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5月 06 2015

間違った態度

GWも今日で最後ですか。

GW中もGWらしい話題など一つも書かなかったんですが、最後くらいらしい話題でも書きましょうか…と思ったんですが、あまりそれらしい話題も出てきませんが、らしいといえば昨日、名古屋港に行ったのですが、驚くほどの人がいました。(何か催しをやっていたようです。GWらしい話題です。〔笑〕)

名古屋港だったら、それほど人もいないだろうと思い行ったのですが、まったくの逆でした。私が行くと鳥たちが騒ぎますので、そこにいる人たちの多くが私が来たことに気がつくようです。

それだけ人が多いと、私は未だ悪者ですのでくだらないことをしてくる人もいます。早々に帰りました。(さすがにそんな場所で辻説法はできませんので。楽しい雰囲気が壊れて、みな引いてしまうでしょうから)

本当に人が多いところはいけません。異様な人気者はつらいです。

それにしても、未だ私が悪人という証拠は出てきません。それに引き換え、どこを歩いていても鳥たちが騒いですずめなどが寄って来ます。

悪人という証拠はないのに、善人という証拠はそこらじゅうで現れているのですから、いい加減、私が善人で、自分たちが悪いと気がつけばいいのに、気がついている人たちでもそれを認めようとしません。(自分たちの間違いを認めるのが嫌なのでしょう)

多くの人たちが、自分の間違いを認めないのであれば、私はずっと悪人のままということになります。自分さえよければ人はどうなってもよいのでしょうか?

そんなことをしていてよいことが起きるわけがありません。名古屋のサイレンが止まらないのもよく分かります。

名古屋の人たちは因果応報という言葉を知らないのでしょうか?

そのままごまかしを続けていても、いづれはその罪は自分に返ってきます。ごまかしなど自分の罪のただの先送りにすぎないからです。(先送りが好きなのは、政治の世界だけではなかったようです)

自分たちがした間違いは、その間違いをはっきり認めて反省しない限り、その罪は消えません。

今のところ、そうする人がいないのですから、その罪は自分たちに返り続けるということになります。

その自分たちのせいで悪いことが起きている人も多いと思います。それをまた私のせいにして怒っていますが、私のせいにし続けている限り、その罪も輪廻し自分たちに返り続けます。

いつまでこんなことを続けるつもりですか?もう自分の間違いを認めてはどうですか?これだけ起きていることに違いがあるからです。

私など、そのような人たちがいなかったらどれだけ楽しいか分かりません。そこらを歩いているだけで、鳥たちが騒ぎ喜んで寄ってくるのです。喜んで寄ってくるということは、それだけ鳥たちは私に対し愛を出しているのですから、そのような愛を受けるだけでも心は癒されます。

それが最近は鳥だけではなく、川に行けば魚が、歩いていれば犬や猫たちが寄ってくるのです。(こちらに寄って来る飼い犬や野良猫も多いです。昨日でも野良猫が私の方を見て「ニャーニャー」鳴いていました。可愛いものです)

ということは、私はそこらじゅうで動物たちに愛をもらっているのですから、それは楽しいはずです。

私のことを憎んでいるのは(それも勘違いや意地だけで)人間たちだけで、他のすべての生き物は私のことを好いているのです。

好かれれば、当然その愛はこちらに伝わります。そこらじゅうで愛をもらっているのですから楽しくないはずがないのです。

また人の愛は打算が混じっていることも多いのですが、動物たちの愛は純粋です。(飼い犬などは別でしょうけどね)打算の愛では心も癒されませんが、純粋な愛は本当に心が癒されるのです。

動物たちは、姿かたちで人を判断するわけではないのです。もちろんお金のあるなしも関係ありません。(私はお金もありませんし、五十過ぎのオッサンなど、かっこよくも何でもないのですから)かたちにとらわれず物を持っている、いないも関係ないのです。

それこそ純粋にその人を心を観て、そうして判断しているのです。これほど純粋な愛もないでしょう。

人間たちも、そのような純粋さを少しは思いだされてはいかがでしょうか。(私たちに、そのような心がないわけではなく、忘れているだけなのですから)

憎しみもそうなら愛まで打算。

それではあまりに離れすぎているでしょう。神の心からです。

動物よりも愛がないでは、万物の霊長である人間として、これ以上の恥はありません。

いつまでも不純な心でいては楽しい人生も送れないでしょう。(そういう自覚のある人も多いのではないですか?私に罪を擦り付け怒っていても、その怒りは、私だけではなく自分にも向いているのではないですか?自分が悪いと知っているからです。〔人に嘘はつけても、自分に嘘はつけませんから〕そういう怒りの心ばかりでは楽しい人生など送れるわけがないのです。心に本当の愛がないからです)

自分たちの方が間違っているのに、いつまでその間違いを認めないつもりですか?

そのような偽りの態度を、人だけではなく、多くの動物たちも見ているのです。そうしてそのような態度は神まで観ています。

正直に自分が悪いと認め反省するなら、その罪は許され心もぐっと軽くなり楽しい人生が送れることになります。(それを素直に認めれば、愛の心も出てくるからです)

ごまかしを続ければ続けるだけ、自分の人生がつらいだけです。自分の心に正直な態度を取られてはどうでしょうか。

(何か全然GWらしい話題ではありませんでした。マァ、私が書くと、どうしてもこのようになってしまうようです。〔苦笑〕)

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5月 05 2015

考えをまったく変えないことのおかしさ

昨日のブログと関連したことをもう少し書きますが、一昨日は憲法記念日でした。

今ちょうど憲法改正の議論が高まっていますので、その関連の集会があちこちで行われていたようで、それがニュースで流れていました。

憲法改正に反対の人たちは左(左翼、共産思想)の人たちが多いのですが、私はいつも思うんですが、このような左の人たちは周りの状況がどれだけ変わっても、そのようなことには関係なくずっと同じことをいい続けています。(侵略戦争、お詫び、植民地支配、非武装など)

何で、周りの状況を一切見ようともせず同じことをいい続けているのでしょう。そのような考えはおかしいとまったく気づいていないのでしょうか?

だとしたら哀れなものですが、この人たちは何十年も同じ考えで、しかもその考え方が明らかに属国意識なのです。(そうですよね。他国に頭を下げたり、自国の武器を全部捨てさせようとしたり〔武器を持っていると戦争になるといってです〕自分たちは悪いことをしたのだという罪の意識など、このような考えはすべて宗主国〔連合国〕に都合のいいものばかりです。これは属国意識以外の何ものでもないのです)

もう戦後七十年もたつのです。いい加減このような考えが洗脳であると分からないのでしょうか?(明らかにおかしいでしょう。周りの状況を一切考えず何十年も同じことをいい続けているということなど。どう考えても洗脳です)

このような考えを持っていては、日本は他国のいいなりになるしかないのです。(それはそうです。属国意識を植え付けられているのですから。〔おまけに持っている武器まで捨てさせようとしています。これでは他国のいうことを聞くしかありません〕アメリカはともかく、中国、韓国が何かいうと、すぐにそちらのいうことを聞く人〔もちろんマスコミもそうですが〕が多いのはそのためです)

その考えの危なさに早く気づくべきなのです。

だから憲法改正なのです。

早く属国意識から日本は抜けないといけないのと、世界の状況が大きく変わりつつあるのに、いつまでも同じことをしていては(いっていては)最悪領土まで取られかねないからです。

中国がどうの、韓国がどうのとはいいいませんが、そのような国を宗主国と勘違いしていては、尖閣や竹島は守れません。

少なくとも、そのような左翼思想は捨てないといけないでしょう。(もちろん北方領土もありますし)

このような領土問題などの他国とこじれている問題で、戦争をしたくないから、憲法改正は必要であるし、集団的自衛権も必要であるし(他国とのより緊密な連携が必要であるからです)抑止となる軍事力も必要なのです。(それに軍事力を持たなければ、まともに相手をしてくれない国もありますし)

左翼がいう一国平和主義などもう通用しません。時代が違うからです。(アメリカ一強の時代ではすでにないのです。それを続ければ、いずれ日本は他国から総スカンをくらうでしょう。そうなってからでは遅いのです)

いつまでも、左翼のエセ平和主義に騙されていてはいけないのです。

そのような部分でも維新を行わないといけませんが、心の部分同様、物心両面で維新を行ってこそ、日本は本当の平和国家となれるのであり、その平和を世界に推進して行けるのです。

すでに時代は変わっています。これまでと同じような考えはもはや捨てるべきでしょう。そうしなければ、この時代、生き残ることは困難であるからです。

戦争をしたくないのは誰でも同じです。しかし、戦争はまだ世界では絶え間なく続いているのです。

そのような状況も考え、万全の態勢で、自ら実践してきた平和を世界に向かって説く、日本には、そのような大きな使命があると思います。

追伸…北朝鮮は粛清の嵐が吹き荒れているようですが、大丈夫なんでしょうか?(内部はもうガタガタなんじゃないですか?あまりに粛清をやりすぎて)

それに山火事が一ヶ月も続いているそうですが(これでまた食糧不足に拍車がかかるとかいわれていますが)本当に尋常じゃありませんね。

北朝鮮は崩壊寸前であるとか、ないとか評論家によって意見が分かれているんですが、どちらにしてもこれでは(内外で尋常じゃないことが起きているんですから)他国とのまともな交渉も出来ないでしょう。

したがって、残念ではありますが、この状況では拉致の問題も核の問題も進展しないということです。

私から今の北朝鮮を見るなら、いつ崩壊してもおかしくないように見えますが(天がまったく味方していませんからね)このような状況で金正恩政権がいつまでも持つのでしょうか?

それに「金持ち三代続かず」という言葉もあるように、北朝鮮はソロソロ業の精算期に入ります。(この言葉は、三代目くらいになると、初代や二代がつくった業がこの頃〔三代目〕に返ってきて、それでおかしくなるという意味です。つまり北朝鮮は初代、二代でつくってきた業が、ソロソロ自分たちに返ってくる時期なのです)

だから、北朝鮮はもう長くはないのではないかと思えるのです。(それに、その初代、二代に負けないような業を三代目もつくっています。ますますやばいです)

どちらにしても「北朝鮮が崩壊したらどうするのか」ということも考えておいた方がいいと思います。時期を考えると(それに三代目のやり方を考えても)ソロソロやばいからです。

昨日少し書きましたが、南北の統一を考えられてはどうでしょう。それが一番無難なように思えるからです。というより、それをしないと核の問題も拉致の問題も解決しないように思えるからです。(北朝鮮単独ではもはや解決できる問題ではないでしょう。韓国が中に入ってようやく解決の糸口がつかめるのではないでしょうか)

日本だけでなく、中国だって北朝鮮が崩壊しては困ると思います。

どちらにしても、そのような朝鮮半島有事の策も何か考えておいた方がよいと思います。そのような時が来ているように思うからです。

一番困るのはもちろん韓国なんでしょうが、さて韓国はどうされるのでしょう。

韓国内もいろいろ問題が起きているようですが、まず自国をまとめないと、そのようなことが起きた時、どのように対応されるのですか?

何度もいいますが、現在の韓国は、日本などにかまっている場合ではないと思います。

自国の危機がすぐそこまで迫っているからです。

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5月 04 2015

世界平和の実現

世はGWの真っ最中で遊びに行く人も多いんでしょうが、このブログを読んでいる人は、せっかくですから(普段はやらない)反省など少しはされたらどうでしょう。

その方がよほど心の益となるからです。(遊びに行っても何の益にもならないからです。気分転換にはなるかもしれませんが)

これだけの神の業が現れだして、心の勉強を何もしようとしないでは、その人の人生は結局失敗であったということになります。金儲け(仕事)や遊び(私事)にばかり力を使うのではなく、少しは神を思い、これまでの人生を反省してみる、GWで周りが静かな時であるからこそ出来る、一番のリフレッシュ方でもあると思います。(名古屋はその静かな中に救急車のサイレンが響いて来ます。ちょっとゾッとしますが、だからこそよけい名古屋の人はしないといけないのです)

それはそうと安倍総理が帰国されましたね。

安倍総理のアメリカ議会での演説は、ずいぶん評判がよかったとのことですが、歴史認識でも同じように評価が高かったようです。ではもう問題はないでしょう。

七十年談話もこれで十分いけるのではないでしょうか。

国内で、まだ重箱の隅を楊枝でほじくるようなことをいう人もいますが、そんな小さな意見を聞く必要もありません。大国であるアメリカや中国が、その歴史認識で結構というのであれば何の問題もないのではないでしょうか。

中国やアメリカは安倍総理がされた演説に遺憾の意など示していません。そうであるなら、その度量に感謝し未来志向で進んでいくべきでしょう。それが一番の平和の道であるからです。(そういえば遺憾とかいっていた国もありましたが、大丈夫でしょうか、一国だけであんなことをいっていてです。あの国、最近はおかしな事件や事故が多発していてそれどころじゃないでしょう。もうあの国が世界の目を引こうとするなら、南北の統一しかありません。日本のことにかまっている暇があるなら、それを目指してくれないでしょうか。そうすれば拉致問題も解決すると思うからです)

逆に、歴史認識で考えを戻してしまえば(植民地支配とか、お詫びとかをまたいれてしまえば)せっかく度量を示してくれた中国の顔を潰すことになります。

それはやってはいけませんよね。それがアメリカや中国に対する日本の誠意であるからです。

そこをクリアすれば、尖閣問題や南シナ海問題などの話も腹を割って話せます。やはりこのような問題は腹を割って話さないと解決できないからです。

このような問題は、軍事的なこともありますが資源の問題、エネルギーの問題が主なのですから、科学技術が高まれば解決できないこともありません。

原発なども含めた少しの労力で多くのエネルギーを得る、そのような技術を早く開発するべきでしょう。それには、日本だけとか、中国だけとか、アメリカだけとかいうのではなく、各国が協力して科学技術の発展に努めるべきであると思います。

もう軍事力で世界を支配する時代は終わりました。この時代に軍事力はすでに時代遅れであるのです。それに早く気づくべきなのです。

そうではないでしょうか。人類は、核という地球をいくつも破壊できるだけの武器をすでに持っているのです。これ以上軍事力を進めて一体何の意味があるのでしょう。どこどこの国土を取るだの取らないだのいったところで、所詮はその核を使われたらそれで終わりだからです。

その核をいくつもの国が持っているのです。ということはいくつもの国が、この地球さえ破壊出来るだけの武器を持っているということですから、その地球の一部を取るだの取らないだのいっている、その愚かさに早く気づくべきなのです。

地球そのものを破壊されたら、そのようなことは何の意味もなさなくなるからです。

だからこれからは、話し合いと科学技術の進歩などで問題解決を図らなければいけないのであり、だから軍事力を使うなどもう時代遅れであるといっているのです。

その軍事力を使い続ければ、最後にはこの地球が破壊されてしまうからです。

悪用すれば、この地球さえ破壊するほどのエネルギーを善用するなら、逆にこの地球を救うことも出来る、核とはそのようなエネルギーなのであって、神はこのような巨大エネルギーも人間に与えられ、それをどのように使うか試されているのです。

これも神の子である人間が、神の心に近づくための一つの試金石なのであり、だから巨大エネルギーは使わないといけないのであり、巨大エネルギーを使うのであれば、よいことに限定しないといけないのです。(よいことだけに使うことが出来るか、それが心の修行なのです)

特別、原発だけに限りませんが、使えるエネルギーは使うべきなのであり、そうしてこのようなエネルギーを全世界にいきわたらせ、世界から貧困な国をなくさないといけないのであり、そのような豊富なエネルギーが全世界に拡がって、初めて世界が平和になるのであって、だからエネルギー問題は(特に先進国などは)一国の問題とせず、世界規模で考えないといけないのです。

今日はみどりの日です。

世界中に、その緑があふれた平和の世が一日も早く来ることを願わずにはいられません。

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5月 03 2015

混乱の原因

「サイレンはまだ止まっていません」などと書いたら、久しぶりに昨日はよくサイレンが聞こえてきました。(さっきも聞こえていました。最近は少なかったんですけどね)

昨日あんなブログを書いたから、反発する人が多かったのかもしれませんが、そのような心が即現象として現れる時代となっています。もう素直に反省された方がいいのではないでしょうか。

昨日でも私は、そこらじゅうの人に「私が悪いという証拠を見せてください」といって回りました。

そうしたら、ほとんどの人が下を向いて行ってしまうのです。

なぜでしょう?誰も私が悪いという証拠を持っていないんでしょうか?

誰も何もいってこないところを見ると、そう思わざるを得ません。(だって、周り中に私に嫌がらせする人〔した人〕などいくらでもいるのです。それなのに、その誰一人私が悪いという証拠を見せてくれる人はいません。そうであるなら「そんな証拠はない」と思わざるを得ませんよね)

この辺りは居直ってまだ何かしてくる人もいますが、歩いているとさすがにそのような人は少ないですね。(バスとトラックの運ちゃんたちは、まだ何かしてくるのも多いんですが)

さすがに良心がとがめるのではないですか?だって証拠もないのに、人の噂をそのまま信じて一人の人をよってたかって嫌がらせしてしまったのです。普通の人なら誰だって気がとがめるはずです。

この辺りの人は身近に病気になった人とか見ているので、それでも私が悪いと決めつけているんでしょうが、それだって私のせいなのか、その病気になった人のせいなのか、正確には分からないのです。

分かるわけがありません。この辺りの誰も心の勉強など真剣にやっていないのです。そんな人たちに、このような神が起こされる現象の正確な意味が分かるわけがないのです。

私が、そのような人たちを病気にしたという証拠でもあるんでしょうか?そんなものがあれば、すぐにでも持ってきて私に文句をいうなりするでしょうから、そんなものはないとしても、では私が祈ったから病気になったとでもいうんでしょうか?

それも確たる証拠はありませんが、百歩も千歩も譲って、私が祈ったからその人たちが病気なったとしましょう。(これも本来ならあり得ないんですけどね。私が人を病気にするような祈りなどしていたら、私もとっくに病気になっています。必ず自分がした祈りは自分に返ってくるからです)

では、私がそのような人たちをいきなり祈ったのでしょうか?

何もしていないその人たちを、私がいきなり「生意気だ」とか「お前は気に食わない」とかいって、その人たちを祈り、そうしてその人たちが病気になったというなら、これは確かに私が悪いでしょう。(これは誰が見てもそう思います)

私に、このようなことをされた人がもし一人でもいるなら、私は自分が悪いと認めてもいいのですが、そのような人が誰かいますか?

私に、いきなりいちゃもんをつけられ祈られたという人がいるのでしょうか?

いませんよね。そんな人は一人もいないはずです。

だって私は、そのような祈り方をしたことは一度もないからです。私に嫌がらせなどしてくるから、このようなことをしていればこの人がダメになると思い、それで祈っているだけで、私は自分が気に食わないから祈るとか、生意気そうだから祈るとか、そういう祈りはしたことがありません。(だいたいそんな祈りがきかれるわけないですし)

では、私に嫌がらせをして来た人に原因があるのではないですか?だから病気をしたのではないですか?そうであるなら自業自得なのではないでしょうか。(たかが嫌がらせといういい方は間違いですよ。私は毎日何十人もの人に嫌がらせを受けているのです。そうであるなら、どれだけ大したことがない嫌がらせであっても、されているこちらの精神的苦痛は大きいのです。これくらいのことというのは、そのやっている人の都合にしかすぎません。されているこちらは、どれも同じように大きな苦痛となっているのです)

こういう自分たちが先にした悪いことを一切無視したり、自分の責任で(心の悩みや肉体の酷使など)病気になったこと、あるいは両親などの心が影響して子供が病気になるということもあるのです。(特に小さい子には、両親の不調和は病気などの現象として顕著に現れます)

このような諸々の問題で(もちろん、このようことは自分たち責任です)病気なっているのに、この辺りの人たちは、それを全部私のせいにして「だからこんな悪い奴に頭など下げられるか」となっているのです。

しかし、それもこれも自分たちが心の勉強をしていないため、その起きている現象の意味が分からず、それで全部責任転嫁して私のせいにしているだけで、心の勉強をしっかりするのであれば、自分たちが悪いとちゃんと分かるのです。

だいたい、これまで起きたことがない現象が現れているのに、正確な原因が分かるわけがないでしょう。たった一人の者にその原因を押し付けていること自体、やっていることがデタラメなのです。

そのデタラメさが分からない、それがすなわち誰も心の勉強をしていない、神の心を分かっていない証拠なのです。

それはそうでしょう。ほとんどの人が金儲け(仕事)と遊び以外に頭を使おうとしないのです。また、信仰を真剣にしている人たちも、その人たちのほとんどが間違った信仰をしているのですから、これだけ本物の神の業が現れだしては正しい判断ができるわけがありません。

元をたどれば「本物の神の業が現れだしたのに、あまりに本物の神の教えを理解する人が少なかった」それが現在名古屋が混乱している原因なのです。

信仰をしている人たちも、していない人たちも、この名古屋で起きているサイレンなどの現象を、みな私のせいにしてしまっているのがそのよい証拠です。結局誰も正確なことは分かっていなかったのです。

そのような災いが次々に現れている中で、一人次々に奇跡が現れたのは、そのような現象の犯人に仕立て上げられた私であったというのも皮肉な結果ですが、この結果に嘘はないでしょう。

このような結果(釈尊やキリストと同じ奇跡が現れている)が出ている以上、誰が正しく誰が間違っていたのか、ということは火を見るより明らかだからです。(それは口だけのことより実際起きていることの方が正しいですからね)

このように名古屋が混乱に至った原因は、多くの人々が、本当の神の教えである法をよく知らなかった、その一点に尽きるのです。

名古屋だけではなく、このような混乱は日本全体で、もっというなら世界中で起きています。

私のブログを適当に読んでいるだけでは分かりません。

この教えを真剣に学ばねば、自分も日本も世界も救われることはないのです。

もう少し、これまでのことを真剣に考えてはどうでしょうか。そうして、これだけの奇跡が起きている者がいるのです。その奇跡に教えられた人も多いでしょう。少しはその者に感謝し、この教えをもっと勉強し実践されてはどうでしょうか。

これまでのように、多くの人々が自分勝手な心と行いを続けるのであれば、この混乱は収まることはありません。

この混乱を収め、奇跡が次々に現れる、そのような世界をつくることは不可能ではありません。現に私には、そのような奇跡が次々に起きているからです。

少しくらい謙虚になり、人の話に耳を傾けてはどうでしょうか?

そうすれば、素晴らしい世界が現れて来るからです。

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5月 02 2015

名古屋の人たちが救われる方法

おかしいですね。

昨日はさっそく白鳥公園に行き、私が悪いという証拠を見せてほしいとお願いしたのですが(あそこで散歩している人はみな私のことを知っていますので)誰一人このような証拠があるという人はいませんでした。

ほとんどの人が嫌がらせを私にしかけてきて、私に「私が悪いという証拠を見せてほしい」といわれると、ギクッとして下を向いて行ってしまうのです。

白鳥公園だけで、そのような声をかけた人は数十人いたのですが(それだけちょっかいをかけてくる人が多いということです。わずか二時間ほどの間にです)私が悪いという証拠を見せてくれた人も、私が悪人という証拠があるという人もいませんでした。

たまたま白鳥公園ではそういう人がいなかったのだろうと思い、それで仕方がないので帰り道(その白鳥公園から一時間ほど歩いて家に帰って行くのですが)何人かの人に声をかけ、結局百人くらいの人に声をかけたのですが(一日にそれくらいは、ちょっかいをかけてくる人がいるということです)誰一人、私が悪いという証拠を見せてくれた人も、証拠があるといった人もいませんでした。

おかしいですよね。一日百人くらいの人が私に嫌がらせをしてくるのに(外に四~五時間いるだけでです)誰も私が悪いという証拠をもっていないなど、どう考えてもおかしいです。

私は、このようなちょっかいをもう何年にもわたりされているのです。ということは、通算すれば、どれくらいの人が私に嫌がらせをしてきたか分からないほどです。(一日百人として、一年で三万六千五百人、二年で七千三百人、三年で一万四千六百人の人から嫌がらせを受けたことになります)

それなのに誰も、私が悪いという証拠も、私が悪人であるという証拠も持っていないとは、一体どういうことでしょうか?

一日、二日では分かりませんので、また機会があれば聞きますが(機会などいくらでもあるでしょう、嫌がらせする人はそこらじゅうにいますから。〔笑〕)このまま悪いという証拠が出て来ないとなると、私は善人という証拠はあるのですから、このままでは、何も悪いことをしていなかった善人に、名古屋の多くの人はよってたかって嫌がらせをしていたということになり、大変な罪をすでにつくっているということになります。

そのような解釈でよろしいのでしょうか?(いいですよね。両方の証拠がないというのであれば、悪人か善人か分からないということになりますが、悪人という証拠はなくても善人という証拠はあるのですから、それなら私は善人ということで問題ないと思います)

だとしたら大変な罪ですよ。だって、私は何も悪くなかったのです。悪くないどころか、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きるくらいですから、私は相当の善人です。(自分でいうのも何ですが)

その相当の善人に罪を擦り付け、それに加えて、その人から神のことからあの世のこと、人の輪廻転生や釈尊やキリストが説かれた本当の教えなど、いろいろなことを教えてもらい、そうして奇跡まで目の前で見せてもらっているのです。

それだけのことを教えて(見せて)もらっただけでも、これまた相当の恩なのに(そんなことたった一回の人生で学べるものではありません。何十回、何百回の輪廻転生で勉強する分をわずか一回の輪廻転生で勉強してしまっている、それくらいの価値ある心の勉強をしている人もいるのです。特に心の勉強が遅れていた人〔神やあの世、人の輪廻転生など頭から否定していた人などそうです〕には相当な価値〔何百回の輪廻転生分〕のある勉強をここ数年でしたのです)それには一切感謝せず、その相当に恩のある人に無実の罪までかぶせ、嫌がらせまでしているのです。

一体どれくらいの罪になるのか想像できないほどです。(汗)

それだと、凄い罪を名古屋の多くの人たちはつくっているということになりますが、どちらにしてもです。

私が悪いという証拠を持っていない人は、私に詫びを入れた方がいいでしょう。そのような証拠があろうとなかろうと、自分が何の証拠もなく、その人を悪者と決めつけ嫌がらせをしたことは事実であるからです。

証拠もないのに、その人を悪人と決めつけて嫌がらせをする、そのような行い自体、悪いことには変わりがないからです。

名古屋の多くの人たちは、悪いことをみな私のせいにしていますが、自分の自覚がないだけで、ずいぶん悪いことをしている人が多いとは思わないでしょうか?

こういうことをし続けているから名古屋にはいいことが起きない、そのようには考えられないでしょうか?

「自分たちに悪いことが起きているのは、自分たちが悪いから」それが基本です。「あいつのせいでこれだけ悪いことが起きた」ということはあり得ないのです。

名古屋の人たちは(どえらい嫌かもしれませんが)まず私に感謝し(何十回、何百回の輪廻転生分の心の勉強が出来たのですから)そうして、これまでしてきた私への行為を反省し、報恩の行為をして初めて救われるのです。

それをしなければ救われません。それだけ名古屋の人たちは私に対する恩と罪があるからです。(これはまぎれもない事実であると思います)

名古屋でしてくるサイレンはまだ止まっていません。(ということは、それだけ不幸になる人が続出しているということです)

そのサイレンを止めるのは『感謝と反省』それ以外ないのです。

追伸…昨日でしたか、一昨日でしたか、鹿児島で記録的大雨が降りました。

北海道もそうですが、とにかく北海道と鹿児島は特に異常気象が激しく現れています。何度も書いていますが、メガソーラー(太陽光)の施設が多いからです。

だから原発を早く動かした方がいいと思います。(北海道の泊原発と鹿児島の川内原発)

北海道と鹿児島の原発を動かせば、現在北海道と鹿児島に特に激しく起きている異常気象も、少しは収まると思うからです。

今年はやけに曇りや雨の日が多いのですが(カミナリやヒョウまで降っていますが)これもやはりあまりに長く原発を止めているせいであると思います。(曇りや雨の日が多ければ、太陽光は発電できませんから)

そろそろ国内の原発を動かさないと、また前のような最強の竜巻など起こされるかもしれません。(前にありましたよね。原発を全部止めていた時、最強の竜巻が来た時が)

原発の再稼働を急がれた方がいいと思います。

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