5月 07 2021
世界を救う正法神理
昨日はゴールデンウィーク明けだというのにずいぶん怒っている人が多かったですね。
よほどゴールデンウィークにいいことが起きなかったんでしょうか。(苦笑)しかし、それも仕方がない話でしょう。行いの悪い(罰当りな)人たちばかりであるからです。その怒っていた人たちはです。
だから素直に感謝の布施をするなら、悪いことなど起きてこないのに、どうしてもそれが分からないようです。このような悪いことがよく起きている人たちはです。
今日など朝もはよからまたどこかの会社などお怒りでした。そうして今はドン引き状態です。(それをいったらとたんに怒りだしました。無理してです)また誰かコロッと逝ったんでしょうか?
これだけ恐ろしいことが起きているのにただ怒っているだけ。本当に罰当りを絵に描いたような振舞(ふるまい)です。
それではいいことは起きてこないでしょう。というかそれでは災いしか現れてこないでしょう。それだけ不遜な態度もないからです。
普通であるなら(昔の人たちであるなら)これだけ災いが起きているのならもう完全に手を合わせて頭を下げたはずなんですが、今の人たちは絶対にそういう態度は取りません。
そういうことをいうと(もう頭を下げろとか、神理を見ているんだから感謝して布施しろなどというと)やたら怒りだす人たちばかりです。
何ででしょうね。よほど嫌なんでしょうか。頭を下げるのも布施するのもです。それともヤバイと思っているから(もう頭を下げたり布施をしないとまずいんじゃないかと思っているから)それを認めたくなくて怒りだすのでしょうか。
よく分かりませんが、少なくとももう嫌がらせはやめた方がいいと思いますよ。そんなことをすれば即座に天罰がくだっている人たちが本当にたくさんいるようだからです。
だから昨日嫌がらせをした人たち、今日のどこかの会社のようにすでに何か悪いことが起きている人がいるでしょう。しかもたくさんです。(昨日は金山までいっていたのでたくさんちょっかいをかけられましたから。少々有名な人にまでです…だと思いますよ。私はその人を知りませんが)
もう次々に現れるようです。そのような不遜なことをしている人たちに天罰がです。いつまでたっても神理に逆らっている人がたくさんいるからです。それだけ愚かな行為もないからです。
しかし現代の人たちは、そのような天罰がどれだけくだっても全然恐れようとせず行いを変えようともしません。
ほんと神の業をなめているとしかいいようがありませんが、仏の顔も三度といいます。
さすがにもうそういう人たちは自分たちの態度を反省されないと滅ぼされるのです。すでにそのような哀れな人たちがたくさん出て来ているからです。
しかし、このようなことは普通は起きませんよね。滅ぼされるなどそんなことはです。自分の行いが少々悪かろうがです。
だって悪いことをしている人たちはたくさんいるからです。しかし、そういう悪いことをしている人たちにいちいち罰が当たるなら、そういう悪いことをしている人たちはドンドンいなくなっていくはずだからです。(反省したり、滅ぼされたりしてです)
それなら悪いことをする人はドンドン減っていくはずですが、そういうことは起きていない。世間ではです。
しかし、起きるのです。この正法神理にかかわるなら、そのようなことがです。
だからもっとも嫌うわけです。悪魔たちがです。この正法神理をです。この神理が世に広がるなら、自分たちの住む場所がなくなっていくからです。悪魔たちの住処は、そのような悪を行う心にあるからです。
しかし、神理が広がるなら、そのような心の人たちが段々減っていきます。減らざるを得なくなるわけです。先ほど書きましたように反省するか滅ぼされるかするからです。神理にかかわった悪い心を持っている人たちがです。
だから悪魔は必要以上にこの神理を嫌い流布をじゃまするわけです。様々な悪魔と同じような心を持つ人々の心の中に巣くってです。この神理が広がってしまうなら悪魔が存在出来なくなるからです。
だから私など集団ストーカーにもあうわけです。それだけ多くの悪魔に心を奪われた人たちが世の中にはたくさんいて、そのような人たちは悪魔にコントロールされているからです。
そういう人たちに私は目の敵にされるわけです。悪魔から見たら私ほど憎い者もいないからです。
これだけ奇跡と天罰が同時に起きる教えを説いている者など他にいないのですから、当然そうなるわけです。
だから、私がもう憎くて憎くて仕方がないという人などはもう相当悪魔にやられています。早くそのような人たちは自分の心を反省された方がいいでしょう。そういう人たちはもういつ天から滅ぼされるか知れないからです。その人たちはすでに神理にかかわってしまっているからです。(神理にかかわっているから私のことを知っているからです)
しかし、悪魔からこれだけ憎まれている教えは当然ではありますが、世界をも救うことが出来るのです。
だから私が前回ブログに書いたことは本当にそうであるということです。
もうインドでは一日の新型コロナの感染者が四十万人を超えたそうですね。本当にすさまじい数です。
しかし、それほどの感染者もインドがもしカースト制度をやめると宣言するなら、それだけで感染者は減ってくるのです。そのような正しい心が感染を抑えるからです。(だから誰かインドに助言してあげてください。インドのモディ首相がカースト制度をやめると宣言されるなら、それだけで感染拡大は抑えられるとです。本当にそうなるからです)
よく考えてみてください。今これだけすさまじい感染拡大を続けているインドの新型コロナウイルスの感染を、止めるなどという発想が普通出てきますか?
そういう発想自体、出ては来ないはずです。インドなどこれだけの勢いで感染拡大が続いていてはです。
しかし、不思議なことに神理を知っている人なら出てくるのです。そのような発想がです。
だから釈尊でもキリストでも出て来られたということです。そのような発想がです。それこそ世界を滅ぼすようなことが起きてきても、それを解決出来る方法が心に浮かんでくるからです。神理を知っている人にはです。
そのような神理を知っている方々は教えてもらえるのです。世界を救う方法をです。
天からです。どれだけ窮地に陥ってもそこから救われる方法をです。
だからこのような時でも不思議とそういう発想が出てくるわけです。神理を知っている私などです。
そのようなすさまじいことが起きてくればくるだけ、不思議とそれを解決出来る方法が心に浮かんでくるからです。
天がそのように導いてくださるのでしょう。だから、そういうことも書いてしまう。
そういうところが、このブログを見ている多くの人たちとのギャップとなっているのでしょうが(あまりに書くことが現実離れしていて)しかし、心にぽっかり浮かんできたことはそれは天からの教えであり、本当にそれを行うなら鎮まるのです。災いはです。
どれだけその災いがすさまじいことであってもです。天から神の力も降りてくるからです。神理を説いている者にはです。
だから今回起きだしたこのすさまじい感染症もです。鎮める方法はあるということです。別にそれは科学的な面だけではなくです。心の面でもです。
だから物心両面が揃わないとダメだということです。このようなすさまじい災いを鎮めるにはです。
そうして、その心の部分が抜けているため、いま世界はこれほどの困難に直面しているということです。
大事な心の部分を無視して物質面だけで進んでいるからです。いま現在の多くの人たちはです。だから救われない。
人間は物質(肉体)だけではなく心があるからです。その心を救わないと本当に救われたことにはならないからです。
その心の面を救うなら物質面も救われていくということはあるのです。その物心両面を救うことが出来るのがこの正法神理なのです。
それなのに無視ですか……本当に愚かなことをしています。このブログを見ている多くの人たちはです。
しかし、その多くの人たちがこの正法神理の偉大さに気づかない限り、救われることはないのです。自分も、そうして世界もです。



人目の訪問者です。
