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2014年11月

11月 25 2014

そこでとどまるか、それとも乗り越えるのか

今日の中日新聞に書いてありましたが、原発再稼働に賛成の党が、自民、公明、次世代、太陽、反対の党(脱原発)が、民主、維新、共産、社民、生活、減税のようです。

だいたい、共産思想と脱原発はセットのようになっていますので、わりと分かりやすい選挙でしょう。

天変地変がよく起きる世の中を望むのであれば、脱原発の党や、その党の候補者を選べばいいでしょう。それは有権者の自由だからです。

しかし、長野県の地震がひどかった地域を見ても分かると思います。そういうことが起きればどれだけ悲惨なことでしょう。

今回の地震で、亡くなった人がいなかったのは不幸中の幸いですが、しかし、多くの家が倒壊しているのです。

自分の家が倒壊してしまい「これからどうすればいいか分からない」と途方に暮れている人がたくさいるのに「亡くなった人がいなかったからよかった」などと軽くいえる状況ではないでしょう。

そのようなことになった人たちは、本当に気の毒であるからです。

そういう状況が、そこかしこに現れてもかまわないと思う人は、先ほども書きましたが、脱原発を主張する党に入れればいいのです。その思う通りになるからです。

しかし、昨日も書きましたが、脱原発など進めれば日本の先はないのです。

脱原発を主張している人たちは、ただ核廃棄物の処理場がないとか、再生可能エネルギーを発展させろと漠然といっているだけで、しっかりした先の展望があるわけではありません。

そういう、先の展望がないことを鵜呑みにしたところで、先々手詰まりになるだけで道は開けてきません。この日本の状況を考えれば(大震災の復興は進まず、次々に天変地変が起き、景気回復もいまいち)死中に活を求めるしか復活の道はないのです。

その死中に活を求めることが、大事故を起こした原発事業を進めるということなのです。

原発事業を進めれば、昨日書きましたように、原発事故の処理は進む、核廃棄物の処理も進む、莫大な売り上げは得られると、先の展望が開けてきます。

資源のない日本が復活する道は、実は原発事業を抜きにしては考えられないのです。

このことは天が教えています。前にも書きましたが、これだけ再生可能エネルギーがある場所に天変地変が起きているのです。これは原発をもっと進めろという天の意志なのであり、そうであるなら、日本はこの原発事業を進めないと絶対に道は開けて来ないのです。

それはこの円安を見ても分かります。この円安で輸出企業は破格の利益を上げられることになります。これから原発を輸出するなら、一体どれだけの利益が出るのか分からないのです。

いま輸出が増えないのは核になるものがないからです。原発を核にするなら嫌でも輸出は増えます。(何せ原発は一基で数千億の売り上げになるのですから)

アベノミクスの第三の矢である成長戦略には(日本を復活させるには)原発事業を進めることこそ必要不可欠なことなのです。

それだけではありません。これも昨日書きましたが、原発事業を進めることは日本を守ることにもなります。原発は他国でもたくさん稼働しているからです。

その稼働している世界中の原発が、いつ事故を起こすかも知れないからです。(だから今回の原発事故で、その事故を起こした時の原発への対処方法をしっかり学ぶことです。それが将来の日本を守ることにつながるからです)

その事業を進めれば進めるだけ、先の展望が広がってくるというのに、逆にその事業を捨ててしまうようでは、先の展望がなくなるどころか、先々日本が潰れてしまうかもしれないのです。

「消費税を上げて税収を上げなければ日本は潰れる」といわれている人々は、原発事業を進める運動をされてはどうでしょう。

なにも税収を回復させるのは増税だけではないからです。莫大な売り上げと利益が上がる事業を進めることこそ税収アップの王道だからです。

結局、脱原発を進めるか、原発事業を進めるかの判断の違いは、原発事故を通してしか原発事業を見ることが出来ないか、それともその原発事故を乗り越え、それを糧として原発事業を見ることが出来るかの差でしょう。

その見方の違いが、意見の違いになっていると思います。

しかし、大事故を起こしたからと、それにビビって捨ててしまうのか、それとも、その大事故を乗り越え、それを規範としてより安全で効率がよいものをつくるのかで、先の展望は大きく違ってくると思います。

どちらがよいのかは、申すまでもないでしょう。(すぐにはできないでしょうが、安倍政権の次の四年でメドをつけ、その次の四年でここに書いたことを実現してほしいと思います…アレ、まだ選挙前でしたっけ?)

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11月 24 2014

原発の大事さ

長野県で起きた地震の被害はずいぶん大きいようで、その地震の余震も続いているようです。

しかし、選挙戦が始まったとたんこんなことが起きるのです。国会議員の発言が、どれだけ気象に影響を与えるかお分かりいただけると思います。こういうことが起きるのも、これで二度目ですから(前回の衆議院の選挙戦以来)さすがにもう理解していただけるのではないでしょうか。

国会議員の発言は多くの人に影響を与えます。それに国会議員が決める政策は、これまた多くの人の生活に影響を与えるのです。

その多くの人に、大きな影響を与える国会議員を決める選挙に、天が何も現さない(教えない)はずがありません。すでにそういう時代となっているからです。(それを何度いっても理解してもらえませんが、私だけではなく、国会議員の選挙を行うだけでもこのようなことが〔天変地変〕すぐに起きるようになったのです。時代の変化お分かりいただけませんか)

明日から雨になるようですが、長野県などこの地震で、地盤が緩んでいるところがかなりあるようです。これで明日からの雨が、大雨にでもなれば土砂崩れが多発するかもしれません。

候補者の方々の発言は慎重の上にも慎重にお願いしたいものです。そのような発言次第で大きく天気が変わることになるからです。

まだ進歩のない発言をする人が多ければ、明日からの雨が大雨になるかもしれません。くれぐれもいっておきますが、すでに時代は変わっています。多くの人々に影響を与える方々のご発言は、正しいものであらねばならないのです。

しかし、そうはいっても候補者がみな同じ発言をするわけにはいきません。では、少々気象がおかしくなるのも仕方がないでしょう。

その気象がおかしくなるような話をしている候補者を、有権者が選ばなければそれでいいからです。

その基準は、ここに何度も書いていますが、共産思想と脱原発です。これをいわない候補者を選ぶことです。そうすれば少なくともひどい天変地変は起きなくなるからです。

「共産主義はともかく、原発は原発事故で大きな被害が出ているではないか、それなのになぜ脱原発ではいけないのか」と思われる人も(未だに)多いのかもしれませんが、その原発事故の原因は共産思想であり原発ではありません。

そうであるなら「原発事故があったから原発をやめろ」というのはお門違いなのではないでしょうか。

それに、こういう事故が起きてしまった以上、原発をやめて他のエネルギーにかえ(再生可能エネルギーなど)原発事故の収束だけに集中してしまえば、原発事故の収束がかえって遅れます。

原発事故の収束を早めたいのであれば、原発を推進した方がいいのです。

一見すると、私の意見がおかしいように感じるかもしれませんが、それだけ原発事故を収束するのは難解で被害が大きいことだからです。

だから、原発推進なのです。

意味がよく分かりませんかね。

原発事故の収束は難解と書いたのは、いろいろな方法を試さないと原発事故は収束しないという意味です。現に今でも、事故の収束どころか汚染水の処理にさえまだ手間取っているくらいなのです。

では、現段階の原発の技術力では、原発事故の収束さえおぼつかないということになります。

そうであるなら、あらゆる手段を講じて原発技術の向上を目指さないといけないのであり、原発事故の早期収束ばかりではなく、核廃棄物の処理まで望むのであれば(どっちみち今のままでは核廃棄物の処理に困るのですから)原発を推進しないといけないといっているのです。

それに実際問題、原発事故の収束から避難されている人の補償など、どれだけお金がかかるか分からないのです。

その金を全く稼ごうとせず、一方だけを進めていては日本が疲弊してしまいます。原発問題で破格の費用がかかるのです。その費用を同じ原発で稼ぐのは当たり前のことであると思いますし、また金を稼ぐことが出来なければ日本が持たなくなります。

その輸出を伸ばすという意味でも原発は必要なのです。(輸出を伸ばすのに原発に変わるものって他にありますか?)

国内の電力事情から外貨を稼ぐための輸出産業まで、原発は大変重要な役割を担っているといえるのです。

つまり、原発問題は、事故の収束から、安全性、そうして収益まで同時進行していかないと日本は持たないということです。

だから原発の再稼働はしないといけないし、脱原発をしてはいけない。もし脱原発などにかじを切れば、日本は疲弊し、この先、滅びてしまうかもしれないからです。

それほど大事な問題であるから、脱原発をいうだけで天気が変わるのです。天はそのようなことをすべて知っていられるからです。

原発問題は、何が先で何が後ということではありません。全部並行して同時進行していかなければいけない問題なのであり、それに原発に関しての、このようなあらゆる体験は後できっと生きてくるのです。

それはこれから原発を稼働するところが世界で増えてくるからです。

原発を稼働するところが増えれば、当然日本で起きたような、原発事故を起こすところも出てくるかもしれません。(隣の中国などはやばいですよ。共産国家ですからね。共産国家は原発事故が起きる可能性大です)

そういう時に、日本の原発事故体験が生きてくるのであり、ここで原発事故の収束をうまく行えば、そのような事故を起こした国に、どのようにしたら原発事故は収束できるのかを伝えることができます。

原発事故は、その国一国の問題にとどまりません。つまり、今起きている原発事故の体験は、日本にとっても世界にとっても後々大きな意味を持ってくるかもしれないのです。(かもではなく確実に大きな意味を持ちますね)

ですから、この原発事故の収束を全力で行わなければいけないし、この原発事故を収束させたノウハウは日本だけではなく、後に世界を救うことにもなるのです。

このように原発問題は、日本一国を見ていても分かりません。世界を見ないと分からないのです。

世界の原発事情を知るのであれば、脱原発が是か非かは自ずと分かってくるはずです。

脱原発が、どれだけ愚かな政策かお分かりいただけるのではないでしょうか。

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11月 23 2014

正しい政策

昨日大きな地震がありました。(長野県で震度6弱)

当分は余震にも注意が必要とのことすが、衆議院が解散して、事実上の選挙戦が始まって早々これですか。先が思いやられますね。

またおかしな政策(神の心から離れた政策)がたくさん出てくるのでしょう。この地震がそれを暗示しています。

こういうことがあってもいけないと思い、私は再三このブログに、おかしな政策は出さないでください(共産思想や脱原発など)と呼びかけているのに、それでもまだおかしな政策を出す政党が多いのでしょう。(予想はつきますけどね。そんな政策出して来るところは)

だからこういうことが起きたのです。(この地震で、倒壊した家やけが人が多数出ているとのことですが、そのような被害に遭った方々は、おかしな政策を出してきた候補者や政党に補償してもらいましょう。今回の地震はその人たちのせいだからです)

もう「世界がそういっている」だの「先進国がそうしている」だのいうのは、進歩がない人のいうことであって、何が正しくて何が正しくないのかは、自分自身で判断しないといけないのです。

そのような時代にすでになっているからです。(判断材料などいくらでもありますからね。テレビや新聞、様々な本やパソコンなど)

何度もいっていますが、自由や平等、男女同権などという共産思想はおかしいのです。あんなこと聖書のどこにも書かれていないからです。聖書に書かれていないことをキリスト教国が主張しているとしたら、明らかに間違っています。

その間違ったことをいっているキリスト教国がいっぱいあるのです。(世界は自由平等、男女平等、同権が主流だからです)

だから私は「世界がそういっているからそれが正しい」と安易に主張するのは間違いであるといっているのです。

最近でも、三歳の子が衰弱死した事件が大阪でありましたが、ああいう事件も、自由や平等を主張して、そこに愛がなかったために起きた悲劇なのです。あのような事件も、あの衰弱死した子の親に、特に母親に、もう少し母親としての愛があるなら起きなかったのです。

あの子の母親はずいぶん若かったといいます。(十九歳とかいっていましたが)この母親がもう少し妻として母としての自覚があったのなら、このようなことにはならなかったのです。

聖書の「テトス書」に次のようなことが書かれています。

<若き女に、夫を愛し、子を愛し、慎みと貞操とを守り、家の務めをなし、仁慈(なさけ)をもち、己が夫に服(したが)はんことを教えしめよ。これ神の言葉の汚れざらんためなり>

若い女とは、今でいう結婚適齢期の女という意味ですが、そのよう女性たちは、結婚したら夫を愛し、子供を愛し、慎みと貞操とを守り、家の務めをなし、仁悲(なさけ)をもち、夫に従うことを教えなさい、そうすることが神を信じることであり、そうしないことは神の言葉を汚すことになるのである、ということをこのテトス書第二章は教えているのです。

こういう聖書でいわれていることをしっかり教えているなら、このような事件は起きませんでした。しかし、自由や平等などということばかり教えているため、そこに愛も慈悲もなくなって、少し邪魔になっただけで平気で我が子でさえ殺してしまう、そんな事件が起きているのです。

何でもっとキリストや釈尊がいわれた「愛」や「慈悲」を声高にいわれないのですか?

「それは宗教だから」とでもいわれるのでしょうか?単に愛や慈悲という言葉が宗教のわけがないのであって、そのような思いは絶対に人間に必要なものであるのです。

そういう愛と慈悲の心をなくしてしまったため(それが自由平等に変わってしまったため)愛のない悲惨な事件が多発しているのです。

また昨今は結婚してもすぐに別れる夫婦がいますが、これも愛と慈悲という心を忘れ、自由平等という思想ばかりが強くなった弊害でしょう。夫婦が互いに自由で平等なら、自分の思い通りにならなければ、そのような(別かれるという)選択肢しかなくなるからです。

夫婦が簡単に別れるようなら、キリストがいわれた「夫婦は一体」とはとても思えませんし、キリストは「神が合わせたもうもの人これを離すべからず」といわれているのですから、そのキリストの言葉にも反しているということになります。

このようなことを考えますと、自由平等など、とても正しい政策とは思えませんし、だから、そういう思想が強いところには災いが起きているのです。(その心は神の心ではないからです)

今回、衆議院が解散し、選挙戦がスタートした直後にこの地震です。ではまた、このような間違った政策を出してくる政党があると、天が教えてくれているようなもので、そのような間違った政策を声高に叫ぶ政党が多いのであれば、またまた、この選挙期間中に天変地変が多発するということになります。(今回は地震が起きそうですね。すでに長野で起きた地震の余震は確実に選挙戦の期間中に起きるのですから)

そのような神の心から離れた、間違った政策をいつまで出し続けるつもりですか?

間違った政策を進められるような時代では、すでになくなっているのです。

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11月 22 2014

本物か偽者かを見抜ける時代

昨日は、サイトのサーバーに問題が発生してブログが開かなくなったものですから(しばらくして直りましたが)ブログを書くのをやめました。

最近、ブログの調子が悪いことが多いです。

それはそうと衆議院が解散しました。

いよいよ選挙戦がスタートしたといったところでしょうが、相変わらず野党は節操がない。次々に離合集散を繰り返していますが、あれこそ党利党略、個利個略です。(まともなの次世代の党くらいじゃないですか)

そんな形で共闘したところで、また当選したとたん、分裂したり、党をかわったりするんですよね。(いつものパターンです)

それだと選挙に通りたいためだけにやっていることが見え見えです。どう考えても(党利党略どころか)個利個略です。(自分のためだけにやっているとしか思えませんから)

何で、こんな見苦しいことをテレビの前でやっているんでしょうか?よく恥ずかしくありませんね。前回の選挙の時でもそうでした。

あの日本未来の党など、その典型なのではないですか?選挙が終わったとたん、改称して(生活の党に)消滅してしまったんですよ。

あれでは有権者を騙したも同然ではないですか。ああいうことを平気でやっておいて、今回もまた同じことをしています。(今度は民主党に入るんですか?)

これでは、そういう党や人に投票する有権者は、オレオレ詐欺に引っかかっているのと同じです。こういう有権者を騙すようなやり方はいい加減やめられたらどうでしょう。

さすがにこんなことばかりやっていたら信用をなくします。何でそれまでは何もしようとせず、解散風が吹きだしたとたん大慌てでこんなことしているんでしょう。本当に有権者は引きます。こういうところも政治家が信用されない原因の一つでしょう。

そういう政治家なのか、それとも詐欺師なのか、よく分からない人たちは政治家を辞めるべきでしょう。

もう、そのような政治家が政治で活躍できる時代ではないからです。

本当に日本を思い、日本のために動ける人だけが、政治家として評価される時代になりつつあるからです。

そういう有権者をだまくらかす選挙対策もそうですが、今回の選挙を安倍総理はアベノミクス解散といわれましたが、今日の中日新聞には、経済、憲法、原発の三つが、この選挙の焦点と書いてありました。

アベノミクスの経済や憲法が焦点というのは分かりますが、原発もそうなんですか?

何度もいいますが、共産思想や脱原発などに力を入れているところに災い(異常気象)がよく起きているのです。

では、いい加減こういう思想ではいけないと理解されないのでしょうか?

そんな思想がまた日本に蔓延したら、日本にどれだけ災いが起きるか分からないのです。それでもまだ、そのような悪い(恐ろしい)思想を拡げるというのですか?あまりに無茶苦茶な発想としか思えませんが、そこはどうなんでしょうか?

今度の選挙だけでなく、これからの選挙は本当に大事な選挙なのです。選ぶ相手を間違えれば(共産思想の持ち主)それこそ、そこにどんな災いが起きてくるか分からないからです。

先ほどもいいましたが、そのような時代(正法の世)にすでになっているからです。

それが嘘ではないということは、数々起きている異常現象で証明できると思います。私のいった通りのことが現に起きているのです。

こればかりは(どれだけ信じられなくても)理解してもらう以外ないのではないでしょうか。

自分の考えと違うといくらいったところで、それはその考えが間違っているのかもしれないし(奇跡が起きなければ、そんな考えは間違いです。すでにその自分の考えが、すぐに周りに現れる、そんな時代となっているからです)それに、その自分の考えと違う世の中の方が、よほどよい世の中になるかもしれないのです。

自分の考えなど間違っているところがいくらでもあるからです。その自分の間違いに気づいていないだけなのです。

しかし、その間違いにすぐに気づくことが出来る、そんな時代になったのです。

では、気づかなければいけないでしょう。自分の間違いに気づかなければ悪いことばかりが起きてくるからです。(特に名古屋は顕著です)

政治家の態度を見るならば、どの政治家が本物で、どの政治家が偽者であるかよく分かる時代となりました。

もう口だけに騙されている時代ではないです。

口だけに騙されていると、本当に自分たちが不幸になる時代となったからです。

政治は私たちの生活のすべてを支配しています。間違っても偽者の政治家を選んではいけないのです。

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11月 20 2014

奇跡を伝える術(すべ)

しかし、あのヘリいつまで飛んでくるつもりでしょうか?

今日も朝からでかい音を立てて飛んでくるんですからね。呆れますね。沖縄も基地の問題で揉めているようですが、この辺りも、一日にああもヘリが飛んできては騒音の問題が出てくるかもしれません。

歩いていてもしてくるんですからね、私が一番の被害者なのです。

しかも歩いていてヘリの音などしてくると、必ず周りの人が私に気づきます。そこでもまた私は騒音問題に悩まされるわけです。(「ドン」とか「ガン」とか嫌がらせしてくる人がいますから〔笑〕)

これはヘリばかりではありません。すずめなどの鳥たちもそうなのです。

どこを歩いていようと、まず騒がれますからね。すぐにばれます。(たまに静かに歩けるとホッとします〔笑〕)

私の場合、人だけではなく、空からはヘリや鳥たち、川やら池やら水があるところをでは魚たちが騒ぎますので、集団ストーカーなどというレベルを超えています。(これにバスやトラック、電車なども加わります。ほんと凄い状況です)

超集団ストーカー状態なのです。(笑)

ですから、動画などは一部起きていることを撮っているだけで、あれは私の周りに起きている不思議なこと(超集団ストーカー)の部分にしかすぎないのです。

これだけこちらは苦労して(気が休まらない状態で)そのうえブログを書き、動画まで撮っているというのに、皆さんされることといえば嫌がらせです。これでは天罰も下るでしょう。

「いろいろ教えてくれてありがとう」という感謝もなければ、寄付の寄の字もないんですからね。(呆れるの通り越して)本当に驚きます。

法を理解しているだけで(もちろんちゃんと理解していないといけませんが)これだけ騒がれるのです。(それこそ人も含めたすべての生き物にです)

この法の偉大さが理解できませんか?

これだけ騒がれるということは、それだけ偉大なことを知っているから騒がれるのであり、もし、私がたいしたことしか知らなかったら、これだけの話題にはなりません。

法を知っているということは(それだけで)多くの人の興味を引くのです。それだけ偉大な教えだからです。

私がいっていることが大袈裟だと思われるのなら、私について一日カメラを回してもらえれば分かると思います。テレビ局の人もこのブログ見ているんですから、一度取材されたらどうですか?

半日で結構です。昼から夕方まで、私についてカメラを回してもらえるだけで、どれだけのことが起きているのかよく分かるからです。(おもしろい番組がつくれるかもしれませんが、いかがですか?「動物が寄って来る男」とか何とか題名つけてです…面白くないですかね、そんなの)

マァ、嫌がらせの数々はともかく、動物たちの不思議は、あの(動画)程度ではないと分かると思います。

私が歩いていると、急にすずめが二~三羽飛んできて、私が歩いている近くの電線や木にとまって私に向かい「ピーピー」鳴いてるところや、少し離れたところに数十羽のすずめが飛んできて、急にでかい声で鳴きだすようなところ、あるいは私の頭上をすずめがビュンビュン飛んでいるところなど、全然撮れていないんですから。(そういうことは急に起こりますので自分で撮るのは無理です。ずっとカメラを回し続けてもらわないと撮れないのです)

公園など行くと、そこにいる鳥たちが騒ぎ始めて、大きな声で鳴いたり、飛び回ったりしているところなどもそうです。

とにかく道を歩いているだけで、いくらでも興味のある映像が撮れるのです。(鳥など、そこらじゅうにいるからです)

あの魚が跳ねる映像でもそうです。あれは魚が跳ねている一部を撮っているだけで、全部はまるで撮れていないのです。二~三台のカメラで撮ってもらえるなら、川の広い範囲でどれほどの魚が跳ねているのか、それがよく分かり本当に迫力のある不思議な映像が撮れるのです。(それは鳥たちの映像でも同じですけどね。だから私はあの動画の映像を観て、これで起きていることの不思議さが伝わるのか?と疑問に思ったくらいです。あまりに迫力がなかったからです)

どちらにしてもです。そんな人をあてにしなくても、このブログを見ている皆さんがほんの少し協力してもらえるなら、そういう迫力のある完璧な映像も撮ることが出来るのです。

二~三人プロのカメラマンに来てもらって、撮ってもらえればそれですむことだからです。(不思議な映像など半日もあれば撮れますから)

何をやるにしても、お金がかかるのであり、それが入ってこないとこちらもやりようがないのです。

いつまでこのブログをただで見ているつまりですか?(もう五年になりますが)

これだけのことが起きているのです。(様々な奇跡がです)

何もしようとしない人たちの罪がどれだけ大きいのか、お分かりいただけるのではないでしょうか。

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