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2015年1月

1月 14 2015

先の予測

最近の気象庁の少し先の予報は、まず当たりませんが(今回の冬も暖冬という予報が出ていましたが、結局暖冬ではありませんでした)それはともかく、私も先の予測を少ししてみたいと思います。

ちょっと考えれば分かると思いますが、この名古屋でしているサイレンを、このまま放置(私のせいにして怒っているだけなら放置しているのと同じですよね)しているのなら、最後には、この名古屋の人全員が病院に運ばれるということになると思いますが、そこは皆さんどのように思っているのでしょうか?

名古屋に住んでいる人は、どこかでこのサイレンは止まると思っているのでしょうか?それとも自分はそういうことにはならないと思っているんでしょうか?

まさか、そこまで考えていないということはありませんよね。

どう思っている人が多いのか知りませんが、みな普通に仕事をして私が通りかかれば私に嫌がらせをするだけです。(何か皆さんの日課のようになっていますが。〔苦笑〕)

私一人を悪者にするのは結構ですが、このままの状態が続けば、いつかは名古屋は滅びます。

今のところサイレンがやむ気配はありませんが、この先どうされるおつもりですか?

そんなことまでは誰も考えないのでしょうか?それとも想像がつかないのでしょうか?(こんなこと起きたことがないのですから)

考えもせず、想像もつかないのなら、私のいうことに少しは耳を傾けられてはいかがですか?最悪このままでは名古屋は滅ぶかもしれないからです。

このままこの状況をほっておくなら、名古屋のすべての人を病気にするまで、神はこの現象を現し続けるでしょう。

それほどの罪を名古屋の人たちはつくり続けているからです。

本当に大丈夫ですか?私を犯人にし続けてです。(単に悪いことを私のせいにしているだけでしょう。名古屋の人たちは)

では、私以外でこのサイレンを止められる人がいるのですか?

そういう努力をされた人は名古屋にいるのかもしれません。(例えば、このサイレンを止めてくださいと、神に祈ったり、お経を上げたりです)というか、多分、そのようなことをされた人たちはたくさんいたでしょう。しかし、このサイレンは止まりません。現在も出続けているのです。(一日も欠かさずです)

名古屋にはノーベル賞を受賞された方までいますが、そのような優秀な大学教授の方々でも、この名古屋で起きている次々に起きるサイレンは止められないようです。

この名古屋で起きている、一連のサイレンは救急車ばかりではないですからね。消防車のサイレンもよくしているのです。(何か火事のニュースも多いですし)

病人やけが人も多ければ火事も多い、現在の名古屋は不幸のどん底みたいな状況が続いていますが、これはもう自然の範疇を超えているでしょう。現在の名古屋は、まさに不自然なことが起こり続けているのです。

その不自然なことこそ神の業なのですが、神の業が次々に現れているといっても、名古屋の人たちは、その神の業(目に見えない力)を信じません。だから、それを人(私)のせいにして平然としているのです。

しかし、一人の者がどうしてこれだけのことが出来るでしょう。(まったくナンセンスです)これほどの現象を一人の者が起こせるわけがありませんが、もう、そのような無茶な考えをしなければいけないほど、名古屋の人たちは追い詰められているのです。

それほどの現象が名古屋で起きているからです。

このサイレンは、私のせいと思っている人が多いのですから、私が関係していることは確かでしょう。

私が関係しているのなら、私がいわないといけないでしょう。

ではいいますが、私に協力してくれている人には、少なくともこの現象は関係がないと思います。つまり、そのような人たちには、この神の業は過ぎ越すということです。(すでに現代版『過ぎ越しの祭り』は始まっていますから。名古屋の人たちがそれを信じないだけです)

ただし、協力しているといっても、それが度を越しているのであれば(前にもいいましたが、あまりに私を見張りすぎているとかです。〔例えば、私のパソコンをのぞきまくっているとかです〕)そのような人たちにも何か起きてきます。(神は過ぎ越さないということです)

それを協力しているとはいわないからです。それはやりすぎというからです。(何でもそうですが、すべて中道が大事なのです)

そこはお気を付けください。私を見張っているあなたたちもすでに神から見張られているからです。

しかし、そのような人たちは神が過ぎ越しますが、私のいうことを聞かない人たちです。(無視していたり、逆らっている人たちです)

このような人たちは神は過ぎ越さないでしょう。何らかの形で現象が現れると思います。そこはご了承ください、悪いのは神に逆らい続けているあなたたちの方だからです。

そのような人たちが救われたいのであれば、即刻、そのような心を反省され、私に協力されることです。そうすれば、その人たちを神は過ぎ越すでしょう。

それが、現代版過ぎ越しの祭りの神が過ぎ越す唯一の方法だからです。

これほどのことが名古屋で起き始めたのです。少しは考えを変えられてはいかがでしょうか。

現に、名古屋で起きているサイレンは止まりませんし、私の周りでは不思議な現象が数えきれないくらい起きているのです。

いま起きていることは、もう自分たちの頭で考える物事の範囲を超えているのではないでしょうか。

自分の常識を超えることが起きているのです。それなのに、いつまでも自分の常識にとらわれていてよいのでしょうか。

そんな小さな考えを、いつまでも持っているから悪いことばかり起きるのです。

昨日も書きましたが、多くの人がこのままの考えで進むなら、その先には悲劇しかまっていません。(もう時代が変わっているからです)

少し心と行いを変えるなら、起きることも変わってくるのです。(災いから奇跡にです)

いつ自分の殻を破られるのですか?

自分の殻を破り、心を変えられた人にはすでに奇跡が起きているのです。

(この名古屋で起きている異常現象を「現代版過ぎ越しの祭り」といってもおかしくはないでしょう。それほどの現象が名古屋で起きているからです。〔この現象でパニックになる人もいるくらいですから〕では、それほどの現象がなぜ名古屋で起きているのでしょうか?それを名古屋の人たちはよく考えないといけないのです)

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1月 13 2015

神の業と人の業

フランスのデモは、フランス全土で三百七十万人もの人が参加する「フランス史上最大」の規模となったようですが、それほどの反テロデモが行われたにもかかわらず、昨日またナイジェリアで少女の自爆テロが起きたようです。(しかも今回は二人の少女だそうですが)

どれだけ大規模なデモが起きてもテロは収まる様子を見せません。そのような思想信条よりも信仰心の方がはるかに強いからです。

この少女のテロは、イスラム過激派のボコ・ハラムという組織が行っているそうですが、このようなイスラム過激派は、人の業には強いのであり、だから、どれだけ不利な戦いになろうととことんやり返すのです。(神の後ろ盾があるからです。その神と信じているものは本当は悪魔なのですが)

それが神から与えられた、自分たちの使命であると思いこんでいるからです。

しかし、人の業に強い者たちは神の業には弱いのです。人には逆らえても、その神には逆らうことが出来ないからです。

例えば、いま問題になっているイスラム国に、モーゼが起こされた奇跡が起きたらどうなるでしょう。

イスラム国は、シリアからイラクにかけてを領土としていますが、そのイスラム国の川の水が血に変わり、カエルやあぶやイナゴがイスラム国全土を覆い、人や家畜には膿の出るはれ物が広がり、空から大量のヒョウが降り注ぐ、そんなことが起きれば烏合の衆であるイスラム国は、それこそ天罰が下ったと大騒ぎとなり雲散霧消(うんさんむしょう)するでしょう。

つまり、このような信仰心でつながっている組織は神の業には弱いのであり、このような者たちに対しては、人の業より(鉄砲や爆弾より)神の業なのです。

それとは逆に神の業に強く、人の業に弱いのが日本の人々です。

名古屋の人たちを例にとっても分かりますが、これほどの神の業が現れているにもかかわらず(今もしていましたが、昨日もサイレンがよく聞こえていました)少しも神の方に顔を向けようとしないのです。

そうして、神の業を人のせいにして、怒っているだけなのです。

これほどの現象を(毎日数人から数十人の人が病院に運ばれている)本当に人がやっているとしたら、名古屋の人たちはどうしたでしょう。

もし、一人の者が武器を持ち、毎日数人から数十人の者を病院送りにしていると知ったら、名古屋中の人が震え上がりパニックになるでしょう。しかし、私のように何も持っていないと「お前一人が悪い」ととたんに強気になり、たいして恐れもしないのです。

しかし、起きていることは、それこそイスラム国よりもっと恐ろしいとが起きているというのにです。(もうこの状況が二年以上も続いているのです。〔毎日ですよ〕どれだけ多くの人が病院送りになったか分からないくらいです。この状況はイスラム国より恐ろしいのではないでしょうか)

信仰心の篤い者は目に見えない力を恐れ、信仰心が薄い者は目に見える力しか恐れないのです。

それがこのような悲劇を生んでいます。

どちらの悲劇も、もう少し智慧を働かせ自分たちの状況をしっかり見られるなら、その間違いに気づくはずですが、どちらの人たちも、その智慧を働かせるということをあまりしないようです。

ただ表面上だけ見て、自分たちの考えを変えないまま進んでいるようです。

しかし、どちらの人たちもこのまま進めば、その先は大きな悲劇しか待っていないのです。

とりあえず、遠くの人より近くの人でしょう。近くの人を救わないと遠くにいる人を救えるわけもないからです。(順序が違っていますから)

名古屋の人たちにいっておきますが、何で私が知らない人を次々に病気にさせないといけないのでしょう。

私が、このサイレンの犯人であるというなら、このブログを書いている最中でも、私は知らない人を病気にさせているということになります。(今もサイレンがしていましたので)

そんなことが一人の者に出来ると思いますか?そんな、あれもこれもやりながら人を病気に出来る者など存在するのでしょうか?(動画を撮っている時にもサイレンがして来た時がありますが〔サイレンが聞こえている動画がありますので〕そのサイレンも私のせいということでしょうか?)

仮に、私が祈って人を次々に病気にさせることが出来たとしても、何でそんなことを私がしなければいけないのでしょう。その動機は何ですか?

特別私は、世の中に恨みがあるわけでも、人生を捨てているわけでもないのです。(それはこのブログを読んでもらえれば分かると思います)そんな私が、何で知らない人たちを次々に病気にしないといけないのでしょう。まったく意味が分かりません。

それに、そんな次々に人を病気にさせているような恐ろしい者に、何であれだけ気の弱い鳥や魚たちが喜んで寄ってくるのでしょう。(餌もやっていないのにです)どう考えても、このサイレンを私一人のせいにするのは、無理があるように思いますが、そこはどうなんでしょうか。

このサイレンは私のせいではありません。(それは上記の説明で理解していただけると思います)

名古屋の人たちは、理由のわからない現象が起きてきたので、単にそれを一人の者のせいにしているにすぎません。このサイレンの原因など、本当は誰も分からないのです。

このサイレンの原因が誰も分からないのであれば、このサイレンの止め方も誰も分からないということになります。

よいのですか?本当に私一人をこのサイレンの犯人に仕立て上げておいてです。

もしかするとです。このサイレンを止める方法は、その私しか知らないかもしれないからです。

なぜ、鳥たちは私一人に集まるのでしょう。なぜ、魚たちは私に寄ってくるのでしょう。

もしかすると、そのような動物たちが、このサイレンを鎮めることが出来る人を知っているのではないでしょうか。その動物たちが、この名古屋を救える人を知っているのではないでしょうか。

その動物たちが教えていることを、名古屋の多くの人たちは見逃しているのです。

名古屋の多くの人たちが、このサイレンの犯人にしている者が、もしかしたら唯一、この名古屋を救える者かもしれないのです。

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1月 12 2015

テロ撲滅の唯一の方法

フランスのパリで大規模なデモが行われました。(例のフランスで起きた、週刊誌への銃撃をはじめとした一連のテロ事件への抗議でです)

四十ヶ国の首脳とともに(日本も駐仏大使が参加されたようですが)百万人以上の人が、このデモに参加し「言論の自由を守れ」「我々はテロには屈しない」とシュプレヒコールを上げました。

しかし、残念ではありますが、このようなデモを何度行おうと、それでテロがなくなるわけではありません。

本当にテロをなくしたいのであれば、それに伴う行いが必要であるということです。

では、そのテロをなくすための行いとは武力なのか、といえば、どれだけ武力を行使しても、それでテロがなくなるわけではありません。

それどころか、そんなことをすればするだけ、暴力の連鎖となり、どこまでテロが世界に拡がるか分からないほどです。(現に、今回起きたフランスのテロがそれです)

では、テロ集団と話し合いをすればよいのか、といえば、どれだけ話し合おうと、彼らには彼らの考え(信仰)があり、その信仰に従って行動を起こしているのです。

そうであるなら、その信仰に合わせないと彼らと調和することは出来ないでしょう。彼ら(イスラム教)に考えを合わせるというのであれば、戦争を聖戦とし、自分たちと考えの違うものは武力で滅ぼすというのです。

そんな考えに同調出来るわけもなく、デモをしてもダメ、武力を用いてもダメ、話し合ってもダメというのであれば、では一体どうやって、このような者たちのテロを抑えようというのでしょうか?

このフランスのデモに参加された各国のお歴々は、どのような考えでデモに参加し、どのようにこのテロ問題を解決されるつもりでしょう。

それだけ多くの国々の首脳が集まったのです。さぞ、よい考えがあって、このデモに参加されたのでしょう。

単に、テロの抗議のためだけなら一般市民と何ら変わりません。(それではお忙しいのに、わざわざパリまで来られデモに参加された意味がありません)各国の首脳であるなら、このテロ撲滅の策を持って、こういうデモに参加されなければいけないはずです。

では、そのテロ撲滅の策とは何でしょうか?ぜひお聞きしたいものです。

しかし、あまりよい策もないのではないでしょうか。もし、そんなよい策があるのなら、とっくにその策でテロは撲滅されていないといけないからです。テロ撲滅どころか、イスラム国などのテロ行為はむしろ激しさを増しているからです。

ではどうすればよいのでしょう。テロ集団を否定すればするだけテロの脅威が増すのです。しかし、テロ集団をそのままにしておくわけにはいきません。否定も出来なければ肯定も出来ない、ではどうするのか、ということです。

それではどうすることも出来なさそうですが、このテロの問題、解決できる方法が一つだけあります。

それが神に委(ゆだ)ねるという方法です。

人同士で解決できない問題は、神にその解決を委ねるしかないのです。そうすれば双方傷つきあわずに調和して終われるからです。

では、神に頼むしかないのではないでしょうか。

間違った信仰をしているから、間違ったことをしてしまうのです。では、その信仰が間違いであると教えられる正しい信仰があれば、その間違った信仰をしている人たちの間違いを教えられるはずです。

正しい信仰なら、神の力を借りることもできるからです。(キリストやモーゼが起こされたような奇跡が起きるなら、テロ集団も考えを変えざるを得ないということです)

では、正しい信仰さえあれば、調和と安らぎのうちに、テロのような問題も解決できるということになります。

昨日も書きましたが、それが出来るのは、この法だけなのです。

では、この法が拡がらないと、テロ問題は解決できないということになりますし、そのテロ問題は、この法が世界に拡がれば解決出来るということになります。

百万人規模のデモが起きるほど、テロの問題は世界で深刻化しているのです。しかし、テロ集団は、そのテロが悪いことであるという自覚がないのです。

そのテロは非常に悪いことであると、彼らに教えないといけないのですが、それを教えるだけの正しい信仰が現在の世界にはないということです。

あるわけありません。現在その正しい信仰があるのは日本だけだからです。

しかし、日本の人々は、自分たちに何か起きなければ関係ないと、自分たちのことばかりやっています。(テロを解決出来る唯一の方法を知りながらです。法を勉強しようとも伝えようともしないのです)

その結果、日本にはテロ以上の恐ろしいことが起きているのですが、それを人が起こさず神が起こされていると、まるでその恐ろしさに気づかず「仕方ない」で済ましているのです。(名古屋の場合は私のせいになっていますが)

本当の神の教えが出ているのに、それを無視していると、このような恐ろしいことが起きる、その典型のような現象が次々に現れています。

このテロのような問題だけではなく、世界中で激しく起きだした天変地変を見てもそれは分かります。(それを温暖化のせいにしています。もう目も当てられません)

それだけ、本当の神の教えを無視することは悪いことなのです。

しかし、どれだけいっても人々はそれに気づきません。(気づこうとしないだけかもしれませんが)

いつになったら、また、どれだけ恐ろしい現象が現れたら、人は本当の神の教えが出ていることに気づくのでしょう。

自分で、本当の神の教えに気づき行うまで、恐ろしい現象は出続けます。

一人でも多くの人が一刻も早く、この教えに気づかれ帰依されることです。そうしないと世界中で起きている異常現象は、収まりようがないからです。

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1月 11 2015

サイレンを止めるもう一つの方法

一昨日に引き続き、昨日も私は三時過ぎに家を出ました。

家を出てしばらく歩くと、私を見てあちこちで嫌がらせが始まります。そうしたらです。また、それまであまり聞こえていなかったサイレンが(家にいた時は一、二度聞こえてきたくらいです)あちこちから聞こえてきたのです。

昨日は、たまたま消防署の横を通ったのですが、ちょうど私が消防署のすぐ近くを歩いている時に、救急車がサイレンを鳴らしながら出て行きました。

そのようなタイミングが、まるで私に多くの人が嫌がらせを始めると同時に、救急車の出動が増え出すのを天が見せているように思えました。

そういう場面を見て、私に嫌がらせをしているから、こういう現象が名古屋に起きている、ということを再確認しました。それが間違いではないから、このような現場に遭遇するのです。

救急車が消防署から出ていくところなどそうは見ません。昨日のようなブログを書いて(サイレンの原因)その場面を見たのも決して偶然ではないでしょう。

しかし、それをどれだけここに書いても、それで私に対する嫌がらせがなくなるということはないでしょう。これだけ悪評が拡がってしまったのです。この評判を変えることなどそう簡単にはできませんし、昨日はたしかに少なかったとはいえ(トラックやバスの運転手がブシュブシュやるのがです)どれだけ、このブログの内容を知っていてもブシュブシュやる人はやります。(人のことなどどうでもいいという心の低い人はいます。そういう人は、どのような現実が目の前に現れてもそれを認めないのです。〔まだ、その現実を認めて反省出来るほど心が発達していないからです〕そういう人は、何が起きようと嫌がらせをやめようとはしないのです)

では、私に対する嫌がらせを、完全にやめさせることは出来ないということになり、完全にやめさせることが出来なければ、このサイレンを、完全に止めることは出来ないということになります。

そうであるなら、やはりこのサイレンを止めることは無理でしょう……ということになるのですが、それでもよろしいのでしょうか?

それでもよいという人もいれば(そういうやけくその人もいるでしょう)それでは困るという人もいるでしょう。(こういう発想が普通ですが)

もうサイレンが自然に止まるのを待ちますか?しかしそれでは、これからまだどれくらいの人が病院に運ばれるか分かりませんが…。

では、もう一つこのサイレンを止める方法があります。それでは困るという人は、そちらをされてはいかがでしょうか。

そうすれば、少なくともその人たちは助かるからです。

そのサイレンを止めるもう一つの方法とは、この法に帰依されることです。そういう人がたくさん出てくればこのサイレンは止まります。では、そちらをされたらどうでしょう。(そんなことは死んでも嫌ですか?)

しかし、よく考えてみてください。これほどの現象が現れているのです。(名古屋だけではなく全国にです)

これだけの現象が現れる教えが他にありますか?古(いにしえ)のモーゼやキリストが説かれた教えがここに復活したから、その当時起きたような奇跡が現れているのであり、その奇跡をそうも嫌うものではありません。

むしろ神の印(しるし)として、尊重し、この教えの正しさの証明とすべきなのです。

なぜ、これだけの教えが現れているにもかかわらず、未だ多くの人は傍観しているだけなのでしょう。この教えが世界に拡がれば、本当の平和が世界に訪れるというのにです。

例えばです。この名古屋で起きている現象が、イスラム国に起きたらどうなるでしょう。イスラム国の幹部が次々に病を発症したなら、よその国に侵攻ができるでしょうか?

中国の北京でこの現象が起きたのなら、いつまでも中国は他国への侵攻ができますか?

北朝鮮の平壌でこの現象が起きたのなら、いつまでも他国への(核などの)武力の脅しができるでしょうか?

その国の首都で、名古屋で起きているような現象が起き始めたら(毎日何十人、何百人という人が救急車で病院に運ばれる)他国のことどころではなくなるのです。

この名古屋で起きている現象は、実は世界を救えるかもしれない現象なのです。それほどの神の業が名古屋に現れているのです。

この世界を救えるかもしれない偉大な現象が、もう二年以上にもわたり名古屋で起き続けているにもかかわらず、未だ名古屋の人は、その偉大な現象に気づきもせず、たった一人の者をその犯人に仕立て上げ、ただ怒っているだけなのです。

何と愚かなことでしょう。世界を救えるかもしれない現象が名古屋に現れているというのにです。

名古屋にたった一人です。たった一人の法を知る者が現れただけで、これほどの現象が起きるのです。

では、この法を知る者が名古屋に百人現れたらどうなるでしょう。千人現れたらどうなるでしょう。

マァ、全然想像がつきませんが(笑)一人法を知る者が現れただけでも、その一人の法を知る者を神は全力を挙げて守られるのです。(このような神の業を現してです)では、その法を知る者ばかりの町があったらどうなるでしょう。法を知る者ばかりの国があったらどうなるでしょう。

そのような町や国は、完全に神から守られるということです。

なぜ、多くの人はこの法の存在を知っているのに、未だ傍観しているだけなのですか。

平和を口にする人はたくさんいます。(平和が一番大事であるとです)しかし、その平和は口でいっているだけでは実現しません。

本当の平和が、平和裡に実現する方法があるのです。(現に私は一切武力など用いていません)それなのになぜ多くの人はそれをやろうとはしないのですか。

今日もまたナイジェリアで、わずか十歳前後の少女が自爆テロを起こしたという、信じられない事件が報道されていました。

正しい教えが世界に拡がれば、このような少女も救えるのです。

日本の人たちがこの教えに帰依し、世界に伝えてくれるだけで本当の世界平和が実現します。

それが出来るのに、それをやろうとしない、日本中で起きている、異常現象の意味がお分かりいただけるのではないでしょうか。

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1月 10 2015

サイレンの原因

やっと分かりました。この名古屋で起きているサイレンの原因がです。(よく考えてみれば、そりゃそうだとも思いました)

よかったです。原因が分かってです。しかし、原因は分かりましたが、それでサイレンがしなくなるかどうかは分かりません。だって、私のいうこと名古屋の人たちは誰も聞かないからです。

昨日の話です。私は午後の三時過ぎに家を出たんですが、あんなブログを書いたのです。案の定、ブシュブシュやってくるトラックの運ちゃんが何人かいました。(意地になる人が多いですから〔苦笑〕)

昨日は、それまではサイレンをほとんど聞きませんでした。(一~二度遠くでしていたような気もしますが)ところが、その三時過ぎに家を出て、途中でトラックにブシュブシュやられ、そうして四時を過ぎたくらいでしょうか、急にサイレンが聞こえてきて、私が歩いている前の道を救急車が走って行きました。

それから立て続けにサイレンの音が二度、三度と聞こえてきたのです。

私はこの現象が偶然とは思えませんでした。(私の目の前を救急車が走って行くなど、それも偶然のようには思えなかったですし)やはり何かを教えられているとしか思えなかったのです。

実は昨日あのブログを書いてから、心の内よりしきりと上がってくる思いがありました。(このサイレンのことでです)何かこの一日二日、このサイレンの原因を教えられているような気がしてならず、そのようなことを考えながら歩いていて、そうしてこのような現象が起きたのです。

どうも間違いなさそうです。

このサイレンは、やはり運転手連中が私にしている、このブシュブシュやる嫌がらせに原因があるようです。

よく考えてみれば、この名古屋にサイレンが頻繁に響いてくる現象は、その運転手連中が、私にブシュブシュ露骨な嫌がらせを始めてから(2012年の十月くらいから)起こり始めたのです。

そうであるなら、その前の状態(私にかまわない状態)に戻せば、この現象はなくなるのであり、これだけ当たり前の話もありません。

その当たり前のことにこれまで気づかなかったのです。

要は私に対する嫌がらせをしなくなれば、この現象はなくなるということです。

ではなぜ、私に嫌がらせをしたくらいでこんなことが起きたのか?

やはり、それだけ法を説く人は大事であるということでしょう。

法を説く人に露骨に嫌がらせをしたのです。(しかも毎日次から次にです)天の怒りはどれほどだったでしょう。その結果、その心のままでは病気になるという人たちに、次々に病気が現れたのです。

普通であれば、その病気は何年か(あるいは何十年か)先に現れるはずであったのですが、その反省の期間を待たずに、天が次々にそのような心の人たちの病気を現したのです。

多くの人の反省の期間をなくすほど、私に嫌がらせをした人たちは、天を怒らせるようなことをしたのです。

それだけ法とは大事なものであったからです。

法は全人類を救う教えなのです。その法を説く人が法を説かなくなったら、その国は滅びるしかないのです。だから、名古屋でこれほどのことが起きたのです。国を滅ぼすほどのことを、そこに住む人たちが平気でやっていたからです。

だから、この法の流布をじゃまするところにも、それはそれは恐ろしい現象が現れたのです。同じように、日本を滅ぼすようなことを(法の流布のじゃま)その会社の人たちがやっていたからです。(最近はずいぶん静かになってしまいました。よほど恐ろしいことが起きているのでしょう)

法を説く人に嫌がらせをすることや法の流布のじゃまをすることは、この世において、これほどいけないことはないのです。そのこの世で一番いけないことを、名古屋の人たちはやり続けたのです。

世界でどこにも起きていない、世にも恐ろし現象が名古屋に現れたのも道理でしょう。

多分、こういうことを書けば書くだけ、名古屋の人たちは反発し、私に嫌がらせをするでしょう。では、この恐ろしい現象は止まらず起き続けるということです。

「そんなことがあるわけがない」ではないのです。

自分たちが、そのような事実を知らないだけのことなのです。名古屋の人たちは、釈尊やキリストをどれだけご存知なのでしょう。このお二方のことを、よく知っているという人も名古屋にはたくさんいるでしょう。

しかし、残念ではありますが、この名古屋で釈尊やキリストのことをよく知っているという人たちは、古来より遺る聖書や仏典などの古い(間違った部分がたくさん書かれてある)書物を通して知っているだけで、本当の釈尊やキリスト、そうして、その説かれた法の偉大さは理解されていないのです。

もし、それを理解されている人が、一人でも二人でも名古屋にいたのなら、サイレンの原因にも、もっと早く気づいたはずだからです。

しかし、このサイレンの原因に気づいた人は一人もいなかった。それはすなわち法の偉大さを誰も知らなかったからであり、法の偉大さを誰も知らなかったのが、名古屋にこのような世にも稀な悲劇を招いた原因であるのです。(法の偉大さを知っていれば、なぜ、名古屋にこんなことが起きたのかも分かったはずですし、私に嫌がらせをした人が、次々に不幸になっている、その理由も分かったはずです)

法を説いている者に、このようなことをすれば、こういう恐ろしいことは当然起きると、誰も知らなかった。だから、このような世界でも起きえない恐怖の現象が名古屋で起きているのです。

では、そういうことを知らなかったことが悪かったのであり、そのようなことが分かったのであれば、その知らなかったことを反省し、もうそのような態度は慎むべきでしょう。

法を説いている人こそ、人類を救う人であるからです。

どれだけ、それを認めず反発しても、反発すればするだけ恐ろしい現象が現れてきます。もう、それを認めるしかないのではないでしょうか。

「お前がそれほどのものか」と、私のことを名古屋の人たちが認めようとしなくても、現に私のお蔭で意識を変えた人はごまんといますし、私の周りでは奇跡が起きていますし、私に嫌がらせをした人は不幸になっています。

こういう現象が次々に起きていて、そうして名古屋に現れている世界にも起きていない世にも恐ろしい現象、この現象こそ、世界で唯一法を説ける者が名古屋に現れた証拠であるのではないでしょうか。

唯一法を説いている者に嫌がらせなどし続けたから、世界でも起きえない現象が名古屋で起きたのではないでしょうか。

釈尊は「知るべきことを知らない人が一番悪い人である」といわれました。

名古屋の人たちは、知るべきことを知らなかった。それがこのような大きな悲劇を招いた原因であったのです。では、それを早く認めることです。

法を軽く見ればこれだけのことが起きる、その法の偉大さを理解し、そうして法を説いている者を認め、その教えに従う、それ以外にもう名古屋が救われる道はないのです。

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