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5月 17 2021

災いが起きる理由

九州に続いて近畿、東海地方も梅雨に入ったようですね。

近畿はこれまでの観測史上最速で東海では二番目に早い梅雨入りとなったそうですが、それにしても早いですね。平年より三週間くらい早いそうではないですか。今年の梅雨入りはです。(まだ確定ではありませんが)

そうして、すでに熊本辺りでは激しい雨が降っているそうですが、今年は梅雨が長引きそうだともいわれています。ということは梅雨の間の雨量も多いということになります。

あの西日本豪雨のような悪夢が頭をよぎりますが、また今年も荒れそうですね。これから夏にかけてです。(その後の台風も怖いですし)

それにしてもの毎年の異常気象です。今年は新型コロナもあります。いい加減反省されてこの神理を信仰されませんか。このブログを見ている多くの人たちがです。

そうすればこのような神の怒りも鎮まるからです。

神理を無視し、逆らい間違った考えで(悪魔の左翼思想にいつまでも洗脳されて)いる人が多いからこういうことになるのです。次々に災いが現れてくるのです。それだけ間違った考えもないからです。

間違った考えの人が多ければ多いだけ災いは現れます。

園頭先生が毎月書いていられた正法誌の中には毎回「高橋信次先生のことば」として、高橋先生のご著書から抜粋されているページがあるのですが、その高橋先生のことばの中に面白いものがありましたので今回抜粋しておきます。(多分「心に法ありて」というご著書から抜粋されていると思いますが、そのご著書が私の手元にありませんので)

1980年四月号から抜粋します。

<高橋信次先生のことば

地  震

マグニチュード5以上の地震が、東海地方を襲うかもしれないとの噂がひろまっているようだ。また、伊豆半島もその危険性が増大しているともいわれ、地震不安がまたもや太平洋岸ベルト地帯一帯をおおっているようである。

そこで、地震はあるのか、もしあるとすればその対策をと誰しも思う。気象庁のある退職者は、関東以西はいつでも地震が起こり得るとして、地震の少ない東北地方に隠棲してしまったようだ。関東は怖くて仕方がないというのだ。地震のない土地に行けば、老後は安心して生活できるということのようだが、この人には病気の心配はないらしい。ただただ地震だけが怖いらしい。

地震はなぜ起きるのか、それは大地も生きているからである。

人間の体内には血管が縦横に走っている。そして、絶えず血液が流れている。大地の下もまた血管が無数に走り、火山に見られる何千度に熱せられた溶岩が、地表のはるか下を流れている。火山はこの溶岩が地表に現れたものだが、なぜ火山活動が起こるかである。それは地上の圧力が地下に加わり、いわば血管を圧迫するためである。地震もまた、地上の圧力によって血管が収縮するため、それを跳ね返そうとして起こるものだ。

では、地上の圧力とはなにかである。それは人間の心のあり方にかかっている。地表を取り巻く人間の生活意識が大地に圧力をかけている。この圧力は、人間一人一人の偽我(自己保存)によってつくられるものだ。つまり、地震や火山の噴火を生み出すエネルギーを地下にたくわえているのである。

だから、一定の時期がくると、もとに戻ろうとして揺れ動く。こういっても人は信じないであろう。現代科学は様々な見方で地震や火山をとらえようとしているが物理現象の背後には、常に人間の意識が強力に働いているということを理解するようになれば、万象の姿がハッキリととらえられることができるだろう。

ちなみに月や火星に大地震や火山活動が起こっているだろうか。月や火星も地球と同じように何千度に熱せられた溶岩が活動しているのだ。しかし、大地震もなければ火山の大爆発も起こっていない。地表はいたって平静そのものであり、平和である。地球だけが常に騒がしく、様々な災害をくりかえしている。

中国大陸は日本と異なり地震はめったになかった。それが各地で頻発した。被害も大きく、犠牲者も相当あった。動物の動きで地震を事前にキャッチし、避難したというが、そうだろうか。政情不安の火に油をそそがないための工作だったようだ。アトランティス大陸は火山の噴火と大地震で海底に沈んだ。ポンペイの町も同じである。また、その昔に栄えたエジプト、メソポタミヤの文明も、洪水、大地震、火山の降灰によって埋没している。当時の文明の手がかりは、地下から発掘した建物、青銅、土器、石板、壁画によって偲ぶことができる。

いずれにせよ地震は地上の人々の想念行為によるものである。地震や火山を防ぐにはどうするか。その手がかりをつかむには、大地震が起きたその時代の人々の社会生活を知ることが理解を早めるカギとなろう。いたずらに地震を恐れ、転居しても地震は追いかけてくるだろう>

この文章を高橋先生が書かれたのは、1970~75年(昭和四十五年~五十年)くらいにかけてであろうと思われますが、ということは、今から五十年くらい前のことです。

だから五十年前には東海地方に大地震がくるといわれていたようです。そういえば私の小さい時に、そういう話をきいた記憶がありますので、そのような話が巷ではされていたのでしょう。

そうして、その話を信じていた気象庁の退職者の方がわざわざ東北に居を移されたそうですが、その方がまだ生きていたのなら、確実にその大震災に遭われているでしょうね。

大地震など起きないと思われていた東北で千年に一度の大地震である東日本大震災は起きたからです。

その当時は東北には大地震など来ないと思われていたのでしょう。それで東北に引っ越されたのでしょうが、その東北には来ないと思われていた大地震が、その数十年先には来てしまったというのも皮肉な結果ですね。

本当に高橋先生が書かれていますように、心を変えずに住むところをかえただけでは地震は追いかけてくるようです。

だから心が大事であると、その心が原因であると私は何度も書いているのです。災いが起きる原因はです。その人々の心が災いを呼んでいるからです。

実際、人が住んでいない月や火星には、そんな天変地変などの災いは起きないではないですか。たまに地表面を大掃除するような大嵐など起きるようですが、それは災いではありません。

この地球だけなのです。これだけ頻繁に災いが現れているのはです。他の星など(人が住んでいない)みな平静そのものなのです。どの星もです。

このようなことを考えれば分かるはずです。人の意識が(間違った)どれだけ災いを現すのかということがです。

中国も最近は天変地変が起きまくっています。(数日前にも大竜巻がいくつも起きたようですが)なぜだかその理由はお分かりいただけると思います。

これだけ多くのところで多くの災いを中国はふりまいているのです。自国に災いが増えるの当然の結果であるのです。(だから中国はまだこれから国内に起きる災いは増えていくということです。そのような行いを反省しなければです)

このような災いはすべて人々の想念行為がつくるのです。

そのことを早く理解してください。そのことを多くの人が理解し、自分たちの想念行為を反省しない限り、起きる災いはなくならないからです。

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5月 16 2021

続、悪因悪果

本当にあちこちで怒りだしましたね。

私がそれらしいブログを書いているから、皆がそういう態度を取っているんでしょうか? それとも本当にあちこちの会社や現場にそれだけ災いが現れているんでしょうか?

どちらか分かりませんが、しかし、ブログが面白くないからと静かになっていたところが、また私に嫌がらせをしてくるとは思えないんですけどね。

そういうところは私に嫌がらせをして災いが起きたから嫌がらせをやめたと思うからです。

それなのに少々ブログが面白くないからとまた嫌がらせを始めるなら、また災いが現れてきます。

そんなバカなことはしないでしょう。そういう性格の人たちばかりなら(少し面白くないことを書いたくらいでまた怒りだすような小さな人たちばかりなら)嫌がらせをやめるはずがないからです。

いつまでも(例えばどこかの会社の連中のように)嫌がらせをやり続けるはずであるからです。

では、やはりそのような嫌がらせをしていたところにまた災いが現れだしたんでしょうね。

そうとしか思えませんね。本当に久しぶりに嫌がらせをしてきたというところがあちこちにあるからです。そういえばここも前は嫌がらせをしていたなと思いだしたところまであるからです。

ほんとたくさんのところから私は嫌がらせを受けていたんですね。この十年くらいの間にです。

改めてそのことを思いだしたんですが(苦笑)この十年で、この辺りのたくさんのところから布施を受けたというのなら、この辺りは今頃は奇跡であふれていたんでしょうが(ほんと残念です。そのようにならなかったことがです。そうなっていたらまったく変わっていたのにです。こちらの状況はもちろん日本の状況もです)たくさんの嫌がらせを受けたというのですから、それは災いもあふれるでしょう。

神理に対してのお返しが嫌がらせでは災いしか現れないからです。

そうであるなら、やはりたくさんのところにまた災いが現れてきたようです。この辺りはです。

そういう態度を取っていて無反省なままではどちらにしても災いは現れるからです。そういうところにです。罪を罪のまま残しておいても、その罪は消えないからです。

その罪の償いはどこかでしなければいけないのです。だからこういうことも起きてきた。その罪を償う時が来ているからです。

だから私に嫌がらせをしていた人たちはもう反省するしかないでしょう。反省しない限り、その罪は消えないからです。

だから、そのままではもういつ自分に災いが現れるのか分からないのだし、またそれに怒って私に嫌がらせをするなら、よけい災いが現れるのだし(最近は特に凄いみたいですよ。私が祈るとドンドン現れるみたいですから。災いがです。どこかの会社などいい例です。最近は私が祈るとすぐに嫌がらせをやめますからね。この札付きの連中がです。前は全然やめなかったのにです)ならもう反省するしかありません。

反省しなければ、その災いは止まることはないからです。まだこれからどれだけ現れるか知れないからです。

そうなるのです。神理を見ていながら感謝もせず嫌がらせなどしているならです。どこかでその責任は取らされるのです。

起きるべくして起きていることなのです。そのような罪をつくったのは他でもない自分自身であるからです。

だからもう詫びを入れて布施しませんか。神理を説いている私にです。昔の人たちは誰もそのような態度を取っていたからです。そうして、そのような態度を拒否する人は誰も滅ぼされたからです。

そのような歴史を私たちは知っているのです。知っているのに、その滅ぼされている人たちと同じ態度を取り続けるなら、同じことが起きてきます。

だから起きているのです。このような滅ぼされるような現象がです。過去に滅ぼされた人たちと同じような態度を取っている人が多いからです。現代の人たちはです。

自分たちが悪かったのです。そのような大事なことを理解しようとしなかった自分たちがです。

だから、これほどのことも起きてくるのです。それこそすさまじい数の災いがです。それだけ神理に逆らっているということは悪いことであるからです。

しかし、その神理に従うなら今度は奇跡が起きてきます。もう従いませんか。この正法神理にです。神理に従えば従うだけ奇跡が起きてくるからです。

そういう人が増えてくるなら、それこそ今度はすさまじい数の奇跡が現れてくるのです。

起きてくる現象で判断しないといけないのです。自分たちのしていることはです。周りに起きてくることが教えてくれるからです。自分がしていることが正しいか間違っているのかはです。

自分たちが悪い原因をつくっているから自分たちに悪いことが起きるのです。

悪因悪果、その悪い原因をいい加減、断ち切りませんか。

悪い原因を断ち切らない限り、よいことは決して起きて来ないからです。

追伸…昨日ウナッシーさんからコメントをもらったのですが、そのコメントには、苦手だった勉強に集中するということがいつのまにか出来るようになっていました、ということが書かれてありました。

だから私は、それは心が成長しているからです、というコメントを返したのですが、ウナッシーさんは私と同じくらいですので六十歳くらいの方です。

それくらいの年の方でもまだいくらでも成長するのです。心はです。

心と肉体は別であり、この世の肉体はある程度の年までくれば、その成長は止まりますが心の成長は止まることがありません。

肉体は年をとっても心が年をとるということはないからです。自分の考え一つで心はいくらでも若いままでいられるからです。

だから、いくらでも成長出来る。若いということはまだこれからいくらでも進歩向上するということであるからです。

その心を一番進歩向上させるのがこの正法神理であるということです。

いつまでも同じ考えでいては心は成長していきません。考えを変えていきませんか。この神理に合わせてです。

それが自分自身を成長させ心も進歩する一番の方法であるからです。

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5月 15 2021

悪因悪果 反省

やっぱりどえらい出ていますね。しかもその出ているところがドンドン増えている。怒るところが増えているからです。

本当にドンドン増えていきますね。最近静かだったところがみな怒り始めました。逆に怒りまくっていたところが静かになっています。

そういうところすべてに現れているんでしょうね。恐ろしい災いがです。どんな災いかまでは分かりませんが。

ずいぶん滅ぼされていませんか。何をいってもきかないような態度を取っている人が多いからです。(なにかやけくそのようなです)そういうのを見るとどこも相当のことが起きているようであるからです。

何度もいいますが少しなめすぎていませんか。この正法神理をです。

本当の神の教えですよ。それに対し感謝もせず嫌がらせをしているんですよ。この辺りの多くの人たちはです。

それではくだるでしょう。天罰もです。そのような現象が本当に現れてくるのが、本当の神の教えであるからです。

その本当の神の教えに対し、もう何年にも渡り感謝もせず平気で嫌がらせをし続け、それで天罰がくだっているのに反省などまったくしようとせず、その天罰をみな私のせいにして怒り続けている。

よくそんな恐ろしい態度を取り続けていますよね。この辺りの人たちもです。

それではくだる天罰もドンドンひどくなっていくと思いませんか。それだけ不遜な態度もないからです。

しかし、絶対にそれを認めようとしない。起きてくる天罰をすべて私のせいにし続け、絶対に自分たちの罪は認めない。

滅ぼされますよね。こういう態度を取り続けるなら普通にです。神理を知らされていながら、これだけ傲慢不遜な態度もないからです。

だから滅ぼされている。逆にこういう態度を十年以上も取り続けていてよくこれまで滅ぼされませんでしたね。そちらの方がよほど不思議です。

昔であるなら、もっと早くに多くの人が滅ぼされていたはずであるからです。これだけ傲慢不遜な人たちもいないからです。

だから幸運ですよね。現代の人たちはです。まだこの程度ですんでいるからです。昔であるならもう町一個ごと滅ぼされていたり、多くの町が一変に滅ぼされたりしていたはずであるからです。(例えばベスビオ火山の噴火とかでです)

しかし、まあ、そのレベルのことはもう起きていますか。例えば日本だけを見てもそのレベルの災いは起きているからです。

東日本大震災を始めとした数々の大きな地震、数々起きるすさまじい大雨、竜巻、火山の噴火など見ればです。この十年の間に日本に起きた天変地変はそれだけ凄かったからです。

だからもうそれくらいの天罰は起きているということです。昔であるなら、町一個分とか、多くの町が滅ぼされていたレベルの災いは日本にです。(単に現代は昔より人口が多いのと科学が発達しているため、まだ残っている人が多いというだけの話でしょう)

にもかかわらず、それでもまだ気づかない。私がそのようなことをどれだけいっているか知れないのにです。

そのようなことはすべて天罰ですよとです。

そうして何もかも制限され出来なくなる、すさまじい感染症まで現れてきているのに(もちろん新型コロナです)まだそれを責任転嫁して、こちらなど個々に直接現れている恐ろしい病気まで(これだけ分かりやすい天罰もないはずなのに)それも責任転嫁して(すべて私のせい)怒っているだけでまったく反省しようとしない。(自分たちが悪かったとは決して思わない)

こういう人たちも稀でしょうね。(苦笑)ほんとめったにいないでしょう。

これだけ自分たちを省みようとしない、反省しようとしない人たちはです。これではよくなりようがないからです。

ドンドン悪くなっていくからです。自分の心はです。

自分が悪かったと、反省しない限り、自分の心はよくはならないからです。

しかし、そのような反省は現代の人たちは絶対にしない。そうであるなら、断言しておきますが、起きてくる災いは絶対になくならないしまだこれから増える一方でしょう。

分かるまで何度でもいいますが、このような日本に起きている災いは(もちろん日本だけに限ったことではありませんが)そこに住む人たちの心がつくっているからです。

だから、そこに住む人たちの心が変わらない限り、絶対になくならないのです。増えていくばかりであるのです。そのような心が悪いからこれほどの災いも起きているからです。(悪因悪果)

それはこちらの人たちを見れば特によく分かります。こちらの人たちなど個々に現れているんですよ。災いがです。

しかも私に嫌がらせをした直後にそのような災いが現れてくる人までいて、本当に分かりやすいのです。

罰が当たっているということがです。

そういう子供にでも分かるような分かりやすい天罰がくだっているにもかかわらず、それでもそれを認めない。今度はそれを「お前のせいで病気になった」などと実に分かりやすい子供のような物言いで責任転嫁する。(ほんと「子供か」と何度いいたくなったか知れません)

もし私がそのような人たちを病気にしているのなら私も病気にならないといけないはずなのにです。(これも悪因悪果)

しかし、そのような法則は一切無視して、悪いことをみな私のせいにして怒り続けている、悪いのは全部自分自身なのにです。

「悪因悪果」このような法則は確実に存在しているのです。

いま起きている災いは誰のせいでもなく自分のせいなのです。いい加減それを認め理解されませんか。そのような事実をです。

いつまでも子供のように怒っているだけ(または責任転嫁しているだけ)ではなくです。

それではいつまでたっても問題は解決されないからです。災いは出続けるからです。

自分の心を反省しない限り災いは止まりません。なら反省するしかないでしょう。その災いを止めたいのであればです。

(だから昨日も書きましたが、こちらの人たちの超責任転嫁や男女平等、同権、同性愛OK、性別をなくせだの、男も仕事を休んで子育てしろだの、そういう数々の〔進歩的などと思われている〕メチャクチャな意見が〔昔の人たちから見たらメチャクチャな意見です〕いけないのです。間違っているのです。歴史に学ぶということは本当に大事なことなのです。昔の人たちと同じ態度を取ってください。そうすれば災いはなくなっていくからです)

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5月 14 2021

法則

何かメチャメチャ出ていませんか。この辺り滅ぼされる人がです。どこも様子が変だからです。

何か変ですよね。昨日は金山辺りを回っていましたが電車の運転手連中などやたら怒っているのがいますしね。そうかと思うとドン引きしているのもいる。両極端です。

「滅ぼされてるんだろう」といっても無視です。そうきくとみなドン引きしている感じだし、だから逆に出てるんではないですか。滅ぼされる(急死する)人が、この連中にもたくさんです。

それに昨日など微妙に怒って様子がおかしいところばかりでしたからね。金山にいく途中にある会社からあちこちの現場から会社からです。

だからどこも滅ぼされている人が出ているんでしょう。だからみな態度がおかしい。だって、例えばトラックの連中などまだ怒って平気でブシュブシュやってくるのもいますが、S運輸など皆ドン引きしていますからね。

ここは確実に出ていますからね。運転手連中に急死する者がです。だからおとなしくなったんだし、それが止まらないから、皆またドン引きしているんじゃないですか。S運輸の運転手連中などです。

しかし、もしそうだとしたら、もう頭を下げた方がいいですよ。昔の人たちは皆そうしたんだし、普通はそんな危ないことが起きていたら、助けてくださいでしょう。

どうやったらこの災いは止まりますかとか、この災いから救われる方法はないのでしょうかとか、普通は下手に出てそういうきき方をしてきますよね。

もし、そういうことから救ってくれそうな人がいたらです。(坊さんとか、牧師とか、行者でも陰陽師でも何でもいいんですが。〔苦笑〕)

しかし、こちらの人たちなどそういうことが起きてきたら、いきなりです。いきなり「お前のせい」ですから。(苦笑)

しかも、まったく顔も知らない祈ったこともないような人からも平気でそのような態度を取られます。

頭がおかしいのではないかとこちらは思いますよね。

私にかまってきた人ならともかく(どんな悪いことが起きているのか知りませんが、それだって正確にいうなら自分のせいなんですけどね)何で縁もゆかりも恨みもない人に起きている災いまで私のせいになるのしょう。まったく意味が分かりません。

しかし、そういうトンチンカンな人が多い限り災いはドンドン増え続けるでしょうね。そのトンチンカンを直すため、そのような災いは起きているからです。その人やその人の周りにです。

そのような災いだけではなく新型コロナの感染者も、こちら(愛知)などはドンドン増えだしているようです。

愛知県だけでも、その新型コロナの自宅療養者がすでに三千人を超えているそうではないですか。

それでは新型コロナに感染してもいつ入院できるか知れません。その自宅療養などしているうちにひどくなって死ぬ人も出て来ているんでしょう。

ほんとドンドン不幸が現れてきます。もうあちこちで災いが次々に現れているようだからです。

新型コロナはまだワクチンなど打つなら、その勢いは止められるのかもしれませんが、天罰は自分の行いを正さない限り絶対に止まりません。横柄な態度を取れば取るだけ勢いは増していきます。

天罰とはそういうものであるからです。

どちらにしても、今のような男女平等、男女同権、何でも平等、同性愛もOKで、男も女もみな同じで性別で人を別けてはいけない、だから男らしくすることや女らしくしてはいけない、女だけでなく男も育休をとって子育てに参加し、子供の出産に立ち会え、などなどこれまでの歴史でしてこなかったことを現代の人たちは、それが正しいとドンドン行っています。

しかし、こういう新しい試みが、もし間違っているのなら当然天罰はくだります。

そういう人たちは神を認めないのでしょうが(あるいは認めていても、まさか神から天罰をくだされるなど思いもしないのでしょうが)この世の人たちが間違ったことをすれば当然天罰はくだされるからです。

この世界は神がつくられ、神の意志に従って動いているからです。

その神の意志に逆らうようなことをするなら、たとえ自由を与えられている人間といえども、そのような制約を受けることになるのです。

神は人間が間違った道に進まないように法則をつくられているからです。

その法則からは何人(なにびと)であろうと逃れられないからです。

だから、善因善果、悪因悪果、因果応報という法則は確実に存在するということです。

では、なぜ今これほど多くの災いが現れてきているのですか?

それをよく考えないといけないのです。いつまでも責任転嫁ばかりしているのではなくです。

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5月 13 2021

神理の計り知れない力と悪魔の洗脳

昨日もまた怒っている人が多かったですね……といいたいところですが、そうでもなかったですかね。昨日などはです。

あんなブログを書いたのです。さぞ怒っている人が多いと思っていたんですが、昨日はトラックの運転手など怒っていたのは半分くらいで後の半分の運転手は引いていましたね。それはそうでしょう。だって本当にもうずいぶん減っているからです。トラックばかりでなく車がです。

それはこの辺り周りを見れば嫌でも分かります。もういい加減、冷静になって何でこんなことになっているのかと真剣に考えないと、本当に危ないと誰でも分かるはずであるからです。

だから、さすがのトラック運転手も、それが半分くらいの人には分かってきたということではないのでしょうか。後の半分くらいはまだ分からないようですが、しかし、その分からない人たちが(私の顔を見て怒ってブシュなどとやっていった人たちが)今頃、心臓が止まっているかもしれません。(怖)

だからもう真剣に考えた方がいいのではないですか。いま起きていることをです。単に感情的に怒っているだけではなくです。そんな単純なことが起きているのではないからです。

いま起きている恐ろしい現象は死んだ後まで祟るからです。

と、そのような人たちを尻目に昨日私は久しぶりに庄内川にいってきたんですが、川に向かって呼びかけているとバシャバシャやっているのが何匹もいました。そうして、細かい魚たちもたくさん川の浅瀬に来ていました。

またこれから細かい魚などたくさん出てきますね。(凄い数、出てくる時がありますから)そういう季節になってきたからです。

しかし、まだカニは出てきていませんでしたね。昨日など呼びかけても全然出てきませんでしたから。もう出てきてもいい時期なんですけどね。カニもたくさんです。

しかし、カニがまだ出てきていない分ずいぶん昨日はツバメが飛んできていました。鳴きながら飛び回っているのもいて元気なものです。十羽くらいいましたかね。昨日庄内川で見たツバメはです。

庄内川はあちこちにツバメがわりとたくさんいるのです。九月くらいまでいるのがいますんでまたにぎやかな日々が続きます。これから秋までは庄内川はです。(笑)

この前、堀川にいっていた時のことです。川辺を歩いて声をかけていると魚たちがあちこちで跳ねていました。すると私の足元を何か小さな細長い生き物が通ったのです。

すぐに横の草むらに入ってしまったんですが、どうもトカゲぽかったので身体を少しかがめて、その入っていった草むらの辺りに向かって「おい、いるのか。いたらちょっと顔を出せ」と呼びかけたのです。

すると、しばらくしたらガサガサガサと音がしてトカゲが一匹顔を出しました。

それで「おっ、いたな。お前元気か」と声をかけると、チョロチョロと舌を出して、喉の辺りをゴロゴロさせて何か嬉しそうです。

しばらく、そのトカゲを見ていましたが、私が見ている間中そのトカゲもジッとこちらを見ていました。舌をチョロチョロ出しながらです。

トカゲとはいえかわいいものです。爬虫類って表情がなさそうでよく見るとあるんですよね。心が顔に出るといいましょうか。何かかわいらしかったですね。そのトカゲもです。

しかし、最近ふと思ったんですけどね。東山動物園にいった時もオオトカゲがずいぶん愛想がいいのです。(日によって全然違うんですけどね。知らん顔をしている時もありますから。〔笑〕)

だとしたら、私が恐竜がいる時代に生まれていたらどうなっていたのかなとです。

しかし、鳥や魚同様に恐竜までたくさん集まってきたら怖いですよね。どんなでかいのが寄ってくるか分からないからです。(笑)

ほんとリアルジェラシック・パークの世界なのですが、そういうことも起きたかもしれないなと思うと、改めてこの正法神理の凄さ、偉大さがよく分かります。

そんな恐竜が寄ってくるなど、そういうことも起きかねないからです。神理を実践していればです。

だから、こんなことも起きている(多くの天罰がくだる)神理にはどれほどの力があるか知れないからです。

それを考えると思いませんか。どれだけ神理とは可能性があるのかとです。現れてくる力にです。それこそ無限大にあるのではないかと思えるわけです。神の力は無限であるからです。

その神と同じような力が与えられるのが神理を極めた人たちであるからです。(その代表が釈尊、キリスト、モーゼです)

だから、この神理から遠ざかれば遠ざかるほど災いが現れてくるのです。そのような心は神の心ではないからです。

だから、今のような悪魔の左翼思想に染まれば染まるだけ災いが現れる。今の世界がそうだからです。悪魔の左翼思想は神理とは正反対の思想であるからです。

そのような思想に支配されればされるだけ災いが現れる。そのような思想は間違っているからです。

だから、今生はこれだけの災いが現れている。そのような間違った考えに支配されている人が多いからです。

しかし、間違った考えに支配されている人たちは、私のような正しい考えの者を目の敵にする。だから私はこれだけ多くの人に嫌われ、嫌がらせまでされるのです。それだけ今は悪魔の思想に洗脳されている人が多いからです。

だから、このブログを見ていて、逆らっている人はもちろんですが、まったく動こうとしない人もやはり悪魔の思想に洗脳されているのです。多少の差こそあれです。だから私のいうことに全面的に賛成出来ない。

あそこは違うだろう。そんなことしたら窮屈(きゅうくつ)でかなわん。まったくそうではないのにです。神理に従えば従うだけ実は自由になるのにです。

神は人間に自由を与えられ悪魔は人間に支配を求めているからです。だから実際は逆なのです。悪魔の思想に従えば従うだけ不自由になっているのですが、しかし、それが分からない。

その分、悪魔の思想に洗脳されているからです。だから、神理に賛同できない。悪魔に洗脳されている部分が多いからです。

そうでない人たちは、ちゃんと協力出来るからです。これだけ次々に奇跡が起きてくる教えに賛同しない方がおかしいからです。神の子の人間であるならです。

しかし、何でこんな教えにすべて賛成するのかと、そういう人の気持ちが分からない。それはその分、自分が悪魔の思想に洗脳されているからです。自分ではそんなことはないと思っていても、もし悪魔に洗脳されていなければ神の教えには従えるはずであるからです。全面的にです。

しかし、それが出来ない。その分、悪魔に洗脳されているからです。

だから奇跡が起きてこないのです。そのような人たちにはです。その神理に反している部分が間違っているからです。

だから、この神理に従えば従うだけ奇跡が起きてくるのです。神理こそすべて正しい間違いのない神の心であるからです。

いつになったらそれが分かるのですか。それが分からないうちはドンドン差が開いていくのです。

起きてくることにです。

神理を実践している私たちにはドンドン愛ある奇跡が現れ、神理を知らない人たち、または知っていても逆らったり、無視している人たちには、ドンドン災いが現れていく。

これこそ心の差であり、それが生きている時だけではなく、死んだ後まで起きてくることの差となって現れるのです。

だから神理を実践している私たちは死んだ後は愛ある奇跡が起きる天上界にいくのであり、災いが起きている人たちは、その災いが起きる地獄界にいくということです。

いま起きていることが、それを教えているのです。自分の死後の世界までです。その起きている通りの(自分の心の通りの)世界にいくことになるからです。死後の世界はです。

だから、生きているうちに直さないといけないのです。周りに起きてくることをです。災いばかりが起きている世界にいては、それは生きている間だけではなく、死んだ後まで続くからです。そのような苦しみがです。

しかし、その苦しみはこの神理を実践しない限り止らない。

皆さん方は本当にラッキーですね。

そうではないでしょうか。だって、この災いの止め方など分からないんですよ。普通であるならばです。だから神理を知らない人たちは右往左往するしかない。災いが次々に起きてきてもです。

しかし、神理を実践している人にはそんな中でもちゃんと奇跡は起きてくる。だから、その道を進めばよい。

そうすれば幸せになれるからです。回りに奇跡が次々に起きていて不幸になるわけがないからです。

こんな教えが他にありますか?

一体いつになったら分かるのですか。この神理の計り知れない力がです。

そうしていつになったら気づくのですか。その悪魔の洗脳にです。

早く気づかなければ滅ぼされるのです。そのような滅ぼされていく人たちがすでにもうたくさん出てきているからです。

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