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9月 20 2017

感情ではなく法則

ずいぶん怒っている人が多いようですので(また最近増えてきました)書いておきますが、私は何度も断っています。

私のブログをいつまでもただで見ている人は癌になるとです。そうして、それは嫌がらせしている人たちも同じであるとです。

そのいった通りのことが起きているのでしょう。(だから怒っているのでしょう)では、きいてはどうですか。

私のいうことをです。

私はこの辺りで、そのような話をそこらじゅうでしているのですから、そのいっていることを無視していて、そうして癌になる人が出たからと私に怒ってきても、それで私に怒るのは筋違いでしょう。

私のいうことをきこうとしない人たちが悪いのです。

そういう人が出るのが嫌なら私のいうことをきけばいいのです。そうすれば、そのような(罰が当たる)人がたくさん出ることもないからです。(特にどこかの会社の連中はきいたらどうでしょう。毎日怒っているんですから。〔今日も朝から怒っています〕しかし、この連中、どうするつもりなんでしょうね。このままここで嫌がらせを続けても癌になる人が出続けるだけなのにです)

私のいうことなどききたくないのか、それとも信じたくもないのか、それは知りませんが(しかし、私のブログを読んでいて私のいうことを信じないというのも意味が分かりませんが)私のブログを読み続けていて(法を伝えられ続けていて)感謝の一つもせず、嫌がらせをしっぱなしではいいことが起きるわけがありません。(いい加減分かりませんか。自分たちの行いが間違っているとです)

だから私はいっているのです。(そういう人がこの辺りは多いので)嫌がらせをしてただでこのブログを見ていてはいけないとです。(嫌がらせを反省して布施くらいしないといけないとです)それをしないと必ずどこかで、そのような(間違った)行いの反動が現われるからです。

これは私が嫌がらせをされたままでは悔しいからいっているわけではないのです。

そのような感情論をいっているわけではなく法則をいっているのです。

悪い行いをしたままでは、その悪い行いは必ず自分に返ってきます。

だからその悪いことを反省してよいことをしなさいといっているのです。そうすればよいことが自分に返って来るからです。(それが法則です)

その自覚があろうとなかろうと、自分たちが悪いことをしているのです。だから、自分たちに(または周りに)悪いことが起きるのです。

私にどうこういくらいわれても、私がそういう人たちに何かしているわけではなく、自分たちが悪いことが起きる原因をつくっているから、自分たちに悪いことが起きているのであって、だから、自分たちの行いを直さない限り(それが悪いことが起きる原因ですから)自分たちに起きている悪いことは止まらないと私はいっているのです。

何度もいいますが、その起きている悪いことは自分たちの行いが自分たちに返ってきているだけだからです。

だから、その起きている災いをどれだけ私のせいにされ、私に怒ってきても、それはこちらではどうしようもないのですから(私に原因があるわけではありませんから)そちらでどうにかするしかないのです。

いくら私に罪を擦り付けても、自分たちの心と行いが間違っているから悪いことが起きているのであり、その間違った心と行いを正さない限り、その起きている災いは止まらないからです。

法則は正しく作用するからです。(善因善果、悪因悪果)

それに極力、法に関することは悪い行いは慎んだ方がいいのです。少しのことでも、こと法に関する問題は、その反動も大きいからです。

それだけ法に関することで罪を負うならその罪が重くなるということです。法とは神の心そのものだからです。神の心に直接悪さをするのなら普通よりも罪は重くなります。

だから特にこの辺りの人たちは、よく反省しないといけないといっているのです。

その法を説いている私に直接嫌がらせをしているからです。(どこかの会社の連中など一生懸命です。仕事そっちのけでこのブログを書くのをじゃましています。本当に哀れです。これでは癌は止まらないでしょう)

よいことをしてはどうでしょう。この辺りのすべての人は私に心が救われているのは確かであるからです。

それを認めたくない人がたくさんいるようですが事実は事実です。この辺りの(大人から子供まで)ほとんどすべての人が私のブログを読んで救われているのです。

すでに小学生で私に頭を下げていく子がちょこちょこ出てきました。やはり子供は自分が悪いと分かると反省するのが早いようです。

しかし、子供はそれで許されるのでしょうが、大人はそうはいきません。

何度もいいますが、早く心を入れかえ、布施くらいしてください。そのように心と行いを変えてはじめて大人は救われるからです。

そのようなよいことを法を説いている人にするなら、先ほど書きましたが(先ほど悪いことをすれば罪が重くなると書きましたが、それは逆の場合も同じで、よいことをするのならこれだけ徳を得る行いは他にないのです)法を説いている人に直接布施するくらいよいこともありません。

布施くらいされてはどうでしょう。何度もいいますが、この辺りの人たちは私に心が救われているのは事実であるからです。(こういうこともそう出来ることではないのです。釈尊やキリストに布施したくても今の人たちは出来ないでしょう。同じ時代の同じところに生まれ合わせないとそういうことも出来ないのです。つまり、法を説く人に直接布施するということは、これほど貴重でこれほど徳を得る行為もないということです)

昨日、博多湾に大量の魚(コノシロ)が出現したとテレビでいっていました。

そのニュースを見ると確かに大量のコノシロが水面近くを泳ぎまわっているのですが、しかし、私はあのくらいの数の魚をちょくちょく見ています。(堀川などでです。呼ぶと出てきますから。昨日もそうでした。堀川に行ったんですが、十センチ前後のぼらが次から次に水面近くを泳いでくるのです。堀川の川岸からそれを見ていたのですが〔「お前ら元気か」とか声をかけながらです〕あまりに大量のぼらが次から次に泳いでくるので、さすがに途中で見るのをやめました。ぼらを見すぎて夢に出てきそうだったからです。〔笑〕)

あれくらいでニュースになるなら、私が撮る動画など毎回ニュースになるでしょうね。

あれくらいの数の魚など堀川や美浜の海で何度も撮っているからです。(それ以外でも大量のすずめや鵜なども撮れていますから。〔笑〕)

普段からよいことをしているのなら、これくらいの(普通にニュースになるくらいの)奇跡は起きてきます。

自分がしているよいことが自分に返ってくるからです。

法則は絶対で間違いはありません。

普段の自分の行いをよく反省してみてください。

そうすれば、その災いは止まるからです。

追伸…「空飛ぶ車」をある団体が開発中とのことですね。

いずれはこの空飛ぶ車が主流となります。(というか、未来の車はこのような車ばかりとなるでしょう。高橋先生が先々は車のタイヤはなくなると予言されていますから)

ということは、この空飛ぶ車(タイヤのない車)を最初に開発したところが、将来の車業界を引っ張っていくということになるのではないかと思われます。

高橋先生の予言が次々に実現してきています。(ソ連の崩壊、アメリカの没落、車のタイヤがなくなる)

これからは法の世となります。(もちろんこれも高橋先生がいわれたことです)ということは、この法を知らないと、これからの時代は生きていくことは出来ないということです。

その法があるのは日本だけです。その重要な意味を日本の人々は理解しないといけないのです。

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9月 19 2017

文証、理証、現証

台風十八号の影響で北海道も大雨になったようですね。

この十八号は九州、四国、本州、北海道のすべてに上陸した初めての台風で、こんなことはこれまで起きたことがないそうですね。

これまで起きたことがないような運の悪いことが起きる(九州、四国、本州、北海道に一変に上陸したということは、まさに台風が列島を縦断したことになりますから)さすが皆さん方の(このブログを読んでいる人たちの)神通力は凄まじいものがあります。

これまで起きたことがないほどの(悪い)ことを起してしまうというのですから。

だいたい、中国に行くはずだった台風を日本に呼んでしまうということ自体、凄まじいのですが(どれだけ皆さん方が悪いことをしているのか分かりますが)その台風を日本のすぐ近くの東シナ海で凄まじい強さ大きさに発達させ(これが日本に法を勉強している人がたくさんいた場合、この発達した台風が中国のガス田に向かい、そのガス田を吹き飛ばし、そのまま中国に進むという〔日本にとっては非常に都合のよい〕ことも起きるのですが、現在の日本は法に逆らう人たちばかりです。では、その発達した台風はまともに日本にやってきます)その発達した台風がゆっくり九州に上陸し、そこから段々スピードを上げつつ日本を縦断していく、これでは日本中のいたるところに甚大な被害が出ます。

今回まさにその通りのことが起きたわけです。

それもこれもすべてこのブログを読んでいる人たちの責任なのです。その責任の所在だけははっきり理解しておいた方がいいでしょう。(少なくとも、このブログを読んでいる人たちはです)

そうしないと、後でなんでこれだけ自分には悪いことが起きるのかと、それはあいつが悪いと、また私のせいにされてもかなわないからです。

もう自分たちは、これほどの罪を負っていると理解しておけば後でどんな悪いことが起きてきても、それは因果応報であると理解できるはずであるからです。

それに皆さん方の罪は別に今回の台風だけではありませんから。もうずいぶん前からつくっていますから。

それをこれまで私は何度も書いてきましたが、このブログを読んでいる人たちがスルーしていただけですから。

ただ今回はあまりに分かりやすかったから(中国に向かっていた台風が急カーブして日本に向かってきたことといい、東シナ海で台風が日本に向かいかけたところで急発達したことといい、史上初の九州、四国、本州、北海道のすべてに上陸したことといい、これだけ運が悪いことが重なるなど偶然では起きないですから。必然でこのようなことが起されていると思わざるを得ないですから。いくら無神論であった人たちといえどもです)改めてしっかり書いているのです。

今回の出来事を忘れてもらっても困るからです。

そうして他人事のように思われても困るからです。

他人事ではありません。今回の甚大な台風被害は全部このブログを読んでいる人たちのせいなのです。

だから、今回出た台風の被害は、このブログを読んでいる人たちが全部弁償してあげないといけないのです。

今回、中国に行くはずであった台風をわざわざ日本に呼び、そうして強く大きくして日本中に災いを現した全責任は、このブログを読んでいる人たちにあるからです。

このブログを読んでいる多くの人たちが、私のいうことを無視し、いつまでもただで(法の協力をしないで)このブログを読んでいるからいけないのです。

そのような行為が天を怒らせ、このような(凄まじい)現象まで現しているのです。

実際そうなのではないでしょうか。私のいうことをきいている人たちには次々に奇跡が現れているのです。

では、その反対の態度を取る人たちには(無視したり、逆らったりしている人たちには)当然逆の現象が現れます。

その通りの現象が現れているだけなのです。(現象はそのような天変地変だけでもありませんしね。この辺りも相変わらずひどいものです。まったく止まらないようです)

本当の神の教えにかかわるなら、必ず現象は現れるのです。

本当の神の教えとは文証(もんしょう・正しく書いて現す)理証(りしょう・正しく言葉で伝える)現証(げんしょう・神の奇跡が現れる)の三つが必ず現われるからです。

だから本当の神の教えが説かれる時は、この三つが必ず現われますので、いい加減なきき方(またはやり方)をしている人たちには罰も当たるのです。

聖書など見てもそれは分かるはずです。(聖書など読んでもそのような罰当たりな人たちがたくさん出てきますから)

だから私は、いい加減な気持ちでこのブログを読んでいる人は見てはいけないと何度もいったのです。

人によっては非常に危ない現象も現れてくるからです。

態度があまりに悪いとです。

実際そのような危ない現象がこの辺りの人にはたくさん現われています。法を教えてもらっているのに、その態度があまりに悪いからです。

だから、今回もそうなのです。いつまでも私のいうことを無視し続けている人が、このブログを読んでいる人の中にはたくさんいるのです。

そのような人たちの態度が、これほどの台風を呼び、これほどの甚大な被害を日本にもたらしたということです。

正しい教えに現われる現証(現象)によってです。

それでもまだこのブログを読むことを続けるのですか?(ほんと神の運動に興味がない人は、このブログを読むのはおやめください。日本が壊れます)

もし読み続ける気があるのなら、そのような人はここに書いた(最低限の)ことくらいは守ってください。

そうしないと、日本にまた凄まじい現象が現れることになるからです。

(このブログを読んでいる人の多くが態度を変えずにいるのなら、また同じことが起こります。そのような態度が今回の台風を呼んでしまったのはまぎれもない事実であるからです。これほどのことが起きたのです。これをきっかけとして、このブログを読む多くの人たちの態度が変わることを望むばかりです。また態度を変える気がないのであれば、そのような人たちはこのブログを読むのはやめてください。そうしないとまた大きな不幸が起きることになるからです。〔それは個人的にもです。この辺りの人たちなど不幸な現象が続出中だからです。私のいうことをまったくきこうとしないからです〕)

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9月 18 2017

人生の目的

予想通り(というか、予想以上に)台風の被害はひどいようです。

九州の大分では猛烈な雨となり河川の氾濫が相次ぎ、宮崎では突風で家が壊され、四国でも激しい雨が降って冠水や土砂崩れが相次ぎました。

この辺りも昨日は(雨はそれほどでもありませんでしたが)風が強かったです。(あちこちで木が倒れたらしいですから)

今日はこれからまだ北海道が(その台風十八号の影響で)大荒れの天気となる予報が出ています。

これ以上被害が出ないよう祈るばかりですね。

これほどの台風を呼び込んでおいて(本当はこの台風は中国の方に行くはずであったからです)まったく無反省な人たちが相変わらず多いんですが(今日も朝からバシバシやっています。どこかの会社が休みの時はどこかのマンションの連中がじゃましてくるというのですから、この辺りの人たちは本当に救われません)その無反省といえばです。

政治の世界も無反省な人たちが多いようです。

不倫やら暴言やら吐いている人たちはもちろんですが、そればかりでなく、なんとこの時期に総理が衆議院を解散する意向を固め、解散総選挙を行う気であるそうですね。

このような時期に解散総選挙を行うって、するだけの大義名分はあるのでしょうか?

それだけの意義があるのなら、それは行えばよいのでしょうが(いつ北朝鮮がミサイルを撃つかもしれないこの時期でもです)それもなくて、ただ野党がバタバタして自民の受け皿もない、このような時期だから行うような火事場泥棒的解散であるならば、形的には自民が勝つかもしれませんが、それは形だけのもので人心は離れていきます。

後で困るのは自民党(総理)ということにもなりかねませんが、それでもよろしいのでしょうか?(こういうのもまた因果応報ですから)

何か最近は、日本のためとか、国民のためとか、いっているだけで、本当にそうなのか?と思えるようなことが多々あります。

政治家の方々は、どのような心でいなくてはいけないのか(特別、政治家の方々だけではなく指導者の方々はということですが)ちょっと、園頭先生のご著書から書いておきましょう。

正法誌の1980年五月号より抜粋します。

<人生の目的は霊を磨くことにある

政治も経済も教育も芸術も科学も、すべて霊を磨くための手段である。政治は人間が霊を磨くための環境を整えるものであり、経済は霊を磨く土台である肉体を維持するためのものであり、教育は人間生活に必要な知識と教養を得るためであり、芸術は美の表現を通じて霊を磨くことを目的としたものであり、科学は心と物質の法則の探求とその活用のためであり、それらが相まって、人間が霊を磨く環境を整えるための手段である。

政治をすることが目的ではない。政治はあくまで手段である。いい政治家とはそこに存在する人間が安心して霊を磨くことが出来るように社会の秩序を整えるものであって、謀略をこととしていかに総理大臣や大臣になったとしても、心が乱れ執着に満たされていたとしたらその人の人生は落第である。いかに経済的に多くの財産を得たとしても心がきれいでなく、その人が財を得るために多くの人を犠牲にしたとしたらその人生は失敗である。教育によって人間が混乱を起こすような思想を教育して霊を堕落させたとしたらその教育者は犯罪者である。芸術家として名をなしたとしても金や名声に執着したらその芸術作品はなんらの価値もない。科学が殺人に利用されたらおしまいである。

世界の混乱は、人生の目的が霊を磨くことにあることを忘れて、霊を磨くための手段であるべき政治そのもの、経済そのものなどを目的としてしまったところにある。人生の目的は霊の向上にあるのである。

私の師、高橋信次先生は「いうこととやることが違う人を信用してはならない」とよくいわれていた。世の指導者たちはこの言葉をよく考えてほしい。>

以上のように園頭先生は書かれています。

霊の向上(心の向上)を目的としている手段(政治、経済、教育、芸術、科学など)が目的となって、そこにしか目が行かず、執着の塊となっている人をよく見ます。

手段と目的を間違えてはならないのです。

そうして「いうこととやることが違う人を信用してはならない」と高橋先生も園頭先生もよくいわれていました。

しかし、そのいうこととやることが違う人を最近はテレビなどでたくさん見ます。(嘘をついている人たちもこの部類でしょう)

そういう人たちを信用してはならないし、また、そういう人たちのようにだけはなりたくはありませんよね。(苦笑)

このような人にならないためにも、私たちは常に反省と努力を忘れてはならないのです。

霊の向上(心の向上)が人生の目的であるのです。

それを間違えてはならないのです。

(だから霊が堕落すようなことを行ってはならないということです)

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9月 17 2017

最低限の礼儀

九州ではすでに大変な雨になっているようですね。

特に宮崎県などひどくて、昨日の秋雨前線の雨だけでも数百ミリの雨が降っているのに、今日は台風本体の雲がかかってきて、その影響でいま現在も激しい雨が降っているようです。

この宮崎辺りは今回の台風の影響でひどい被害が出ないか心配ですが、宮崎だけを心配している場合でもないでしょう。

やはり台風十八号は、今日午前中に九州南部に上陸し日本を縦断するようだからです。(本当に最悪です)

それにしてもの自覚のなさです。(相変わらずと書いた方がいいのかもしれませんが)今日も今日とて、このブログを書きはじめたら、バシバシやって怒っているどこかのマンションの連中がいます。

この人たちは、自分たちのせいでこういうことが起きているという自覚がまったくないようです。(本当に他人事です)

そういう連中に限って、一生懸命このブログを読んでいるのです。

この辺りは、私が本当の神の教えを説いていると思っている人も多いのですから、それはこのブログを読む人も多いでしょう。

しかし、それなら何でじゃまをするのでしょう。(本当の神の教えを書いていると分かっているのにです)感謝すらまともに出来ないのでしょうか。

この人たちは、自分たちのおかしな価値観が全然理解できないようです。

本当の神の教えが説かれていると分かっていて、そのことには全然感謝せず、じゃまだけはして、そのようなことを平気でしている人たちが、その神の教えを一生懸命学んでいる、こんな筋の通らないバカげた態度はありません。

だから、この辺りの人に癌が多発するのです。

天がそのようなデタラメな態度の人たちを許すはずがないからです。(ほんとメチャクチャですね。本当の神の教えが説かれていると分かっていながらじゃまをして、それでその神の教えだけは見ている。そんな手前勝手な都合のいいことをしていては罰は当然当たるのです)

しかし、ただでさえ本当の神の教えと分かっているのに、布施一つせず平気で何年にも渡り、この教えを学び続けている人が多くいて(もちろん、このブログを読んでいる他の地域の人たちです)それだけでも天を怒らせる態度であるのに(あまりにずうずうしく不遜な態度であるからです)それプラスこんなおかしな態度を取っている人が、この辺りにはたくさんいるというのですから(私のブログを読んでいながら、私に嫌がらせをしている人たち)これでは異常現象を次から次に現されるわけです。

それだけ神の心に逆らっている行いもないからです。(本当の神の教えを知った人たちが、こんな自分勝手なことをしていてはいけません。これでは百パーセント天罰がくだります)

そういう人たちが、自分たちがずいぶん罰当たりな行いをしているということを自覚し反省しない限り、この異常現象は止まらないのです。(ほんと何年こんなこと〔天罰〕を続けられれば分かるんでしょう。神の心を理解しないにもほどがあります)

この数ヶ月を見ただけでもそれは分かるはずです。

空梅雨気味であった今年の梅雨明け直後から何度も起きた異常なゲリラ豪雨(凄まじいゲリラ豪雨が毎日のように起こりました)その最中に異常なスロー台風五号が日本を直撃し(日本に上陸する前から日本近くをウロウロし、そうして日本に上陸したにもかかわらず、異常な遅さで日本縦断)その後、今度は日本近海で(東シナ海で)異常発達した今回の十八号台風。

ここ二、三ヶ月の間だけでも、次から次に異常なことが起きているのです。

それもこれも自分たちの態度が間違っているからと、なぜ(いつまでも)分からないのでしょう。

大勢の人が、ここに書かれたことは本当の神の教えであると自覚していながら(無神論の人たちをここまで持ってくるだけでも大変でしたが)それを書いている者に感謝一つせず(だから当然尊敬もしません。半分バカにしています…よくそういう者が書いている教えを本当の神の教えと信じるものです)やることといえば嫌がらせというのですから(普通は、布施するものですが)異常現象が次々に起きるのも道理なのです。

それだけ神の心に逆らうおかしな態度もないからです。(自分たちの態度がまるで一貫性がないと気づきませんか?)

本当に残念です。こういう人たちが、ここに書いていることが、本当の神の教えであると分かった時点で、素直に感謝して布施していれば、ここ数ヶ月の異常現象だって起きなかったのです。(それだけでもどれだけの冠水被害や土砂崩れなどが防げたでしょう。本当に残念です)

だって、それが分かったのは昨日今日のことではないんでしょう。もう、ずいぶん前からそのことは分かっていたんですよね。

それなのに何で態度を変える人がいなかったのでしょう。(ほんと、この辺りだけ見ても皆無でしたから。私に対し、態度を変えた人などです。最近、私に〔おかしなところを〕散々いわれて、ようやく態度を変える人たちが〔大人、子供含めて〕チラホラ出てきただけですから)

そのような無反省な態度がこれほどの災いを呼んでいるというのにです。

それでもまだ態度を変えようとはしないのですか?自分たちが悪いとすでに分かって(分かりきって)いるのにです。(まさか、本当の神の教えを説いている者が悪いとは誰も思わないと思いますが…それともまだ「お前が悪い」を続けるのですか?)

昔は法を説いている人がいれば(釈尊やその弟子たちなどです)みな有難いと(そういう方々とこの世でお会いできることの有難さ〔有ることが非常に難しい〕をみな知っていたからです)その人に合掌しながら頭を下げ、そうして布施などされたものです。

それがそのような方々に対する当たり前の態度(礼儀)であるからです。(その分、そのような方々は法を説いて、多くの人々の心を救ってくれるからです)

同じことをしてもらわなくても結構ですが(別に合掌までしてもらわなくても結構ですから。〔苦笑〕)最低限の礼儀くらいは尽くしてほしいものです。

私もそのような方々と同じように、本当の神の教えを説いて、多くの人々の心を救っているからです。

その価値を多くの人がいつまでも認めようとしないからいけないのです。(自分たちのおかしな価値観をいい加減理解してください)

最低限の礼儀を尽くすなら、いま起きている異常現象は徐々に減り、奇跡まで起きてきます。

それをやってもらう以外ないのです。

そのよう最低の礼儀くらい尽くさない限り、天罰は止まらないからです。

あなたたちは(このブログを読んでいる人たちは)本当の神の教えを知らされ心が救われているのです。

最低限の礼儀くらい尽くしてください。そうすれば災いはなくなるからです。

(というか、最低限の礼儀くらい通すのが人として当たり前のことだと思いますがね…その当たり前のことさえ出来ない人が多いから、これだけ天が怒っているのです)

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9月 16 2017

小さな我を捨てよ

台風十八号は大型で非常に強い台風にまで発達し、ゆっくり日本に向かっているようですね。

明日、九州に上陸する恐れがあるとのことですが、九州直撃は(そうして列島縦断は)まぬがれないでしょう。このブログを見ている人たちが愛のない人たちばかりであるからです。(どういう意味かはお分かりでしょう)

すでに九州の宮崎や鹿児島などでは大雨になっています。(こちらももうずいぶん雨が降っています)今日の午後から西日本では前線と台風の影響で大荒れの天気になるとのことです。

一体このブログを読んでいる人たちは、どれだけ天を怒らせれば気がすむのでしょう。(本当にいつまでも神を信じようとしない人たちは恐ろしいです。その神を信じようとしなかった罪はいずれ自分たちに返ってくるのにです…すでに返ってきている人たちもいますが)

しかし、歩いていると様子は変わってきているんですけどね。(歩いている人の嫌がらせはずいぶん減りました。嫌がらせをして来るほとんどは運転手連中ですね)

しかし、その様子が変わったのは子供が多くて、なかなか大人まではいかないようです。

大人連中は、自分が悪いと分かっても小さな我がじゃまをして、私に対する態度を素直に変えることが出来ないのでしょう。

そういう点では子供の方が早いですね。やはり小さな我は子供の方が少ないからです。

しかし、その子供でもです。私に素直に頭を下げることが出来るのは、小学校の低学年までで(しかも男の子限定ですから。〔苦笑〕)それ以外の人は「何だお前ら、俺のブログを散々読んで心が救われているのに感謝もしないのか」といわれてもまだ突っ張るか、逃げていくかのどちらかです。

早く素直に頭を下げてほしいものです。そのような態度を取れるようになって、はじめてその人は救われていくからです。(だから私にそのような態度を取れない間は、いつ自分に癌のような恐ろしい現象が現れるか分からないということです。それだけの悪いことをこの辺りの人たちはしているからです)

しかし、本当に少ないですね。自分が悪いと分かっても素直に自分が悪かったと認める人がです。

何せ、小学校の低学年の男子のしかも、数十人(もっといるかもしれませんが)声をかけた中の数人くらいですから。私に対して素直に自分が悪かったと認めた者はです。(しかも私が問い詰めてはじめて認めるというのですから、本当に素直ではありません)

だから、全体の人から見たらわずか数パーセントくらいしかいないのですが、現実はそうなのでしょう。

それだけ心から救われる人は少ないということです。

皆が皆、自分の我がじゃまをして、せっかく救われる道が目の前に見えていても、その道を進むことが出来ないというのですから、本当に哀れです。

それがこの世の修行の難しさということになるのでしょうが、しかし、これだけ災いが現われていてもそれでも出来ないのでしょうか。

少し素直になることくらいがです。

本当に我というものは恐ろしいものです。その小さな我さえ捨てることが出来るのなら、多くの人が救われていくのにです。

昨日でもそうでした。歩いていると、まだちょこちょこ嫌がらせをして来る人がいるので、そういう人にいってやるのです。

「オジちゃん(オバちゃん)本当の神の教えを説いている者に嫌がらせなどすると罰が当たるんだぜ」とです。

すると、そういうことをしたほとんどの人が顔をこわばらせ、足早に歩いていきます。

私がそういうことをいっても、この辺りの人ならまず笑う人はいませんね。

他の地域に行けば、もちろんそんなことをいえば、大笑いされるか、頭がおかしいのではないか、と思われるのでしょうが、この辺りの人たちは私がそういうことをいってもそういう態度を取る人はいません。(たまに無理して笑っているのはいますが)

皆もう私が本当の神の教えを説いていると知っているからです。

しかし、そのことを知っていても、それでも私に素直に頭を下げられる人がいないのです。

人々の持つ我というものの強さ、恐ろしさがよく分かる出来事なのではないでしょうか。

この辺りの多くの人たちがもう私が本当の神の教えを説いていると分かっているのです。

それはそうでしょう。この辺りの人たちは、その私に嫌がらせなどしてきて悪いことが起きた人も一杯知っているでしょうし、鳥や魚などが寄ってくる奇跡が起きていることも知っています。

私が祈って奇跡や災いがたくさん起きたことも知っているのです。

そういうことが起きている者であるならば、それは本当の神の教えを説いているのであろうと思うのは必然であり、だから、この辺りの人たちは私がそのようなことをいっても(本当の神の教えを説く者に…)笑わないのです。

それでも、その者に頭を下げることが出来ないというのです。(自分たちが悪いとはっきり分かってもです)

その者に従おうとはしないのです。

一体、人が持つ我とはどこから来ているのか、ということにもなるのでしょうが、しかし、この我はこの世一代限りのことではなく、自分の過去世からつくり出したものなのです。

そう簡単にはなくならないのでしょうが、そのような小さな我を捨てなければ、もう幸せにはなれないのです。(我には大きな我もあります。そのような大きな我までは捨てる必要はないのです。それは過去世からつくってきた心の広さであるからです)

だからさっさとそんな小さな我は捨てて、正しいことが(奇跡が)起きている人がいるのなら、その正しい人の意見に従えばいいのです。

そうすれば、自分にも正しいことが(奇跡が)起きてくるからです。

それにもうそのような時が来ています。

だからこれだけ悪いことが立て続けに起きているのです。正しいことを知らないといけない、これまでの間違っている我を捨てなければいけない、そのような時がすでに来ているからです。

くだらない小さな我を持ち続けるのなら、不幸はいつまでも続きます。

早くそのような小さな我を捨て、大我に生きてください。

そうすれば救われていくからです。

そのような人たちが(大我に生きる人たちが)たくさん出てこない限り、いま現在、日本に起きている多くの不幸は止まることはないのです。

(だから、今回の台風十八号も止まることはないのです。このブログを見ている多くの人たちがいつまでも小さな我にこだわって神の心に従おうとしないからです。小さな我は捨ててください。そうすれば大きな幸せが現われてくるからです)

追伸…また大関が休場ですか。

これで今年の秋場所は三横綱、二大関が休場となり、こんなことは九十九年ぶりとのことです。(大正七年夏場所以来ということですので、ずいぶん珍しい記録です)

しかし、まだ昨日で秋場所は六日目です。まだまだ休場する力士は出そうですね。

何度もいいますが、神事を行う力士が神の心に逆らっているからです。(体が大きいだけではダメなのです。心も大きくしなければ土俵で奇跡が起きることはないのです)

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