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9月 29 2015

合掌(がっしょう)

今日はまた朝から凄い怒りようです。(本当に毎日極端に態度が変わりますね)

昨夜も何か次々に起きていたようですからね。切れまくっているんでしょうが、しかし、神の業に切れますかね。

本当に罰当たりな人たちです。(でも、徹底的なブログのじゃまは出来ないようです。どれだけ突っ張った態度を取ってもやはり怖いんでしょう)

こちらも朝から嵐が吹いているんですが、あの台風21号は凄い勢力まで発達したんですね。与那国島で最大瞬間風速が81メートルを記録したそうです。

これだけの強風が吹くなど五十年ぶりくらいだそうですが、本当に最近の台風は勢力が強まっています。

ゲリラ豪雨は激しくなる一方、台風は強力になる一方、突風(竜巻)や梅雨前線や秋雨前線などによる豪雨も激しさを増しているんですが、それもこれもみな温暖化のせい……のはずなんですが、昨日のテレビで面白いことをいっていました。

なんとここ十年の平均気温は変わっていないそうです。

しかし、これだけ雨や風などの現象が激しくなったのはここ数年の話です。

この十年の平均気温は変わっていないのに、起きる現象は段々激しくなっている…これ本当に温暖化のせいなんでしょうか?

というか、温暖化のせいではないと証明されたのではないですか。だって、気温とは関係なく起きる現象は激しくなっているからです。(昨日のニュースの中ではサラッといっていただけですが、もしかするとこれ世界の常識を覆す発見なんじゃないですか?というか、やっちゃったんじゃないですか、学者がつくりだしたこじつけ話の間違いの暴露をです)

マァ、それでもなんだかんだ細かい部分をほじくりだして(一部分をさも全体のようにいって)今起きている現象の激しさを学者連中は温暖化に結びつけ、自分たちのいっていることを正当化するんでしょうが(そういうの得意ですから。〔笑〕)私が前からいっているように、この激しくなる一方の現象は温暖化のせいではありません。

皆さん方の心が神から離れれば離れるほど、起きる現象は激しく強力になり、神の心に近づけば近づくほど、起きる現象は弱まっていきます。

早く多くの人が神の心(法)を知ることです。そうすれば、この異常気象(もちろん他の異常現象もです)は収まるからです。

昨夜はスーパームーンでした。家への帰り道、大きな月がよく見えました。

あれだけ大きな月がよく見えると、何か神々しく思わず合掌したくなりますね。(笑)

私たちは神や仏に祈る時、みな合掌しますが、この合掌するということも深い意味があるのです。

合掌して神(仏)に祈りを捧げる時は、みな胸の前くらいに手を合わせ、そうして祈ると思うのですが、この時に手を合わせない人はいないと思います。(例えば、手をぴったりとつけずに少し離して祈るとか、大きく離して祈るとかです)

また手を合わせるにしても、その合わせた手を体の中心ではなく、少し横にずらして祈る人もいないと思います。(例えば、右にずらしたり左にずらしたりです。まさか自分の心臓の前〔ということは少し左にずらすということです〕で手を合わせて祈るという人もいないでしょう。〔笑〕)

みな必ず合掌する時は、自分の中心に手を持ってきて、そうして手をピタリと合わせて祈るのです。

これはなぜだかお分かりですか?

このような態度が一番自然であるから、などという理由ではありません。ちゃんとした理由があるのです。

合掌する時、手を体の中心に持ってくるのは、どちらにも偏らない中道を現しているのです。そうして手をピタリと合わせるのは調和を現しています。

つまり、合掌している姿は、中道と調和を現しているのであり、合掌するその行い自体、すでに神の心を体現しているのです。

だから合掌する時、手を合わせなかったり(これは不調和を意味します)手を合わせても、その手を中心ではなく右か左にずらすようなことはしないのであり(どちらかに偏ってしまっては中道でありませんから)もし、そのような態度で祈るのであれば、そのような態度は、祈りの態度としては不遜以外の何ものでもないのです。

このように合掌するにしても、その姿は神の心をそのまま現しているのであり、その姿の現すまま、どちらにも偏らない中道の心で調和ある祈りをしないといけないのです。

そのような中道と調和する心を誰もが持つなら、この異常気象は収まってきます。多くの人が偏った不調和な心ばかり持っているから不幸が起きるのです。(それと責任転嫁もやめましょう。天変地変もすべて自己責任です)

何か腹が立ったような時は、合掌し(神の心を体現し)心を落ち着けて、その腹が立ったことを神に祈ってください。(キリストも汝を責め憎む者のために祈れといわれているくらいですから)

そのような思いと行いこそが神仏に通じ、それが自分自身をも救うことになるのです。

合掌。

(どこかの会社も急に静かになりました。〔また何か起きたんでしょうか?〕ここに書いたことと反対のことをしているのです。では逆のこと〔災い〕が起きるのは自明でしょう)

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9月 28 2015

世界を救うには

今日もまた異様な静かさです。(たまに切れますが)もうこの辺り雰囲気重すぎですね。(どこかの会社の連中のせいなんですが)

このような雰囲気では、いるだけでストレスがたまって癌になりそうです。(苦笑)いい加減反省してほしいものです。それ以外、救われる道はないからです。

それにしても、あの台風21号は猛烈な台風に発達しているようですね。

あの台風がこちらに来なくてよかったですね。もし、最初の予想通り本州方面にあの台風が来ていたら(あれほどの発達はなかったかもしれませんが)台風が直撃しなくても、台風からの湿った空気やら何やら流れ込んできて、また秋雨前線が刺激され各地で大雨になっていたかもしれません。

まだ関東、東北豪雨の影響が残っているのに、また異常な大雨が各地に降れば、どこにどれほどの災害が起きたか分かったものではありません。とにかく向こうに行ってくれて助かりましたね。

台風の進行方向である石垣島とか台湾の人たちは大変なのでしょうが(台湾も大雨被害が出たばかりだそうですが)残念ですね。そちらにも法が伝わるなら、大きな災害は防ぐことが出来るからです。

このような現象まで起きているのです。(台風が予想外のコースに進む)災害が起きない方法をもう少し真剣に考えられてはどうでしょう。

最近は癌になる有名人が多いようで、テレビでは癌の検査のことをよくやっているようですが、検査などいくらしても癌になってしまっては意味がないのです。

癌の予防の方をもう少し真剣に考えられてはどうでしょう。癌も天変地変も(心の在り方で)防ぐことが出来るからです。

この前サウジアラビアのメッカで、巡礼中に人が折り重なって七百人以上の人が亡くなるという事故が起きました。

このような巡礼でも同じでしょう。このメッカには何百万という信者が集まっていたのです。その宗教が正しければ(これだけの信者が集まっているのですから)その場には奇跡が起きないといけないのです。

しかし、奇跡とは逆の災いが起きているのです。(こういう事故も災いの一つです)

巡礼中であるなら奇跡が起きるのが当たり前なのであり、災いが起きるということがおかしいのです。(釈尊やキリストが、この場にいられたら当然奇跡は起きるでしょうから)

では、その宗教は正しいのか?という疑問を持たないといけないのです。

正しい宗教を信仰するのであれば災いは起きないのです。

現に私の周りでは、その正しい宗教を信仰している私にだけ奇跡が起き、その宗教に関心がない人、逆らっている人たちには奇跡的なことなど何一つ起きないどころか、災いまで起きているのです。

これ以上、ここに書いていることの正しさを証明する現象もないわけです。

では、皆が私と同じ教えを勉強するのであれば、災いは起きなくなり奇跡が起きてくるということになります。

別に宗教と考えなくてもいいのです。(日本で宗教というと胡散臭く〔うさんくさく〕思われますから。それだけおかしな宗教が多いということです)それこそ、天変地変を起こさなくする防災法、減災法でも、病気を予防する予防法でも何でもいいのです。

呼び方、思い方は何でもいいのです。要はこの教えを勉強すればいいのです。

とにかくこの教えを勉強し実践するなら、そのようなことの予防が出来なおかつ奇跡まで起きるのです。(それは私が証明しています)

これ以上の教えはないのではないでしょうか。

これほどの教えが日本に(日本だけに)存在しているというのに、なぜいつまでもその教えを無視しているのですか?その教えに逆らっているのでしょう。

日本だけではなく、世界中で起きている災いに心を痛めている人は多いと思います。その悲惨なことを目にしてボランティアや寄付などの行為をする人も多いと思います。

そういう行為をする暇があるなら、この教えを勉強し世界に伝えられたらどうでしょう。多くの人がそのような行為をしてくれるなら世界が救われるからです。

何をしたら(自分も含めた)世界が救われるのか、それをもう少し真剣に考えられてはいかがでしょう。

本当に世界を救いたいのであれば、この道しかないからです。

日本を含めた世界から悲惨な出来事をなくしたい、悲惨なことが起きている人たちの力になりたい、そのような愛と慈悲の心が少しでもあるなら、この法を拡げることに協力されることです。

その行いこそ、真に世界を救うものであるからです。

追伸…昨夜久しぶりに園頭先生の夢を観ました。

その夢とは、園頭先生の講演会があるところで行われていました。その場所に行くと、すでに園頭先生が、その講演会に来てくれた人たちと話をされていました。

園頭先生は周りの人たちとニコニコ笑って話していられます。(先生が着ていられた背広は黒に白い線が入ったものでした。最近はよくそういう背広を着ている人たちをテレビで見ます。「やはり先生も、テレビに出ている人たちと同じような服を着られるんだなぁ」とやけにその背広が印象に残っています)

私が先生の近くまで行き、他の人たちと話していると先生はしきりにこちらを意識しているようでした。

そのうちに先生が、他の人と話しをしながら段々私に近づいてきて、ニコニコしながら私に話しかけて来られました。私は畏れ多いと思いながら恐縮して話をしていました。

そうして園頭先生の講演が終わった後、私は一人講演会場を出たのですが、近くに私の知り合いの人たちがたくさんいて、何人かの人に園頭先生のご本を買ってきてほしいと頼まれます。

「いいですよと」と安請合い(やすうけあい)したのはいいんですが、その本の数が多くて数十冊も頼まれてしまいました。

それでまた講演会場に戻ったんですが、本の数が多いのと、その本の代金を私はもらい忘れていて、仕方がないので私が自分のお金で支払って、バタバタしているところで目が覚めました。

目が覚めて思ったことは、今の自分の境遇とよく似ているなということでした。

いま私は、その園頭先生が説かれたことを多くの人に伝えているのです。それは、園頭先生のご本を多くの人に配っているのと同じことです。しかし、その代金はまだいただいていません。

昨夜観た夢は、今の境遇そのままなのではないでしょうか。(笑)

しかし、園頭先生があれだけ私を意識して、そうして笑って話しかけて来られたのです。

では、天上界で園頭先生は私がしていることを喜んでいられるのだなと思えるのです。

園頭先生が喜んでいられることが分かっただけでも私は満足です。(本当に法を勉強した意味がありました)

週の初めからすいぶんよい夢を観ました。

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9月 27 2015

神に対する無知さ

あの会社、本当にやばそうです。

昨日は午後の三時ごろ家を出て、夕方に帰って来たんですが連中の怒りようは尋常じゃなかったですね。(烈火のごとく怒っていました)午前中にも何か起き、それからまた何か起きたんでしょうか?もう恐ろしい現象が止まらなくなっているようです。

それに運転手連中も明らかに変です。

ブシュブシュもずいぶん減りました。近くを通るトラックは意地でやって行きますが、顔を見るとみな引きつっています。前のようにヘラヘラ笑ってやって行く人など一人もいません。

それにずいぶんブシュブシュに元気がありません。こちらの会社の連中も嫌がらせを未だ続けていますが、あまりに元気がないのです。

これだけやっていることが似ているのです。同じようなことが起きているのではないですか?

だとしたら、かなり危ない状況なのですが(分かりませんか?この危ない状況が)もし、同じようなことが起きているのであれば(残念ではありますが)私に詫びを入れないと、その現象は収まりません。意地を張らず心から詫びられたらどうでしょう。悪いのは皆さん方であるからです。

認めたくはないのでしょうが、一方的に嫌がらせをし続けたのは皆さん方の方なのです。

この事実は変わりません。少なくとも詫びを入れるのは当然のことなのではないでしょうか。どう考えても一方的な嫌がらせはしている方が悪いからです。

それは近所の人たちも同じなんでしょうが、もうその天罰は(どう考えても天罰です。悪いのはそちらの方なんですから)あちこちで起き出したようです。

どうですか?自分に起きる前に反省され、この辺りで何が起きているのか正直に公表されたら。

その起きていることを皆さんが公表されたら(今はもうネットがあるのですから何人かの人が公表したら、その噂は一変に拡がります)この名古屋は多くの人に注目されるでしょう。

日本は東京一極集中だけではなく、大阪の都構想だけではなく、名古屋にもこれだけのことが起きているとです。

あまり、こういう現象を話題にするのはよくないのかもしれませんが、誰か何か始めないと、このままでは名古屋のより多くの人に神の業が現れることになると思うからです。

結局、今のままだとどれだけ神の業が現れても、それでも誰も詫びを入れようとしない、そういう状況が続くと思うからです。

あまりに神の心から遠い人ばかりであるため(それは即ち我が強い人ばかりであるため)神の業がどれだけ多くの人に現れても(天罰)それを神の業と認めようとしないのです。

何度も書いていますが、それを天罰と認めてしまうと自分が悪いと認めないといけないからです。

神の心から遠ければ遠いほど我は強くなります。それに唯物無神論の影響で多くの人は神や天罰を認めていません。(そんなものはないと思っています)

だから、よけい頑なになるのです。(ないものなど認められるか、とです)

神や天罰を認めないため、たった一人の者がそれを行っていると勘違いしているのです。

ここまで来ると(現象が身近に次々に現れている人たちなど)もう自分が悪いと分かっていても、今さら謝ることなど出来るかと、ただ意地になっているだけかもしれませんが、それがどれだけ危ない行為か、神の心から遠い人ばかりなので、その危なさが分からないのです。

昔のように神の心に近い人たちが多いのなら、もう多くの人がとっくに私に詫びを入れに来たでしょう。神の恐ろしさを知っているからです。

しかし、現代の人たちは神を認めないのですから神の恐ろしさを知るわけがありません。だから不幸がより大きくなるのです。神を恐れないからです。(だから神の業もそれほど恐れないのです。本当に神の恐ろしさが分かっているのなら今ごろ名古屋は大パニックです)

では今現在、名古屋に何が起きているのか、それを公にした方がよいのです。

その方が多くの人に神の恐ろしさが理解できるからです。

また、その神の恐ろしさを多くの人が理解出来なければ(そんな傲慢な人たちばかりでは)結局日本は潰されるのです。(もうそれが嘘ではないと、このブログを前から読んでいる人たちは理解出来るはずです)

だから最近は、わざと怖い内容のブログばかり書いているのですが(最近多いですよね。怖い内容のブログが)それでもまだ神の恐ろしさが理解出来ないようです。

周りの人たちの態度があまり変わらないからです。(他の地域の人たちもこの辺りの人たちもです。この辺りの人たちは多少は変わりましたかね。多少嫌がらせが減りましたから。〔苦笑〕)

しかし、この程度ではダメなのです。現にこの辺りの災いは止まるどころか増えているからです。

私一人ではもうどうしようもないのです。この辺りの天罰はこれでは止まらないからです。多くの人がもっと大きく心を変えないと止められないのです。

私なりには手を尽くしているつもりですが(ブログだけではなく辻説法でも「癌になっても知らないぞ」と脅しを入れたり、ひどい嫌がらせをして来た人を徹底的に祈ったりしているんですが…)それでも多くの人は心を変えようとしないのです。

もう私一人が何をやっても、状況を変えることは(多くの人の心を変えることは)出来ないのです。

そうであるなら、少々非常識なことでもやらないといけないでしょう。何でもしないと、神の業を止めることは出来ないからです。

だから、この辺りで起きていることをネットで拡げたらどうですか?といっているのです。

あるいはそういうことが拡がれば、反省する人も出てくるかもしれないからです。(神の業をよく知って、それに恐れおののいてです)

現代の多くの人はあまりに神をなめているのです。(神が理解できないため、知らず知らずのうちにそのような行為をしてしまっているのですが)

どれだけ悪いことが起きても責任転嫁して反省しようとしません。(この辺りの人たちはそれプラス反逆まで入っています。私への嫌がらせの行為です)それではどれだけ恐ろしい現象が現されても仕方ないでしょう。

あまりに神に対し無知であるからです。

今のような行為はいけないのです。自分たちに悪いことが起きたら、まず自分たちが反省しないといけないのです。しかしいつまでたっても誰も反省しようとしません。

特にこの辺りは猶予がありません。誰がいつ不治の病を発症してもおかしくはないのです。(それだけの罪をすでに負っているということです。どれだけ多くの人が私に対し嫌がらせをしたでしょう)

私は皆さんを不幸にするためにいるのではなく、救うためにいるのです。

私が、このブログを書くのは多くの人を救うために書いているのです。現にこのブログを読んで多くの人の心は救われたはずです。

それに、私がこのブログを書いていなかった時の天変地変は今より凄かったのではないですか?(一変に天気は悪くなる、関東、東北豪雨は起こる、地震は多発する、火山の噴火は起こるとです)

では、私がこのブログを書かなくなったら日本はどうなると思いますか?

私がこのブログを書いているから(法の流布を行っているから)日本はこの程度で済んでいるのです。(それはあの台風21号が大きくコースを変えたことでも、その事実が分かると思います)

私はこれまで多くの人を救っているのです。それを不幸にしていると勘違いしている人も多いのですが、それは自分たちがあまりに神から離れてしまっているからです。だから救われるという意味が理解出来ないのです。神の心が分からないからです。

本当の人の救いとは心を救うことをいうのです。肉体ではありません。しかし、現代の人たちは肉体しか見ていないのです。

もちろん肉体も心も両方救わないと、本当に救われたことにならないのかもしれませんが、その両方救われたいのであれば、まず自分たちが神のことをよく理解しないといけないのです。

そういう理解をまったくしようとせず(無神論のままで)何もかも教えろではあまりに都合がいいでしょう。

しかし、私はその都合のよい思いにも応えようとしています。(毎日ブログを書いているのが、そのよい証拠です。日曜日もないのです)

私は神に対し、何も理解しようとしない人たちに毎日のように文字で伝え(ブログ)言葉で伝え(辻説法)現象を現してるのです。

それで、どれだけ多くの人たちの命と心が救われているのかお分かりでしょうか?(何度もいいますが、私がいなかったら今頃日本はありません)

多くの人々はまったく逆の思いを持っているのです。あまりに自分たちが神に無知であるからです。(だから神の心がまるで理解できないのです)

これだけの現象が現れてきたのです。責任転嫁しているばかりでなく、少しは神の心を理解する、そういう努力もされてはどうでしょう。

私など、このブログを書いている最中でも、じゃまを(嫌がらせを)され続けているからです。

(嫌がらせはされるわ、悪者に仕立てあげられるわ、一銭ももらえないわと何もいいことありません。それでも私はブログを書き続けているのです。そうしないともっと悪いことがこの日本に起きてくるからです。このブログを読んでいる人と私では、あまりに考えが違いすぎますね。〔苦笑〕)

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9月 26 2015

自然治癒力

しかし、異様ですね。何が異様かって前の会社の雰囲気がです。

窓を閉め切って、それでも何か嫌がらせをしています。(ずいぶん音が遠いんですが、それでもやっていますね)何が起きているんでしょうか?

昨夜、二度三度と切れていました。(立て続けに何か起きたようです)

それが原因だとしたら(災いが起きるのは)もう毎日のことなのですから、いい加減なれないのでしょうか?

なれないというのなら、同じようにパニくっているのではなく、詫びを入れるなり何なりして災いが起きない努力をされてはどうでしょう。

悪いことがどれだけ起きても、同じことを同じようにしています。バカじゃないかと思います。

自分たちが救われたいのであれば、心から詫びを入れ反省するしかないのです。

救いようがないバカはほっておくしかありませんが(そうですよね。何をいっても聞かないんですから)あの癌で亡くなった女優さんは余命一年と医師から宣告を受けていたそうですね。

それでも女優を続けるために、抗がん剤も打たずに食事療法だけで癌を治そうとされた、その意気込みは立派ですが、その思いを少し間違われたようです。

その思いさえ間違わなければ、あるいは奇跡も起きたかもしれないからです。

現に、癌で余命一年とか、二年とか医師からいわれ、その後、病院に入院もせず抗がん剤もされずに癌を治した人もいます。

そういう奇跡があの女優さんには起きなかったということです。

では、なぜ起きなかったのでしょう?奇跡が起きた人と起きなかった人との違いはどこにあったのでしょう。

あの女優さんは癌を治すために食事療法をされたそうですが、私が聞いた抗がん剤も打たず癌が治った人は、自然療法のような形で癌を治されたそうです。

その人は癌を宣告されると、生活の場を自然がいっぱいの場所に移されたそうです。そうして、その大自然の中で、ストレスから離れた生活と食事に気を付けられたそうです。(そういう治療をするところがあるようです)

そうしたら、いつのまにか癌が消えていたそうです。

つまり心を楽にして、大自然に遊び、食事に気を付けていたら癌が治ったというのです。

百人が百人、この方法で癌が治るとはいいませんが、元々癌はストレスが原因でなる人が多いのです。(特に男性は強いストレス、それが癌になる原因の最たるものです)

そのストレスをなくして、空気のきれいな大自然の中で体にいい食事を取るのですから、体の治癒力は倍加します。癌が治るという奇跡も起きるのではないでしょうか。

私は、法を理解する人が増えて、寄付がたくさん入ったのなら、このような治療の場もつくれたらいいなと思うのです。

大自然の中で体にいい食事をし、ストレスを取るだけではなく、反省まで出来て心の勉強まで出来る、そうなるなら奇跡が起きること間違いありません。(自分の体の治癒力は高まるし心は向上する、そうして天上界まで協力してくれるのですから)

それこそ、多くの不治の病も治るのではないかと思えるからです。(ここまで条件が揃うと、キリストの光やガブリエル〔園頭先生〕の光までいただけるかもしれません)

それはともかく、もし一昨日癌で亡くなった女優さんが、このような治療の場を選ばれていたのなら、あるいは癌が治ったかもしれません。それが残念です。

余命一年であるのなら愛する夫と大自然の中で、夫を心から愛し、自然を愛し、そこにいる動物たちを愛して(この方は動物好きであったとも聞いていますので)体によい食事をし感謝の生活を送る、そのような治療方法を選ばれていたのなら、癌が治るという奇跡も起きたかもしれませんが、女優に戻りたいという欲望があっては、そのような奇跡は起こりません。

純な愛ある心が一番自分の治癒力を高めるのです。(またそのような心が一番神に通じやすいですし)

今のようにただ悪い細胞を切るだけとか、悪い細胞を薬で殺すだけとか、そのような治療方法には疑問を感じますね。(それだとよい細胞まで殺してしまうからです)

人には元々自然治癒力があります。その力を最大限に生かす、そのような治療方法も大切なのではないかと思えてなりません。(そういう治療をする病院もあるんでしょうが、もっと増えて来るといいと思います)

どちらにしても、その自然治癒力を高める方法は心にあるということです。

だから、現在そのような病気である人たちは、心を楽にして、これまでの自分の行いを反省し、そうして、自分が一番愛すべき人を愛する、これが一番の回復の早道であるということです。

あれがしたい、これがしたい、という欲望を捨てて、何かにつけて感謝することです。それが一番愛を出す方法であるからです。

しかし、それもこれも、まずこの法が拡がらないと多くの人に伝える術がありません。(これに神への祈りが加われば最強であるからです)

ずいぶん恐ろし現象も現れてきたようです。(異様な会社、最初は騒いでいたんですが途中で急に静かになりました。このブログを書いている最中にも何か起きたようです。〔怖〕)

早く勉強されてはどうでしょう。

そうすればこのような災いばかりでなく、奇跡が起きるようになるからです。

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9月 25 2015

本当の神の教えを知る大事さ

今日は朝から名古屋は雨です。昨日は四国がずいぶんな大雨になったようですが、それでもブログが書けると台風もどこかに行ってしまうようです。(法の流布を行えば多少はマシだということです。ここ二、三日で台風21号の進路が大きく変わりましたもんね。本州の方に来るといっていたのが、沖縄の向こうを進んでいるのですから、進むコースがまるで違っています。これだけ気象庁の進路予想が外れるのも珍しいのではないでしょうか)

悪魔軍団は、今日も朝からコチョコチョ嫌がらせをやっていますが、少々の嫌がらせは無視してブログを書きましょう。その方が天気もよくなると思うからです。

昨日乳癌の話を書いたのですが、ちょうどテレビでその乳癌のことをやっていました。(大学病院の先生が出て来てです)

そのテレビに出ていた大学病院の先生がいうには、最近は乳癌が増えつつあるということで、それは欧米流になった食事が主な原因のようなことをいっていましたが(女性が子供を産まなくなったことや遺伝もあるとかなんとか、他の要因もいうにはいっていましたが)異常気象も病気も変わりませんね。

物質面のことばかりいって心は全然問題にしていません。

物質面は二次的作用にしかすぎないのです。このような病気も異常気象も一番の要因は人々の心にあるのです。

それに昨日のテレビの話だと、あの乳癌になった人は料理も上手で食事にも気を付けていたそうです。それに子供も二人産んでいて、おまけに家族に乳癌になった人はいないそうです。

これだと昨日の先生がいっていた、食事や子供を産まなくなったこと、そうして遺伝のどれにも当てはまらないのですが、そういう人でも乳癌になっているのです。

これでは乳癌は、そのようなことが原因ではないといっているようなものなのですが、昨日のテレビはそれを証明したかったのでしょうか?(それだったら大正解ですね。〔笑〕)

どちらにしても乳癌などは、そんな食事や子供を産まなくなったことや遺伝が原因ではありません。女らしくない心が原因であるのです。

そんなことをいうなら、女らしくない人でも乳癌にならない人もいるし、女らしい人でも乳癌になる人はいる、心だけの原因というのもおかしいではないか、という人もいるでしょう。

しかし、一見女らしくない人でも、その心を観るならたいへん女らしいとか、外見を見ると女らしいのですが、その心を知るなら男なんて何さ、男になど負けるか、という大変男らしい女性もいるのです。

くどいくらい言いますが外見ではないのです。その心が女らしいのであるのかどうなのか、そこが問題なのです。

昨日も癌で亡くなった女優さんがいましたが、ああいう方でもそうです。

外見は凄くきれいで夫婦も仲がよさそうでしたが、その心はどうであったのか?ということです。

女優として舞台に上がるため抗がん剤もせずに癌と闘っていられた、最後まで女優としての人生を全うされたと好意的にいわれていますが、それが女性としてやるべきことであったのでしょうか?

もし、この人の使命が女優としての一生を全うすることであったのなら、このような亡くなり方はしていなかったでしょう。(五十四歳で癌で亡くなる)

この方は自分の本当の使命を悟っていなかったんだと思います。もし悟っていたのなら、このような悲しい亡くなり方はしていなかったと思うからです。

この方は、女優として有名な方でワイン好きとしても知られていましたが、女優やワインは大好きであったのかもしれませんが、では、夫に対しどれだけ愛を出していたのでしょう。

女優業やワインほどの愛を夫に出していたのでしょうか?

残念ではありますが、夫より、女優やワインの方が大事であったのではないでしょうか。

私はこの人のことをよく知りませんので、はっきりとはいえませんが、もし、この人がそのようなものよりも夫を愛し、夫を一としていたのなら、このような亡くなり方はしなかったはずです。

夫を一としなかった(夫を一番愛さなかった)それがこのような不幸となった原因であるのです。

私は何度も書いています。釈尊やキリストにそんな災いは起きていません、と。(釈尊やキリストは癌などの病気で亡くなられたわけではないからです)そうして、その理由は心が愛と慈悲に満たされていたからです、と。

私たちがこの世に出てきた一番の目的は愛と慈悲を実践することなのです。

その目的を間違うと、それではいけないという現象(災い)が現れます。しかし、その目的を間違えなければ災いは現れず奇跡が現れてくるのです。

最初から大きな災いが現れてくるわけではないのです。小さな災いが少しずつ現れ、それでも分からないと、最後は大きな災いが現れ命までなくすことになります。

小さな災いのうちに私たちは自分の間違いに気付かなければいけないのです。

最近は、このような癌や突然死する人たちが増えました。

しかし、その前にすでにインフルエンザや風疹、食中毒など、これまでにないほど患者が急増しているのです。

もちろん天変地変などの異常気象はいうまでもないでしょう。

なぜ、こういうことが増えているのでしょう。それは私が最初に書いた、心ということに原因があるのです。

現代は自由、平等が主であり、夫婦は平等で、たとえ夫婦であっても自由にすればよい、男は男らしくなくてもよい、女は女らしくなくてもよい、同性愛者も認めるべきだ、未婚の母も認めるべきで、結婚などしなくても一生同棲のような生活を続けてもよい、などなど、何でもかんでもよしとして多様性という言葉でごまかしています。

しかし、古来より教えられている神が定められた決まり(秩序)があり、それに沿ったものはよいがそれに沿わないものはいけないのです。

やってよいことはよいし、やっていけないことはいけないのです。やってよいこをすれば愛が現れますが、やっていけないことをしては愛がなくなるのです。

そのやってよいことといけないことは、これまで何度も書いていますので、ここでは書きませんが、これだけはいえます。

そのここに書いたことに従わない人が多いので(ということは愛がない人が多いということです)これまで以上の恐ろしい現象が現れてきているということです。

これまではインフルエンザや風疹で済んでいたものが、今度はそれが癌や突然死となる、そうなったら恐ろしくて仕方ないはずです。

インフルエンザや風疹くらいなら、かからないようにしよう程度で済みますが、癌や突然死が流行りだしたら、その恐ろしさは想像を絶するでしょう。

しかし、そのようなことがすでにこの辺りでは起きつつあるのです。

この辺りの人たちは、いつまでたっても神に逆らい続け、神の心(本当の愛の心)を知ろうとしないからです。その行いが、あまりに目に余るからです。

だから、どこよりも先にそのような恐ろしい現象が現れたのです。その心と行いがあまりに神に対して不遜であるからです。

しかし、この辺りで起きることはいずれ全国に広がります。それはあのサイレンを知るなら分かるでしょう。

だとしたら、想像を絶する恐ろしい現象が全国的に現れるかもしれないということです。(何度もいいますが、この辺りではすでにそのような現象が現れています。前の会社の皆さん、運転手の皆さん違いますか?)

多くの人々が、あまりに神の心から遠いからです。(あまりに愛がないからです)

これほどの現象が現れ始めたのです。いい加減真剣に神の教えを学ばれたらいかがでしょう。

その想像を絶する恐ろしい現象から救われるのは、本当の神の教えを学び実践するしかないからです。(いってはいけませんが、この世の修行とはこのようなものなのです。間違いを続けていれば〔いつまでも愛も慈悲もない心を続けていれば〕そのような人たちはあの世に引き上げられてしまうのです。間違ったことをしていてもどうということはない、そういう考えが甘いのです。間違ったことをし続ければ段々恐ろしい現象が現れてくるのです)

真剣にこの教えに耳を傾けられてはどうでしょう。いずれ嫌でもこの教えは聞かなければいけなくなるからです。

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