11月 23 2015
業の浄化
大阪ダブル選挙も終わりました。
大阪維新の会が圧勝でしたね。ということは、大阪の人たちは今度は都構想を受け入れるということでしょうか?
あの都構想の住民投票の後、大阪の自民党が何もしなかったという勇み足もありましたが、やはり多くの人は改革を求めているのでしょう。
時代が変わっているのです。では、時代に合わせた改革は必要でしょう。
そうであるなら、心の改革は一番必要なのではないでしょうか。すでにそのような心の時代となっているからです。
もう今がすべてという時代ではありません。人は現在、過去、未来の三世を通して、永遠の修行を続けている魂であるということを早く自覚すべきなのです。(多くの人がそれを理解すれば、その理解に合わせた心の改革が出来るからです)
それにしても驚きましたね。何に驚いたかといえば、プロ野球選手の中で一番嫌いな選手と縁が深かったことがです。
一番嫌いといっても、だいたいプロ野球選手などよく知らないので好きも嫌いもないのですが、ただ、あの選手は今年のプロ野球の交流戦をテレビで観ていた時、ずいぶん腹の立つことをしたのです。
それから嫌いになったのです。(というか、一番印象に残りました。いま思うとそのような順序をもらっていたのかもしれません)
その腹の立つようなこととは次のようなことでした。
その選手が塁に出ていて、バッターがヒットを打ったので、その選手がホームに返ってきました。
きわどいタイミングでも何でもなかったので、その選手はホームベースに滑り込むわけでもなく、走り抜けたのですが、その選手が走り抜けた後、そのホームベースをガードしていたキャッチャーが急に足を押さえて痛がりだしたのです。
最初は、何でキャッチャーが痛がっているのか分かりませんでしたが、そのプレーをスローで観てその原因が分かりました。
なんと、その走ってきた選手がホームベースを走り抜けた時、ホームベースを踏まずに、そのホームベースをガードしていた相手チーム(地元のチームですけど)のキャッチャーの足を踏んづけていったのです。
だから、その選手が走り抜けた後キャッチャーが足を痛がったのです。
そのプレーのスローを、何度かテレビで映していましたのでよく分かったんですが、たまたま踏んだという感じではありませんでした。あれは完全に故意ですね。
そのプレーを観てから、この選手が嫌いになったのです。(「なんじゃこいつ祈ったろか」と思いましたもん。〔笑〕)
こういうずいぶん気の荒そうな性格の選手です。まさかこの選手に神の力が現れるとは思わなかったのです。
だから、今回の野球で最初によく打ち始めた時は「たまたま今日は打っただけだろう」と思っていました。
ところが、次の日も、その次の日もパカパカ打って、神がかりとまで新聞に書かれています。そのように皆が思うのなら、実際に神がかかっていたのでしょう。
そういう神がかり的な現象が現れるのなら、それはこの法を知ったということであり、そうしてそれほどの現象が現れたのです。
そうであるならその選手は、過去にも法に縁があったということになります。(「何で法を知っていてこんな性格なんだよ」と二重のショックでした。〔笑〕)
しかし、その選手の過去世を知るなら、それもあり得る話だなと妙に納得しました。(そういう性格だったから横死したのです)
では、今生同じ間違いを繰り返してはいけないでしょう。
もう、そのような性格は直さないといけない。もう少し相手のことも考えもっと思いやりを持たないといけないのです。あなたはあまりに人のことを考えなかったため、それで部下に殺されるという最後を前世で体験しているからです。
もし、来年の交流戦でも同じようなことをしたら、今度は遠慮なく祈ろうと思います。それがその選手のためになるからです。
このように、人には過去世があり、現在があり、そうして未来があるのです。
その未来を決めるのは現在の心と行いなのであり、その現在の心と行いは過去につくられたものなであり、現在の心と行いに悪いところがあるなら、過去に起きた悪いことがまた繰り返されるということになります。
だから悪いところは出来るだけ直さないといけないのです。
そうしないと、過去で起きた悪いことが現在に起きるだけではなく、未来でも起きることになるからです。
これは悪いことだけではなく、よいことも同じです。だからよいところは伸ばさないといけないのです。
よいところを伸ばせば、今よいことが起きるだけではなく、未来にもそのよいことが起きてくるからです。(だから私の場合、来世でも、この鳥や魚が寄って来る奇跡が見られるということです)
人は、よい業と悪い業があります。(こういう過去世からの体験が業として残るのです)
よい業は伸ばし、悪い業はなくす。これは、この世の問題だけではなく、ずっと先の未来にまで影響する話なのです。
時代は変わりました。
だから現在のことをいっているだけではなく、早くこのような過去のことから未来のことまで話しが出来る、そのような世の中にならないといけないのです。
そうしないと、本当の業の浄化は出来ないからです。



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