべきではないでしょうか。

(昨夜テレビで、UFOは存在するか、しないか、という激論番組をやっていて、それを久しぶりに観たのですが、ずいぶん前とは様子が変わっていましたね。あの有名な霊界やらUFOやらを徹底的に否定する科学者が、宇宙人やら未確認飛行物体を肯定していたのですから。〔笑〕最近は、テレビなど観ていても極端な唯物無神論をいう人は少なくなったように感じます。こういうテレビを観ていても分かりますが、明らかにパラダイムシフトは起きていますね。これからドンドン唯心有神論は拡がっていくことでしょう。そのきっかけをつくったのは私であると思っています。皆さん、小さな心は捨てられ、もう少し大きな心に早く脱皮していただけないでしょうか。そうすればより早く本当の正しい教えである、唯心有神論が世界に拡がっていくからです。そうすれば世界平和がより早まるからです。これだけ多くの人の意識改革をしたのです。私への少々の寄付はありですよね)

追伸…久しぶりにブログを書くと書くことがたくさんあって困りますね。(笑)

今日書いた辻説法に関連しているのですが、政治家の人たちがよく駅などでマイクを持って、一人で政策を訴えているあのような行為も、辻説法という言い方をするようです。

そのよく辻説法をしている政治家のヤジが、ずいぶん話題となっているようです。

大臣でも、失言をすれば多くの人の前で詫びを入れなければいけなくなるのです。では、都議の人たちはどうなのでしょうか?あんなくだらないヤジをとばしたのです。やはり、一言詫びを入れるのが筋でしょう。

最近は国会中継など観ていても、くだらないヤジをとばす政治家も多いようです。そのようなくだらないヤジを減らすためにも、くだらないヤジをとばした議員は、多くの人の前で詫びを入れる、これくらいの慣例はつくってもいいのではないかと思います。

どちらにしても、女性に対し、あのような失礼極まりないヤジをとばした都議は、ちゃんと詫びを入れるべきでしょう。

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