4月 23 2015
4月 23 2015
人類初の出来事
マァ、認めたくはないのでしょうが、しかし、認めてもらうしかないでしょう。(昨日は、怒ってブシュブシュやっていた運ちゃんも多かったですから)
悪魔の毒気に当てられているから、悪魔の毒気に当てられている人が多いといっているのです。
嫌もお前のせいもありません。事実は事実です。
どうりでおかしいと思ったのです。
名古屋の人たちは、私に心を救ってもらった人が多数いるにもかかわらず(私を知り唯心有神論になった人は多いと思います。その人たちの心は唯物無神論の時より、ずっと軽くなっているはずです。その心が軽くなった分、心は救われているのです)そのことには少しも感謝せず一方的に私を悪者にしているのです。
しかも、いつのまにかあのサイレンまで私のせいになり、あまりにサイレンがしてくると、皆が怒って私に嫌がらせをしてきて、中には目が血走っている人までいます。
とにかく何から何まで悪いことは私のせいです。そうしてよいことは一つも認めようとしないのです。
これは悪魔の思想以外のなにものでもありません。悪魔の毒気に当たっていなければ、これだけ極端な考えは持たないでしょう。こういう考えの人が多いということが、悪魔の毒気に当てられている人が多いという証拠です。
私のいっていることの一体どこに間違いがあるというのでしょうか?
何で私が自分の知らない人を次々に病気にさせるのでしょう。(嫌がらせをされた人を次々に病気にさせている、ということであればまだ話も分かりますが)知らない人を次々に病気にさせても恨みを買うだけで、何も得るものはないはずです。
それにそんなことしていたら、自分がどこでどんな人に恨まれるのか知れないのですから、逆に自分が危うくなります。よほど頭がおかしくなければ、そんなことしないと思うのですが、いつの間にか、そのようなことまで全部私のせいになり、私は名古屋中の人から目の敵にされているのです。
あまりに、まともな発想とは思えなかったのですが、このような話がみな悪魔から出ていたのであれば、それも理解出来ます。
地獄に堕ちている悪魔たちは、まともな発想をしません。悪いことはすべて人のせいです。それに悪魔は私が憎くて仕方ありません。悪魔が流した噂なら、このようなまともでない話も平気でするでしょう。
しかし、こういう(まともでない)話を信じてしまうのですから、それが悪魔の毒気に当てられることの恐ろしさなのです。
数年前なら、このようなことをたった一人の者がやっているなど、誰も信じなかったんでしょうが、この名古屋の人たちは、ちょうど唯物無神論から唯心有神論に考えが変わりかけている時でした。
そのようなタイミングもあって、多くの人がこの悪魔の言葉に乗せられ(それに現代の責任転嫁全盛の世相もプラスされ)その悪魔の言葉を信じたのです。
そのせいで、私一人が大悪人ということになってしまったのですが、しかし、天は私を見捨てませんでした。
その天が私を見捨てなかった、私を救ってくれた、という証明が、私に鳥や魚がたくさん寄ってくるという奇跡です。
このような苦境に立たされた私に、天は釈尊やキリストに現された同じ奇跡を私にも現したのです。
しかも、釈尊やキリストに現された以上の奇跡をです。
鳥や魚が寄ってくるという奇跡を、天が、ここまで極端に現したことはこれまでなかったのではないでしょうか。(だって、これだけいろいろな動物が寄ってきたら、もっとしっかり記録に遺されているはずだからです。それでも少々のことはあったかもしれませんが〔多分あったでしょう〕ここまで鳥や魚が寄ってきたという記録は釈尊やキリストにもありません。釈尊が説法をしている時に、鳥や他の動物たちも寄ってきてその説法を聞いていたとか、キリストが弟子たちに「そこに網を入れよ」と指示すると、魚がたくさん捕れたとかいう記録があるだけです)
つまり現代は、釈尊やキリストに起きていた以上の奇跡が現れる時代となっているのです。
この奇跡が現れたお蔭で、私がすべて悪いという人たちの間違いが分かり、また、私がすべて悪いと思いこんでいる人たちにも疑問を持たせることが出来たのです。
そんな悪い人間に、鳥や魚が寄って行くわけがないからです。
この名古屋の多くの人が思いこんでいることと、起きていることがあまりに違うからです。
しかし、このような(もしかしたら)人類初の奇跡が現れているかもしれないにもかかわらず、そのような神の奇跡をいつまでたっても認めようとせず、自分の間違いを認めず、私に責任をかぶせていては、それこそ人類初の不幸な現象が現れるかもしれないのです。
すでにそのような時代となっているからです。
人類初の奇跡が起きているのであれば、この先もまた人類初の奇跡が現れるかもしれないし(その確率は高いでしょう。正法の世といっても、これからは最終ユートピア〔これまで現れたことがない世界です〕に向かうための正法の世なのですから、これまで現れたような正法の世ではなく、段々進化していく〔調和が深まって行く〕正法の世です。もうどういう奇跡が起きるか分からないのです)その逆の現象(災い)もまた激しさを増すでしょう。
当然ではありますが、これまで現れたことがない奇跡が現れているなら、これまで現れたことがない災いも現れるからです。
このような状況下で、いつまでもくだらない意地を張っている場合でしょうか?また、この世のことばかり考え自分の栄耀栄華ばかり望んでいる場合でしょうか?
すでに起きて来る奇跡は(よい現象も悪い現象も含めてです)これまでの人々が経験したことがないものとなっているのにです。
多くの人が心と行いを神の側に向ければ、多くの奇跡が現れるのです。
また、動物の奇跡の動画が出来てきたようです。
それを観て、少しでも心を変えてくれる人がいたなら幸いです。
もう世界中の動物たちが、この動画にあるような愛ある姿を多くの人に見せてくれるはずです。すでにそのような時代になっているからです。(その事実を私の動画は証明していると思います)
多くの人が愛を現せば、愛の現象がそこかしこに現れます。
いつまで人のせいにして怒っているのですか?いつまで金や地位や名誉を求めるのでしょう。
そのような心はすでに時代遅れなのです。
4月 22 2015
悪魔の噂
最近は私への風当たりも少しは弱まりましたかね。(一時のことを思えばです)
しかし、まだ私の顔を見ると何かやって行く人はたくさんいますが、よく考えてみてください。
私の顔をよく見る人は誰でも知っていると思いますが、私が歩いているだけで、そこらにいるすずめやムクドリなどが騒ぐのです。中には大騒ぎをしているすずめたちもいます。
私が歩いているだけで、このような現象がそこかしこで起きているのです。
これほど不思議なこともないと思うのですが、そればかりではありません。堀川など歩いていてもそうです。私が堀川に呼びかけると、静かだった川面のあちこちにさざ波が立ち、そうして魚が跳ね出すのです。
これもまた不思議なことだと思うんですが、名古屋はもっと不思議なことが起きているのです。
そのもっと不思議なこととは、このような鳥や魚の不思議な光景を見ても、誰一人驚く人はいないということです。
驚かないばかりか怒っている人までいます。このような名古屋の人たちの態度は明らかにおかしいのではないでしょうか。(普通ならまず驚くはずだからです)
多分、他の地域の人から見たら、この名古屋の人たちの態度は奇異に映るでしょう。あまりに不自然な態度であるからです。
それに名古屋の人たちは私のことを誰一人知らないのです。(ここ数年の話ですが、私とまともに話した人はいないんですからそれはそうでしょう)その知らないはずの私を多くの人が異様に嫌っているのです。
これもまた奇異な話です。
私は、特別調子に乗ったような態度も服装もしていません。(最近は、あまりに多くの人に嫌がらせを受けますので、それで大きな声で話したりはしますが、こういう状況になれば、それは仕方ないでしょう)
服装もいたって普通だし態度も普通です。
服装や態度も普通で、私のことをよく知っている人がいないにもかかわらず、それでも私は嫌われるのです。一人や二人の人が私を嫌うというのならまだ話も分かりますが、大勢の人が私を異様に嫌うというのは、一体どういうことなのでしょう。
あまりに大勢の人に私は嫌われすぎているのではないでしょうか?(嫌われる限度を超えています。会ったこともない人から異様に嫌われているからです)
この私に対する異様なまでの嫌い方、それに見たこともないような鳥や魚の奇跡が起きているにもかかわらず、それにまったく驚こうとしない冷めた態度、このような名古屋の人たちの行いは他の地域の人から見たら、何か普通ではないと感じるのではないでしょうか。
感じるはずです。この名古屋の人たちの態度は、明らかに普通の人のそれとは違っているからです。違っているはずです。すでに名古屋の大勢の人たちが悪魔に騙されているのです。
だから、皆が皆このような異様な態度を取るのです。もう大勢の人が悪魔の毒気に当てられているからです。
そんなバカなと思う人もいるでしょう。(というか、皆そう思うでしょう)
「そんな大勢の人が、悪魔の毒気になど当たるはずがないではないか。どうやったら、そんなに一変に名古屋の人を悪魔の毒気に当てることが出来るのか?」と思う人ばかりでしょうが、それが出来るのです。
それが私に対する噂なのです。
この私に対する噂、何かおかしくはないですか?(私は聞いたことがありませんが、皆さんの態度でだいたいどんなことをいわれているのかは見当がつきます)
多分、私に対する噂は、私のいいことは一つもいっていないでしょう。それどころか、私のすることはすべて悪意にとられ、起きている悪いこと(病気やけがなど)もすべて私のせいにして「あいつが祈るからこういうことが起きている」くらいのことをいわれているのではないでしょうか。
しかし、おかしくはないですか?その噂は。
先ほどもいいましたが、私は服装も普通なら態度も普通です。特別、調子に乗ったようなこともしていません。それに私の性格を知っている人など誰もいないのです。
それなのにあまりに一方的に悪くいわれすぎています。
それと祈って大雨や地震が起きたことなどもそうです。単に祈ってそういうこと起こすのだからこいつは悪い奴、とこちらの言い分(それはすなわち神の言い分)をまったく聞こうともせず、これもまた一方的に私が悪いという捉え方です。
これもあまりに偏った見方なのではないでしょうか?(少しくらいこちらの言い分を聞いてもいいでしょう。有無を言わせずあいつが悪いではあまりに一方的すぎます)
このような偏った見方に加え、一番おかしいのは何度も書いていますが、では何で、そんな悪い奴に鳥や魚が寄ってくる奇跡が起きているのでしょう。
このことについては一切いわないのです。(多分いっていないでしょう。私に嫌がらせをしてくる人に、この同じことを聞くと、ほとんどの人が「ビクッ」としていました。このような大勢の人の態度は、私の噂はその部分を抜かしている証拠です)
ワルそうなことをことさら悪くいい、よいことをいおうともしない、このような私に対する噂を推測しますと、この噂の出どころは多分悪魔でしょう。
つまり、悪魔に憑かれた人がこのような悪意のある噂を流しているのです。
悪魔に憑かれた人から出る噂であるなら、その噂には悪魔の波動が入っています。その噂は(悪魔の波動は)人から人に伝わり、多くの人がその悪魔の波動を心の中に入れてしまったと思われます。
だから私は先ほど「大勢の名古屋の人が悪魔の毒気に当てられている」といったのです。
だから、この私の噂が届いていないところでは(私のブログだけ見ている人には)私はそれほどひどくは思われていないはずです。(そうではないですか?テレビなど見てもそれは分かると思いますが)
それが何よりの証拠でしょう。
つまり、私のブログだけ見ている人は私を悪く思わず(それは神の波動を受けている人だからです)私の噂を聞いている人は、このブログを読んでいる人であろうと悪魔の波動にやられ(やられない人もいます。つまり私の噂〔悪魔の波動〕を心に入れず、このブログ〔神の波動〕を心に入れた人は、悪魔の毒気に当てられませんでした。しかし、そのような人は少ないでしょう)このブログ(神の波動)を読むこともなく、私の噂をまともに信じてしまった人は、大変な量の悪魔の波動を心の中に入れてしまったということです。
だから、これほどのことが名古屋で起きたのです。
あの数々起きるサイレンのことです。(昨日もよく聞こえていたんですが)
私も少しおかしいとは思いました。「あのサイレンが全部天罰であるなら、名古屋の人はよほどの悪を犯しているんだな。そんなに悪を犯していてよく名古屋は滅ぼされないな」と思っていたんですが、あのサイレンはすべてが天罰ではなかったのです。(それを昨日やっと気づきました)
それどころか、ほとんどが悪魔の毒気に当たっていたのです。
だから、これほどの病人が出ているのです。悪魔がやっていることだからです。
その悪魔がやっていることとは、先ほどいいました「私の噂をまともに信じる」ということです。
それは「悪魔の波動をまともに心に入れる」ということになりますから、その毒気は凄まじいのです。悪魔の波動をそれだけ心にいれしまっては心臓に来ます。だからあのサイレンで運ばれている人は、心臓の病で運ばれる人も多いのではないでしょうか?
そのような病だけではなく、悪魔の波動を心にいれてしまった人はいろいろな部分から病を発症します。(自分の体の弱い部分からです)だから、これだけ救急車のサイレンがしてくるのでしょう。
多くの人が悪魔の毒気に当てられ恐ろしい病を発症したからです。
そうしてそればかりではなく、悪魔の波動を心に入れてしまえば、その波動に乗って悪魔まで来てしまいます。ですから、すでに名古屋は悪魔に憑かれてしまった人も多いのではないでしょうか。
それだけ悪魔の波動を受け入れるということは恐ろしいことだからです。
ずいぶん恐ろしいことが名古屋で起きているのも、この名古屋の多くの人たちが(知らず知らずのうちに)悪魔の波動を受け入れた結果であると思います。
悪魔のいうことなど聞けば、不幸になるのは当然のことだからです。
このまま悪魔の波動を受け入れ続ければ(私の悪い噂を信じ続ければ)名古屋は滅んでしまいます。悪魔のいうことを信じたから名古屋はこれほどの不幸が起きているからです。
この不幸をなくすには、もう神の波動を受け入れるしかないのです。
口ではどうとでもいえますが、起きる現象に嘘はありません。
釈尊やキリストと同じ奇跡が起きている者がいます。(その噂の主ですが)その者のいうことを信じられてはどうでしょう。
その者のいうこと以外、すでに救われる道はないからです。
4月 21 2015
誰の意見を聞くべきなのか
昨日は各地で大雨となったようです。(四月の観測史上最多の雨を記録したところがいくつもあったようです)
土砂崩れも起きたようですが、それにしても今年の四月はよく雨が降りました。雨ばかりではなく曇っていた日も多く、各地で異常な日照不足となり(四月としては、観測史上もっとも少なかったところがいくつもあるようですが)また野菜などに影響が出ているようです。
極端な天気になれば、当然その時期の野菜などにまともに影響が出ます。天気も中道でなければいけないのです。
しかし、そのような天気もそこに住む人の心が影響します。これだけ極端な天気になるのです。それだけ極端な心の人が多いということです。
今日からはやっと晴れが続くようですが、また異様に暑くなる日でもあるのではないでしょうか。中道の心の人が少ないからです。
極端といえば、本当に極端な現象が現れてきました。(昨日も何か起きたようですが…朝から興奮状態の人がいますし)もう生きた心地(ここち)しないでしょう。本当にお気の毒です。(としかいいようがありません。こちらのいうことを聞こうとしないんですから)
しかし、世界でもそのようなことが起きています。(一変で人がいなくなる)ここらで異常な現象が起きても(例えば、人が次々に病気になったりするとかです)何ら不思議ではないでしょう。そのような時代となったからです。
まったく最初からろくな話ではありませんが、あまりいい話がありません。それも仕方がないでしょう。
あまりいなくなる話ばかりでも寂しいですし、いつまでいるのかという話も書いておきましょう。
いつまでいるのかといえば、今年はカモメがまだいます。(堀川にはですけど)もう四月も下旬に入ろうというのにいつまでいるんでしょうか?(いつもは三月中にはいなくなりますが)
一時いなくなったのですが(三月初め頃)その後また戻ってきて、現在はまだ四、五十羽はいます。
何でこんな時期までいるのでしょう?まさかずっといるんじゃないでしょうね。それはそれで困ります。
なぜ困るのかといえば、この時期、私が堀川に行くと魚が跳ねるのです。
魚が次々跳ねているのに、そこに(その魚を食べる)カモメがいては、やはり困るでしょう。これから半年くらいの間は、カモメは、もっと寒い北の地域に行ってもらわないと困ります。
マァ、これから暑くなるのに、いつまでもこの地域にいるとは思えませんが、この前など堀川にカモメがいるのに(川面にいるだけでなく、空も飛んでいましたが)そのすぐ横で魚が跳ねているのです。カモメがいる中、横で魚が平気で跳ねているという光景も珍しいでしょう。
その珍しい光景を動画に撮りました。(「お前ら危ないぞ」とかいいながらです)
この、いつまでもいるカモメも最近の異常気象と関係しているんでしょうか?
これは関係ないかもしれませんね。何せ私の周りでは、異常な動物の生態をいくらでも見ることが出来るからです。
異様に早くから飛んでいるコウモリやら(三月、四月は当たり前で、なんと十二月三十一日の雨の日にまで見ました)寒い時期にしか見なかった鳥が(ちょっと名前が分からないのですが)ここ何年か前から一年中いますし、最近はツバメも飛んできていますが、このツバメも去年は八月末くらいまでいました。(九月の初めまでいたのもいましたかね。そこら辺ははっきり覚えていませんが)
すずめや鳩やムクドリ、カラスは一年中いるのでピンときませんが、それらの鳥たちにはそこらじゅうでかまわれます。(おまけに最近は、知らない小鳥までよく飛んで来てかまわれます)
この時期、魚も跳ねるようになるのですが、これで野良猫や、そこらの飼い犬にまでかまわれたら、一体私はどうなるのでしょう。(笑)
そこらじゅうで動物たちにかまわれっぱなしということになります。(家にいても、外にいるすずめやムクドリがよく鳴いていますので…その鳴き声がうるさいと怒っている人もいるし…どこかの会社の人なんですけどね)
現在世界で起きている現象(一変で人がいなくなる)とは、まったく逆の現象が私の周りには起きているのです。
この違い、まさに天と地ほどの差があるのではないでしょうか。
人は相変わらず寄って来ませんが、私の周りにいる動物たちは異常なほどの寄って来ようなのです。(それでも最近は、遠くから私のことをジッと見ている人もいます。しかし、見ているだけではダメです。聞きに来ないとダメなのです。自分を救えるのは自分しかいません。自分が救われたいのであれば自分で〔自力で〕救われる方法を聞きに来ることです。それ以外、救われる道はないからです)
この動物たちは、天から常に教えを受けています。(大地震などを予知できることでもその事実が分かります)
天から教えを受けている生き物たちは、喜んで私のもとに来て、天の教えがまるで分らない人たちは私を避けているのです。
どちらの態度が正しいのでしょうか?
自分の考えがすべてではありません。自分の考えが及ばないことも世の中にはたくさんあるのです。
起きている現実を見て、正しい判断をしていただきたいものです。
間違った判断をし続けている間は、異常現象は止まりません。何も起きていない人のいうことを聞くよりも、奇跡が起きている人のいうことを聞いた方がよいでしょう。
奇跡が起きている人のいうことを聞くのであれば、自分にも奇跡が起きるようになるからです。
(災いが起きている人たちのいうことを聞いているから、災いしか起きないのです。いい加減それが分かりませんか?)
4月 20 2015
ソドムとゴモラ
また天気が大荒れになるそうですね。(鹿児島県の徳之島など、すでに五十年に一度クラスの大雨になっているそうですが)
東海地方は竜巻注意報まで出ているくらいです。今日は雨と風がずいぶん強まるところがあるようです。気をつけないといけませんね。
それにしても、最近は本当にこのような大荒れの天気が多いです。温暖化のせいにして、自分たちの心も行いも少しも変えようとしなければ、このような天気は続きます。
多くの人たちは、一体どこでそれに気づくのでしょうか?
それに天気をよけい悪くするようなことを平気でやっています。早くこの法を拡めなければいけないとつくづく思います。
昨日、芸能人初の同性婚が行われたとニュースになっていました。それに例の東京都渋谷区の同性のパートナーの証明書の発行も話題となっています。
こういうことをしていれば日本の天気はもっと荒れます。「世界がしているから日本も」ではありません。歴史に学ぶということをなぜしようとしないのでしょうか。
日本だけではありませんが、世界の人々も、ソドムとゴモラの町の話を知らないのでしょうか?
あの聖書に出てくるソドムとゴモラの町は、そのような同性愛者であふれていました。それが神の怒りを買い、神から命を受けた七大天使(ミカエル、ガブリエル、ラファエル)に滅ぼされることになるのです。
この話はただの伝説ではありません。実際に起きたことなのです。(それは高橋先生も認められていました)
だから「世界で同性婚が認められつつあるから日本も」ではあまりに智慧がないといっているのです。
世界中の国がそれを認めていても、それが間違いであるなら、日本はやるべきではないのです。間違いは間違いと、歴史に学べなら学べと、はっきり世界にいうべきなのです。
世界で認められていることでも、間違っていることはたくさんあります。その世界で認められている間違ったことを、日本が正さないといけないのです。
それが法が出現した国の使命であるからです。
どちらにしても、こんな同性婚など進めれば日本の少子化はますます進み、それに風紀も乱れていくでしょう。肝心の心の勉強がまともに出来なくなります。
この世に男として生まれたのなら徹底的に男らしく、この世に女として生まれたのなら徹底的に女らしく、していくのが心の勉強なのです。自分が生まれた肉体を無視して、正しい心の勉強など出来ません。
男で生まれながら女の心を持って生まれた人は、その心を男らしく変える、女で生まれながら男の心を持って生まれた人は、その心を女らしく変える、そのような人たちは、それをすることがこの世に生まれて来たまず第一の修行となるのです。
その一番大事な修業を放棄してはならないのです。
現在は、日本だけではなく世界中で異常気象が起きています。これは先ほど書いたことに原因があり、世界が間違ったことを進めようとしているため起こされている、ソドムとゴモラの町に起きた同じ現象が世界に現れているのです。
そればかりではなく、最近は旅客機が墜落したり、大型客船が沈没したりと、少し前までは考えられないような、一変で多くの人が亡くなる事件や事故が多発しています。
これもまた同じでしょう。様々な手段を使って、天が多くの人を天に引き上げているのです。
それはなぜか?
そのことはもう何度も申しているでしょう。すでに正法の世となったからです。
何度も書いていますが、正法の世となり、その心にそぐわない人は(末法の心のままの人は)その時代に心が合わなくなるため、そのような人はみなあの世に返されるのです。(もうこの世にいることが出来ないということです)
つまり、あらゆる順序を使い、天が、ソドムとゴモラで起きた滅びの現象を世界に現しているということです。
そのような時代となったからです。
だから、この時代(正法の世)に逆行するような(同性婚のような)ことに私は反対しているのであり、こういうことに平気で賛成をしている人たちは(マァ、テレビに出てくるような人たちはみな賛成のようですが)もう、いつ引き上げられてもおかしくはないということです。(異常気象や大きな事件、事故に、いつ巻き込まれてもおかしくはないということです)
このような時代を考えれば「世界がしているから日本も」ではいけないのです。そのことが本当に正しいのかどうか、それを見極めて、そうして行わなければいけないのです。
日本をソドムとゴモラの町のように滅ぼしたいのですか?
日本が滅びるのが嫌なら世界を基準にするのではなく、この法を基準とすることです。
(これはどこかの人たちも同じです。〔ずっと恐ろしい現象が続いているようですが〕そのままでは滅ぼされてしまいます。自分を基準にするのではなく法を基準とされることです)



人目の訪問者です。
