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11月 17 2015

本当の信仰

何かまた朝から機嫌の悪いことです。(悪魔軍団です)

何か起きているんでしょうが、本当に起きっぱなしですね。

昨日も庄内川に行ったんですが、帰りに中学生は見かけませんでした。小学生は何人か見ましたが、私の顔を見ると驚いたような顔をするのが多かったです。昨日帰った時間が少し遅かったからです。

あの小学生たちの顔を見ると、やはりみな時間をずらして帰っているようですが、ずいぶん不便でしょうね。そんなことをしていてはです。

それにしても中学生はどこに行ったんでしょう。時間のずらし方が半端ないですね。(苦笑)

ずいぶん怒ったり逃げたりしている人が多いんですが、そんな私は昨日は庄内川の土手を歩いていましたが、久しぶりに足を伸ばして藤前干潟まで歩いて行きました。

すると、藤前干潟でも岸近くにたくさんの魚が寄ってきていたようで、岸の近くでバシャバシャやっている小魚がたくさんいました。

マァ、動画に撮っておきましたが、今回の動画はそのような魚の同じような場面ばかりになりました。同じような奇跡があちこちで起きているからです。

こちらはこんな奇跡ばかり起きているのに、私に逆らっている人たちは災いばかりが起きているようです。

昨日の話ではありませんが、こうも現象が起きては不人気にもなるんでしょうが、このような現象の違いを見てもらえれば分かりますが、この不人気の理由は災いが起きている人たちが本当の信仰を知らない、それに尽きるからなのではないでしょうか。

こういう災いが起きている人たちはそうですよね。本当の信仰など知りもしないのです。(それは特別この人たちに限りませんが)

こういう人たちは、信仰といえば、お経を上げたり、仏像を拝んだり、墓参りに行ったりすることが信仰であると思っています。

そうして、昔から悪いことをすると「罰が当たる」「罰が当たる」とよくいわれますが、そんな罰など当たるはずがないと思っている人たちばかりなのです。

つまり、信仰などといっても(信仰とはその程度のことだと思い)その信仰をなめている人たちばかりなのです。(甘く見ているといってもいいでしょう。本人たちはそのような自覚がないのかもしれませんが、そのような思いや行いは信仰を甘く見ている、即ちなめている証拠なのです)

そのような信仰をなめている人たちが、本当の信仰を初めて知ったのです。(私を通してです。私のやっている信仰が本当の信仰であるからです)

受け入れられるはずがありませんし、それが信仰とも思わないでしょう。自分たちがしている信仰とあまりに違うからです。(起きることからやることからです)

特別私は、お経を上げるわけでもありませんし、仏像を拝むわけでもありません。そうして先祖を拝みません。むしろ先祖に感謝するのはよいが、先祖を信仰の対象にしてはいけないとまでいっているのです。

そうして、やることといえば、この法の流布と祈りと反省です。(実際は反省禅定までしたいのですが、周りがこのような状況ではそこまでやれません。〔じゃまばかりされますので〕祈ることがせいぜいです。〔その祈りまでじゃまされますから〕)

そんなものが信仰のわけがないだろう、何やってんだこいつは、と思う人も多いでしょう。だからよけい敬遠されるのでしょうが、残念ではありますが、これが本当の信仰なのです。

それは釈尊やキリストを知ってもらえれば分かるでしょう。

釈尊やキリストがお経を上げられたでしょうか?(キリストはもちろんお経など上げていませんが、今あるお経は釈尊の説法が書かれてあるのです。では、そんなお経など〔何で自分がした説法を自分で上げるのでしょう〕釈尊が上げられるわけがありません)

釈尊やキリストが仏像を拝まれたでしょうか?(釈尊もキリストも祈る対象物などありませんでした。天に向かって祈られていただけです。従って先祖を拝まれたこともなかったのです)

釈尊やキリストはお経を上げたわけでも、仏像や先祖を拝まれたわけでもないのです。

私がしていることと同じように、あちこちで多くの人に説法をされて法を拡げ、そうして天に向かって祈り、反省禅定(キリストの場合は悔い改めですが)をされていただけなのです。

本来の信仰とは、簡単にいうならこのようなことなのであり、いま日本でやっているような信仰など、釈尊やキリストはされていないのです。

それなのになぜ日本の人々は、釈尊やキリストがされていない信仰の仕方をされているのですか?(逆にそちらの方が不思議ですが?)

昔からそうしていた、ただそれだけの理由でしょう。しかし、それではいけないのです。そのような信仰の仕方が違っているかもしれないからです。

釈尊やキリストがされていないことをしていてはいけないでしょう。

したがって、私がやっている信仰が本来の正しい信仰の仕方なのであり、だから奇跡が起きるのです。

本当の信仰をするのであれば、奇跡が起きるのが(お蔭があるのが)当たり前のことだからです。

神仏の助けや加護がなければ信仰とはいえないでしょう。何で何も起きないことをしていて信仰などと思っているのですか?

やり方が違っているから神仏の加護がもらえないのです。いま日本でしているような信仰の仕方は本当の信仰の仕方ではないからです。

だからお蔭があるのかないのか分からないのであり、またあったとしてもそのお蔭が続かないのです。そのお蔭は正しいものがしているのではないからです。(間違った信仰の仕方をしているのですから、本当の神仏のお蔭があるわけがありません。もしお蔭のようなものがあったとしたら、それは動物霊や地獄霊、そのような悪魔たちが現しているものなのです)

本当の信仰とは、私がやっているようなことなのであり、だから特別難しいわけでもなく(法を勉強し実践するだけなのですから)といってなめて出来るようなものでもなく(本当の信仰は神仏の加護が必ずあるからです。その神仏の加護はよい方にも悪い方にも働きます。法をちゃんと守っているなら奇跡が、守らなければ災いが必ず起きるのです)コツコツでもよいので継続して行っていかなければいけないものなのです。(つまり一生ものということです)

なぜ、私と皆さんでは起きることが違うのか、これでお分かりでしょう。

簡単な話です。私は本当の信仰をしていて、そうして皆さんは偽の信仰をしていた、それだけなのです。

それだけでこれだけ起きてくることが違うのです。

では、皆さんいつまでも偽の信仰をするのではなく、本当の信仰をされたらどうでしょう。

どっちみち信仰はされているのですから。(されてますよね。日本は無神論の人は多いのですが、無信仰の人はいません。〔これもまた不思議ですが〕何かかにか自分で信仰めいたものはしているのです。〔例えばお寺や神社にお参りに行ったり、初詣などもそうです〕)

どうせ信仰をされるのなら本当の信仰をされた方がいいでしょう。その方が本当の神仏の加護がもらえるからです。

どっちみち信仰はされるのです。無神論などとは口だけで、みなどこかで神仏に頼っているのです。

そうであるなら、本当の信仰をされるべきでしょう。

それが神の子の人間としての本来のあるべき姿であるからです。

本当の信仰をするのが遅れれば遅れるだけ、自分の心は苦しんでいます。(自分の心は本当の信仰を求めているからです。自分の心の奥では本当の信仰を知っているからです)

一日も早く自分の心の声を聞くべきでしょう。

その心の声を聞き行うことが本当に自分が救われる唯一の道であるからです。

追伸…IS(イスラム国)が、今度は「アメリカの中心のワシントンを攻撃する」という声明を出しました。

この者たちはもちろん間違った信仰をしているのですが、このような自爆テロなど行った者は、これもまたもちろん地獄に堕ちます。

このような自爆テロなど行い死んでいった者たちは、地獄でも同じような自爆テロを何度も何度も行って、その時の自分が味わった恐怖や痛みを何度も何度も体験するのです。

そのようなことが悪いことであったと自分自身が自覚するまでです。

また、そのような恐ろしいことをやらせた指導者は、それ以上の恐怖と苦しみを与えられ、その自分たちが悪をやらせた最後の一人が地獄界から天上界に上がるまで(救われるまで)地獄の苦しみから抜け出ることは出来ません。

このような者たちが死んだ後は、想像を絶する苦しみが待っているのです。

そのような恐ろしい世界に死後往きたいのでしょうか?

早くそのような恐ろしい行いをやめ反省されることを願うばかりです。

なぜなら、後で一番苦しまなければいけないのは、そのようなテロをしている、その人たち自身であるからです。

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11月 16 2015

名古屋で起きている現象

悪魔軍団がやたら怒っています。(いつものことですが)

朝から、でかいおかしな音を立てていました。あまりに訳の分からない音でしたので、テロでも起きたのではないかと驚きました。(ひどいテロが起きたばかりですからね)

どれだけ神の業が現れても、いつまでたってもそれに向き合おうとせず、自分たちの悪を認めず逃げて八つ当たりばかりしています。

これでは滅ぼされても仕方がないでしょう。本当に哀れな人たちです。(自分たちの悪を認めたくない、甘えているんでしょう)

そういう甘えた人たちはいいのですが、トルコのアンタルヤでG20サミットが開幕しました。

先ほどのテロの話ではありませんが、この首脳会議はテロ対策一色のようですね。

これだけ頻繁に(このトルコでも起きましたが)テロが起きてはそうなるのでしょうが、このテロ対策には各国首脳も頭が痛いところです。

有効な対策がないからです。

来年は三重県の伊勢志摩でもサミットが行われます。これからは日本でもテロが心配ですね。

しかし、本当にテロ対策を考えているのなら、各国首脳もこの法のことを議題にすればいいと本気で思いますね。本当の神の教えが世界に拡がるなら、テロなど起きなくなるからです。(もちろん戦争もなくなりますし…簡単にはいかないでしょうが徐々にいい方向に行くと思います。本当の神の教えが拡がるのですから奇跡も起きるからです)

名古屋にこれだけの現象が現れているのが、本当の神の教えが現れている何よりの証拠ですが、癌やら何やら不幸な現象はどれだけ起きているのか知りませんが、少なくとも鳥や魚の奇跡などはしょっちゅう起きています。(動画をどれだけ撮ったか分かりません)

こういう現象が起きているだけでも本物か偽物かは分かるはずです。(釈尊やキリストにも同じ現象が現れていたからです)

しかし、こうも多くの人に不人気ではどうしようもありませんね。

しかし、不人気にもなるでしょう。これまで本当の神の教えなど現れていなかったのです。

そこに本物の神の教えが現れれば、その教えに叶う心の持ち主などそうはいません。

本当の神の教えが現れたのに、その教えに叶う心の人が少なければ、そのような人たちには悪いことばかり起きることになります。

このような不人気が逆に本当の神の教えが名古屋に現れている証拠でしょう。(苦笑)

しかし、本当の神の教えが現れたのなら(その影響は凄いでしょうから)よほど心を入れ替えないと悪いことしか起きません。名古屋でこれだけサイレンがしているのも(先ほどもしていましたが)よく分かりますね。

それだけ心の悪い人が多いからです。

その心の悪いのを認めようとせず、反省もせずに責任転嫁ばかりしているからよけいひどいことが起きるのです。

何度もいいますが、今のうちに反省されてはどうでしょう。パリのようなテロがこの辺りで起きてからでは遅いからです。

本物の神の教えが出現しているのであれば、反省しない限り、その起きる現象が悪くはなってもよくなることはないからです。

本当の神の教えが出現したというのに、あまりに自覚がない人が多いため、これほどの不幸が続出しているのですが、この本物の神の教えを自覚する人が出て来て、そうしてその有難さを実感する人がたくさん出てくるのであれば、多くの奇跡が現れるのです。

そういう奇跡が次々に現れれば多くの人が救われます。いい加減自覚されたらどうでしょう。

この本物の神の教えを知り実践するなら、自分が救われるだけではなく世界が救われるとです。

何度もいいますが世界が救われるのです。

反省される人が出てきて、この辺りで起きていることが世間に拡がれば(これだけの奇跡が現れていますと)今のような重苦しい世界の空気も一変するのです。

この辺りで起きている現象(もちろん私に起きている現象も含めてです)が世に大きく伝わって、本当の神の教えが出現しているということを世界の人が知るならば、希望を持つ人も増えます。(特に日本以外〔共産国家以外〕の国々の人々はそうでしょう。神を信じているからです)

そうなれば「貧困などに負けるか」「差別などに負けるか」とISなどに参加している人々も心を改める人が出てくるかもしれない。

悪いことばかりしていた者が、これ以上悪を犯してはならないと、反省するかもしれない。(神に申し訳ないとです)

これまで信仰に確信が持てなかった人たちも、本当の神の教えを勉強するなら、これほどの神の業が現れると(そのような現象が証明となり)信仰することに確信が持て本当の神を自覚する人も出てくるのです。

その多くの人の心を変えることが出来るほどの現象が名古屋に現れているのです。

それなのに、どれだけ自覚がないのでしょう。名古屋の人たちはです。

いつまでたっても、その神の業に腹を立て、私一人を悪者にし、嫌がらせをし続けているのです。(今日も朝からあちこちでやっています。法の流布のじゃまをです。〔苦笑〕)

この名古屋で起きている神の業を世に伝えるなら、多くの人が希望を持ち、救われるというのにです。

本当の神理が名古屋に現れているというのに、あまりに自覚がありません。それだけ自覚がないのも無神論のせいでしょうが、いい加減その唯物無神論から卒業しないといけないのです。

唯心有神論を自覚するのであれば、これほど貴重な体験もないはずだからです。

そうして、この体験を多くの人に伝えるのなら、多くの人が救われると分かるからです。

この名古屋で起きている現象が世界を救うのです。

これだけ混迷が深まった世になっているからこそ、世界の人々は本物の神を求めています。

その本物の神の業がこれだけ現れている場所はありません。

ということは、これだけ有難い場所もないということなのです。

神の業は、いい人には奇跡が、悪い人には災いが、間違いなく起きるからです。

その神の業にいつまで腹を立てているのですか?

悪いことが起きているのは、自分が悪い証拠なのにです。

(だから、悪いことはサッサと反省してよいことをしましょう。〔もちろんそれは法の流布です。いま起きていることを話してくれるだけで法の流布になるのです。これくらい楽な話はありません〕いつまでもグダグダ嫌がらせなどしていないでです)

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11月 15 2015

小さな考えを捨てる

フランスのパリで大変なことが起きました。(もうそのニュースばかりですね)

大規模な同時テロが起こり百二十人以上の人が死亡したそうです。

IS(イスラム国)の仕業のようで、各国首脳が「テロには屈しない」という声明を出してはいますが、ちょっと打つ手がないような状況ではあります。(本当にこのようなテロが続いていますから)

貧困や差別が根っこにあるうえ、そこに信仰をかぶせてくる、これはちょっとやそっとでは収まらないでしょうね。

だから、独裁国家とはいえ、一概に潰してしまうのも問題なのです。

その国々の事情により独裁者がいなくては収まらない国もあるからです。シリアの内戦など見てもそれは明らかです。

こういう国々は時を待たないといけないのです。時が来る前に他国がよけいなことをしてしまえば、このように泥沼化してしまうのです。

そういうところは猛省が必要でしょう。(だいたい、このIS問題でも元々はアメリカがイラクによけいなことをしたからこうなっているのです。本当に猛省が必要ですね)

しかし、もう泥沼化してしまっているのですから、泥沼化してしまっている現状をどうするのかなのですが、では、どうしたらいいのでしょうか?

各国首脳がそれに頭を悩ませているのですから、そう簡単に事が解決するとは思えませんが、それでも神に祈り、その導きのもとことを進めるのであれば解決の道はついて来ます。

一にも二にも、この本当の神の教えを拡げることです。そうすれば必ず解決の道はついて来るからです。

それはこのブログを読んでいる人なら分かるはずです。

私は何一つ手に武器など持っていません。やることといえばブログを書いて(法を拡げながら)祈るだけです。しかし、それだけで様々な解決の道がついて来るのです。

私に対する嫌がらせでもそうです。(ずいぶん減りました)態度の悪い小、中学生でもそうです。(どっか逃げちゃってますけど)

そういうレベルの話ではないだろうといわれるかもしれませんが、このような人たちは、ずいぶんきついことが起こらない限り、そのようなことをやめることはしないでしょう。

なぜなら、最近起き出した悪いことを全部私のせいにしているからです。その起き出した悪いことで亡くなった人もいるはずだからです。

その亡くなった人は、私のせいで亡くなったと本気で思っている人がいるなら、私を親の敵のように思っている人もいるはずです。

では、そのように思っている人がちょっとやそっとで嫌がらせをやめるでしょうか?

やめないでしょうね。それこそ私を親の敵と思っているのなら、私に対する嫌がらせは死んでもやめないでしょう。現にそういう人もいるからです。

しかし、そういう人でも嫌がらせをやめざるを得ない状況になってきているのです。

なぜでしょうか?

親の敵と思っている人間にも嫌がらせをやめざるを得ない、そのような現象が次々に現れているからです。

それほどの現象が現れだした。だから嫌がらせをやめざるを得ないのでしょう。

例えば、私に嫌がらせをした人が次々に癌などになっていたとします。

そんなことが起きれば、怖くないはずがないのであって親の敵もくそもなくなります。

従って、もし、そんなことが起きたとしたら(しかも、そういうことが起きるとすでに予言されていたとしたら)庄内川の帰り道に、私を散々バカにしていた小、中学生が一人もいなくなったということもよく分かる話であります。

そんなことが起きれば怖くて仕方ないからです。

では、ことは同じなのではないでしょうか。(レベルの話ではないと思いますが)

同じようなことがISにも起きたら、自爆テロどころではなくなるのではないでしょうか?そのようなことが起きる恐怖感は誰も同じであると思うからです。

それにこのような人々は、人に殺されるより、神に殺される方をより恐れるのです。(神に殺されるということは地獄に堕ちるということだからです。だからこのような人々は神に殺されること〔天罰〕を一番恐れるのです。日本の場合は逆ですけどね。神に殺されるより、人に殺される方をよほど恐れます)

では、このような現象がもしIS内に起こりだしたら、IS内はパニックが起きるでしょう。

元々、烏合の衆であるからです。本当の信仰でつながった仲間でも何でもないからです。

もし、私のような者が中東でも現れ、日本で起きている(この辺りで起きている)ことと同じ現象を現したとしたら、逆に中東での内戦は収まるかもしれません。

あちらの人の方がよほど神を思っているからです。(神の業をより恐れるということです)

この辺りで起きている現象は、もしかしたら(もしかしなくてもと私は思いますが)現状打つ手がないテロ攻撃さえも抑えることが出来るのです。

そう私のいうことをバカにしたものでもないのではないでしょうか。

この教えを実践することで、様々な現象が起きていることは事実であるからです。

このような現象は特別私だけに起きることではないのです。この教えを勉強し実践した正しい人には誰でも起きることなのです。

では、中東にそのような人がたくさん現れれば、このような現象が(神の業が)中東のあちこちに現れ、その神の業があちこちで現れるのなら、中東の人たちはより神の業を恐れますので、では中東での内戦も収まって平和になるということになります。

そうして、世界中にそのような人がたくさん現れれば、世界中に神の業がたくさん現れ世界中が平和になるということになります。

いま名古屋で起きている現象は世界を救える現象なのです。

そうして、誰が正しく誰が間違っているのかをはっきり教える現象でもあります。

この現象は、人が起こしているのではなく神が(天が)起こしている現象であるからです。

人が起こしているのなら間違いもありますが、天が起こす現象に間違いはありません。悪い現象が起きている方が悪く、よい現象(奇跡)が起きている方が正しいのです。(なかなかそれを皆さん認めようとしませんが)

何度もいいますが、責任転嫁ばかりしていないで、早く自分たちの間違いを認め反省していただけないでしょうか。悪いのはそちらであるともう百パーセント明らかであるからです。(起きる現象に嘘はありません。これ以上ジタバタするのは見苦しいだけです)

そうして反省した人から、この教えを拡げる手伝いをしてもらえないでしょうか。

そうすればすぐにでも世界が平和になるからです。

ぐずぐずしていては、まだまだこれから今回パリで起きたような大規模なテロが、どれだけ多くの地域で起きるか分からないのです。

この現象を、いつまで個人的な感覚で見ているのですか?

そのような見方は大きな間違いなのです。

この教えが拡がり、そうして、この現象が世界に拡がるなら、世界は次々に平和になって行きます。

それが目に見えているのに、なぜいつまでもそれをやろうとしないのですか?

それは大きな損失でしかないのです。

(この教えを勉強すれば、正しい人には奇跡が、そうして間違っている人には災いが起きるのです。では、その対象を世界に拡げたらどうなるでしょう。ISやシリアだけではなく、アメリカやフランス、ドイツはどうでしょう。そうしてロシアや中国、北朝鮮はどうでしょう。どのような国々にも様々な現象が現れ浄化されて行くということになります。こういう国々が浄化されれば日本も安全になるということです。この法を拡げるということは日本の安全保障にも大きくかかわるのです。それだけ大きな教えであるからです。小さな考えにいつまでもとらわれていて本当によいのでしょうか)

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11月 14 2015

甘え

脅すわけではありませんが、昨日のブログは警告だと思います。

だって、このブログに書くとだいたいのことは起きますからね。これまでもそうです。起きそうもないことが起きているのです。

運転手に癌が多発するということでもそうですが、そうなっているんじゃないですか?(態度が変わった運転手が多いし)もしそういうことが起きているのなら、では、昨日書いたことも起きかねないのではないですか?

いつまでも、あまりに心を変えようとする人(反省する人)が少なかったらです。(あまり天を甘くみない方がいいのではないでしょうか。天は皆さん方が思っているほど甘くはないからです)

いい加減、反省された方がいいのではないでしょうか。何度もいいますが、悪いのは皆さん方の方であるからです。

正しいかどうか分からない噂を信じて、よってたかって嫌がらせをしているのはそちらの方ではないですか。

そうして、そういう(悪い)ことをしていては何が起きるか分からない、と何度もこちらは警告したのに(もうどれだけいったか分かりません)それを一切無視です。

では、何が起きても文句はないはずです。(承知してやっているのですから)

なんで怒っているのか、まったく意味が分かりませんね。

一柳の生徒でも同じでしょう。昨日も庄内川の帰り小学生も中学生も見かけませんでしたが(正確にいうと中学生が一人だけいましたね。よほど私に腹を立てているんじゃないですか、嫌がらせをしていきましたから。自分たちのことを棚に上げてです)その連中は、私の顔を見るたびに私に嫌がらせを繰り返していたのです。

だから私はこのブログで警告しました。そういうことをやめないなら徹底的に祈るとです。

しかし、その警告を知っていながら、この連中は嫌がらせをやめなかったのです。やめるどころか、その警告に腹を立てよけい嫌がらせをしてきたのです。

それなら仕方がないと私は祈りました。

そうしたらとたんに現象が現れたのです。その後すぐ、庄内川の帰り道に小、中学生を見かけなくなったからです。

正しいかどうか分からない噂だけで、よってたかって嫌がらせをしてくる人々といい、どれだけそういうことをするなと叱りつけても、嫌がらせをやめようとしない小、中学生といい、少し世の中おかしいのではないでしょうか。(私が何度もそれは違うと説明しても聞きませんし、鳥や魚の奇跡まで見ていてもそれは同じなのです。何一つ理解しようとしない、このような人たちは明らかにおかしいのです)

別にこれはこの辺りだけではありません。無差別殺人やら、ストーカー殺人やら、そうして最近は、小学生が大麻を吸っていたという事件まで起きているではないですか。

こういう世の中が正しいのでしょうか?

正しいはずがないでしょう。正しいのであれば、このような事件が多発しているわけがないからです。

大人から子供まで、おかしい者がたくさん出てきたのです。ということは、今の教育やら社会の規範やら間違っていることが多いのです。

間違っているところが多いから、大人から子供までこういうおかしな人がたくさん出て来ているのでしょう。

すべて結果がそれを物語っています。(昔は、大人から子供までここまでおかしくはなかったですから。〔ここまでおかしな事件が多発し出したのは最近ですからね〕よく古いからダメといわれますが、古い方がよかったこともたくさんあるのです)

では、その間違いをどうやったら正すことが出来るのですか?ちょっとやそっとのやり方では直りゃしないのです。これだけ間違った結果が現れていても、それでも今のままでいいという人はたくさんいるからです。

得意の責任転嫁でです。

例えば、小六の子が大麻を吸っていたなど、今の教育の仕方が悪い証拠です。しかし、それを認める人は少ないでしょう。大麻がすぐ手に入るようになったとか、パソコンなどあれば誰でも興味がわくとか、責任逃ればかりです。

しかし、それでは、このような小学生が増えることはあっても減ることはないのです。

まだ小さなうちは人のいうことを素直に聞くのです。なら、しっかりその小さなうちから教育することです。やってはいけないものは絶対にやってはいけないとです。

その教育が甘いから(押し付けはいけないなどといっているから)こういうことになるのです。何でもそうです。今のやり方は甘すぎるのです。

だから過保護とか甘やかすという言葉が死語になったのです。甘やかすのが普通であるからです。

だから、働かない若者が増え、ニートなども増えているのです。甘やかしてばかりいるからです。

だから天が、その状況を改めるべく現象を現し始めたのです。それも超恐ろしい現象をです。

そのような甘い考えを一掃するためにです。(甘い考えでいたら死ぬかもしれないのです。そうなったら甘い考えなど持てないでしょう)

天は大人も子供もありません。心が悪い人間には即、恐ろしい現象を現すのです。それがこの辺りで起きている現象です。

少しくらいの悪いことでなんで病気になるのだ、子供はかわいそうだろう、など、どれも甘えた泣き言にしかすぎないのです。

大人であろうと子供であろうと、悪いことをしたら罰を受けるのです。それがこの世の筋であるからです。

そういうことを、いいわ、いいわにしていて、では、どうやってその筋を教えるのですか?子供の時にしっかり人としての筋を教えないで、大人になったら理解できるのですか?

そういうやり方が違っていたからこのような世の中になっているのでしょう?

違いますか?

何度もいいますが、これまでのやり方が違っていた(甘すぎた)ということは結果が物語っています。

このまま、このようなやり方を続けるなら、好き勝手をやる子供は増え(ということは、勉強をまともにやらないどころか、麻薬まで手を出す子供も出てくるようになるということです。大麻を吸っていた小学生がそのような未来を暗示しています)働かない若者も増え、悪いことをしても反省しない人も増えるでしょう。(ということは、おかしな犯罪はもっと増えてくるということです。悪いことをしても反省しないということは、悪いことを悪いと思わないということだからです)

そのような世の中になってもよいのでしょうか?

今のままでは確実にそのような未来が待っているというのにです。

しかし、もうそのような甘えが許される時代ではなくなっているのです。これからの時代、悪いことをしている人は大人であろうと子供であろうと、様々な現象が現れ、その間違いが正されるからです。

天がそれを行うからです。

すでに、そのような現象はこの辺りで頻繁に起き出しています。(すべてそれが私のせいになっていますが)

それにあちこちで起き出したサイレンも、その甘えを許さないという一つの現象でしょう。もう、間違った考えを持ち続けている人には、そのような(それは間違いであるという)現象が現れているのです。

それでもまだ甘い考えでいるのですか?責任転嫁ばかりして責任逃れを続けるのでしょうか?

そんなことを続けていれば、もう命さえなくしかねないのです。

(きれいごとをいっているだけではもう日本は救えません。大きな心の改革が必要なのです。そうしなければ最悪「ご破算で願いましては」になってしまうからです。そうなってはいけないから私はやっているのです。かわいそうではないのです。このままではもっとかわいそうな人がたくさん出てくるのです。いい加減、目を覚まし心の改革に協力していただけないでしょうか。そうすればこれだけ極端な現象も収まってくると思うからです…ということは、これだけ極端な現象が現れだしたのも、神の運動をいつまでもしようとしない皆さんの責任であるということです。〔それ全部私の責任になっていますけど〕)

追伸…高速増殖原型炉「もんじゅ」がやばそうですね。

あれだけ問題が出てはそうなるのでしょうが、しかし、今更やめられないでしょう。

運営を、もっといいところに代えて(ついでに名前も「しゃりほつ」(舎利弗)にかえて)何とか続けられないものでしょうか。どちらにしても核廃棄物の処理事業は進めないといけないからです。

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11月 13 2015

縁起の悪い話ですが…

そういえば名古屋に二つ目の火葬場が出来たそうです。(名古屋第二斎場)

いきなり縁起の悪い話ですが、多分これからこの火葬場が重要になって来ると思います。だから書くのです。

これまで名古屋の火葬場は八事斎場(名古屋市天白区)一つでしたので、この辺りの人が亡くなると八事まで行っていました。(この辺りから車で四~五十分はかかります)

それに火葬場が一つしかないので、いつも混んでいてずいぶん時間もかかり待たされていたのです。

しかし、第二斎場(南陽町火葬場)が出来たので、その分すくでしょうし、この辺りから車で二十分くらいで行ける距離ですので、この辺りの人たちは(場所も近くなって)非常に助かるのではないでしょうか。(私が、いつも休憩している庄内川の南陽大橋を渡ってすぐの辺りらしいので本当に近くです。それも何かの縁かもしれません……?)

なぜ、火葬場の話を最初に書いたのかといえばです。

昨日は白鳥公園に午後から行ったのですが、横の堀川に数十羽のカモメが来ていました。私の顔を見ると(というか、声を聞いてのようでしたが)こちらに飛んで来て私の頭上をグルグル飛び回り嬉しそうでした。

私も、そのカモメたちに「お前ら久しぶりだな」と声をかけていましたが、また、たくさんの水鳥がやって来る、そのような季節となりました。魚がやばいです。(かなり堀川には魚がいますから。三日、四日前にもたくさんの魚たちが水面に上がってきていました。それを私は動画に撮っていましたから)

その帰りのことです。

帰り道はずいぶん雰囲気が変わっていました。下校途中の中学生も何もやっていきません。何か態度が固いし顔が引きつっているのもいるようです。(「お前は一柳か」と突っ込みたくなりました。同じような態度だったからです)

こちらに近づいて来ない中学生もいました。

これまでなら私の顔を見ると、わざわざ近づいてきてちょっかいをかけていく中学生ばかりでした。すれ違う中学生も何かしていくし、それで言い争いになると必ずこの連中は私をバカにしていたのです。(それは中学生だけではなく、小学生や高校生も同じですけどね)

しかし、昨日は違いました。皆おとなしかったのです。

これは三日、四日前に白鳥公園に行った帰りにも感じたことでした。(同じ道を通りましたから)最近は何か様子が違うのです。(白鳥公園の帰り道ではということですが。他の場所では変わらないところもありますが)

それに団地の横や工事現場の横を通っても妙に静かなのです。

これまでは、そういう場所を通るとかなりうるさくやられました。もう、私が工事現場の横など通ったらガンガンやってきますし、団地やマンションでも誰か彼かでかい音を立てる人がいました。

私が歩いていることはすぐに分かるからです。(鳥が騒ぐか人が騒ぐかするからです)

しかし、最近は妙に静かなところが何ヶ所もあるのです。

そうかと思うとやたら怒っている人もいます。昨日でもあるマンションの横を通ったら一人凄い勢いでベランダに出てきたオバちゃんがいました。(ガチャンとかでかい音を立ててです)

やっていることが極端なのです。(こういう態度は近所でも取られています。だから分かるのですが、あちこちで相当現れだしているようです。恐ろしい現象がです)

その凄い勢いでベランダに出てきたオバちゃんは、出てくると干してあった洗濯物をガチャガチャでかい音を立てながら取っていました。怒り心頭といった感じです。

だから、そのオバちゃんにいってやりました。

「こちらがどれだけいっても嫌がらせをやめようとせず、そうして、そのままだと癌になっても知らないぞ、と警告までしているのに、こちらのいうことなど聞こうともしない。平気で嫌がらせをし続けていて、そうして何か起きたらこちらのせい。勝手なもんだな。悪いことをしているのはそっちじゃないか。何で自分たちがしている悪いことは一つも認めようとせず、起きてきた悪いことを皆こちらのせいにしているんだ。それではその程度では済まないぞ。滅ぼされるぞ」

とです。このマンションの多くの人が私が通ると嫌がらせをしていたからです。

こちらのいうことなど全然聞かないくせに、何か悪いことが起きるとこちらのせいにして怒っています。

自分たちは、その前に散々私に嫌がらせをしていたくせにです。

こういう連中は、仮に直接私に嫌がらせをしていなくても、私の噂を聞いてその噂を真に受け、私を悪人に仕立て上げて散々悪口をいっているのでしょう。

そのようなことも悪いことなのです。

そういう悪いことをし続けていれば悪いことは起きてくるのであって、しかし、それは自分が悪いことをし続けている天罰でしかないのであって、私のせいではありません。

しかし、この辺りの人たちは自分たちのしている悪いことは一切無視して、その悪事のせいで起きてきた天罰まで私のせいにしているのです。

これではこの辺り、どれくらい多くの人が天罰を受けるか知れません。

だから私は第二斎場が出来てよかったといったのです。あそこが出来ていなければ八事だけでは、静岡ではありませんが、それこそ火葬場が三日待ちなどということも起きてくるからです。

この辺りの人たちを見ていると、それくらい多くの人がこの辺りだけでも、これから凄い勢いで天罰で亡くなるのではないかと思えて仕方ないからです。

縁起の悪い話ですが、だからこの辺りから近いところに火葬場が出来たのではないか、これも天の導きではないかとも思えてしまうのです。

それくらいこの辺りの人たちは心と行いが悪いからです。

最近は毎日ブログを書いていますが、なぜだかお分かりですか?

前の会社が予想以上に静かだからです。というより、最初はうるさくしているのですが、急に静かになったり(ということは、途中で何か起きたということです)最初からあまりうるさくなかったりするからです。(ということは、よほど何か起きているということです)

もう毎日のように(それも一日に複数回)何か現象が現れているようです。

いつまでも自分たちの罪を認めず、私のいうことを一切聞かず、私を大悪人に仕立て上げ嫌がらせを続けているのですか?

そのような大きな間違いをし続けているがため、もしかしたらです。

この辺り、大変恐ろしい現象がこれから次々に現れだすかもしれないのにです。

(いま起きている現象は始まりにしかすぎません。〔だってまだ始まったばかりですもんね〕この辺りの誰も、どうしても考えを変えないというのであれば、この現象はもっと激しく現れだすでしょう。それでも反省はされないのですか?)

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