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5月 23 2017

神の心に従うか、それとも逆らうか

北朝鮮のミサイルが止まりません。

それにしてもすさまじいですね。今年に入って八回目のミサイル発射だそうですが、日本の総理が何をいってもまったく関係ありませんね。

それに中国やアメリカの面子まで潰しまくっています。

もうここまで来たら北朝鮮を止められる国は皆無でしょう。この調子では、大陸間弾道ミサイルも核の小型化もあっという間に完成させてしまうのではないでしょうか。(北朝鮮には天才科学者がいるらしいですし…)

そうなると最終的には軍事力で止めるしかない…とならないか心配です。

そのような北朝鮮のミサイルの嵐に負けず劣らずこちらも神の業の嵐が止まらいようです。

何かこちらはこちらですさまじいですね。(癌の嵐とかなってませんか?どこかの会社、朝からすでにパニくっているんですが…)

天罰も神の業には変わりありません。その神の業(天罰)が出まくっているようです。(ほんと尋常じゃないですね、どこかの会社などです。よく電話もかかって来ているようですし。〔汗〕)

自分たちが間違っているのです。だから悪いことが次々に起きているのです。(「いい加減理解しろよ、子供じゃあるまいし」といいたいです)

私が正しいのです。だから次々に奇跡が起きているのです。

それが理解できない(認めない)間は助かりようがありません。神のご加護を受ける気がない人たちは救われようがないからです。

「神様、助けてください」という心と行いが出来るまでは、神の光がその人に降りることはないのです。(そういう心にならなくては神の光を心が受け付けないからです。心が神の光を拒否していてはその人に神の光が降りるわけがないのです)

では、奇跡も起きないということになります。

奇跡が起きるとは神の光がその人に現れることをいうからです。

だいたい、悪いことをすべて私のせいにしているのです。そういう被害妄想の心でいて神の光が降りるわけがありません。

少なくとも、その責任転嫁と傲慢な心だけは直さないと、その人が救われることはないでしょう。

こちらは次々に奇跡が起きているのです。これだけ分かりやすく違う結果が現れているのです。

いい加減折れてはどうでしょう。ここまで来ると一体何のために突っ張っているのか意味が分からないからです。(悪いことが起きるのが分かり切っているのに、なんでそこまで突っ張るんですか?誰も彼もです)

心から神に頭を下げるのなら奇跡は起きるのです。(もし私の祈りで癌になったのなら、その癌も私の祈りで治るでしょう。そうは考えないのですか?同じことが起こせるのです。それが神の力であるからです。しかし、心が間違っているのならそういう奇跡は起きません。すべて心の在り方一つなのです)

それにこの教えが拡がるのならです。例えば北朝鮮の問題でもISの問題でも解決の道がついて来るのです。

神が正しい方向に導いてくださるからです。

この教えを知った人なら分かりはずです。どれだけ自分が正しいと思っていても、それが間違っているのなら自分たちに悪いことが起きるとです。

では、この教えが間違ったことをしている集団や国に拡がったらどうなるでしょう。

その間違ったことをしている人たちに次々に災いが起きて、反省させられるということです。

その集団や国の人間がそのことは正しいといくら信じていてもです。そのしていることが(考えていることが)間違っているのなら、その間違っている人には災いが現れるのです。

そのしている行いが神の心に反しているのであれば、それは間違いであるからです。

基準はすべて『神の心』それのみなのです。この教え(正法神理)にそれ以外の基準はないからです。

だから、この正法神理を知って神の心に反した人には災いが起きます。

実際その通りのことが起きているのではないですか?この名古屋にです。

この辺りでなぜこれだけ悪いことが起きているのでしょう。

それは、神の心に反したことを皆がしているからです。

この辺りの人たちは、ミサイルや核をつくっているわけではありません。そうしてテロを計画しているわけでもないのです。

しかし、神の心に逆らい続けているのなら(それだけの理由でです)それは間違いであるという現象が次々に現れて、考えを変えざるを得ないのです。

それもまた、大きな間違いであることにはかわりがないからです。(もちろんやっていることがまたひどいんですけどね。法の流布のじゃまはする、悪いことは全部私のせいにする、まったく自分たちの行いを反省しない等々)

そうして、その神の心に従っている者には次々に奇跡が現れているのです。(それもまた事実です)

なぜ、この辺りには奇跡も災いも他のところ以上に現れているのでしょうか?

それは正法神理が説かれているからです。だからこの辺りには、このような神の業が次々に現れているのです。

つまり、本当の神の教えがそこに拡がるのなら、どこでもこのようなことは起きるということです。

では、この教えを世界の人々が知るならばどうなるのでしょうか?

世界が段々平和になって行くということです。神の力がそこかしこに現れてです。

すべて神が正しい方向に導いてくださるからです。

多くの人を不幸にするような、そのような悪をしなくても、神の心に逆らうだけで、その間違いを直される、それがよいことなのか悪いことなのかは個人の思いによって違うでしょう。

そんな神の心以外のことをやれない四角四面の人生など嫌だと、そう思う人もいるかもしれません。

しかし、それは違うのです。

神の心に従う人生とは四角四面などではなく、丸く大きく豊かな人生であるからです。(本来、神の心とはそのようなものであるからです)

だから、その神の心に従うことが私たち人間にとって実は一番の幸せであるのです。

それを多くの人は知らないだけなのです。(多くの人が迷いの人生を送るのは神の心に従ってないからです。だから自分の本当の使命も分からず間違った人生を送るのです。〔だから悪の道にも進むのです〕しかし、それが大きな不幸なのです。多くの人はその自覚がないだけなのです)

神の心に逆らうということは不幸を意味します。

だから神の心に逆らっている人は不幸になっているのであり、不幸になっているということは、それは自分が神の心に逆らっているからなのです。(そういう部分があるということです。これもまた自分にその自覚がないだけでです)

神の心を知って従う人が増えれば知らずに不幸になっている人も減って行きます。(もちろん悪の道に進む人もです)

そういう意味でも神の心を知る人が増えることは大きなことなのです。(自分の幸不幸の原因が分かるからです)

いつまで神の心に逆らっているのですか?

逆らっている間は不幸は続くのです。

しかし、神の心に従うのなら、必ず幸福は現れて来るのです。

(その神の心に従う部分が大きければ大きいほど幸福度は増し、奇跡が現れてきます。その一番神の心に従われた人たちが釈尊であり、キリストであるのです)

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5月 21 2017

唯一の正しい道

昨日のブログで、どこかの会社が先ほどまではうるさかったのに祈りながら書いていたら急に静かになった、また何か起きたようです、と書いたのですが、そのブログを書いた後の午後からの話です。

どこかの会社の連中がまた怒りだしたのです。

しかも何人もが怒っているようで半狂乱みたいな怒り方をしています。(もう、うるさい、うるさい。あっちでゴン、こっちでガン、向こうでガラガラみたいな感じです)

昼休みにも何か起きたようです。(というか、誰か癌にでもなったんでしょう)凄い怒り方でした。

祈るとすぐに現象が現れると書いているのに何度も嫌がらせなどするからいけないのです。(午前中、ずいぶんうるさかったので何度も祈りましたから)

そういう自分たちの悪い行いは一切認めようとせず、悪いことが起きるとすべて私のせい、本当に呆れてしまいます。(あまりの進歩のなさにです)

どれだけ怒りまくったところで、その恐ろしい現象は止まりません。何年同じことを続けるのでしょう。

滅ぼされる前に気づいてほしいものです。自分たちの行いの悪さにです。

しかし、こういう進歩のない連中が本当に多いのです。昨日だけでも私が歩いているとあちこちで怒っている人がいました。(急に怒り出す人もです)

まだ分かりませんか?自分たちが悪いとです。

自分たちが間違っているから悪いことが起きているのです。私のせいではありません。

顔も見たことがなければ祈ったこともない、そういう人が病気をしてなんで私のせいなんですか?

おまけに火事や何かの事件もすべて私のせいなんですよね。(だってサイレンは全部私のせいなんでしょう。では、消防車もパトカーも私のせいということになります)

いくら何でも責任転嫁が過ぎませんか?何でもかんでも悪いことを私のせいにしているなんてです。

もうほとんど被害妄想レベルなんですが(笑)この辺りの人たちは、そういう被害妄想の人ばかりだというのですから笑い事ではありません。(ほんともう病気です)

そんな発想の人たちばかりだからよけい悪いことが起きるのです。

被害妄想の心を持っているのなら、その心の通りの(悪い)ことが起きるのが法則であるからです。

だからこの辺りは特に悪いことが集中して起きているのですが、しかし、もう悪いことは全国レベル(多死社会)で起きているのです。(その中でもこの辺りはトップクラスでしょうが…)

どこかの会社だけではなく、早くこの辺りの人たちは気づかないといけないのです。

自分たちの心と行いの悪さにです。

それを直さない限り不幸は止まらないからです。

昨日、私は堀川に行ったんですが、堀川沿いを歩いていると前からいろいろな人が歩いて来ます。(あそこは散歩コースですから)

昨日も前から見たことがあるようなオバちゃんたちが歩いてきたなと思ったら、案の定、私とすれ違う瞬間に足を地面にザッとすらして嫌がらせをして行きました。

そのオバちゃんたちに見覚えがあったのは前にも同じようなことをされたからです。

このオバちゃんたちは前に祈ったことがありますので、祈ってばかりいても仕方がないと(それに我の強い人たちは祈ってもなかなか現象が現れませんから)歩いて行くオバちゃんたちに後ろから声をかけました。

「オバちゃんたち見てみろよ。鳥ばかりではなく川の魚まで俺には寄って来るんだぜ」

そういうと、珍しくそのオバちゃんたちは私のいう通り、歩きながら横の堀川を見ていました。(私が声をかけても無視して行ってしまう人がほとんどですから)

堀川には、あちこちの水面に細かい魚たちが固まって浮いてきていて(数十匹から数百匹くらいの集団です)元気よく泳いでいるのもいます。(私は堀川に来るとすぐに川に向かって声をかけます。すると魚が跳ねたり、このような細かい魚たちがたくさん浮いてきたりしますので〔冬場はダメですが、暖かくなってくるとこういうことは普通に起きます〕この時すでにそういうことが起きていたのです)

その魚たちを見て、オバちゃんたちは歩くのをやめて川を見ながら何か話しているようでした。(こちらまでその話し声がきこえてきたわけではありませんが、たくさん小魚が浮いて来ているとか何とかいっていたんでしょう)

そのうちに私が見ている前の川の水面が急にざわざわしだして凄い数の小魚たちが上がって来たのです。

その小魚たちは先ほどの数十、数百匹の集団レベル程度ではありませんでした。

二、三メートルの幅で水面が凄い勢いでピチャピチャしだして、その二、三メートルの幅のピチャピチャが数メートルも続いているのです。

だからもう数えきれないくらいの細かい魚たちが一変に水面に浮いてきて、その細かい魚たちの集団が私に向かって泳いでくるのです。

「凄い数だな」とさすがに私も驚きましたが(これだけ一変に細かい魚たちが水面まで上がってくるのも珍しいものですから)その小魚の集団は私のすぐ前まで泳いできましたが、そのまま横に向きを変え、今度はオバちゃんたちが見ている方に泳いで行きます。

さすがに、その光景にはオバちゃんたちも驚いているようで口々に何かいいながら、その小魚たちの集団を見ていました。

私は「こういう愛ある奇跡が起きている者が悪人なのか。俺にはこういう魚たちばかりでなく鳥まで寄って来るんだ。そんな悪人に鳥や魚が寄ってくるわけがないだろう。あなたたちが間違っているんだよ。だから悪いことが起きるの。俺のせいじゃないんだ。いつになったらそれが分かるんだよ」と声をかけましたが、そのオバちゃんたちは私の声がきこえているのかいないのか、私のいうことを無視してずっと川を凝視していました。(よほどその光景が珍しかったんでしょうか?)

しかし、こういうことが起きるのも奇跡だと思います。

いつも私一人が川をのぞいている時は、これだけ集団で小魚が水面まで上がって来るということもそうはないのです。(ゼロではありませんが。たまにこういうことは起こります)

それがオバちゃんたちが川をのぞいている時に限ってこういうことが起きるのです。

しかもその上がって来た多くの小魚たちが、私の前に一度泳いできて、そうして、そのままオバちゃんたちの方にまで泳いで行くというのですから、これだけ分かりやすい奇跡もないのです。(私とオバちゃんたち両方の目の前を多くの小魚たちが泳いで行くというのですから)

この光景を見ていたオバちゃんたちも気づいてほしいものです。

なぜ、こんな奇跡が目の前に現れたのかということをです。(もちろん、この奇跡はこのオバちゃんたちが法に気づいてもらうために天が現したものです。そうでなければ川底にいる多くの小魚たちが急に水面に上がって来るわけがありません。〔しかもわざわざ私の前にです〕偶然こういうことが起きるわけがないのです。すべてそこには神の力が働いているのです)

この法に従うなら、こういう奇跡が次々に起きてきます。

しかし、逆らうなら、何度もここに書いていますが災いが次々に起きて来るのです。

災いが起きるのは自分たちが行いを間違えているからであって、人のせいではありません。

そうして奇跡が起きるのもまた自分たちの行いが正しいからであって、これも人のせいではないのです。

私のいう通りのことをしたら(川を見てみろ)とたんに奇跡が起きた、この事実が私のいうことの正しさを何より物語っているのです。

このような奇跡はたまたま起きたものではありません。法に従えば、このような奇跡が次々に起きるのです。(現に私には起きていますから)

この法に従いませんか?

それが唯一の正しい道であるからです。

(お前のせいではないのです。自分が間違っていました。どうやったら救われますか?なのです。そういう心にならなければ救われる道はないのです。自分たちの考えだけでは〔末法の考えだけでは〕もう悪いことしか起きないからです)

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5月 20 2017

力の覚醒

今、地元の愛知県で女子プロゴルフのトーナメントをやっていますが(中京ブリヂストンレディース)とてもそんな人の多いところはいけませんね。

最近は祈るとすぐに何か現象が現れるようだからです。(そんな人の多いところに行ってちょっかいをかけてきた人たちに次々に現象が現れたら大変ですもんね。どこかの会社も先ほどまではうるさかったんですが、祈りながら書いていたら急に静かになりました。また何か起きたようです)

とはいえ、人にもよりますけどね。年寄りは出にくいですね。やはり我が強い人が多いからです。

だから若ければ若いほど現象が現れやすいのです。我の強い人が比較的少ないからです。(だから小さな子供などやばいのです。すぐに現象が現れます)

しかし、それもこれも自分の行いが悪いから悪いことが起きているのであり、私の祈りのせいではないのです。

その自分の行いがいいのか悪いのかがよく分かる(すぐに分かる)それが私の祈りなのですが、そういう現象が現れても、それを驚く人もいなければ恐れる人もいません。

ほとんどの人がその現象を怒るか、無視するかのどちらかなのです。(ほんと皆さん、態度を間違えています)

すべてその起きている現象は自分の行い以外の何ものでもないのにです。

自分の行いを見せてもらっているだけなのに、そういう現象は認めず、自分が悪いところを直しもせず、悪いことはすべて私のせいにして怒ったり、無視したりしている、そのような不敬で傲慢な人が多ければ、どちらにしても私は餓死するしかありません。(そういう人が多ければ何年たっても布施などしてくれないからです。そういう人たちからすれば私の祈りなどじゃまでしかないからです)

神や心のことを詳しくブログに書いて(様々な)神の業まで現して多くの人に気づきを与え(唯物無神論だった人たちにです)心を救っているにもかかわらず、布施ももらえず(自分たちが悪いのを逆恨みして)怒り憎まれ嫌がらせをされるだけされて餓死したんではあまりに自分が不憫(ふびん)です。(苦笑)

では、そのような勘違いのひどい人たちには癌にでもなってもらい一緒に逝きましょう。(それくらいの天罰は当たって当然ですよね。あまりに勘違いがひどいからです。だから私が祈るとすぐに「悪い」現象が現れるのです。自分たちの行いがそれだけ間違っているからです)

私一人で逝くのも寂しいからです。(行き先は違いますけどね。天上界と地獄界で)

まして、この辺りの人たちはそういうひどいことをしている人が多いのです。では、祈るのに何の遠慮がいりましょう。(ほんと愛がありません)

大人であろう子供であろうと、そんな非道な行いをしている人たちには天罰を食らわせないと、その人のためになりません。

では、いくらでも祈ることが出来ます。こちらはそれだけのひどいことを(大人子供関係なく)され続けているからです。(よってたかって嫌がらせをされている、こちらの苦しみなど考えもしないんでしょうね。そういう人たちはです。本当に考えが足りません)

その間にも私はその人たちの心を救い続けているというのにです。(またそういう人たちに限って私のブログを読んでいるのです。どういう神経しているんでしょうか?)

では、次々に現象が現れるのなら、そういう人たちこそ祈らなければいけません。

その祈って起きることこそ、その人たちの救いになるからです。(そういう人たちは病気にでもなって苦しまないと私の気持ちなど分からないのです。因果応報です)

もうこの辺りの人たちは何をいっても無駄なのです。(もうどれだけ辻説法をしたか分かりません)どのように説明しても私のいうことを悪くしかとらないからです。

では、これだけ祈りがきかれ出した現在、祈らない手はないということになります。それが一番その人たちを反省させることが出来る方法であるからです。

それにこのままでは、もう日本の人たちは(本当の)使命を果たすことは出来ないでしょう。

これだけ現象が現れているにもかかわらず、それでもその神の業を畏れることなく、自分の考えを変えることなく、自分たちのことばかりして神の心に気づこうとしないからです。(どうしても神を認めるのも〔神を一とするのも〕自分たちの生活を変えるのも嫌なようです)

そこまで神に対し不遜であるなら、どっちみちそう長くはこの世にはいられないのです。(そういう不遜な人が多いから多死社会になっているのです…お気づきですか?)

だからこういうことも起き出したのでしょう。日本はあまりに神に対し不遜で傲慢な人が多いからです。(これだけのことが起きてもそれでも誰も私に頭を下げようとしないのです。本当にすさまじいですね)

何から何まで自分のせいなのです。私はそのような天の思いに先んじて使命を果たそうとしない人たちに気づきの現象を与えているのです。(いま流行りの忖度〔そんたく〕ですね。〔笑〕)

だからもう結構ですよ。布施などしてくれなくても。(どっちみちする気ないんでしょうが。〔苦笑〕)そうして嫌がらせをやめてくれなくてもです。(逆にやめてくれたら困ります。祈る理由がなくなってしまいますから。最近は少し嫌がらせが減りました。〔さすがに評判になってきましたかね。次々に現象が現れるとです〕だから書いています)

ガンガン祈って、ガンガン現象を現します。

そうして癌になる人がたくさん出てくれば、それはそれで噂になり、嫌でもその噂は拡がります。(例えば名古屋の人の半分が癌になったら、それはそれで大ニュースです)今はネットがあります。多くの人が癌になればなるほど噂は(大きく)世界に拡がって行くでしょう。

すると必然的に法の存在も世界中の人が知ることになります。

悪い人には天罰がくだり(癌)法も拡がって行くというのであるなら、これは一石二鳥ということにもなります。

では、そういう現象を現すためにも私は、祈って、祈って、祈らなくてはいけないということになります。

現象が現れれば現れるだけ噂は拡がるからです。(申し訳ありませんが、そういう手しか他にやりようがありません。こう周りの人の心が悪くてはです)

神の業を無視し、怒りの心を持つ人が多ければ多いほど不幸が起きるのです。

神の業に対しては畏れ敬わなければいけないからです。

自分たちの考えを大きく変えないといけない時期にすでに来ています。(その時期が過ぎているからこれだけの不幸が起きるのです)それを拒むのであれば、不幸はすぐにでも現れます。

しかし、神の心を素直に受け入れ心と行いを正すのであれば、すぐにでも奇跡は現れるのです。

どちらを選ぶのかは自分次第ですが、その思いにかかわりなく神の業はいやおうなしに現れてきます。

すでにそういう時代になっているからです。

いつまで小さなことにこだわり、自分の殻に閉じこもっているのですか?

今現在もこの世の状況はどんどん変わりつつあるというのにです。

(だからもっと心を広げないといけないと何度もいっているのです。いま大きく時代が変わろうとしているからです。このような時代になり自分の考えが足りないようなら絶対に生き方を間違えるのです。だから私は前回でも書いたのです。もっと愛を深めないといけないとです。〔それこそイルカなどの動物たちに至るまでです〕その愛が最後は自分を救うからです)

追伸…あまりに嘘ばかりついていると信用もなくなり罰も当たります。

それが国会議員というのでは話にならないでしょう。(国会は堂々と嘘をついてもよい場所なんでしょうか?そう思えますよね。最近の国会のニュースなど観ているとです)

テレビは多くの人が観ています。(子供も観ていますからね。それに神も観ています。恥ずかしくはありませんか?)いろいろあるんでしょうがもう少し正直に話をされてはどうでしょう。

それが人としての正しい在り方であるからです。(ほんとあまりにとぼけられると見るに堪えませんから。それに教育上もよろしくありませんし)

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5月 18 2017

小さな心と大きな愛

しかし、もう勝負はついていますよね。

こちらは次から次に奇跡が起きているのに、私に嫌がらせをしている人たちには次から次に災いが起きているのです。(しかもその災いがドンドン増えているようですが…)これ以上、意地を張って嫌がらせを続けても災いが増えるだけです。

それなのにまだ続けるのですか、そんな屁の突っ張りにもならない危ない嫌がらせをです。

もう見ただけで分かるでしょう。どちらが勝ちでどちらが負けているのかはです。(マァ、勝ち負けの話ではありませんが)

自分たちが小さな心で、怒りや憎しみばかりを出しているから災いしか起きないのです。

大きな心で愛をもっと出してはどうでしょう。そうすれば、その災いは黙っていても止まるからです。

私は昨日、久しぶりに名港水族館に行ってきました。

行くとまたイルカやペンギンなど大騒ぎをしていました。イルカなど小さなプールの方を見ていたら(そのプールには四頭ほどのイルカがいました)いきなりバシャとかやってきます。

それで私が「おい、おい、あんまり水をかけるなよ」とかいっていたら、一頭がいきなり大きく跳ねてバシャンとやったものですから、水が一変にこちらに飛んで来ました。

「ちょ、オイ」とかいって、私はその跳ねて飛んで来た水をよけましたが(こういうところでもイルカが人の言葉が分かるということがよく分かります)それからはもう他のイルカもバシャバシャ跳ね始めて大騒ぎです。(狭いプールなのにです)

面白いんでその場面を動画に撮っておきましたが、イルカが大騒ぎをはじめたものですから周りにいた人たちも集まって来て、そのイルカたちを見ていました。(「ここのイルカ大騒ぎしているよ」とかいいながらです)

普段から愛を出しているなら、こういう愛ある行為がどこにいても返ってくるのです。

その後、今度は大きなプールでイルカたちを見ていたのですが、そこでも私が見ていると、何頭ものイルカたちが私の近くに寄って来て近くを泳ぎ回っていました。

私の近くでジッとしているイルカもいたのですが、そのイルカの体を見ると何かきずだらけなのです。

「お前ずいぶん体がきずだらけなんだな」とかいいながら、私はそのイルカの体をジッと見ていました。

他のイルカもよく見てみると、体のあちこちにきずがあります。

人のブログなど見ると水族館など行って、イルカのショーなど見て、感動したとか、すごく面白かったとか書いている人もいますが、しかし、イルカたちは自分の身を犠牲にして人に喜びを与えているのです。

それはこのようなイルカたちの体を見れば分かります。

あのイルカたちが飛んだり跳ねたりしているのは決して楽にしているわけではなく、ずいぶん自分たちの体を酷使しているということを知らないといけないのです。(だから水族館にいるイルカは寿命が短いのです)

そうであるなら、あのイルカのショーを見ている時でもただ面白いというだけではなく、そのような体を酷使して人を楽しませてくれているイルカたちに、感謝の心を忘れてはいけないということです。

こういうことが愛を出すということなのです。

前にも書きましたが、愛とは、相手の気持ちになって考えるということなのです。それは人であろうと動物であろうと(もちろん植物でも何でも)同じなのです。

常にそういうことに心を馳せることが愛を出すということなのです。

それなのに、マァ、この辺りの人たちは、今日も相変わらずこのブログをじゃましています。(しかも半分べそをかきながらです。もうずいぶん危ない現象が現れているようです。どこかの会社などです)

私に嫌がらせをして来る連中もこの辺りたくさんいるのですが、そういう人たちはどういう心で、そのようなことをしているのでしょうか。

それはもうお分かりだと思います。

そのような人たちが愛の心でじゃまや嫌がらせをして来るわけがありません。

皆が皆、そのような人たちは怒りや憎しみの心からそのようなことをしているのです。

だから自分たちに災いが起きるのです。

そのような怒りや憎しみの心が自分に返って来てです。

それなのにその災いをすべて私のせいにしている、それではもっと悪いことが起こります。

自分の罪まで人に擦り付けているからです。

小さな心でいつまでもいるから分からないのです。自分たちの間違いも愛もです。(そもそも、最初に嫌がらせを始めたのはそちらなのです。神の心などまったく理解せずにです。心が小さいからまったくそういうことが理解出来ないのです。だから不幸になるのです。いつまでも心が小さいまま進歩しないからです。だから少しでも心を広げる〔視野を広げる〕努力はし続けないといけないのです。そういう努力をしないと〔心が進歩しないと〕真実は観えてこないからです)

大きな心で大きな愛を出しませんか。

その出す愛が大きければ大きいほど、自分に返って来る愛もまた大きくなるからです。

(今日は周りが〔どこかの会社もそうですが、前のマンションでも何かやっているようで〕うるさいのでこれくらいにしておきます)

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5月 16 2017

戦前と戦後の違い

それにしても最近の北朝鮮は予想不能ですね。(これまで以上にです)

アメリカや中国に一切かまわずミサイルを発射して後はどうするつもりなんでしょうか?

いろいろ専門家やコメンテーターが説明していますが、それがどれだけ正しいのか分からないし、最近の次から次へのミサイル発射や核実験などもう尋常ではありません。(なんぼ何でもやりすぎです)

このままでは遅かれ早かれ武力衝突は起きるのではないでしょうか。もう打つ手もないからです。(どこも止められないでしょう。北朝鮮をです)

それに、もう完成間近なんでしょう。核も弾道ミサイルもです。(だからこれだけ立て続けに発射実験などしているんじゃないですか?)

ここまで来て核実験やミサイル発射を北朝鮮がやめるとは思えません。

では、最終的にアメリカはやるしかないということになります。

そうなると(韓国だけでなく)日本にも飛んでくるでしょうね。ミサイルがです。

そういう順序がつく確率が高いということです。

なぜかといえばです。その前に日本に爆弾が飛んで来た大東亜戦争も、実は法に関連して起こされたものであったからです。

つまり法が拡がる可能性があるのか、それともないのかで、そういう最悪の事態さえ招きかねない状況になるということです。(今のところ法が拡がる可能性はほとんどありませんから。皆さん方の非協力的な態度によってです)

それほど本当の神の教えとは偉大なものであるからです。(本当の神の教えが拡がるか、拡がらないかで、救われる人の数がまったく違ってきますから。〔もちろん世界のです〕その責任を果たそうとしなければ最悪の順序は当然もらいます。それに〔カジノ法案などの〕危ない法案もいくつか通しています。ドンドン危ない方向に日本は行きますね)

あまり詳しくは書きませんが(このブログを読んでいる人は法をよく理解している人が少ないからです。すると戦争と法がどうしてかかわりがあるのかがうまく理解できないからです)よく考えてみてください。

宗教一つとってもです。あの大東亜戦争前と後では(だから戦前と戦後では)ずいぶん大きく変わっているのです。

その宗教を伝える下地がです。

戦前までは、明治維新以降の明治政府の宗教に対する統制強化がそのまま残っていたのです。

政府公認の宗教しか認めず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)や宗教弾圧(大本事件)まで起きています。

つまり戦前は、宗教を伝えるには非常に不自由で暗黒な時代であったのです。政府が様々な規制を宗教にかけていたからです。

しかし、戦後はどうなったでしょう。

そのような規制はすべてなくなり(憲法の信教の自由によって)自由に宗教を伝えることが出来るようになったのです。

実際に戦後はいろいろな宗教が様々な問題を起こしますが(強引な勧誘が問題になった創価学会の折伏大行進や霊言シリーズがブームになり急拡大した幸福の科学、霊感商法問題などなど)政府が介入して弾圧まで行った例は一つもありません。(ただしオウム真理教のような〔サリン〕事件など起こせば別ですが)

つまり、戦前と戦後では、宗教を伝える環境がまったく変わってしまったということです。

ということは、戦前に日本に法が出現していても法を広く伝えることは出来なかったでしょうが、戦後に出現したのであれば、世に広く法を伝えることも可能になったということになります。

だから、そのような法を伝えるための環境の違いが、大きな戦争をしなければいけなくなるほどの順序までつけられたということです。

あまり詳しくは書きませんが、要はその法を広く伝えることが出来るのか、それとも出来ないのかで最悪戦争まで起きる、そのような順序まで与えられる時があるということです。(それは事実なのです。法を真剣に勉強する人が増えて来た時、そのことはまた詳しく書きます)

そのことを理解したうえで今の状況を考えるとです。

ミサイルが飛んで来る確率が非常に高いと思われないでしょうか。先ほども書きましたが、あまりに法に非協力的な人が多いからです。

法の流布のじゃまはするわ、無視はするわ、そういう人ばかりです。これでは最悪の順序を天からつけられかねないのです。

そこまでしないと日本の人々は神に目覚めないということでです

このブログを読んでいる人は気づいているはずです。もう多くの神の業が現れているということをです。(災いも奇跡も両方合わせてです)

もう数えきれないくらいの神の業が現れているにもかかわらず、ほとんどの人がその神の業に対し畏敬の念を現さないどころか(それだけでもう超罰当たりです)怒りや憎しみの心を現しているのですから、罰が当たらないはずがないのです。

もうこの辺りなど、どれだけ天罰を食らっているのか分かりません。それだけ神の業に対し不遜な態度を取る人が多いからです。

いいですか。これだけ災いが現れているということは、そういう大多数の人が取っている不遜な態度を改めるなら、一体どれくらいの奇跡が現れるか分からないということなのです。

法が説かれているところにはそれだけ多くの神の業が現れるからです。(それは釈尊の時代しかり、キリストの時代しかりです)

そうであるなら、神を敬い、法を説いている人に感謝する人が増えてくるなら、まだまだ多くの奇跡が現れて来るということになります。

そうして、もし、そういう多くの奇跡が現れて来るのなら、日本にミサイルが飛んで来るような順序も段々遠のいて行くということです。

そのような奇跡によりまた別の道がついてくるからです。(北朝鮮問題が平和理に解決するような道がです。神の力が現れてです)

このブログを見ている人が心を入れ替えるか否かで、いま世界的な問題になっている北朝鮮問題も解決の糸口がついて来るのです。(本当です。奇跡が起きている者が嘘などつきませんから)

それでも神を無視して(この本当の神をです)自分のことをやり続けるのですか?

そういう不遜な態度を取り続けるのなら、最悪の事態も招きかねないのです。(日本だけでなく世界にとってもです)

もう少し大きな心で神を信じませんか?

そういう人が増えれば大きな奇跡が現れて来るからです。

(これも本当の話ですから。いつまでも多くの人が神を無視し続け自分のことを優先するなら、最悪の事態は起きるのです。少しの布施くらいしてください。とりあえず〔とりあえずですが〕それをされるだけでも神に対する思いは変わりますから。〔決して神を無視しているわけではないということにです〕)

追伸…相撲の話を少し書きますが、稀勢の里はもう休場した方がいいでしょう。

無念であるとは思いますが、今場所は勇気を持って休むべきです。

昨日は勝ったとはいえ(一昨日はひどい負け方でしたし)とても横綱が取るような相撲とは思えませんでした。

もう無理しているのがありありと分かるからです。

それに昨日、取組前に土俵下で座っていた稀勢の里に前の取組の照ノ富士が落ちて来て、よりにもよって痛めている左腕にぶつかっていました。

ずいぶん稀勢の里も痛がっていたようですが、こういう運の悪いことが起きるのはこの場所は休めと天が教えているからです。

あれは偶然ではないのです。

ああいう順序をもらうということは、天が今場所そのまま相撲を続ければ、その左腕はもっと悪くなると教えているのです。

そのような天の警告を無視して今場所無理して相撲を取り続けるなら、後々、必ずその左腕のけがは祟ることになります。

今場所は早々に休まれた方がいいでしょう。

それが稀勢の里にとっても、私たち相撲ファンとっても、一番よいことであるからです。

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