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2017年9月

9月 05 2017

神を無視する愚かさ

核実験を行ったばかりの北朝鮮が、今度はまた弾道ミサイルの発射の兆候があるそうですね。(おまけに核実験まで続けてやれるようだし)

もはや常軌を逸したというレベルを超えています。気でも狂ったんでしょうか、北朝鮮はです。

これではどれだけ議論したところでよい案が出てくるわけがありません。他国の事情など一切かまわず、北朝鮮は自分たちの都合だけで核実験もミサイルもボンボン撃つというのですから。

それだけやっても、アメリカは北朝鮮に対し軍事行動には出ないと高をくくっているんでしょうか?アメリカは軍事行動に出ると脅しているだけで、実際は出ることはないと、ただのハッタリであると、そう思っているんでしょうか?

そうでなければ、これだけ続けてミサイルも核実験も行わないでしょう。

しかし、それだけ立て続けにやられたら、アメリカだけでなく中国(面目丸つぶれですね)やロシアも黙ってはいないと思うんですが、とはいえ、では、どういう手があるのかといえばです。

どういう手があるんでしょうね。北朝鮮をおとなしくさせるにはです。(この三大国が本気で手を組めば北朝鮮をおとなしく出来るんでしょうが、それはしないでしょうしね)

石油の禁輸ですか?

それをしても、民をどれだけ犠牲にしても政権だけは生き残るよう北朝鮮は手を打つでしょうし、北朝鮮の人民が苦しむだけ苦しんで、後は政権が持たなくなれば暴発するしかありません。

このままでは、どっちみち最後には(部分的にせよ)武力衝突をするしかないのではないかと思えてならないのですが、他に道があるのでしょうか?

これだけ北朝鮮が暴走していてです。(外交も今の北朝鮮では〔皆、自国優先なのですから〕どの国ともかみ合わないでしょうし、アメリカの一部の人がいっているような核保有を認めたところで、後々まともな交渉など出来ないでしょう。〔北朝鮮は後で何を言い出すか分からないということです〕どちらにしても武力でケリをつけるしかないような気がしますが…)

しかし、武力衝突ということになれば、韓国や日本を始めとした周辺諸国にもどれだけ被害が出るか分かりませんが、そこまでは行かなくてもです。

どちらにしても日本はもう危ないのです。

いつ北朝鮮が日本の上空を飛び越えるミサイルをバンバン撃ち始めるか分からないからです。(それをするといっているのだし)

もし、そのようなことになったら、もう少々防衛システムを整えたところで、どうにかなる問題でもなさそうですが、どうするんでしょうね。

日本はです。

こういう状況になり、憲法改正だの何だのいったところで、今日にでも北朝鮮はミサイルを日本の上空に飛ばすかもしれないのです。

そうして、そのミサイルがいつ間違って日本に落ちてくるかもしれないし(何発も撃てば、その可能性がゼロではないですよね)飛行機に命中するかもしれない、漁船に命中するかもしれない、どういう不慮の事件、事故が起きるか分からないのです。

というより、そうなったらもう戦争状態ですね。日本も戦闘態勢を取らざるを得ません。(憲法うんぬんをいってる場合じゃなくなります。いつ北朝鮮のミサイルが飛んでくるのか分からないからです)

どうするんですか?そうなったらです。(というか、もうなりつつありますが)

もし、北朝鮮が、それだけのミサイルを撃ち始めたら、もう日本も腹を決めてアメリカと共に本格的な戦闘態勢(防御体制)を整えるしかないのです。

北朝鮮はそれをやりかねないからです。

このようなことを考えると、本当に無神論の人が多い国はいいことが起きません。よりにもよって、自国の上空(だけ)を飛び越えていくミサイルを何発も撃たれるという順序まで、平気でもらってしまうからです。

そうして昨日など、また鹿児島の喜界島では観測史上最大の雨が記録され、今日もすでに屋久島で一時間に百二十ミリという激しい雨が降っています。(もう梅雨明け以降、ずっとこんな感じです)

そのような激しい雨を降らせている秋雨前線が、今日の午後辺りから列島にもかかり始めるそうです。

ということは、またどこで記録的大雨が降るのか(大変な大雨被害が出るのか)分からないということになります。

現在の日本は隣国のミサイルの心配だけではなく、大雨の心配までしなくてはいけないという最悪の状況なのです。

そうなってもまだ神を思おうとはしないのでしょうか?日本の人々はです。(というか、このブログを見ている人たちはです。分かりませんか?このような順序をもらっているのは皆〔すべてです〕あなたたちのせいなのです。それだけ法〔神の心〕を無視するということは罪が重いのです)

神を無視すれば無視するだけ、悪い順序が増えてきて、よいことは起きなくなるのです。

今の日本がまさにそうです。これまで神を無視し続けた、そのつけが次々に現われているのです。

それでもまだ神を無視するのですか?

日本を滅ぶす前に、日本の人々は(このブログを見ている人々は)『神の心』に気づいてほしいものです。

(というか、このブログを見ている人しか気づきようがないんですけどね。本当の神の心にはです)

追伸…これほどの現象を現されても、それでもまだ分かりませんか。(大雨プラスミサイルです。それでも分からなければもっと出ますよ)

自分たちの不遜な態度がです。

そういう人たちばかりだから、これだけ(最悪)の順序をもらうのです。

これだけ危ない順序をもらうのも、このブログを見ている人たちがあまりに神に逆らっているからです。(少年、少女合唱団は今日も一生懸命このブログを書くのをじゃましていますが、ドンドン出ているようです。恐ろしい病気がです。ねっ、そうですよね)

もう自分は関係ないといってもいられないんじゃないですか?このブログを見ているすべての人がです。

大雨はともかく、北朝鮮のミサイルは、それこそどこに飛んでくるのか分からないからです。

もう日本中の人が真っ青です。

こういう順序をもらうのです。いつまでも神の心を無視し逆らっている人が多いとです。

早く神の心に従ってください。そういう人が増えてくるなら、必ずこのような最悪の順序は変わってくるからです。

すでに日本だけではなく、アジアの平和まで、このブログを見ている人たちの行いにかかっているのです。

皆さん方は、一体どれだけ多くの人を巻き込めば気がすむのですか?

逆にいうなら、本当の神の教えは、それだけ多くの人に影響を与える教えであるということです。

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9月 04 2017

間違ったものを信じている間違い

北朝鮮が核実験を行ったそうですね。(しかもこれまでで最大の)

やはりやりましたか、アメリカはどうするのでしょう。(大規模な軍事対応とかいっているようですが)

日本は文句をいっているだけで後は何も出来ません。(圧力をかけるといっても、日本の圧力がどこまで北朝鮮に効いているのか分からないし)

北朝鮮にとって一番の効果的方法が日本にはあるのですが、日本の人々が神を敬おうとしなければ、それも使えません。

ミサイルが飛んでくる前に(アメリカが武力攻撃を行う前に)気づいてほしいものです。

さて、前回のブログで子供の教育のことを書きましたので、もう少しそのことを書いておきましょう。

正法誌の1980年、四月号から抜粋します。

第六十七章 反抗期はない

終戦後の学校教育、家庭教育を失敗させた原因の一つに「反抗期」という言葉がある。

近代児童心理学は、非行少年や反抗児だけの心理状態を研究の対象にして、健康な少年少女が、どうして健康であるのかを研究の対象にしなかった。非行少年や反抗児に特有の「反抗期」を、学問的真理であると権威づけて、大学教授たちがPTAの講演会で話をするので、子供は成長の過程でみな反抗期というのがあると信じ込んで、少し親の気に入らないことをしたり、また親のいうことをきかないと「あ、反抗期だな、丁度そういう年齢だ」と考えて親は子供の前に子供を反抗させまい、素直にしようと身構えてしまい、子供は反抗期という言葉を教えられて、どの子もこの年頃には親に反抗するものなのであると思って反抗することを自然の状態であると思うようになった。「反抗期」という言葉がつくり出した親子の対立の被害は大きい。

第六十八章 更年期障害もない

私の五人の子供はみな反抗期はなかった。子供が自立心を持つようにいつも心掛けてきたから、子供は自由にのびのびと明るく育った。子供も光の子であるから、常に明るく自由に伸びようとする。それを親が押さえるから反抗するのである。だから反抗するのは、子供が伸びようとする心の現れであるから、それはよいことなのである。

婦人の人はよく「更年期」でと身体の不調を訴える人が多いが、世の中には更年期はなかった気づかなかったという人も結構多いのである。肉体の生理作用の転換期は確かにある。それは神が肉体をつくられた時に与えられた法則、即ち生理作用なのであるから、神がつくられたものが苦痛であるはずがない。更年期といわれるその年頃に身体が不調になるのは、それまでに潜在意識の中に抑圧されてきた感情があったのであって、抑圧された感情を持たない、心の明るい人には更年期という苦しみはないのである。

以上、園頭先生が書かれた正法誌から抜粋しましたが、園頭先生は子供の反抗期などないと書かれています。

実際そうなのでしょう。園頭先生のお子さんは反抗期などなかったそうですし、学者が一部の非行少年、少女たちを対象にして言い出したことが、反抗期という言葉ではなかったかと思われます。

健康な少年、少女の方がよほど多かったのにです。

世の中にはまじめな少年、少女の方が多いのに、そちらは研究の対象にしないで、一部の非行少年、少女だけを研究の対象にしてしまえば、そういう研究結果に当然なります。(昔は悪かったが、今は家庭を持ってまじめになった、などという人はごまんといるからです)

だから、その反抗期という言葉は、一部の(親たちが教育に失敗して非行に走った)子供たちをいっているだけで、子供ら全体をいってるわけではないということを知るべきなのです。(だからその年頃になったら反抗期などと身構えなくても、子供のやりたいことをやらしてあげればいいということです。〔もちろん間違ったことをしているのなら、それは注意しないといけませんが。しかしそれも、それまでの自分たちの教育の結果なのです〕そういう年頃になったら親はアドバイザーに撤すればいいのです)

そうして更年期障害という言葉もないのです。

特に女性など心に嫌なことを溜め込む人が多いので、そのストレスが丁度そのような年の頃に身体に現われてくるということです。

だから常に心を明るくして、ストレスを心に溜め込まない人には更年期障害などないのです。

これと同様に厄年というものがあります。(男の四十二と女の三十三は大厄とかいわれますが)

これも全然関係ありませんね。園頭先生もそういわれていましたし、私もその大厄の時に特に何かしたわけではありませんが(厄払いみたいなことをです)別にその後、悪いことが起きたわけではありませんでした。(私の父もそうです。何もしなかったが、別に悪いことなど起きなかったそうですから)

神がつくられたものに悪いものなどないのです。

要は心の問題なのです。その心のあり方次第で、よいことも悪いことも起きるということです。

くだらないことを気にしているより、心をきれいにしましょう。

その方がよほど健康でよい人生を送れるからです。

追伸…少年、少女合唱団は今日もガチャガチャやっています。(苦笑)

しかし、最近私は耳栓をすることを覚えました。そうしたら、あまり少年、少女合唱団の(不細工な)歌声がきこえなくなりました。(もっと早くやっとけばよかったです。〔笑〕)

これなら書けるなと思い、今日もブログを書いているわけです。(しかし、これもどうなるか分かりませんが。必要以上にでかい音を立ててくるかもしれませんし)

昨日(日曜日)も電話がかかってきていたようですので、ずいぶん出ているんじゃないですか?この連中、癌になる人がです。(だからマァ、そのうち静かになるでしょう。全員が癌になってです。〔怖〕)

しかし、このように癌になる人が金正恩氏の周りで百人も出たらどうなるでしょう。

さすがの北朝鮮も少々静かになるのではないでしょうか。そちらの治療を優先させてです。

そういう奇跡も起きるということです。この法に協力する人が日本に増えてくればです。(実際そういうことが起きていますから。この辺りではです)

それなのに相変わらず不遜な人が多くて残念です。(少しも神を思おうとしないです)だから危ない順序が次々についてくるのです。

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9月 03 2017

教育の仕方

今日は少年、少女合唱団がいないので助かります。(もちろんどこかの会社です。〔苦笑〕朝からパニくってうるさいですから)

パニくるくらいなら、謝ればいいのにと思うのですが、そういうことが少しも出来ないというのですから、一体どういう教育を受けてきたのかと、親の教育を疑いますね。

最近は少し朝晩が涼しくなってきたのですが(ずいぶん違いますね。朝晩が涼しいだけでです)しかし、毎年、夏休み明けのこの時期は中、高生の自殺が相次いでいるようですね。

こういうのも教育の仕方なんでしょうが、それとは別に自殺などすれば、大人であろうと子供であろうとみな地獄行きです。

本当に残念ですね。法をよく知っていればこういうことにはならないのにです。(法を知らない悲劇ですね)

このような中、高生が法を知っているのなら、夏休みが明けたくらいで自殺などするはずがないのです。

自殺は地獄行きとそれをすぐ信じなくとも、祈りさえ知っているのなら、学校での(いじめなどの)問題などどうとでもなるからです。

祈って、私ほど極端な現象は現われなくとも、法を実践しつつ祈るのであれば、学校での様々な悩みも何らかの解決の道がつい来るからです。(神が導いてくださるからです)

それに法を実践しているのなら心も強くなります。少々のことでは音(ね)をあげることはなくなるのです。

今の教育は甘やかしすぎて(すぐに学校に行かなくてもいいとか何とかいっているし)後のことを考えていません。

少々のつらいことから逃げてばかりいたら後はどうするのでしょう。(学校などより社会はもっとつらいのですから)

最近、すぐに会社を辞める若者が多いときいていますが、そういうこらえ性のない短絡的な若者が増えたのも、そのような教育の仕方に問題があるのではないでしょうか。

つらいから逃げるのではなくつらい問題が出てきたら、それをどうしたら解決できるのかを、それこそ小さな時から考えさせないといけないのです。

そのような智慧があれば解決の道は必ずついて来るからです。この世はそのようになっているからです。(必ず救われる道がどこかにある)

そう考えるのであれば、昔いわれていた「かわいい子には旅をさせよ」という言葉は大事であると、このような時代(子供が簡単に自殺する時代)になるとつくづく思いますね。

小さな時からつらさや様々な経験を知っているのなら、そんなに簡単に自殺するような子にはならないからです。(実際に私たちが小さな頃など〔たかがいじめなどで〕子供が自殺するなど考えられなかったですから。私も小さい頃はよくいじめられましたから…それは大人になっても続いていますが。〔苦笑〕)

あまり子供を甘やかしてもいけないのです。

実際そうではないでしょうか。

最近は十代ですばらしい活躍をするスポーツ選手など増えてきましたが、では、ああいう選手たちはそんな甘い環境の中で育ってきたのでしょうか?

あのような選手たちは皆、親や周りのきびしい環境の中で鍛えられ、そうしてあのようなすばらしい活躍をしている選手ばかりなのであって、甘えた環境の中で育ってきた選手など一人もいないのです。

そんな、子供に押し付けるなとか、無理をさせるなとか、そんなことをいわれて、このようなすばらしい選手になった人は一人もいないということです。

皆、小さな時から、多くの苦しさきびしさを乗り越えてこのようなすばらしい選手になっているのです。(そこまでのトップ選手ではなくても、少し前に終わりましたが、それは甲子園に出てくるような高校生でも同じなのです。みな、きびしい環境の中、頑張っているのです)

では、こういう選手たちが答を教えてくれているのではないですか。

正しい教育のあり方のです。

子供は甘やかすより、きびしい環境に置かれた方が自分の才能を発揮するし、また心も強くなるということです。

実際そうでしょう。こういう選手たちが夏休みが明けたからと、それで自殺などする子がいるのでしょうか?

いないでしょうね。だってそんな夏休みが明けることより、普段の自分たちの置かれている環境の方がよほどきびしいからです。

しかし、そのようなきびしい環境の中、みな歯を食いしばって頑張っているのです。(こういうスポーツ選手の中でもいじめはあるはずですから。でも皆、そのようなことに負けていないのです)

こうならないといけないのではないですか。子供であろうと大人であろうとです。(もちろん中道を忘れてはいけませんが)

だから、子供を甘やかしてばかりいる親は、親としての(本当の)愛が足りないのです。そのような親の愛の足りなさが子供を自殺に追いやるのです。(子供を甘やかすのは親の愛とはいえませんから。結局親が甘やかした分、子供は後で苦労しないと行けなくなるからです。〔その苦労に耐えられなくて子供は自殺するのですから〕それを愛とはいわないのです。子供の後のことをよく考えないのですから、それは親の無知というのです)

どちらにしてもです。子供の教育をもう少ししっかりされてはどうですか?

その教育がしっかりされていない子供に、ずいぶん迷惑をかけられている人もいるからです。(私なんですけどね。〔苦笑〕)

親の教育が悪くてあまりに失礼なことをして来る子供がいるならば私はすぐに祈ります。そこはご了承ください。こちらが下手に教育すると最近はすぐに捕まるからです。(すぐ警察をよばれてです。〔笑〕)

もちろん口でいって分かる子なら祈りませんが、最近は口でいっても分からない子が増えました。(ほとんどそんなのばかりです)

体罰はいけない、体罰はいけないと、耳にたこが出来るくらいいわれていますが、私もそう思います。体罰はいけないでしょう。(だいたい私がそんなことをすれば即、豚箱ですから)

しかし、私に何かすると体罰はくだりませんが天罰はくだります。(ハハ〔自分でいうのもなんですが〕うまい。〔笑〕)天罰は体罰の比ではありませんが、そこはご了承ください。

私に失礼なことをして来る子供の方が悪いからです。(それに天罰は公平です。悪い方に天罰がくだるのですから、そこは文句はないと思います)

子供の教育をしっかりしなくてよいのですか?

そのような間違った教育の仕方が、早死にする子供を多くつくっているのです。

(園頭先生も物の作り直しは出来るが、子供の作り直しは出来ないといわれていました。子育てを失敗すると取り返しがつかなくなるのです。子供の教育はしっかりしていただきたいものです。〔この辺りは大人の教育もですが…苦笑〕)

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9月 02 2017

レベルの違い

一昨日のことです。

前回のブログで「どこかの会社、ドンドン癌になる人が出ているようです」と書きましたが、あの日はまたどこかの会社の連中、ずっとキレているのがいて怒りっぱなしだったのです。

朝もそうだったんですが、ところどころで急にキレ出して午後からは昼休みにもまた何か起きたような感じでした。

それで一昨日、家を出て行く時に(その日は二時半ごろ出て行ったんですが)どこかの会社に向かい「今日は朝から四、五人、癌になったようだな」ときいたのです。

そうしたら、ガチャガチャやっていたのが急にシーンとなりました。(朝に一人、午前中に二人ほど、そうして昼にも一人か二人、みたいな感じで出ているように思えたのでそうきいたのですが)どうも大当たりだったようです。

その日は昼ばかりでなく夜もまたでかい音を立てていました。(ということは、四、五人ではすまなかったということです)

そうして昨日のことです。昨日も朝一から電話がかかってきたのです。(昨日は八時くらいでした)

その電話の後、またキレ出したのがいてでかい音を立てています。それから十時過ぎくらいでしょうか、またまた急に怒り始めてメチャメチャ怒っているのがいます。

しかし昨日は、その後がおかしかったのです。何か次から次に起きているようで、なんと開けていた窓まで閉めだす始末。(昨日は暑かったのにです)

それなのに会社の中ではキレているのがいます。恐ろしい現象が開けている窓を閉めれば止まるというものではありませんが、神の業に対し怒り狂っていながら、一方ではビビって窓を閉めているというのですから、やっていることがデタラメですね。(神の業が怖いのならしっかり神に頭を下げないといけないのです)

そうして昨日はそれだけではなく昼からもおかしかったのです。

私がパソコンを見ながらいろいろ質問していたのですが(どこかの会社の連中にです。様子が知りたいものですから会社に向かっていろいろ声をかけていたのです)一件電話がかかってきたら今度は急に静かになったのです。(それまでは何かガチャガチャやっていましたが。私がパソコンの前に座っているとこの連中、静かにしていた時がありません。誰か彼か大小の音を立てています。つまり私に対し嫌がらせのし通しであるということです)

また何か起きたなと思い「オイ、また何か起きたのか?」ときいたのですが、シーンとしてしばらく何もきこえてきませんでした。

次々に何か起きているような感じで、私が出て行く時も今一引いていました。

そうして夕方、帰って来ると烈火のごとく怒っています。(ガンガンでかい音を立てていました)夜も怒っていたようで、昨日の感じでは十人くらいの人が癌になったのではないかとさえ思えるような態度でした。

一日で、そんなに一変に癌になる人が出たら大変なんですが、そればかりか今日などもう朝から大騒ぎです。(朝の八時過ぎからでしょうか。町中に響くようなでかい音を三十分くらいの間ガンガン立てていました)

さすがに私も、もうこれ以上は相手に出来ないとほっときましたが(もうきりがないですから。あんまりうるさいようなら誰か警察にでも電話するでしょうし)どうもこの連中、起きている現象のレベルが違ってきたようです。

完全に恐ろしい現象の起きるレベルが上がっていますね。

この二、三日のこの連中のパニくり度はこれまでにない態度であるからです。(これまでは、ここまで連日のようにパニくってはいませんでした。そういう時もありましたが、今回は〔何せ、朝から晩までですから〕深刻度が違うような気がします)

それはこの連中だけに感じたことではないのです。

外に出て行っても、この二、三日だけでも雰囲気がずいぶん変わってきているように感じるからです。(メチャメチャ出ているのかもしれません。対象者が多すぎて今一分からないんですが)

それにしても、そんなに出るものですかね。癌になる人がです。

漫画でもこんなこと起きないと思うのですが、そういうことがどれだけ起きているのかはともかくです。

大丈夫ですか。いつまでも神の心に逆らい続けていてです。

神の心に逆らうなら逆らうだけ神は(天は)きびしい心の修行を、その人に課すことになります。(だから癌などになる人はなる方が悪いということです。そういう〔癌になるような〕心でいてはいけないからです)

だから、これから起きてくる現象は激しくはなっても弱まることはないのです。あまりに神の心を理解する人が少ないからです。

それをどれだけ私のせいにしたところで(もし私がそれだけ多くの人を癌にしているのなら、もうとっくに癌になっています。〔その癌が自分に返ってきてです〕どれだけ多くの人が癌になろうと私がぴんぴんしているのが、私が人を癌になどしていない何よりの証拠なのです)自分に起きてくる心の修行は変わりません。

自分たちがそれをクリアしない限り、その修行は続くのです。

いつまでも法を無視し、愛のない行いばかりしているから悪いことが起きてくるのです。法を実践して愛を出すなら自分たちに災いが起きてくることはありません。

法の実践を行ってはどうでしょう。(法を知らされた人はです)

そうすれば、その(周りに起き続けている)恐ろしい現象が自分に起きることはないからです。(嫌なら嫌でかまわないんですが、それなら起きて来る恐ろしい現象を私のせいにしないでください。せっかくよくなる方法を教えているのに、それをしようとしない自分が悪いのですから)

東京なども八月はメチャクチャな天気だったようですね。一ヶ月のうち二十七日間も雨が降り、その長雨、日照不足は記録的であったとか。

これも法を知りながら愛の実践を行わなかった最たる結果でしょう。

昨日、私は庄内川に行ってきたのですが、相変わらず愛ある現象がたくさん現れました。

私が川岸を歩いていると、鳥が一羽、私の歩いていく少し前の横の木にとまりピィピィ鳴いています。

そうして私が近くまでいくとすっと少し前の木まで飛んでいき、またピィピィ鳴いています。

しばらくその鳥は、私が歩いていく先の木、先の木にとまり私が歩いているのを(鳴きながら)見ていましたが(私もその鳥に「お前、この暑いのに元気だな」と声をかけながら歩いていました)そのうちにどこかに飛んでいきました。

そういう鳥があそこには何羽もいます。(入れ替り立ち替りすずめやら何やら、よくそういう鳥が私が歩いていると飛んでくるのです)本当に可愛いものです。

そうして南陽大橋の下にいき、川岸から声をかけていると、そこにいるカニやらトビハゼやらがたくさん顔を出し、魚や亀なども寄ってきます。(冬はそうでもないんですが〔冬は皆、冬眠しているようです・笑〕夏は本当に出てくる生き物がたくさんいます。だから最近は特に夏が好きになりました。〔笑〕)

昨日は声をかけていると、四~五センチの魚たちがたくさん跳ねだして水面近くまで上がってきているようでした。

声をかけるとあちこちでチョコチョコ小魚たちが跳ねるので、その場面を少し動画に撮っておきました。

法の実践を行い愛を出すならば、このような愛ある奇跡が次々に起こり、祈ればまた様々な奇跡が現れるのです。

その法を無視したり、逆らったりしている人たちには、凄まじい現象が現れています。

いい加減、反省されませんか?

そのような反省がないから、悪いことしか起きないのです。

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