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7月 24 2016

考えの違い、行うことの違いが起きることの違い

昨日も怒っているところがありましたね。

ある会社など、その会社の人たちは私のブログを読んでいるにもかかわらず(読んでますよね、あなたたち)そのことには少しも感謝せず、散々嫌がらせをするだけしておいて、一言も謝りもしないで、それで何か起きたら私のせいです。

「お前が悪い」「お前が悪い」と私のせいにして嫌がらせをする前にです。

自分たちの感謝もせず、嫌がらせしたことを反省もせずにいることはよいことなのでしょうか。

それをまず先に考えてみるべきなのではないでしょうか。

自分たちが悪いところは少しも改めようとせず、悪いことが起きると人のせいばかりにしている。

何度もいいますが、釈尊がいわれた「善因善果 悪因悪果」は神理です。(ほんと何度いえば分かるのでしょう)

もう少し自分たちのしている行いをよく考えてみるべきでしょう。自分たちに起きているその悪いことの原因は、必ず自分たちがつくっているからです。

他でもやたら怒っている人たちがいましたが、先に嫌がらせをしてきたのはあなたたちの方なのです。

その嫌がらせをこれっぽっちも悪いと思わず、心が救われたことに少しも感謝せずにいて、それで悪いことが起きたことを私のせいにされても困ります。

自分に悪いところはないのですか?まずそれを考えるべきなのです。

それに、もし私に悪いところがあるのなら堂々といってきてください。(私はそこらじゅうで辻説法をしているのですから、話すチャンスはいくらでもあるはずです)

私はいくらでも議論しますし、本当に自分が悪いと思ったのなら改めもします。

いいたいことをいおうともせず、人の顔を見れば嫌がらせ、これではそういうことをしている人が百パーセント悪いということになります。

話してみなければ私がいい人間か悪い人間かは分からないでしょう。アホみたいな噂を真に受けて私を悪人だと思っている暇があるなら、その悪人と堂々と話してみることです。

そうすれば、もしかしたら自分の間違いに気づくかもしれないからです。

とにかく同じやり方をしていても同じことしか起きてきません。

いい加減やり方を変えてはどうですか?そうしないと、あなたたちに起きている悪いことは止まらないからです。

しかし、昨日でもそうですが、私が歩いていても静かになってしまったところもあるにはありますが(そういうところが増えては来ましたが…辻説法の成果ですね)場所によってはまだやたら怒っている人はいる、人の説法を聞いてもヘラヘラ笑っている人はいると、よくて黙り込むくらいで無反省な人が多いですね。

これでは災いは止まらないでしょう。

そういう人たちは、もっと視野を広げてもらえませんか。そうすれば、今なぜこんなことが起きているのかその理由も分かると思うからです。

その理由までは分からなくても、少なくとも一人のせいでこれだけの悪いことが起きているなどという、視野の狭い考えはなくなると思うからです

もう日本中で悪いことが起きているのです。

天変地変は激しくなり、おかしな事件や事故は数知れず、多くの人が不幸になっているのです。

不幸になっているのは自分たちだけではなく、すでにそこらじゅうで不幸になる人が続出しているのです。

こういう状況で悪いことを人のせいにしていて、それで自分たちが救われるとでもいうのでしょうか。

結局私がいてもいなくても、そのような人たちはいずれ不幸になるのです。今の悪い状況を止めることが出来ないからです。

そういう人たちは今のことだけいっているだけだからです。

一寸先に闇が待っていることなど考えもしないからです。

しかし、今の考えのままでは近い将来必ず(必ずです)不幸が襲うのです。そのような(不幸になる)人たちがこれだけ増えてきているのです。

では、同じ考えの人には同じことが起きるということになりませんか?

実際に同じようなことをしている人には同じようなことが起きているからです。(みな自分さえよければよいという人が多いのではないでしょうか)

それは私を見てもらえれば分かると思います。

私は、不幸が起きている人たちと同じことをしていません。(このブログでもそうです。決して自分のためだけに書いているわけではありません。人のことも考えて書いているのです)

人と違うことをしているから、人と違うこと(奇跡)が起きているのです。

そのやっていることの違いが、起きていることの違いだと思わないでしょうか。それ以外では起きてくることがこうも違うということは考えられないからです。(どこかが違うから起きてくることが違うのです。ではどこが違うのかということです)

どれだけ突っ張って悪いことを人のせいにしていても、悪いことが起きているのは自分たちなのです。

では、自分たちのやり方を変える以外で、その悪いことを止める方法はないのではないでしょうか。

自分たちは間違っていない、自分たちのやり方に間違いはない、そう思っている多くの人が次々に不幸になっているのです。

では、その考えに間違いがあるのではないですか。だから、そういう人たちが不幸になっているのです。

では、どこが間違っているのでしょうか?

そのような無反省な考えが間違っているのではないですか?なぜなら、そのような考えとは対照的な私には奇跡が起きているからです。

そのような(無反省な)考えとはまったく違う(反省すべきは反省する)私には奇跡が起きているのです。

では、その部分が間違っているということにならないのでしょうか。とりあえずそこが考えの大きく違う点であるからです。(マァ、他にもあるのでしょうが)

私のいうことを聞く聞かないは自由ですが、しかし、私のいうことに賛同する人たちにも(私ほどではありませんが)奇跡は起きています。

私と、私の考えに賛同している人たちには(その賛同している部分だけにですが)奇跡が起き、私のいうことを無視している人、私のいうことに逆らっている人たちには何の奇跡も起きていないのです。(人によっては災いまで起きています)

このような考えの違い、行いの違いが、起きることの違いとなって現れているのです。

では、その考えと行いを変える以外で起きてくることを変える方法はないということになります。

もし、起きてくることを変えたいのであればです。

自分の考えと行いを変えるべきでしょう。そうすれば起きてくることは黙っていても変わってくるからです。

追伸…いつまでも、このような悪いことばかり起きている人たちを相手にしているのではなく、奇跡が起きている人たちを相手にしたいものです。(法を実践して奇跡が起きた人は何人もいるからです。現在進行形の人もいるはずだからです)

そういう奇跡が起きた人たちばかりを集めて、奇跡の軍団、光の軍団(マァ、神の軍団でもいいんですが、それは少し言い過ぎだと思いますので。〔笑〕)としてGTS心の研究所の名を馳せたいものです。

そうすれば、黙っていても法は拡がって行くからです。(法を実践するとこのような奇跡が次々に起こりますとです)

そういうことをするのは、まだまだ先の話なのかもしれませんが確実に法を実践して奇跡が起きている人たちはいると思います。

これだけ悪いことが起きているのなら、それだけのよいことも起きていると思うからです。(それだけ法の影響は大きいということです)

そういう人たちがいつ勇気を持って名乗り出てくれるのか、それを待つしかありませんが、その人たちが自分のためだけにと黙ってやっていればいるだけ、世の災いは長く続きます。

そのような人たちが名乗り出て、法を多くの人に知らしめてくれれば、それだけでも世の災いは激減します。

自分たちの大きな使命、早くそれに気づいてください。

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7月 23 2016

自覚

今日はどこかの会社は休みですか…今週は月曜日も休んでいました。(マァ、祝日でしたからね)

最近はこの会社、休みが多いようです。仕事が暇なのか、それとも仕事ばかりしていられない理由が会社の人たちにあるのか分かりませんが、特に最近は様子が変ですね。

しかしこの会社、昨日は静かでした。(ブログを書いている間はですが)

ああいうことは史上初の出来事だったんではないですか。(苦笑)これまでブログを書いている時に静かにしていたことなどなかったからです。

ブログを書いた後、ドンとかガンとかでかい音を立ててキレているのがいましたが、しかし、それでは悪魔の使命は果たせないでしょう。

悪魔の使命は法の流布をじゃますることであるからです。(苦笑)

しかし、この連中がブログを書いている間じゃましなかったなど前代未聞です。(苦笑)よほど悪いことが起きているのではないでしょうか。

昨日も書きましたが、このような災いも同じでしょう。結局この会社に天のエネルギーが集中するのです。すると災いが起きるということになります。

次から次に災いが起きているのです。(何か昨日の夜も起きたようですよ。急にキレていましたから)よほど天のエネルギーが集中しているのでしょう。

それだけの悪いことをしているからです。

法の流布のじゃまをし続けているのです。これだけ悪い行いもありません。このような行為は殺人を犯すことよりも、もっと悪いことなのです。

考えてみてください。この法が拡がれるのであれば一体どれだけ多くの人の心が救われるのか分からないのです。(このブログを見ている人をはじめ東海三県の人たちがいい例です。どういう理由であれ私を知った人たちは〔それは即ち法を知ったということですから〕多かれ少なかれ唯物論から唯心論に変わったのです。では、その人たちは、その唯物論から唯心論に変わった分だけ心は救われます。そうであるなら、もう、ずいぶん多くの人の心が救われているということになります)

しかもそれは今生の人だけではありません。後世の人まで救われるのです。(釈尊やキリストがいい例です。その説かれた神理や起こされた奇跡を知り、後世にどれだけ多くの人が救われたか分かりません)

どれだけ多くの人を殺しても、それは今生の人だけであり、どれほどの狂暴な殺人者であろうと(今テロなど行っている人であろうとです)後世の人まで殺すことは出来ません。

しかし、法はそれが書かれたものが残っている限り(またはそれを知っている人が残っている限り)その法を知った人たちは救われ続けるのです。

では、どれだけ多くの人が救われるのか分かりません。法を伝えれば伝えるだけ天文学的な数の人を救えるということになります。

その法の流布をじゃましているのです。

だから私は、これだけ悪い行いもないといっているのです。(どこかのマンションの人たちも大丈夫ですか?ずいぶんバシバシやっているようですが、それももちろん罪になります。何か悪いことが起きても決して私のせいにしないでくださいね。あななたちはすでに大きな罪を犯しているからです)

だからそれだけ悪いことが続くのです。それだけの悪いことをし続けているからです。ただその自覚が自分たちにないだけで、実はこの会社の人たちは大変な過ちを犯し続けているのです。

それはこの会社の人たちだけではありません。

すでに日本の多くの人たちがそのような過ちを犯し続けているのです。

この法を無視する、逆らうという行為は同じ過ちであるからです。

そういう自覚がない人が(自分たちがどれだけ悪いことをしているのかという自覚がです)あまりに多いのですが、それが日本に数々起きている異常現象の原因ともなっているのです。

法の偉大さを自覚する人があまりに少ないからです。

この世の人だけではなく後世の人たちまで救える教えなのです。そういう教えを無視しているのです。どうしてそのような行為が悪くないのですか?(非常によい行いが出来るにもかかわらず、それを無視して自分のことだけしている、これってよいことではありませんよね)

その、この世の人だけではなく後世の人まで救える教えを無視するだけではなく、逆らってまでいるのです。こうなるともう犯罪のレベルといってもいい過ぎではないでしょう。(逆らうということは、その教えを否定するということですから。法を否定されてしまっては、この世の人だけではなく後世の人まで救えなくなります。これはもう犯罪レベルです)

だからそういう人たちに次々に悪いことが起きているのです。

それだけの悪いことを自分たちが(自覚がないだけで)しているからです。

もう少し自覚を持たれたらどうでしょう。

自分たちがしていることがどれだけ悪いことであるかのです。そうして、どれだけ惜しいことをしているかのです。

自分たちがやる気を出すのであれば(自分だけではなく)世界の人が、そうして後世の人まで救えるのです。

そして、この教えを実践するなら、いま起きている異常現象を防ぐことも出来るし奇跡だって起こせるのです。

しかもこの教えを実践するなら人間だけではなく、この世のすべての生き物との大調和が実現し、真のユートピアをこの世に現すことが出来るのです。

このようなことはすでに私がしております。決して夢物語ではないと、このブログを読んでいる人たちなら分かるはずです。

しかし、私一人がそれをしても、それでこの世界にユートピアが実現するわけではありません。

この世界のすべての人が私と同じ体験をしなければ、この世界にユートピアは現れないのです。

そのような大調和の世界を現すことが出来るのは、この法を実践することのみ実現可能なことであり、その自覚を多くの人が持って初めて出来ることなのです。

自分さえよければそれでいいという考えが、いかに小さな考えであるのか、少しはお分かりいただけるでしょうか。

今の日本の人々は(特別日本の人々だけに限りませんが。法を拡げる使命を持った人は世界中に出ているからです)世界をユートピア化する、その使命の自覚があまりにないのです。

すべての生き物と大調和し、真の世界平和を実現することは決して夢物語でもなんでもなく、一人一人がこの教えをしっかり勉強し、実践するという自覚さえ持つならば出来ることなのです。

それだけの現象はすでに現れているからです。

法を知っている私一人だけでも、すでに凄まじい現象が現れているのです。(数々の天変地変や動物たちとの大調和。次々現れる天罰に奇跡、etc)

この法を多くの人が知り実践したなら一体どれほどの現象が現れるのか想像がつきません。

このような現象は法を実践することのみで実現可能なことであり、様々な現象が次々に現れることにより、世界は本当の神の存在を知ることになり、その神の愛がすべてに伝わって行くのです。(それは人間、動物を含めたすべてのものにです)

もう法を知っている人は多いのです。あとはこの法を勉強し実践するという強い自覚を持つだけです。

では、その自覚を持ちませんか。

多くの人が、その自覚を持ち法を実践するのであれば、凄まじい奇跡が次々に現れ真のユートピアが実現するからです。

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7月 22 2016

異常現象が起きる本当の理由

昨日夕方のことです。

家まで帰ってくるともうどこかの会社が凄い怒りようです。また何か起きたなと思い「怒ってもしょうがないだろう、自分たちが悪いんだから」とかなんとか散々いったのですが、その怒りは相当なものでした。(ずいぶんあとまで怒っていましたから)

そのお怒りは今日まで続いているのだろうと思っていましたが、今日の朝はずいぶん静かです。よほどのことでも起きたのでしょうか?(マァ、朝だけでどうせ途中からうるさくするのでしょうが)

超がつくほどの罰当たりな連中のことはほっときますが、この辺りは罰当たりな人たちがたくさんいます。

そういう人たちは、せっかく寄付のページまでつくったのですから、少し寄付をされたらどうでしょう。そうしないと、これまで以上の罰が当たると思うからです。(よく電話をかけてくる人がいまして〔その人はうつ病のようなのですが〕こちらは相談ばかり受けているものですから「何度も相談に乗っているのですから少し布施してくれませんか?」というと「振込先が分からないから布施出来ない」とその人はいつもいうのですが、これでそういうくだらないいいわけも出来なくなります。〔寄付金募集のページを見るなら、振込先はすぐに分かるはずですから〕せいぜい寄付されたらどうでしょう。それだけの恩を私から受けている人は多いと思うからです)

結局、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きている者のいうことを無視しているということは、釈尊やキリストを無視していることと同じなのですから、釈尊やキリストから法を教えてもらっていながら、感謝も布施もしないというのであるなら、やはりそれは何らかの罪になります。

まして、その法を教えてもらったのに、それを嫌がらせで返しているようでは、大変大きな罪を負うことになります。

心を入れ替え寄付ぐらいされた方がいいのではないでしょうか、今のままでは確実に天罰はくだるからです。

すでにずいぶん天罰がくだっている人が多いように思いますが、まだ、神の心が分からないのでしょうか?自分のことだけしていればそれでいいのでしょうか?

それではいけないという現象が次々に現れています。早くそれに気づかなければいけないのです。

この辺りだけではなく関東も深刻そうですね。

水不足も深刻ですが、最近は地震が頻繁に起きて(茨木や千葉などで震度3~4クラスのです)首都直下型地震の前触れではないかと懸念されています。

北海道や東北でも大雨やゲリラ豪雨の被害が出て、西日本は大雨被害が終わったと思ったら、今度は異常な暑さとなり異様な暑さが続いています。(熊本地震もありましたし)

中部はもちろんですが、もう日本中で異常現象が起きているのです。

その部分、部分だけを見るのではなく、大きく日本全体を見て、なぜ現在の日本にこれだけ多くの異常現象が現れているのか、ということを知らないといけないのです。

部分だけしか見ないと、何でこういうことが起きているのかよく分からないからです。

これだけの異常現象が現れている時にはもう科学者の意見は参考にならないのです。なぜなら科学とは細かく細かく見ていくものであり、全体の大きな動きはまるで分らないからです。

科学者は起きている現象の一つ一つは説明できても(地震にしても大雨にしてもです。それぞれ専門分野の科学者がいるからです)では、日本全体でなぜこれほどの異常現象が一度に起きているのか?ということに関してはまるで分らないのです。

そういう全体を見る専門家がいないからです。正しく全体を見るには神の心を知らないといけません。

だから、神の心を知っている専門家、即ち私のいうことはよく聞いた方がいいのです。

もう科学者のいうことばかりを聞いていてはいけないのです。すでに物質の時代(二十世紀)はすぎ、心の時代となっているからです。(二十一世紀)

例えば、科学者は様々な理由をつけて、その場に起きたことを説明しますが、しかし、では、その現象をどうやったら防げるのか?という説明は出来ません。

なぜ出来ないのか?

それは、個々の現象が起きている物質的理由が分かっているだけで、その現象が起きている本当の理由を知らないからです。

例えば昨日テレビでいっていましたが、茨木南部はなぜ地震の巣といわれているのか?それは、あの場所にプレートが固まってあるからだということでした。(あの茨木南部には北アメリカプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレートの三つのプレートが重なっているそうです)

しかし、そういう場所は他にもあるはずなのに、なぜ、あの茨木だけのプレートがよく動いているのか?という説明は出来ないのです。

まったく出来ないわけではありません。それは東日本大震災の影響で動いていると専門家はいっていましたが、しかし、東日本大震災の影響でプレートがよく動いているのなら、東北から関東にかけての他のプレートもよく動かないといけません。

しかし、茨木南部のプレートだけが特によく動いているのです。これはプレートが三つ重なっているから、東日本大震災の影響があるから、という説明だけではあまりに大ざっぱであると思います。

だから地震の専門家は地震の予知が出来ないのです。細かく分析していたかと思うと急に説明が大ざっぱになるからです。

なぜ説明が大ざっぱになるのか?それは、その場所だけに集中して起きている、はっきりした理由が分からないからです。

なぜ、茨木だけ特に地震がよく起きているのか、そのはっきりした理由は分からないが、起きている理由は分かる(プレートが重なっている)だから科学者はそれだけ説明しているだけなのです。

結局科学者は部分を見ることしか出来ないからです。だからちゃんとした説明が出来ないのです。異常気象が起きている、その本質の理由を知らないからです。

では、その理由とは何かということです。

このブログを読んでいる人たちはもうお分かりであると思います。その地に住む人たちの心が問題であるとです。

その茨木南部の地中にあるプレートと、他のプレートがあるところとの動きがなぜ違うのか?

それはその地に住んでいる人たちの心、思いが違うから、その下にあるプレートの動きが違うのであり、その地に住んでいる人たちの思いで、その地下にあるプレートもよく動きもするし、動かなくもなるということです。

一つ地震を例に取って書きましたが、それは地震だけではなく、今現在、日本全体にこれほどの異常現象が起きているのです。では、何でこれほどの異常現象が現在の日本に立て続けに起きているのか?ということです。

それは、その日本の地に住んでいる人たちの心、思いが悪いから(それもよほどです)これほどの異常な現象が起きているのであり、このような異常現象はすべて(すべてです)その地に住んでいる人たちの心がよくなるなら、収まるということです。

なぜなら、この異常現象を起こしている、すべてのエネルギーは全部天から与えられているものであるからです。

その天のエネルギーがなければ、地震が起きることもなければ(そのプレートにエネルギーがかからなければ、そのプレートは動かないわけですから)大雨が降ることもないのです。(大雨もそれだけの雨雲がわいてこなければ降りませんから)

つまりこの異常現象は、すべて、そこに住む人たちの心を観て、天が(自然現象のような順序を通して)現している神の業なのであり、天のエネルギーがそこに現れなければ、異常現象は起こりえないということです。

異常現象はエネルギーがその場所に集中して発生しなければ起きえないことであり、その場所に異常なエネルギーが集中して現れるから(地中にあるプレートにせよ、空にある雨雲にせよです)そこに異常現象が起きるのです。

では、その異常なエネルギーが、そこに発生しなければ異常現象が起きることはないということであり、その異常なエネルギーとは一体何かということです。

それがすべて天が現すエネルギーなのであり、その天の現すエネルギーが、そこに住む人々の心によって決まるということです。

簡単に書けば、異常現象が起こるメカニズムはこのようなことなのです。(異常現象とは、エネルギーがその場所に集中するか、しないか、それだけのことなのです。そうですよね、簡単にいえばです)

天が人々の心によって、その場に多くのエネルギーを集中的に現すこともあれば、現さないこともあり、その天の思いは、この世の人々の心に連動しているということです。

だから日本中に異常現象が現れているのです。その天の心を(神の心を)知る人があまりに少ないからです。

異常現象は、そこに異常なエネルギーが集中するから起きることなのであり、そうであるなら、その異常なエネルギーをその場所に集中させなければ、そのような異常現象は現れないということになります。

そのエネルギーを分散させる方法が法の実践であるのです。(法は中道を説いています。皆が中道の心になるならエネルギーが集中することはありません)

異常現象が起きている本当の理由を理解し、法を実践されませんか?

そうすれば、異常現象が日本に起きることはないからです。

(今日は最初から最後まで〔このブログを書き始めてから書き終わるまで〕静かでした。こんなこと初めてではないでしょうか。どこかの会社は相当やばいことが起きていますね)

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7月 21 2016

行いを変える

昨日は木曽川と長良川に行っていました。この辺りのよどんだ雰囲気の中に毎日のようにいるのも疲れるからです。(笑)

面白かったですよ。今あの辺りはボラが面白いです。(ボラが来てますね。〔笑〕)

何があったかはまた書くことにして、帰ってくると、この辺りの人たちがまた怒っていました。

この前、矢作川に行った時も何か怒っている人があちこちにいたんですが、この人たち、どうもブログを書かないから怒っているようなのです。

何でそれが分かったのか?

昨日、私が帰ってくると怒ってガーガー音を立てていた会社があったんですが、その会社に向かい「じゃあ、明日もブログを書かない」といったら、とたんに静かにしたのです。

なんだ、あちこちで怒っている連中はブログを書かないから怒っていたんだな、とそのとき分かったのです。

この連中、私に嫌がらせをしょっちゅうしているくせに、ブログだけは楽しみにしているというのですから勝手なものです。(超勝手ですよね。私のブログを読みいろいろ教えてもらい心まで救われているのに、少しも感謝せず、嫌がらせだけは続けているというのですから)

こういうことばかりしているから、この連中は罰が当たるのです。

自分のそのような行いを棚に上げ、起きて来た悪いことを全部私のせいにしている、ほんと開いた口がふさがりません。

どこかの会社も元気がありません。昨夜もやたら怒っているのがいましたので、また何か起きたのでしょう。(今日の朝も元気が全然ありません。それでも嫌がらせだけはしてくるのですから呆れます。〔その嫌がらせも元気がないんですけど〕)

少しはよいことをしたらどうですか?(もちろん私に対してです)そういう悪いことばかり続けているから悪いことが起きるのです。

恩には恩で返す、それが当たり前のことであるし、そうすれば、その恩が自分たちにも返って来て、自分たちによいことが起きるからです。

人のせいではなくすべて自分のせいなのです。自分がしている行いが自分に返って来ているだけだからです。

私に起きているよいことはまた書きますが(次から次へと起こります。本当に面白く楽しいことがです)私になぜそれほどよいことが起きているのか?

それはそれだけよいことをしているからです。だから次々によいことが起きてくるのです。

行いが違うからです。(している行いの違い、それだけなのです)

私は(皆さんが楽しみにしている)このブログで多くの人々の心を救い、そうして、外に出て行っても鳥たちが寄ってくるような奇跡が現れ、その奇跡が現れている中で、人々の間違いを気づかせようと辻説法をしているのです。(その気づきといえばです。昨日行った〔木曽川と長良川がある〕長島町の人たちの態度がずいぶん変わっていました。〔何か気づかれたのでしょか〕どう変わったのかはまた書きます)

私は、そのようなよいことしかしていないのですから(ずいぶんそのよいことを悪いことだと勘違いしている人が多いようですが)そのよいことが自分に返って来て、それでよいことが次々に起きているのです。(よいことしか起きないということが、私がよいことしかしていない何よりの証拠です)

私はこのようなよいことを皆に知らせたいし、また他の人にも私のようなよいことが起きることを望んでいます。

これだけ(動物たちと調和のとれた)楽しい人生もないと思うからです。

楽しい人生と辛い人生、どちらがよいのでしょうか。それは聞くまでもないと思います。

辛い人生を望む人などいないと思うからです。

本当に楽しいです。私はどこに行っても、そこにいる生き物たちが愛ある行為をしてくれるからです。

その行為だけで十分心が癒されます。(これで人も調和するなら、人と動物の大調和が起き大きな奇跡がこの世に現れます。そんな大調和が出来るのも、大きな奇跡を現すことが出来るのも、すべて、この法が基本なのです。この法の大切さ、少しはお分かりいただけないでしょうか)

私のような楽しい人生を送りませんか?

それには自分の行いを変える以外にないのです。

追伸…賛助会員のページを寄付のページに変えました。

天から、そういうこと(賛助会員)にとらわれるのではなく法を説くことに集中しろ、といわれたからです。

ですから、賛助会員はやめにして、寄付を募集するだけのページに変えたのです。

これまで賛助会員になってくださり、お金を振り込んでいただいた方々には心から感謝申し上げます。

そのよう善行は必ずその方々の功徳となり、将来よい現象としてご自身に現れるでしょう。(天に宝を積んだことにもなりますし)本当にありがとうございました。

また引き続き、年に一度くらいは寄付をしていただけると助かります。そのような行いも功徳となるからです。

今日ブログにも書きましたが、よい行いとはこのようなものなのです。

このブログを読んで、いろいろ教えてもらった、心が救われた、という自覚はこのブログを読んでいる人たちには必ずあるはずです。(そういう自覚がなければ、このブログを読み続けるということもしないでしょうから)

では、少しくらいの寄付などされてはどうでしょう。それが恩を恩で返す、もっともよい行いであるからです。

それをしない限り、その悪い現象は止まりません。

何度もいいますが、自分がしている行いが自分に現れているだけだからです。

ページも変えましたので気分も変え、ここらでよい行いをされてはどうでしょう。(これはこの辺りの人たちだけではなく、このブログを読んでいる人全員にいっているんですけどね。何年も前からこのブログを読んでいて、まったく寄付しようとしない人が多いからです)

そうすれば、よい現象が自分の周りに現れてくるからです。

ここに書いている法は、全世界を変えることが出来る(もちろんよい方にです)そうして(人間を含めた)すべての生き物が大調和できる、偉大な教えであるのです。

この教えを少しずつでも学び実践してみませんか?

寄付という行為は、これ以上ない法の実践であるのです。

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7月 19 2016

起きる現象の違い

九州から東海まで一斉に梅雨明けしましたね。

関東はどうなのでしょう。このまま梅雨明けということになると水不足が深刻な問題になるのではないでしょうか。(水がめがあるダムの辺りはあまり雨が降っていませんよね)

それにしても今年の梅雨は極端でしたね。

異常な大雨になったところはあるし、そうかと思えば先ほどの関東のように雨がほとんど降らなかったところはある、竜巻が発生したところはある、激しいカミナリでヒョウまで降ったところはある、異常な暑さとなったところはある、台風が来なかっただけで後はほとんどの悪いことが起きているのですから、これだけ極端な天気の梅雨もないのではないでしょうか。

結局、極端な人(頑なな人)が多いからでしょう。

そのような極端に頑なな人が多くては災いも止めようがありません。だからこれだけ極端な天気が現れているのです。(そのような人たちの心が現れてです)

もう少し素直な心を持たれてはどうでしょう。そうすれば、このような極端な天気も収まってくるからです。

神の心を勉強されてはどうですか。神の心(中道)を知る人が増えてくればこれほど極端な天気が現れることはないからです。

どうしたんでしょう?どこかの会社もあまり元気がありません。

元気があれば今日はブログを書かなかったのにです。(凄い勢いでじゃましてくるでしょうから)まさかこのブログを読みたいから元気がないんじゃないでしょうね。それとも元気がなくなるほどの災いが現れているのでしょうか?

マァ、どっちでもいいんですが、昨日出て行くとやたら怒っている運転手連中がいましたが、何をそんなに怒っているのでしょう?

そういう人たちはすべてです。みな私に散々嫌がらせをしている人たちばかりではないですか。

そうして神の心も知ろうとしません。

神の心を知ろうとせずにいればもう災いは起きるのです。(それは日本全体を見れば分かるはずです。日本中の人々が神の心を知ろうとしないから日本中で災いが起きているのです)

神の心を知ろうとしないだけで災いは起きるのです。では、その神の心に逆らっている人たちはどうなるのでしょう?

そのような人たちには個人的に天罰がくだるということです。

だから天罰がくだっているのです。自分たちが神の心に逆らっているからです。(それが私に対する嫌がらせです。そのような行為は神の心に逆らっている何よりの証拠です)

それを私のせいにしているだけなのです。自分たちが神の心に逆らっているという自覚がないからです。

しかし、自覚があろうとなかろうと、まともに神の心に逆らうなら天罰はくだります。

そのような間違ったことを日本中の多くの人がしているのです。だから日本中に天罰がくだっているのです。

日本の人たちはです。神の心など誰も知らないでしょう。(金儲けの仕方を知っている人は多いのかもしれませんが)だから、災いばかりが起こされるのです。

絶対に知らなければいけない神の心を知ろうとしないからです。

お前に何が分かるかといわれましても、何度も書いていますが、今現在日本で次々に奇跡が起きているのは私だけなのです。

だからよけいこの辺りの人は悪いことを私のせいにするのです。私だけに災いが起きていないからです。

あいつが祈り始めてからこういうことが起き出した。それにあいつだけ何も起きないのはおかしい、だからこの災いはあいつがやっているとです。

しかし、こういう見方はおかしいでしょう。私が祈り始めたのは昨日、今日のことではありません。

もう法と出会ってから毎日のように祈っています。(だからもう二十年以上祈っています)しかし、そのような祈りに関わらず、最近様々な現象が現れ始めたのです。

それに私だけ何も起きないというのもおかしな見方でしょう。

私にも皆さんと同じように変わったことは起き出しているからです。

ただ起きていることが違うだけで、多くの人たちと同じように私にも変わったことは起きているのです。

私にも起きていますよね。奇跡がです。これは最近になり起き出したことなのです。(そんな何十年も前から、鳥や魚が寄って来るなどということは起きていなかったですから)

だから奇跡と災いの違いはありますが、皆さん方(また日本もそうですが)同様、私にも変わったこと(前には起きていなかったこと)が次々に起き出しているのです。

では、私も他の人も同じなのではないですか?同じように最近になって変わったことは起き出しているからです。

これでお分かりいただけたと思います。

つまり、そういう時代になったのです。(何度もいっていますが、心が現れる時代にです)

だから日本中に(皆に)変わったことが起き出したのです。時代が変わったからです。

では、私には奇跡が、他の多くの人には災いが起きている、この違いはどこにあるのかということです。

それが正しさの違いなのです。

私は正しいことをいっているから奇跡が起きるのです。(それは釈尊やキリストを知ってもらえれば分かると思います。あのような偉大な方々は間違ったことをいわれなかったから、あれだけの奇跡が起きたのです)

他の人たちは間違ったことをいっている(思っている)から災いが起きているのです。

正しいのか、間違っているのか、それが奇跡と災いが起きる違いなのです。

奇跡が起きているということは、その人のいっていることが正しい証拠であり、災いが起きているということは、その人たちのいっていることが間違っている証拠なのです。

起きる現象の違いが、その人のいっていることの正否を現しているのです。

災いが起きている人たちのいうことをいくら聞いたところで、災いしか起きないのです。(その災いが起きている人のいっていることが間違っているからです)だから奇跡が起きている人のいうことを聞かないといけないのです。

その人のいっていることが正しいから奇跡が起きているからです。

私のいうことを聞かれてはどうですか?

先ほども書きましたが、次々に奇跡が起きているのは私だけだからです。その起きている奇跡が私のいっていることの正しさを証明しているのです。

災いが起きている人のいうことを聞けば聞くだけ、ますます災いは現れてきます。

いつまでそのような間違いを続けるのですか?

多くの人が、その間違いを直すまで災いは現れ続けるのです。

追伸…奇跡が次々に現れていると簡単に書いていますが、これはそう簡単に出来ることではありません。

いっていることや(もちろん法に関してですが)やっていることに間違いがあれば、たちまちこの奇跡は現れなくなるからです。

それだけ奇跡が現れ続けているということは難しいことであり、今生など、その奇跡が現れ続けた人は高橋先生と園頭先生のお二人だけなのです。(後の如来の弟子たちはみな失敗しました)

少なくとも、その奇跡が現れている間は、私は正しいことをいっています。

大丈夫ですか?正しいことをいい続けている私のいうことをいつまでも無視し続けていてです。あるいは逆らい続けていてです。(ほんと怖いです)

多くの人が、あまりに私のことを軽く見すぎているのではないでしょうか。

だから天罰を食らうのです。

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