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1月 02 2015

使命ある人々

さて、新しい年も始まりましたが、何ですか、この天気は。

年明け早々、各地で荒れた天気になり、日本海側など大雪のところもあるそうですが、今年は初めからこれですか。「災」に始まり「災」で終わる、などという年にならないか心配ですね。

名古屋もずいぶん雪が降っています。一面真っ白です。昨日も雪が降っていましたが、先日の大雪に続いての降雪です。これだけ雪の多い冬も珍しいですね。(名古屋はこんなに頻繁に雪が降りましたっけ?)

一変に名古屋の天気が悪くなったように感じます。こんなに極端に名古屋の天気が変わってしまうのですから、本当に恐ろしいことです。また解散総選挙をしてもらえないでしょうか。(安倍総理のことです。年明け早々、またサプライズで解散総選挙をされるかもしれません…さすがにそれはないですね〔笑〕)

今年は統一地方選もあります。あまり共産思想の議員を当選させてはどこもこのようになります。そこは気をつけた方がいいと思います。

ちょっと去年の大晦日のことを書きます。不思議なことがあったからです。

あの大晦日の日は、この辺りは昼まで晴れていたのですが、夕方になると急に雨が降りだしました。(六時半頃だったと思います)

私は傘を持っていなかったので、雨宿りをしながら小走りに家に帰る途中のことでした。家の近くまで来ると、黒い物が急に私の方に飛んできて私のすぐ前でUターンをしたのです。

「なんだ?」と驚いてそちらを見ると、なんとそこにコウモリが飛んでいたのです。

まったく不思議でした。十二月三十一日のしかも雨が降っている日にコウモリが飛んでいるのです。

私は夏でも、雨の日にコウモリが飛んでいるところを見たことがありません。それがこんなに寒い、真冬の雨の日にコウモリが飛んでいるのです。

「…?、何でお前いるの」と思い、私は雨の中、思わず立ち止まってそのコウモリを見ていました。

そのコウモリは、しばらくその辺りを飛んでいて、どこかに行ってしまいましたが、まるで私に今年最後のあいさつに来たように思えました。(「いろいろ今年は楽しかったです。来年もまたよろしくお願いします」みたいな感じでです)

そういう見方が正しいかどうかは分かりませんが、動物は私たちが思っているほどものを知らなくはありません。(それは私の動画を観れば理解していただけると思います)表情に現さないだけで、心ではいろいろなことをちゃんと知っているのです。

去年の最後に、改めてまたそのことを教えられた、私はそのような気がしてなりませんでした。

そうして教えられたといえば、その後の紅白歌合戦でもあることを教えられました。

それは、あの紅白歌合戦に出ていた歌手の中で、私と縁の深い人たちもいるということでした。(あの、パニュエルの応援歌みたいな歌を歌っていたグループなどそうみたいです)

しかし、どれだけ縁があっても、それに気づいて自分で立ち上がらなければ、自分の本当の使命を果たすことはできません。今生は特に難しい修行を皆しているようです。(だから、高橋先生や園頭先生と縁の深かった人たちが、次々に失敗しているのです)

自分の使命に自分で気づいて自分で立ち上がる、そうしなければ、自分の本当の使命は果たせません。人にいわれる、いわれないではないのです。自分で気づいて自分でするのです。

今年は、多くの人が自分の本当の使命に気づき、それを行わなければいけない、その年末の出来事と、この年明けの天気は、それを教えているのではないかと思えてなりません。

すべてこの世に起きることにはわけがあります。偶然起きているわけではないのです。

では、年明け早々これだけ荒れた天気になるには、なるだけの理由があるということです。

その(本当の)理由に、一人でも多くの使命ある人が気づかなければいけないでしょう。使命のない人は、逆立ちしたって気づかないからです。

今年も不思議な一年がまた始まりました。

今年は動物の不思議ばかりではなく、人間の不思議(奇跡)もぜひ見たいものです。その不思議を現すためには、自分の本当の使命に気づき、それを行わなければその不思議は現れません。

一人でも多くの人が、今年はその不思議を体験してもらえることを願ってやみません。

しかし、その不思議を体験する人が多ければ多いほど、この世は救われて行きます。

今年は「災」から始まりましたが、最後は不思議の「不」か奇跡の「奇」で終わりたいものです。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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1月 01 2015

今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。

紅白歌合戦を観ていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。(酒も飲んでいましたし)今回は本当によかったと思います。近年にないくらいです。(…ずいぶん失礼です)

その感想は後日また書くということで、ウナッシーさんから年内最後の質問をいただいていたようです。

年内最後の質問であるなら、年内に答えなければいけなかったのですが、メールを見るのが遅くなりいま気づきました。申し訳なかったです。

お母様が少々ボケが来られたそうですが、私の父もボケたのですが、祈り導かれるままに行った結果、ほとんど私たち家族に迷惑をかけることなく亡くなりました。

ウナッシーさんは、お母様とはいろいろおありだったようですが、そうであるなら、より愛をご兄弟の方とともにお母様に注いであげられるとよいと思います。(それがどのような方法がよいのかはご家族でお話ください。そのやり方が一番良いからです)

どれだけボケようが、しっかり愛をお母様に与えられるなら、お母様は感謝されます。

神に祈りながら、それをされるなら必ずベストの方法が導かれます。

その導きに従い行われるなら、ウナッシーさんたちにとって、そうしてお母様にとって一番良い結果が与えられると思います。

お母様には愛を与えることが、一番の親孝行であると思います。その心さえ忘れなければ神の導きは必ずあるでしょう。

またお母様のことでなにかありましたらご連絡ください。

どうぞ、ウナッシーさんはじめこのブログを読んでいられる方々、今年もよろしくお願いいたします。

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12月 31 2014

不思議な年

いよいよ今年も今日で終わりです。

さて、今年はどんな年であったのでしょう。相変わらず天変地変の多い(今年も多かったです)おかしな事件も多い(嘘の多い〔振り込め詐欺なども含め〕危険ドラッグなどの事件も多かった)あまりよい年ではなかったように感じます。

「来年はいい年にしたい」といっても、この状況ではとても希望は持てません。どこかで変えないといけないでしょうね、このような状況をです。

大晦日に文句ばかりいっていてもいけませんが、そのような世間の状況をよそに、私の周りでは実に不思議なことが起こり始めました。

だから私は、今年はどんな年でしたかと問われれば「不思議な年」といわざるを得ないでしょう。

まさか今年から、そこらじゅうの鳥や魚たちが、寄ってくるようになるとは思いもしなかったからです。そういう驚くようなことが起き始めたからです。

それを動画にまで撮ることが出来たのですが、この調子でいくと、来年はUFOやUMA(ユーマ・未確認動物)も動画に撮ることが出来るのではないかと期待しています。(笑)

例えば、北海道の屈斜路湖(くっしゃろこ)のクッシーを動画に収めることが出来たら、さぞ話題になるでしょう。そういうことが起きれば、また法は多くの人に伝わります。

高橋先生はUFOもUMAも存在するといわれていました。(UFOは、あの世から来ているものが多いといわれていましたし、未確認の巨大生物は存在しているといわれていました)

その高橋先生のお言葉の証明と法の流布のためにも、冗談ではなく、そのような不思議な動画も撮りたいとは思っています。(いつになるか分かりませんが)

しかし、UFOはともかくUMAは鳥や魚と同じ動物なのですから、そのいるであろう場所にいって(海か湖か分かりませんが)私が呼んだら本当に出てくるかもしれません。

鳥や魚たちがこれだけ寄ってくるからです。(本当にどこに行っても寄って来ますからね。同じ動物なのですから可能性はゼロではないと思います。しかし、屈斜路湖に行って呼びかけて、本当に巨大水棲獣のクッシーが現れたら、それはそれで怖いですけどね。〔笑〕)

法を行ずるなら、このようなUFOやUMAが現れるという奇跡も、現実に起きるのではないか、その可能性があるのですから夢も広がります。

これは何も私だけの話ではなく、多くの人が法を行ずるなら、その自分の得意分野で奇跡が起きるのですから、どのような分野であろうと、どんな奇跡が起きるか分からないのです。

法を行ずるか行じないかでこれほどの違いがあるのです。

嘘や災いばかりが起きる世界と、真実の愛や慈悲ばかりの奇跡が起きる世界と、一体どちらがよいのでしょうか。

神の子の人間であるなら、誰であろうと後者を望むはずです。

では、されたらどうでしょう。現に法を行じている者には次々に奇跡が起き、これからまだ、どれくらいの奇跡が起きるか分からないほどなのです。それに比べ、法に逆らっている者たちの惨状はどうでしょう。

次々に病気やけがをし、病院に運ばれる者が多数出て命をなくす者までいるのです。それにもかかわらず、そのような災難をみな責任転嫁して、そうして未だ法に逆らい続けているのです。

これほどの違いが出ているにもかかわらず、それでもまだ自分たちが悪いとは認めず、それをたった一人の者のせいにして、怒りをあらわにし苦しみのただ中にあるのです。

そのような人たちがあまりに哀れです。

法に素直に従うのなら、素晴らしい世界が目の前に現れてきます。早く気づいてほしものです。

今年最後のブログまで愚痴っぽくなってしまいましたが、私の周りに奇跡は起きていても、相変わらずの状況は変わりません。(嫌がらせやサイレンなど)そこはご容赦ください。

どちらにしても今年もまたいろいろな人にお世話になりました。ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎えください。

そうして今年、たくさんの奇跡を現してくださいました、神と、天上界の方々には心より感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。

追伸…今日は紅白歌合戦がありますね。大晦日の夜は、小さな頃から家族で紅白歌合戦を観て過ごしました。そのしきたりは今も続いています。(別にしきたりではありませんが〔笑〕)

どうぞ、来年はそのようなテレビに出ている方々も、法をしっかり勉強していただけたらと思っています。日本のテレビに出ている方々は世界の人が知っています。

そのような人たちが法を勉強し、奇跡を起こすなら、法は世界に拡がるからです。

いま世界中で災いが起きています。(天変地変だけではなく、いろいろな犯罪などの事件を含めて)

しかし、法が拡がるのであれば、奇跡が起きるようになります。

来年は世界中で奇跡が起きることを願ってやみません。

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12月 30 2014

天の意に沿う選挙制度改革

振り返ってみると今年もいろいろありました。(テレビ番組で、そんなことばかりやっているようですので、ここで詳しくは書きませんが)

そのいろいろあった中で、最後を締めたのが衆議院の解散総選挙でした。(さすが安倍総理です。今年の最後を締めくくられました)

大義なき選挙だのなんだのいわれましたが、しかし、よく考えてみれば、今年を締めくくった今回の衆院選は、史上初のことが起きたといえます。

そういう意味ではよい締めであったのではないでしょうか。

史上初ですよね。小選挙区の選挙で自民党が二回も続けてこれほどの大勝(一人勝ち)をしたということがです。(中選挙区の時はともかくです)

あの郵政選挙の時でも、その選挙では自民党は二百九十六議席も取りましたが、次の選挙でボロ負け(百十九議席)しました。

この小選挙区制は、揺り戻しが起きやすいといわれ、あまり勝ちすぎると次の選挙ではボロ負けすることが多いのに(先ほどの郵政選挙の後の自民党や民主旋風〔この時三百八議席〕の後の民主党〔次の選挙は五十七議席〕などです)今回の選挙では、その揺り戻しがほとんど起きなかったのです。(多少はあったかもしれません。最初の予想では自民党は三百議席を超えるといわれていましたから)

この選挙制度で、二回続けての大勝など奇跡といってもよいのではないでしょうか。

安倍総理の政治手腕といえばいえるのですが、こうなってしまうと二大政党制など夢のまた夢という感じにはなりますね。あまりに他の野党が実力不足だからです。(逆にいえば安倍総理がそれだけ突出しているといえるのでしょうが)

しかし、二大政党制がよいということをいう人がありますが、よく考えてみてください。本当に二大政党制がよいのでしょうか?

例えば、日本で二大政党制をするのであれば、一方は自民党ですが、もう一方は(あの)民主党になるのです。

では、自民党がダメな時は民主党で本当によいと思いますか?

当然、二大政党制にするのであれば、自民は保守で民主はリベラルということになります。では、保守とリベラルが交互に政治をしてそれで国がよくなるのでしょうか?

一見交互にやった方がよくなるように思いますが、全く正反対の政策を交互にされて、それで国がよくなるわけがないのであって、かえって混乱して悪くなるのです。

それに、二大政党制にしても、その二つの政党がどちらも政権担当能力があるとは限りません。つまり、ただ大きいだけで政権担当能力もない政党が政権を担えば、この前の民主党の悪夢が再び起こるということになります。

そんなことにでもなれば、日本はガタガタになってしまいます。

大きな政党が二つあって、それで二つともよい政策が出せるなどということはないのであって、必ず一方がよければ一方が悪いか(政策が反対なのですから当然そうなります)または両方悪いかしかないのです。

両方がよい政党であるということはありえないのです。

だから二大政党制など全く意味がないのであり、実際は政権担当能力がしっかりある、大きな政党が一つあればそれでよいのであって、あとは小さな野党がお目付け役としていくつかあって、そうして私たち国民がその大きな政党に目を光らせていればいいのです。

つまり大きなよい政党が一つあって、その政党を、より私たちの希望に叶う政党に、他の野党とともにしていけばいいのであって、二つも大きな政党をつくるなどナンセンスなのです。

現に、一昔前まで日本はそうでした。(自民一党が大きくて、他の野党が小さい)

その時には、高度成長やバブルなどあり、日本の景気はよかったのではないでしょうか。

このようなことを考えますと、小選挙区制にしてから、日本の景気は落ち込みが激しくなったように思えてならないのです。(この小選挙区制度の導入が決まったのは1994年です。バブルがはじけて数年の時です。しかし、まだこの時期の景気の落ち込みはそれほど激しくなかったのです)

この小選挙区制度の導入を決めてから、政治の世界から天が離れたように思えてなりません。(1996年の選挙から小選挙区制はスタートしましたが、この頃からではなかったでしょうか、景気の落ち込みが激しくなっていったのは)

やはり私は、こんな二大政党をつくるための選挙制度(小選挙区制)などやめにして、昔の中選挙区制に戻した方がいいのではないかと思うのです。

安倍政権が、これだけ景気対策をしてもなかなか景気がよくならないのは、時代背景もありますが、それだけではなく、政治自体が、何か天に背くようなことをしているのではないかと思えてなりません。(実際に中選挙区の時は景気がよかったのですから)

今年の終わりに自民党が選挙で大勝し、安倍政権は長期政権の足掛かりを築かれたのですから、そうであるなら、このような政界の選挙制度改革も含めた(議員定数の削減はいっても仕方ないのでいいませんが〔苦笑〕)日本全体の改革が必要であると思います。

安倍総理は、それがやれる方だと思いますし、そのようなすべての改革をして天の力も借りなければ、日本の復興はないと思います。

今年の終わりに際し、政治に対しても一言いっておきたかったので書きました。

来年は安倍政権の下、景気が回復することを願ってやみません。

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12月 29 2014

知るべきことを知らなかった大罪

今週は休みの会社が多そうです。今週一杯は正月休みといったところでしょうか。

今週は名古屋市内も静かでしょう。あちこち回って動物の不思議の動画でも撮ろうかと思いますが、行く場所によって鳥や魚たちの雰囲気や態度も違います。それがまた楽しいのです。(しかし、どこの鳥や魚たちもよく私のことを知っています。そこら辺は本当に不思議です)

それは楽しいのですが移動するのが大変です。(何せファンが多いですから。誰か彼かからんできます)しかし、年末年始は人が少ないので、いつもと違う場所に行き動物たちの不思議を撮ろうと思っています。

それにしても変わりましたね。前の会社です。前と比べてずいぶん静かです。たまにでかい音をたてますが、単発で無理してやっているような感じがありありです。

反省したのか、それとも、あまりに災いが起きすぎてやりたくても出来ないのか、どちらか分かりませんが(多分後者でしょう)中途半端な態度はやめた方がいいでしょう。

やめるならきっちり反省してやめる、そうしないと、その災いは起き続けるからです。この一週間の休みの間にそれをしっかり決めることです。はっきり法の流布のじゃまはやめると決めれば、災いは起きなくなるからです。(そんな恐ろしいことを続けているから、恐ろしいことが起きるのです。その起きている災いの恐ろしさで、自分がやっていることがいかに恐ろしいことか理解できるはずなのに、それをいつまでたっても理解しようとしないのです。その理解力のなさが一番恐ろしいです)

この会社だけではなく、この正月休みの間に名古屋の人たちも、もう責任転嫁はやめられたらどうでしょう。そうすれば、この名古屋で起きているサイレン、これもしなくなるからです。

これだけのことが起きているのです。こういうことをたった一人の者が出来るわけがありませんし、こういう現象が起きる前と起きた後では、知らぬうちに多くの皆さんの意識は変わったはずです。(唯物無神論から唯心有神論にです)

その意識の変化、それにお気づきください。その意識の変化は今後の自分の宝となるからです。(なりますよね。唯心有神論の思いが深まれば深まるだけ、神の存在やあの世の存在、そうして永遠の生命、そういう終わりのない世界の理解も深まります。そうすれば人としての希望は当然湧いてくるからです)

私は、そのような人々の意識改革を使命としているのであり、人を病気にしたり、地震や大雨を降らしたりすることを事としているわけではありません。

そのような現象は、私がいうことの証明として、そうして、一人一人のこれまで心を汚してきた、その反省の機会として天が現されているものであり、すべて、人々の意識改革のための手段なのです。

私が口だけで「神は存在します」といっても、誰が神を信じたでしょう。口だけで「死後の世界は存在します。人は輪廻転生し永遠の生命を持っているのです」といったところで、笑われてそれで終わりだったでしょう。

ほんの数年前までの名古屋の人々はです。(特別名古屋だけではありません。この日本の多くの人々はです)

しかし、私がいうことに付随して起きる様々な現象により、多くの人々がそのような唯心有神論を信じるようになったのです。

このような現象が起きたお蔭で、多くの人々の意識が大きく変わったのです。

この事実は否定しようがないのではないでしょうか。

では、いま名古屋に起きている現象を、一概に悪いことであると断じることも出来ないですし、まして、それを私一人のせいにすることなど、もっと出来ないことなのではないでしょうか。

知るべきことを知らなかった自分たちも悪いからです。

もう同じ災いが何度も起きているのです。いい加減、自分たちのこれまでの心と行いを反省されてはいかがでしょう。決して自分たちが胸を張って、悪いことをしていないといえるほど、自分たちが悪いことをしていないわけではないからです。

ほんの数年前までは、信じられないような愚かな思想でいたからです。(唯物無神論などという、これだけ愚かな思想もありません。この世界のすべての創造主である神を否定し、この世はこの世だけなどという、単純な発想をずっと持っていたからです。数年前までの日本の人々は、それほど愚かな思想を長い間信じていたのです)

何度もいいますが、日本の人々は知らず知らずのうちに、大きな過ちを犯していたのです。(唯心有神論を知らなかった、唯物無神論を信じていた、それだけでも大きな罪となるのです)

それにこれまで気づかなかっただけです。その大きな過ちに多くの人が気づきつつあるのであり、それを認めたくないために、必死に責任転嫁をしている、現在の名古屋の(日本の)多くの人々は、今そのような状況にあるのです。

だから、自分たちは悪いことをしていない、という意識と、これだけ悪い現象が起きるのだから自分たちも悪いことをしているのではないか?という意識と両方あり、しかし、自分たちが悪いとは認めたくない、だから、名古屋の人たちは、このような現象を私のせいにして、そうして全国の人たちは地球温暖化のせいにして、責任逃れを続けているのです。

しかし、もう年末となり、あと三日もすれば新らしい年も明けます。

年が明ければ、また一段と正法の世は深まるでしょう。これからは正法の世が深まることはあっても、浅くなるということはありません。時がたてばたつほど正法の世は深まるのです。

ということは、このような人々の心を現す現象は、もっと世に現れてくるということになります。

この世に災いを現すも、奇跡を現すも、そこに住む人々の心次第なのです。

いつまで、自分の悪いことを認めようとせず過ちを続けるのですか?過ちを認めようとせず責任転嫁を続けている間は災いは現れ続けます。

知るべきことを知らなかった、しかし、その知るべきことを知ったのなら(知るべきことを知らなかったという)これまでの過ちを認め、反省し、そうしてその知ったことを行う、これ以外救われる道はないのです。

現に、そのような心となり、次々に奇跡が起き出した者もいるのです。(正しい心が現れているということです)いつまでその者を無視し、その者に罪を擦り付けるつもりですか?

もう年も変わります。

新しい年は、新しい気持ちで迎えたいものです。

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