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1月 05 2018

本当のご利益

今日からご近所の方々、仕事始めのところが多そうですが、もう凄まじい怒りようで……などという予想に反し、あれ?今日はずいぶん静かですね。

いつもの年とは違うようです。(全然です。これまでは毎年うるさかったですから。特にどこかの会社などです)

嵐の前の静けさでしょうか。(苦笑)そうならないよう今年は平穏に過ごしたいものです。(笑)

今日の中日新聞に「千客万来 福を求め」と題して「熱田神宮・初えびす  商売繁盛と家内安全を祈願する『初えびす』が五日、名古屋市熱田区の熱田神宮内の上知我麻(うえちがま)神社であり、縁起物の『一番札』や『福熊手』を求める人たちで未明からにぎわった。一番札は、この日に売られる札をいう。福熊手は、福をかき集める熊手。いずれも、手に入れると御利益があるとされる」という記事が載っていました。

そうしてたくさんの参拝客が、この一番札や福熊手を買っていったそうですが、残念ではありますが、こういうものをどれだけ買ったところでご利益があるわけではありません。

本当にご利益があるなら、こういうものを買った年は、買った人に確実によいことが起きないといけないからです。

しかし、こういうものを買ってよいことが起きる人もいれば起きない人もいるはずです。(というか、よいことが起きない人の方が多いのではないですか?)

では、こういうものを買っても買わなくても同じであるということになります。(縁起物とはいえ、それが現実なのです)

いつまでこんな迷信を信じているのでしょう。特に名古屋の人たちは、このような迷信をいつまでも信じているから病気になるのです。

本当のご利益がある教えがすでに名古屋に存在しているのです。

それを知っているにもかかわらず、その教えを無視しているから名古屋の人たちはよいことが起きないのです。

今のままの態度を続ければ今年は去年以上に悪いことが起きてきます。(それはそうでしょう。増えることはあっても減ることはないと思います。多くの人たちが名古屋に存在する本当の神の教えを無視し続けているからです。それでは天罰は当たり続けます)

昨日も一昨日もそうでしたが、人の顔を見れば嫌がらせをしていく人たちばかりです。本当に罰当たりな態度です。

本当のご利益がある教えを説いている者に(自分たちはその教えをきいているにもかかわらず)感謝もせず、嫌がらせをしているというのですから。

これで罰が当たらなければ何をしたら罰が当たるのでしょう。

いい加減、自分たちが間違ったことをしているために当たっている天罰を人のせいにするのはやめて、そのことを反省し、この教えに帰依されてはどうでしょう。

災いを祓い、本当の福を呼び寄せるにはそれ以外で道はないからです。

くだらない我をいつまで張り続けるのですか?それでは本当のご利益はいつまでたっても得られないのです。

(なんかやっと書いています。あんまり書くことが浮かんでこないからです)

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1月 04 2018

天上界からの通信

本当に今年はどうしたのでしょう。まったく浮かんできませんね。書くことがです。

ほんと初めてです。こんなこと法を伝えるようになってからはです。

去年までなら、ブログを書いた後もすぐまた書きたいことが浮かんできて、その日の夜には次の日に書くブログの半分近くを書いていたのです。(夜に一時間前後は書いていますかね)

そうして書いても朝また書き直すことも多いのですが(それだけいろいろ心から浮かんでくるということです)今年は全然ですね。

昨日の夜も、一昨日の夜も、その前も少し書いただけで、それもたいしたことが浮かんでこないので、無理やり書いているだけなのです。(今日の朝も昨日書いたことなどすぐに消してしまいましたし)

一日、二日、書くことがないということはままありましたが、今年に入ってからはまともに書くことが浮かんできません。(不安な気持ちばかりが強くてです)

こうなってつくづく思います。私はこのブログを書いていたのではなく書かされていたのだなとです。

よく考えてみればです。想像力もないし頭もたいしてよくない私が(自慢じゃありませんが勉強できませんでしたから。〔笑〕)こんなにものを書けるわけがないのです。

本を何冊か出したこともありますが(もちろん、高橋先生と園頭先生のことを書かせてもらいましたが)それもそうなのです。

急に心から「本を書きたい」「高橋先生と園頭先生の本を書かなければいけない」という強い思いがガンガン出てきて、どうしようもなくなってそれで書いただけで(本当に無理やり書かされています。天上界からです。〔笑〕)それがなければ(そういう思いに動かされなければ)私が本など書くわけがないのです。

それまで作文さえまともに書いたことがなかったからです。(小学校の時に作文や感想文など書いてもいい点数をもらった試しがありませんでしたから。それにそういうものを書くこと自体が大嫌いでしたから)

その私が、本を書いて毎日のようにブログまで書く、考えられませんね。(もちろんそれまで本だけは好きだったので、漫画から何からいろいろ本は読みましたが)

しかし、そのような私の使命もどうやら終わったようです。もう何も心に浮かんでこなくなったようだからです。

一日、二日のうちに南海トラフでも起きて、それで終わりでしょう。

日本の人々は、いつまでたっても法を無視し続け、それで神の怒りを買い滅ぼされたと、この後いわれることになるのです。

そのような出来事もまた法を知る上で(戒めの意味でも)大事な物語の一つであるからです。

……などということくらいしか書けないんですけどね。今の状況ではです。(本当に書くことが浮かんでこないものですから)

今日、明日くらいでソロソロ布施でもしていただけませんか?

そうすればまた書くことも浮かんでくると思うからです。(そのような行いが天を動かすからです)

まあ、そういう気もなさそうな人たちばかりです。(苦笑)では、どういうことが起きてくるのか見ていましょう。起きないと分からない人たちばかりであるからです。(この辺りなど起きても分からない人たちばかりだというのですから驚きますが)

そういえば今日の中日新聞に子供服の性区別を撤廃するような記事が載っていました。(イギリスでです)

男の子も女の子も同じような服を着せて、男女の区別をなくそうというジェンダーフリー思想のようですが(得意の男女平等ですね。〔笑〕)日本もこういうことに賛成する共産主義者は多そうです。

では、近いうちに日本でもこういう議論は巻き起こるでしょう。

「じゃあ、何のために男と女は別々に生まれてきているの?」と、そういうことに賛成している人たちにききたいくらいですが、このような人たちは神の心がまったく理解できないようです。(それでは神が男と女を別々につくられた意味がありません)

こういう人たちは男女平等の意味を完全に履(は)き違えているのですが、しかしそれも、法が拡がらないことには分からないでしょう。

今の時代は何んでもかんでも男女平等であるからです。(ほんと単純です)それが正しいと多くの人が思い込んでいるからです。

そういうバカなことを(履き違えた男女平等)推進していれば、いずれは不幸になると分かりきっているのですが、それも時間がたたないと(何年も何十年も)分かりません。

それで議論になるのでしょうが、哀れなものです。

神の心から離れた人たちはです。(アホみたいなことで議論しているからです)

しかし、日本の人たちもこの法を真剣に勉強しないというのであれば、いずれはそのようなアホみたいな議論を日本でもしなければいけなくなり、そんなことをしていればただでさえ悪いことが起きているのに、よけい悪いことが起きてくるということになります。(そんなくだらない議論などしていれば、神の心から離れている心がよけい離れてしまうからです)

その前に滅ぼされるのかもしれませんが(苦笑)まあ、そうなる前に何とか多くの人が神の心に気づいてほしいものです。

神の心に気づいた人から救われていくからです。

(ここまで書くまででもつっかえつっかえです。書くことがこれだけ苦痛だとは思いませんでした。〔これもまたブログを書き出してはじめての体験です〕皆さん早く心を変えてください。そうしないと天上界からの通信もちゃんと入ってこないようだからです)

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1月 03 2018

不安

北日本や北陸は大雪になっているようですね。

もし、このブログを見ている人たちがやる気を出すのなら、こういう天気などすぐによくなるのにそこは本当に残念です。

いつまでも多くの人が、法の勉強を真剣にやろうとしないばかりに日本中に悪いことが起きているからです。(もうずいぶん前からですけどね)

しかし、今年は何か変です。というか、よいことがあまり浮かんでこないのです。

いつもの年なら、この時期は心によいことがいろいろ浮かんでくるんですが(毎年そうなのです。今年はこういういいことが起きるかもしれない、ああいういいことが起きるかもしれないと期待しかないのです)それが今年は不安しか出てきません。

ずいぶんいつもの年と違います。私の心は天上界と連動しています。(だから、ここに書いていることなどがよく起きるのです)

その私の心に、この時期に不安しか浮かんでこないということになると、今年の天上界は何か非常に悪いことを起す方に舵を切ったということになります。

だから、暗い心にしかならないのでしょう。その天上界の心がそのまま私の心に現れてです。

まずいですね。今のままでは今年は本当に悪いことが次々に起きてくるのではないかと不安でなりません。

いつまでも、このブログを見ている人たちが心を変えようとしないからです。(どこかでキレますよね。いくら天使ばかりの天上界といえどもです。この世に出ている人たちがいつまでたっても自分の本当の使命を果たそうとしなければです)

東日本大震災や熊本地震が起きた年でも、年の初めからこうはなりませんでした。しかし、今年は相当不安です。

何かやる気ですね。(しかも相当なことをです)天はです。そうでなければ(私の心に)これだけ不安しか浮かんでこないなどということはないはずだからです。

しかし、東日本大震災や熊本地震以上の悪いことって一体どんなことがあるのでしょう。それ以外でも大雨や大雪、日照りに長雨、凄まじい台風などここ数年でどれだけ悪いことが起きたか知れないのにです。(よく考えてみれば、この数年の間、凄まじかったですね。そういう自然災害だけでもです)

もし、これまで以上の悪い年に今年がなるとしたら、本当に南海トラフを起こす気でいるんでしょうか?

はたまた富士山の大噴火ですかね。それともこのブログを見ている人たちの大半を病気にするとか(例えば癌とかです。こういうことはこの辺りではすでに起きていますから)一変に引き上げてしまうとかです。(あの世、実在界にです)

そういうことを天が起こす気でいるのなら、それは不安にもなります。このブログを見ている多くの人といよいよお別れしないといけなくなるからです。(本当に地獄に堕ちてもお元気で。今はもうそれしか送る言葉がみつかりません。〔涙〕)

今の私の思いが杞憂(きゆう)に終わればいいんですが、しかし、年の初めからこういう暗い気持ちになったことがこれまでありません。

何か嫌な予感がしてならないのです。

今年はやる気を出した方がいいのではないでしょうか。昨日も書きましたが、もし今年もこれまで通りのことしかしないのなら、今年は本当に(これまで以上に)危ないのではないかと思えて仕方ないからです。(この辺りはすでにそういう〔危ない〕ことが始まっていますから)

このブログを見ている人たちはずいぶん神の心に背き、不義理をし続けているのです。(もう何年にも渡ってです)

ソロソロお返しされてはどうでしょう。その不義理をです。

そうでないと、今年の年末の漢字は「悪」となってしまうかもしれないからです。(しかも最悪にです)

追伸…本当にそうなのです。

今年は初めから暗い心にしかならないのです。(だからあまりブログの内容も浮かんでこないのです。不安の方が先に来てしまってです)

こんなことは初めてですね。法を伝えるようになってからはです。

法を伝えるようになってからは、これまで年の初めは希望しかわいてきませんでしたから。そうしてブログの書くこともいろいろ浮かんできてです。

しかし、今年はブログの内容より不安しか浮かんでこないのです。

これは天上界で、このブログを書くことよりも(法を伝えることよりも)悪いことを現す方を優先している何よりの証拠でしょう。

だから、ブログの内容がまるで浮かんでこないのです。(このブログは天の心を書いているのです。その天が悪い現象を優先しているのなら書くことは浮かんでこないでしょう。不安しかです)

今年は何かやりますね。天はです。(例えば、私に縁がある人たちを次々に引き上げてしまうとかです。そういう人たちの責任は重いからです。本当はまっ先に私に協力しないといけない人たちであるからです)

悪いことはいいません。ソロソロ布施くらいされてはどうでしょう。(お金がなきゃ別ですが、あるんでしょう。金などたくさんです。では、たくさん布施してください。〔笑〕)

そうしないと大事な使命を果たさぬままあの世に帰ることになるからです。

(そうなると修行の失敗ということになりますが…)

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1月 02 2018

並々ならぬ覚悟

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今年はよい年にしたいのですが、すでに北海道や北陸では吹雪や大雪になっているところがあるそうです。

正月早々これです。今年もまた荒れそうですね。(それを暗示していますね。このような天気がです)

もちろん、今のままではということですが、それはそうと、昨日は去年の年末に小学生が亡くなった白鳥公園に行ってきました。

そうして小学生が亡くなったところに行って祈ってきましたが(私に嫌がらせをしているかもしれませんが、同じところに行っているのですから、これも何かの縁だと思ってです)他の人も手を合わせて祈っている人がいました。(花束も置いてあったし)

ただ、ケチをつけるわけではありませんが法を知らない人が祈ってもあまり意味がないというか(引導をわたす祈り方を知らないからです)自分が危ないというか(心が汚いまま祈っても、もし、その小学生の霊がそこで迷っている場合、下手をするとそういう人たちに憑いてしまうかもしれないからです。迷っている霊が心の汚い人に憑くというのはよくある話ですから)だから、かわいそうだからとやたらめったら祈るのもよくないのです。

法を知らない人たちはです。(完全にケチをつけていますかね。そうではありません。だから法を知らないといけないといっているのです)

しかし、私も祈っておきましたから(神よ、ここで亡くなった小学生の魂に光をお与えください。安らぎをお与えください。どうぞ正しくお導きください)私の祈りの波動に乗れば、その小学生は(絶対にその辺りにいますから。小学生の霊はです。急に死んでしまったのです。何がなにやら全然分かっていないでしょう。自分が死んだという自覚もないはずです)天上界に導かれていくのでしょうが、残念ではありますが、私はあの辺りでは非常に評判が悪いのです。

では、私の祈りなど鼻にもかけないかもしれませんね。その小学生の霊はです。(この世の思いは死んだ後も続きますから)そうなると不幸ですね。私以外の人の祈りではろくな場所には行けないからです。

しかし、惜しいですね。こういう小学生が亡くなるのはです。それはまだ小さいからかわいそうだという意味ではありません。

最近は、若い人で天才といわれるような才能を発揮する人たちが次々に出てきました。

本当に最近は多いですよね。そういう天才肌の人がです。特にスポーツ選手などが目立っていますが、スポーツ選手だけではなく、いろいろな分野からまだこれからたくさん出てきます。(特に科学の分野など、そういう天才的な部分を持った人たちがこれからたくさん出てきて、科学を飛躍的に発展させるのです)

そういう時代になったからです。

私は前から、そういう(小さい時から天才的な部分を持った)人たちが、これからたくさん出てくるということをここに書いていました。

そういう天才的な部分を持った人たちは高い世界(菩薩界)から出てきている人が多く、これから、そういう人たちが主要なポストについて多くの人たちを引っ張って、この世に菩薩界をつくることになるからです。(高橋先生がそう予言されていましたが、その予言通りのことが起きています)

そうして、そういう人たちだけではなく、これからこの世に生まれてくる人たちは、比較的心が高い人が多いのです。(心の低い人たちがたくさん出てきていては、いつまでたってもこの世に菩薩界など出来ないからです)

だから惜しいといっているのです。その小学生も、もしかしたら心が高かったかもしれないからです。

まあ、それは分かりませんが、どちらにしても、そういう人たちは(心の高い人たちは)この法を勉強しないと心のレベルが上がりません。

だから、この辺りは小学生まで私のブログを読んでいるのです。さっきも書いたのですが、最近は比較的心の高い人たちがたくさん出てきているからです。

そういう人たちは一度法を知ると、法から離れることは出来ません。

こういう人たちは法がないと自分の使命は果たせないということを(心の中では)知っているからです。

だから、仮に法が書いていないものを読んでいても何か物足りないのです。

そういう本をいくら読んでも、その本だけでは自分の本当の使命を果たすことは出来ないからです。法を知ってはじめて自分の本当の使命は果たせることになるからです。

そう考えるなら、スポーツの世界ですでにこれだけ天才肌の選手が出てきたのです。

では、それを日本全体で考えるなら、もう相当多くの菩薩界から出てきた子供たちが生まれているのではないかと思われます。

しかし、そういう子供は法に触れないと、自分の本当の使命(才能)は開花しないのです。

だから、このまま法が埋もれたままだと、せっかく菩薩界から出てきたのに、自分の大きな使命を知らないままに時を過ごしてしまう人たちも、たくさん出てくるということになります。

だからもう今年はこれまで通りのやり方はしません。これまで通りのやり方をしていたところで、全然布施などもらえないからです。

布施をもらえねば、この法を大きく拡げることなど出来ないからです。(というか、このままではその肝心の法を説けなくなってしまいますので)

だからもうこれからは、このブログを見ていて、まったく布施しようとしない人たちまでガンガン祈ろうと思います。

そうして、天上界にこれまで以上の現象を現してもらおうと思っています。(そういう人たちことごとくにです)

そうしなければ、法の流布は進まないですし、ソロソロこちらも限界です。(物心両面でです)

だから今年はもう天からこれまで以上の現象を徹底的に現してもらい、このブログを見ていて嫌がらせをしてくる人たちはもちろんですが、一切布施をしようとしない人たちもまた徹底的に反省してもらおうと思っています。

そうして、ちゃんと布施までもらえるようにしようと思います。

このブログを見ている人たちが、そのような最低限の使命くらい果たしてもらわないと、こちらは法を説けなくなり、最後には日本は滅ぼされてしまうからです。(どうもこのブログを見ている人たちは、滅ぼされないと分からない人たちが多そうで残念です)

しかし(自分たちにドンドン現象が現れてきても)それでもまだ誰も布施しようとしないのであれば、その時は南海トラフもやむなしだと思っています。

つまり、今年もまだこのブログを見ている人たちが同じ態度を続けるなら(何が起きようと布施などしない)今年、南海トラフ大地震が起きても(究極の天罰です。つまり日本が滅びるということです)それは仕方がないと腹を決めて、そういう祈りをしようと思っています。(というか、もうしちゃったんですけどね。元旦の夜の昨日にです。年の初めですし、今年の決意をこめてです)

そこまで腹を決めないと、このブログを見ている人たちは動こうとしないからです。(だってこの辺りの人たちなど、自分たちにどれだけ悪いことが起きても、それでも反省しようとしません。では、もう滅びるしか道はないと知ってもらしかないのです)

そのような並々ならぬ覚悟で今年は挑むつもりです。

何度もいいますが、このブログを見ている人たちには大きな使命があります。それを今年こそは果たしてください。

それが今年も出来ない(しない)というのであれば、今年はいよいよ日本が滅びることになるかもしれないのです。

そこまでこちらは腹を決めました。

今年こそ、よろしくお願いいたします。

(そういう祈りを〔これまで以上の現象及び、南海トラフ〕元旦だけではなくこれから毎日しようと思っています。すでにその祈りの効果が現れているのではないかと思われます。この近所でです。〔一日で現れるなど凄まじいです〕どちらにしても、このブログを見ている人たちはいつまでたっても自分の本当の使命を果たそうとしません。〔わずかな人しかです〕それを果たさなければ遅かれ早かれ滅ぼされるのです。では、期限を切った方が分かりやすいでしょう。今年も同じことを続けるなら滅ぼされるような現象が必ず起こります。〔全体に起こらなければ個人的にです〕このブログを見ている人たちは、少なくとも最低限の使命は果たしてください。それが神の心であるからです)

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12月 31 2017

今年の漢字

今年も今日で終わりですね。

本当に時がすぎるのは早いですね。(本当に毎年早くなります)今年、私は何をしたのかよく分からないうちに終わってしまう感じがしますが、もし今年もこのブログを読み心が救われた人が一人でもいるのなら、それだけで私は幸いです。

たとえ一人でも救われた人がいるのなら、それだけで高橋先生、園頭先生が説かれた教えを正しく伝えていると実感できるからです。

それを知るなら、それで十分なんですが、そういえば今年の漢字は「北」でしたね。(北って今一ピンと来ませんが…何か北朝鮮だけみたいな感じでです)

私はもちろん別の字なんですが、もう私的には今年はこれしかないですね。

今年はこれしかないでしょう。それは「怒」です。(ほんとこれしかありません。〔苦笑〕)

神の怒りはもちろんなんですが、もう周りの人が怒っていること、怒っていること、昨日も凄い怒り方をしている人が何人かいました。(一昨日もいましたね。そういう人がです。そういう連中はたちが悪いのです。なんだかんだといちゃもんをつけてくるからです…ただ、そういうことをした人たちの後が心配です。〔汗〕)

そんな感じで今年は本当に怒っている人が多かったからです。(それはこのブログにもよく書いていましたが)それで今年の漢字は「怒」しかないと思うのですが、しかし、怒りたいのはこっちの方なんですけどね。

こちらは勝手に逆恨みされ、一方的に嫌がらせを受けているからです。

しかし、このような怒っている人たちがどれだけ怒っても、今この辺りで起きていることはどうにかなる話ではありません。

その怒っていることをなくしたいのであれば、自分の怒りより先に、まずは神の怒りを解くことです。(怒っている人たちが神を怒らせて、そのようなことが起きているからです)それには神の心を知り、それに従うしかありません。

神の心に従うなら、次々に奇跡が起きてきます。(本当にそれをどれだけ見せても、怒りに燃えている人たちには全然見えないようです)

神の心に従ってはどうでしょう。そうすれば災いは止まるからです。

そのような人ばかりでなく、今年は最後まで神の怒りが爆発した年でした。(何せ最後は灯台までへし折られましたから)

来年こそは(怒りではなく)笑顔あふれる年としたいものです。しかし、そのようなことはすぐに出来るのです。

多くの人がこの教えに従うならです。(そうなるなら次々に奇跡が現れて来ますから)

すでに動物たちはこの教えに従っています。(だから、私が近くに行くとみな大喜びして寄ってくるのです)私たち人間も、世界中の人々がこの教えに従い大調和が出来るのなら、凄い奇跡が世界中に現れるのです。(それは高橋先生がいわれていました。人間たちが大調和できるのなら同じように動物たちも大調和し、まったく争わなくなって不思議な奇跡が次々に現れて来るそうです)

いきなり、そのような世界をつくるのは無理でしょうが、来年はその足がかりを築く年とぜひしたいものです。

そうすれば、いま起きているような激しい天変地変も異常現象も段々収まって、この辺りの人たちの怒りも収まって行くと思うからです。

それには、一にも二にも、この教えの実践なのです。それしかないのです。この教え以外でこのような世の中を救える教えはないからです。

しかし、逆にいうなら、この教えを実践しさえすれば、救われて行くということが分かっているのですから(それはもう多くの人が分かっていると思います。私たちが次々に奇跡を現しているからです)そういう道が分かっているのなら、あとはもう、それが出来るか、出来ないか、問題はその一点だけであるということになります。

それがなかなか出来ない人が多いからこうなっているのですが、しかし(いつまでもそのような進歩のないことをしているのではなく)来年こそは、その殻を破る人がたくさん出てきて、この教えを実践する人が増えてくれることを望むばかりです。

それをしない限り、いま現在日本に次々に起きている異常現象を抑える手立てはないからです。

やるかやらないかではなく、もうやるしかないのです。やらない限り、不幸になる人が増える一方であるからです。(本当に今年も不幸になる人がたくさん出ました)

この教えを実践する人が増えてくるなら、来年の漢字は「笑」とか「幸」あるいは「福」などというよい方の漢字が選ばれることになります。

一変によい年に出来る、それほどの力が、この正法神理にはあるからです。

来年がよい年になるのか、それとも今年以上の災いが起きる年になるのかは、このブログを見ている人たちのやる気次第であるということです。(来年の良し悪しは、このブログを見ている人たち次第というのですから怖いです。しかし、事実です)

来年こそはよい年としたいものです。

今年はお世話になりました。(また今年もたくさんの嫌がらせなど受けてです。布施はほとんどいただけませんでしたが。〔苦笑〕)

来年もまたよろしくお願いいたします。(本当に来年こそよろしくお願いいたします。〔苦笑〕)

追伸…昨日、白鳥公園の中にある池(太夫〔たゆう〕堀)で小学生がおぼれて亡くなったそうですね。

いつも私が行っているところなので驚いたんですが、私は、昨日はそっち方面(白鳥公園、堀川)には行かなかったんですが(行かなくてよかったです。行っていたらそれも私のせいにされていたかもしれませんから)あの公園に来る小学生はよく私に嫌がらせをしていました。

その亡くなった小学生が私に嫌がらせをしたかどうかは知りませんが(してたら怖いですね)あそこに来る人たちは、私(法を説いている者)に嫌がらせばかりしてきます。

そういうところでは、そのような悪い巡り合わせがつくのです。

法を説いている者に嫌がらせをしている人たちばかりがきている場所など、よいことが起きるわけがないからです。

来年はあそこに散歩などに来る人たちは、ぜひ私によいことをしてほしいものです。

そうすれば、そんな悪い巡り合わせがつくこともないからです。

(実は昨日私は堀川に行こうと思っていたのです。いつも土曜日は、そちらに〔堀川や白鳥公園に〕行っているからです。しかし、不思議なことに昨日は急に行きたくなくなったのです。それで別のところに行ったのですが、こういうことが起きると分かっていたから、天がそちらに私を行かせなかったのでしょう。私が行ってまたあらぬ疑いをかけられてもいけないからです。〔お前が祈ったからこうなったとか何とか思われてです。また私がちょうどその辺りに行っている時間帯におぼれているのです。[三時半頃]それもまた奇妙な巡り合わせです〕これもまた天の導きですね)

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