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2018年11月

11月 11 2018

一度に起きる悲劇

どれだけ大昔であろうと、どれだけ科学が発達した現代であろうと、神仏を粗末に扱うのなら天罰はくだるのであり、神は遥か昔から現代はもとより未来に至るまで永遠に存在し、私たちを導いてくださっているのであり、だから神を粗末に扱ってはいけないのであり、だから昔から人々はみな神仏(仏とは神の心をもっともよく知る人間のことをいいます。釈尊やキリストがそれにあたります)を大切に扱っていたのです。

しかるに現代の人々は、その神仏を(とりあえず神の心を説いているのですから私も仏の「ほ」の字くらいはいっています)ぞんざいに扱って平気でいます。

だから、天罰をくらうのです。

ここ数年、その神仏をぞんざいに扱った結果の天罰が、次から次に起きる天変地変であり、異常な流行り方をする疫病であり、数々起きる異常現象なのです。(まあ、すべてがそうとはいいませんが、時代も変わってきていますから)

そういう(罰当たりなことをしているという)自覚をもう無神論の人たちも持たないといけないのです。(いつまでも無神論などという間違った考えでいるのではなくです)

多くの人が神を一と考え、神を恐れないといけないのです。

その神をいつまでも無視していると多くの人々が不幸になるからです。

というより、あまりに神を無視した場合、そういう国は滅ぼされるのです。

その恐ろしさをよく理解してもらうために、前回書きましたが、そのようなここ数年で起きた様々な異常現象が現代のような科学が発達した時代ではなく、少々前に起きていたのなら一体どのようなことになっていたのか?

少し検証してみましょう。

天変地変の地震などそうですが、東日本大震災以降、何度大きな(震度六、七以上の)地震に見舞われたかしれませんが、そのような大地震でも少し前に起きればどれだけ大きな被害となったのか?

例えば、1923年(大正十二年)に起きた関東大震災など死者、行方不明者が十万人を超えました。(あの東日本大震災でさえ、死者、行方不明者は約一万八千人でした)

明治に起きた三陸地震は二万人以上、濃尾地震では七千人以上の死者、行方不明者が出ています。

江戸時代など(人口が少なかったにもかかわらずです。〔江戸時代の人口は三千万人前後といわれていましたから〕)地震で数千人以上の死者が出たことなどざらにあったのです。

台風はどうでしょう。

台風など一昔前まで「台風ひと吹き千人」とよくいわれたものです。それだけ多くの人が台風が来ると亡くなるということです。

その言葉通り、昭和三十四年に上陸した伊勢湾台風は五千人以上の死者、行方不明者を出し、それ以前の室戸や枕崎台風などは三千人以上の死者、行方不明者を出しました。

もっと凄まじいのは、江戸時代に関東を襲った「安政三年の台風」です。

この台風は江戸を壊滅させたとまでいわれ、江戸や関東でなんと約十万人の死者を出したのです。

それクラスの強くて超大型の台風がここ数年は頻繁に日本を襲っているのです。

そうして数えきれないくらいの豪雨です。(しかも激しいです。ゲリラ豪雨、ゲリラ雷雨もそうです)

西日本豪雨は凄まじかったのですが、しかし、昭和の時代だけでもひどい豪雨被害は頻発していて、昭和五十七年七月、四十七年七月の豪雨被害は四百人を超える死者、行方不明者、四十二年七月の豪雨被害は三百五十人を超える死者、行方不明者、三十二年七月の豪雨被害は五百八十人を超える死者、行方不明者、二十八年の六月と七月の豪雨被害はそれぞれ七百人を超える死者、行方不明者を出しているのです。

西日本豪雨を別にして(西日本豪雨は台風七号も影響していましたから)平成前の昭和以前の豪雨被害は平成とは犠牲者の数が丸が一つ違っているのです。(平成のひどい豪雨被害の犠牲者の数は数十人単位なのですが、昭和以前になるともう数百人単位となります)

昔と現代では、インフラ整備や避難指示などの違いが、このような被害の違いにつながっているのでしょう。(だからこそインフラ整備はしっかりしておかないといけないのですが…)

それはこのような天変地変だけでなく、火事などの人災でもそうなのです。

二年ほど前に新潟糸川市の大規模火災などありましたが(あの時は不思議と大きな火事があちこちで続きました)江戸時代にこんな大規模な火事など起きたら大変なことになっていました。

江戸三大火事といわれる明暦の大火など十万人以上の人が死んでいますし、明和の大火では一万人以上の人が死んでいて、その他、火事で数千人の人が死ぬことなどざらにあったのです。

疫病なども同じで、インフルエンザでも毎年亡くなる人はいますし(特に高齢者が多いのですが)これからが危ないノロウイルス感染症(食中毒)も亡くなる人はいます。

はしかなどももちろんですが、今年の夏のように異様な暑さになれば熱中症で死ぬ人もたくさんいるのです。

これがもっと昔なら死ぬ人はもっともっと増えていたはずです。

つまり、このような様々な異常現象がもう少し前に今ほど起きていたのなら、死傷者は数倍、数十倍(あるいはもっと)に増えているのであり、だから、私は少し前に今のようなことが起きているのならもう日本は滅ぼされていたといっているのです。

こういう異常現象が五十年、百年というスパンで起きているというのなら、まだ話も分かりますが、現在の日本は、東日本大震災以降(2011年以降)わずか数年で一度に起きているのです。(ちょっと考えられない異常現象の起き方です)

大地震や火山の噴火、超巨大で超強力な台風に異常な豪雨、異常な大雪、異常な暑さや寒さ、長雨、日照り、こういう現象が次々に現れてきて、そうしてこれまででは考えられないような大火事や多くの疫病、こういうことがここ数年で一度に起きているから、私は日本には天罰がくだっているといっているのです。

だって、おかしいでしょう。これだけわずかな期間に一度にこれだけ悪いことが起きてくるなどです。

また、他の国を見回してみても、これほど災いが立て続けに起きている国など日本をおいて他にないと思うからです。

まあ、そこはよく調べたわけではないので分かりませんが、しかし、日本くらい例えば、激しい天変地変が起きるているのなら、世界的なニュースになります。(どこかの国に大きな地震や大きな台風が襲来したのならニュースになりますから)

そういうニュースをあまりきかないというのですから(世界的な異常気象ということですから、いくつかそういうニュースはききますが、日本ほど立て続けに起きている国はないでしょう)やはり日本には特異なことが起きているといってもおかしくはないでしょう。

では、なぜ、こんな特異なことが起きているのか?ということです。

だから、それが天罰であると私はいっているのです。

まあ、いつまでもそれをただ否定すのではなく、いい加減、疑問くらいには思うことです。私のここに書いていることはよく当たっているからです。

日本のようにこれだけの異常現象がこれだけ一度に起きていたのなら、普通であればもっと多くの人が亡くなっていても決しておかしくはないのです。

一昔前なら、もっともっと多くの人たちが亡くなっていたのは(先ほども検証しましたが)事実であるからです。

こういうことをきいても、あまり恐れない、あまりピンとこないという人は、ただ、自分の死がピンときていないだけなのです。

他の人は死んでも自分の死はよく分からない、そういう人が多いと思うからです。

しかしそれは、単に自分が死ぬという自覚がまだないだけのことであって、自分も確実に死ぬのです。

また自覚がある人はある人で、自分はいつ死ぬのであろうと、不安でならない人もいるのでしょうが(不治の病の人やもう年を取っている人たちなど)どちらにしても、そういう両極端な考え方は間違いなのであって、自分がいつ死んでもいいよう、その心がまえだけはしっかりしていないといけないのです。

急に死ぬことになり、その時になってパニくって、死にたくないだのなんだのいったところで、もう遅いからです。(そういう心のまま死んで行くなら当然地獄行きです)

この教えをよく勉強しておくなら、そういう時の心がまえも(もういつ死んでもいいという安らかな心です。〔決して投げやりな心ではありません。そこはお間違えのないように〕)段々出来てくるのです。(そういう心が出来てくるなら死後は天上界に行けます)

罰当りな態度を改めないと、その死は確実に早まります。これだけ天罰がくだっている国など他にないからです。

何度もいいますが、現在の日本の人々はすでに滅ぼされていてもおかしくはないのです。

いい加減、心と行いを改めたらどうでしょう。私のいうようにです。

これだけ災いが次々に起きている日本で、次々に奇跡が起きているのは私だけなのです。

もう自分たちの考えだけではどうにもならないのです。(だからこれだけ悪いことが起きているんですよね)

心と行いを私のいうように改めてください。

そうしないと、この一国を滅ぼしかねないほどの天罰はまだまだ続くからです。

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11月 09 2018

神仏を粗末にすると罰が当たる

これまでは前回のようなブログを書いたら、怒っている人が多かったんですが、昨日はずいぶん引いている人が多かったです。

怒っている人も引きながら怒っている人もいて、変わってきましたね。皆さん方の態度もです。

変わりもするでしょう。これだけ道路がすいていてはです。

昨日も昼だけではなく夕方になってもどの道路もすいていました。段々、車が減っていくように感じますね。

みな一体どこに行くのでしょう。

黄泉(よみ)の国にでも行っているのでしょうか?(縁起でもない)それとも神隠しか何かですか?

などという冗談はともかく(もしかしたら冗談ではないのかもしれませんが)本当にまずいのではないでしょうか。これ以上、神の心を無視するのはです。

本当の神隠しにあいますよ。(または本当に黄泉の国に行かなくてはいけなくなるかもしれないし…もうすでに行っている人がたくさんいるかもしれないし…)

別に脅しているわけではありませんが、これまで起きたことがないようなことが次々に起きているのです。

それにもかかわらず、まったく態度を変えようとしないでは、それですむわけがありません。

必ず、態度を変えようとしない人たちには何か起きてきます。(もちろん悪いことがです)だから、このような書き方をしているのです。

どれだけいっても態度を変えようとしない人たちが多いからです。

実際この辺りは、態度を変えようとしない(傲慢なです)人たちに異常現象がたくさん起きているのです。

日本全体でも、そういう異常現象は何度も(何十度も)起きているのです。

それにもかかわらず、いつまでたってもほとんどの人が態度を変えようとしない、それでは神にケンカを売っているのも同然です。

よいことが起きるわけがないのです。(日本中で悪いことが起きているのも道理です)

何でこのような状況になってもまだ罰当りな態度を多くの人たちはし続けているのですか?

自分たちの態度が悪いからこうなっていると、まだこのブログを見ている人たちは気づかないのでしょうか?

少し神を信じ、少し布施をすることくらい、何ほどのことがありましょう。(神に対し、もう少し謙虚になってくださいといっているだけなのです)

少し態度を変えてみたらどうでしょう。そうすれば起きてくることはガラッと変わってくるからです。

何度も書きますが、昔の人たちは神の教えをきいたのなら、心から感謝され、布施をされました。

そういう(謙虚な)態度を、神も喜ばれて、神のご加護もあったわけです。だから、平穏な生活も出来たのです。

しかし、現代の人たちは、その神を否定し、どれだけ本当の神の教えをきいても、それに感謝することなく、自分本位な生活をし続けています。

そういう態度をずっと続けているのなら、神の怒りを買うのは必然でしょう。だから、平穏な生活さえ出来なくなるのです。

自分たちが罰当りな態度を取り続けているからです。(今日も朝から超罰当りな態度を続けています。どこかの会社などです。だから〔毎日〕罰が当たるのです)

そういう態度を続けるなら平穏な生活など出来ないでしょう。

平穏な生活どころか、これだけ続けて、天変地変や癌が多発したのなら、昔であるなら、とっくに滅びていてもおかしくはないのです。

これは、現代のように科学が発達しているから、まだ日本は持っているだけで、数百年、数千年前の世界であるなら、日本程度の大きさの国なら、もうとっくに滅びています。

それくらいのレベルの現象が現在の日本には現れているということを自覚すべきなのです。

そうではないでしょうか。ここ数年の日本に起きていることは、天変地変が激しいだけ、癌になる人が増えているだけ、ではないのです。

その間、インフルエンザ、はしか、手足口病、ノロウイルス感染症などなど、ありとあらゆる疫病も流行っています。(しかも異常なほどです)

これだけ天変地変で壊されて、それだけの疫病が次々に流行るなら、科学が発達していない昔であるなら、もっと多くの人たちが不幸になっていたのです。(はっきり書くなら、もっと多くの人たちが死んでいたということです)

では、とっくに滅びていたのではないですか。何百年も前に今の日本くらいの国に、今のような現象が起きていたらです。

それを考えるならです。もう日本は神に滅ぼされていた、といってもおかしくはないのです。それくらいのレベルの天罰はすでにくだっているからです。

ただ、そのことに多くの日本の(無神論の)人たちは気づいていないだけなのです。

本当になげかわしい話です。

日本の人たちは、あまりに神の心に逆らったばかりに、昔であるならもうとっくに滅ぼされていてもおかしくはないほどの天罰を、すでにくだされているというのですから。(かっこ悪いことこの上ないですね。世界には神を信じている国がたくさんあるからです。〔そういう国の人たちから、どれだけ日本人は罰当りな人が多いのだと軽蔑の目で見られますから〕こういう事実を世界に知られたら恥さらしもいいとこです)

このブログを見ている無神論の人たちはよく理解してください。

すでに日本は神に滅ぼされていたということをです。それくらいの天罰はすでにくらわされているということをです。

『神仏を粗末にすると罰が当たる』そんなものは昔の人が方便でいっただけで、実際には罰など当たらない、と笑っている知ったかぶりした無神論の人たちのなんと愚かなことか。

それは現代の日本を見れば分かるのです。実際に罰など腐るほど当たっているからです。

それでもまだ罰当りな態度をし続けるのですか?

それでは天罰は止まらないのです。

追伸…声優の人がまた癌で亡くなったそうですね。(六十八だそうですが、まだ若いです)

有名な人たちもあまりに神を怒らせないよう、あまりに罰当りな態度を取らないよう、お気をつけください。

何度も書いていますが、今年はあまりに(有名人で)亡くなる人が多いからです。

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11月 08 2018

常識を捨てる

昨日は立冬だというのに暖かかったですね。(名古屋は二十三度もありました)

数日この暖かさが続くようですが、また異常気象ですか?(十一月にこの暖かさですから)

そうではなく今回の暖かさは今年の夏の異様な猛暑の名残(なごり)だそうですね。(太平洋にある夏の高気圧がまだ強いそうですので、その影響で十一月だというのにこれだけ暖かいそうですから)それだけ今年の夏の猛暑はひどかったということです。

いつもの年なら、黒酢を飲んでいるので、夏が少々暑くても体はだるくならないのですが(黒酢を飲むようになってから夏のだるさがなくなりました。疲れが取れているんでしょう)しかし、今年の夏はどれだけ黒酢を飲んでも体がだるくてえらかったのです。

黒酢がきかなかったくらいですから、やはり今年の夏は相当暑かったのでしょう。(さすが災害級の暑さです)

そうして、その後の台風はまたひどかったんですが、その後は異常気象らしい異常気象が出ていません。

もう一ヶ月以上静かです。(多少の地震や荒れた天気はあるにせよです)異常ですね。災害大国日本としてはです。(苦笑)

これだけ長く(ってまだ一ヶ月ですが)静かだったことは、ここ数年なかったことであるからです。

しかし、こちらの異常ぶりは日を追って激しくなります。(そんな感じですよね。この辺りの皆さん)

やはり起きる現象(の比重)が変わっているように思いますが、大丈夫なんでしょうか。

このブログを見ている人たちはです。

他の地域の人たちは大丈夫なんでしょうか。こちらは癌になる人たちが続出しているようだからです。

どこかの会社の皆さんなど毎日、夜まで大変そうですし(昨日でも昼だけでなく夜まで騒いでいました。ねえ、どこかの会社の皆さん)他のところも、ずいぶん怒っているところがたくさんあります。

運転手連中など半端ないくらい怒っている人もいますが、それにしてもトラックの減り方が尋常ではありません。

もうドンドン減っていっているようなんですが、運転手の皆さんは怒っているだけで本当によいのですか?

それを見て、もう、ドン引きしている人たちもたくさんいますが(これだけ走っている車が〔特にトラックが〕減っていてはそれは引くでしょう)そういう人たちもそうです。

引いているだけで大丈夫なんですか?

怒って嫌がらせしているだけの人や引いているだけの人たちが、この辺りあふれているのですが、こういうのを見てもです。

もう相当でているのではないでしょうか。

恐ろしい現象がです。個々にです。(もう本当に危ないですよ。今のままではです)

それで、そういう態度を取り続けていて、それでよいのですか?それでは起きている現象は止まりそうもありませんが(むしろ激しくなっていますが)それでもまだ、そのような態度を取り続けるのですか?

この辺りの人たちはです。

いい加減理解してください。この世で神の心に逆らうほど恐ろしいことはないとです。

だから、これほどの現象が現れてくるのです。(特別それはこの辺りに限ったことではありませんが)

逆らっているからです。この辺りの多くの人たちがです。大きく神の心にです。

神の心に逆らえば逆らうだけ、恐ろしい現象は現れてきます。それが今、この辺りに次々に現れている現象なのです。

これだけ個々に恐ろしい病気が次々に現れたことなどこれまでなかったのです。

そうして、これだけ車が急激に減ったこともこれまでなかったのです。

しかし、そういうこれまでなかったことが続出しているのです。

それは日本中に次々に現れていた天変地変を見ても分かります。これまで起きていなかったような現象がもう次々に起きているのです。(これを私のせいというのですか。この辺りの人たちはです。〔そんなこと本気でいっているのなら完全に頭おかしいです〕もういい加減、分かるでしょう。これほどの現象を私一人が現せるはずがないということはです)

こういう状況でこれまでの常識が通用すると思いますか?

これまで起きていなったことが次々に起きだしたというのですから、もう自分たちの常識が通用するわけがないのです。

では、他の人のいうこともきくべきではないのですか?自分の常識ではもう対応できないからです。(対応できていないから、不幸なことが次々に起きるのです)

この辺りの人たちは、いつまでも神の心に逆らっているから(それもおもいっきりです)これだけ悪いことが次々に起きてくるのです。

では、神の心に従ったらどうでしょう。そうすれば、その災いは収まるからです。

どれだけそれが信じがたいことであっても、もうそれを理解し信じなければいけない時が来ているのです。

だから、これまで起きていなかったことが次々に起きているのであり、それをいつまでたっても理解しようとしないから、これだけ多くの人が不幸になっているのです。(もちろんそれはこの辺りだけではなく日本中がですが)

いつまでも間違った考えでいるのなら、そのような人たちは不幸にしかならないからです。

正しいことを正しく理解しないと幸福にはならないからです。

だから、どれだけ信じがたいことであっても、これからはすぐに否定するのではなく、せめて疑問くらいは持って、そのことが本当に正しいのか、正しくないのかは、よく自分で吟味しないといけないのです。

簡単に否定していては、そのことが正しかった場合、自分たちはその正しいことをしないということになって、正しいことをしなければ、自分たちに悪いことが起きてくるかもしれないからです。

少なくとも、この辺りの人たちはいま書いたことが当てはまっているのではないでしょうか。

当てはまっているから、悪いことばかり起きるのです。いつまでたっても正しいことを(教えられているのに)しようとしないからです。

私は何度も、このブログは本当の神の教えが書かれてあるのだから、このブログを読んでいる人たちは感謝して報恩の行為はしないといけないといっているのです。

それなのにこの辺りの人たちは誰一人、その報恩の行為をしようとしないのです。

それどころか、感謝とは反対の行為である嫌がらせしかしないというのですから、それでは罰が当たりますよ、と私は何度も警告したのです。

それにもかかわらず、その私の言葉を無視し嫌がらせをし続けた結果が、今のような惨状となっているのです。

こういうことになっているからいっているのです。

その言葉がどれだけ信じがたいことであれ、それを簡単に否定してはいけないとです。

正しいか、正しくないか、よく吟味しないといけないとです。

これまでの常識で簡単に否定していては、その常識は間違っていたかもしれないからです。

というよりも、もう起きていることで、これまでの自分の考えが正しかったか、それとも間違っていたのかは理解しないといけないのです。

していることが、正しいことなのか間違っていたのかは、もう起きてくる現象で、すぐに分かる時代になっているからです。

間違ったことをしていれば、すぐに悪いことが起きてくる、そういう時代になっているからです。(そういう意味では分かりやすい時代になりました)

だから、それを(これまで無神論だった人たちには信じられないことかもしれませんが、本当の神の教えを知ったら、感謝して報恩の行為をしないといけない。そうしないと罰が当たる)理解し自分たちの態度を変えない限り、よいことは起きてこないのであって、私のいうことを信じて、一度、私のいった通りのことをしてみてはどうでしょう。

どちらにしても、何か行い(考え)を変えないことには、いま起きていることは変わらないからです。

態度を(心と行いを)変えない限り、起きてくることも変わってこないからです。

いま現在、これまで起きていないようなことが次々に現れてきています。

では、これまでの常識はもう通用しないのであるし(これまで起きていないことが起きているのですから、これまでの常識が通用しないのは当然です)そうであるなら、これまで信じがたいことであっても、それを信じるしかないのではないでしょうか。

もうこれまでの常識しか行なわないのであれば、起きる現象はまったく変わってこないからです。(現に今がそうです)

もし、このまま起きる現象が変わらなければ、多くの人たちが不幸になることは必然であるからです。

もうこれまでの常識など捨てないといけないのです。そのこれまでの常識がまったく違っていたかもしれないからです。(違っていたからこれだけひどいことになっているんですが…)

古今東西、奇跡が次々に起きている人のいうことは正しいと相場が決まっています。(釈尊しかり、キリストしかりです)

一度その奇跡が次々に起きている人のいうことを信じてみませんか。それ以外でこの袋小路(ふくろこうじ)から抜け出る手立てはないからです。

(また有名人が亡くなりましたね。〔フリーアナウンサーの男性が六十四歳で直腸癌だそうです〕有名人の人たちも大丈夫ですか?今日書いたことは、このブログを読んでいるすべての人たちに当てはまることであるからです)

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11月 06 2018

しっかり使っていなかったよいもの

そういえばここ数年の話なんですが、ずいぶんやせました。

私は、三~四年前までは体重が七十二、三キロあったのですが(身長は168センチなんですが)今は五十三~五キロくらいです。

だから、ここ数年で二十キロくらいやせたというわけです。

凄いでしょう。

とはいえ、何か悩んでやせたとか、ご飯を食べなくてやせたというわけではないのです。(この状況ではそう思われても仕方ありませんが…。〔苦笑〕)

あることを食事毎にしだしたらとたんにやせだしたのです。

それは前からしていたことなのですが、その三、四年前までは朝食の時だけでした。それを食事毎にしたら、それだけでドンドンやせだしたというわけです。

そのあることとは、食事の直前に黒酢を飲むということです。

何か河村市長も飲んでいるそうですが(ニュースでいっていました)ミツカンの黒酢をコップに少しだけ入れて、それを水で十~二十倍くらいに薄めて、食事をする時に(一番初めに)飲んでいるのです。

それを朝、昼、晩の毎回にしたら、とたんにやせだしたのです。

もうずいぶん前から、この黒酢は飲んでいたんですが、それまでは朝食の時だけ飲んでいただけでした。しかしそれでは全然やせませんでした。

前に知り合いから、黒酢を飲むとやせるし疲れも取れるといわれたから始めたのですが、疲れは取れているのかもしれないが、全然やせないじゃないか、とずっと思っていたのです。

しかし、それは飲む回数が少なかったからやせなかったのであり、それを増やしただけでドンドンやせだしたというのですから驚きました。(年とともに食事量が減ったということもありますが、それにしても黒酢の飲む量を増やしただけでドンドンやせて行くというのですから、最初は病気かと思いました。〔笑〕それであまりにやせすぎたので昼は飲むのはやめたのです。そうしたら一ヶ月もしないうちに二キロ太りました。〔笑〕)

まあ、酢は疲れも取れるし、血圧も下げるし、内臓脂肪まで取るといわれています。そうして食事の直前に取るなら、血糖値の吸収も緩やかにしてくれるそうですので、血糖値の高い(そうして太っていた)私にはこれ以上のよい物はなかったというわけです。

それまでやせないと悩んでいたのが嘘のようでした。

しかし、もうずいぶん前から飲んでいたのに、ちゃんと飲まなかったばかりに、全然効果がなかった。しかし、しっかり飲み始めたら、とたんに効果が現れてきた。

こういうこともあるんだなと改めて思った次第です。

皆さんの回りにも非常によいものがあるのですが、それをしっかり活用していません。

それで不幸になっている人が続出しているのです。(もちろん、この正法神理のことですが)

よいものをしっかり活用しませんか。そうすれば幸せになれるからです。

(今日は少し軽いことを書いておきました。なぜか分かりますか?だって、あまりに怒っている人ばかりが周りにたくさんいるからです。〔昨日も多かったです〕だから、そういう人たちの心を〔怒ってばかりいれば当然、心は重くなって行きますから〕少し軽くしてあげようと思い、こういうブログを書いたのです。〔そうして今回書いた黒酢を飲まれるなら、体も軽くなるでしょうから。私のようにです・笑〕少し頭を冷やして冷静に考えてみてください。そうすれば、今の自分の危なさがよく分かるからです)

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11月 05 2018

謙虚さ

正法誌 1986年四月号より抜粋

<高橋信次先生の言葉

謙  虚

人はややもすると自分を過大評価しがちである。それは自分が何であり、何をなすべきかを悟っているならまだしも、地位、名誉、知識が人より優れているという理由から、そのような偏見が生まれるとすれば、その人はなかなか悟ることは出来ないだろう。

人の一生は、普通五十年、長くて百年である。だが、本当の人間の生命は、そんなに短いものではない。何億、何十億年の年齢を重ね、現在、ここにある。

人はこうした過去を持って、現在を生きているのだが、そうした長い年輪と、その短い現象界の一生とは、比べものにならないひらきがある。その短い一生の過程の中で得た知識、地位、名誉におぼれるとすれば、これほど浅薄にして、自己を偽るものはないだろう。今世の一生を点とすれば、過去世の生涯は線に相当する。線と点を比較してみてほしい。………とすれば今世で得た知識、名誉というものが、いかに頼りないものであり、夢のようなものであるかということを知ることが出来よう。

正法の智慧は、線の中に内在されている。

その智慧は現象界の知識が呼び水となることはあっても、知識そのものから生まれるものではない。点のその一生を、謙虚に、素直に、正道に基づいた想念と行為を重ねていくうちに、半ば、こつ然と現れてくるものである。

自己を過大評価し、知識におぼれ、地位に固執した生活を習慣にしてしまうということは、こうした内在された智慧をひもとくカギを、自ら閉ざしてしまうことになる。

さらにもっと具体的に、率直にいうならば、人の過去世は十人が十人、正道に学び、自分の血肉になっているかというと、必ずしもそうではないのである。正道を学んでいない人は、それに基づく智慧が出てこないのも道理ではないか。

過去世には縁があり、今世もその縁につながったことは、何よりも大事にしなければならないが、しかし、過去もわからず、実在界も知識の範囲しか知りえないとすれば、まず、現在の自分自身を、正直に、素直に見直すことがなにより大切である。

自分の心に、誰もウソはいえないはずだし、そのウソのいえない自分に立ち返り、日常生活についても、謙虚になることが、悟りを進める導因となろう。

己を知るには、まずなにはさておき、謙虚な心から始まり、謙虚な心を持ち続けることである。そうして、その謙虚な心の培養は、今をおいて、永遠に、そのチャンスは訪れてこないということを知ってもらいたい。

解 説

「謙虚」を辞典で見ると「自己の弱小、無力、罪業に対する深刻な自覚から、神の意思にあくまで従順になろうとする心」と書いてある。これは本当の謙虚の意味ではない。

謙虚の真の意味を知るためには「敬虔」(けいけん)を知らなければいけない。敬虔も辞典を見ると「うやまいつつしむこと」としか書いていない。

敬虔さと謙虚さと、この二つの心と切り離して考えられないのが「尊敬」である。この三つの言葉は一体として考えなければいけない言葉である。謙虚な心を持つ前に持たなければいけないのは敬虔な心である。敬虔さのない謙虚さは真の謙虚さではないし、謙虚さの心には必ず尊敬の念がある>

これからの時代は、特にこの謙虚さが求められます。

この謙虚に対比するものが傲慢ということであり、この傲慢な人たちに現在、次々に災いが現れているのです。

そのようなことから考えましても謙虚な心が、この時代いかに大事なのかということがよく分かるのです。

せっかくここに救われる方法を書いても、それを行わなければ絵に描いた餅にしかすぎません。このブログを読んでいるだけではダメなのです。(それはこのブログを読んでいるだけの人たちに次々に災いが起きていることでもその事実が分かります。〔この辺りの人たちや運転手連中などなど〕)

ここに書いたことを行わなければ救われないのです。

では、行ってはどうでしょう。他に救われる道はないからです。

(他に救われる道があるなら、日本中にこれだけ災いが現れているわけがないですから)

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