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2015年9月

9月 20 2015

保身の間違い

今日からシルバーウィークですか。(昨日からですか?ここらは今日から休みの会社が多いものですから)

私には全然関係ありませんが、前回長い休みがあった盆休み過ぎから、また一段と神の世が深まったように思います。

あれから、いろいろ起きてくる現象に拍車がかかったように感じるからです。

天気が一変に悪くなって、あの関東・東北豪雨が起こりました。そうして関東辺りでは地震も多発しました。(阿蘇山の噴火もありましたし)

関東・東北豪雨は衝撃的な現象でしたが、その関東、東北豪雨に劣らず、こちらにも衝撃的な現象が現れ始めたようです。

こちらの現象は、見た目は分かりませんが、ある意味、関東、東北豪雨以上に恐ろしい現象が現れ始めたのではないでしょうか。

そのきっかけが、あの会社の連中なんでしょうが(もっといえば、関東・東北豪雨のきっかけもそれでしょう)多分、どこかの会社は盆の間も恐ろしい現象が止まらなかったのでしょう。

それで盆明けは朝からキレまくって、うるさくて法の流布も出来なくなったのですが、それがよけい恐ろしい災いを招くことになった、ということなのではないでしょうか。

どっちみち不信心を続けている人たちばかりなのですから、こういうことは起きてきたのでしょうが、それが少々早く起き始めた、それだけでしょう。

しかし、その法の流布が出来なくなったことをきっかけとして(出来なくなったといっても毎日ブログを書かなくなっただけなんですが)次々に恐ろしい現象が現れたのです。

祈っていると、私の心に龍が現れ、その龍が恐ろしい現象を現しました。(あの会社にもそうですし、各地に起きた豪雨や突風もそうでしょう。あの直線の〔名前なんでしたっけ?〕龍のような雲が現れたのがそのよい証拠です)

そればかりでなく、この辺りに癌になる人が増え出したのです。

癌になっている人はいると思いますよ。(それも一人や二人ではありません。かなり出ているのではないでしょうか)運転手たちの態度が明らかに変だからです。

昨日でもそうでした。別に煽っているわけではありませんが、私が最近ブログにそのようなことばかり書くので、運転手たちも意地になり、私の近くを通るトラックなどはみなブシュブシュやって行くのですが(しかし、そのブシュブシュもずいぶん元気がありません。〔苦笑〕)運転手を見るとみな顔を引きつらせています。(前はヘラヘラ笑いながらやって行くのもいたんですが、最近はいません)

そればかりではなく、私がそのような運転手を祈ると、その顔のこわばりはいっそう増して、中には怒り出す人もいるのです。(それなら嫌がらせなどしなければいいのにと思いますが)

しかし、私の近くを通るトラックなどはそんな感じなのですが、少し離れたところを通って行くトラックはまずなにもしていきません。(少し前までは、近くを通るトラックはもちろんのこと、ずいぶん離れたところを走っているトラックにまでブシュブシュやられましたから)

とにかく、一週間、十日ほど前までのトラックの運転手たちの態度と今の態度では、まったく違っているのです。

本人たちは、それを何とか隠そうとしているのですが、どうしても態度に出てしまうのです。

だからこちらに運転手の間で何か起きているということは、絶対に分かってしまうのです。何か起き出しているのに、それを無視して同じ態度でいられる人などまずいないからです。(一人や二人くらいなら何とかごまかすことも〔平静でいられることも〕出来るかもしれませんが、私は一日に何人も何十人も〔バスやトラックの〕運転手を見るのです。それだけ多くの人たちがごまかし切れるわけがありません。態度が変わってしまった人などいくらでも目にします)

私は、この運転手の間から癌になる人が出てくるとすでに運転手たちに伝えていました。(それは前に書いた通りです)

それをヘラヘラ笑って聞いていた人もいたようですが、その通りのことが起きてきたのです。それでもまだ私に嫌がらせを続けるのでしょうか?

そればかりではありません。私はこの辺りでもそのような人が出てくるといって回っていましたが(あほかと思われたでしょうね。きっと)そのような人が現に出てきているのではないでしょうか?

やはり明らかに態度が変わってしまったところもいくつかあるからです。

いった通りのことが起きてきているのに(しかも、ずいぶん恐ろしい予言です)それでも私を認めようとせず、神を畏れようとしませんが、今起きていることは、人の業なのでしょうか?それとも神の業なのでしょうか?

次々に人が癌になるようなことを人が起こせますか?鳥や魚などいろいろな動物たちが寄ってくるようなことを人が起こせるのでしょうか?

このようなことすべて神が現している業であるのです。

なぜ、このようなことが次々に起きているのに、この辺りの人たちは未だ神を認めようとせず、神を畏れもしないのでしょう。(これほどの偉大な業が現れているというのにです)

人のせいにして、怒っていても仕方ないでしょう。(癌の人が増えるだけです)いい加減にされてはどうですか。間違っているのはあなたたちの方なのです。

この辺りの人たちは、なぜこれだけの現象が現れて、それでもなお考えを変えようとしないのでしょうか?

これは単に我が強いというだけでは説明できませんが、それは、あの安保法案を反対している人たちも同じでしょう。(同じ心理であるということです)

この辺りの人たちも、あの安保法案を反対している大半の人たちもそうなんですが、結局、自分たちの今の生活を変えたくない、今のままがいい、それが根底にあるのです。

だから安保法案に反対しているのです。(この辺りの人たちは私のいうことを聞こうとしないのです)このまま何もしなければ自分たちの生活が変わらなく出来ると思っているからです。

しかし、このまま何もしようとしなければ、アメリカはドンドン日本から離れていきます。(自分のことは自分でやってくれとです)

アメリカが日本から離れていくなら、中国はもちろんのこと北朝鮮やロシアまで、日本にちょっかいをかけてくるかも知れないのです。(まずかけてきますね。アメリカが日本から離れれば離れるほど、その確率は高まっていきます)

その時、日本一国で日本を守れるのかということです。(国連だのなんだのいっている人もいますが、国連などに頼っていたら、まず日本のどこかは取られてしまいます。南シナ海の中国がよい例です。アメリカが離れたとたんあれですから)

しかし、そのような話より、まず自分たちの生活なのです。自分たちの生活を変えたくないのです。

安保法案など通し、自衛隊が今以上の活動を外国でしだしたら、他国から日本は恨まれるのではないのか?

そうなったらテロの対象になりかねないし、戦争に巻き込まれるかもしれない、そうなったら日本に何が起きるか分からない、日本に何が起きるか分からなくなったら自分たちの今の生活が出来なくなる、今のように金儲けが出来なくなる、だから安保法案に反対しているだけで、自衛隊員の命が危なくなるから反対とか、違憲だから反対とかは後付けにすぎないのです。

その心の内を知るのであれば、自分たちの保身しか考えていないのです。

だから、安保法案に反対している人たちは、日本を守れとは一言もいわないのです。 日本を守ることより自分たちの生活を守ることの方がより大事であるからです。

しかし、そのような自分のことしか(自分たちの生活を変えたくないとしか)考えていない人たちは、結局は不幸になるのです。

それはこの辺りの人たちが証明しています。

そういう考えの人たちは、自分に何か起きない限り、それが間違っていると分からないからです。(周りに癌が出始めても、それでも態度を変えないのです。こういう人たちは自分が癌になって、はじめて自分が悪かった、自分がしたことは失敗であったと分かるのです。つまりそれでは手遅れであるということです)

自分の生活を変えたくないと思っている人たちは、仮に尖閣を中国に取られても、それも仕方がないと考えるわけです。それくらいでは自分たちの生活が変わることはないからです。(つまり変わらず金儲けが出来ると思うのです)

しかし、そういうことになれば、竹島も韓国に取られてしまうだろうし北方領土も返ってくることはないでしょう。

つまり、それではあれもこれも他国に取られてしまい、最後には自分たちの生活まで犯されるということです。

しかし、そこまで考えないのです。ただ漠然となんとかなるだろうと考え、今の生活がこれからも続くことだけを願うのです。

それだけ考えが小さいということです。だから日本全体のことは考えないのであり、自分たちの生活のことしか考えないのです。心がそこまで広くないからです。

しかし、そのような狭い考えは間違いであり、それでは手遅れとなるのです。

安保法案も神の業も同じです。自身に何か起きる前に行動を起こさないといけないのです。

そのような身を守る行動をして(心と行いを変えて)はじめて自分は守られるのであり、それをしなければ、いつかは自分に災いは振りかかってくるのです。

そのような昔のままの心(末法の心)ではやれない時代となったからです。

自分の保身だけを考え、今の生活を変えようとしなければ(そのような狭い心では)いづれ不幸になります。

それに早く気付かなければいけないのです。そのような気付きの現象がすでにそこかしこに現れているからです。

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9月 19 2015

時代の変わり目

今日もわりと静かです。(多少やってますけど。〔苦笑〕)では、ブログを書きましょう。

昨日は、女子プロゴルフのトーナメントを観てきたのですが(マンシングウェアレディース)昼頃出て来て(もちろんうっとうしいギャラリーが多かったからです)トーナメント会場近くの知多の海に行きましたが、面白い魚と遭遇しました。

その件はまた書くとして、その帰りのことです。

帰り際、私が通っていた中学校の横を通ったんですが、その時一人の中学生がTシャツ短パン姿でランニングをしていました。(その中学の生徒でしょう)

その中学生が私の後ろから走ってきたんですが、私の横を通りすぎる時にです。なんと「こんにちは」と挨拶をしていったのです。

私は一瞬驚きましたが「オイオイ、ずいぶん態度が変わったんだな。何かあったのか?」と声をかけました。(当然ではありますが、その中学の生徒にも散々嫌がらせをされましたから。〔笑〕)

すると、立ち止まってこちらに振り向き「友達と話していたら先生に怒られまして」とニコニコしながら話しかけてきました。

「そういう話ではなくて俺に関してだよ」というと、けげんな顔をします。

態度が変わったとはいえ、まだ、私のことまで話す気にならないのでしょう。では、話す気になるまで待つしかありません。

適当に話しを切り上げましたが、その中学生が走って行く時に後ろから「奇跡が起きた方がいいのか、それとも災いが起きた方がいいのか、どちらがいいのか?」と聞きました。

するとその中学生は、走って行きながら「奇跡が起きた方がいいです」とはっきり答えました。

「そうだわな。なら心を変えないといけない、期待しているからな」と声をかけました。

するとその中学生は私の方を振り返りジッとこちらを見ていましたが、本当にそう思います。誰かが、そのような行動を起こしてくれれば、この辺りの人たちは一変に変わります。(それほどの神の業がすでにこの辺りには現れているからです)

「心と行いを変える」それ以外にもう救われる道はないのです。(運転手の皆さん、顔ばかり引きつらせていないで心と行いを変えましょう。そうしないと、その現象は止まりません。ますます激しさを増していくでしょう)

どこかの会社もそうですが、そのような時代の変わり目に来ている、それほどの現象がすでに現れているのです。

その時代の変わり目といえばです。

安保法案が成立しましたね。もうテレビも新聞もそのニュースばかりです。

この法案は賛否両論あるんですが(テレビなどは反対一色のような気もしますが)それにしても、これほどの法案(国の形を変えるだの歴史的転換だのいわれていますから)を通そうとしているのに、野党政治家の無責任さには呆れましたね。

ほとんどの野党は、違憲一辺倒みたいな質問しかしないし(中身が本当にありませんでした)対案も修正案も出さず、デモみたいなことばかりしている。

あげくの果てには、力ずくで、この法案の阻止にかかるというのですから、ああいう人たちは政治家なのか、連合赤軍なのかよく分かりません。(苦笑)

あんな政治家とは思えない陳腐(ちんぷ)なやり方が正しいのでしょうか?

これほどの法案を通しているというのに、本当に時代遅れの人たちです。(一般市民から政治家まで、時代遅れの人たちは本当にたくさんいます)

それに引き換え、最後に修正案を出し、それを通された少数野党の人たち(次世代の党、日本を元気にする会、新党改革)は立派であると思います。(これこそ政治家としての本道でしょう)

いろいろケチをつける人は多いのですが、こんな大事な法案を巨大与党が通そうとしているのです。それにただ反対しているだけで(あるいは、自分のところの修正案を飲んでくれないというだけで)その法案を何とかしようという努力をしようとしないのです。

ただ廃案にしろ、それだけなのです。

あまりに政治家としての能力がないのではないでしょうか。というより政治家として無責任なのではないでしょうか。

これほど世界の趨勢(すうせい)が変わりつつあるというのにです。(これも時代の変わり目の一つの作用なのでしょうが、この人たちそれが分からないのでしょうか?)

では、日本の周辺事態の変化にはどう対処するつもりなのでしょう。それを少しもいおうとしないでただ「安保法案は違憲だから廃案」では、本当に日本を思っている人たちから見たら不安で仕方ありません。

だから支持率も上がらないし、もっと下がると思っていた自民党の支持率も下がるどころか上がっているのです。

野党第一党をはじめ、それこそ少数野党でない野党の人たちがだらしがないからです。政治家とは思えない無責任な態度を取り続けているからです。(なんですか、あの喪服で数珠まで持って牛歩戦術みたいな古臭いことをやった人。本当に役者です。役者に戻った方がいいのではないでしょうか。この日本が危ない時に危機感ゼロです。とても政治家は無理でしょう)

政治家であるなら、もっと広い視野を持って政治家としてのルールの中で、政策で勝負してもらいたいものです。(本当に今回は場外乱闘ばかりでしたから)

しかし、今回は、歴史的転換といわれるほどの重要な法案を巨大与党が出して来たとしても、それをそのまま通すのではなく、どれだけ小さな野党であれ(何せ一人の党の人もいるくらいですから)修正することが出来る、その証明をしたというのですから立派であると思われないでしょうか。(普通であるなら、これだけの法案を野党の意見を聞き入れ、巨大与党が修正するだけでも凄いことなのです。それを少数野党が果たしたのですから、これほどの快挙もないと思うんですが〔しかも他の野党が政治家とは思えない行動を取っている時にです〕そういう政治的評価はしないのでしょうか?)

これほどの法案を少数野党が修正し、その案を飲んで巨大与党もこの法案を通したのですから、政治としては筋が通っていると思います。(与党も野党の案を取り入れて修正した案を通したのですから、民主的ですよね)

反対の意見が多いから与党は少数野党の意見を聞いただけだ、とか何とかいわれますが、そのようなすべての声を聞いて行うのが政治です。一つや二つの意見を聞いて、それでこうなったというような決めつけの意見は間違いでしょう。

それこそ世の中には様々な意見があるからです。(安保法案に反対している人たちがよくいわれる、少数意見も聞かないといけないですからね)

強行採決だのなんだのいわれますが、今回の安保法案は一応筋は通しています。そのような法案をひっくり返したいのであれば、政治家は政治家のルールの中でやっていただきたいものです。

とにかく今回のこの安保法案の攻防は、古い政治家と新しい政治家の色分けをしたということでは、大変分かりやすかったです。(別に安保法案の説明が分かりにくかったという皮肉ではありません。〔笑〕)

もうすべての人が変わらなければ、その変われない人たちは不幸になります。

すでに時代が変わっているからです。

そのような時代の変わり目に、現在は来ているということを早く理解してください。

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9月 17 2015

がめつさ

今日はどこかの会社が静かです。(またそのうちうるさくするのでしょうが)書ける範囲ならブログを書く努力をしましょう。(ブログをまったく書こうとしないとこちらがやばいですから)

しかし、この会社、最近は毎日何か起きているようですが、それをすべて私のせいにしています。

起きている災いを、私の祈りだけのせいにされても困ります。(昨日など朝から家を出ましたので、全然祈りませんでした。それでもこの会社は何か起きたようです。帰ってきたら烈火のごとく怒っていましたから)結局、毎日のようにでかい音を立てて嫌がらせをしてきたのです。

毎日嫌がらせを続けているのであれば、そのお返しは当然毎日起きます。(毎日悪いことをし続けて来たのですから、そのお返しは毎日起きるようになるでしょう)まさに因果応報の法則がそのまま現れてきているにすぎないのです。

それを私のせいにしている暇があるなら、自分たちのしてきた行為を反省されることです。

その点でいうなら、この辺りの人たちは毎日のように私に嫌がらせをし続けています。ソロソロそのお返しが来るのは当然の結果なのではないでしょうか。(だから運転手の皆さん気を付けてください)

このように考えますと、このままでは名古屋は癌になる人が多発して滅ぼされそうですし、東京は東京で地震が多発して滅ぼされそうです。(何せ、お前のいうことなど聞けるか、という人が多そうで、神のことなど思いもせず、お金儲けにばかり精を出していますから)

名古屋もダメで東京もダメということになると、やはり頼るのは大阪しかありませんね。では前回のブログに引き続き、もう少し大阪のことを書いておきましょう。

ずいぶん前の話ですが、こんなテレビ番組を観たことがあります。

その番組は東京と大阪である実験をしたというものでした。

その実験とは、東京と大阪のある商店街にトイレットペーパーを百個持ってきて、横に「このトイレットペーパーはただです」という看板を持った人を一人立たせておきます。

それでどれくらいの時間で、その百個のトイレットペーパーはなくなるのかというものでした。

最初は東京の方をやっていたのですが、東京のある商店街では、ただのトイレットペーパーを百個置いても、最初は皆あまり興味を示そうとしませんでした。

そのトイレットペーパーを見て行く人も何人かありましたが、誰も手を出さずに通り過ぎていきます。

何分かしてようやく一人、二人の人が、横の看板を持って立っている人に「これただなの?」と聞いてきて「ただです」というと、それじゃあという感じでもらっていきました。

しかし、持っていくにはいくのですが、持っていく人はみな一つか二つで、看板を持っている人が「もっと持っていっていいですよ」と声をかけても、せいぜい三つ持っていくくらいで、それ以上は「あんまりただでもらっても悪いから」とか「そんなに持てないから」とかいって持っていきません。

結局、東京の商店街では、その百個のトイレットペーパーがなくなるのに三十分ほどかかりました。

それに対して大阪の商店街ではどうであったのか?ということですが、ちょっと驚きましたね。凄いことになったからです。(笑)

本当に凄かったですよ。(何せその光景は何十年たった今でも鮮明に覚えているからです。〔笑〕)

大阪の商店街では、そのトイレットペーパーを置いたとたんです。二、三人の大阪のオバちゃんが、即その場に来て「これただなの」「いくつもらってもいいの?」と横の看板を持った人に聞いて来ました。

その人が「ただです」「いくつ持っていってもかまいません」と答えたとたん(これもまた早かったんですが)そのオバちゃんたちが、持ちきれないくらいのトイレットペーパーを持っていたかご(買い物用の手さげのかごです)の中に入れたり、手に持ったりしています。

すると今度は、その光景を見ていた、その商店街に来ていた人たちが集まってきて、我先にそのトイレットペーパーをもらおうと、百個のトイレットペーパーに群がってきて取合いになりました。

その取合いがまた凄い光景なのです。

東京のように一つ二つもらって行ってしまう人などいません。皆、持ちきれないくらいのトイレットペーパーを持って、なお取ろうとしている人までいます。

前にいる人をどかして(「あんたはもうもらっただろう」とかいってです)もらおうとしている人もいましたが、大阪の人はみな必死なのです。

そのような人の中でも、一番面白かったのは最初にそのトイレットペーパーを見つけたオバちゃんたちでした。

その中の一人が、その積んであるトイレットペーパーに抱きつき「これ私が見つけたんだよー」と叫び、一つも人に渡さないという態度を取っているのです。(笑)

その声におかまいなしに、男の人が、そのオバちゃんをトイレットペーパーから引きはなし、トイレットペーパーをいくつももらっていきます。(そのオバちゃんは「にいちゃん何するねん」とかいっていました。〔笑〕)

もう押し合いへし合いの凄い光景なんですが、東京の商店街に比べ大阪の商店街では、そんな感じで百個あったトイレットペーパーは、三分もしないうちになくなってしまったのです。(しかし、大阪はそれでは終わりませんでした。そのトイレットペーパーがなくなっても、あるオバちゃんなど看板を持って立っていた人に「もっとないの?」と聞いていました。〔笑〕)

東京と大阪では、これくらいの違いが出たのですが、このブログを読んでいる人たちは、もうどちらがよくてどちらが悪いかはお分かりであると思います。

このような光景を見ても分かりますように、大阪の人はあまりにがめついのです。(大阪風にいうとです)

それが一般市民にまで及んでいるのですからたちが悪いのです。(こういう話も聞いたことがあります。大阪の人はオレオレ詐欺に引っかかる人が少ないそうです。金を出してほしいといわれると、その時点で詐欺だと気づく人が多いかららしいのですが、それだけ〔身内といえども〕金を出すのが嫌だからです)

前回の話でもそうですが、人をだましてでもお金を取ってやろう、ただでもらえるものは人を押しのけてでももらうが、出すのは嫌などという考えが強ければ、それと同じ思いが返ってきます。

そうなると結局、自分が損をすることになるのです。

こういう思いの人が多いから大阪は不況が続くのです。思えば思われるで、こんな考えを持った人が多ければ、そのような考えの人たちばかりが集まり、お金の取り合いになるからです。

そうなると、その場からお金は(仕事は)なくなって行くのです。前回も書きましたが、そのような不調和な考えは天が協力しないからです。

天の協力がなければ、その地域が好況になることはありません。

だから、大阪は他にないような(例えば吉本興業のような)面白いものがたくさんあるのに、よくはならないのです。

大阪の人たちのそのようながめつい心がよくないからです。

そこを直されたらどうでしょう。もう少しおおらかになり(人から奪うという考えばかりでなく)人に与えるということを実践されたらどうでしょう。(どうですか?大阪の人たち私に寄付でもされたら。〔笑〕)

そういう人がたくさん出てくれば、大阪は黙っていても不況から抜け出し好況になるからです。(大阪は単独で十分好況になることが出来るし、日本を引っ張る力もあります。大阪独特の力が文化があるからです)

とにかくがめついのはいけません。(少しくらいはいいんですが、大阪の人たちは度を越えています)少し、人に与えるという考えも待たれたらどうでしょう。

そうすれば大阪は、その愛嬌のよさと口の達者さで、大阪だけではなく、関西だけではなく、西日本だけではなく、十分日本を引っ張って行ける力があると思うからです。

そのような独特の文化を持つ大阪には大いに期待しております。

(お分かりだと思いますが、今回のブログは大阪を思って書いています。決して、大阪をけなそうと思って書いたわけではありません。少々そのような書き方になったのかもしれませんが、そこはシャレということでご容赦ください。大阪の人たちはシャレがよく分かる方々ばかりですから。〔笑〕)

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9月 13 2015

正直さ

反原発が原因で、今回の鬼怒川の決壊は起きたのではないか、と昨日追伸に書きましたが、どうやらそれが当たっているようです。

あの鬼怒川の決壊は、あの決壊した辺りの土手付近に設置された、太陽光パネルの掘削工事が要因なのではないかと住民たちが騒いでいるそうです。

この太陽光もまた風力同様反原発のための工事であるのですから、その住民が騒いでいることは当たっているでしょう。

あの鬼怒川の決壊はその太陽光パネルが原因ですね。(もちろん掘削工事だけが要因ではなく、そのようなものを、その場所に設置したことが本当の要因であるのですが)

間違ったことをしているところに天はより激しい現象を現します。天の心(日本の進むべき道)をよく理解しないといけないのです。

それはともかく、少なくとも今回の大雨被害がこれほど甚大な被害となったのは、東京の人たちが祈らなかったということもあるでしょう。

それは昨日東京に起きた震度5の地震が物語っています。(東京の人たちが祈らなかったのを天は相当怒っているようです。だから、東京の中心辺りで大きな地震を起こしたのです)

もう少し真剣に、東京の人たちも私のいうことに耳を傾けてほしいものですが、私はよく東京(関東)東京というのですが(祈ってくださいとか、東京の人が動けば世界に法が拡がるとかです)大阪のことはあまりいいません。

日本は東の横綱が東京であるなら、西の横綱は大阪でしょう。(この東京と大阪の両輪がよくならなければ日本はよくならないともいわれていますから…大阪市長さんがそういっているだけでしょうか?)

しかし、私は大阪のことはあまりいいません。なぜだかお分かりですか?

東京が日本の首都であるから、東京のことばかりいってるんだろうと思われるかもしれませんが、そうではありません。

あまり大坂をあてに出来ないから大阪のことはいわないのです。

この前、大阪市長さんが党は割らないといっていたのに、その翌日には新党をつくるとぶち上げ、いっていることがコロコロ変わるとみな驚いたようでしたが、私はたいして驚きもしませんでした。大阪らしいなと思えたからです。

というのも、大阪の人はあのような人が多いと思うからです。

十年から二十年くらい前の話ですが、その当時、私は仕事でたまに大阪や東京の人たちと会っていました。

東京は東京で大阪は大阪で、よくそのような人たちと仕事の話をしていたのですが、東京の人たちは何か上品で、いまいち深い付き合いが出来る人もいませんでした。(私が少し下品だからかもしれませんが。〔笑〕)

それとは違い、大阪の人たちは気さくな人が多く、酒を飲むなどの深い付き合いをする人も何人かいたのですが、その中の一人の人と特に仲がよくなり、大阪など行くとよくその人と一緒に仕事をしたり酒を飲んだりしていました。

そのような時にその人がよく大阪のことを話してくれました。

その時は笑って聞いていたんですが、ずいぶん大阪っていい加減なんだな、とその時強く思った記憶があります。その思いが未だに強いからです。(だからあまり大阪をあてにしないのです)

その時に聞いた話なんですが、大阪は店に出ている看板など偽りありというのが普通だそうです。(例えば、食べ物屋など産地直送と書いてあっても、それはまったくの嘘であり、銭湯などでも、ただの水道水を沸かしているだけなのに温泉と書いたりするそうです)

大阪では看板など嘘を書くのが当たり前なのであり、正直に書く方がバカであるという感覚らしいのです。(看板にバカ正直に本当のことを書いたら商売にならないから、嘘を書いても平気だそうです。そうでないと客を呼べないからです)

だから、大阪の人から見るとあの大阪市長の発言などでも、昨日の話は昨日の話であり、今日の話は今日の話であるのだから、昨日と今日の話が違っていてもさほど問題ではないと思うわけです。

嘘を嘘と感じないからです。(嘘を書いているのが当たり前なんですから、そういう感覚になります)

その大阪の話は(私はその人から聞いただけですので)どこまで本当なのかは分かりませんが、まるで嘘ではないと思っています。

あのような大阪市長の発言など聞いていれば、そのような大阪人の体質(性質)がよく分かるからです。(特別、大阪市長さんが嘘つきということでもないんですよね。大阪の人たちから見たらです)

しかし、そのような感覚はやはりおかしいと思います。

他の地域では、そこまで平気で嘘をつくことはないと思うからです。(もちろん多少はあると思いますが、大阪ほど平気でやれる人は他の地域では少ないと思います)

そのよう心があるから大阪は発展しないのです。(不況から抜けられないのです)

カジノかなにか出来れば、大阪は発展すると安易に考えている人も多いのでしょうが、それは違います。

まず大阪人のそのような(嘘を平気でつける)心を直さないと、絶対によくはならないのです。

そのような心は神の心に反しているからです。(先ほどの反原発ではありませんが、神の心と反対のことをしていては、そこは絶対によくなりません。今回の大災害のように、そこに災いが起きたり不幸が起きたりするからです)

まず神の心に沿うようにしないといけないのです。(ということは、嘘など平気でつける心など持っていてはいけないということです)

そのような心になって初めて天が(神が)大阪に協力するようになるからです。その天の協力なしにではどのような地域も発展しないということです。(だから、そのような心を直さないまま、カジノなど誘致しても治安が悪くなるだけで、少しも景気はよくならないということです)

このような理由から私はあまり大坂をあてにしないのですが、少しいいすぎでしょうか?

そうでもないでしょう。大阪の長い不況や大阪市長さんの発言など考えれば、そのような心的要因は必ずあるからです。

どれだけおもしろいことをやっても、そこにいる人たちを信用できなければ、結局人は離れていくのです。

本当に大阪を発展させたいのであれば、まず正直になることです。

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9月 12 2015

因果応報

茨木県の鬼怒川の決壊は大変なことになっていますね。

死者、行方不明者は数十人にのぼり、まだ取り残されている人や避難してきた人、多くの家も流され水に浸って、どれほどの被害が出ているのか、またいつ復旧するのかまるで分りません。

これだけでも甚大な被害が出ているのに、昨日の大雨で宮城県の渋井川まで決壊してしまったとのこと。今回の大雨は一体どれほどの被害となるのでしょう。

やはりあの大雨は大変なことになったのですね。

祈ってあげてください、と頼んだのですが、関東の皆さん、あまり祈った人がいなかったのではないでしょうか。今日の朝、東京に大きな地震が起きましたが、あれなど東京の人たちがあまり祈らなかったよい証拠でしょう。

もし、東京の人たちが私のいうことを聞いて、あの大雨を祈っていたならば、鬼怒川の決壊はともかく宮城県の渋井川の決壊は止められたでしょう。本当に残念です。(私のような田舎者のいうことなど聞けませんか?昨日でもテレビを観ていたら、お前のいうことなど聞けるか、みたいな顔をした人いましたから。〔苦笑〕)

ずいぶん冷たい人が多いようですが、それにしても、もの凄い被害状況です。(これはもうオリンピックどころではないのではないですか?オリンピックも白紙撤回されたらどうでしょう)

愛と慈悲を出そうとしないと(自分さえよければいいという考えが強いと)そのような無慈悲な心は自分に返ってきます。結局、そのような心の持ち主は不幸になるのです。(東京の皆さん、首都直下型地震にお気を付けください。今のような心の人が多ければ起きますよ)

こちらでは、その典型のような出来事が次々に起きています。

今日はどこかの会社は休みですが、昨日もブログを書くのをじゃまされたので、午前中は前の会社を祈っていたんですが、そうしたら午後はずいぶんビビッていたようです。次々に何か起きているみたいです。(毎日夜の九時、十時頃までやって忙しいのに、よく土曜日休みにしますね。まさか昨夜全員が滅ぼされたということはないでしょうね。〔汗〕)

それに運転手連中の変わりようといったらないですね。

もちろんまだブシュブシュやってくる人はいますが、ずいぶん減りました。それに信号で止まっているトラックの運ちゃんに最近はよく声をかけるんですが、ほとんどの人が顔をこわばらせて無視です。

一体どうしたのでしょう?(「癌になった奴何人くらい出た」とです。そう聞くとほとんどの運転手が顔を引きつらせています。下を向いたり、向こうを向いてしまう人もいますが、しかし、私の質問を聞いてへらへら笑っている人はいません。ここ一週間くらいのことですが、よほど癌になる人が出ているのでしょうか?運転手の間で何が起きだしているのでしょう?)

しかし、こちらにどれだけ(鳥が寄ってくるなどの)よい現象が現れていても、それを一切無視して、悪い噂を鵜呑みにし(サイレンなどの)悪い現象だけはすべて私のせいにして、よってたかって嫌がらせを大勢の人が一方的にしてきたのです。

そんなことをされれば、普通の人ならうつ病になります。(毎日されるんですから)

重いうつ病になれば、その人の人生は終わりでしょうし、最悪自殺するかもしれません。

つまり、人一人を殺してしまうほどのことを私に嫌がらせをした運転手は、平気でしてきたのですから、それをした人、一人一人にその責任は同じようにかかってきます。(その説明は、前に集団ストーカーのことを書いたブログの中に書いています)

一人一人が殺人を犯すようなことをしているのですから、それをした人は、それと同じことが自分にも返ってくるのです。

だから、私に嫌がらせをした運転手が癌になっているのです。その罪が返ってきだしたということです。(因果応報)

これは運転手以外の人も同じでしょう。

歩いていると、そこらじゅうで嫌がらせをされるのです。当然、そんなことをされればうつ病になってもおかしくはありません。それほどのことをしているその罪は(自分は軽い気持ちでやっていたかもしれませんが、やっていることは大変な罪なのです)必ず自分に返ってくるのです。(ということは、私に嫌がらせをした人は、これから癌などの命に関わる病気になる人がたくさん出てくるということです)

これは法則ですから(善因善果 悪因悪果)必ずそうなるのです。

それでも反省されようとしないのですか?(明らかに自分たちが悪いのにです)

二、三日前に北海道の方から布施(賛助会員の年会費)をいただきました。

その少し前にもウナッシーさんから布施をいただいたのですが、他の皆さんはまだ払っていただけないのでしょうか。(苦笑)

そういう愛と慈悲の心を実践することが大事なことなのであり、そのような心が自分を救うのです。(善を行えば善が自分に返ってくるからです)

いろいろ教えてもらって知らん顔をしている人も、根も葉もない噂だけ信じて嫌がらせをしてくる人も同じです。同じように罪をつくっているのです。(その罪の重い軽いはあるにせよです)

反省されてはどうでしょう。

そのような心の人ばかりでは、その人も救われないし、そのような救われない人が多いのであれば、結局、日本もダメになってしまうからです。

自分が悪かったという謙虚さ、愛と慈悲という本来、人としてのあるべき心をもう少し出されてはどうでしょう。(神の子である人間は誰でもそのような心を持っているからです)

そのような心を一人一人がもう少し出されるのであれば、それだけで多くの人々が救われて行きます。(もちろん自分も救われます)

自分を、そうして世の中を救いたいという心が少しでもあるなら、愛と慈悲の心を実践されることです。

そうすれば、救われるだけではなく奇跡まで体験することになるからです。

(ウナッシーさんと北海道の方はお二人とも奇跡を体験されています)

追伸…それにしても茨木の鬼怒川の決壊は大変な被害となっています。

鬼怒川に大雨が降ったといっても、その異常な大雨は上流の栃木県で降ったものが多くて、その大量に栃木で降った雨が下流の茨木にたくさん流れてきて、それであの常総市辺りで決壊したとのことですが、それでは茨木県は踏んだり蹴ったりですね。(栃木で降った大雨のせいで決壊したようなものですから)

茨木は今回の鬼怒川の決壊被害だけではなく、地震も多発しています。(この決壊被害が起きた茨木南部は地震の巣といわれていますから)

今回のあの辺りで起きた決壊も、もしかしたら、そのような反原発がある風力発電が原因しているのかもしれません。

宮城県で起きた渋井川の決壊も、あるいは女川原発を再稼働していたら防げていたかもしれませんね。現に鹿児島は原発を動かしてから、異常な大雨は降らなくなったからです。(多少の大雨はあるにせよです)

とにかく、このような異常気象が起きると物質面ばかり取り上げていますが(台風がどうの、低気圧がどうのとかです)本当の原因は目に見えない精神の部分にあるのです。

早く、そのことにも多くの人が気づいてほしいものです。

そうすれば本当の防災、減災が出来るからです。

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