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2015年1月

1月 20 2015

反省と報恩の行為、奇跡を起こす方法

フランスのテロの抗議デモに続き、今度は、そのテロの原因となった風刺画への抗議デモが世界各国で行われているようです。

その反風刺画の抗議デモが暴徒化して、多くの死傷者まで出しているところがあるそうですが、明らかにやりすぎでしょう。

もう少し冷静になっていただきたいものです。

神、預言者の名の下にテロや暴動が起きるようでは、それは正しい宗教とはいえません。本物の正しい宗教の出現を望まずにはいられません。

このように他国では、預言者を侮辱することでテロや戦争まで起きかねないのですが、日本ではそのようなことは起きない、と第三者的に見ている場合でもないでしょう。

なぜなら現在の日本は、神や預言者の名の下にデモや暴動が起きることはありませんが、しかし、実際の神の業が現れ続けているからです。

他国は、あまりに神への思い入れが強すぎて、そうして日本は、あまりに神への思い入れが少な過ぎて、どちらも災いが起きています。どちらの思想も極端であり中道ではないからです。

それにしても、神の業があまり現れていない他国でも、あれだけ神に(預言者に)対し思い入れが強いのに日本はどうでしょう。

これほどの神の業が現れていても、それでも神に頭を下げるわけでもなければ、祈るわけでもなく、その業を横目で見て、普通に自分の仕事をやっているだけの人が多いのです。

思い入れが少ないとかいうよりも、もはや異常ですね。日本の人々は異常に神のことを思わないのです。(唯物無神論という思想に毒されていたとはいえ、こういう発想は異常なのです。今このような風刺画のことでデモや暴動が起きている他国と比べてみてください)

だから、私のいうことをしっかり考えようとしないし、逆らう人も多いのです。神に対し、思い入れが少ない分、そのような業が現れている者を軽く見てしまうからです。

だから平気で私に嫌がらせができるのです。お前などたいしたことはないと思っているからです。

しかし、私がたいしたことがなければ、私に嫌がらせをした人に災いは起きないでしょうし、今もしていましたが、名古屋でこれだけのサイレンもするようにはならなかったでしょう。

このような災いは、すべて私のことを軽く見て、私のいうことを聞こうとせず嫌がらせを続けた結果、起きてきたことなのではないでしょうか。

現在の日本に起きている、数々の災いは、すべて、神の業を軽く見て(神の業が現れている)私のいうことを、いつまでも聞かずにいるため起こされている神の気づきの現象なのであり、勝手に起きている自然現象でもなければ、人が起こしているわけでもありません。

神のことをあまりに思わない、日本の多くの人々への天罰以外の何ものでもないのです。

このブログを読んでいる人たちで、それを否定出来る人がどれくらいいるのでしょう。もういい加減、ここに書いていることは分かると思います。

ここに書いていることを無視し(都合のよいことだけは聞いて)面白くないと怒っている、そのような皆さんの態度が(非常に)悪いのであって、だからこのような災いが起こされるのであって、そのような心と行いを反省し、心を入れ替えないと災いは止まらないのです。

もう反省されてはどうですか?

反省し報恩の行為を行うのであれば奇跡が起きてくるのです。反省もせず、頑なに自分たちのことだけを続けているから災いばかりが起きるのです。

それほど、この世の栄耀栄華が大事なのでしょうか?そのような人たちもいつかは死ぬのです。そんなこの世の栄耀栄華ばかり求めていた人たちが死ねば、そのような偏った考えを嫌というほど反省させられるのです。

いい加減、この世のことだけ(自分のことだけ)思うのはやめられたらいかがですか?それが一番、自分の為になるからです。

どれだけ認めたくなくとも、多くの人が私のお蔭で、考えを唯物無神論から唯心有神論に変えたのです。この世のことだけではなく、あの世のことも知ったのです。

人の永遠の生命も分かり、そうしてこれまで謎であった(信じている人は少なかったでしょう)聖書の奇跡も実際に起きていたのであるということも知ったのであり、その奇跡を、目の当たりにしたということもそうなのではないでしょうか。

私がいなかったら、このようなことは全然理解出来なかったのです。

このようなことが、わずか数十年の人生の中で一変で理解し体験出来たことが、すでに奇跡なのです。そのような多くの人々の心に奇跡を起こした者に、なぜ感謝が出来ないのですか?

少しくらいの報恩の行為が出来ないのでしょう。

現在日本で起きている災いは、そのようなことを少しもしようとしない、多くの人々の心と行いに問題があるのです。(それがなぜみんな私のせいになるのでしょう)

多くの人々の心に革命を起こし、唯物無神論であった日本を唯心有神論に変えつつあるのは誰なのでしょう。日本の多くの人々はあまりに私に感謝が足りないのです。(この辺りの人は)不平不満ばかりいっているのです。

そのような心を反省され、少々の報恩の行為くらいされてはどうでしょう。

そうすれば、これほどの災いばかり起きている日本にも奇跡が起きてくるからです。

いま日本に起きている異常現象は、私のことを知っている人たちが、私に傲慢不遜な態度を取り続けていることに原因があるのです。

では、そのような心と行いを反省され、私に感謝し報恩の行為をされてはどうでしょう。そうすれば、それとは逆の奇跡の現象が起きてくるからです。

日本に起きている災いを減らし奇跡を起こす、それにはこの反省と報恩の行為、これ以外ないのです。

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1月 19 2015

幕末の志士と現代の志士

昨日は、ちょっとした事情でブログを書くのをやめておきました。書かない方がよいと思ったからです。

マァ、それはともかく、民主党の新代表が決まりましたね。

あの方(あまりよけいなことを書くとまた皆にいじめられるんですが。何せあの方は、お隣の三重県の方でイオングループ総帥のご子息です。この辺り息のかかった人がたくさんいるものですから。〔苦笑〕)まじめすぎて固いという評判ですが、あまりに固すぎると民主党が割れてしまわないか心配です。(やはり人は遊びがないといけません。四角四面では息が詰まってしまいます。遊びの部分は必要でしょう)

あの方は、まじめすぎて遊びの部分がなさそうですし、他党との共闘も積極的ではありません。調和するのが少し苦手なのではないでしょうか。(今回の代表選でも、他候補のよけいなことをべらべらしゃべっていましたし)

野党がバラバラになれば、当然ではありますが与党が得をします。この方が代表だと民主は苦しいのではないかと思いますが、どういう政策を出されるのか見ていましょう。(結局よけいなことを書いてしまいました。〔性分です〕また皆にいじめられます。〔涙〕)

どちらにしても、日本のためになる政策を出していただきたいものです。

日本のためといえば、昨日の大河ドラマ「花燃ゆ」も、そういう場面が出てきましたね。

吉田松陰は、やはりあの時代には収まりきらない型破りな人だったようで、何かあの時代の人たちとは生きるスピードが違っていたようです。

そういう人が起爆剤となり、多くの幕末の志士が誕生したのです。吉田松陰の役割はやはり大きかったといえるでしょう。

しかし、昨夜の松陰ほか志士たちの「誰かがやらなきゃいけない」とか「誰も日本の危機を分かっていない」などの言葉は、何か今の私と相通じるものがあり、こんなところに同士がいたのかと一人で喜んでいました。(笑)

昨日の花燃ゆでいっていた、志士たちの言葉は現在の日本にも当てはまります。

誰も日本の危機を分かっていないのです。(ただし、今回は黒船ではなく、神ですが)誰かがやらなければ、日本の(ひいては世界の)危機を救うことは出来ないのです。

まだそれに多くの人は気づこうとしないのです。

しかし、前回書いた方やウナッシーさんなども含め、今年は少しは法の動きが出てくるように思います。それこそ日本を救おうと思われる方々はぜひご協力ください。(というか、やらないといけないのです。すでに多くの神の業が現れているからです)

幕末の頃と現在は、日本に同じような危機が訪れています。(幕末の頃はあまりに異国に無知であったため、今回はあまりに神に無知であったためです)

現代も同じく時代の変わり目であるからです。

その(時代の変わり目の)危機を早く多くの人が気づかなければいけないし、それに気づかなければ、まだまだ多くの不幸が現れることになります。

幕末の頃の志士たちは、時代の先を読み、真っ先にそれに向かって動いた人たちでした。そのような人たちが、新しい時代を築いたのです。

それはこの時代も同じです。時代の先を読み、真っ先に動いた人たちだけが勝利者となれるのです。前の時代の心のまま、一歩も動こうとしない人たちは、もう時代に取り残され滅びていくしかありません。(そのような現象が、そこかしこにすでに現れています)

出る現象は激しくなっています。多くの、幕末の志士のような志を持った人が現れてくれることを願ってやみません。

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1月 17 2015

法を知った人の使命の大きさ

今日で阪神大震災が起きて二十年になります。

兵庫県内の各地では、追悼の催しが開かれるとのことですが、そのような大災害を忘れないため、また亡くなられた人の追悼のための催しも確かに大事なことですが、一番大事なことは、このような大災害を二度と起こさないということです。

そのためには、今の心のままではいけないでしょう。

あの阪神大震災で多くの人の心が変わらなかったから、東日本大震災は起こされたのです。

その後、日本で起きている数々の異常現象はどうでしょう。これではいつ南海トラフ大地震が起きるか分かったものではありません。

このブログを見ている人たちはいつ立ち上がられるのですか?

法を知っている人が立ち上がらなければ、多くの人の心を変えることは出来ないのです。

相変わらず、この辺りではおかしな現象が多発しているようですが(前の会社など、今日は明らかにおかしいのがいます。〔一人で興奮しています〕また何か起きたのでしょう)そんな中にあっても奇跡が起き続けている者もいます。

法を知るか知らないかで、起きる現象がまったく違っています。その違いを早く自覚されることです。

国内では、ウナッシーさんが頑張っていられるようですが、イタリアでも法の流布に頑張っていられる人がいるようです。(何度かメールをいただきましたので)

この方、日本の方なのですがイタリアに住んでいられ、高橋先生と園頭先生のお言葉を、イタリア語に翻訳され出版する準備を進めていられるそうです。

私のブログをずっと読んでいられ、いろいろ指導してほしいとのことですので、共々に頑張ってまいりましょうということで、連絡を取りながらまたやって行きたいと思っています。

その方から、園頭先生はどのような禅定をしていられたのですか?という質問をいただきましたので、それをここで答えておきます。

園頭先生の禅定は、宇宙即我の境地に到達している禅定ですので、そんなに簡単に理解できるものではないでしょう。

ただ、園頭先生のご指導でも、やはり反省禅定が中心であったようです。そうして、時には神への感謝を深める禅定もされるとよい、ということもいわれておりました。(禅定をしながら「神よありがとうございます。神よありがとうございます」と神への感謝を深めていくのです)

そのような禅定を心がけられ、どうぞ、そちらはそちらで頑張ってください。

この方は、すでにいろいろ天上界から教えられ現象も現れているとのことですが、あまりに霊現象が出すぎてしまうのは逆に危険です。(悪魔も必ず何かしてきますから)

八正道で教える、正定は(正しく禅定すること)特に大事です。くれぐれも正しい禅定を心がけ行ってください。

このように世界で(他国で)頑張っていられる人もいます。

それなのに、法がある日本で何もしようとしない人が多いということは、本当に残念です。

欧州ではテロの拡散が現実味を帯びてきました。(フランスだけでなく、ベルギーでも大規模なテロ計画が発覚したようですが)イスラム過激派などの間違った教えが世界を毒しつつあり、世界のあちこちでイスラム国などに協力する人が出てきています。

この間違った教えに対抗できるのは正しい教えだけです。

その、唯一の正しい教えが日本に出現しているにもかかわらず、それを知っていながら多くの人が無視しているのです。それでは恐ろしい現象も現れてきます。

法の出現を知っている人たちが立ちあがらなければ、世界を救うことはできません。また、このような間違った教えが世界に蔓延(はびこ)りだしたのも、正しい教えが現れているにもかかわらず、その教えを多くの人が無視しているからです。(悪魔が攻勢をかけてきましたね)

天変地変を抑えるだけではなく、世界の平和さえ実現できる、なぜこれほどの教えを多くの人が無視しているのですか?(特別日本の人たちだけではないんでしょうが)

この法を知った、それぞれの人が自分でその使命の大きさを自覚し、自分で立ち上がらなければ(日本はもとより)世界は平和になりません。

法を知った人の自覚のなさ、それが世界に混乱を招いている一番の原因なのです。

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1月 16 2015

愛の心

少しこの辺りの雰囲気も変わってきましたかね。(相変わらず残念な人はいるんですが)

いつまでも同じ態度では起きることも変わりません。この名古屋で起きている現象を甘く見ていては最後には滅ぼされてしまいます。

名古屋で、これだけの神の業が現れているということは、それだけ名古屋の人々は神に愛されているということです。

その神の愛に早く気づかなければいけないのです。

いつまでも私に逆らうのではなく、私の意見に耳を傾けられてはいかがでしょうか?そうすれば奇跡が起きてくるからです。

昨日は雨であったので(人が少ないと思い)白鳥公園に行きました。鳥たちに雨は関係ないからです。

するとやはりカモメやすずめ、水鳥たちが騒いで楽しいものでした。(少し寒かったのが玉に瑕ですが)

圧巻だったのは、鵜の大群が私のいた横の堀川に降りてきて、そこでしばらく騒いでいたことです。(数十羽はいました)

その鵜たちが私の横で騒いでいましたので、私が「お前らあまり魚を取るんじゃない」とか「お前らあまり魚ばかり食べるんじゃない」とかいって歩いて行きましたが、すると、その鵜の大群が私の後をついてくるのです。

歩くとついてくるので、止まってその鵜の大群を見ていると、今度はその場で堀川にもぐったりして私から離れようとしません。そのうちに前から船が来ました。

ところが、その鵜の大群は逃げようとしないのです。普通なら、前から船が来ると分かったら即座に飛び立つはずなのに、私の横にいる鵜たちは飛び立つそぶりも見せません。

船に乗っている人たちはしきりに鵜を気にしています。(あまりに逃げようとしなかったからです)それで私が「お前ら逃げないのか。分かった、ではひかれろ」とか冷かしていたんですが(魚をたくさん食べる鵜には、私はあまりいい感情を持っていませんので。〔苦笑〕)もう船まで数メートルというところまで来て、先頭の鵜たちから飛びたち始め、全部の鵜が飛びたちました。

当然ですが、そこらじゅう鵜だらけになりました。(笑)

その鵜たちを、凄いなと笑って見ている人たちもいましたが、あまりよい印象を持っていない鳥たちまで私の近くに寄ってきて遊んでいるのです。こういう奇跡的なことが私には毎日起きて楽しいものです。

同じ名古屋で、このようなことが起きている者もいるのです。では、このようなことが他の人に起きても何も不思議ではありません。心さえ変わるのなら、このようなことも起きるのです。

同じように名古屋に住んでいて、いつか自分にも病気が発症するのではないかと(この状況では当然そうなります。現在の名古屋は、もう誰がいつ、どのような病気になるのか分からないのです)おびえながら生活するのか、それとも、今日はまたどんな生き物が寄ってくるのだろうと、楽しみを感じて生活をするのかでは天と地ほど違います。

そんな不安を心に秘めたまま生活をしていては、どれだけよい家に住んでいても幸せなはずがないからです。(このように考えますと、物で幸せを買えるものではない、やはり心が健康でなければ人は幸せではないとつくづく思います。物などどれだけあっても、心に不安を抱えていては、そのような人は不幸でしかないのです)

その不安を解消したいのであれば、この教えを学んでみてはどうでしょうか。

現に、この教えを知っている私には、次々に奇跡が起きているのです。

これほどの差が目の前に現れていても、それでもまだ無視しますか?この現象を私のせいにし続けるんでしょうか?

それほど愚かな行為もないでしょう。どれだけこの現象を私のせいにしたところで、この現象が収まることはないからです。

もう気づかなければいけないでしょう。自分たちの間違いをです。

日本の人々は、あまりに神を無視し続けた(唯物無神論)結果、大変な現象が日本に現れ、その神を無視できなくなって来ているということです。

だから、もう神の教えに従うしかないということです。

この神の業を、無視しようと逆らおうと、そのようなことをしている間は、それではいけない(災い)という現象は出続けます。

あとはもう、いつ多くの人が改心するか、それだけなのです。

この名古屋のような災いが起き続けている地であっても、奇跡が起きる者もいます。愛の心があるところに奇跡は起きます。

傲慢な心を捨てられてはどうでしょうか。

追伸…フランスは、イスラム過激派の一連のテロ事件を受けて、テロとの戦争にかじを切るとのことですが、そのような判断が正しいのでしょうか?

フランスにも問題はありますよね。あのような風刺画はイスラム教を冒涜しているという、イスラム教徒が現にいるのですから、では、あのような風刺画を控えればいいのに、表現の自由をたてにして、また同じような風刺画を描いています。

日本のテレビでいっている人も多いのですが、何でもかんでも自由ではありません。自由とはいえ秩序のない自由は争いを生むだけです。まさに今のフランスがそうなのではないでしょうか。

このままいけば、また多くの犠牲者が出ます。フランスはキリスト教の人がほとんどのはずです。では、キリストの言葉を思い出されてはいかがでしょうか。

キリストは次のようにいわれています。

「目には目、歯には歯といわれることあり、されど汝らにいっておく、汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」

表現の自由を守れ、という前に、キリストがいわれた『愛』を忘れてはならないのです。

(私など、キリストがいわれた通りのことをしているのに〔私を責め憎む者のために祈っています〕私が祈るとギョッとする人が多いのです。私の祈りは愛の祈りです。勘違いされては困ります)

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1月 15 2015

法と縁を持てなかった悲劇

しかし、現在この名古屋で起きている現象を、後世の人はどのように呼ばれるのでしょう。(現代版過ぎ越しの祭りでは、少しダサいです)

どう呼ぶようになるのかは分かりませんが、どちらにしてもこの現象は、後世まで語り継がれることになるでしょう。それほどの現象ではあります。(さっきもサイレンがしていましたが)

このサイレンがいつ止まるのか、ということですが、昨日はさすがに青くなる人も多かったようです。(ブログの内容が内容でしたので)

それでも怒って、嫌がらせをして来た人もいるにはいますが、しかし、少なかったですね。そういう人もです。(少し前までは、ああいうことを書けば烈火のごとく怒って、嫌がらせをしてくる人がたくさんいたんですが、大分名古屋の人も変わってきました。これだけ長く、このような現象が続けば変わらざるを得ないんでしょうが)

そうであるなら、もう一歩進めて、この教えを勉強されてはいかがでしょうか。結局そうしなければ本当の救いは来ないからです。

昨夜のニュースで、最近死ぬ人が多くて、火葬がすぐできないところもあるといっていました。亡くなった祖母の火葬を一週間も待った人までいたのですが、去年死亡した人は百二十七万人で、年間で亡くなる人が、この十年間で二十万人も増えているそうで、これからも亡くなる人は増える傾向にあるそうです。

このような統計が物語っていますが、これからは死ぬ人が確実に増えるということです。

そうなると思いますよ。だって、もう法と縁が持てないと天が判断した場合、その人はあの世に引き上げられてしまいます。そういう人が多いのですから、日本は死んでいく人が増えることはあっても減ることはないでしょう。(この日本に生まれてきている人は、法の勉強をするために生まれてきた人ばかりです。〔如来が生まれられたのですから当然です〕そういう人が法の縁を持てなければ、この世に〔この日本に〕肉体を持っている意味がありませんから、当然そうなります)

高橋先生や園頭先生と縁を持たなければいけなかった人で、縁を持てなかった人が多いのです。

もちろんその理由は、弟子たちがしっかり働かなかったからです。今回の如来の弟子たちと、釈尊やキリストの弟子たちを比べてみてください。どれくらい違うのかよく分かります。今回の如来の弟子たちは、法を世に伝えることもしなければ、奇跡を起こすこともしないのです。

これでは、如来の名も法も世に伝わるわけがないのです。

やりたくても出来ないのです。なぜなら、今回の如来の弟子たちは正しい法がまるで説けていないからです。(高橋先生、園頭先生の下で一体何を勉強していたのでしょう)だから、法が広く伝わることもなければ奇跡も起きないのです。天がまったく協力しないからです。

今回の如来の弟子たちと、奇跡を次々に起こした、釈尊やキリストの弟子たちとの差はどうでしょう。これでは法に縁を持てなかった人がたくさん出るのも道理なのです。(法を勉強したのであれば、釈尊やキリストの弟子たち同様、次々に奇跡が起きないといけないのです。正しく法を説いている者には、その証明として必ず現象が現れるからです。しかし、そのような奇跡が起きているのは弟子の中では園頭先生と私だけです。つまり、高橋先生の弟子の中では園頭先生だけが、園頭先生の弟子の中では私だけが、正しく法の勉強をしていたということです。だから、園頭先生と私にだけ奇跡が起きるのです)

だから、日本は死ぬ人が増えているのです。一番大事な約束(法の勉強)を果たせない人が多いからです。

この日本に生まれて法の勉強をしないということは、それほどのことであり、命に関わることでもあるのです。

私の周りで、私に嫌がらせを繰り返し、病気か何かで亡くなった人がいるかもしれませんが、そのような人は、もう私との縁(法との縁)が持てないと天が判断したため引き上げられたのです。

別に、その人が亡くなったのは、私のせいでもなんでもなく、自分が自分で法の縁を断ち切ってしまったからそうなったのです。

それほど、この世で法と縁を持つということは大事なことであり、命をかけてもやらなければいけないことなのです。(このようなことを考えれば、その法の流布を邪魔することが、どれほどの罪になるのかお分かりいただけると思います。そういうことをしているところに、癌が続出するのも決して不思議ではないのです。法を伝えるか伝えないかで多くの人の命にまでかかわることだからです)

最近、一変で多くの人が亡くなるという現象も起きてきましたが(広島の土砂災害や御嶽山の噴火など)これも法の流布と無関係ではないでしょう。(少し前までは、このような現象が起きても、これだけ多くの人が一変に亡くなるということはありませんでした。明らかに天が多くの人をあの世に引き上げていると分かります)

あのような大きな災害が起きた地に、もし法が伝わっていたのなら、このような現象(人が一変に亡くなる)が起きることはなかったのです。

法を勉強することの大事さ、法を拡げることの大事さが少しはお分かりいただけるでしょうか。(本当にこのブログを見ている皆さんは罪をつくっています)

いい加減、この法の大事さを理解していただけないでしょうか。名古屋にこれほどの現象が現れているということは、それはそれだけ大事なものが(それだけ多くの人が知らなければいけないものが)名古屋に現れているということなのです。

この名古屋で起きている現象の本当の意味を、一人でも多くの人が早く理解していただかねばならないでしょう。

そうしなければ、日本で亡くなる人は増える一方となるからです。

この名古屋に現れた法を、理解し行ってもらう人が増えれば増えるだけ、日本で亡くなる人も減ってくるということです。

どちらにしてもこの教えは(日本だけなく)世界を救う教えであります。

その教えを無視しているほどの大罪はないのです。

追伸…昨夜のニュースで(これは別の局でしたが)安楽死のこともやっていました。

同じ死の問題なので書いておきますが、結局、安楽死しても同じなのです。この世で体験しなかった苦しみをあの世で体験することになるからです。(そのような体験を通して心を磨かなければいけない人は、必ず、そのような体験はさせられるのです)

そういう苦しみが嫌なのであれば、法を勉強して実践されることです。法を実践できれば、この世の苦しみもあの世の苦しみもなくなるからです。(天上界が導いてくださるからです)

この法を深く勉強すればするだけ、そのような死の悩みもなくなっていきます。

釈尊やキリストが説かれた、本当の神の教えとは、そのような万能なものであるのです。

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