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10月 17 2014

目的と使命の違い

御嶽山の今年の行方不明者の捜索活動の中止が決まったそうですね。

度重なる雨に雪まで降りだしては、行方不明者のご家族は気の毒ではありますが、それも仕方がない話でしょう。今更なんですけど自衛隊や警察の方たちが「調和と安らぎのうちに行方不明者が見つかりますように」と祈ってから捜索をされた方がよかったですね。

その方が天も協力してくれて、早く行方不明者も見つかったからです。

しかし、法が拡がってもいないのでこちらもそこまで頭が回りませんでした。法が拡がらない不幸は本当にたくさんあります。

不幸といえば、安倍政権も不幸なことが続いていますね。また女性閣僚の問題が出てき国会も紛糾しています。

憲法違反をしていたのなら、もちろん話題の女性大臣とはいえ辞任せざるを得ないんでしょうが、こうなると安倍総理の任命責任も問われることになります。

これまで順調であった安倍政権も少々ピンチですね。

それにしても内閣改造をしてから問題続出です。しかも目玉の女性閣僚からです。

最近の安倍政権は、やることが裏目裏目に出て、そうして(地方議員などの問題や景気もいまいちよくならないなど)逆風も吹き始めたようです。

期待の安倍政権がこれでは困りますが、何か問題があるのではないでしょうか。

私のような素人が政策に口を出すのもおこがましいんですが、やはり間違った政策もいくつかおありのようです。どうも天がソッポを向きかけています。(天変地変も止まらないし)こうなるといろいろな問題が一気に噴き出します。

いくら一強の自民党の安倍政権とはいえ、安閑とはしていられないのではないでしょうか。

秘密保護法や集団的自衛権、武器輸出三原則など、本来なら、一つ一つ時間をかけて議論しなければいけなかった法案を、次々に強引に通して、かなり頭に来ている人たちもたくさんいます。

そのようなことを含めて、先ほどの御嶽山の話ではないですが、マスコミの(マグマではありませんが)批判が一気に噴き出したら、さすがの安倍政権もかわらざるを得なくなるかもしれません。

このままの状況ではやはりまずいですね。どうされるのでしょうか?

これで天がまったく協力しなくなれば、さすがの安倍政権とはいえもたなくなります。このような状況になっても、それでもまだ天が反対しているカジノ法案まで通されるおつもりですか?

女性の新閣僚にこれだけ問題が出てきたということは、やはり安倍総理の掲げる、あの「指導的地位にある女性の比率を引き上げる」という政策にも問題があるのであり、これでカジノ法案まで通せば(それも強引にです)さすがに使命がある安倍総理とはいえ、今度は天が敵に回ることになります。

そうなると、次々に問題が発生し、政策どころではなくなり進退まで問われかねません。それでは日本にとっても安倍総理にとってもよくないことです。

これ以上、天を怒らすようなことはされない方がいいのではないでしょうか。

ギャンブルで経済の活性化を図ったり、起爆剤にしたりしてはいけないのです。日本はそのようなことを目的としている国ではないからです。

前にも書きましたが、その国、その国で、やるべき使命はみな違っているのです。シンガポールがカジノでうまくいったからと、日本も同じようにカジノをやっても絶対にうまくいかないのです。

なぜなら、日本はカジノで繁栄することが目的である国ではないからです。別の目的があるからです。

その目的を果たすには、これ以上ギャンブル場など増やしてはいけないのであり、日本は物づくりなどに優れているのですから、それを生かすような政策をしないといけないのであって、そのような高度な技術を輸出するような産業で、利益を得ていかなければいけないのです。

そうして国内も繁栄させていかないといけないのです。

その国内を繁栄させるために外国人を呼ぶというのなら、何も日本に外国人を呼ぶことは観光ばかりではありません。

現在は、戦争をしているのでイスラエルに聖地巡礼などできませんが、あのイスラエルは多くの巡礼者が訪れる場所でもあります。

何度もいいますが、日本の地には如来が出世されたのであり、そのことを世界に知らせるのであれば、黙っていても世界中の人が日本に集まってくるのです。

観光で日本に来たところで、大して心の成長はありませんが、そのような本当の神の教えと奇跡が現れた地に来るのであれば、多くの外国人の心も成長するのであって、そうして日本ほどの安全な国なら、そのような巡礼者はいくらでも何度でも来てくれるのです。

これ以上外国の人々を呼ぶよい方法はないのではないでしょうか。(それに、そういう聖地巡礼の旅で来てくれる人たちは、まじめな人たちばかりでしょうし)

そのようなやり方はともかく、どちらにしても、これだけの天変地変、そうして景気まで悪化傾向にあり、地方議員や閣僚などにまで問題が続出しだしたのです。政府与党が、今のままのやり方ではまたうまくいかなくなります。

一度、立ち止まってやり方を考えられた方がいいと思います。

取りあえずカジノ法案は見送られたらどうでしょうか?

これだけ問題が続出しだした現在、これ以上無理を通すのであれば、また日本がおかしくなるからです。

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10月 16 2014

怒りの感情と明るく楽しい感情

それにしても前の会社の連中、連日ずいぶん怒っています。(病人でもたくさん出ているのでしょうか?)

物をガンガン叩くわ、投げるわ、叩き付けるわ、何を怒っているのか知りませんが、そういうことをすればするほど災いは起こります。早く気づけばいいのにと哀れです。

このような怒りの感情が心だけでなく、どれだけ体にも悪いのか、具体的に書いてみましょう。

アメリカの心理学者エルマ・ゲイツという人は、面白い実験をされました。そうしてその実験で大変なことが分かったのです。

それが「人間の感情によって毒素が出る」ということでした。

このゲイツ博士は、怒っている人の息をとって液体空気で冷却して凍らせ、それを融かすと栗茶色の沈殿物がたまったそうです。

その栗茶色の沈殿物を耳かき一杯取って、金魚鉢に入れたら、たちまち中にいた金魚が死んでしまい、それをハツカネズミに注射したら三分以内に死んでしまったそうです。

そのような実験の結果、人が怒っている時の息から出てきたこの栗茶色の沈殿物には、強い毒素があることが分かったのです。(人が笑っている時とか、普通の状態の時の息からは、このような毒性のある沈殿物は出て来なかったそうです)

しかも大人が一時間、怒り続けている呼吸から発する毒素で、八十人を殺す力があることまで分かり、昔から「毒気に当てられた」「毒気を吹っ掛けられた」といわれていたことが、実際に正しかったことが科学的にも証明されたのです。

つまり怒って怒鳴り散らしている人は、凄い毒素を回りにまき散らしていることになり、怒っている人の近くにいる人は完全に毒気に当てられているのです。(では、毎日怒っている前の会社の連中など、会社中にその毒素が充満し、さぞ体に悪いことでしょう。もしかして病気が多発しているのは、その怒りの毒素のせいではないですか?)

このように怒ることが、どれだけ自分にも、また回りにいる人にも実際に悪いのかよく分かりますが、この怒りの感情に比べ、その反対の明るく楽しい感情は、免疫力を高め免疫物質をつくりだすということも分かっています。(毒と免疫では、これまた出来る物質も正反対です)

怒りの感情は心にも体にも悪く、逆に明るく楽しい感情は心にも体にも良いのです。

怒っているだけで、どれだけ心や体を悪くしているかお分かりいただけると思います。

二十一世紀の世となり、起きることも違ってきています。

自分たちの心が周りに現れだしたのに、それを人のせいにして、人に罪をかぶせ怒っていたところで何一つよいことはありません。(全部自分の責任なんですから)

そんな怒る暇があるなら、反省されることです。その方がよほど心にも体にも良いからです。

(今日はどこかの会社限定で書きました。毎日凄い怒りようだからです。〔今日も朝から怒っています。私はただパソコンをやっているだけなのにです〕どちらにしても自業自得なのに、それを全部私のせいにしています。これでは天罰も下ります)

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10月 15 2014

思想の転換

昨日すずめを撮っていたら凄いことになりました。(かなりやばかったです)

あのすずめがたくさん集まる場所で、そのすずめたちを撮っていたんですが、昨日はいつもよりすずめが集まっていなかったのです。

それで私が「何だ今日は少ないな」とかいいながらすずめを撮っていたら、すずめがあっちから数羽、こっちから十数羽と集まりだして。最後にその場所が(マンションや家などがあるんですが)すずめだらけになり、大騒ぎになってしまったのです。

さすがにあれには驚きましたが、そこのところは動画に撮れております。(私は「やばい」を連呼しています。あまりにたくさんのすずめが集まってきたからです)

その違いをよく観てほしいと思っています。(最初のすずめがあまりいない場面から、一変にすずめが増える場面に動画はとんでいますが。その次から次にすずめがき出した場面は、録画のスイッチが入っていなかったものですから撮れていませんが、しかし、すずめが増えた後もたくさんのすずめが飛んできます。その数の凄さは十分理解していただけると思います)

しかし、こういうことが起きていても、回りで驚く人など一人もいませんでした。その場所は、たしかにすずめが集まる場所ではありますが、わずか十分ほどの間に、数百羽のすずめが集まって大騒ぎになったのです。(もっといたかもしれませんが)

いくらなんでも起きていることが異常でしょう。

普通であるなら(すずめでなく人が)そのような場面に驚き、大騒ぎになるはずですが、何のことはない全然普通でした。こういう人たちの神経が分かりません。(というか、こちらがビビりました。「何だ、こんなにすずめが集まってきて、迷惑だろうと」と怒る人が必ずいますから)

私は、このようなことが表に出て行けば毎日起きるのです。(雨でも降っていない限りはです。魚は飛び跳ねる、鳥はよく鳴かれ集まる。コウモリも寄って来るとそんな感じです)

何でこんなことが起きる人が、そうも悪者なんでしょうか?まったく不思議ですが、動物にかまわれない人の方がよほど悪者です。動物たちは、そのような人の心よく知っているからです。

そういえばこの前、自然科学は遅れている、ということを書きましたが、その自然科学の一分野である生物学もやはり遅れていると思いますよ。

だって、あの進化論を信じているからです。

しかし、人間が猿から進化したという証拠は一つもないのです。(そのような証拠をでっち上げたり、勘違いした事件はいくつもありますが。人骨とオランウータンの顎の骨をくっつけたピルトダウン人事件とか、ラマピテックスの頭蓋骨を人の祖先の頭蓋骨と勘違いしたり〔実際はオランウータンの頭骨〕とかです)

何で証拠がないものを科学者が信じるのですか?

他の人ならともかく、科学者が証拠がないものを信じ、それを平気で発表しているというのは言語道断でしょう。科学者にあるまじき態度であると思います。

もう進化論のおかしさは前に書きましたので、ここで詳しくは書きませんが、恐竜の化石の地層から始祖鳥が発見され、この始祖鳥が鳥の祖先であり、爬虫類から鳥に進化したのであるといわれましたが、それより前の地層から鳥が発見されてそれが間違いであると分かりましたし、馬の祖先とされる小さなエオピックスが段々大きくなり、現代のサラブレッドのように大きくなったと絵が示されていますが、これもまた全くの嘘であったと(生物学者のノーマン・マクベス氏により)明らかにされています。(ヘッケルの「系統発生説」もねつ造です)

猿から人間が進化したという証拠だけでなく、すべての生き物が進化したという証拠が何一つないのです。

それに一番の疑問は、進化途中の中間生物がいないということです。(それにシーラカンスや蛇など何億年も前から全く進化しない生物もいます)

これだけ疑問だらけの(というより進化論の証拠は一つもないのですから)進化論を信じる方がおかしいのであって、早くこんなバカげた説は否定して、人間は元から人間であり、猿は元から猿であり、他の動物も元々そのような姿かたちをしているのであり、進化論は間違いとちゃんと発表しないといけないのです。

この進化論の否定を(一部の生物学者は認めていますが)多くの生物学者が認めないというところも、自然科学が遅れていると思わざるを得ない部分です。

しかし、そのような遅れた理論に縛られているうちに、信じられない現象まで動物たちは現すようになっているのです。(私のこの現象を生物学者はどうやって説明するのでしょうか?)

我々人間と動物は、別々につくられ、そうしてそれぞれの使命を神から与えられ、その使命を全うするため、この世に生を得ているのです。

しかし、その根本(神)はつながっているのであり、神の心をこの世に生を得ているすべての生き物は知っているのである、ということがいずれ多くの人に分かることになります。

私が記録した動画を観れば、鳥や魚が人の言葉が分かり、人の心まで理解できるということが分かるからです。

天変地変だけでなく、動物たちのことまで、これまでの常識がこれから大きく変わることになります。

世は刻々と神の心に近づいています。

いつまでも二十世紀の考えのままでいてはいけないのです。

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10月 14 2014

人に愛を与える喜び

台風十九号は宮城県沖に抜けたようですが、まだ北日本は雨風に厳重な警戒が必要なようです。

列島を縦断したこの台風、やはりあちこちで大変な被害をもたらしました。数十人の死傷者を出し、土砂崩れに冠水被害、関西では大阪の在来線が、昨日の夕方から、すべてストップするという史上初の出来事まで起きたのです。(大学の出雲駅伝の中止も史上初でした)

一番よい時期(十月中旬)の連休に台風が直撃したということで、数々の催し物も中止が相次いで経済面でも打撃が大きかったでしょう。何から何までついていません。

神にソッポを向いている人(愛がない人)が多いと、このようなものでしょう。本当にいいこと起きません。

それにしても今年も次から次に異常気象です。これを温暖化のせいにし続けるつもりですか。これだけの異常現象が起きているのに、いつまでも自分の考えを変えなくてよろしいんでしょうか?(未だ、私に協力する人わずか二人だけですが?)

なにか不幸なことばかり起きているようですが(この辺りもそうです。昨日一昨日もやたらサイレンが聞こえてきましたし、今日も朝から同じように怒っている連中がいますし)私は相変わらずどこかを歩いていると、鳥やら何やら何かかまってきます。その撮影も快調です。(映画の宣伝でよくこういうこといってますよね。「撮影快調」とかです。〔笑〕)

その予告編の動画もソロソロで出来上がる頃だと思います。(もうSDカードを送って一週間くらいたちますから、もうできますよね、社長)

起きていることの違い、理解してもらえるとありがたいんですが、あまり感動されない人がこの辺りは多そうです。では、そのような動画を見ても驚く人は少ないかもしれません。(何せ、魚があちこち跳ねるの撮っていても興味を示す人ほとんどいません。堀川の魚たちを撮っている時に、私の近くを歩いて行った人は何十人もいたのに、興味を示したのはわずか一人だけでした。その人〔オバちゃん〕の声も動画に入っていますが、そのオバちゃんが「よく跳ねてるね」と川を見ていっただけで、それ以外の人はみな無視です。その態度にこちらが驚きました)

何か最近は、そのように愛も感動もない人が増えたように思います。そのような心もまた災いを呼びます。もう少し気づかれてはどうでしょうか?

男は(私も含めてですが)鈍いのが多いのですが、女性がそれではいけません。

昨日の話ではありませんが、夫が露骨に妻の気に障るようなことをしているのなら、やはりそれに気づいて妻は夫にもっと愛を与えるべきでしょう。

妻に愛をもらえないから、夫は別の女性に走るのであり(別の女性から愛をもらおうとです)妻から十分愛をもらっているのであれば、よその女性のもとに行くことはありません。

愛する妻がつくった料理なら、少々腹がふくれていようと夫はそれを食べるのであって、それが、家のゴミ箱に捨てられていたのであれば、相当夫は妻の態度に腹を立てているのであり、その自分の態度のどこがいけないかを知らないといけないのです。

そのような気がつく妻なら、夫は浮気をしませんし家庭内のことも十分協力してくれるでしょう。要は母や妻が、神の愛を家庭内でどれだけ出せるかどうかなのです。

そのような神の愛をもらった男性が、今度は外でその神の愛を多くの人に与え、そうして世の中に愛が満ちてくるのですが、その元(女性)が愛を出さないと世に愛は満ちてきません。

そうなると現在のような災いが満ちている世の中が現れるのです。

愛がなくなれば当然災いが満ちてきます。危険ドラッグなどの薬物に手を出したり、ストーカーなどする人が増えたのも、やはり心に愛がないのでその心の寂しさを埋めるため、そのような行為に走っているのです。

異常気象だけでなく、異常な事件なども世に愛が満ちてくるなら減って行くことになります。(そのようなことだけでなく、もっと身近な、いじめなどの問題も心に愛がある人が増えれば減って行くのです)

この愛を出すことの大事さをもう少し理解されてはどうでしょうか。

現在の多くの人のように、何を見てもあまり感動しない、少しのことで怒ったり、ねたんだり、ひがんだりしている、このようなこともすべて愛がない証拠です。

現在の人は愛の存在を知らないか(共産主義の影響で)または愛ということを間違えているのです。(もらう愛ばかり考えているか、または肉体的な愛しか考えていないか)

しかし、本当の愛とはそのようなものではありません。

人に愛を与える、無償の愛ほど価値あるものは存在しないのであり、その無償の愛を人に与える喜びは無上のものなのであって、人から愛をもらうことより、人に愛を与えることの方がよほど価値があり、その喜びも大きいのです。(私など破壊の愛を出しまくっています。世の常識を壊しまくっているからです。その結果、愛のない人からはずいぶん嫌われていますが、心に愛が少しでもある人たちからはそうでもないはずです。心に愛がある人たちは、その愛の心が分かるからです。動物から異常に好かれているというのがそのよい例です。すべての動物たちは心に愛を持っているからです)

男性は男性としての女性は女性としての本当の愛を出さなければ、平和な世の中は来ません。

その本当の愛が回転を始めて、初めて平和で愛ある世の中が現れるのです。

いつまで、その本当の愛を出さずにいるつもりですか?

愛の出し惜しみをしている場合ではないのです。

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10月 13 2014

愛ある人

台風十九号は列島を縦断するコースを進むようです。すでに九州では強風が吹き大雨になっているようですが、これからその強風と大雨が日本を縦断することになります。

大きな被害が出ないよう祈るしかありませんが、このような時に自分を守るのが愛です。どれだけ神に祈ろうが仏に祈ろうが、その愛が心になければ、そのような神も仏も守ってくれません。

だから、普段から愛ある生活を心がけないといけないのです。そのような生活をしているのであれば、その人はだまっていても守られるからです。(災いばかり起きているのは愛のない証拠です。何度もいいますが、決して人のせいではないのです。自分に愛がないから災いが起きるです)

昨夜、法律相談のテレビを観ていたんですが、その愛のない人が多いことに驚きました。

昨夜の番組は、何か妻が夫への不満を暴露するような内容のものでしたが、その妻の夫に対する愛のなさ、身勝手さに驚いたのです。

よく夫が浮気をする両方が医師の夫婦と、夫が俳優で妻が弁護士の夫婦がスタジオに登場したんですが、よく浮気をされる医師の妻は、夫のことをデリカシーがないだの、脇が甘いだの(浮気の証拠となる携帯や名刺などが、すぐ分かるところにあったので)いっていましたが、とんでもありません。デリカシーがないのは妻の方なのです。

何で夫が、それだけ分かりやすい態度を取っているのか、まるで分かっていないからです。

それだけ露骨にやっているのです。(浮気だけではありません。仕事に行く妻が夫のためにつくっておいた食事を、妻が気づくように、わざわざ自宅のごみ箱に捨てるくらいですからね。かなり夫は頭にきています)妻がよほど気が回らないのでしょう。

妻が夫のことを十分考えていないのです。だから夫は妻の愛がほしくて、そのような態度を取り続けているのに、妻はそのことに全然気づかないのです。

その妻のあまりの鈍さに呆れました。

夫はそれを自分ではいえないのです。(「お前の愛がもっとほしい」などと、夫が妻にいえると思いますか?もう少し男の気持ちを考えてください)夫の態度を見て妻が気づかなければいけないのに、気位の高い妻はそれに全く気づかないのです。

その指摘が間違っていないということは、番組を観ていれば分かります。

この、よく浮気をされる妻の夫は非常にやさしい人で、共働きの妻を気遣い、家の掃除や洗濯を自分からやって、なおかつ妻が仕事で疲れているだろうと、妻に毎晩マッサージまでしていたそうです。

そこまでしている夫に、では妻は何をしたのでしょうか?番組内では夫に対し、この妻が何をしたのかは(食事をつくること以外)紹介されていませんでしたが、もちろん妻が夫に何もしないということはなかったでしょう。

しかし、明らかに夫に対する愛がこの医師の妻は不足しているのです。だから夫がそのような態度を取るのです。

そのような夫の態度で、妻は「自分が夫に対する愛が足りない」と気づかなければいけないのであって、ただ、夫にこのようなことをやられた、だから夫はデリカシーがない、脇が甘いのでもう少し考えないといけない、ではないのです。

なぜ夫が妻にそのような態度を取るのか、その夫の心を知らないと妻としては失格なのであり、それが夫婦としての勉強なのです。

妻は、夫の態度で、自分の妻としてのいたらなさ、未熟さを自分で気づき、そうしてそのいたらなさ、未熟さを反省し、夫にもっと愛を出していかなければいけないのです。

それが本当の妻としての勉強だからです。

その番組は、もう一組の夫婦(夫が俳優で妻が弁護士)も出ていましたが、その夫婦はここに書くに値しないので書きませんが(あまりに妻が幼いからです。子供のようだったからです。あれでは書くだけ無駄でしょう)昨夜の番組を観て思ったことは、頭のいい女性が愛があるとは限らない、ということでした。

昨夜番組に出ていた夫婦の妻は、一人は医師であり、もう一人は弁護士です。

医者や弁護士になれるくらいですので、ずいぶん頭のいい女性たちなのですが、この女性たちは、仕事に対しては細かいところにも気がついて、相手(医師でいえば患者さん、弁護士でいえば弁護する人)に対する思いやりも深いはずなのに、こと夫に限っていえば、それができていないというのはまことに不思議な話ですが、この女性たちは順序を間違えているのです。

自分が一番にしなければいけないのは、自分でも、自分の仕事でも、その仕事相手でもなく、自分の夫である、ということです。

結婚したのであれば、妻は夫を一としなければいけないのです。それが神の教える道だからです。(そうしなければキリストがいわれた「夫婦は一体」にはなりません)

それができて、初めて女性は本当の愛が出せるようになるのであって、その女性の愛が家庭に満ちて、そうしてその愛が外に伝わり愛ある世の中になって行くのです。

現在の日本がこのような状況にあるのは、その愛が足らないせいです。

世の女性陣はもう少し頑張ってもらえないのでしょうか。

(女性の愛〔母の愛〕が神の愛だからです。男性の愛は破壊の愛です。男性の愛ではどうにもならないからです)

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