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1月 13 2016

世界を救う教え

トルコのイスタンブールでまたテロが起きたそうですね。

イスラム教の間違いは誰かがいわないといけないでしょう。(みな、間違っていると分かっているのですから)

しかし、それをはっきりいえるのは、本当の神の教えを説いている私しかいないと思います。だからはっきりいっておきます。

「イスラム教は間違っている」とです。

何も間違っている教えはイスラム教だけではありませんが、イスラム教は、その間違い方があまりにひどいのです。(だから、今日に至るまで、これだけ多くの死人やけが人が出ているのでしょう)

だからこそイスラム教は、特にその大きな間違いを自覚しないといけないのです。

聖戦などと称してテロや戦争など行っている人たちは、確実に地獄に堕ちるのです。

そのような行いは完全に間違っているからです。

神の心は愛と調和なのです。では、その最も対極にある、憎しみと争いがなぜ正しいことなのですか?

イスラムの開祖がいようが誰がいようが間違いは間違いなのです。

そのような神の心から最も離れた行為はすぐにでもやめるべきでしょう。それが一番自分の為であるからです。

誰のためでもありません。そのような行為は自分が一番損をするのです。

そのようなテロで命を落としたり、けがをしたりして苦しむ人々の何倍、何十倍もの苦しみを、そのような行為を行った人は後に(地獄で)味わうことになるからです。

聖戦などと称して、戦争やテロを行った者は、みな深い地獄で苦しい修行をしなければいけないし、その指導者は、それ以上の苦しみを(そのようなテロを行った人よりも長く)地獄で体験しないといけないのです。

そのような順序を自らつくっているからです。(神の心とは対極の行いをしているのですから、このような人たちが死んで、神がいられる天上界に行けるわけがありません。当然ではありますが地獄に堕ちるのです)

まさに想像を絶する苦しみを、そのような人たちはこれから体験することになるのです。一刻も早くそのような行為はやめるべきでしょう。

そうしないと取り返しがつかないことになるからです。(長く地獄で苦しむことになりますが、それでもよろしいのですか?)

嘘ではありません。私はここに嘘など書いていないから奇跡が次々に起きているのです。

これ以上のここに書いたことの正しさの証明はないのではないでしょうか。

すでにもう本当の神の教えが出現しているのです。なぜ、そちらを信じようとしないのですか?

その教えを信じるならば、次々に奇跡が現れるというのにです。

この教えを勉強するなら、これまでの様々な苦しみや悲しみも乗り越えることが出来るのです。

なぜなら、そのような体験はすべて、自分の心の向上のためにするべき体験であったと分かるからです。

そうして、この教えを実践するなら、次々に周りに奇跡が現れてくるのです。

そのような神の奇跡を体験するのであれば、本当に神は一人一人の身近にいてくださるということを実感できるのです。

神は遠い世界にいられるのではなく、自分自身の心の中にいると分かるからです。

そうして、この教えを勉強し続け、実践し続けることが出来るのなら、最後は調和と安らぎのうちに天上界へと往くことが出来るのです。

本当の天国に死後往けるのです。それは、この教えを実践し続ければ分かることなのです。

この教えを実践し続けるのであれば、その時、その時に応じて、様々な導きをいただけるのです。

その導きは、心の奥から思いが浮かんで来ることもあれば、ふと気づくこともあり、また周りで何か起きることで気づくこともあり、いろいろな順序がありますが、その導きに従うと不思議に事がうまく運ぶのです。

それが神の導き、天の導きであるからです。

そうして、その導きは、自分の死期さえ教えてくれるのです。

自分の死期が近くなると、天上界から自分の守護、指導霊が、頻繁に自分のところにやってきます。(人は死が近くなるとあの世と同通するようになるようです。それは法を知らない人でも同じです。死ぬ間際になると、よく誰もいないところを見て「あそこに人が立っている」とか「あんたの横に立っている人は誰?」とか、いいだす人が多いそうです。それは、あの世の人〔多分、その人の守護、指導霊だと思いますが〕を霊視しているのです。死が近くなると、あの世の人が観えるようになるようです。それは、死んでいく人にあの世の存在を知らせているのと、あの世の人になれさせている、その二つの理由があるようです)

そうして、その守護、指導霊たちが「何月何日にお前は死ぬことになる。それまでにやることをやっておけ」と教えてくれます。

自分の死が近くなり、その死ぬ日を教えてもらえるのなら、自分の身の回りのものは自分で処理が出来ますし、お世話になった人たちにはちゃんと挨拶も出来ます。

自分もしっかり準備が出来て(心と物質面の両方でです)回りも慌てることなく、誰にも迷惑をかけずに死ぬことが出来るのですから、最後の最後までこれ以上よいこともないわけです。(実際、高橋先生が指導されていた頃のGLAでは、そのようなことが起きたそうです。「私は何月何日にあちらに帰る〔死ぬ〕ことになりました。いろいろお世話になりました」と挨拶され、そのいった通りの日に亡くなられた人がいたそうです)

そこまで守護、指導霊に教えてもらえるのなら、当然、死後は天上界に往くことになるでしょう。心がそれだけ調和されているから、そのような導きがもらえるからです。

この教えを勉強するのであれば、正しい道に導かれ、奇跡が起きるだけではなく、自分が亡くなる日まで分かり、亡くなった後は確実に天上界に往くことが出来るのです。

最初から最後まで、これ以上ないという道がついて行くのですから、これ以上の教えはないのではないでしょうか。

また、本当の神の教えとは、そのようなものであると思われないでしょうか。

最初もよくて、途中もよく、終わりまでよい、これが本当の神の教えなのです。

これほどの教えがすでに日本に出現しているのです。それなのになぜ、間違った教えを続けるのですか?

正しい教えとはこのようなものなのです。

自分たちの間違った信仰と比べてみてください。そうして自分たちの間違いを早く自覚してください。

多くの人が悔い改め、この教えを勉強されるのであれば、キリストがいわれた『神の国』は、すぐにでも現れることになるのです。

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1月 12 2016

本当の神の教えを知ることの大事さ

今日は妙に静かですが(多少はやっていますが、多少は仕方ないでしょう)静かなうちに書いてしまいましょう。(笑)

昨日の続きをもう少し書きますが、もう間違った信仰などしていても救われないのです。では、間違った信仰などやめるべきではないのでしょうか。(日本だけではなく世界もです)

間違った信仰など続けていても、なんの奇跡も起きないばかりか災いしか起きないのです。(そういう時代になったからです)それでは百害あって一利なしでしょう。

やめた方がいいと思います。そんな信仰などです。(何百年、何千年続いている信仰にせよです。間違いは間違いだからです)

すでに本当の神の教えは現れています。(神の奇跡もたくさん現れています)

では、そちらを信仰するのが、神の子として本当の人の道であると思います。

サウジやイランの件にせよ、IS問題にせよです。正しい教えが拡がるなら、このような問題は解決に向かうのです。

このような問題は、すべて間違った教えが招いた災いでしかないからです。

間違った教えを信じているからこのような不幸が起きるのです。正しい教えを信じるなら、このような災いは起きません。

では、正しい教えを信じてはどうでしょう。多くの人たちがこの教えを信じるならば、このような問題も奇跡的な解決の道がついてくるからです。(神が導いてくださるからです)

日本に本当の神の教えが出現したのですから、もうそれに倣えばいいのです。そうすれば世界中で奇跡が起きるからです。

また、災いが起きたとしても、それは天が起こすことであり(現在の間違った信仰のように人が起こすことではありません)天が起こすのであれば、それは気づきの現象なのであって、気づきの現象であるならば、自分が気づくのであれば、その現象は奇跡に変わります。

すべて自分の気づき次第なのですから、これだけ心が向上することもないわけです。

今のように、自分たちの意見と違うからとテロや戦争を起こすことが正しいことでしょうか?

正しくはないと分かっている人も多いのでしょうが、しかし、これまでは、そのようなことが正しくはないと分かってはいても、そうせざるを得なかった部分もあったのです。

間違った教えに支配されている部分があったからです。(戦争を聖戦などと称してです)

しかし、そのような教えは間違いであったと多くの人が自覚できるのであれば、そのような間違った教えに支配されることはなくなります。

そうであるなら、テロも宗教戦争もなくなるのではないでしょうか。現在の不幸の多くが、そのような間違った宗教観から起こされていることであるからです。(あるいは、その宗教観につけこんで起こされていることであるからです)

本当の神の教えを知るなら、これらの問題はすべて解決の方向に進んでいきます。

なぜなら、本当の神の教えには聖戦などという言葉はなく(とにかく争うという思いはないのです)あるのは愛と慈悲と調和、それだけだからです。

これまでの行いを悔い改め、その愛と慈悲と調和を実践するなら、すぐにでも奇跡が起きるのです。

これほど分かりやすく、有難い(奇跡が次々に起きるのですから)教えもないのではないでしょうか。

そればかりではありません。この教えを実践するなら、神の教えからもっとも縁遠い、共産主義の国々まで救うことが出来るのです。

このような国々が仮に攻撃してきたとしても、本当の神の教えを実践している人たちにはその攻撃が効かないのです。

神の教えを実践している人たちには、神の光が降り注ぎ、その神の光が自分からも現れて、それが防護壁となって、爆弾や銃弾が当たることはないからです。(それは園頭先生が実証されています。園頭先生は、銃弾や爆弾が降り注ぐ戦場で禅定され、まったく無傷であったという奇跡の体験を二度もされています)

もし戦場で、そのような奇跡が起きたら(共産国の戦闘員は銃弾に当たりバタバタ倒れていくのに、相手国側の戦闘員は一人も倒れなかったらです)共産国の人々はどのように思うでしょう。

マァ、ここまでなることはないのですが(片方の国が法を実践しているのなら、戦争にならないように天から導かれていくからです。神の心に争いはないからです)もし、最悪の事態になったとしても、このような奇跡が起き、本当の神の教えを実践している国としていない国の差が大きく現れるということです。(では、北朝鮮のような国が仮に核爆弾を発射したとしても、法を実践している人たちが多い国には、その核爆弾が当たることはないということです。一人一人から現れる神の光が防護壁〔バリアー〕となって、その核爆弾を防ぐからです)

それほどの差が現れるなら、神を認めない共産国家であろうと、神を認めざるを得ないのです。

悪い例(戦争のです)を一つ上げましたが、法を実践するのであれば、神からどれだけ縁遠い国であろうと、何をやるにしても、それほど大きな差が現れて、そのような神を認めない国でも神を認めざるを得なくなるということです。(何せ、日本のような唯物無神論の国でさえ、神を認め始めています。これくらい説得力のある話もないでしょう)

本当の神の教えとは、それほどそつなく人々を救うのです。

本当の神の教えはすべての人を救う教えなのですから、それが当たり前といえば、当たり前なのですが、なぜ、これほどの教えを世界の人々がやろうとしないのか不思議でなりません。

正しい教えは実践すれば必ず奇跡が起きるのです。

ずっと同じことをしていても何も起きない、そんな教えはすべて偽物なのです。間違った教え以外の何ものでもないのです。

それは日本でやっているお経を上げたり、仏像を拝んだりすることばかりでなく(特別、日本だけがこういうことをやっているわけではありませんが)日に何度も祈りをしたり、断食したり、食べ物をあれは食えない、これも食えないなどといって、それが正しい信仰と思っている人たちも同じなのです。(信仰とはそんな堅苦しいものではありません)

そういうことをしていて何か奇跡が起きたのですか?また、そういうことをしない人たちに災いが起きているのでしょうか?(本当に正しい教えであるなら、奇跡が起きることは当然ですが、それをしない人たちには天罰が下るのが本当なのではないのですか?)

そのどちらも起きていません。では、その教えは正しいのでしょうか?

この私が正しいと主張する教えは、それを実践するなら奇跡も頻繁に起きますし、また、その教えの流布をじゃましている人たちには、ちゃんと天罰が下っているのです。

行えば奇跡が起き、じゃますれば災いが起きる。

このような現象が現れていることこそ、本当の神の教えであるという何よりの証拠なのではないでしょうか。

日本に本当の神の教えが現れています。

やらない手はないのではないでしょうか。

追伸…いよいよ他国の宗教まで批判することになりました。(日本だけ相手にしていても仕方ないでしょう。ほとんどの人が動こうとしないからです)

正しい教えが日本にあるのに、それを他国の人にもアピールしないのはもったいないと思ってです。(翻訳機能もついていますし、他国の人の方が信仰に熱心な人が多いですし)

間違った教えと分かっているのに、それを続けるのですか?

どれだけ、その教えが長く続いていようが間違いは間違いなのです。

そういう間違った教えを、実践していることほど無駄なことはないと思います。(またこれからは、そのような間違った教えを続けていては危険なのです。そういう人たちにも天罰が下るからです)

気づいた人から立ち上がってください。他の国は日本と違って信仰深い人がたくさんいると思うからです。

本当に神を愛するなら、本当の神の教えを学ぶべきなのです。

(下手にイスラム教など批判するとやばいんですが、しかし、私を暗殺でもしたら〔別にこちらは、それならそれで天上界に帰るだけですから〕本当の神の教えが分からなくなります。それはもったいないですよね。〔笑〕)

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1月 11 2016

心を変える

それにしても大変なことをしてしまいましたね。名古屋の人たちはです。

天を必要以上に怒らせ、世にも恐ろしい神の業を現してしまったからです。

それが全国に拡がりつつあるというのですから、本当に恐ろしいことです。

そればかりではありません。この神の業を唯一止めることが出来る者を、この神の業を現した張本人に仕立て上げ(本当に自分たちのことを棚に上げてです)嫌がらせを繰り返しているばかりか、そのようなでっち上げた悪口をあちこちに吹聴しているのです。(よく根拠もない嘘をいいふらしてくれますね)

愛知、岐阜、三重の東海三県で私の評判が非常に悪くなったのも名古屋発ですよね。名古屋の人たちが、そのようなでっち上げを多くの人にいったからです。

このままでは、この現象は拡がるばかりで収まることはないかもしれません。(名古屋の人、天を怒らせすぎです)そうなれば、日本中の多くの人が、救急車で病院に運ばれるということになるのです。(何せ、日本は無神論という下地があります。それはそれは恐ろしい神の業がたくさん現れてくることでしょう)

一体どうするつもりですか?名古屋の人たちはこの日本を滅ぼすつもりなんでしょうか。(それはもちろん名古屋の人たちだけのせいではないのですが、責任の多くは名古屋にあります。名古屋の人たちがやり方を間違わなければここまではならなかったと思うからです)

冗談ではなく本当にそうなりますよ。(すでに日本中でサイレンがしているのですから冗談ではないでしょう)名古屋に癌が拡がり始めたのも、それほどの悪いことを名古屋の人たちがし続けているからです。

もう、責任転嫁をして怒っている場合ではないのです。その怒っている現象が日本中に拡がりつつあるからです。

どちらにしても名古屋の人たちは責任を取らされます。これだけ大きな罪をすでにつくってしまったからです。

これは脅しでも嘘でもありません。私が嘘など書けば一変に奇跡が起きなくなるのです。嘘などここに書けるわけがありません。

ここに書いたことはすべて本当なのです。このままでは、名古屋の多くの人にひどい災いが現れるのです。それだけ大きな罪を名古屋の人たちはつくっているからです。

名古屋発で私に対する大嘘を名古屋の人は外に流したのです。

そうであるなら、その神の業も名古屋発で大きく外に拡がって行くことでしょう。どちらにしても名古屋の人は大きな災いを外に拡げたことには変わりがないからです。

私に対する嘘も神の業も大きな災いなのです。

恐ろしい神の業はもちろんですが、私をこの神の業の犯人に仕立て上げた大嘘は、何ものにも勝る災いとなるのです。

なぜならそれは、この神の業を止めるすべを閉ざしてしまうことになるからです。

この神の業の止め方を私以外、誰も知らないのです。そうであるなら、その神の業を止める手段を唯一知っている私を犯人に仕立て上げたら、この神の業をどうやって止めるのですか?

誰もこの神の業を止める方法を知らないのにです。

これ以上大きな災いもないと思いますが、このように名古屋の人たちは、大きな災いを外にドンドン流しているのですから、裁かれないはずがないのです。災いが起きないはずがないのです。

どうされるのですか?その災いが起きる時間は刻々と迫っているというのにです。(そうして災いも外に大きく拡がりつつあるというのにです)

どのような有名な神社やお寺にお参りに行こうが、高名な坊さんにお経を上げてもらおうが、警察にいおうが、弁護士に頼もうが、お金をどれだけ積もうが、その金でどれだけ遠くに逃げようが、この災いから逃れることは出来ないのです。

これだけの罪をつくってしまっては、もう裁きを待つしかないからです。

しかし、そのような災いから少しでも逃れたいのであれば、もう反省するしかないのです。

自分たちがしたことは間違いであったと潔く認め、徹底的に反省することです。そうすれば、その罪はいくらか軽減されるからです。

そうして、この法を拡げることに協力されるのであれば、はじめてその罪は許され、今度は奇跡が起きてくることになります。

それもこれもすべて自分の心次第なのです。

二、三日前の話でしたか、フィリピンのマニラでキリスト教徒(カトリック系のです)の「ブラックナザレ祭」が行われました。(黒いキリストの像を祭るお祭りのようです)

その黒いキリスト(このキリストの像はメキシコから宣教師によって運ばれたそうですが、その運ぶ途中に船が火事になり、黒く焦げてしまったそうです)は奇跡を起こすと信じられ、マニラの旧市街を練り歩くこの黒いキリスト像に人々が殺到したそうです。

あまりに人が殺到しすぎて、それで多くのけが人が出たそうですが(死人まで出たそうです)このようなことを見ても分かります。

この黒いキリスト像は奇跡を起こすどころか災いを起こしているのです。(多くのけが人を出し、死人まで出ているのですから災い以外の何ものでもありません)

しかし、人々は、目の前に災いが起きているにもかかわらず、この像は奇跡が起きると信じているのです。

哀れなものです。このようなことが起きても、自分たちは間違った信仰をしていると気づかないからです。(偶像崇拝)

日本の人たちも同じでした。無神論だけではなく「鰯(いわし)の頭も信心から」などという間違った信仰を信じている人たちばかりだったのです。

しかし、そのような信仰はおかしいと、いま多くの人たちが気づきつつあるのです。

なぜ、おかしいと気づきつつあるのか?

それはこの法を知ったからです。

そうして、これほどの人の業とは思えない現象が次々に日本に現れているからです。(災いだけではなく、私や他の人に起きている奇跡も含めてです)

本当の信仰をするならば、特別どこかに行かなくても、すぐその場で奇跡は起きるのです。なぜなら、この地球自体がすでに、神につくられた神殿であるからです。(だから、災いも起きるのです。すでにそこが神殿であるからです。神殿内で悪いことをしていれば当然罰は当たるのです)

このようなことも含めた、この法の存在を早く多くの人に(日本だけではなく世界中の人にです)知らせなければいけないのです。

この法を知り、この日本で起きている現象を知るならば、多くの人々の心が変わり、多くの奇跡が世界中で起きてくることになるからです。

多くの人の心を少し変えるだけでいいのです。それだけで奇跡が起きるからです。(それはこの日本ですでに実証されています)

この日本で起きていることが、世界中で起きれば(災いは起きない方がいいのですが)世界中の人が本当の神の教えを知ることになり、そうなれば世界に本当の平和がやってくるのです。(当然テロも戦争もなくなります。世界中の人が法を知るなら、それ以上の神の業が起きるからです)

逆にいうなら、自分たちに災いが起きているのはいつまでも心を変えようとしないからです。心を変えないからいつまでも災いが起きてくるのです。

少し、心を変えるだけで、一変に別の世界が現れることになります。法にはそれほどの力が(神の力が)宿っているからです。

少し心を変えてみませんか?そうすれば、自分だけではなく世界も平和になるからです。

(先に書きましたが、名古屋の人たちは本当にやばいです。すぐにでも変えた方がいいと思います。その心を変えようとしないばかりに、すでに多くの神の業が現れているからです。〔災いの方のです〕しかし、名古屋の多くの人が心を変え法を実践するならば、この法は世界に伝わっていきます。名古屋発で悪いことばかり流しているのではなく、よいことも流されてはどうでしょう。それ以外で名古屋は、もう救われる道はないからです)

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1月 10 2016

名古屋の人たちの罪

それにしてもどれだけ怒れば気がすむのでしょう。(どこかの会社ですが昨日も怒りっぱなしでした)

怒って何か変わるのでしょうか?(むしろ状況は悪くなる一方だと思いますが…)

そういう怒っている人はあちこちにたくさんいますが、何でもかんでも悪いことを私のせいにしているより、少しは自分たちの心と行いを反省されてはどうでしょう。

そうしなければ、恐ろしい現象は止まらないからです。

今日も朝からサイレンがしていましたが、だいたいこのサイレン、もうどこでも聞こえていますよね。(全国各地でです。岐阜県や三重県でも聞こえていましたし、生放送のテレビを観ていても聞こえてくることがありますし)

このサイレンを私のせいにして怒っている人はこの辺りたくさんいるのですが、では、そのような全国で響いてきたサイレンもすべて私のせいなのですか?(そうして、あの浜松の火葬場の一週間待ちというのもです)

何でもかんでも悪いことを私のせいにしている人たちの理論からすれば、そのような悪い現象はすべて私のせいということになるのでしょうが、そのような考えが果たして正しいのでしょうか?

それは、どう考えても飛躍が過ぎると思いますが、そこはどう思われるのですか?

さすがにそこまで思う人は少ないと思いますが(超責任転嫁のこの辺りの人たちでもです)そうであるなら、その全国で起きて来たサイレンはどう説明されるのでしょう。

名古屋と同じ現象が、もうどこでも起きているではないですか。これはどういうことなのですか?

説明がつきませんよね。この辺りで起きているサイレンを私一人のせいにしている人たちではです。

しかし、私のいつもいっていることであるなら説明がつくはずです。

そのような「人々の心が現れる時代になったのだ」と「だからこのようなことが起きているのだ」とです。

何度もいいますが、このサイレンは私のせいではありません。もし、このサイレンが私一人のせいであるなら、全国的にこのようなことが起きだした説明がつきません。(いくら何でも全国の人を無差別に病気にする人などいないでしょう)

時代が変わったから、このようなことが起きだしたのです。

ただ、名古屋にはその現象が一番早く現れたのです。だから、名古屋の人たちは、それを私一人のせいにしてしまったのです。他に理由が見当たらなかったからです。

なぜ、一番最初に名古屋にこの現象が現れたのか?

それは法を説く人によってたかって嫌がらせをしたからです。だから一番早く、この恐ろしい現象が名古屋に現れたのです。(マァ、それを始めたのは一部の人たちなのですが)

名古屋の人たちは、よりにもよって、法を説いている者に散々嫌がらせをするという暴挙(こんなこと暴挙以外の何ものでもありません)に出たのです。その結果、天を怒らせ、このような恐ろしい現象が世に現れるきっかけをつくってしまったのです。

もしかしたらこれほどの罪はないのかもしれません。これほどの現象を最初に世に現したのは名古屋の人たちであったからです。

もし、名古屋の人たちが法を説く人に嫌がらせなどせず、その教えを尊重して(その時にはもう奇跡が起きていたのですから)協力していたのなら、このような恐ろしい現象は現れなかったかもしれないのです。

法を説く者に嫌がらせなどしなかったら、天の怒りもそれほどではなかったはずだからです。

しかし、名古屋の人たちは大変な間違いを犯してしまいます。

その結果、名古屋に恐ろしい現象が現れ、その名古屋に現れた恐ろしい現象は大きく全国に拡がって行ったのです。

すでに全国で、名古屋で起きているような恐ろしい現象が現れてきています。(浜松の火葬場の一週間待ちというのもそうでしょうが)

それが「人々の心が現れる時代になった」という何よりの証拠なのです。

それを、まともに現せてしまったのが名古屋の人たちであると思いますが、それでどうされるのですか?名古屋の人たちはです。

どっちみちこのような現象は現れてきたと思いますが(そのような時代ですから)しかし、予想以上に早く、激しく現したのは(その激しく現れたのは特に名古屋なんですが)名古屋の人たちです。

この責任はどう取られるのですか?

それともそんなことは一切無視して(それもまた得意技ですね)まだすべて悪いことを私のせいにして怒り続けるのですか?(これも得意の超責任転嫁です)

そういうことをしていれば、そのような人たちは全員滅ぼされることになります。

なぜなら、このような現象を止めることが出来るのは、悪いことはすべてお前のせいと、そのような大悪人に仕立て上げられている私しかいないからです。

法を説いている者にしか、この現象を収めることは出来ないからです。(私一人に奇跡が起きているのがその証拠です)

では、その唯一この現象を収めることが出来る者を大悪人に仕立て上げている人など、滅ぼされるのが当たり前なのではないでしょうか?

その人たちが、多くの人を救える人間を救えなくしているからです。(多くの人を救える人を大悪人に仕立て上げたら、その人は多くの人を救えなくなります。そんな大悪人のいうことなど誰も聞かないからです)

名古屋の人たちは(すべてとはいいません。一部の人たち何でしょうが)すでに大変な罪をつくっているのです。

恐ろしい現象が全国に先駆けて、この名古屋に現れたのもお分かりいただけると思います。

さて、どうされますか?

名古屋の人たちがこのままでは、この名古屋だけではなく、全国の人々を不幸にするのです。

サイレンはもう全国に拡がっています。

名古屋から始まったものは、名古屋の人たちが鎮めるしかないのです。

追伸…唐突ですが、なぜ、北朝鮮のような国があると思いますか?(もちろん、北朝鮮に限ったことではないのですが)

独裁国家で、差別もひどく、民衆は飢餓に苦しんでいる、こんなひどい国もないと、あんな国に生まれた人は可愛そうだと、日本の人々なら誰でもそう思うでしょう。(日本はあれだけひどくはないからです。日本ならいくら貧困でも、自分が努力するなら何らかの形で周りが助けてくれて飯を食べることくらいは出来るからです。しかし、北朝鮮はどれだけ努力しても餓死する人は餓死するのです。周りに助けてくれる人などいないからです)

しかし、北朝鮮のような国が存在するのは、存在するだけの理由があるのです。

その理由とは、人々の業なのです。

あのような国に生まれる人は、過去世でいま自分がされていることと同じことをしているのです。(例えば、過去世で多くの人を餓死させたことがある独裁者であったとか、過去に西洋の国々が、アジアの国々を植民地支配しましたが、その時にアジアの人々を奴隷にして、過酷な労働をさせたとか、ひどい差別を行ったとかのです。そのような人たちが、今度は逆の立場になって、ひどい仕打ちをした人から同じひどい仕打ちを受けるのです。これもまた因果応報です)

だから、あのような国が生まれるのです。

そのような悪事を過去行った人は、同じ悪事を自分も受けなければいけないという修行の場が必要だからです。

今生、私に罪をかぶせ、嫌がらせを行った人が、それを反省しないままあの世に帰りますと(死ぬということですが)地獄に堕ちるのは当然のことですが、その地獄で苦しんだのち、またこの世に生まれることになりますが(輪廻転生)その時に生まれるところは、この北朝鮮のようなところになるということです。

地獄で厳しい修行をし、そうしてまたこの世に生まれて来ても、厳しい場所で厳しい修行を行わなければいけなくなるのです。

それほどの罪を今生、名古屋の人は(一部の人なんでしょうが)すでにつくっているからです。

法を説く人への悪はそれほどの罪なのです。

もう、どちらが正しいかは明らかなのです。これ以上、その罪を認めず、悪を続けるなら、そのような来世、再来世でまた地獄の修行が待っているのです。

ゾッとしませんか?しかし、名古屋の人たちはそれほどの罪をつくっているのです。

早く反省されてはどうでしょう。この罪を持ちこすことほど恐ろしいことはないからです。

(法の罪を持ちこすとはそれほど恐ろしいことなのです。ちょっと具体的に書いてみました)

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1月 09 2016

因果応報

またまた今日もお怒りです。(毎日、毎日、朝からハイテンションで大変ですね)

こちら側は壁が出来たのでずいぶん静かになりましたが、反対側は大変でしょうね。(こう毎日朝から全開バリバリでは)

自分たちが悪いのに、八つ当たりしてでかい音を立て回りに迷惑をかけ続けている、この人たちはどれだけ罪をつくれば気がすむのでしょう。

その罪は来世、再来世にわたって償わなければいけなくなります。本当に哀れなものです。

その罪といえばです。

昨日もまた庄内川に行ったのですが、その帰りのことです。(庄内川の帰りにはよく事件が起こります)

途中まで帰ってくると、久しぶりに小学生の集団に出くわしたのです。(ほんと、いつ以来か忘れましたが)

「なんだこいつら今日はいるじゃないか」と思っていると、また何かやってくるのです。

急にでかい音を立てて歩きだしたり、私の横を通りすぎる時に足をザッと地面に擦り付け嫌がらせじみたことをしていきます。

「お前らまだやるのか」といって、その小学生たちを祈り始めるとまたバカにしている奴がいるのです。

まったく変わっていません。「こいつらバカか」と思ってしまいました。

こういうことを私にすれば、また、この連中を私が徹底的に祈ることは分かっているはずだからです。その祈られるのが嫌で、帰りの時間をこの連中は変えているはずなのに、まだ同じことをしています。

わざわざ帰り時間を変えることまでしていて、人の顔を見るとまた同じことをしてくるのです。小学生とはいえバカとしかいいようがありませんね。まだ、法の怖さが理解出来ないからです。(マァ、大人でも未だにそういうことが理解出来ない人も多いのですから、子供も同じなんでしょうが)

しかし、不思議だな、と私は思いました。何が不思議かって、このような順序をもらったことが本当に不思議だったのです。

というのも、その前日の夜のことです。(だから一昨日の夜です)

私は寝る前に必ず祈るのですが、この夜祈る時に、一柳の連中を祈るのもいい加減やめようと思ったのです。

庄内川の帰りに(一柳の)小学生や中学生と会うこともなくなりました。全然会わないのに、いつまでも祈っていても仕方がない、これだけ私のことを避けているということは、もうあの連中も反省している証拠だろうと思ってです。

そうして、その夜は一柳の連中を祈ることはやめたのです。

そうしたらです。翌日すぐにこのようなことが起きたのです。偶然にしては出来過ぎています。(私が一柳の連中の祈りをやめたとたん、その一柳の小学生の集団と出会い嫌がらせを受けるなどです。いくら何でもタイミングがよすぎです)

こういう順序をもらうということは『祈るのをやめてはいけない、もっと続けろ』と天からいわれているようなものです。

「何でこの連中をこれだけ祈らないといけないのだろう」と昨日の夜は考えていたのです。するとです。いろいろなことが心の中に浮かんできました。

そのいろいろなこととは、この一柳の連中の過去世のことだったのです。

その心に浮かんできたことを要約しますと、どうもこの連中、過去世で相当法を説いていた人たちに悪いことをしているようなのです。

過去の人生で、法を説いている人を罵ったり、嫌がらせをしたり、法の流布のじゃまをしたり、そのようなことばかりしていた者たちが、固まって、あの学校にいるようなのです。

それで合点がいきました。私がなぜ、この連中をこのブログで名指しし、徹底的に祈ると書いたのかということがです。

いくら何でも、ただの小、中学生をそこまで祈るのもやりすぎです。しかし、その時私は、少しもやりすぎているとも何とも感じなかったのです。

そうして、祈ってすぐに現象が現れました。(これもまた早かったです)

何でこんなことを私はしたのか?そうして何で私が祈ってすぐにこの連中に現象が現れたのか?

それらすべて、この一柳の連中の過去世に原因があったのです。

過去世で、そんなこと(法を説く人たちに悪いこと)ばかりしている連中が固まって近くにいるのです。そういう連中を私が何も思わないわけがありません。

私が必要以上に、そのようなきつい書き方と、きつい祈りをなぜしたのか、この者たちの過去世を私の心は知っていたからです。

この一柳にいる連中は、過去世で(釈尊やキリストなどの)法を説いている方々に散々悪さをしているのです。

それで今回は、法を説く人の近くに生まれて、今度はその法を説く人を尊敬し、法をしっかり勉強してきます、という目的を持って生まれて来たようなのですが、どうもこの連中、過去世の業に引きずられ今世でも同じ間違いを犯してしまっているようです。

だから、集団で私をバカにしてきたのです。

私はよく小学生や中学生にバカにされましたが、それでも一柳の連中くらい多くの小、中学生にバカにされたことはありませんでした。

何でこの連中、これだけバカにしてくるのか、と思っていましたが、そういう過去世であれば、そのようなことをしてくるでしょう。(釈尊やキリストにもしたでしょうから)

だから、このような順序をもらったのです。

私が、この連中の祈りをやめようとしたとたん、もっと祈りを続けろというような事件が起きて、祈らざるを得なくなり、そうして、この者たちの過去世を知らされるという順序をです。

この連中が過去世の業をまったく反省していなかったからです。

だから、これまで一柳の連中に何が起きているのか知りませんが、その程度では許されないということです。

自分たちの業を清算し、本当の目的と使命に気づいて、それを果たさない限り、自分たちは許されないということです。それほどの罪を自分たちは(過去世で)重ねているからです。

ということで、悪いと思った人から、私に直接謝りに来てください。(あなたちは特別です)私に詫びを入れ、反省しないと、あなたたちの過去世の悪い業は消えないからです。

その業を消さないと、今生の修行を果たしたことにはならないのです。

少なくとも、その業を消すことがあなたたちの修行の最低の条件です。

だから、それを果たさない限り、私はあなたたちへの祈りをやめることが出来ません。(天がそれを許してくれないからです)それではこちらも大変ですので(あなたたちも大変だと思いますよ。何が起きるか分からないのですから)ぜひ早めにお願いします。

あなたたちからすれば、もっとも嫌なことかもしれませんが(過去世から、散々バカにしてきた法を説いている人に頭を下げなければいけないのですから)そのもっとも嫌なことを実践しないと、その罪は消えません。

それだけ大きな罪をあなたたちは負っているからです。(だから、私に祈られて、すぐに現象が現れた小、中学生など、過去に相当法を説く人に悪いことをしているのです。例えば、キリストが十字架にかけられたゴルゴタの丘に行くまで、キリストはその十字架を背負わされゴルゴタの丘まで歩かされますが、その時にキリストにムチを打った者とか、唾を吐きかけた者とかです。そういう直接キリストに何かしたくらいの大きな罪をつくっています。そうでなければ、少し祈った程度で小、中学生にそんなひどい現象が現れるはずがないからです。〔まだ小、中学生は人生経験が短いので、それほどこの世で毒を食べているわけでもないでしょうから〕だから私に祈られて、すぐに何か現象が出た小、中学生は、過去世で相当法を説く人に悪いことをしているということを知るべきでしょう)

人は、この世だけの人生ではありません。

今(天から)裁かれている人は、過去世で相当大きな罪をつくっているのです。

私に祈られ恐ろしい現象が現れた人は、その恐ろしい現象を私の祈りのせいにしていますが、とんでもないのです。

そのような現象は全部自分が(現在と過去で)つくった罪なのです。

その罪の償いが私が祈ったことで出たにすぎないのです。

昨日の話ではありませんが、これはすべて天が行っていることなのです。天の行いに間違いはありません。

私の祈りで悪い現象が現れた人は、まず自分自身の心と行いをしっかり反省すべきなのです。

(マァ、どこかの会社の人たちも同じですが…朝からそれだけ張り切っていてよく疲れませんね?)

責任転嫁していては、いつまでたっても救われません。

この世のことだけをいっているのではなく、因果応報という法則の意味をよく知るべきなのです。

追伸…今、ある女性タレントの不倫が話題になっていますが、このようなことを行えば自分もまた同じ目に遭うのです。

そうして、いま苦しんでいる人と同じ苦しみを味わうことになります。(これもまた因果応報です)

その時、自分がしたことが正しかったのか、間違っていたのか分かることになります。(マァ、その前に自分がしていることは正しいのか、間違っているのか、分かりそうなものですが)

どちらにしても、道に外れたことはしない方がいいでしょう。

どのようなこともすべて、最後には自分自身に返ってくるからです。

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