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9月 25 2017

アメリカ対北朝鮮

アメリカと北朝鮮の、ののしり合いは激しさを増すばかりですね。

これでは、どこかで武力衝突が起こるのではないか(というか、最終的にはそこに行くのではないか)と思えてなりません。(偶発的な事件などいつ起きるか分からないですし)

前回、前々回と書いていますように、日本も何か(軍事的な)手も打たないと、このままでは最悪の状況にもなりかねません。(日本も当事国ですから)

経済圧力プラス軍事圧力(防衛力の強化)は必須ですね。

それに経済面だけではなく、日本が軍事面まで動き出したとなると、北朝鮮にもずいぶんなプレッシャーになると思います。(予想外でしょうからね。日本がそれだけ軍事面で動き出すのはです。これはきくでしょう)

北朝鮮はもう一杯一杯のところでやっています。(突っ張っているところを見せてはいてもです。国内では燃料不足やらなにやら出てきているようですし、食糧不足はもちろんのこと、天変地変も起きているようですし、内政はぎりぎりのところでしょう)

だから(アメリカだけではなく)こちらもガンガンやりだせば(軍事面でもです)もしかしたらどこかで折れるかもしれません。(淡い期待ですがね…ここで神の力が加われば…そこはほんと残念です)

マァ、暴発するかもしれませんが(汗)しかし、そこまでやれますかね。あの人、気が弱そうですし。(だから、かたっぱしから殺しているんでしょう。独裁のふりをして実際は周りの人が怖いからです)

やけくそになられるのだけが一番怖いのですが、そこは韓国の大統領がうまいことしてくれています。(北朝鮮に九億の人道支援ですか。あの韓国大統領の鈍感さが今はありがたいです)

それに中国もロシアもいます。

いま日本がやることは弱気を見せずに(アメリカに合わせ)ガンガンやった方がいいのではないでしょうか。

もしかしたら、どこかで折れてくるかもしれないからです。北朝鮮がです。

それくらい三代目は裸の王様であるからです。(とにかく日本は弱気が売りみたいなところがありますから。〔だから他国から腰抜けと笑われているといっているのです〕ここで強気に出ればよけいききます。日本もやる時はやるということを見せないといけないのです。そうしないと北朝鮮にはこれからも脅かし続けられるからです)

マァ、外からの状況だけを見て、私も適当なことを書いていますが、しかし、このような危ない状況の時に解散総選挙ですか。

ちょっと有権者はそれどころではありませんよね。アメリカと北朝鮮が気になって仕方がないし、政治的混乱も続いているからです。(どうしても、その〔政治的混乱の〕ごまかしの解散総選挙に思えてならないからです)

しかし、国会議員の先生方は、最大の国難が迫っているこのような時にも、もうあっちへ行ったり、こっちへ行ったり大忙しです。(ちょっと呆れます)

そのような国内の政治的混乱はともかくです。

アメリカ対北朝鮮の戦闘はもうすぐそこまで迫っています。(それは即ち日本にもミサイルが飛んでくるということです)

それでも皆さん、まだ神には頼ろうとはしないのですか?

ここで神の力が加わったら、調和と安らぎのうちに事が収まっていくのに、日本の人たちが神の力を知りながら(しかも本物のです)無視しているのが本当に残念です。

そのような態度を取り続けるのなら、事態は悪い方にはいってもよい方にはいかないからです。

ミサイルまで撃たれないと、自分たちの罰当たりぶりが分かりませんか?

その前に気づいてほしいものです。

追伸…今週は、二日ほど天気がよくてその後、寒気が入ってきて、また強い雨が降り北海道の標高が高いところでは雪が降る可能性まであるとか。

何か北海道の天気が落ち着きませんね。(この前まで強い雨が降り続いていましたし)

まさかとは思いますが、今年は布施してくれないんですかね。北海道の方はです。

マァ、布施するしないは自由なんですが、こういう状況でこれ以上、布施する人が減るとなるとまた天気がひどくなります。(それに北朝鮮も相当やばいですし)

ソロソロ他の人がしてもらえないでしょうか。そうしないと悪いことしか起きてこないからです。

昨日も(日曜日にもかかわらず)今日も、怒っている人がたくさんいるようですが(どこかの会社などいつも通り怒っていますし)何度もいいますが、心を救われているのに嫌がらせをしているようでは、いいことが起きるわけがありません。(それプラス神を無視している人たちばかりですから)

それだけ罰当たりなことをしている人ばかりなため、国内だけではなく、日本周辺でも風雲急を告げてきました。

本当に日本の人々が、あまりに神を思おうとしなければ最後は日本は潰されるのです。

少しは神を思い、愛の心を持たれてはどうでしょう。そのような愛の心が自分や日本を、そうして世界を救うことになるからです。

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9月 24 2017

政治家としての道

思ったより少なかったですね。怒っている人がです。

少し前なら、前回のようなブログを書いたらもうそこらじゅうで嫌がらせをされましたから。(苦笑)

ところが昨日は少なかったですよ。男女で各数人の人が嫌がらせをしてきた程度でした。

意外でしたね。こんなに文句がある人が少ないなどです。みな相当、北朝鮮には頭にきているのではないでしょうか。(苦笑)

そういう文句のない人はともかく(文句がないというか、賛同するなら「よく書いてくれた」と感謝くらいして布施くらいしてくれればいいのですが〔こういうことを書くだけでも、こちらはずいぶんきつい目に遭わされるからです。あちこちで嫌がらせを受けてです〕そういう人は皆無です。〔苦笑〕)昨日私に嫌がらせをしてきた人たちは、いくらでも私のブログに文句があるならききます。(昨日もそういいましたが)

直接いえないのなら(それも情けない話ですね。昨日嫌がらせをしてきた人たちはいい大人の人たちばかりであるからです)コメントでもください。

私はいくらでも議論はするからです。(また何の考えもなく、くだらない感情だけで〔ただ現状を変えるな程度のです〕嫌がらせをしているのなら、それは迷惑だからやめてください。私は日本のためを思って書いているからです)

しかし、軍事力がないと話しにならない国も実際にあるのです。そういう国に対しては、ある程度の軍事力は話し合いの手段として持たなければならないし、軍事力を持たなければ国自体を守れません。(私は攻撃力を高めろといっているわけではなく、防衛能力を高めろといっているのです。なぜそれがいけないのですか?攻撃力をドンドン高めている国がすぐ横にあるのにです。防衛能力を高め、抑止力を高めるということは家の鍵を厳重にしているのと同じなのです)

日本近海にバンバンミサイルを撃ち込んでくる国が現にあるのです。その国は口で何をいっても、またどれだけ金を出しても、それをやめることはしないのです。

では、ある程度の軍事力も持ってことに当たらなければ、そういう国とは同等の話し合いさえ出来ません。(力が一の国は、その力がないとまともに話をきかないからです)

そういう国が横にある以上、やれるすべての選択肢はやらないといけないのです。

明日(二十五日)安倍総理が記者会見を開いて衆議院の解散を表明するようですが、どちらにしても、このような国が横にある以上、政治家だけではなく日本のすべての人が日本の安全保障は考えないといけないのです。(そういう軍事力以外でよい意見があるのなら私はいくらでもききます。だから、コメントくださいといっているのです)

しかし、この後、解散総選挙が行われるとして、今回、不祥事を起した何人かの議員がまた立候補したいといっているようですが、前にも書きましたように、政治は人が心を(霊を)磨くための環境を整えるものなのです。

だから、政治家になるような人は、特に人のことを思えるような人がならないといけないのであり(そのように人の心に寄り添える人でなければよい環境などつくれないからです。自分本位な人が、自分本位な環境などつくられたら、多くの人の心を磨ける環境など出来ないからです)そういう意味では今回、人の道から外れた行いをした政治家がすぐまた立候補して、そのような人の心を磨けるよい環境がつくれるのでしょうか?

やはり政治家としての道として、一度そのような不祥事を起した政治家は野に下り、しっかり反省してから、それでも政治家をやりたいという人はまたやればいいのであって、まったく反省もせずに(または、そのような態度だけ見せて)すぐまた政治家をやるというのは、やはり政治家としては、少々非常識ではないかと思えてなりません。

そのような人たちは、まだ人の気持ちがよく分からないと思うからです。(そういう人では、多くの人が心を磨くための環境を整えることは出来ないでしょう)

自分の欲望や感情を優先するのではなく(それがすぎたから今回、こんな不祥事を起しているのですから)もう少し知性、理性を磨いてはどうでしょう。

政治家としては、それが一番大事なことであるからです。

そうして、高橋先生は「いうこととやることが違う人は信用してはならない」といわれていました。

明日の総理の記者会見などよく見ていましょう。いくら総理大臣とはいえ、いっていることとやっていることが違っているのなら、そういう人をあまり信用してもいけないからです。(苦笑)

とにかく政治家は人の心が分からないといけない仕事であるのです。

それをよくわきまえた人が、特に国会議員などはなっていただきたいと思っています。

(そうしないと国自体がおかしくなりますから)

追伸…昨日堀川に行ってきたんですが、もうカモメが来ていました。

いくらなんでも早すぎですね。いつもの年より来るのが一ヶ月以上は早いです。(いつもは早く来ているカモメでも十月の末くらいですから)

そのせいで、川では魚たちがまだバンバン跳ね(昨日も私が行くとよく跳ねていました)水面をうようよ泳いでいるのに、上空ではカモメが舞っているという、不思議な光景が堀川では見られています。(笑)

最近は天候が異常なので、カモメたちも少々異常な行動を取っているのかもしれませんが、そうであるなら早く正常にしないといけませんね。

異常はどこまでいっても異常でしかないからです。(お陰でこちらは堀川に行っても魚に声をかけることが出来ず〔カモメが気になってです。でも、私が行くと魚たちが勝手に跳ね出すんですけどね〕少々不自由しています。やはりまだこの時期は魚の顔が見たいからです。〔笑〕)

このような異常を正常に戻すには人の心はもちろんですが、政治から経済から教育から何から何まですべて正しくあらねばならないのです。

そのすべてのものを正しくあらしめるためには、すべてのものにこの法の心を伝えねばなりません。

早く多くの人がこの法に目覚められることを願ってやみません。それがこの世を正常に戻す一番の方法であるからです。

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9月 23 2017

神と北朝鮮

今日は休みのようですが、昨日も呆れましたね。

どこかの会社ですが、昼少し前くらいからまた急にキレ出すのがいて昼休みにも怒っていました。

そうして午後からも怒っていて(何人かの奴がどえらい怒りようです)そうして電話も凄い勢いでじゃんじゃんかかってくるのです。(その電話に怒っているのもいます)

昼がそんな感じでしたので、夜も様子がおかしかったですね。

まったく何を大騒ぎしているんでしょう。危ない現象が次々に現われているのなら、ギャーギャーやっているのではなく(ほんとうるさい)もう恐れ入って頭を下げればいいのです。

「自分たちが悪かった。助けてください」とです。

もう自分たちではどうにもならないからです。(ならないから騒いでいるんですよね)ギャーギャー騒いでいても見苦しいだけだからです。

それに騒いでどうにかなる問題でもありません。自分たちの態度を反省するしかないのです。

いつになったらそれが分かる(出来るようになる)のでしょう。本当に滅ぼされる前に気づいてほしいものです。

昨日はまた東京など激しい雨になったようですが(この辺りだけではなく東京も相変わらずやられています。〔苦笑〕)日本全体が神から滅ぼされそうなこのような時に、北朝鮮からも滅ぼされそうなことを次から次にされているというのですから、もう日本は目も当てられない状況ですね。

今度は太平洋で水爆実験ですか…こういうことが出来る出来ないではなく、もう何度も日本上空をミサイルが飛び越え、日本近海には数えきれないくらいのミサイルが撃ち込まれているのです。

そのような状況にもかかわらず大丈夫ですか。日本の皆さん(というか、総理、政府の方々はです)こちらは口先だけでギャーギャーいっているだけでです。(それではどこかの会社と変わりません)

向こうはガンガン軍事圧力を強めているのに、それを一番やられている日本が(いま現在それを一番やられているのは日本ですから)経済圧力だけ強めていても、それでよいわけがないのではないですか。(実際そんなこといくらやったところで軍事挑発は止まらないのだし)

こちらはこちらで、それ相応の防衛能力は持たないといけないのではないでしょうか。すでに現在の日本の状況は戦争の一歩手前といっても決していい過ぎではないからです。(ここまでやられていて口だけでしか言い返せないとは〔経済面ばかりで軍事行動を何も起さないとは〕また凄い国ですね。日本は。〔他国の中には腰抜けと笑っている国もあるのではないでしょうか〕)

だから、いま自民党内で議論している敵基地攻撃能力の保有や核の問題も(アメリカの核を持つかどうか)日本全体で大いに議論しなくてはいけないのではないでしょうか。

すでに状況が状況であるからです。(ここで軍事面をボサッとしていれば、もうずっと北朝鮮に軍事挑発をされて脅かされ続けるのです。いつまでこういう問題をやらずにおくつもりですか?もうやらないといけないのです)

こちらが軍事力を持てば相手を刺激するだの、日本は世界で唯一の原爆被爆国だから核など持ってはいけないだの、そういう(腰が引けた)感情論ばかりいっていては、その過ちをまた繰り返すことになるのです。(同じ過ちは繰り返さないんですよね…ほんとこの言葉、一体、誰が誰にいっているのかよく分かりませんが)

その唯一の被爆国の日本にまたそのような原爆が落とされるかもしれないのです。相手は日本列島四島を核爆弾で海に沈めるとまでいっているのです。

そんなのただの脅しとか、そのようなレベルじゃないでしょう。脅しでいっていようが何でいっていようが、これだけのことを北朝鮮はいっているのです。(唯一の被爆国の日本に核を落とすといっているのです。一番いってはいけない言葉なのではないですか。日本にとってこういうことはです。それなのに何でみな怒らないのでしょう。本当に大人ですね。日本の人たちは…だから腰抜けと笑われているといっているのです)

それ相応の態度をこちらも見せないといけないのです。それだけのひどいことを〔被爆者まで傷つけるような〕向こうは平気でいっているからです。

だから、これまでタブーと思われていた議論もやらないといけないのです。日本の安全保障もドンドン変わっているからです。

だからすぐにでも始めないといけないのではないですか。自民党内でしかしていない議論を日本全体でです。

少なくとも敵基地攻撃能力ぐらいは持つべきなのではないでしょうか。こちらが抑止力を高めるなら相手も手を出せなくなるからです。(だから抑止力を高めることは軍事力だけに頼っている国のためにもなるのです。そういう国は抑止力を高めないことには話しをきかないし軍事挑発の抑制もきかないからです)

とにかくただでさえ日本は神から滅ぼされかけているのです。これで北朝鮮まで加わったらダメ押しということになります。

せめて北朝鮮の方はあまりアメリカばかりを当てにするのではなく、自国で何とか出来るくらいの力を日本は持つべきでしょう。

そうしないと神の奇跡も起きないからです。(絶対自力のその先に神の奇跡が現れるのです。だから、そういう自国の安全保障を他力本願〔アメリカ〕にしている部分も神の怒りを買っているのです)

いよいよ総理も帰国されて解散総選挙を行うんですよね。

では、どの党もちゃんとした安全保障の公約だけはしっかり入れていただきたいものです。(これは必須ですね)

このような時に安全保障がおざなりのような、そんな国政政党などいりませんから。

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9月 22 2017

宗教というよりもはや科学

勝手なものです。

自分たちが散々嫌がらせをしているくせに、何か起きると私のせいにして怒りまくっています。

昨日の夜のどこかの会社がそうでした。(夜に怒りまくっていました。昼間、好きなだけ嫌がらせをしているくせにです…その怒りが朝まで続いています。あまりに起き過ぎているのでしょうか。今はずいぶん引いていますが。〔それでもちょこちょこやっています〕)

では、嫌がらせなどやめておけばいいのです。昨日散々そのことを書いたのにです。(私に嫌がらせをすれば必ず災いが起きると)

そのブログを一切無視して、嫌がらせをやりたくっておいて悪いことが起きたら私のせいです。

こんなことをしていて災いが止まるわけがありません。

本当に哀れなものです。嫌がらせをすれば悪いことが起きると分かりきっていても、嫌がらせをやめることが出来ない。いま嫌がらせをやめたら、自分が悪いのを認めたことになるので、今さらやめられないのでしょう。

ここで自分が悪いと認めたら、これまで癌になった人たちはみな自分たちのせいでそうなったということになってしまうからです。(実際そうなんですけどね)

だから、この連中、どれだけ癌になる人が出ても嫌がらせをやめるにやめられないのでしょう。

自分たちのせいで癌が出ているなど、死んでも認めたくないからです。(というか、それを認めてしまうと自分の立場がなくなるからです)

しかし、そんな自分の都合だけで嫌がらせをし続けるのなら、これからもこの連中に癌が出続けるということになります。

この先、自分も周りの人たちもどうなってもいいとこの連中は思っているのでしょうか?

だとしたら、本当に愛のない、無慈悲の塊(かたまり)のような人たちです。

そういう心ではよい事が起きるわけがないのです。(その無慈悲な心が自分たちに返ってくるからです)

しかし、この無慈悲の塊のような人たちはこの連中だけではなさそうです。この辺りの人たちもさしてかわりがない人が多いようだからです。

これまでの自分たちの行いは無視して(心を救われているのに一切感謝しない)今さら自分が悪いなど認められない、そのような無慈悲な人は、どれだけ自分が悪いと分かっても私に対して嫌がらせをやめることが出来ないのです。

しかし、それでは災いは、そういう無慈悲な人たちが一人もいなくなるまで止まらないということになります。(その起きている災いは、そういう人たちの無慈悲な心を気づかせるための気づきの現象であるからです)

どこかで、誰かが、自分たちがしていた悪を反省し、勇気を持って私に詫びを入れに来るしかないのです。そういう人が出てこない限り、起きている災いは止まらないからです。

どうですか。歩いている人たちはずいぶん態度が変わった人が多いように感じます。(私に頭を下げる人も出てきたようですし…まだ全然少ないんですけどね。そういう人もです)

このブログをよく読んでいる人は(そういう人はずいぶん私に救われているんですから)私と道で会ったのなら、頭を下げて少々の布施くらいされたらどうでしょう。

そのようなよい行いをするのなら、その人に悪いことが起きることはないでしょうし、そういう人が増えてくれば、この辺りに今度は奇跡が起きだすからです。(それは別に特別な行為ではありません。〔坊さんに対してでもそういう行為はするでしょう〕法を説いている人に対して感謝の布施をするなど昔は普通にしていたのです)

昨日も書きましたが、何度やっても同じ結果が出る。

このような再現性のあるものは宗教とはいわないのです。科学というのです。

だからこの教えはもはや科学といってもさしつかえないと思いますから(だから、そこらの教祖が説いているわけの分からない宗教とは一線を画さないといけません)この教えを実践するのになんのためらいがありましょう。(科学を行うのですから、何も問題ないと思います)

その最新の科学をぜひ実践してみてください。(最新の科学でしょう。その通りにやれば奇跡が、それに逆らえば災いが必ず起きるのです。そうして祈れば次々に現象が現われる。これまでの科学にはなかったことです。しかし、必ずそうなるのですから、最新の科学とはこういうものといっても間違いではありません。この世の考えや力だけではなく、この世とあの世との考えと力の融合なのです。なんでもそうですが、こうでなくてはいけないのです)

そうすれば、そのよさが(有難さが)自分自身にもよく分かるからです。(高橋先生は科学と宗教は一致するといわれていましたが〔また、そのような宗教こそ本物といわれていましたが〕まさにその通りです)

もう結果は分かりきっているのです。この教えに逆らい続けている人たちは次々に不幸になっています。

しかし、この教えに従っている人には次々に奇跡が起きているのです。

数ではなく、その起きていることが大事なのです。

一人一人が、この教えの偉大さを理解して、実践するのならその人には必ず奇跡が起こります。

逆にそれは、逆らっている人たちにこれだけの災いが起きていることで証明できるのです。

これだけの現象が現われる。それは奇跡も災いも同じなのです。

実践すれば必ず奇跡が現れます。それなのになぜいつまでもやろうとしないのですか?

これだけもったいない話もないのです。

(特に年寄りはもったいないですよ。〔時間が限られていますし〕そのままこのブログを読むだけ読んで死んでいくのと、実践して死んでいくのとでは、あの世に帰ってから雲泥の差になるからです。行即光〔ぎょうそくひかり〕です。実践すればそれが即、光に変わるのです。その光がなければ天上界には行けません。実践されてはどうでしょう。それが唯一の本当の救われる道であるからです)

追伸…中日ドラゴンズの森野選手が引退するとのことですね。

もう少し神を信じて法を実践されるなら、もっと出来たはずですが(奇跡が起きてです)そこは本当に残念です。

しかし、まだ人生が終わったわけではありません。(そんな歳ではありませんね。〔苦笑〕)

少しでもこの法に興味を持ってもらえることを願ってやみません。

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9月 21 2017

現実を見ない不幸

本当にあちこちでお怒りのようですが、知りませんよ、無理してやせ我慢していてもです。(癌になる人が増えるだけなんじゃないですか。罰当たりな人が多いですから)

どこかの会社など凄いですね。(何か次々に出ていそうですが)昨日も夕方帰って来ると、どえらい怒りようでしたが、どれだけ怒っても災いが止まらないのはもう分かりきったことです。

私のいうことをきいてはどうでしょう。それ以外で救われる道はないからです。

この辺りの人たちはずいぶんやせ我慢しているんでしょう。正味な話です。

だって、この辺りで何が起きているのかは、この辺りの人たちが一番よく知っています。(私などよりです)では(実際のところは)怖くて仕方がないんじゃないですか。

これだけ怒っている人が多いということは、それだけ恐ろしいことが起きているという何よりの証拠であるからです。

では、それをよく知っているこの辺りの人たちは(表面上はともかく)心の中では、もういつ自分にもそのような恐ろしい現象が起きるのかと、恐ろしくて仕方がないはずです。

そのビビっているのを周りの人たちに見せないでいるだけなのです。

自分たちは神など信じない、この科学の世に、神とか、霊とかに怖がるなど、バカげたこと以外の何ものでもないという、わけの分からない(単に神のことを知らないだけの)プライドがあるからです。

要は格好をつけているだけなのです。

神や霊を怖がるなど、無神論のこの日本でこれ以上の格好悪い話はないからです。

だから私の顔を見ると怒るのです。怖がるわけにはいかないからです。

私の顔を見て怖がるなど、自分のプライドが許さないからです。

しかし、まぁくだらない話です。

起きている現象を無視して、格好をつけているなどこれ以上の愚かな態度もないからです。(現実無視です)

もう少し素直になってはどうでしょう。そうすれば正しいことに気がつくからです。

もっと現実を見てください。

実際に神の業が目の前に現われているのです。(それも次から次にです)

そうしてその神の業にしてもです。自分の心のあり方一つでよい方にも悪い方にもいくらでも変わるのです。(ほんとよく見てください。皆さんの目は節穴〔ふしあな〕ですか?)

実際そうではないでしょうか。私やウナッシーさんのような心の人には、その神の業の奇跡が次々に現れているのです。

そうして、その私たちと反対の心の人たちには災いが次々に現れているのです。(この辺りの人たち)

それが現実なのです。なぜそのような事実をしっかり見ようとしないのですか?

その事実さえ自分がしっかり理解するならいくらでも幸せになれるのにです。

私に感謝して布施しているウナッシーさんには次々に奇跡が起きているのです。それに対し、この辺りで私に嫌がらせをしている人たちには次々に災いが起きているのです。

では、何をすれば幸せになれるのかは(奇跡が起きるのかは)すぐに分かるはずです。

その幸せになれることを、この辺りの人たちはいつまでもしようとしないから不幸になるのです。

この辺りで、私に感謝して布施してくれた人が一人でもいるのでしょうか?

一人もいません。嫌がらせした人はたくさんいてもです。

その結果どうなっているのか?

そういうこと(嫌がらせ)をしている人たちには、次々に災いが起きているのです。(大人、子供に関係なくです)

実際にそういうことが目の前で起きているではないですか。何でそういう事実を無視しているのですか?

このブログを読み(心が救われたと)私に感謝して布施している人には、次から次に奇跡が起き、その反対にこのブログを読んでいるにもかかわらず(私に心を救われているにもかかわらず)感謝するどころか、ねたみやひがみなどの心から怒りや憎しみしか持たず、嫌がらせをしている人たちには、次から次に災いが起きているのです。

こういう結果がもう何度も何度も現われているのです。一度や二度こういう結果が現われた、ということではないのです。

私によいことをすれば奇跡が、悪いことをすれば災いが、必ず現われるのです。(必ずです)

では、これだけ分かりやすい話もないのではないでしょうか。同じ結果が繰り返し現われているということは、これだけ正し結果はないということであるからです。(ということは、私に布施するなら幸せになれるということになります。本当に分かりやすいです)

心と行いの違いで(それだけのことで)これだけはっきり幸、不幸が分かれているのです。

なぜ、こういう現実を知ろうとしないのですか?(いつまでもです)

そうして悪いことを私のせいにしているのでしょう。

それは違うということを、このような事実が物語っているのです。

人が人を不幸するのではなく、すべて自分の幸、不幸は自分自身がつくっているということをです。

そうではないでしょうか。今このような状況を見ればそれは分かるはずです。自分はいくらでも幸福にでも不幸にでもなれるということがです。

この法に従っている人は(私やウナッシーさん)次々に奇跡が起きているのです。そうして、この法に逆らっている人たち(この辺りの人たち)には次々に不幸が起きているのです。

これだけ分かりやすく起きてくる現象が違うのですから、では、人など何の関係もないのではないでしょうか。

自分がこの法に従うなら幸せになれるし、逆らえば不幸になると、はっきり結果に出ているからです。(では、人は関係ありません。自分がこの法を行えば幸せになるのです)

そういう事実が何度も何度も目の前に現われているにもかかわらず、それを一切無視して、自分たちの行いを少しも変えようとせず、悪いことはお前のせいだの何だの、何をわけのわからないことをほざいているのでしょう。(そういう言い方もしたくなります。本当は小学生までこのブログを見ているのでそういう言い方はまずいんですが、あまりにバカなことを繰り返している人たちにはきつい言い方も時には必要なのです)

少し自分の(心と)行いを変えればすむだけの話ではないですか。

なんでそれをいつまでもしようとしないのですか?

同じ間違いをいつまでも繰り返しているのでしょう。

いい加減理解してください。救われる道は目の前にあるということをです。それを私たちは何度も示しているのです。(このブログに書いたり、コメントに書いたり、あるいは動画で見せたりしてです)

本当の神の教えを説いている者のいうことをきかずにいて、一体誰のいうことをきくというのでしょう。

それ以外の人のいうことをいくらきいたところで、そこに救われる道があるわけがないではないですか。

本当の神の教えを知らない人に本当の救いの道が分かるはずがないからです。

だから、みな救われないのです。

私のいうことを誰も真剣に(心から)きこうとしないからです。

同じ間違いをいつまで繰り返すのですか?

その間違いを繰り返している間は決して幸せにはなれないのです。

追伸…早く気づいてください。

手っ取り早くいうなら、この辺りの人たちは、私に布施すれば幸せになるということです。そうして嫌がらせなどしていれば不幸になるということです。

ブログ内にも書きましたが、必ずそのような結果が現われるのです。(そうではないですか?それはこの辺りの人たちが一番知っているはずです)

実際、私に嫌がらせをして病気になった人がたくさんこの辺りにはいるはずです。しかし、その人は、私が祈って病気になったわけではなく、自分が私に嫌がらせなどしたから病気に(不幸に)なったのです。

この辺りで私に感謝して布施した人は一人もいないのです。

しかし、この辺りの多くの人は私のブログを読み心が救われているのです。

心を救われている人に何の感謝もせず、嫌がらせなどしているようではいいことが起きるわけがありません。

自分たちが不幸になったすべての原因は、自分たちの行いにあったのです。

それに気づいて、その行いの間違いを直すのならすぐにでも自分たちは幸せになることが出来るのです。

すぐに行ってください。そうすれば不幸は起きなくなり奇跡が起きてくるからです。

(必ずそうなります。そういう〔正しい〕結果が何度も出ているからです)

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