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6月 01 2017

怒りより気づき(今までにない稀な体験)

相も変わらず皆さんお怒りなんですが(どこかの会社など本当にやばそうですが…大丈夫ですか?)最近のパターンとしましては家や会社の中からガンとかゴンとかする人も多いんですが、私が歩いている先で待っていて、私が通りかかると嫌がらせをするという人も結構います。

だからもうそういう人は遠目から見ても分かるのです。何気なく立っているようですが、その立っている姿が何か不自然で異様に見えるからです。

それを分かりやすく例えるなら、私が歩いているその先に地獄霊が一体立っている、そんな感じですかね。(よけい分かりにくいですかね。〔笑〕)

だからそういう人を見かけるとこちらは辻説法をしながら、そちらに向かって歩いて行くのです。すると、その立っている人たちは私が近くに行く前にだいたいどこかに行ってしまうのです。

その辻説法で自分の間違いに気づくからです。

こういうところも地獄霊とそっくりです。地獄霊は自分の間違いが分かると天上界に帰って行くからです。

だから地獄霊にお経など、どれだけ上げてもその地獄霊は救えないのです。(そのお経の意味を地獄霊は知らないからです)

もし迷っている霊がいるようなら神理をコンコンと説いてやることです。そうして正しい祈りをしてあげるなら(神よ、この霊に光をお与えください、安らぎをお与えください。どうぞ正しくお導きください)その地獄霊は自分の間違いに自分で気づいて反省して天上界に帰って行きます。

そのようなやり方こそ地獄霊を救える唯一の正しいやり方であるのです。

だから人も地獄霊も同じであるということです。(それはそうでしょう。人と霊の違いは肉体があるのかないのか、それだけですから)

マァ、地獄霊の話はいいんですが(とりあえず、生きている人を救わないといけませんから)この辺りの人たちは早く気づいた方がいいでしょう。

自分たちの間違いにです。

自分たちが間違えているから自分たちに災いが起きているのあり、人のせいではありません。(もうそれをどれだけいったか分かりませんが。〔苦笑〕)

この辺りの多くの人たちは私に心を救われているのです。それにこのブログを読んでいる人も多いのです。(ということは心を救われたことプラス、多くの〔神や心の〕ことを知ったということになります)

では、感謝されてはどうですか?

これだけ神の奇跡が現れ、神の心が分かることも、自分たちの永い輪廻転生の過程であってもそうは体験出来ることではないからです。

大変稀で貴重な人生であると思うからです。(こういう体験は普通出来ません。それは爺ちゃん婆ちゃんにでもきけば分かります。どれだけの年寄りでも、これほどの現象〔神の業〕を見た、あるいは体験したなどという人はいないはずだからです。では、これだけ稀な人生もないということになります)

では、感謝されるのが当然でしょう。私にです。私と同じ時代に生まれたからこれだけ稀な体験も出来ているからです。

一回の人生でこれだけ知らない体験をすることもそうはないのです。

それだけ多くの知らない体験をしたということは(善い悪いは別にして)それだけ多くのことを知ったということに他ならないのです。(知らない体験をしたということは知らないことを知ったということですから)

では、ずいぶん中身の濃い人生を送っているということになります。これだけ神や心のことを知ることが出来る人生もそうはないからです。

そうして、その神や心のことを知ることこそが、私たちがこの世に出て来た本当の意味であるからです。

私たちがこの世に出て来たのは何も金や地位や名誉を得るためではありません。それは、そのようなものは、すべてこの世に置いて行かなければいけないということでもその事実が分かるのです。(そういうものをあの世に持って帰った人など一人もませんから)

では、あの世に持って帰れるものは一体なにか?ということになりますが、それが心なのです。

私たちは自分の心を磨くためにこの世に出てきているのです。その心だけはあの世に持って帰れる唯一のものであるからです。(肉体が死んでいるのに心だけは残っていた、などという人はいませんから)

だから、その心を磨くために、この世の様々な体験が大事なのであり、この世の金も地位も名誉も、その自分の心の磨くための一つのアイテムにすぎないのです。

それなのに、その心を磨くための一つのアイテムにすぎないものを得るために血眼になっている、本当に哀れですね。

この世のものだけしか目に入らない人たちはです。

そのような考え方に一石を投じたのが私の起こした現象であり、そういう奇跡が起きたから、この世は物だけではないということも分かったのです。

多くの唯物無神論であった人たちがです。

私が祈って様々な現象を現さなかったら、その(この世がすべてという)唯物無神論を変える人はいなかったはずです。

では、私は皆さんの心にとって(心だけに絞った場合です)大変よいことをしたということになります。

多くの人が唯物無神論から唯心有神論に目覚めたからです。(まだ完全に目覚めている人はいませんが)

だからそれに気づかないといけないといっているのです。

それに気づかず上辺の起きていることだけを見て、怒っていても悪いことしか起きないのです。

そういう判断が間違っているからです。

上辺で悪いことが起きているのは、その人の心が悪いから起きているのであり、人のせいで起きているのではないのです。

その人の心がよければ悪いことは起きないからです。(こういうところがまだ完全に唯心有神論に目覚めていない証拠なのです。責任転嫁など唯物無神論の最たるものであるからです。すべての原因は自分の心にある、完全に唯心有神論になればそれが分かるからです)

だから、悪いことが起きた人は自分が悪かったと割り切り、自分の悪いところを反省することです。

実際にそのような人たちには反省すべき点が多々あると思うからです。そういう点があるから悪いことが起きたからです。

すべてのことにおいて、自分がよいのならよいこと(奇跡)しか現れないし、自分に悪いところがあるのなら、その悪いところは現象(災い)として現れるのであるのだし、そのような心に思っていることが分かりやすく現れる時代になったということです。

怒ってばかりいるより気づかないといけないのです。

自分の悪かった点をです。

今回の人生はずいぶん神の業が現れる大変稀な人生であるのです。

では、その幸運を活かし大いに心を磨いてください。(これだけ幸運な人生はありませんから。心から観たらです)

それだけ悪い現象が現れる時(最大のピンチ)は、それだけよい現象も現れる時(最大のチャンス)であるからです。

泣き言(責任転嫁)をいっていても何も変わりません。

いま起きていることを変えたいのであれば、正しいことに気づくことです。

自分で気づいて自分で変える、それ以外で救われる道はないのです。

(それは先ほど書いた地獄霊たちと同じです)

追伸…この辺りの人たちばかりでなく、北朝鮮もまたずいぶん怒っているようです。

日本への攻撃対象を(アメリカ軍の基地から)拡大するとかなんとかいっているようでが、勝手に日本のEEZ内にミサイルを撃ち込んでいるのはそちらなのです。

それで怒っているのはおかしいでしょう。怒らないといけないのはこちらの方(日本)であるからです。(どう考えても逆です。だらしがないことに、こちらは一方的にミサイルを撃ち込まれているだけであるからです)

そういうひどいことをされているにもかかわらず、そんな勢いで日本のEEZ内にミサイルを撃ち込めば(最悪の)不測の事態も起きかねませんよと教えてあげてもいるのです。

もし、そんな勢いで何発もミサイルを撃ち込んで、アメリカ軍機や軍艦にミサイルが命中でもしたら、どうなると思いますか?(それは自衛隊機であろうと日本の漁師の船であろうと同じなのです。そんなことになったら日本人はみな怒るのです。もちろん私もです)

そんなことにでもなったら、そちらもただでは済まないのです。(もしかしたらさすがの北朝鮮といえども最悪の事態に陥るかもしれません。アメリカ軍が武力行使を行うかもしれないからです。マァ、誤差が七メートルくらいの正確さでミサイルが撃てるのですから、いらぬ心配かもしれませんが)

そういう最悪の事態になってもいけないから、そこまでされない方がよいのではないですか?といっているのです。

ミサイルもほどほどにされてはどうでしょう。この勢いでミサイルを撃たれてはどの国も対話どころではなくなるからです。(そうなれば当然、圧力一辺倒にもなりますし)

マァ、北朝鮮も怒っているばかりでなく、少しは感謝されてはどうでしょう。そうすればいいことも起きて来るからです。

なんなら神の心を教えましょうか?神の心を知るならば北朝鮮にも奇跡が起きて来るからです。

神の心を北朝鮮の多くの人が知るならば、今のような状況も段々変わって行きます。

勉強されてはどうでしょう。

北朝鮮もこの神の心(正法神理)をです。

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5月 30 2017

神への思いの足りなさ

本当に皆さんお怒りです。

どこかの会社は言わずもがな(昨日といい、今日といい、大荒れです)あちらでゴン、こちらでガン、家やら会社やらあちこちで本当によく怒っています。

そのような人たちにいっておきます。

「お前のせい」ではなく「自分たちが間違っていました。助けてください」なのです。

もうその人たちのような心の在り方では悪いことは起きて当然であるからです。

今の人々は末法の心の人が多いのです。しかし、世はすで末法の世から正法の世に変わっています。

時代が(世が)変わっているにもかかわらず、いつまでも古い時代の心(末法の心)のままでいては新しい時代である正法の世では不幸になります。

だから多くの人が不幸になっているのです。

心と時代が合わないからです。

正法の世では正法の心にならないとよいことは起きてきません。

その正法の心を知っているのは私だけなのです。(だから私にだけ奇跡が起きているのです)

早く気づいてください。自分たちの心ではもうこの時代、通用しないとです。

奇跡が起きている人こそ本物なのです。

私のいうことをきいてください。そうすれば救われるからです。(残念ではありますが、それ以外ではもう救われる道はありません。正真正銘の〔釈尊が説かれた〕正法を誰も知らないからです)

どこも(時代が変わったことに気づいていないため)凄まじくお怒りなんですが、そのような人々に負けず劣らず北朝鮮もずいぶんお怒りのようです。(比べてはいけませんね。やることが全然違っているのですから)

またミサイルを発射したそうですね。しかもそのミサイルは日本海の日本の排他的経済水域(EEZ)内に落ちたとのこと。

もう異常ですね。これほどのミサイルの発射はです。(これまでの北朝鮮レベルとはまったく違うのですから)

G7サミットでの北朝鮮への圧力を強めるといわれたことへの抗議でしょうか?(抗議でミサイル撃ちますかね)

しかし、それをいわないわけにもいきませんしね。(中国やロシアがいっているような)話し合いだけで北朝鮮がいうことをきくわけがないからです。

一方で圧力をかけながら、一方で話し合いもしていかないと通る話も通りません。(どっちみちあまり通りそうもありませんが、このような状況ではです)

では、両建て(話し合いと圧力)でやるしかないということになります。

しかし、中国は何を話しているんでしょうか?(ミサイル発射が止まるどころか増えていますから…私の提案は無視ですか?)

このままモタモタしていては始まってしまうかもしれません。どういうきっかけで武力衝突が起きるかは分からないからです。

武力衝突はないとたかをくくっている人も多いんですが(テレビなど観るとです)しかし、最近の北朝鮮のミサイル発射の数は異常なのです。

もし、そのミサイルがアメリカ(または日本)の船や飛行機に命中でもしたら、その時はどうなるのでしょうか?(日本の漁師の人たちにミサイルが命中したら、日本はどうするのですか?まさか「厳重に抗議する」で終わらせるわけではないでしょうね。そういう時の対処はもちろんお考えでしょうね。起きかねませんよ、これだけ日本のEEZ内にミサイルを撃ち込まれてはです)

そういう最悪の事態にでもなったら武力衝突が絶対にないとはいえないでしょう。たかをくくれるような状況ではないのです。

それにアメリカが北朝鮮近くに空母を三隻も集結させるといいます。(こういうことは異例なんですよね)それを考えるなら、いつ武力衝突が起きても不思議ではないと考えた方がいいのではないでしょうか。

どういう最悪の事態が起きるかは誰にも分からないからです。

各国のお歴々はそういう最悪の状況をよく考えていられるのでしょうか?

だから私はくどいくらいここに北朝鮮のことを書いているのです。

どうしますか。今のペースでミサイルをボンボン発射されたらいつ最悪の事態が起きるか分からないのです。

どちらにせよ、そういう最悪の状況であるということだけは自覚しておいた方がいいでしょう。

その自覚があまりにないと最悪の状況になった時にパニくるだけであるからです。

どうします。このままだと武力衝突は不可避のような気もしますが…(何か時間の問題のような気もします。最近の北朝鮮は予想不能であるからです)仕方がありません。

ここは私の祈りで金正恩氏を何とかしましょう。非常事態であるからです。

もう神に頼む意外にこの問題を解決出来る道はないからです。

といいたいところなんですが、仮に私が北朝鮮のことを祈ってもきいてくれないでしょうね。天は。

だいたい、一国の領主を私一人の祈りなどでどうこう出来るものではないのです。

一国の領主となるくらいの使命の大きな人は、それだけ多くの人の使命と役割を担っているからです。

そういう人をたった一人の祈りでどうにか出来たら、多くの人の使命と役割が果たせなくなります。(つまり多くの人の使命と役割が大きく狂ってしまうということです)

だから、一人や二人で祈っても、そのような大きな使命がある人への祈りはそう簡単にはきかれないのです。(その人がたとえどれだけひどい独裁者であってもです。そういう人の下に生まれていく人たちは過去世で同じようなことをしているからです。〔人を散々苦しめるようなことをです〕その業もあって、そういう人の下に生まれて自分も苦労して同じ苦しみを味わう。そういう人たちは〔独裁者の下などに生まれていく人たちは〕そのような使命と役割〔業の清算〕があるのです)

しかし、これが一人や二人でなく多くの人の願いということになると話がまた違ってきます。

だからこの教えを多くの人が勉強しないといけないといっているのです。(心を神の下に一つにしないといけないといっているのです)

この本当の神の教えを多くの人が勉強するなら、その勉強をじゃましようとする人たちには天罰がくだるからです。(また、この教えを無視している人が多いからそういう〔ミサイルが飛んでくるような〕順序ももらうのです。だから、北朝鮮がどれだけミサイルを飛ばして来ても、私の祈りなどきかれないといっているのです。日本の多くの人々がそのミサイルを自ら呼んでいるからです。〔神の心にまともに逆らってです〕)

今のままの心(末法の心)の人が多ければ、どういう悪い結果が現れるか分かりません。

少しはこの法を勉強されてはどうですか?

そういう人が増えて来るなら平和な道が開けてくるからです。

追伸…あごにまで癌が転移したとのことですが、それではもう肉体は一杯一杯でしょう。

これだけ悪い方に行っているです。

もう神でも何でも頼ればいいのにと思いますが、そういう思いは誰も出て来ないのでしょうか?

ずいぶん愛がない人が多いのですね。(深い愛がです)

本当に残念です。どの人も神への思いが足りないばかりに不幸な道を進んでいるからです。

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5月 28 2017

第一念

昨日は堀川に行ったんですが、この前ブログに書いたオバちゃんたちがまた散歩していました。(たくさん出て来た小魚たちを見ていたオバちゃんたちです)

この前のこともあり少しは私に対する態度を変えたのかと思いましたが、何が何が、全然でした。(苦笑)

すれ違いざま、また前回と同じような(足をザッと引きずるような)嫌がらせを私にして行きます。

呆れましたね。

「オイオイ、オバちゃん、あんたらこの前たくさんの小魚が上がって来たのを見ただろう。それなのにまだ態度を変えないのか」と声をかけたのですが、私の声など無視して歩いて行きます。

そうして「また小魚が上がってきているぞ」と声をかけたのですが、今度は堀川を見ようともしません。

何が面白くないのか、私に頭など下げるのはまっぴらだとでも思っているのか(それとも何か起きたのか)それはよく分かりませんが、この辺りの人たちは、私に様々な奇跡を見せられているにもかかわらず、このような(傲慢な)態度を取り続けているのです。

これでよいことが起きるのでしょうか?

何を見せられても(あるいはどれだけ心を救われても)感謝一つせず嫌がらせをし続けている、こういう態度を多くの人がしていてよいことが起きるわけがありません。

何で少しの感謝する態度くらい取れないのでしょう。本当に不思議ですね。(逆に不思議ですよね。これだけ傲慢な態度しか取れない人たちはです)

こういう態度を取る人たちばかりなのです。(この辺りは特にです。私に感謝した人など一人もいませんから)これでは神も怒ります。(神の業を見せられているのに、それを嫌がらせで返しているのです。いやはやすさまじい〔罰当たりな〕ことをしています)

だからこの辺りは異常なほどの悪いことが起きているのです。あまりに神の心に逆らう人が多いからです。(というより人としてどうかということです。そういう態度しか取れないようでは人格まで疑いますよね。こういう大人たちばかりでは子供もひねくれるはずです)

今日も朝から怒っている人たちがいました。

私が窓を開けて、少し掃除をしているだけでドンとかガンとかして来る人がいるのには呆れますが、その間だけでも(ほんの五分、十分くらいです)すずめが近くに寄って来てピィピィ鳴いているのです。

それは、そういう嫌がらせをしている人たちにも分かったはずです。(すずめの鳴き声がきこえたはずだからです)

それだけ起きることが違っているのです。私とあなたたちとではです。

私には災いなど起きないのです。このような愛ある奇跡しか起きないのです。まだ分からないのですか。

私とあなたたちの違いがです。

神の心に従っているのか、それとも自分本位にしか生きていないのか、それだけの違いなのです。

それだけの違いでこれだけ起きることも違うのです。では、従ってはどうですか?

神の心にです。

いつまでも自分本位の心でいるからいいことが起きないのであり、それを人のせいにして怒っていますが、どれだけ怒っていたところで悪いことしか起きないのです。

自分たちが間違っているからです。(その自覚がないだけでです)

だから心を入れ替えるしかないのです。そうすれば起きて来ることも違って来るからです。

心を救われた人にはまず感謝しないといけないのです。(それが人として当たり前のことですが…)

その最初に思う心を間違えてしまうとすべて間違ってしまうのです。(ボタンの掛け違いを思うならよく分かると思います)

そのような第一念がすべてを支配するからです。(それは祈りでも同じです。第一念がその祈りを支配するのです。だから私はよくここに書いているのです。祈り方を間違えてはいけないとです。〔例えば、地震が起きませんようにという祈りは、地震が起きるということを前提で祈っているのです。だからそういう祈りは地震が起きますようにと祈っていることと同じだといっているのです。地震が起きるということが第一念にあるからです〕)

第一念が変わると起きることも違ってきます。その第一念からまず反省を始めませんか?

そうすれば私に対する思いも変わって来るからです。

私は、昨日の堀川でもそうでしたが、一昨日庄内川に行った時などもっと凄かったです。凄い数の魚が水面に出て来たからです。

一昨日庄内川に行った時のことです。

雨上がりであったため、川はずいぶん濁っていたのですが、私が庄内川に行くと川岸近くのあちこちですでに小魚たちがバチャバチャやっていました。

「オウ、お前ら元気か」と声をかけながら歩いていると、あちらこちらから小魚が上がってきて川岸近くのあっちでバチャバチャ、こっちでバチャバチャが始まりました。

そのうちに川の真ん中あたりでバシャバシャ跳ねる魚もいて、大きい鯉なども(それはさすがに跳ねませんでしたが)ガバッと水面から顔を出したり、尻尾をバシャバシャしたり、中には体を水面から半分以上も飛びだす奴までいて騒がしいことです。(その鯉は遠目に見てもずいぶん大きかったですよ。「おっ、でかい」と思いましたもん。〔笑〕)

そればかりか、そういう大小の魚たちが騒いでいる中で、川岸から少し離れた辺りでもガボガボ水面が波打っているのです。

よく見てみるとそれもまた魚の一団で(川岸で騒ぐ小魚よりは大きい魚たちですが〔多分ボラの集団でしょう〕そんなに数十センチもあるような魚たちではありませんでした。数センチくらいの魚たちの一団でしょう)その魚たちの集団が、私の前あたりまで来ると水面まで出て来て水面を泳ぎ回っているようで、それでその辺りだけ水面がガボガボ揺れているのです。

そのボラか何かの集団が川の流れに沿ってたくさん泳いでいるようで、一つの集団が行ってしまうとまた次の集団が浮かんで来て、その集団が行ってしまうと、また次の集団が浮かんできてみたいな感じで、どれだけいるのか分からないくらいの数の魚の集団が何度も何度も浮かんで来て、私の前の辺りでガボガボやっていました。(また嬉しそうに泳いでいるのです。私が「お前らも元気か」と声をかけると、バシャバシャ大騒ぎする集団もありました)

だから、川岸近くでは小魚の集団、その向こうではもう少し大きめの魚の集団、そうして川の真ん中あたりでは大きめの魚がバシャバシャやって、ずいぶん賑やかでした。

一昨日の庄内川はです。(その時はビデオを持っていかなかったんですが〔雨上がりだったものですから〕マァ、また撮る機会はあるでしょう。〔笑〕)

こういう奇跡もそうは起きないと思いますが(というか、見たことありますかそのような奇跡をこのブログを読んでいる人たちはです)このような(神の)奇跡が次々に私には現れているのです。

そういう者をです。憎んでいて、それでよいことが起きると思いますか。

それでは神を憎んでいることと同じなのです。(神の業がそれだけ私には現れているからです)

とりあえず、私への第一念を反省されませんか。そうすれば私への思いも変わって来るからです。(そう毛嫌いするのではなくです。それは神を毛嫌いしているのです。だから私にそのような思いがわいてくるのです。日本の人々はこれまで本当の神を知らなかったからです)

そうして私への思いが変わってきて、態度も変わって来るなら、起きて来る現象は当然変わって来るからです。

これまでの日本の人々は本当の神を知りませんでした。だから本当の神の力が現れるとそれを無視したり、毛嫌いしたりしているのです。

しかし、もう本当の神を知らなければいけない時が来ています。(知ろうとしなければドンドン悪いことが起きてきます)

もう自分本位な心は捨て、神の心に従われませんか?

小さな我を捨てなければもうよいことは起きて来ないからです。

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5月 27 2017

世界の二大難問

相変らずお怒りの人が多いんですが(どこかの会社は今日は不気味なほど静かです。どうしたんでしょう…マァ、最初だけでしょうが)私に感謝もせず(心を救われているくせにです)散々嫌がらせをしているのはそちらなのです。

その(間違った)態度を反省し、私に感謝するなら起きている災いは止まりますし、またそういう態度が出来るなら災いは起きないでしょう。

自分たちの心と行いが間違っているから、間違っていること(災い)が起きているのです。

その間違いを正してください。そうすれば悪いことは起きないからです。(だいたい前回も書きましたが、神の業が次々に現れている者に嫌がらせするって、どれほど間違った行いでしょう。そんなことをしているから罰が当たるのです。〔それだけ罰当たりな行いもないからです〕よいことをしてはどうですか?神の業が次々に現れている者によいことをするなら、当然よいことが現れて来るからです)

そのようなこちらで起きている神が現す災いはともかくです。人がわざと起こしているような災いは何としても止めないといけません。(人が起こす災いは不幸にしかならないからです。しかし、神が起こす災いは心が救われるのです)

そのような人の起こす災いを止める方法をちょっと書いてみましょう。(そういう問題は、いろいろな人がいろいろな智慧を出さないといけないからです)

数日前にイギリスでテロが起きましたが、そのすぐ後にインドネシアでもやはりテロが起きました。世界的なテロは増える一方ですね。(これなど人が起こす大変な災いですね)

このような世界的に増えているテロはISの過激思想が原因となり起きているといわれますが(もちろんそれだけの理由ではありませんが、主としてです)このようなテロなどの中東の問題と北朝鮮の問題、今現在、様々な問題が世界にはありますが、この二つの問題がその中でも特に問題のある、世界の二大難問といっても過言ではないのではないでしょうか。

この二つの難問が解決できれば、世界も多少はスムーズに行くようになるのかもしれませんが(マァ、いろいろな国の事情があって、なかなかそう簡単にもいきませんが)中東はともかく(いろいろな国や宗教、貧困など問題が多すぎますから)北朝鮮は北朝鮮一国の問題です。

何か解決する手段がありそうなんですが、そうもいかないのでしょうか?

どちらにしても、このペースでミサイルの発射実験や核実験などされたら、今しているような圧力だけでは終わらなくなります。

これでは最終的には軍事力の行使ということにもなりかねませんし、中国がいま北朝鮮と話をしているようですが(何せ、中国は対話重視だそうですから…あの中国がです。ずいぶん国によって対応が違うのですね。〔苦笑〕)中国にはいないんでしょうか?

それこそ外交の天才みたいな人がです。

北朝鮮でも天才科学者がいるのです。(でもって失礼ですか?しかし、国の大きさや人口を考えたらです。まったく規模が違いますから)では、中国ならそういう交渉の天才が一人や二人いても不思議でもなんでもありません。

そういう外交の天才に交渉させ、上を入れ替えてはどうでしょう。上層部を入れ替えないことには結局北朝鮮は変わらないからです。(上層部を代えただけで北朝鮮が変わるかどうかは分かりませんが、何でもやってみないと分かりませんから)

金正恩氏に金でも土地でもわたし(中国には余っている土地もたくさんあるんでしょう。〔あれだけ広いんですから〕そこで北朝鮮の別国家でもつくってもらってもいいんじゃないですか。中国が管理すればいいんですから)好きな条件をいってもらい勇退してもらうのです。(そのようにさせるのです。交渉でです)

そうして金正男氏の息子を北朝鮮の頭にすえ、北朝鮮の上層部を一新して、それから北朝鮮にあれこれ条件を付けていった方が物事が動くような気がするんですが、そういう手はないんでしょうか?

今のままではどうやってもいい方には行かないと思うからです。(今のままで核や弾道ミサイルの廃棄などすると思いますか?絶対にしないでしょう。日本やアメリカが圧力などいくらかけても北朝鮮と通じている国はいくらでもあるからです。それにサイバー攻撃も出来るのですから〔こちらも北朝鮮はかなり進んでいるようですが〕どこからでも金など取ってこれます。〔パソコンでいくらでも金など動かせる時代ですから〕もう圧力だけではきかないのです)

金正恩氏が勇退できるような道を探ってみてはどうでしょう。

その方が道が開けてくるように思えるからです。

北朝鮮問題は一にも二にも上層部が問題の原因をつくっているように思えます。そうであるなら、そこに絞っての交渉もまた必要でしょう。

一番の問題が解決すれば、後の問題は順次解決していくということは往々にしてあるからです。

中国にいる外交の天才に(いるかどうかは知りませんが)金正恩氏の勇退を同意させることは出来ませんか?

そういう話が出来るのならまた違う道もついて来ると思うからです。(またそういう道もつけておかないといけないでしょう。圧力一辺倒では、北朝鮮が暴発したら大変なことになるからです)

そうして、北朝鮮問題の解決の道がもしつくなら、後は中東の問題だけということになります。

しかし、中東の問題は時間はかかるかもしれませんが解決できます。この法が拡がればよいからです。

中東の人たちは信心深い人ばかりなのです。(日本と違ってです。〔苦笑〕)では、正しい教えが分かればいずれは調和していきます。

みな神が一であるからです。では、本当の神の教えを知るならばそれに心から従う人も出て来るでしょう。

そういう神の心に(心から)従う人が増えるのなら奇跡も起きてきます。

では、その奇跡に導かれ正しい道に進む人は自然に増えていきます。

だから私はいっているのです。

中東の問題は時間はかかるがこの法が拡がるなら解決できるとです。そういう神を一とする人たちには神の力がまともに現れるからです。

だからイスラム過激主義がインターネットで拡がっているように、この教えもインターネットで拡げるのです。

この教えの評判が、ネットの中で拡がれば拡がるだけ中東の人たちにもこの教えは伝わって行くからです。

そうなれば、中東の人たちは最初はもちろん反発するんでしょうが(自分が信じているイスラム教が正しいとです)しかし、いくらイスラム教を実践したところで奇跡は起きません。

しかし、この教えを実践すると次々に奇跡が起きるのです。

その奇跡がどちらの教えが正しいのかを教えてくれます。

最初は反発してもこの教えを信じて奇跡が起きる人が増えて来るなら、中東の人たちは嫌でもこちらの教えを信じるようになります。

そうなれば黙っていても中東は調和していくのです。前から書いていますが、この教えが拡がるなら(調和している人たちに奇跡が起きるのはもちろんですが)不調和な人たちにいろいろな災いが起き、そういう人たちが改心せざるを得なくなるからです。

不調和な人たちが改心するなら自然と調和していきます。だから中東問題はこの教えが拡がるなら解決するといっているのです。

イタリアでG7サミット(先進七ヶ国首脳会議)も始まりました。

様々な世界の難問を解決出来るのはこの法(正法神理)だけであると早く世界の首脳にも気づいてほしいものです。

世界の首脳が気づいてくだされば、この教えはあっという間に世界に拡がるからです。

本気でこの正法神理をG7サミットの第一の議題とされてはどうでしょう。

そうすれば、本当に世界平和は実現するからです。

追伸…そのような外国の問題ばかりでなく日本の問題といえばです。

今度は加計(かけ)学園問題ですか。次から次に同じような問題が本当によく出てきます。

しかし、あの方(元事務方トップの方)もよくあそこまでされますね。(完全に意趣返しのレベルを超えています)

政権と刺し違える覚悟のようで鬼気迫るものがあり何かに憑かれているようです。(神か悪魔にでも憑かれたんでしょうか?安倍政権を倒せとです。〔汗〕)

普通はここまでしないと思いますが、こういう(ちょっと考えられないような)順序をもらうのも……もうこれ以上はやめておきましょう。

もう何度も書いているからです。(苦笑)

どちらにしてもこれだけの騒ぎになっているのです。もはやうやむやには出来ないでしょう。

総理にはしっかりとした説明責任を果たしていただきたいと思っています。

(本当に神がソッポを向くといいこと起きません。というか、何かに操られているようですね。あの方。だって事務次官であった方が〔どれだけ腹に据えかねたことがあったか知りませんが〕あれだけ政府には向かうようなことなど普通はしないからです。あまりに異常が過ぎるからです)

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5月 25 2017

いまだかつてない傲慢不遜な態度

こちらは朝から雨で少々荒れた天気になっているんですが、もうどこかの会社など大荒れです。(朝から怒りまくりです。連日よくやります)

どこかの会社だけではなく、この辺りは本当に皆さんお怒りです。

しかし、皆さん怒るという選択も分かるんですが〔責任転嫁な人たちばかりですから〕頭を下げるという選択はないのでしょうか?(そういう謙虚な心はまったく持ち合わせていませんか?)

怖くはないのですか?そんな災いばかりが起きていてです。

どうもこちらの人は「困った時の神頼み」という言葉を知らないようです。

困った時の神頼みなんてしていてはいけないと私は書いたことがありますが(そういう都合のいい時だけ神に祈るのはいけないとです)しかし、どれだけ困っても神に祈ろうとしないというのもまた極端が過ぎます。

最後の最後にはやはり神に頼らないといけないのです。それが私たち神の子である人間の取るべき正しい態度であるからです。(誰も最後には神に帰るということです)

「これまでの自分たちの罪をお許しください」と神に祈られてはどうでしょう。

少しでも、そういう神を頼る謙虚な心になるなら神はちゃんとその願いをきいてくださるからです。そうすればその災いも止まるかもしれないからです。(マァ、心次第ですけどね)

しかし、ここらの人たちはずいぶんそういう心からは遠そうです。

何しろ悪いことが起きるとそれは全部私のせいです。神に頼ろうとか、自分が悪かったとかいう真摯な心などまるで持ち合わせていません。

だからこの辺りは特別悪いことが起きているのです。(いくら多死社会になったとはいえです)特に神に反発している人たちが多いからです。(そういう傲慢不遜な心はまともに神の心に逆らっています)

だいたい私がそんな災いばかりを起こせるわけがないでしょう。(例えば人を癌にするなどです)

もしそういうことが次々に起きているのだとしたら、それは人の力ではなく人以外の力が働いてそういうことが起きているのです。

では、その人以外の力とは何か?ということになります。

その人が起こしているわけではない、その不思議な力をもっと畏れないといけないのです。

それが神の力であるからです。(鳥や魚が寄って来る奇跡だってそうでしょう。あれが人の業なのですか?どう考えても神の業でしょう。奇跡も災いも同じなのです。人が起こしているのではなく神が起こしているのです)

それなのにこの辺りの人たちはそういう不思議な現象を全然恐れ(畏れ)ないのです。その現象を一人の者のせいにして怒っているだけなのです。

神から観たらこれだけ不遜な態度はありません。(ほんと見当外れもいいとこです)

神がどれだけ力を現しても、多くの人はそれを神の力と認めないからです。

しかし、過去にこれだけ神に逆らう人たちがいたのでしょうか?

これほどの神の業が現れているにもかかわらず(この辺りどれだけ不思議な現象が現れているのか分からないくらいです。奇跡と災い両方合わせてです)まったく神などそっちのけにして私に対して怒っているだけなのです。(鳥や魚が寄って来る愛ある奇跡は認めずにです)

これは一体どういう態度なのでしょう。

こういう態度自体おおいに神を冒涜しているのではないでしょうか。

だってそうでしょう。これほどの現象が現れているにもかかわらずまったく神を無視して、人一人に罪をかぶせ続けている。(それも悪い方の現象だけ取り出してです。いい方の現象はまったく認めすにです。これでは私はあっという間に悪人です。どれだけ都合がいいんでしょう)

それではこの辺りの多くの人たちは、これだけの現象をまったく神がかかわりのないところで起きていて(人が起こしているのですから)神の力など認めない、神など関係ないと思い込んでいるということになります。

そう考えるなら、これだけの現象が現れてもなお神を認めないというのですから、神に対し、これだけ不遜な態度を取った人たちは、過去を振り返っても多分いないのではないのか、と思えるのです。

普通であるなら、これだけ悪いことが(よいこともですが)そこら中で起きているのなら、大方の人が神の力を認めて神を恐れ、神に許しを請うはずであるからです。

これを人の力とは誰も思わないはずであるからです。

しかし、この辺りの人たちはそういう態度をまったくみせず、神の力など一切認めようとせず(神を認めるのが恥ずかしのかどうなのかよく分かりませんが)それを人のせいにして、その力に対し怒り続けているのです。

では、その不思議な現象を起こされている力が神の力であるならば、それは神に対して、多くの人が怒っているということになります。

ずいぶん傲慢な態度なのではないですか?そのような態度はです。そのような現象を(よいことも悪いことも含め)人が起こせるとはとても思えないからです。

これほどの現象など、どこをどうとっても神の力としか思えないからです。(どれだけ有名なマジシャンでもこれほどの現象は起こせないでしょう。私に起きている現象だけでも起こせるマジシャンがいるのでしょうか?ずいぶん寄って来ますよ。鳥も魚もです)

だから私はいっているのです。

過去これだけ神に逆らう人たちがいたのか?とです。

過去にさかのぼればさかのぼるほど神の存在は認められていたからです。日本の人たちが唯物無神論などという、神に対し、これだけ傲慢不遜な態度を取るようになったのはここ数十年のことであるからです。

そういう愚かな思想を信じたから、そういう傲慢不遜な態度も取れるのでしょう。

神に対してです。(本当に恐ろしい態度です。〔恐〕)

昔であるなら、こんなことばかりが起こるなら、みな恐れをなし、神に頭を下げたことでしょう。

それが人として当たり前の態度であるからです。

ところが現代の人たちは、神に頭を下げるどころか、神の力を一切認めず、神の業を人のせいにして神をないがしろにし続けているのです。

知らずにいるとはいえ、ずいぶん恐ろしいことをしているのではないでしょうか。現代の人たちはです。

その神の力をいつまでも知ろうとしない(認めない)ことが一番の罪なのです。

神は悪い現象ばかりでなく、よい現象も同じくらい現しています。(私に現れている鳥や魚が寄って来る愛ある奇跡)

神は愛と慈悲の塊の存在であるからです。

その愛と慈悲の塊である神をいつまでも認めず怒らせているのは現代の(日本の)人々なのです。(実際は神が怒っているわけではなく、そういう災いも神の愛が現れた気づきの現象なんですが)

いつまでも神に対し無知でいてはいけないのです。

神の存在を認め、神の力を畏れてはどうでしょう。救いは、その神を畏れ、認める心から始まるからです。

これまで神に対しこれだけ傲慢不遜な態度を取った人たちはいませんでした。

現代の人たちは(特に日本の人たちは)知らず知らずのうちに大変恐ろしい態度を神に対し取り続けているのです。

もう少し謙虚になり、まず神を認めませんか?

そうしなければ(必ず)滅ぼされるからです。

(本当に神をなめすぎています。特に日本の人たちはです。唯物無神論などという愚かな考えでいつまでもいては必ず不幸になるのです。そのような考えの恐ろしさをいい加減理解してください)

追伸…稀勢の里が今場所休場するとのことですね。

だからいったのです。(くどいくらいです)今場所は休まないといけないとです。(今場所中に天もそのようにいっていると教えてあげたのにです。〔照ノ富士が左腕にぶつかった時にです〕)

力が入らないので休場させてくれとのことですが、力が入らないのではなく痛いんでしょう。ずいぶん左腕がです。(そうでなければ稀勢の里が自分から休ませてくれなどというわけがありません)

少し遅すぎたくらいですが(悪化していないかちょっと心配ですが)しっかり休んで次の場所には万全で出てきてほしいものです。

(今場所休んで治療に専念していれば次の名古屋場所はいけたんでしょうが、かなり無理していたんではないでしょうか。では、名古屋場所は微妙ですね。あまり日にちもないからです)

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