12月 24 2018
万物の霊長
今年も、もう終わりですね。
今日はクリスマスイブですが、いつまでも不幸でいるより(特にこの辺りの人たちは)このイブの日に、早くキリストの心を知られ(もちろんそれは、この正法神理です)幸せになってはどうでしょう。
幸せになればなるだけ、また大きな幸せがやってくるからです。
しかし、同じように不幸になればなるだけより大きな不幸がやってきす。心を入れ替えるしかないのです。
それ以外で幸せになる方法はないからです。
そのような不幸を呼びこんでばかりいるこの辺りの人たちと、その心が違う私には何が起きているのか?
この前いった東山動物園でのことを少し書いておきましょう。
この前、動物園に行くと、前回いった時、ずいぶんなついていたサイは知らん顔をしていました。(苦笑)
ほんと行くたびにここの動物たちは態度が違います。(笑)そこらへんがまたかわいいところですが、この前いった時は今度はトラがよくなついていましたね。(トラやら、サイやら、オオトカゲやら、とても人になつきそうでないものがなついた態度を取る、この意外性がまたいいところですよね。この教えのです。〔笑〕)
私がトラの檻の前まで行くと、もう中にいるトラが私の方をジッと見ていました。
先に二、三人のオバちゃんたちがそのトラを見ていたのですが、そのオバちゃんたちを一切無視してトラが私の方にやってきます。そのトラは私の前までくると、急に知らん顔をします。
しばらくそのトラを見ていましたが(オイ、元気か、とか声をかけながらです)その檻の後ろ側にも小さな檻があって、最近もう一頭トラがきたとのことで、そのトラもいるのかなと思い、後ろの檻の方に歩いていったのですが、そうしたら、先に見ていたオバちゃんたちの「あの人のあとをついていってるよ」とか「あのトラあの人になついているね」とかいう声がきこえてきました。
横の檻を見ると、私の方を見ながらトラが私のあとをついてきていて、私が檻の後ろ側に回ろうとしたとたん、そのトラが檻の一番はしにきて(だから私が歩いていく前の辺りです)檻に顔をグリグリくっつけていやいやをしているような態度です。
私が帰るとでも思ったのでしょうか。だから私が「まだ帰らんから大丈夫だわ。後ろにいるトラを見るだけ」といっているのですが、その檻にいるトラは私の方を不安そうにジッと見ていました。
裏に回ってみるとたしかに裏の檻にもう一頭トラがいましたが、寝ているようなので、すぐに前の檻に戻りました。
そうしたら、中にいたトラがまた私の方に走ってきます。(狭い檻なのにです。〔笑〕)そうして私が檻の回りをちょこちょこしていたら(オバちゃんたちがあちこちで見ていたので)そのトラも私のあとをついて回っています。(そのトラのあとをオバちゃんたちがついて回っていました。〔笑〕スマホでそのトラを撮っていたみたいです)
あまりにトラがこちらに寄ってくるので、帰りづらくてしばらくそこにいましたが、そこにずっといるわけにもいきません。
しばらくいて帰りましたが「ソロソロ帰るわ」といって、その檻から離れると、ずっとそのトラは私の方を見ていました。
もう帰りづらかったこと、帰りづらかったこと、本当に後ろ髪を引かれる思いでした。(笑)
トラ一頭でもこうです。
そのトラの檻の下にフラミンゴがたくさんいる檻もあるのですが、そこに行くと、そこにいたフラミンゴたちが一斉に騒ぎ出して大騒ぎになり(あまりにうるさいんで「お前ら元気なのは分かったから、少し静かにしろ」とかいいながら見ていました)そこから少し行くとアシカやトドがいるプールやペンギンがいるプールもあるのですが、そこでもアシカやペンギンたちに騒がれて(笑)少し離れたところにいるワシまでバタバタ檻の中を飛びながら、ピィーピィー鳴いていました。(ワシの鳴き声も凄く大きいですよ)
もう私が行くと、動物園は大騒ぎです。(そこにいるすずめやサギまで鳴きだしますから。〔笑〕)
日によっては、パイソンなども走り回っていますし、オオカミもそう。そうしてライオンもガーガー鳴いています。(これはしょっちょうです)コアラも動き回っていますし、あのナマケモノまで動き続けています。(こういうのはすべて動画に撮ってあります)
本当の神の教えを勉強している者たちは、心が違うので(心に愛があるので)動物たちも態度が変わるのです。
どんな動物もかかわりなくです。どれだけ人になつかないといわれている動物もなつくのです。
なぜなら、私たち人間は万物の霊長であり、そのような生き物たちの長であるからです。
だから、万物の霊長である私たち人間は、そのようなすべての動物たちを愛で従えていかないといけないのです。(力ずくではなくです)
そういう使命も、私たち人間にはあるということです。
だから、愛は持てば持つだけよいのであって、そのような(どんな動物たちも従えさせる)深く大きな愛を持たなくては、万物の霊長としての使命もしっかり果たせないということです。
そういう深く大きな愛を持つなら、いらぬ不幸になることもないですし、次々に不思議な奇跡も起きてきます。
逆恨みをしている暇があるなら、間違った信仰など(唯物無神論、責任転嫁教とか、他の新興、既成宗教)さっさとやめて、この教えを勉強された方がいいでしょう。
そうすれば、それだけ深く大きな愛も持てるようになるからです。
とにもかくにも、正法の世はドンドン深まり、間違った(愛のない)心でいる人たちにはドンドン不幸が起きてきます。
こういう(愛ある)奇跡が起きている者が、実際にいるのです。
その者に逆らってばかりいるより、従ってはどうでしょう。そうすれば、その者と同じことが起きてくるからです。
追伸…今日の中日新聞に「岐阜県に種子条例」と題して、例の種子法廃止関連の記事が載っていました。
その種子法が廃止されたことによって、種子の供給に外資系などの企業の参入を招く恐れがあるため(これは本当に怖いことなのです。食の安全が脅かされる〔外資系企業に握られることになるかもしれない〕異常事態なのです。あまり騒がれていませんが)種子の安定供給を今度は(国ではなく)県が引き続き責任を持ち、市場任せにしないという条例を岐阜県が出すようです。
いいことですね。
この条例はすでに他県ではしているところもあるようですが、愛知県はしているんでしょうか?
していないのなら、当然やってもらわないといけませんよね。
私たちの食の安全に大きくかかわることであるからです。



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