4月 13 2016
愛と慈悲と我
昨日はブシュブシュやっていくトラックが多かったですね。
何ででしょうか?
もし、昨日のブログに開き直っての態度であるなら、そういう人は百パーセント癌になるでしょう。(百パーセントです。百パーセント)このブログを読んでいて感謝どころか、そのお返しが嫌がらせなのです。
では、その嫌がらせのお返しも当然癌のような災いとなります。
これ以上の悪い態度もないと思うからです。
相変わらず怒っている人も多いのですが、もし私がこの法を日本に復活させなかったら、今頃日本はありません。(あの東日本大震災の時に終わっていたでしょう。それはあの原発事故を思えば分かるはずです。ギリギリのところで止められたのです。神にです。〔原発の大爆発から、チャイナ・シンドロームから、何から何までです〕)
それを考えるなら、いま起きていることが何ほどのことがありましょう。(地震か、津波か、あるいは放射能まみれになって死ぬよりよほどいいはずです。生きてるだけで丸儲けです)
悪いことを人のせいばかりにしているのではなく、少しは反省してはどうでしょう。反省して、法の実践さえ行えば幸せな生活が送れるからです。
それが非常に難しい人が多いようですが(それは現状に甘えているのです)これほどの現象が現れていて、それでもまだ反省出来ないのですか?(全部責任転嫁ですか)
法が信じられないのでしょうか?(これだけ奇跡が次々に起きてもですか)
そうなると「バカは死ななきゃ直らない」ということになりますが、それでもよろしいのですか?
そうなる前に気づいてほしいものです。(そうなりそうな人がこの辺りたくさんいるようです。特にどこかの会社はかなりやばそうです。皆テンパってます)
ここに法のことを少し書くだけで、その法を意識した人の多い場所に奇跡が現れるのです。これほどの教えが他にあるのでしょうか。
場所に関わらずですからね。パワースポットも今日の運勢もくそもありません。
そういうことには一切関係なく、そこにいる人たちの心の在り方一つで、奇跡も現れれば災いも現れるのです。
これだけ影響のある、すさまじい教えもないでしょう。
この法に比べれば、風水だのパワースポットだのいっている人たちが哀れになります。たいした現象も現れないのに騒いでいるからです。(それは他の宗教でも同じですけどね。何の奇跡も起きないのに一生懸命やっているのです。バカじゃないかと思います)
では、もう少し真剣にこの教えを勉強されてはどうでしょう。(この教えからすればたいしたことがない)風水やらパワースポットやらは真剣に勉強している人が多いからです。(他の宗教も同様ですが)
この世は愛と慈悲の心を実践するための修行の場なのです。決して金儲けの場ではないのです。
それなのに、愛と慈悲などそっちのけにして金儲けばかりです。(何でも仕事、仕事ですから)実践することといえば愚痴や怒りやねたみやひがみ、これではいいことが起きるわけがありません。
実践していることが間違っているからです。(愛と慈悲とは正反対のことやっています)
少しは愛や慈悲の行いを実践されてはどうでしょう。そうすれば、起きてくることもずいぶん変わってくるからです。
間違った宗教ばかりに金が集まれば日本は滅びます。
これだけ奇跡が起きる教えもないのです。
この教えに対し、少し愛と慈悲の心を実践してみませんか。
そうすれば、奇跡を実感出来る人も増えてくるからです。
追伸…そういうえば、動物の臓器や細胞を人に移植する「異種移植」を厚生省が容認したらしいですね。(これまでは禁止していたのに)
動物の細胞を(豚の細胞が多いということですが)人間に移植するなど、考えただけでもゾッとしますが、こういうことはやめた方がいいでしょう。
人間が動物の細胞を移植してまで健康になることは間違っているからです。(それは同じ人間の細胞でも同じなんですが)
不自由な体で生まれたのなら、その体でこの世を渡って行くのがその人のこの世の勉強であるのだし(それで寿命を縮めることになってもです。そういう体でしか勉強できない、貴重な勉強をその人はしているからです。この世にいる時間の短長ではないのです)また、事故や病気で不自由な体になったのなら、それもまた何でそういう体になったのか(何でそういう事故や病気をしたのか)という反省の機会を、その人は与えられているのです。
ただかわいそうだという同情心から(移植などして)そういう個々の人の勉強の機会を奪ってはならないということです。
この世の修行とは、それだけ厳しいものであるからです。(どのような困難な状況に置かれても、そのような状況下で心を磨く)
そう考えるなら、少々苦しいからとすぐに自殺を考えることがいかに間違っているかお分かりになると思います。
その厳しさが自分の心の勉強であるからです。
ちょっと話が横にそれましたが、とにかく間違ったことをするとまたそこに災いが現れます。(だから、豚の細胞など移植された人が、おかしな病気にならないか心配です)
そういう時代になったのです。益々、この法は多くの人に知ってもらわねばいけないということです。
この法を基準としない限り、いつそこに災いが現れるか分からないからです。
(おかしな心で生活していては、もういつ災いに巻き込まれるか分からないのです。そういえば、渋谷の警察署で結核の集団感染があったそうですが、あそこもやばいでしょう。何せ、あの同性婚を一番最初に認めた場所であるからです)



人目の訪問者です。
