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1月 12 2015

テロ撲滅の唯一の方法

フランスのパリで大規模なデモが行われました。(例のフランスで起きた、週刊誌への銃撃をはじめとした一連のテロ事件への抗議でです)

四十ヶ国の首脳とともに(日本も駐仏大使が参加されたようですが)百万人以上の人が、このデモに参加し「言論の自由を守れ」「我々はテロには屈しない」とシュプレヒコールを上げました。

しかし、残念ではありますが、このようなデモを何度行おうと、それでテロがなくなるわけではありません。

本当にテロをなくしたいのであれば、それに伴う行いが必要であるということです。

では、そのテロをなくすための行いとは武力なのか、といえば、どれだけ武力を行使しても、それでテロがなくなるわけではありません。

それどころか、そんなことをすればするだけ、暴力の連鎖となり、どこまでテロが世界に拡がるか分からないほどです。(現に、今回起きたフランスのテロがそれです)

では、テロ集団と話し合いをすればよいのか、といえば、どれだけ話し合おうと、彼らには彼らの考え(信仰)があり、その信仰に従って行動を起こしているのです。

そうであるなら、その信仰に合わせないと彼らと調和することは出来ないでしょう。彼ら(イスラム教)に考えを合わせるというのであれば、戦争を聖戦とし、自分たちと考えの違うものは武力で滅ぼすというのです。

そんな考えに同調出来るわけもなく、デモをしてもダメ、武力を用いてもダメ、話し合ってもダメというのであれば、では一体どうやって、このような者たちのテロを抑えようというのでしょうか?

このフランスのデモに参加された各国のお歴々は、どのような考えでデモに参加し、どのようにこのテロ問題を解決されるつもりでしょう。

それだけ多くの国々の首脳が集まったのです。さぞ、よい考えがあって、このデモに参加されたのでしょう。

単に、テロの抗議のためだけなら一般市民と何ら変わりません。(それではお忙しいのに、わざわざパリまで来られデモに参加された意味がありません)各国の首脳であるなら、このテロ撲滅の策を持って、こういうデモに参加されなければいけないはずです。

では、そのテロ撲滅の策とは何でしょうか?ぜひお聞きしたいものです。

しかし、あまりよい策もないのではないでしょうか。もし、そんなよい策があるのなら、とっくにその策でテロは撲滅されていないといけないからです。テロ撲滅どころか、イスラム国などのテロ行為はむしろ激しさを増しているからです。

ではどうすればよいのでしょう。テロ集団を否定すればするだけテロの脅威が増すのです。しかし、テロ集団をそのままにしておくわけにはいきません。否定も出来なければ肯定も出来ない、ではどうするのか、ということです。

それではどうすることも出来なさそうですが、このテロの問題、解決できる方法が一つだけあります。

それが神に委(ゆだ)ねるという方法です。

人同士で解決できない問題は、神にその解決を委ねるしかないのです。そうすれば双方傷つきあわずに調和して終われるからです。

では、神に頼むしかないのではないでしょうか。

間違った信仰をしているから、間違ったことをしてしまうのです。では、その信仰が間違いであると教えられる正しい信仰があれば、その間違った信仰をしている人たちの間違いを教えられるはずです。

正しい信仰なら、神の力を借りることもできるからです。(キリストやモーゼが起こされたような奇跡が起きるなら、テロ集団も考えを変えざるを得ないということです)

では、正しい信仰さえあれば、調和と安らぎのうちに、テロのような問題も解決できるということになります。

昨日も書きましたが、それが出来るのは、この法だけなのです。

では、この法が拡がらないと、テロ問題は解決できないということになりますし、そのテロ問題は、この法が世界に拡がれば解決出来るということになります。

百万人規模のデモが起きるほど、テロの問題は世界で深刻化しているのです。しかし、テロ集団は、そのテロが悪いことであるという自覚がないのです。

そのテロは非常に悪いことであると、彼らに教えないといけないのですが、それを教えるだけの正しい信仰が現在の世界にはないということです。

あるわけありません。現在その正しい信仰があるのは日本だけだからです。

しかし、日本の人々は、自分たちに何か起きなければ関係ないと、自分たちのことばかりやっています。(テロを解決出来る唯一の方法を知りながらです。法を勉強しようとも伝えようともしないのです)

その結果、日本にはテロ以上の恐ろしいことが起きているのですが、それを人が起こさず神が起こされていると、まるでその恐ろしさに気づかず「仕方ない」で済ましているのです。(名古屋の場合は私のせいになっていますが)

本当の神の教えが出ているのに、それを無視していると、このような恐ろしいことが起きる、その典型のような現象が次々に現れています。

このテロのような問題だけではなく、世界中で激しく起きだした天変地変を見てもそれは分かります。(それを温暖化のせいにしています。もう目も当てられません)

それだけ、本当の神の教えを無視することは悪いことなのです。

しかし、どれだけいっても人々はそれに気づきません。(気づこうとしないだけかもしれませんが)

いつになったら、また、どれだけ恐ろしい現象が現れたら、人は本当の神の教えが出ていることに気づくのでしょう。

自分で、本当の神の教えに気づき行うまで、恐ろしい現象は出続けます。

一人でも多くの人が一刻も早く、この教えに気づかれ帰依されることです。そうしないと世界中で起きている異常現象は、収まりようがないからです。

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1月 11 2015

サイレンを止めるもう一つの方法

一昨日に引き続き、昨日も私は三時過ぎに家を出ました。

家を出てしばらく歩くと、私を見てあちこちで嫌がらせが始まります。そうしたらです。また、それまであまり聞こえていなかったサイレンが(家にいた時は一、二度聞こえてきたくらいです)あちこちから聞こえてきたのです。

昨日は、たまたま消防署の横を通ったのですが、ちょうど私が消防署のすぐ近くを歩いている時に、救急車がサイレンを鳴らしながら出て行きました。

そのようなタイミングが、まるで私に多くの人が嫌がらせを始めると同時に、救急車の出動が増え出すのを天が見せているように思えました。

そういう場面を見て、私に嫌がらせをしているから、こういう現象が名古屋に起きている、ということを再確認しました。それが間違いではないから、このような現場に遭遇するのです。

救急車が消防署から出ていくところなどそうは見ません。昨日のようなブログを書いて(サイレンの原因)その場面を見たのも決して偶然ではないでしょう。

しかし、それをどれだけここに書いても、それで私に対する嫌がらせがなくなるということはないでしょう。これだけ悪評が拡がってしまったのです。この評判を変えることなどそう簡単にはできませんし、昨日はたしかに少なかったとはいえ(トラックやバスの運転手がブシュブシュやるのがです)どれだけ、このブログの内容を知っていてもブシュブシュやる人はやります。(人のことなどどうでもいいという心の低い人はいます。そういう人は、どのような現実が目の前に現れてもそれを認めないのです。〔まだ、その現実を認めて反省出来るほど心が発達していないからです〕そういう人は、何が起きようと嫌がらせをやめようとはしないのです)

では、私に対する嫌がらせを、完全にやめさせることは出来ないということになり、完全にやめさせることが出来なければ、このサイレンを、完全に止めることは出来ないということになります。

そうであるなら、やはりこのサイレンを止めることは無理でしょう……ということになるのですが、それでもよろしいのでしょうか?

それでもよいという人もいれば(そういうやけくその人もいるでしょう)それでは困るという人もいるでしょう。(こういう発想が普通ですが)

もうサイレンが自然に止まるのを待ちますか?しかしそれでは、これからまだどれくらいの人が病院に運ばれるか分かりませんが…。

では、もう一つこのサイレンを止める方法があります。それでは困るという人は、そちらをされてはいかがでしょうか。

そうすれば、少なくともその人たちは助かるからです。

そのサイレンを止めるもう一つの方法とは、この法に帰依されることです。そういう人がたくさん出てくればこのサイレンは止まります。では、そちらをされたらどうでしょう。(そんなことは死んでも嫌ですか?)

しかし、よく考えてみてください。これほどの現象が現れているのです。(名古屋だけではなく全国にです)

これだけの現象が現れる教えが他にありますか?古(いにしえ)のモーゼやキリストが説かれた教えがここに復活したから、その当時起きたような奇跡が現れているのであり、その奇跡をそうも嫌うものではありません。

むしろ神の印(しるし)として、尊重し、この教えの正しさの証明とすべきなのです。

なぜ、これだけの教えが現れているにもかかわらず、未だ多くの人は傍観しているだけなのでしょう。この教えが世界に拡がれば、本当の平和が世界に訪れるというのにです。

例えばです。この名古屋で起きている現象が、イスラム国に起きたらどうなるでしょう。イスラム国の幹部が次々に病を発症したなら、よその国に侵攻ができるでしょうか?

中国の北京でこの現象が起きたのなら、いつまでも中国は他国への侵攻ができますか?

北朝鮮の平壌でこの現象が起きたのなら、いつまでも他国への(核などの)武力の脅しができるでしょうか?

その国の首都で、名古屋で起きているような現象が起き始めたら(毎日何十人、何百人という人が救急車で病院に運ばれる)他国のことどころではなくなるのです。

この名古屋で起きている現象は、実は世界を救えるかもしれない現象なのです。それほどの神の業が名古屋に現れているのです。

この世界を救えるかもしれない偉大な現象が、もう二年以上にもわたり名古屋で起き続けているにもかかわらず、未だ名古屋の人は、その偉大な現象に気づきもせず、たった一人の者をその犯人に仕立て上げ、ただ怒っているだけなのです。

何と愚かなことでしょう。世界を救えるかもしれない現象が名古屋に現れているというのにです。

名古屋にたった一人です。たった一人の法を知る者が現れただけで、これほどの現象が起きるのです。

では、この法を知る者が名古屋に百人現れたらどうなるでしょう。千人現れたらどうなるでしょう。

マァ、全然想像がつきませんが(笑)一人法を知る者が現れただけでも、その一人の法を知る者を神は全力を挙げて守られるのです。(このような神の業を現してです)では、その法を知る者ばかりの町があったらどうなるでしょう。法を知る者ばかりの国があったらどうなるでしょう。

そのような町や国は、完全に神から守られるということです。

なぜ、多くの人はこの法の存在を知っているのに、未だ傍観しているだけなのですか。

平和を口にする人はたくさんいます。(平和が一番大事であるとです)しかし、その平和は口でいっているだけでは実現しません。

本当の平和が、平和裡に実現する方法があるのです。(現に私は一切武力など用いていません)それなのになぜ多くの人はそれをやろうとはしないのですか。

今日もまたナイジェリアで、わずか十歳前後の少女が自爆テロを起こしたという、信じられない事件が報道されていました。

正しい教えが世界に拡がれば、このような少女も救えるのです。

日本の人たちがこの教えに帰依し、世界に伝えてくれるだけで本当の世界平和が実現します。

それが出来るのに、それをやろうとしない、日本中で起きている、異常現象の意味がお分かりいただけるのではないでしょうか。

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1月 10 2015

サイレンの原因

やっと分かりました。この名古屋で起きているサイレンの原因がです。(よく考えてみれば、そりゃそうだとも思いました)

よかったです。原因が分かってです。しかし、原因は分かりましたが、それでサイレンがしなくなるかどうかは分かりません。だって、私のいうこと名古屋の人たちは誰も聞かないからです。

昨日の話です。私は午後の三時過ぎに家を出たんですが、あんなブログを書いたのです。案の定、ブシュブシュやってくるトラックの運ちゃんが何人かいました。(意地になる人が多いですから〔苦笑〕)

昨日は、それまではサイレンをほとんど聞きませんでした。(一~二度遠くでしていたような気もしますが)ところが、その三時過ぎに家を出て、途中でトラックにブシュブシュやられ、そうして四時を過ぎたくらいでしょうか、急にサイレンが聞こえてきて、私が歩いている前の道を救急車が走って行きました。

それから立て続けにサイレンの音が二度、三度と聞こえてきたのです。

私はこの現象が偶然とは思えませんでした。(私の目の前を救急車が走って行くなど、それも偶然のようには思えなかったですし)やはり何かを教えられているとしか思えなかったのです。

実は昨日あのブログを書いてから、心の内よりしきりと上がってくる思いがありました。(このサイレンのことでです)何かこの一日二日、このサイレンの原因を教えられているような気がしてならず、そのようなことを考えながら歩いていて、そうしてこのような現象が起きたのです。

どうも間違いなさそうです。

このサイレンは、やはり運転手連中が私にしている、このブシュブシュやる嫌がらせに原因があるようです。

よく考えてみれば、この名古屋にサイレンが頻繁に響いてくる現象は、その運転手連中が、私にブシュブシュ露骨な嫌がらせを始めてから(2012年の十月くらいから)起こり始めたのです。

そうであるなら、その前の状態(私にかまわない状態)に戻せば、この現象はなくなるのであり、これだけ当たり前の話もありません。

その当たり前のことにこれまで気づかなかったのです。

要は私に対する嫌がらせをしなくなれば、この現象はなくなるということです。

ではなぜ、私に嫌がらせをしたくらいでこんなことが起きたのか?

やはり、それだけ法を説く人は大事であるということでしょう。

法を説く人に露骨に嫌がらせをしたのです。(しかも毎日次から次にです)天の怒りはどれほどだったでしょう。その結果、その心のままでは病気になるという人たちに、次々に病気が現れたのです。

普通であれば、その病気は何年か(あるいは何十年か)先に現れるはずであったのですが、その反省の期間を待たずに、天が次々にそのような心の人たちの病気を現したのです。

多くの人の反省の期間をなくすほど、私に嫌がらせをした人たちは、天を怒らせるようなことをしたのです。

それだけ法とは大事なものであったからです。

法は全人類を救う教えなのです。その法を説く人が法を説かなくなったら、その国は滅びるしかないのです。だから、名古屋でこれほどのことが起きたのです。国を滅ぼすほどのことを、そこに住む人たちが平気でやっていたからです。

だから、この法の流布をじゃまするところにも、それはそれは恐ろしい現象が現れたのです。同じように、日本を滅ぼすようなことを(法の流布のじゃま)その会社の人たちがやっていたからです。(最近はずいぶん静かになってしまいました。よほど恐ろしいことが起きているのでしょう)

法を説く人に嫌がらせをすることや法の流布のじゃまをすることは、この世において、これほどいけないことはないのです。そのこの世で一番いけないことを、名古屋の人たちはやり続けたのです。

世界でどこにも起きていない、世にも恐ろし現象が名古屋に現れたのも道理でしょう。

多分、こういうことを書けば書くだけ、名古屋の人たちは反発し、私に嫌がらせをするでしょう。では、この恐ろしい現象は止まらず起き続けるということです。

「そんなことがあるわけがない」ではないのです。

自分たちが、そのような事実を知らないだけのことなのです。名古屋の人たちは、釈尊やキリストをどれだけご存知なのでしょう。このお二方のことを、よく知っているという人も名古屋にはたくさんいるでしょう。

しかし、残念ではありますが、この名古屋で釈尊やキリストのことをよく知っているという人たちは、古来より遺る聖書や仏典などの古い(間違った部分がたくさん書かれてある)書物を通して知っているだけで、本当の釈尊やキリスト、そうして、その説かれた法の偉大さは理解されていないのです。

もし、それを理解されている人が、一人でも二人でも名古屋にいたのなら、サイレンの原因にも、もっと早く気づいたはずだからです。

しかし、このサイレンの原因に気づいた人は一人もいなかった。それはすなわち法の偉大さを誰も知らなかったからであり、法の偉大さを誰も知らなかったのが、名古屋にこのような世にも稀な悲劇を招いた原因であるのです。(法の偉大さを知っていれば、なぜ、名古屋にこんなことが起きたのかも分かったはずですし、私に嫌がらせをした人が、次々に不幸になっている、その理由も分かったはずです)

法を説いている者に、このようなことをすれば、こういう恐ろしいことは当然起きると、誰も知らなかった。だから、このような世界でも起きえない恐怖の現象が名古屋で起きているのです。

では、そういうことを知らなかったことが悪かったのであり、そのようなことが分かったのであれば、その知らなかったことを反省し、もうそのような態度は慎むべきでしょう。

法を説いている人こそ、人類を救う人であるからです。

どれだけ、それを認めず反発しても、反発すればするだけ恐ろしい現象が現れてきます。もう、それを認めるしかないのではないでしょうか。

「お前がそれほどのものか」と、私のことを名古屋の人たちが認めようとしなくても、現に私のお蔭で意識を変えた人はごまんといますし、私の周りでは奇跡が起きていますし、私に嫌がらせをした人は不幸になっています。

こういう現象が次々に起きていて、そうして名古屋に現れている世界にも起きていない世にも恐ろしい現象、この現象こそ、世界で唯一法を説ける者が名古屋に現れた証拠であるのではないでしょうか。

唯一法を説いている者に嫌がらせなどし続けたから、世界でも起きえない現象が名古屋で起きたのではないでしょうか。

釈尊は「知るべきことを知らない人が一番悪い人である」といわれました。

名古屋の人たちは、知るべきことを知らなかった。それがこのような大きな悲劇を招いた原因であったのです。では、それを早く認めることです。

法を軽く見ればこれだけのことが起きる、その法の偉大さを理解し、そうして法を説いている者を認め、その教えに従う、それ以外にもう名古屋が救われる道はないのです。

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1月 09 2015

別の考え

何か民主党の代表選、バッタバタですね。(笑)

代表選で暴露合戦をしてもねぇ。(どこかの国じゃないんですから〔笑〕)見苦しいだけです。日本は日本のやり方があります。正々堂々政策論で勝負していただきたいものです。

そうしないと、ただでさえ落ち目の民主党です。そういう(陰口のいいあいのような)代表選をすればするだけ有権者は引きます。

マァ、民主党の代表選はいいんですが(ついつい書いてしまいます〔苦笑〕)昨日のブログを公開したあとのことです。東海地方で地震がありました。(静岡で震度3、名古屋で震度1~2くらいでした)

「だからなんだ」といわれれば、はっきりしたことはいえませんが、昨日書いたブログ、やはりこの地域に影響を及ぼすのではないかと思えたからです。(だって、このサイレンが響いているのは名古屋だけではありません。名古屋の周辺でこの現象は起きています。わたし名古屋近辺にいた時でも、サイレンがよく聞こえてきましたから)

地震が起きた時間も、ブログを公開してちょうど一時間くらいたった時でした。とても偶然とは思えません。天は何かを教えているのではないか、そう思えてなりません。

では、昨日のブログの内容をよく吟味された方がよいのではないでしょうか。

どちらにしても、昨日私が外に出て行くと、ブシュブシュやるトラックやバスが、ずいぶん少なかったです。(さすがこのブログの内容、多くの運転手関係の人よく知っています。無線かなんかですぐ伝わるようです。〔笑〕)

そうしたら、昨日と違って今日はサイレンが少ないです。(マァ、今だけかもしれませんが)

一度試してみたらどうですか、このサイレン、私が原因というなら、その私に嫌がらせをしない方もです。(たしか試したことありませんよね。そちらの方は。〔苦笑〕)

現に昨日の夕方もサイレンは少なかったです。それに私に、トラックがブシュとやった瞬間にサイレンがしだしたということもありました。(これもたまたまですかね?何かを暗示しているように感じましたが)

同じことをしていても同じ結果しか出ません。別のやり方も試すべきではないですか?名古屋は(とその周辺もでしょうが)これだけ多くの人が毎日のように病気になっているのですから。(これは名古屋の人しか分かりませんが)

一度、私にしている嫌がらせをやめたらどうでしょう。それでサイレンが止まるなら、その方がよほどいいからです。(それとも、病人がどれだけ出ようがお前に嫌がらせをした方がいいという人がいますか?もしそんな人がいるなら、その人、完全に悪魔にやられています)

マァ、それは皆さん方の判断で決めてください。しかし、このサイレンを私のせいにし続け、これだけ嫌がらせを続けても一向にサイレンは止まりません。

では、このサイレンは私が悪いわけではないのではないでしょうか。

どちらにしても少し考えを変えてみるのも手でしょう。そうしないとこの現象、収めようがないからです。(それとも他に何か手がありますか?)

よく考えてみてください。自分の家族が救急車で運ばれるようなことにでもなれば、その家族はどうなるでしょう。

子供がそのようなことにでもなれば、親の心配はいかばかりでしょう。逆に親がそんなことになれば、その家族は途方にくれます。どちらにしても、急病で救急車で運ばれる人が家族から一人でも出れば、その家族は不幸のどん底に落ちてしまいます。

そういう不幸なことが現実に毎日起きているのです。とても、あてずっぽうで、このサイレンの犯人を仕立て上げている場合ではないでしょう。(あてずっぽうですよね。こんな現象これまで起きたことがないんだから、誰がこのサイレンを起こしている原因かなど、そんなに簡単に分かるわけがありません。それにこのサイレンの原因が人がどうかも分からないのです)

ことは急を要しているのです。一度考え方を変えられてはいかがでしょう。もしかしたら救いの道はそこしかないかもしれないからです。

名古屋は毎日大変なことが起きているのです。その自覚、もう少し持たれてはいかがでしょうか。

追伸…昨夜も歌番組を観ていたのですが、この前の紅白でも感じましたが、最近の歌は歌詞がよくなりましたよね。(昨夜もいい歌詞の歌を歌っていた人いたし)

少し前までは、本当にアホみたいな歌詞を歌っている歌手も多かったんですが、最近は少し変わってきたように感じます。非常によいことですね。

このような流行歌も、元々は、釈尊の説法を分かりやすく庶民に聞かせるためのものであったのですから、その原点に戻りつつあるように思います。(仏教が日本に初めて伝わった時〔千五百年ほど前です〕お経の意味を〔お経は釈尊の説法が書かれてあるのです〕多くの人に〔訳経僧、書写僧、説教僧などの〕坊さんが伝えました。その坊さんたちから伝えられた釈尊の教えが、説教節や浪花節、浄瑠璃や講談、謡曲、小唄、民謡などになっていったのです)

歌は多くの人々の心をとらえ感化させます。だから、その歌の歌詞がよければ、その歌を聞いた、多くの人々が救われるということにもなるのです。

これから、このような歌詞のいい歌がたくさん出てくることを願ってやみません。

そうすれば、この法は黙っていても拡がっていくからです。(その歌自体が法だからです)

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1月 08 2015

本当の原因

北日本は大荒れの天気になっているようです。(猛吹雪になっているところがあるようです)

現在の日本は、このような異常気象ばかりでなく、地震は起こる、火山の噴火は起こるなどの異常現象が次々に起きて、一変に人が亡くなるような現象(広島の土砂災害や御嶽山の噴火など)まで起こり始めています。

何か(世紀末でもないのに)世紀末のような様相を呈しています。

時が来ているのに、いつまでたっても自分のことしかしない、そのような人が多いからでしょう。

いつになったら、それを理解されるのですか?この異常現象は、神の心を理解する人がたくさん出て来るまで続くのです。

名古屋もまた今日は朝からサイレンが凄いんですが、これが私のせいなのでしょうか?

何で私が、自分の全然知らない人たちを次々に病気(けがかもしれませんが)にしないといけないのでしょう。そんなことをしたところで恨みを買うだけではないですか。どうせ病気にするなら私に嫌がらせをして来た人たちをします。

私に嫌がらせをしている人たちが、次々に病気になり救急車で病院に運ばれている、というのであれば、このサイレンは私のせいということになるんでしょうが、そういう人ばかりじゃないんでしょう。(私に嫌がらせをしている人で、ピンピンしている人いくらでもこの近所にいます)

そりゃ、私に嫌がらせした人も運ばれていると思いますよ。これだけ毎日救急車のサイレンがたくさん聞こえてくるんですから。(何せ、毎日何十人という人がしてきますから)しかし、この現象をすべて私のせいにするのは、どう考えても無理があるのではないでしょうか。

名古屋にこれほどのことが起きているのです。そんな安易に原因を私のせいにしていてよいのでしょうか。もし、その原因が違っているなら、このサイレンはずっと止まらないということになります。

これほどの現象が起きているのです。こんなことが起きているのは多分、世界でも名古屋だけだと思います。なぜ、世界のどこにも起きていないような現象が名古屋に起きてきたのか、もう少し真剣に考えた方がよいのではないしょうか。(多くの人の命に関わることですから)

世界のどこにも起きていない現象が名古屋で起きている、よく考えてみれば(名古屋弁でいえば)どえらいことが名古屋で起きているということになりますが、その、どえらいことが起きている原因が私ということでしょうか。

もしかしたらそれは、ある意味当たっているのかもしれません。

だって、よく考えてみれば、確かにこの現象が現れた最初の原因は私であったからです。

確かにそうでした。(この現象の始まりは、ちゃんとこのブログに書いてあります)その私にバスやトラック、電車の運転手たちがブシュブシュ嫌がらせを始めたのです。(どういう理由かは分かりませんが)

それからです。この恐ろしい現象が始まったのは。そうしてこの現象は止まらなくなったのです。

いま名古屋で起きている現象の始まりはここからです。では、原因はここにあるのではないでしょうか。

この始まりだけを考えると、私に(バスやトラックの運転手が)嫌がらせをしなければ、この現象は始まっていなかったように思えますが、これでも私のせいなのですか?

ちょっと、これだけでは分かりにくいので別な書き方をしてみましょう。

例えば、こういうことをされたのが、私のようなただのオッサンではなく、釈尊やキリストであったとします。(例えですからいいですよね)

では、釈尊やキリストに、バスやトラック、あるいは電車の運転手がブシュブシュ嫌がらせをしたらどうなるでしょう。

いま名古屋で起きているような現象が、現れてくると思われないでしょうか?つまり、そんな偉大な方に嫌がらせなどすれば当然、天罰は下る、そう思われないでしょうか。

もちろん私は釈尊やキリストのような偉大な者ではありません。しかし、現実を見ていただければ分かりますように、私は多くの人に法を説き、多くの人の意識を変え、鳥や魚たちがたくさん寄ってきて、そうして祈って奇跡(大雨や地震を起こしたこともありますし、大洪水を引かしたこともあります。末期癌の人の癌の痛みをなくしたということもあります)も起こしているのです。

こういうことが起きる者に、そんなことをしたら、天罰が下るとは思いませんか?(名古屋の人たちは、それを認めるのは死んでも嫌かも知れませんが事実です。それに私を悪者に仕立て上げているから認めるのが嫌なだけであり、本当の私など誰もよく知らないでしょう。何で実際の私を知ろうともしないで、勝手に悪者にしてしまうんでしょう。本当に人の噂とは恐ろしいものです)

では、この名古屋で起きている現象は天罰なんでしょうか?それとも私が祈った(呪った?)から起きている現象なんでしょうか?どちらなんでしょう。

それでもお前のせいという人はいうでしょう。では、名古屋の人たちに逆に私がいいたいです。

それだけ心が変わったのは誰のお蔭なんですか。(唯物無神論から唯心有神論に考えが変わり、ずいぶん心が軽くなったと思いますが)

それだけの知識がついたのは誰のお蔭でしょう。(この世のことはともかく〔頭のいい人はたくさんいますから〕あの世のことはどれだけ知っていたのでしょう。それに過去世のこともです。そういうことは全然知りませんでしたよね。というより信じていなかったですよね。信じていなかったことを信じたということは、それだけ知識がついたということです)

これだけの奇跡が目の前で見られたのは一体誰のお蔭なんですか?(祈って、地震や大雨を降らせる人がこれまでいたでしょうか?多くの鳥や魚たちがたくさん集まってくる、そんな人がこれまでいたでしょうか。そんな人、見たことも聞いたこともなかったはずです。しかし、そのようなことが目の前で行われているのです。これほどの貴重な経験は早々できるものではありません)

心を救ってもらい、これだけのことを教えられ、稀有な経験までしていて、そうして私にはお礼一ついわないのです。(そんなに悪い奴がこんなことしますかね)

このような体験は、自身の心の勉強だけで考えれば、どれだけ進んだか分からないくらいよい勉強になっているのです。それなのに、その心の部分は一切考えず、地震など起こせば皆が迷惑するの、大雨が降れば大きな被害が出るだの、そのような物質面だけ見て、お前が悪いです。

この世の修行を甘く見てはいけません。

そのような困難なことも、すべてその人自身の心の修行なのであり、自分の心の修行ができているなら、どのような天変地変が起きても、自分たちは助かるのであって、どういう状況になろうと自分の周りには奇跡が起きる、そのような心と行いを常に心がけないといけないのです。

何か悪いことが起きて、それはお前のせいなど、泣き言以外の何ものでもないのです。どれだけ危ない状況になろうとも、心さえよければ救われるからです。(現に園頭先生は、敵のただ中で、爆弾や銃弾が自分に向かい飛んできても、心を神に合わせ禅定されることにより無傷で助かった、そんな体験をされているのです)

名古屋の人たちは、散々心を救ってもらい、知らないことまで教えてもらい、いろいろな奇跡の体験までさせてもらった者に、感謝一つせず、あろうことか自分たちが原因で起きてきた恐ろしい現象まで、その者のせいにして、現在に至るも嫌がらせを続けているのです。

これでは天罰が下らない方が逆におかしく思えますが、そこはどうなんでしょう。

どちらにしても、名古屋で起きているサイレンは止まりません。(さっきもしていましたが、今日は本当によくしています)

明日は我が身となるかもしれないのです。このような現象が起きている、本当の原因を知らないと、名古屋の人々は大変なことになるかもしれません。

人の噂ばかり信じるのではなく、現実をよく見て、正しい判断をしてもらいたいものです。正しい判断ができないと、現在の名古屋はもう何が起きるか分からないからです。

全国で、これほどの異常気象となっています。いま名古屋で起きている現象だけ人のせいには出来ないのです。

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