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12月 05 2020

恐ろしい事実

昨日は新しい方から布施をいただきました。

これから続々と増えて来ますかね。布施する人がです。(笑)昨日、恐ろしい事実も確認できたからです。

その恐ろしい事実とは昨日のことなんですが、昨日はまたどこかの会社が窓を閉め切って仕事をしていたのです。(一昨日に続いてです…今日も閉め切っていますが)しかし、中ではかなり怒っています。

こちらがブログを書いている最中もやはり音を立ててじゃまして来ます。なら窓など閉めても同じなのにと思いながら「また天罰を食らうぞ」「どれだけ天罰がくだったら分かるんだ」などといいながら、ブログを書いていました。

しかし、この連中に一体どんな病気が現れているんだろうと、何で最近はこれだけビビってんだろうと不思議だったんですが、昨日その病気がはっきり分かりました。

というのも、昨日でもそうですがこの連中やたら癌という言葉を気にするのです。ちょっとそれらしいことをいうと(癌になっているのかとかいうと)すぐにガンとかやってきます。

それで「何だやっぱり癌が止まらないのか」といったら、ガシャーンとかやって凄い怒りようをしたのです。

それで分かりました。やはりそうだったんだなと、この連中、最近はその癌になる人が続出しているのでしょう。(まあ、コロッと逝っている人も混ざっているのかもしれませんが)

だから窓を閉め切りビビりながら、それでも怒っているのです。癌になる人が(前以上に)ドンドン増えているからです。

怖いが、おとなしくもしていられないとそんなところでしょうか。

だとしたら、ずいぶん恐ろしいことをしているのですが、しかし、どこも同じなんでしょうね。きっとです。この辺りはです。

だからこの辺りの多くの会社や現場が毎週、激しく怒ったりドン引きしたりしているのです。

次々に癌になる人が出ているからです。

その癌になる人のペースがドンドン上がっている、だから極端な態度を皆が取っているのでしょう。それではあまりに怖いからです。いつ自分にも癌が出るか知れないからです。

だとしたら、ずいぶん恐ろしいことです。そんなことが本当に起きているのならです。でも起きているんでしょうね。この辺りはです。

それはこの辺りの多くの人たち(会社や現場)の態度を見れば分かるからです。怒り方といい、ドン引きの仕方といい、本当に極端であるからです。

何か相当怖いことでも起きていなければ、それだけ極端な態度も取らないと思うからです。

しかし、本当に恐ろしくはないのでしょうか。そんなことが起きている人たちはです。

だって、周りに次々に癌になる人が出るのです。普通であるなら怖くて仕方がないはずですが、しかし、不思議なことに現代の人たちはそれを怖がらない。そういう恐ろしい現象を人のせいにして、なんと怒っているというのですから、あまりといえばあまりの態度でしょう。

本当に驚きます。していることがあまりにずれているからです。

普通であるならです。(というか、昔の人ならです)もうそんなことが周りに次々に起きてくるなら、恐れおののいて「へへー」となって「お助け下さい」くらい合掌していうはずだからです。(それが当たり前の態度なんですが…)

なのに、現代の人たちはなんとなんと大人から子供まで平気でいて(表面上は)それはお前のせいと怒りまくって嫌がらせしてくるというのですから、これだけ驚く態度もないわけです。

明らかに自分たちの態度が間違っているのに(すさまじく恐ろしい態度を取っているのに)それには全然気づいていないからです。

一体、現代の人たちはどこまでずれているんだろうと、そう思うわけです。こちらとしましてはです。

だからもうそういうことが起きているのならです。起きている人たちなど真剣にきいてはどうでしょう。私のいうことをです。

私のいうことを無視していることが(逆らっていることが)このような恐ろしい結果となって現れているからです。

昔から神理を説いている者のいうことは皆きいたのです。だから救われていったのです。

神理を説いている者は人が救われる正しい道を伝えているからです。だから奇跡も起きるのです。神理を説いているということは、それだけ神の心に通じているということであるからです。

だから、その神理を説いている者のいうことをちゃんときく人はみな救われたのです。その神理を説く者のいうことこそ真に人が救われていく神の道であったからです。

しかるに今生の人たちは、ほとんどの人がその神理を説いている者のいうことをきこうとしない。きかないどころか、平気で逆らっている。(ここらの子供らは平気でバカにしている)

それでは恐ろしいことも起きてくるでしょう。

神理を説いている者を軽(かろ)んじて逆らうくらい悪いことも(間違っていることも)ないからです。

それは神を軽んじ逆らっているのと同じであるからです。

まあ、現代の人たちは、その神を認めようとしないのですから、そういう不遜な態度も平気で取れるのでしょうが、それでまだ分かりませんか。

そういう態度が明らかに間違っているとです。だからこれほど恐ろしいことも起きてくるとです。

この辺りの人たちなどこれでもまだ分からないというのであればです。もはやずれているという言葉では足りず、頭がおかしいと、気が狂っているとしかいいようがないのですが、そこはどうなんでしょうか。

特に次々に周りに癌が現れている人たちなどはです。(もう分かるでしょう。そういう人たちはです。自分たちがどれだけ怖いことをしているのかはです)

神理を説いている者は昔から多くの人から尊ばれ、その言葉はどれだけ有難いか知れないのです。(神理を説く者など数百年、数千年に一度しかこの世に現れないのですから、それは有難いでしょう)

それを軽んじている。だから、これほど恐ろしいことが次々に起き出すのです。神理を説いている者に対する態度を今生の人たちはあまりに知らないからです。

その知らないの度が過ぎているからです。

しかし、どちらにしてもそのような恐ろしいことが次々に起きていることは事実なのです。だから、そのようなことが起きているところは、今のままでは、その恐ろしい現象はまだまだ現れ止まらないということです。

神理を説いている者に対する態度(心と行い)それを直さない限り、その恐ろしい現象は止まらないからです。

それでも変えないのですか。自分たちの態度をです。

もし、これまでの態度を悔い改めるなら、そのような災いは止まり、神理を説いている者に感謝の布施を快く出来るようになるなら、今度はその災いから守られ奇跡も起きてくるのです。

自分たちが悪いのです。自分たちの態度が間違っていたのです。だからこれだけ恐ろしい現象も起きてくる。それだけ大きく自分たちが態度を間違えているからです。

いま現在は、これだけ起き出したこの辺りの天罰だけではなく、新型コロナの感染も止まりません。しかし、神理を実践するなら、天罰がくだらないだけではなく、その新型コロナからも守られるのです。

このような時代となっています。(次々に不幸が現れてくる)悔い改めませんか。自分たちの心と行いをです。

そうすれば今度は大きな幸福がやってくるからです。そのような大きな幸福を呼ぶことが出来るのが、この正法神理だからです。

追伸…これだけ新型コロナの感染者が増え、病床が逼迫して崩壊寸前の病院まで出て来ているにもかかわらず、何とまだGoToキャンペーンをやめるどころか、延長するらしいですね。

日本政府はです。

気は確かですか。それだと感染者がドンドン増えて来ませんか。日本中にです。

だから、政策転換してはどうでしょう。GoToで人を動かすのではなく、人を動かさない方にです。

半年なら半年、一年なら一年と決めてでいいですから減税(消費税など)補償、給付とそちらの方にです。

政府はいくらでも自国通貨(円)が出せるからです。(何の借金もつくることなくです。くどいくらいそこはいいますが)

現金さえ出せるのならやれますよね。これらの政策はです。全部現金があるなら出来ることであるからです。減税や補償や給付金などはです。

それらを政府が保証し行ってくれればいいのです。それをしてくれるなら国民は誰も政府に逆らわず、政府が自粛要請するならみな従うからです。

そこらへんは他国と比べ素直であるからです。日本国民はです。(その分、神理には逆らいますが。〔苦笑〕)

だから、これだけの疫病が流行っているのですから、それが流行っている間は自粛した方がいいでしょう。

ワクチンだ何だといっても、こんな疫病にかかってしまったら、どういう症状が出るか知れないからです。後々までです。

とにかく、いま現在はこちらなど新型コロナだけではなく天罰もすさまじくくだっていて大変な状況なのです。(ですよね。くだっている皆さんはです)

そういう時に政府が正しい政策を行ってもらわねば、よけい不幸になる人が増えます。

だから、こういう状況なのです。日本政府には正しい政策を(この状況にあったです)ぜひ行ってもらいたいものです。

そうしないとあまりに日本政府が間違った政策を推し進めるようならです。その日本政府にまで天罰がくだりかねないからです。

日本政府に天罰がくだってしまっては日本全体が麻痺(まひ)してしまいます。

だから、くれぐれもです。日本政府には正しい政策を行っていただきますよう伏してお願い申し上げます。

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12月 04 2020

心は知っている

昨日はまた金山の方を回って来たんですが、かなり怒っていましたね。電車の運転手連中などです。

もう止まりそうなんですかね。電車がです。(苦笑)あまりに天罰がくだりすぎてです。

この近辺もそんな感じなのです。もう止まらないんですって、この近辺などほとんどのところがドン引きしていますから。どこも怒りまくっていたのにです。

あの金山にいく途中のずっと嫌がらせをし続けていたところも、先週は久しぶりに嫌がらせをしてきたと思ったら、今週はまたドン引きしていました。どこも怒れば怒るだけ出るんでしょうね。

天罰がです。

だからもう私のいうことに従って詫びを入れて、感謝して布施しなさいって。

嫌がらせをしていたところの天罰を止める方法はそれしかないからです。

そういう正しい態度を取るならです。天罰が止まるだけではなく、前回書いたような心から無上の喜びがわいてくる人もいるはずだからです。

その時はじめて分かるのです。ああ自分は大変な間違いをこれまでしていたのだとです。心がそれを教えてくれるからです。

正しい行いをするなら分かるのです。正しいことがです。しかし、間違った態度しか取らないから正しいことが分からないのです。いつまでたってもです。

だから災いも起き続ける。態度を間違えているからです。

すべて心が教えてくれるのです。多くの人は、その心の声をきこうとしないからいけないのです。

例えば、自分が悪いことをすれば自分の心はどうなるでしょう。

自分が悪いことなどすれば心はざわついて落ち着きがなくなり、自分はなんて悪いことをしたのかと、自分くらいダメな奴はいないと、そのような思いが心から上がって来て落ち込むのではないですか。

表面上はともかくです。心の内では、そのような思いが上がってこない人などいないはずです。

では、よいことをした時はどうでしょう。

逆によいことをした時など、自分の心は喜び安らいで、自分はなんてよいことをしたのかと、自分くらいよい人間はいないと、誇(ほこ)らしい思いが上がってくるはずです。

何でこういうことが起きるのか? ということです。

それは心は知っているからです。何が正しくて何が間違っているのか、ということをです。

だからそのような思いが誰も上がってくるのです。心は自分のしていることの善悪をみな知っているからです。

だから、心に問うてみれば分かるのです。いま自分がしていることは正しいのか間違っているのかはです。

しかし、このブログを見ている多くの人が、そのようなことをしない。ただ頭で考えたことを(感情に任せて)そのまましているだけ。だから、こんな悲惨な結果になるのです。

そこらじゅうで天罰がくだって病人が続出している、このようなひどい結果にです。

自分のしていることを自分の心に問うて、自分の行いを顧みないからです。

私が心のことをこれだけ書いているのです。ソロソロその心のことをもう少し詳しく理解されてはどうでしょう。

そうしないとこれだけもったいない話もないからです。わざわざあちこちいかなくても、心が教えてくれるからです。

正しいことをです。

だから、心が喜ぶことをすればいいということです。それが一番正しいことであるからです。

怒ってばかりいて心が喜びますか? 人の悪口をいったり嫌がらせなどしていて心が喜ぶのですか? あるいは仕事や遊びばかりしていて、それで心は喜ぶのでしょうか?

そのどれも喜ばないと思いますよ。やれば分かるからです。そういうことをしながら、自分の心の声に耳を傾けてもらえればです。

では、何をすれば心が喜ぶのですか?

昨日も書きましたが、やってみれば分かるのです。この神理に対する布施でもです。そうすればどれだけ心が喜ぶか知れないからです。

なぜなら、神理を実践するくらいの善行はないからです。一番の善行が神理に協力することなのですからしてみれば分かるのです。それをするなら、どれだけ自分の心が喜ぶのかがです。

ということは、それだけ正しい行いもないということになります。

こう考えてみれば分かるはずです。自分たちが(本当に)求めていたものは一体どこにあるのかとです。

それは有名な神社や仏閣、あるいはパワースポットなどにあるわけではないのです。

自分が本当に求めていたものは、実は一番身近な自分自身の心にあったのです。

わざわざ、そんなところにいかなくても、思えば(祈れば)自分の心が教えてくれるからです。すべての事の善悪をです。

それがまだ分かりませんか。このブログを長く見ている人たちなどです。私がこれだけ心の大事さを説いているにもかかわらずです。

それがなぜ分からないのか?

それは実践がないからです。その一点に尽きるのです。

前回の話ではありませんが口だけではダメなのです。頭で分かっているだけではダメなのです。行って初めて分かるのです。

心の偉大さ、心からの真の思いはです。

だから後は神理を実践するだけなのです。実践すれば分かるからです。ここに書いていることがいかに正しいのかはです。

神理の実践、それをするなら分かるのです。この正法神理の偉大さがです。しかし、それをしないからいつまでたっても分からない。

本当に分からないままでいいのですか? それだけもったいなく残念な話もないからです。

(特にこの辺りの人たちなど、神理を実践しない限り天罰は止まりません。天罰が止まらなければ新型コロナの感染も止まらず、そのかわりに〔かわりにというのも変ですが〕電車が止まってしまうかもしれませんね。この辺りなどです。本当に前代未聞のことが起きかねないのです。いつまでたっても神理が分からない人が多いとです)

追伸…しかし、新型コロナの感染が止まりませんね。やはり勝負の三週間はあまり勝負にはならないようです。(中途半端ですもんね。やっていることがです)

それで大阪などついに「赤信号」がともったらしいですね。新型コロナの警戒度のです。

大阪は新型コロナの感染者が増えすぎて通常医療との両立が危機的状況にあるとか。二重行政の無駄などと普段から唱えていたつけが出ていますよね。もろにです。

病院や保健所を減らすなど今考えると気違い沙汰なんですが(だからそういうものはすべて無駄ではなかったということです。無駄ではなく予備として余裕を持たせておかなくてはいけないものであったということです。このような非常時の時のためにです)だから長が(知事や市長が)間違った考えているとこういうことになるのです。

ひどい状況が必ず現れるということです。これもまた天罰の一つですね。

しかし、そのような天罰は神理を実践すれば止まるのです。まあ、この辺りは全然止まっていませんが、私に天罰がくだらないのがそのよい例でしょう。

私のように正しい行いをしている者にはこちらでこれだけくだっている天罰もくだらないのですから、それが何よりの証拠です。

正しいことをしている者には天罰などくだらないというです。

まあ、昔からです。間違ったことをしている人たちに天罰がくだったのですから、それは歴史が証明しているということになるのですが、そうであるならです。

新型コロナも止まらないのですかねえ。新型コロナも天罰と考えるならです。

やはり神理の祈りと実践は効き目があると思うんですけどね。この新型コロナに対してもです。

まあ、このブログを見ている多くの人たちは信じませんが。(苦笑)

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12月 03 2020

本当の使命 探し求めていたもの

昨日よい話をききました。

そのよい話とは、昨日はまた月に何度か布施してくれる大阪の方から布施をもらったのですが、その時もらったメールに書かれていた話なのです。

そのメールによりますと、この方はこれまで生き甲斐というものを感じたことがなかったそうです。

そういう方がです。この神理に布施してみて徳積みという生き甲斐を得ることが出来たというのです。

それでありがとうございましたというメールをもらいましたので、そういう心になられたことが一番よかっですね、というメールを返しておきました。

この大坂の方のような心になるのならです。こちらの人たちも天罰がくだるということもないのですが、昨日も怒っている人が多かったです。

どこかの会社などもう窓を閉め切り、中でごちゃごちゃ怒っているようなのですが(また電話が入り怒り出しました)しかしもう怒ってどうにかなるものでもないですし、そういう天罰ばかりくだっている人たちは、この方を見習って神理に布施する喜びをかみしめてみてはどうでしょう。

そうすれば段々と天罰は起きなくなり救われてもいくからです。

このブログを見ている人たちは、いってみるなら神から選ばれた人たちといってもいいのです。だから神理を知ることが出来るのだし天罰も現れてくるのです。

自分たちは神から選ばれ神理を知ることが出来る特別な人たちであるからです。

その神から選ばれた特別な人たちが神理を実践しようとしないのです。

それでは神の業も(天罰も)現れて来ます。それでは神との約束を果たせないからです。そうして選ばれておいて(もちろん自分が望んでです)自分は知らないもないからです。

だからやってもらえば分かるのです。神理に対する布施でもです。

そうすれば分るからです。自分の本当の使命がです。

そういう人たちが、この神理に協力するならこの大坂の方と同じような思いが上がってくるはずであるからです。

この大坂の方もそうですが(もちろんウナッシーさんもそうですが)このブログを長年見ている人たちなど皆そうなのです。

神理と縁が深く、自ら望んでしっかり神理を勉強してきます、拡げてまいりますと、神に誓ってこの世に出て来ている人たちばかりなのです。

だから、このブログを読みたくなるのだし、このブログを読んでいる人たちの中には、もうこのブログが読みたくて読みたくて仕方がないという人もいるはずです。

そういう心が強ければ強いだけ、神理と縁が深く、また神と強い約束をして来ているのです。この神理流布のです。

そういう人たちが神理の流布を一切しない。だからいいことも起きて来ないのだし、またこの大坂の方のようにしっかりした生き甲斐を持てない人もいるわけです。

自分の本当の使命をこれまで果たしてこなかったからです。

そうであるなら何をしても満足しないし面白くもないわけです。自分の本当の使命を果たさなければ、心は満足しないし、それでは生き甲斐など出てくるはずがないからです。

心を満足させ生き甲斐を感じるには、自分の本当の使命を悟り、それを行う以外ないからです。

だから、この大坂の方はです。ようやく自分の本当の使命と巡り合って、そうしてその使命を果たすことが出来たのです。だから、そういう生き甲斐が心から出て来たのです。

神理に対する布施という自分の本当の使命をやっと果たすことが出来たからです。

だから、このブログを長く見ている人たちの中にはどれだけ仕事をしても、また好きな遊びをしても、何か物足(ものた)りないと、心が満足しないと、そういう人もいるはずです。

または、このブログを読んでいたらよくないことが起き出したと、そういう人もいるはずです。

まあ、この辺りの人たちのように、私に散々嫌がらせをしてそれで悪いことが起きているというのなら、それは天罰なんですが、そういうことをしてもいないのに、わりと自分は好意的にこのブログを見ているのに、それでも悪いことが起きてくるという人など、その何をしても物足りないという人と同じで、実はそれは気づきの現象なのであり、そういう人たちはこの神理に布施してみれば分かるのです。

その心の物足りなさ、そうして何でこのブログを見ていると悪いことが起きるのか、その理由がです。

この神理に協力すれば分るのです。そうすれば、心の中から無上の喜びがわいてきて、これまで自分が探し求めていたものはこれであったのだと、これをしなかったから悪いことが起きて来たのだと、分かるからです。

だから大阪の方も同じなのです。ご自身では気づいていませんが、やっと自分の探し求めていたものに巡り合ったのです。それが神理に布施してみて初めて分かったのです。

自分がこれまで何を求めてさまよっていたのかがです。そうしてその(心で)求めていたものはこれであったのだとです。

だから、生き甲斐を感じることが出来た。

神理に巡り合い、その神理に協力することこそ、自分自身の本当の使命であったからです。そうして、その使命を悟り行うことが出来たからです。

このブログを見ている人たちは実はこの大坂の方と同じような人が多いのです。

だからこのブログに引かれるのであり、だからこのブログを読み続けているのであり、だから悪いことも起きてくるのです。

自分の本当の使命と巡り合っているにもかかわらず、その使命を果たそうとしないからです。

だからやってみれば分かるのです。これまでなんで心が物足りなかったのか、満足しなかったのか、そうして悪いことばかりが起きて来たのかがです。

すべてそれは気づきの現象であったのです。それは自分が自分自身の本当の使命に気づくための導きであったのです。

それはやれば分かるのです。

しかし、やらない。だから、分からない人たちばかりなのです。迷っている人たちばかりなのです。このブログを見ている多くの人たちはです。

ここに書かれている神理を実践しないからです。

実践しないと分からないのです。実践しない限り、心の喜びは上がっては来ないからです。見ているだけでは心の喜びは感じないからです。(このブログを読むだけ読んで多少は満足してもです)

だから、何も起きないし、何も変わらない。やらないからです。

だから私は感謝して布施してくださいといい続けているのです。それをすれば分かるからです。

どれだけ神理が有難いものであるのかがです。布施を実践するだけで(報恩の行為をするだけで)それが分るのです。

それをするなら、心の中に無上の喜びがわいてくるからです。

それだけでも有難くはないですか。そんな無上の喜びなどそうは体験できるものではないからです。

しかし、神理に対し心から感謝の布施をするなら、そういう無上の喜びが体験できるのです。

では、これだけ有難い話もないでしょう。布施するだけで無上の喜びが得られるというのですから。

しかし、いま現在は多くの人たちが、するだけで得られる幸せをわざわざ放棄し続けているのです。

これだけ不幸な話もありません。だから不幸が起きるのです。多くの人が自ら進んで不幸なことをしているからです。

不幸な行いをしている限り不幸は止まりません。

やってみれば分かるのです。神理に対する報恩の行為をです。

一度してみませんか。報恩の行為をです。そうすれば自分の本当の使命も分かるからです。

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12月 02 2020

神に逆らう許されない態度

もう出まくっていますね。天罰がです。(ほんと恐ろしことです)

あちこちで怒りまくっているからです。

昨日は堀川の方を回っていたんですが、あの辺りは静かだったんですけどね。そこから六番町の辺りを回ると大きな現場や会社がいくつもあって、そこらもやはりどこもドン引きしていました。

少々(引き気味に)怒っていた現場があったので「もう感謝して布施しろよ。そうしない限り天罰は止まらないのだから」と散々いったのですが、納得いかないのか、そのような小さな音での嫌がらせをやめようとはしませんでした。

しかし、そこはずいぶんキレていたところなのです。そこがもう全然キレることが出来ない。よほど天罰がくだっているのだなと思い「まだ分からないのか。昔の人たちは神理などきけばみな感謝して布施してくれたの。だから救われたの。それなのに現代の人たちはそういうことを一切しないのだから、しないどころか嫌がらせまでしているのだから、そんな態度が許されるわけがないだろう。昔だってそんな態度を取っている人はみな罰が当たったのだから、現代の人たちが当たらないわけないだろう」とこれまた散々いったので最後は静かになっていましたかね。

いい加減理解してくれればいいのにです。私のいうことを理解し、それを行ってもらわない限り、絶対に天罰は止まらないからです。

それで「いい加減に感謝して布施しろ、そうすれば自分も助かって神理も広がるのに」などとブツブツいいながら帰ってきたんですが問題はそこからなのです。

そこから家までの間の会社の連中がもうそこらじゅうで怒っているのです。あっちでゴン、こっちでガンガンガン、向こうでブシュ―とあちこちから音がきこえて来ます。

「オイオイ、そこらじゅうで怒っているじゃないか」と思って「もうそこらじゅうで怒ってるぜ。そんな神理をきいていて感謝もせず嫌がらせしっぱなしで、それで許されるわけがないだろう。詫びを入れて感謝して布施しろ。それ以外その天罰を止める方法はないのだから」と怒っているところにそればかりいっていました。

もうそれ以外、いうことはないからです。

詫びを入れて感謝して布施しない限り、絶対に、絶対に、絶対に、その天罰は止まらないからです。

神理に逆らい、無視を続けている限り、その天罰はドンドン増えるからです。それだけ不遜な態度もないからです。

だから、私のいうことを無視して、そんな嫌がらせをし続けている人たちは残念ではありますが、まだドンドン周りに現れてくるのです。そのような天罰はです。

止まりませんよ。その天罰はです。そのような(許されない)態度を続けている限りはです。

だから昨日ように神理を説いている私に、露骨に不遜な態度を取った会社など今日も現れるんではないですか。そのような天罰(病人)がです。

そういう態度を取れば取るだけいくらでも現れてくるからです。天罰はです。その神に(神理に)対する許されない態度を反省しない限りはです。

現にそれだけ毎日のように天罰が現れているところがあるからです。(もちろんどこかの会社なんですが、今日も朝からずいぶんお怒りです。ですが、私が音を立てている奴に「そんなことしていると自分に病気が出るぞ」と声をかけるとピタリとその音がやみました。人が病気になるのはかまわなそうですが、自分が病気になるのは嫌なようです)

だから嫌がらせなどして来た人に次々に天罰が現れているのです。それだけ恐ろしい態度もないからです。

神理に対し平気で逆らっている。

それでは神に堂々と逆らっているのと同じであるからです。

では、それほど恐ろしい態度もないのではないですか。神に平気で逆らっているというのなら、それこそ何を起こされるか知れないからです。神からです。

その恐ろしさを未だ理解しないのです。現代の多くの人たちはです。何度そのような天罰を食らってもです。それでも理解しない。

じゃいつするのか? という話にもなるのです。

もういい加減、理解しないといけないのです。神の存在も、神の恐ろしさも、その神に対する許されざる態度もです。

認めないといけないのです。それだけ多くの神の業がすでに現れているからです。(何度でもいいますが、人ではこんなこと起こせません。目には見えませんが、そのような存在を認めるしかないのです。このように現れてくる力が〔エネルギーが〕神の存在を現しているからです)

特にこの辺りの人たちは、これだけ多くの天罰が(神の業が)くだっているのです。(しかも次々と)ということは、それだけ多くの神の慈悲が現れているということになります。(神の愛や慈悲が現れていなければそんなこと起きませんから。そんな気づきの現象などです)

それだけ神が愛を現してくださっているのですから、その神の愛に早く気づいてもらいたいものです。

それは、この辺りの人たちばかりでなく、このブログを見ている人たちはです。

このような体験談など(これ本当に起きていることですから)どの人が書いたブログにも書かれてはいないからです。

このブログを見ている人だけが知る、本当の神の愛と慈悲が現れる現象であるからです。

そういうことを知ることが出来る有難さを(何度もいいますが、有難いとは有ることが本当に稀であるということですから。こういう体験談をきけることがどれだけあり得ないことか、その有ることが大変難しい有難さを)もう少し(というか、もっと凄く)理解してもらいたいものです。

そうすれば感謝の心も出てくるからです。また、そういう(感謝する)心がもっともっと出て来ない限り自分が救われることもないからです。

そのような神の愛ある現象が昨日も私には現れていました。

昨日堀川にいって堀川沿いを歩いている時のことでした。

私が川を眺めて、相変わらずカモメがいないなと思いながら(一羽もカモメが堀川にいなかったものですから)「お前らまだカモメは来ていないから顔を出せ」と川の中にいる魚たちに声をかけていると、どこからか二、三羽のカモメがこちらに飛んできました。

あれ、カモメがいるのかと思い「おう、お前ら来たのか」と声をかけました。すると後から後からカモメが飛んでくるではありませんか。

そのカモメたちは、どうも横の白鳥公園の中にある池にいたようで、それで私の声をきいてこちらに飛んで来たようなのです。

十数羽のカモメたちが私の上空をグルグル飛び回っていました。「久しぶりだな」と声をかけるとよけい嬉しそうにそのカモメたちは飛び回っています。

それで白鳥公園の中の池にいってみるとずいぶんいましたね。数十羽のカモメたちがです。

「何だたくさん来たじゃないか」と思って「お前ら元気か」と声をかけるとバタバタ羽をばたつかせるカモメや池の中でまたバシャバシャやっているカモメもいて、みな嬉しそうでした。

そうして少し向こうの木にもやはり数十羽のカモメたちがいて、そのカモメたちは大きく飛び回って、こちらに嬉しそうに飛んでくるカモメも何羽もいました。

みな喜んでいるのが手に取るように分かります。

本当に楽しいですよ。この正法神理を実践しているとです。次々に愛ある現象が周りに現れてくるからです。

ずいぶん違いませんか。神理を無視している人たちと私とではです。

神理を無視し逆らっている人たちは、いつ病気になるのかとビクビクし、神理を実践し従っている私は、このような神の愛ある現象がどこにいっても現れる。

ずいぶん違うのではないでしょうか。起きてくる現象がです。

何度もいいますが、神理に従っている私の周りには天国の世界が、そうして神理に逆らっている人たちには地獄の世界が常に現れているのです。(コロナ禍もそうですから)

私のような稀有な経験をこのブログを見ている多くの人たちも体験してみませんか。私と同じことをするなら同じ現象が現れてくるからです。

それとも今のようにです。いつ病気になるのかとヒヤヒヤの人生の方がいいのですか? そういう人も中にはいるかもしれないからです。

そういう人生の方がいいという人はそれでも構いませんが、しかし、そのような人たちはその後、地獄行きというオプションまでついています。(苦笑)それだけ不幸な人生もないのです。

もう神を認めて、神に対する許されない態度を改めたらどうでしょう。それを悔い改めるなら(そうして、この福音〔神理〕を信じるなら)これからの人生も大きく変わってくるからです。

どれだけ愛ある人生を歩めるか知れないからです。

そういう体験をしている者がここにいます。やってみませんか。私と同じことをです。そうすれば少なくとも今のような不幸からは(こちらの天罰だけではなくコロナ禍からも)逃れることが出来るからです。

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12月 01 2020

中途半端

今日から十二月で師走ということですが、今年は全然様子が違いますよね。

いつもの年とはです。もちろん新型コロナがあるからです。

その新型コロナの感染者の全国の重症者が過去最多を更新し続けているようですね。

この二週間で重症者が倍近く増えているそうではないですか。感染者が増えれば重症者が増えてくるのも当然といえば当然なんですが、しかし、重症者が増えてくるとそれこそ医療崩壊が起きかねません。(重症者病床はどこも少ないですから)

医療現場の逼迫度がずいぶん増して医療崩壊がドンドン近づきつつあるようです。

それとともに自治体も大騒ぎで、とにかくこの新型コロナの感染者を止めないことにはどうにもならないでしょう。

この感染拡大を止めなくては何もかも追っついては来ないからです。

しかし、こういう逼迫した状況にもかかわらず、これから三週間が勝負とかいわれている割には中途半端な感染対策しか出て来ませんよね。

少しばかりのGoTo除外や飲食店の時短などして一体どれだけ効果があるのでしょう。しかも、その時短要請の飲食店にわずかばかりの補償しか出さない。

大丈夫ですか。こんな感染対策では下手すると感染者は減らずにドンドン増え、そうして、わずかばかりの補償で飲食店に時短を要請するのですから、飲食店の倒産までドンドン増えて、そっちの方のダブルパンチになりませんか。

飲食店などこの時期は一番のかき入れ時だからです。その一番のかき入れ時に時短など要請するのです。

これではよけいひどい状況になりませんか。あまりにやり方が中途半端であるからです。どちらにもです。(感染対策も時短要請も)

どうします。勝負の三週間とかいわれていますが、一つ間違うと地獄の三週間になりますよ。こんな中途半端な感染対策ではです。

三週間後、終わってみたら感染者はまったく減らず、増えたのは飲食店の倒産だけだったなどということになったら、悲鳴どころか、今度は怨嗟(えんさ)の声が巷にあふれます。

そこらへんお分かりなんでしょうか。政府のお歴々はです。

勝負とかいっているだけでこんなの何も勝負していないでしょう。ふざけるなという話にもなりますよね。我々国民に取ってはです。

だから、時短要請するならするで、せめて補償だけでもしっかりしてもらえませんか。いくらでも金を出せる日本政府がです。(自治体はもう出せる金がないのですから)

その時短に協力してくれた店にはです。

そうすれば、少なくとも片方の地獄は(倒産地獄は)起きなくて済むからです。今すぐ出せる予備費が(七兆円)まだあるからです。(今日の中日新聞の社説にもそのことが書いてありましたが……最近の中日新聞はたまにいいこと書いています。たまにって。〔苦笑〕)

しかし、政府が口だけならです。多分、悲惨な結果にしかならないと思うんですけどね。こんな勝負の三週間ではです。

それこそ今回の勝負の三週間の時短要請で年を越せなくなった飲食店が続出し、正月前に倒産するところが続出などという超悲惨な結果となるかもしれないからです。

だからとりあえずです。補償の方は政府が責任もってすると確約してもらえませんか。そうすれば皆、喜んで時短に協力するからです。こんな時に(新型コロナが拡大している)誰だって店などやりたくはないからです。

皆、生活がかかっているから仕方なしにやっているだけだからです。

飲食店がみな時短にしっかり協力するなら、それこそ感染も減るのではないですか。だから、政府が補償の方だけしっかりしてくれるだけで、もっとまともな感染対策が出来るのです。

それをしないから、こんな中途半端なことになるのです。すべてのことにおいてです。

政府が金を出すならすべて丸く収まります。(医療崩壊から、自治体の揉め事から、時短から、人の動きから、何から何までです)

やってもらえませんか。日本政府が中途半端ではなくしっかりとしたことをです。(だからしっかり自治体に予備費を配って、後は各自治体でしっかりやってくれでいいのです)

そうすれば今回の勝負の三週間で勝利もつかめると思うからです。

しかし、政府が今のような中途半端なことしかしないのであればです。今回の勝負の三週間はもしかしたら地獄の三週間となるやもしれないのです。

追伸…コメントに来ていましたが、今度ウナッシーさんの娘さんが結婚されるそうで、本当におめでたい話ですね。

よいものですよね。皆に祝福された結婚などです。

まあ、私には遠い話なんですが(笑)それはともかくです。その反面、世の中には周りに祝福されない結婚もあります。こういう結婚は同じ結婚をするにせよ、あまりおめでたくはありませんよね。

だからどうせ結婚するならです。おめでたい結婚をしたいものですが、そのおめでたくない結婚など様々な理由があります。

例えば、親の反対を押し切って結婚するとか、周りの迷惑も考えず結婚するとか、そういう結婚はあまり祝福されませんが、しかし、最近の傾向としましては、周りはどうあれ本人たちが幸せならそれでいいだろうと、本人たちの自由だろうと、何でも自由の例の必殺(苦笑)左翼思想で無理やり結婚してしまうという例が多いようです。

最近はあまりききませんもんね。親が結婚に反対したからその結婚を諦めたなんて話はです。本人たちがいいならそれでいいと親もあまり反対しないようです。

それが最近の風潮であるからです。

それで不幸になっていれば(結局離婚して)世話はありませんが(だから周りの人がいるのにね。そういう不幸になってはいけないから周りの人たちがアドバイスするのに)例えばです。(これは例えばの話なんですが)

親がとても賛成できないような人と今回、自分の娘が結婚したいといって来たとします。

親や周りが、あの人はやめておけと反対するのですが(どう見てもその男はよい男ではないから)娘はききません。どうしてもその人と結婚すると言い張るのです。

こういう場合、どうしたらいいのかということです。

普通であるなら(最近の風潮であるなら)娘がいうなら仕方がないと、そういうことになるのでしょうが、しかし、そういう時でもです。

うまく娘が自然にそういう悪い男とは別れていくという方法があるのです。この正法神理ならです。

だから、こういう時に神理を知っている人なら(親なら)です。まずそれをするということです。そうすれば娘は、そんなおかしな男に引っかかることもなく、あとあと幸せな結婚が出来るからです。

その方法とはです。何のことはない「自分たちの行い」それだけなのです。

その自分たちの行いを反省するわけです。

そのようになった原因は実は娘にではなく、自分たちにあったと分かるからです。神理を知っている親ならです。

だからまず自分たちが結婚をする時にどうであったのか、ということを考えるのです。神理を知っている親ならです。

自分たちが結婚する時に周りに迷惑をかけなかったのかと、それを反省するわけです。

そこらへんに原因があるから、娘が結婚する時に自分たちが困るようなことが起きているからです。自分たちが結婚する時に同じように周りに迷惑をかけたのです。だから今、目の前に同じことが起きてくる。

つまり因果応報ということです。

原因結果の法則は必ず作用します。だから、そういう時に自分たちに困るようなことが起きてくるということは、同じような時に自分たちも周りに迷惑をかけていたということなのです。

だから、同じような体験を今度は自分たちがしなくてはいけなくなるのです。そのことを反省していないからです。

そのことを反省していたのなら、そういうことは起きては来ないからです。

だから、自分たちが結婚する時のことをしっかり反省するのなら(自分たちが勝手して申し訳なかったとです)そういう問題は自然に解消していくのです。

そういうことを神理を知っている親なら分かりますので、それを反省するわけです。そうすると娘は、そういうおかしな男とは自然に別れ、今度は皆が賛成するようなそんな男と結婚することになるということです。

何度もいいますが、原因結果の法則は必ず作用するからです。その悪い原因が取りのぞかれれば、今度はよい結果が必ず現れてくるからです。

今回、たまたまウナッシーさんの娘さんが結婚されるということでこういう例を挙げましたが、こういうことを考えましてもです。

神理を知っているのと知らないのとではずいぶん違うでしょう。神理を知らないのではこういう問題が起きたら、それこそ娘さん夫婦との間に一生わだかまりが残るかもしれないからです。

しかし、神理を知ってよく実践できるなら、みな幸せになれるからです。

だから神理は知らないといけないと、そういう話でした。(笑)

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