>>ブログトップへ

1月 18 2016

本当の信仰

なんか凄い天気ですね。東京など大雪になっているようではないですか。(こちらは雨が降っているだけですが)

今日から荒れた天気が続くそうですが、多くの人の心と行いが悪いとこのような天気にもなるでしょう。早く正せばよいのにとつくづく思います。(また、このような大雪で不幸になる人がたくさん出るからです)

おかしな宗教のおかしな予言ではないのです。(何月何日に地球が滅亡するとかなんとかのです)

現実に目の前で起きていることなのです。(天変地変にせよ、サイレンにせよです)

何でそれに対し無策でいるのでしょう。(無策といういい方も変ですが、昨日の大河ドラマ「真田丸」の影響ですね。〔笑〕)

このようなことが次々に起きているということは、凄い勢いで時代が変わってきているということなのです。(それにまったく気づいていない人が多いのですが)

ということは、その時代に合わせた心と行いにこちらもしていかないといけないのであり、いつまでも同じことをしていてはいけないのです。(今日も怒っているようですが〔たまにでかい音をたててです〕毎日同じことをしています)

毎日のようにレベルが上がって行くという人が、スポーツ選手などたまに見受けられますが、あれと同じように、このような時代になれば毎日のように心のレベルが上がって行かないといけないのです。

それほどの勢いで時代が変わっているからです。

運動能力などは肉体的な限界があり、上がりっぱなしというわけにはいかずに年齢に応じて下がってくるものですが、心のレベルは違います。

年や性別に関係なく、いくらでもレベルアップすることが出来るのです。よい人間になるのには限界はないということです。(もちろんいくらでも落とすことも出来ます)

そのよい人間の最終目標が釈尊やキリストという方々なのですが、そのような目標が私たちにはあるのであり、それに気づいて、その目標に向かい心のレベルアップをしている人には奇跡が、それを怠ったり、否定したりしている人には災いが、ちゃんと起きているのです。(この辺は特に顕著にそれが現れています)

昨日も書きましたが、もうどこにも逃げ場はないのです。

やれば幸せになり、やらなければ不幸になる、それだけのことなのです。怒っていても仕方がないのではないでしょうか。(物を投げたくって、ガンガン音を立てまくってますよ。子供と同じですね)

こちらの状況が状況ですので、どうしてもそれに合わせた書き方になるのですが、いつまで駄々をこねているのでしょう。どれだけ駄々をこねて逆らったところで、それでは誰も救われないのです。(そういう無反省な態度を取り続けているから起きているのでしょう。恐ろしい現象がです)

怒っているだけではなく、いい加減理解されたらどうでしょう。今の危ない状況をです。

それはどこかの会社の人たちだけの話ではないでしょう。

特に、この辺りは危ない人が多いと思います。(なにせ、これまでの行いが行いですから)

悔い改めて、本当の信仰を始めてはどうでしょう。本当の信仰などそれほど苦になることでもないからです。(そうですよね、ウナッシーさん)

肉体行をするわけでもなく(あんなの苦しいだけで悟りとは何の関係もありません。釈尊が肉体行を捨てられたあと悟られたのがそのよい例です)禁酒禁煙をするわけでもなく(ただ健康のために〔特に女性などは子供を生まなければいけないのですから〕すぎるのはいけないとはいいますが、そのような健康の害になったり、それに逃げたり、おぼれたりすることはいけませんが、気分転換のためならOKです)今の生活を大きく変えろというわけではないのです。

ただ、少し神のことを思い、これまでの人生を反省しながら、オホホ、アハハと楽しい生活をしてくださいといってるだけで、そのような生活を続けるのであれば困ったことがあっても、祈れば解決の道がついて来ますし、奇跡も起きます。

これまでのように、神を少しも思わず、無反省で、怒りやねたみやひがみの生活をやめて、そのような生活を心がけてくださいといっているだけなのです。

そのような正しい生活が信仰であるからです。

そのような正しい心と行いが、即ち本当の信仰になるのであって、特別なことをするのが信仰なのではないのです。

神に感謝した、反省のある正しい生活こそ、本当の信仰なのです。

それが一体何の苦になるのでしょう。むしろ今のように、面白くないことがあると文句ばかりいい、表面上だけ笑っているだけで陰で悪口のいいあいをしている生活の方が、よほど気疲れするのではないですか?

そのような心は神の心からはほど遠いからです。神の心からほど遠いことをしているのなら、それは自分の心にとって決してよいことではないからです。

そのような(文句や悪口ばかりの)生活が一番よいと思っている人は、すでに悪魔に憑かれているのです。

悪魔に憑かれれば、そのような生活が一番よく(心が落ち着くことに)なります。そのような心は地獄界の心であるからです。(この辺りは悪魔に憑かれた人が多いのです。私の心の中を平気でのぞいて来ますからね。〔そうですよね。その自覚のある人、この辺りたくさんいると思います。誰と誰と誰はそうと限定もできますし〕悪魔が耳元で教えているのです。他地域の人は驚くかもしれませんが、本当にこういうことはあるのです)

しかし、地獄界の心でいるなら、本当に地獄界がそこに出来上がります。では、そこには地獄と同じ現象が現れるということです。(だから不幸になる人が続出しているのです。自らが地獄界をつくって地獄を再現しているからです。地獄ではよいことは起きません。不幸しか起きないのです)

本当の信仰(正しい生活)を続けるなら、そこに天上界が現れます。だから、そのような生活を実践している人には奇跡が現れるのです。天上界は奇跡しか起きないからです。

天上界の生活と地獄界の生活ではどちらがよいのでしょうか?

聞くまでもないと思います。

天上界の生活をしたいのであれば、本当の信仰をされるべきなのです。

追伸…先ほども少し書きましたが、本当にこの辺りは地獄霊に憑かれている人が多いのです。

最近はよくテレビで、人の考えていることをいい当てるという人がいますが(メンタリストとかいわれてです)あのような人がこの辺り、ゴロゴロいます。(苦笑)

この辺りの何人かの人は人の心の中が分かるようです。悪魔に教えてもらえるからです。

これは何度も私は確認しました。

私の思いだけで反応する人があまりに多かったので(例えば心の中で「あの前の会社のバカは」と思うとします。するとそう思ったとたん、前の会社の誰かが反応するのです。〔物など投げてです〕)そういう人たちに向かい「お前ら、その耳元でささやいている奴、悪魔だぞ」と教えてやったのです。

そうしたら、一変に周りがシーンとしてしまい(それまではガタガタやっていたのがです)引いているのです。(その声を聞いて明らかに雰囲気が変わりました)

なんだ、ずいぶん悪魔に憑かれた奴が多いんだなと驚きました。

だから、この辺りは人の心が分かる人が多いのです。それだけ悪魔に憑かれている人が多いということです。(だからあのメンタリストがテレビやっていることなど、大して驚きもしません。この辺りの人はあれくらいのことが出来る人はたくさんいるからです。〔苦笑〕)

ゾッとしますが、そんな悪魔を憑けたまま死ねば、当然その人は悪魔に導かれ死後は、その悪魔が住んでいる地獄に行くことになります。

この辺りの人に何度もいっていますが、耳元で囁く(ささやく)者のいうことなど聞いてはいけないのです。それは悪魔であるからです。

生きている人の言葉を聞かないといけないのです。(特に、私のいうことを聞かないといけないのですが、この辺りの人たち全然聞きません)

その悪魔の言葉に耳を傾ければ傾けるだけ、深い地獄に堕ちていくことになります。

自分本位な生活は、それだけ危ない生活であるのです。

(知らず知らずのうちに悪魔を呼びよせているからです。この辺りだけではなく、そのような人が他の地域にもいるかもしれません。〔多分いるでしょう〕だから、書いておきました。訳の分からない者の声など絶対に聞いてはいけないのです。その声は悪魔の声であるからです)

0コメント

1月 17 2016

大きな使命

それにしても怒りっぱなしですね。どこかの会社です。(今日は休みで、こちらはせいせいしていますが。〔笑〕)

そうかと思えば、全然静かになってしまったところもあります。(そういえば、どこかのマンションはバシバシやらなくなりましたね。たまに誰かがやるくらいです)

ずいぶん極端なことが起きているのですが、それは道を歩いていても感じます。

最近は特に感じるのですが、態度を変えた人が多いようです。(歩いている人、運転手を含めて変わらない人は変わりませんが。〔苦笑〕)

これだけ態度を変える人が多いということは、何か起きているということでしょう。何か起きなければ、態度など変えるわけがないからです。(何も起きていないのに、自分から気づいて反省するなんて出来ませんよね。そんなことが出来る人が多ければ、これだけ恐ろしい現象が多発するとは思えないからです)

では、何が起きているのか?ということです。

少なくとも奇跡が起きているわけではないでしょう。それならもう少し皆さん晴れやかな顔をしていると思うからです。

今日も朝からよくサイレンが聞こえていました。

よく考えてみてください。

このサイレンはもう全国的にしているのです。そうして、火葬場が一週間待ちというところまであるのです。(そういうところは浜松だけではなく他でもあるでしょう。NHKでもそのような番組を観たことがありますから。火葬場が三日待ちで死ぬ人が増えているとかなんとかいっていました)

これどういうことかお分かりですか?

これはすでに日本中で恐ろし現象が現れているということであり、もう逃げ場がないということなのです。(逃げ場ありませんよね。日本中でそのような恐ろしいことが起きているのですから)

こういうことに誰も気づかないんでしょうか?

気づかないんでしょうね。だから、未だに心も行いも変えようとせず、神のことなど少しも考えないという人が多いのです。(この辺りの人は、まだサイレンを私のせいにしています。気づいていないだけで、すでに全国的にこのようなことが起きているのにです)

しかし、少し視野を広げれば分かると思います。すでに私たちには逃げ場がなく、大変恐ろしい状況になっているということがです。

まだ分からないのですか?自分たちの不信心がです。

無神論などということを堂々といい(これ以上神に対し不遜な行為はありません)神などそっちのけで金儲けばかりに精を出しているから、日本中で恐ろしい神の業が現れて来ているのでしょう。(戦後の日本は本当にそういう感じでした。金儲けばかりしていたからこれだけ豊かな国になれたのです。物質的にはです)

違いますか?

だから私はいっているのです。本当の神の教えを早く学ばないといけないとです。

早く心を入れ替え、本当の神を思おうとしなければ、もう誰に、いつ、どこで、そのような恐ろしい現象が現れるか分からないのです。

それだけの不信仰、不信心を日本の多くの人たちはしてきているからです。(日本の人たちは、仕事さえしていればそれでいいと思っている人が多いはずです。それが大きな間違いだったのです)

現に、このような恐ろしいことが(次々に人が病気になり死んで行く)全国で起きているのです。

こういう命に関わる現象が次々に起きているのに、いつまでも同じことをし続けているのですか?

この辺りの人は、怒ってお前が悪いと嫌がらせをしてくるか、または天罰を恐れ(それを天罰と思っている人は少ないようですが。私のせいと思っている人が多いようですが)私から逃げるかのどちらかで、この辺り以外の人たちは相変わらず金儲けに精を出し、間違った信仰をし続けています。

誰もこの現象の意味に気づいていないのです。

しかし、そのように災いばかりが起きる中にあって、私には奇跡が起き続けているのです。これ以上私が正しいという証拠もないのではないでしょうか。

これほどの現象を現されているのです。早く反省し、私に「本当の神の教えを教えてください」といいにきたらどうでしょう。

もう助かる道はそれしかないからです。

「悔い改めます」というなら、どれだけ私に嫌がらせをして来た人でも私は許します。

なぜなら、キリストは次のようにいわれているからです。

「立ちて祈る時は、人を恨むことあらばこれを赦(ゆる)せ、天にいます汝らの父は、すでに汝らの過ちを赦したまわんためなり。

汝ら自らに心せよ。もし汝らの兄弟が罪を犯さば、これを戒めよ。もし、悔い改めなばこれを許せ。もし、一日に七度汝に罪を犯し、七度『悔い改める』と言いて、汝に帰らばこれを許せ」

キリストは、祈る時は人を恨んで祈っていてはいけない、その人を許してから祈りなさいといわれているのです。神はすでに私たちを許していられるからです。(神から観れば、私たち人間はすでに罪を犯しまくっているのです。そのような人間の罪を神はすべて許していられるのです)

そうして、自分に縁のある者が罪を犯せば、それを戒め、その者が悔い改めるというのであれば、その罪を許しなさいといわれているのです。

だから私もキリストにならい「悔い改めて、心の勉強をします」という人がいるなら、その人がどれだけ私に嫌がらせをした人であっても許して「ぜひ勉強してください」と激励し、私の知っていることを伝えますよといっているのです。(キリストは、一日に七度裏切っても、その者が「悔い改める」というなら許しなさいといわれていますが、さすがにそこまで裏切られると許すことは出来なくなります。キリストほどの愛は持ち合わせていませんから。〔苦笑〕)

悔い改められた方がいいのではないでしょうか。もう状況が状況だからです。

すでに時代が変わっているのです。天変地変が激しくなったのも(もちろん日本だけでなく世界的にです)それは時代が変わったから起きて来た現象なのであり、決して温暖化のせいではないのです。

もう、人々の心が現象として現れる時代となったのです。(だから私には鳥や魚が寄ってくるという奇跡が現れ始めたのでしょう。そのような〔釈尊やキリストにも起きた〕奇跡も起きているのです。災いばかりでなく、奇跡まで起きているのですから、自分たちの心が現れているというこれ以上の証拠はありません)

だから真っ先に心を正さないといけないのであるし、そうであるなら、もう責任転嫁はやめ、悔い改めて、この教えを勉強したらどうでしょう。

そうしなければ救われる道はないからです。(それをこのような現象が教えているのです)

この教えを実践している私には釈尊やキリストと同じ奇跡が現れているのです。これ以上、正しいという証明はありませんし、また、これ以上、この教えを実践すれば救われるという証明もありません。

釈尊やキリストが救われていないとは誰も思わないからです。(釈尊やキリストに災いは起きませんでした。奇跡しか起きていないのです)

何度もいいますが、もうどこにも逃げ場はないのです。

そうであるなら、この道を進むしかないのではないでしょうか。もし、他の道を通るなら、不幸になることは目に見えているからです。(正しい道が二つも三つもあるわけがありません。正しい教えが一つしかないように、正しい道も一つしかないのです)

今このことに気づいているのは、このブログを見ている人たちだけなのです。

この意味お分かりでしょうか?

つまり大変重要な使命がこのブログを読んでいる人たちにはあるということです。

これまで通りの考えのままでは、このような現象は激しくなることはあっても、収まることはないからです。

このブログを読んでいる人は、自分が救われるだけではなく、多くの人を救わなければいけない使命が、すでに備わっているということなのです。

法を知るとはそのようなことなのです。法を知ることは即ち大きな使命を得るということでもあるからです。(大きな使命を得るということは人としてこれ以上幸せなことはないと思いますが…どう思われますか?)

そのような大きな使命をすでに得て、それでもまだ自分のことだけやっているのですか?

責任転嫁して怒っているだけなのでしょうか?

そのような進歩のない人たちに関わらず、大きく時代は動き始めています。

小さな心は捨てるべきなのです。

2 コメント

1月 16 2016

愛の実践

まったくもう昨夜くらいから(一昨日の夜もそうでしたが)かなりの怒りようです。

何度もいいますが、怒ったところでその現象は止まらないのです。潔く自分たちが悪かったと頭を下げるべきでしょう。

そうしない限り、その現象は止まらないからです。

こういう進歩のない人たちの話題はよいのですが(命がかかっているのに、それでも進歩しようとしないのですから話になりませんね)現在、国民的アイドルグループの解散がまた超話題ですね。

しかし、あのグループ、日本だけではなく中国やら台湾やらアジアにまで人気があって、そのような国の人々まで心配しているというのですから、凄い影響力です。

そうであるなら歌や踊りばかりでなく、ぜひ法も伝えてほしいのですが(そうすれば、日本だけではなくアジアに法が拡がりますから)それはともかくです。

一体どうなっているんでしょうね、このグループ。こちらもいろいろ心配です。

私が心配しても仕方がないのですが、いろんな記事が出ていてよく状況も分かりませんし、部外者があまり口を出してもいけないんでしょうが、マァ、このブログを読んでいる縁もあります。

私なりの意見を書いておきましょう。

日本やアジアの人たちがこれだけ心配しているのです。元の鞘(さや)に収まるのが一番いいんでしょうが、覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)という言葉もあります。

そこはこれまでどうりに行くのはなかなか難しいとは思いますが、要はすべて心の勉強なのです。

どのようなやり方が、一番自分の心の向上になるのか(自分の心が向上することとは、愛と慈悲の行為をどれだけ実践できるのかということです)それを一として行動されることです。

これまでのしがらみなどもありますが、少なくとも、このような時に自分のプライドやら欲やら出すと、ろくな結果になりません。

愛と慈悲の心(そうして神に祈れば一番よいのですが、祈り方知りませんから、この人たち)それを一として行動されるのなら、それが自分にとっても、同じ仲間にとっても、そうしてファンにとっても一番よい結果となるのです。

このような時が自分の心を向上させるチャンスなのです。

例えばです。(あくまで例え話ですから)自分がくだらないことをいつまでも根に持つタイプであるなら、ここでそれを直し、仲間が詫びてくるなら(これだけ長くやっているのなら〔二十五年も一緒にやっているんですよね。しかも仲良く〕今生だけの付き合いではありません。過去世からの相当深い縁があると思います)快くそれを許してやり、仲間が復帰できるように骨を折ってやるとか、自分たちが悪かったと思っているのなら、くだらないプライドなど捨て、先ほどの話ではありませんが潔く頭を下げて詫びるとか、心からそのようなことが出来るのであれば、その人たちの心は向上するのであり、後に、あの事件があったから今の自分たちがあるのだと思える結果がえられるのです。

また、そのような心で行動されるのであれば、必ず天の導きがあり、誰にとってもこれが一番よかったという結果にもなるのです。

そういうこともまた奇跡であるからです。

芸能関係の人たちもぜひ、そのような奇跡を(人気とかそのようなものだけでなく、心で起こす奇跡を)見せてもらいたいものです。(スポーツ選手にしか奇跡が起きないというのも癪〔しゃく〕ですからね。〔笑〕)

どちらにしても日本のみならず、アジアの多くの人たちがあなたたちのことを心配しているのです。(それだけでも幸せ者ですね。私など心配どころか、どれだけ多くの人に嫌われているのか分からないくらいですから。〔苦笑〕)

そのようことに感謝の心を忘れず行動されることです。

しかし、失敗など誰でもすることなのです。(私など未だに失敗中です)

失敗は成功のもとといいますが、その失敗を今後の人生でどう生かすかが大事なのであり、また失敗した人の周りにいる人たちは、その失敗をただ非難するばかりでなく、そのような時にこそ、どれだけ愛と慈悲の心を出せるのか、それがこの世の心の勉強であるのです。(世話をした人に裏切られれば、それは腹も立つでしょう。しかし、その世話をした人たちに助けられたことも多々あるはずです。〔ずいぶん儲けたとかです〕この世は持ちつ持たれつなのであり、間違った時にただそれを非難するだけではなく、その間違いを正し、許してあげるのも愛なのです。そういう愛の実践が大事であるのです)

許す愛もあれば、突き放す愛もあります。

この世にはいろいろな愛の出し方がありますが、一番大事であるのは、その人たちにとって何が一番よいのかを考えることなのです。

自分たちにとっても、お世話になった会社にとっても、またファンにとっても、一番よい解決策がなされることを願ってやみません。

追伸…そういえば、あの二人のスポーツ選手は同い年(二十一)なんですってね。

それはまた奇遇ですね。二人は過去世でも縁が深かったのですから、今生でも仲良くするといいのではないでしょうか。(笑)

しかし、前世でも二人は向かうところ敵なしの天才でありましたが、今生でもまた二人は向かうところ敵なしの天才です。

まさに歴史は繰り返すですね。(笑)

0コメント

1月 15 2016

視野を広げる

しかし、知らない間に私たちは助けられているのですね。一昨日の隕石の映像を観てつくづくそう思いました。(こういうことがこれまでも何度もあったんじゃないですか)

昨日、追伸に書いたあの隕石が、もしそのまま直撃していたら、今頃、地球はどうなっていたでしょう。

多分、地球の半分以上がグチャグチャになっていたんではないでしょうか。何せ原爆の三十倍の威力ですから。

当然日本も入ります。だってロシアなどすぐ隣の国なんですから。そう考えるとゾッとしますね。(大汗)

隕石が地球に落ちる寸前にUFOが直撃して、あの隕石を破壊してくれたから、いま私たちはこのように生活できているのです。(よく考えてみれば、でかい隕石が地球に落ちる直前に爆発するなど出来すぎていますからね。何かの力がかからないとそんなこと起きるわけがありません)

もう少し天上界に感謝してはどうでしょうか。(下手すれば)地球が滅亡したかもしれない危機を救われているからです。

しかし、最近はテレビでも不思議な映像をよく放送しています。(UFOや宇宙人、霊現象ばかりでなく、ユーマなどの未確認生物などもです)

高橋先生は、このようなものはみな存在するといわれていました。そう考えるなら、私たちはまだまだ知らないことがたくさんあるということです。夢も広がりますね。(私たちがこの世界で知っていることなど、まだほんの一部なんでしょうね)

だいたい普通の動物であっても、まだ知られていない新種は山ほどいるのです。そうであるなら、ユーマなどの未確認生物などいても当然でありますし、大宇宙はこれだけ広いのです。

では、他の天体に宇宙人がいてもさほど不思議ではありませんし、幽霊を観たり、そのような幽霊や霊現象の映像も撮れているのですから、そのような異次元の世界を信じない方がおかしいのであり、もう少し視野を広げるなら、そのようなものはすべて信じることが出来るはずです。(というより、いないと断定してしまう方が狭量なのです。いる可能性の方がはるかに高いからです)

そのように考えを広げないから、カチカチの四角四面の考えから抜けることが出来ないのです。

そういう狭量で四角四面の考えでは、自分の目の前のこと以外、理解出来ません。だから自分がしている間違いも分からないのです。

視野が狭すぎて、自分本位にしか物事を考えることが出来ないからです。

だから、この辺りの人は(特別この辺りの人だけではありませんが)どれだけ神の業(霊現象)が現れても、それを神の業とは認めないのです。

霊の世界を信じないからです。

だから、天罰も認めない、それはお前がやっているとなるのです。人の力以外は認めようとしないからです。

結局、仕事(あるいは勉強)と遊びばかりではそうなるのです。すべて、この世のことばかりだからです。

同じようなことばかりやっていて、それでどうやって視野を広げるのでしょう。他のことまで考えがいくのでしょう。

もう少し広く柔軟に人の話を聞けるようにならないと、いま起きていることは理解出来ないのです。

これまで起きたことがないようなことがすでに起きているからです。

だから、これまでの考えのままでは今起きていることが理解できないのです。これまでの体験では起き得ないことが、普通に起きているからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人の話を、よく聞かないといけないといっているのですが、それを聞こうとしないのです。

視野が狭い人たちは、自分たちと同じ話をする人以外の話は聞かないからです。それ以外のことをいう人は敵としかみないからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人に罪を全部かぶせるのです。その人は自分たちの敵であるからです。

そのような狭量さが自分たちの不幸を招いているのですが、それさえも、その人のせいにして、ただ怒っているだけなのです。物に当たっているだけなのです。

そういう責任転嫁や八つ当たりがすでに間違っていると、その人たちは分からないからです。(それでいて人がそのようなことをすると、あんなこと間違っていると平気でいうのです。第三者の立場になると、その間違いがよく分かるからです。しかし、自分が同じ間違いを犯していても分からない、それだけ狭量であるからです)

これは何もこの辺りの人たちだけではなく、昨日また(インドネシアのジャカルタで)テロが起きたそうですが、あのような人たちも同じなのです。

結局、同じ考えで同じことばかりやっているから、視野も広がらず、同じ間違いを同じように繰り返しているのです。

視野をもう少し広げるなら、別な考えも出てくるのです。

また、別な考えが出て来ない限り、今起きていることは起きるのです。同じ考えのままでは同じことしか起きないからです。(当たり前といえば当たり前の話なんですが)

もう少し視野を広げ、考えを広げてみませんか。そうすれば、別の道もついて来るからです。

別の道がついてこないと、もう命に関わるという人もたくさんいるように思います。そのような自分たちの思い、心がそのまま現れる、そのような時代となったからです。

それなのに、そのような金にならない話はあまり皆さん真剣に聞かれないようです。(命に関わることがこれだけ起きているのに、まだ金儲け優先ですか?いやはや凄まじいですね。〔苦笑〕)

先ほどUFOの話を書きましたが、七百五十年後、私たちはそのUFOに乗り、他の天体に行くことがすでに決まっています。(行く星もすでに決まっているそうです)

決まっているのですが、その七百五十年後に他の天体に行ける人は、心の広い人たちだけなのです。(心の高い菩薩界以上の方々です。この世では菩薩、如来と呼ばれる人たちばかりです)

今、この世に出ている人たちで、私はそれくらいの心の広さ、高さがあると思っていられる人がいるのでしょうか?

もし、そのような人がいたとしたら、私と同じ現象が現れて来ないといけません。過去、心の高い人たちには私と同じ現象が現れていたからです。(鳥や魚が寄って来るという現象がです)

そう考えるのなら、七百五十年後に他の天体に行ける人は、今のところ私一人であるといえるのではないでしょうか。私と同じ現象が現れている人など他にはいないからです。(私が知らないだけかもしれませんが)

他の天体など行けないなら行けなくていいと、視野の狭い人はすぐに考えますが(笑)その後、地球に残された人たちは相当厳しい修行をさせられるそうです。

激しい天変地変が起きるだけではなく、また恐竜などの恐ろしい生物が復活し、それこそ原始時代のような生活の中で辛く厳しい生活を余儀なくされるのです。

しかし、そこに指導者はいません。(如来や菩薩は他の天体に行ってしまうのですから)

自分たちが自分たちだけの考えで、そのような生活を続けて行かなければいけないのです。それがどれほど苦しいことかお分かりでしょうか?(烏合の衆が集まって、そんな危険な場所にいるのです。さぞ危なく苦しいことでしょう)

七百五十年後、地球に残る人たちは、そのような生活が待っているのです。

どうぞ地球に残りたい人はお残りください。そのような生活がしたいという人も中にはいると思うからです。(笑)

私が基準です。私くらいのことが起きて来ないと七百五十年後のこの地球を卒業することは出来ないのです。

だから私はいっているのです。急いだ方がよいとです。

もう少し視野を広げ、行いを変えられてはどうでしょう。今すぐにでもやらなければ間に合わない人たちがたくさんいるからです。

もし、今生、間に合わなければ次は地獄が待っています。(多分、今生がこの世で出来る最後の修行ですから。今度この世に生まれてくる時は、七百五十年後以降となると思いますから)

いつまでも自分のことばかりやっていてよいのでしょうか?

(ここに書いたことは荒唐無稽なことなのでしょうか?しかし、荒唐無稽なことを書いていては奇跡は起きません。私はいぜん奇跡が毎日のように起きています。ということは、ここに書いたことは事実であるということです。早く私のいうことを信じ行われた方がいいでしょう。そうしなければもう間に合わないからです)

2 コメント

1月 14 2016

天に逆らうな

ここ二、三日妙に静かです。(どことはいいませんが。たまにキレますけどね)

この辺りは急に怒りだしたり、そうかと思うと急に静かになったり、極端な行動を取る人が多いのですが、昨日は久しぶりにあちこちを歩いてみました。

少しは様子が変わったかと思ってです。

歩いてくる人は相変わらずなのですが、これまで近くを歩くとうるさかった会社がずいぶん静かになっていましたね。(お蔭で辻説法をしそこなったところも多かったです。静かなところでいきなり辻説法は出来ませんので)

こちらにからむのに飽きたのか、反省したのか(これはないでしょうが)分かりませんが、前よりはずいぶん静かです。

もう何年にもわたり、悪いこと(サイレン)が続いているのです。いい加減、私のせいにし続けるのも疲れますよね。

反省されたらどうでしょう。そうすれば、この災いも収まり奇跡も起きてくるからです。

私のせいにし続けても、悪いことは止まりません。では、別のやり方をされてはどうでしょうか。

と、いくら私がいっても、病気になる人が次々に出ていては感情がそれを許しません。(そういうことは全部私のせいにしていますから)

現象が何も出なければ、その教えを信じる人はほとんどいないのでしょうが、その現象が次々に現れると、今度は、その教えを信じはするものの、起きて来た悪い現象を、すべて一人の者のせいにして自分たちは少しも反省しようとはせず、その者を目の敵にしている。

本当に正しい教えを伝えることは難しいものですね。特に現代の人にはです。(現象が出なければ信じないし、出たら怒るしです。〔苦笑〕)

普通は、現象が出たら、信じて従うものですが、日本の人は無神論の人が多く、神を神とも思っていません。

だから、神の現す奇跡をさほど凄いとも思わないのでしょう。それよりも、そういうことを起こされたら金儲けが出来なくなると(とにかく金儲けが一ですから)迷惑としか思っていないのですから、私を目の敵にするでしょう。

よけいなことばかりしていると思ってです。

神の業を畏れようともせず、人のせいにして怒っているだけで、何が起きても金儲けだけは続けている。

神の業よりも、金儲けの方がはるかに大事なのです。(苦笑)

これだけ神から心が離れた人たちを、神の心に近づけようなどとは至難の業だと思うのですが(これだけ神から心を離したら普通であるなら滅ぼされますから)それをやれと天からいわれているのですから、こちらはそれをやるしかありません。

だからやっているのです。

これだけ多くの人が病気になっているのですから、今のままでは滅ぼされますよ、といっている私のいうことも、あながち嘘ではないと分かりそうなものですが、とにかく(特にこの辺りの人は)病気になったら私のせい、あちこちで不幸が起きたら、それも私のせいで、自分たちの心が悪いとは少しも思いません。

私には、次々に奇跡が起き、自分たちには一つも奇跡が起きないで災いしか起きていないにもかかわらず、それでも、私の正しさは認めず、自分たちの間違いも認めず、それもこれも全部お前のせいと怒っているのです。

どうやったらいいんでしょうね。これだけ責任転嫁が身についてしまっている人たちを反省させるのはです。

奇跡が起きようが、罰が当たろうが、一切そういうことを認めようとせず、悪いことをただ人のせいにして怒っているだけ、これだけの現象が周りに現れて来ているのに、それに驚きもしなければ、畏れもしない、責任転嫁ばかりで進歩がない、これではどうしようもありません。

もう時代は変わっているのです。

そうであるなら、その時代に合わせた心と行いをしないといけないでしょう。そうしなければ、その時代にいることは出来なくなるからです。

これから一段と現象が激しくなるそうです。(特にこの辺りはです。一変にということが起きてくるそうです)

いま程度の現象では、誰も心と行いを変えようとしないのですから、それも必然でしょう。

天が次々に現象を現し、正しい道に導こうとしているのです。(私が現しているわけではないのです。だいたい一人の人間がそんなこと出来ると思いますか?)

その導きには従うべきでしょう。それが人として本当の進むべき道であるからです。

(なんか今回、愚痴のような、文句だけのような、そういうブログになってしまいました。昨日あちこちを回ってみての感想です。思考停止している人があまりに多いと思ったからです。先に先にと進まないと、もう置いていかれるのです。置いていかれるのならこの時代にはいられないのです。そういう時代となりました。早く歩を進めてください)

追伸…昨夜、テレビである番組を観ていたのですが(何とかミステリーとかいうやつです)その番組は本当に不思議な映像がたくさん出てきます。

中にはトリックもあるのでしょうが、あれだけ不思議な映像がたくさん出てくると、UFOの存在や霊の存在など実感できますよね。(逆に、あれだけ不思議な映像がたくさんあるのに、そういうものを全部否定してきたこれまでの考えの方が理解出来ませんが。あまりに狭量すぎてです)

その中で、この前ロシアに落ちた隕石の映像がありましたが、あの隕石はロシアに落ちる寸前に爆発を起こします。

その爆発のお蔭で、あの隕石の被害はあの程度ですんだそうです。

あの程度といっても、負傷者が千二百人も出て被害額は二十八億円くらい出ているそうですが、それでもです。

もし、あの隕石が爆発せずに、そのまま墜落していたら、なんと広島の原爆の三十倍の威力に相当するエネルギーが、そこに落ちていたことになるそうですので、それに比べればずいぶん被害は少なかったのです。(広島の原爆の三十倍って。〔大汗〕もし、そのまま隕石が突っ込んでいたら地球が壊れていたかもしれません)

だから、あのロシアに落ちた隕石がもし爆発しなければ相当やばかったのです。(ロシアのみならず地球もです)

ところがです。昨日のテレビで、その隕石が爆発した時の映像をスローでやっていたのですが、その隕石が爆発する寸前に、なんとUFOがその隕石に飛び込んでいったのが映っているではありませんか。(隕石を突き抜けていましたけどね。そのUFOは)

もし、そのUFOが突っ込まなかったら、あの隕石は爆発を起こしていなかったのです。

あの映像だけ見ていると、まるでUFOが体当たりして隕石を爆発させて地球を救ったように見えましたが、そういう見方をする人はネットを見ると多かったようです。

しかし、私はこの映像を観て、やはり高橋先生のいわれていたことは正しかったのだな、と改めて思いました。

高橋先生もUFOのことをいわれていたことがあったからです。

そうして、そのUFOの大部分は、天上界から来ているものである、といわれていたからです。(だから他の天体から来ているUFOは一部であるということです。その他の天体から来ているUFOが地球に墜落したり、地球人に悪さしたりしているのではないでしょうか。天上界から来ているUFOならそんなことにはならないと思うからです)

天上界から来ているUFOが大部分であるのなら、この地球を救ってくれるのも分かりますし、そうであるなら、あのロシアに落ちた隕石を、落ちる寸前で爆破させたUFOも天上界から来ていたUFOであると確信できるからです。

このように、天上界は物心両面で地球の人々に救いの手を差し伸べているのです。

その救いを拒否しているのは、地球に出ている人たちなのです。

天上界の力を借りるのであれば、どのようなことも可能になるのです。(そのようなUFOまで天上界ではつくれているからです。〔そのUFOに乗って、七百五十年後に私たちは他の天体に行くことになりますが〕では、原発の核廃棄物処理の技術など造作もなく出来るのです)

いつまで心を閉ざしているのですか?

いつまでも天の思いに逆らっていてはいけないのです。(従えば、夢のような世界が広がるからです)

3 コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。