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10月 12 2014

自然科学の変革

台風十九号の影響で、沖縄では二十四時間で五百ミリを超える雨が降ったところもあり、二十万以上の人に避難勧告、数十名の重軽傷者まで出ているようです。

その台風十九号が九州に近づきつつあり、下手すると日本縦断コースを取るかもしれないとのことです。

とにかく明日、明後日は列島は大荒れの天気になるようです。

それに青森や岩手など震度4の地震も起きています。最近は台風だけでなく、その台風が来ている時に地震も同時に起きるということがあります。台風の心配だけしていられませんね。

どれだけ恐ろしいことが起きれば分かるのか、といいたいところですが、それをいくらいっても仕方ありません。

昨日の話ではありませんが、多くの人が、いつまでたっても同じようなことをいい続けているからです。

昨夜、火山のことで学者などが議論している番組を観ていましたが、やはり自然科学は遅れています。あれではどうしようもないでしょう。

だって、同じように火山を研究している学者の意見が、同じ質問に対し(例えば、この現象は噴火の前触れかどうか、などという質問に対してです)その答えが、きれいに二つに正反対に分かれるのです。(一人の学者は、その現象を噴火の前触れだといい、もう一人の学者は、それは前触れでもなんでもないというのです)

火山を研究している専門家の意見でさえ全く違うのですから、これでは何を信じていいのか私たちには分かりません。専門家でさえこれだけ意見が分かれるのです。自然科学が遅れているというのもあながち間違いではないでしょう。(答えが正反対に違うんじゃ話にならないですもんね)

それに、気象予報士が火山の予知などできないと断言しているのです。だから私は、科学は(特に自然科学は)信賞必罰をもっとしないといけない、今回の火山の噴火でこれほどの死傷者を出したのであるから、火山を研究している責任者の誰かは、責任を取って辞めなければいけないといってるのです。

人が変わらないと(特に責任者がです)このような頭の固い人の意見がまかり通り、自然科学がちっとも進まないからです。

専門家が、火山の噴火は予知できないと開き直って断言されては、それ以上の研究は進みません。誰か、何か視点を変えれば、火山の噴火が予知できるのではないか、と考えなければ研究は進まないのです。

これでは火山だけでなく地震の予知も出来ません。(このような天変地変を研究している自然科学者は、物質のみを研究していては正しい予知ができないからです。)

それではまた、そのような火山の噴火や地震で多くの人が死ぬことになります。

自然科学の進歩は(特に、このような天変地変を研究している自然科学者は)他の科学よりも人の命に大きく関わる重要なことなのではないでしょうか。

その一番重要な自然科学が、これだけ遅れていては話になりません。もう少し頭の柔らかな視野の広い人を責任者にすえられ、物質だけでなく、もっと広い分野で自然科学に取り組まれたらどうでしょう。

その方が正しいことが分かってくるからです。

自然科学(の天変地変を研究している科学)はこの世の物質だけ見ていてもいけないのです。人の意識も一緒に見ないと正しいことは分からないのです。

これは私がいっているのではありません。釈尊やキリストが、そのようにいわれているのですから、研究の価値もあるでしょうといっているのです。(もちろん高橋先生も園頭先生もいわれていました)

ですから、自然科学は、この大自然だけを対象にするのではなく、人の意識も一緒に研究する、物質と意識を統合した科学にしないといけないのであり、それだけ対象を広げて研究して、はじめて正しいことが分かるのであって、今のまま物質のみを研究しているだけの自然科学では、永遠に正しい予知も天変地変を未然に防げる本当の防災、減災も出来ないのです。

私がここで、天変地変と人の意識は関係している、と何度書いても多くの人は信じません。しかし、科学者がそれを一言いってくれるだけで多くの人がそれを信じるのです。

自然科学は、いつまで不毛な研究を続けられるのですか?

少し視野を広げれば、多くの人が救われる本当の自然科学がそこに存在します。(それは釈尊、キリストが教えています)

現在の日本には次々に異常気象が起きています。その異常気象をなくすことが出来るのは自然科学者だけなのです。

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10月 11 2014

反省しようとしない不幸

凄い台風が近づいていますが、毎回皆さん同じような対応です。これでは今回も大きな被害が出ることになります。本当に不幸なことです。

テレビでは相変わらず台風の仕組みなど解説し、そうして「早めに避難してください」とか「自分の命を守ることを第一に考えてください」とかいっているだけですし、この辺りでは怒っているだけの人がたくさんいます。(何せ、この台風も私のせいにしている人が多いですから〔苦笑〕)

いつまでも同じことを繰り返していることを、進歩がないとは誰も思わないのです。(もしくは、それ以外やりようがないとでも思っているんでしょうか?だとしたら本当に進歩がないです)これもまた本当に不幸なことです。

昨日でもそうでした。私が信号待ちをしていると小さい女の子が一人、自転車に乗ってきました。そうしてその子も同じ信号で止まったのですが、なんとその子、私を睨みつけています。(本当に私はこの辺りでは嫌われ者です〔苦笑〕)

周りが、私の悪口ばかりいうのでそれを信じ込んでいるのでしょう。哀れなものです。

それで私がその子に「人のことずいぶん悪者だと思っているようだが、そんな悪者に何で鳥が寄ってくるんだ」と聞きました。

それを聞いたとたん、その子は「ビクッ」として固まりました。

「おかしいだろう、俺が自分らが思っているような悪者なら鳥など寄ってくるはずないだろう。鳥はいい人にしか寄っていかないんだ。なら、何で俺に鳥が寄ってくるのか」と続けて聞きました。

その子は何も答えないので「分かるか」とまた聞きました。するとその子は小さく首を横に振りました。

「それだけ俺は善人なんだよ。鳥が寄ってくるのがよい証拠だろ。ただ周りの人が俺を悪人に仕立て上げているだけなんだ。自分たちの罪を俺にかぶせてな」

そういうと、その子の顔つきが変わりました。私を見る目がやさしくなったのです。

そこまで話したところで、信号が変わりましたので、その子は行ってしまいましたが、このようにずいぶん私はこの辺りでは誤解されているようです。

この近所でもそうですが、自分たちばかりに悪いことが起きるので、それを全部私のせいにしています。

では、自分たちは私に何をしたのでしょう。このブログを書いている最中でも、このブログを書くのを邪魔している人たちがいます。(前の会社の連中など一生懸命です。もっと仕事を一生懸命しろよといいたいです〔苦笑〕)

皆「邪魔はするが協力はしない」そのような態度です。

この近所のほとんどの人は、このブログでどれだけ多くのことを知ったのか知れないです。それなのに、それには感謝一つせず、横柄な態度を多くの人が私に取るのです。このような態度は悪いことではないのでしょうか?

誰が見ても、こういう態度はいいことではないでしょう。

では、そんなことをしているその人たちは、天罰が下らないのでしょうか?

そのような(悪い)ことを散々私にしておいて、そうして癌になる人が続出したら、それも私が悪いです。(責任転嫁)一体この人たちどれだけ罪をつくれば気がすむのでしょうか。(私は逆に皆さんにいろいろなことを伝え、いいことをしているというのにです。奇跡が起き続けているのがそのよい証拠です)

結局このようなことも進歩がない証拠であり、それでそのような人たちに、天が次々に天罰(気づきの現象)を食らわしているのです。

そういう意味でいえば、昔の人は、このような災いが起きるとサッと考えを変え反省しました。だから、これほどの現象(例えば癌が続出するなどという現象)も起きなかったのですが、現代の人はそのような反省を知りません。

だから、嫌というほど恐ろしい現象が連続して起きているのです。

ですから、この近所のこともそうですが、昨日の自然エネルギーの件でもそうです。そういう場所に、災いが連続して起きているということであれば「これはいけない」とすぐに考え、路線変更しないといけないのです。(もちろん原発推進にです。日本はとにかく原発技術の向上、これを目指さないといけないのです。それが日本の使命だからです)

それをいつまでも同じことを続けているから、同じ災いが起きるのであり、悪いことが起きたら、即座に反省する、これを心がけるのであれば、世の災いは半減どころか、ほとんどなくなるのです。

そのような意味で、現在日本に次々に起きる災いは、いつまでたっても誰も反省しようとせず同じことを続けているから起きているのであり、多くの人が反省して心を変えるのならすぐにでも収まるのです。

このような恐ろしい現象は、自分たちの(神に対しての)学習能力のなさ反省のなさが原因なのであり、決して温暖化のせいでも私のせいでもないということです。(温暖化はともかく、いつまでも私のせいにされていたらこっちがたまりません)

明日、明後日は(下手すればもっとですか)大荒れの天気になります。いい加減反省されてはいかがでしょうか?そうしなければ、このような恐ろしい現象は止まらないからです。

(このブログを書いている間中、カンカンに怒っているのが前の会社にいますが、もうこのような連中は悪魔の虜ですね。悪魔に憑かれているから、このブログを書いていることが癇(しゃく)に障(さわ)って仕方がないのです。〔自分たちの目の前で法の流布をされているのです。悪魔にとってこれ以上の腹が立つことはありません〕それで怒りたくっているのですが、それでは恐ろしい現象は止まりません。そういう心を自分で変えるしかないのです。心を変えるなら恐ろしい現象も収まり奇跡も起きてきます。〔現に私には起きています。今その奇跡をビデオで撮っている最中です〕しかし、その心を変えようとしないのであれば、恐ろしい現象は続き最後には、そのような心が自分自身を滅ぼすことになるのです。〔決して私のせいではありません。あしからず〕)

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10月 10 2014

災いの種

高橋先生もいわれていますように、病気は自分の心が原因でなるのであり、決して他人が自分を病気にさせているのではないということです。

そういうことをいうこと(思うこと)自体、法則を知らない素人丸出しの考えなんですが、実際法を知って(理解して)いる人がほとんどいないのですから、二十一世紀になり二十世紀と違う現象が起きてくれば、現在の世相(責任転嫁)が世相ですので、人のせいにしたくなるのでしょうが、しかし、起きている現象があまりに違います。

いい加減、奇跡ばかり起きている善人を、悪人に仕立て上げるのはやめたらどうでしょうか。災いばかり起きている人たちと奇跡ばかり起きている人とでは、どちらが善人か悪人かは一目瞭然なのですから。

しかし多くの人の、そのような思想(責任転嫁)が災いを呼んでいることだけは確かでしょう。また、凄い台風(十九号)が日本に近づいています。

現在の予想進路を見ますと、この台風が日本に上陸するのは確実なようです。そうであるなら、また大きな被害が出ることになります。

この辺りの人たち同様、日本の皆さんが早く反省されないと大変なことになります。

しかし、また今回も私のいうことはスルーされるでしょう。本当に恐ろしい話です。

ところで、その台風被害の話なんですが、この前の台風(十八号)で、地元愛知県の三河方面もずいぶんな大雨になったんですが「最近あの辺りは大雨が降ることが多いな」と思っていたら、その原因が先日分かりました。(少し前までは、あの辺りはあまり雨が降らず渇水になることが多かったのです)

ずいぶん恐ろしい話が進んでいたんですね。(全然知りませんでした)その恐ろしい話とは、あの太陽光発電です。

愛知県田原市に、三井化学や中部電力の子会社、シーテックなど七社が出資した国内最大級の大規模太陽光発電施設(メガソーラー)が出来たそうです。

この前の北海道ではありませんが、そんなものをつくれば、そりゃ大雨にもなります。どうりで、これまで雨があまり降らなかった三河地方が大雨に見舞われているわけです。

そのメガソーラー施設の竣工式に、大村知事も出席されたということですが、知りませんよ大村知事、そんなものつくって愛知県に大雨やら地震やらが相次いでもです。(田原市につくったメガソーラーは、なんと太陽光と風力の両方を備えたハイブリット型だそうです。〔もう最悪です〕茨木の地震や北海道や九州〔九州にもメガソーラーがずいぶんできています〕に降っている大雨の両方に見舞われそうです)

この辺りの人でもそうですが、やはり法を知らないと天の意志とは違うことを平気でやってしまいます。そのような天の意志に逆らうことこそが災いの種になるのです。

多くの人は、そのようなことは(自然エネルギーなど)いいことである、と思う人も多いのでしょうが、私たちはこの世に生まれて来た目的があります。その目的は生まれた国や場所によって全部違っているのです。ですから、その目的に外れることは(他の国から見たらよいことであっても)その国の人々にとってはよいことではないのです。

日本は、自然エネルギーを主とすることを目的にしている国ではありません。それは、そのようなことをしている場所に、頻繁に起きている災いで悟らなければいけないのです。

こういうことが、法を理解しようとしないといつまでたっても分かりません。だから私は、多くの人が法をよく勉強しないといけないと何度もいっているのです。

そうしないと、災いを未然に防ぐことが出来ませんし、この田原市のように自然エネルギーはよいことと思って、平気で災いの種を蒔いてしまうのです。

そうして災いに見舞われても(これまで起きていない大雨など)何で災いが起きているのか全然分からず結局、大きな被害を出してしまうのです。

これはこの辺りの人たちも同じです。前の会社やこの周りの人たちなど、どれだけ悪いことが起きても同じこと繰り返しています。(私に対する嫌がらせ)

そういうことがどれだけ悪いことか、理解しようとしないのです。法を理解しようとしないからです。(ですから、このブログをただ読んでいるだけでは全く意味がないということです)

人から見たら悪いことではなくても悪いことがあります。(自分の目的外のこと)そうして大して悪いことをしていないのに、それが非常に悪いことであることもあるのです。(法を説いている人への嫌がらせなど、釈尊やキリストに嫌がらせを続けているのと同じことだからです)

そのよいことか悪いことかは、起きている現象で悟らなければいけないのですが、法を理解している人が少ないため、それがまるで分らない状況なのです。(だから結果だけ見て「お前が悪い」となるのです。しかし、そのようになる原因をつくっている人が一番悪いのです)

しかし、法を理解しないと知らず知らずのうちに災いの種を自ら蒔き、そうしてその災いが自らを苦しめるということになるのです。

いつまでも法を理解しようとしない罪もまた深いといわざるを得ません。

私が「日本に、このような災いばかり起きるのも、このブログを読んでいる人が何もしよとしないからです」といっていることも、間違っていないということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

それだけ法を理解しようとしないことは罪なのです。

今日も朝から、この辺り、このブログを書くのを邪魔している人がたくさんいます。(毎日毎日よくやります)このようなことも災いの種を自ら蒔いているということになるのです。

その種がまた大きく育つことになります。(その災いの種の栄養は、怒りやねたみやひがみなどの悪い想念です。この辺りはきっと栄養満点でしょう)

その災いが育って現れるなら、また多くの人に多くの被害が出るのです。

それでも多くの人は、その災いの種を蒔き続けています。それが自分自身にとっても、また日本にとっても、どれほどの災いとなるのか、早くそれを理解されることです。

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10月 09 2014

病気の原因

前の会社今日は微妙ですね。(うるさくしたり静かにしたりしています〔笑〕)

マァ、前の会社に何が起きているのか知りませんが、何かこの辺り病気(か、けがか知りませんが)になる人が多いようです。(サイレンがまだ聞こえてきますので)

人はなぜ病気になるのか?その理由を高橋先生のご著書より書いておきましょう。

高橋信次先生のご著書「心の指針」より抜粋します。

<病気

〔問〕誰しも健康で元気にすごせればこれほどの幸せはないと思います。だのに病気(災難を含め)はいつやってくるかわりません。病気の原因と病気から解放されるということは、人間である以上、不可能なのでしょうか。

〔答〕病気の状態についてまず説明しましょう。病気は文字通り、気の病であり、肉体が病むというよりも実は肉体細胞を司どる意識が病むのです。胃腸には胃腸の意識があり、心臓には心臓の意識があります。その意識が正常な活動を失い不活発になるために、その部分が痛んだり病んだりします。もちろん、一ヵ所が痛めば体全体にも影響し、全体の活動を弱めていきます。

人間の意識を大きくわけますと、魂意識と体の各部分を動かしている細胞意識があり、病気はその両方が病むものですが、その原因は、表面意識(表面意識の奥にある想念帯意識も含む)にあります。怖いものをみて体がすくむ。怒った時に心臓がドキドキする。笑ったあとはお腹がすきます。このように表面意識と細胞意識というものは密接な関係を持ち、表面意識に細胞意識が常に左右されています。したがって、先天性の場合をのぞいて、病気の大部分は表面意識にその原因をみることができます。そして、細胞意識の病む場合は多分に肉体遺伝の場合が多いのです。

人間の魂意識(潜在意識層)は神の子でありますから、病気になるということはありません。すなわち、意識の中心である心は病むことはないのです。ただ魂意識層にある守護霊が人によっては表面意識と足並みをそろえて病むことはありますが、意識の中心である心まで病むことはないのです。

この意味から、心だけをみるならば病気は本来ないということになります。ところが現実に病気はあります。病気の原因は前述の通り、怒ったり、そしったり、争いの想い、対立感情にあるのですが、それは想念が原因です。釈迦はこれを人間のカルマといい、イエスは原罪と呼んでいます。こうしたカルマが表面意識を通して想念帯に病巣をつくり、肉体的病気となって現れてくるのであります。

(中   略)

病気の種類は大別すると三通りあります。その一は純然たる肉体的な消耗。その二は憑依現象。その三は守護霊による作用。一は、精神が先走り肉体がついていけない場合。二が病気の大半を占め、地獄霊、動物霊の憑依。この場合自己保存が主たる理由であり、反省し、想念行為が改まらないかぎり、病気の状態は変わりません。守護霊による作用は、本人の自覚が先決です。いずれにせよ病気は、想念行為にその原因がみられるものです。>

高橋先生が書かれています通り、私たちは自分の意識とは別に、それぞれ体の各部位の細胞意識があります。(胃腸には胃腸の心臓には心臓の意識などがあるのです)

だから自分の意識とは別に、胃腸や心臓は動いているのであり(まさか胃腸や心臓の動きを、自分が意識して動かしているという人はいないと思いますので)胃腸は胃腸としての心臓は心臓としての使命を自ら果たしているのです。(だから人が死ぬと、いろいろ体の中のものが勝手に出てくるのです。その人が死んでも〔その肉体からその人の意識が離れても〕それぞれの肉体細胞の意識がまだ生きていますので、そのようなことが起きるわけです。もし、人間の肉体がその人の意識だけであるなら、その意識が離れれば、自動的にその肉体の機能は停止しなければいけませんが、そうならないのは、人の肉体には人の意識とは別に細胞意識が備わっているからです。その細胞意識が人の死後もその人の肉体を動かすのです)

しかし、胃腸や心臓などの細胞意識は、その肉体を持つ人の意識に大きく作用されます。だから、その人が心配事が多いと胃腸の働きが悪くなったり、体の他の部分を悪くしたりするのです。その人の意識が他の細胞意識に作用するからです。

だから、高橋先生は、病気は気の病といわれるのです。(ただし、先天性の場合を除いてです。この場合は親の作用や自分の業〔前世のカルマ〕とかが生じてきますので)

病気は大別すると三つに分かれるということですが、一つ目の純然たる肉体の消耗も(高橋先生、園頭先生が亡くなられたのもこれが原因です。自分の体などさておいて法を説かれ、そのような肉体の酷使で亡くなられたからです)自分が体のことをよく考えて生活するならば防ぐことが出来ますし、二つ目の憑依現象も、心を法に合わせ生活するなら防ぐことができます。(うつ病などのノイローゼがこれに該当しますが、それ以外でも体のどこかが痛いとか、悪いとかいうことも、このようなおかしなものが憑いているせいで、そうなっているということが多いのです。高橋先生が、そのような体の悪い人の悪いところを一変に治してしまった、という場面は高橋先生のビデオによく出てくるところでありますが、そういう場面などその典型です。高橋先生が、おかしな霊を祓ったとたんに体がよくなった、という人がたくさん出ていました)

三の守護霊の作用ですが、これも本人の自覚の問題なのです。(本人が悪いことばかりしているから、守護霊がその人を反省させようと、病気にしたりけがをさせたりするからです。そうして、もうこの者はどうしても守護霊のいうことを聞かず、反省出来ない、これ以上肉体を持っていても勉強にならないと、もし守護霊が判断した場合、その場合はその人を不治の病などにしてあの世に引き上げてしまいます。そういう病気が多発しているところがもしあるなら、それぞれの人の守護霊がそうさせているのでしょう。〔三に当てはまるということです〕そういう人たちは、あの世にいる守護霊が青くなるほどの悪いことをしているのです。だから、集団で守護霊があの世に引き上げてしまうのです。そういう人たちはあの世に帰ってからさらに大変なことになります)

こう見てきますと、病気やけがの原因は、すべて自分の心にあると思われないでしょうか?(だから、高橋先生は病気は気の病といわれているのです)

自分の心さえ、しっかり法に合わせた生活をするのであれば、大半の病気やけがは防ぐことが出来るのです。(もちろん災難までです)

もし、病気やけがばかりしている人たちがいるのであれば、自分の心を反省するしかないのです。そうしなければ、その病気は治ることもなく、けがもまたすることになるからです。

ですから結論をいうのなら、病気やけがが多い人は結局反省するしかないということです。

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10月 08 2014

前の会社かなりやばそうです

台風十九号が猛烈な台風(中心気圧900ヘクトパスカル、最大瞬間風速85メートル)に発達しているようです。

このような異常な発達をする台風はまず日本に来ます。(進路予想もそのようになっているようですが)また来週の初めは大荒れですね。

今週浜松に上陸し、関東を縦断した十八号もあちこちに大きな被害をもたらしました。(土砂崩れで亡くなった人、家を壊された人、冠水被害で家が泥だらけになった人など多数出ました)

また来週も(今度は西日本が危ないようですが)同じことが起こるのです。

同じ態度を続ければ、同じように悪いことが起きてきます。もう少し考えられてはいかがでしょうか。

この辺りも、今日は朝から前の会社がずいぶん元気がいいです。(派手にやっているということです)

何が起きているか知りませんが、悪いことが起き続けているなら(何度もいっていますが)反省されてはどうでしょうか。(状況ドンドン悪くなっているようですし)

しかし、こう回りがにぎやかでは(うるさいという意味です)まともなこと書けませんよね。(この状況で法など書けるわけがありません。やたらうるさいですから。こういう回りの状況を一切無視して法が説けたら、逆におかしいでしょう)

本当に前の会社なんとかなりませんかね。(毎日のようにうるさかったり静かだったり、情緒不安定の最たるものです)神に詫びを入れるか、それができないのならやめられたらどうでしょう。そうした方が私はいいと思いますが(そうしないと多分全員癌ですね。反省する気ないですから)マァ、よけいなお世話でしょう。

しかし、迷惑ですからね。この会社がこれでは、私もこの近所も。(しかもこれ全部私のせいになりますし)

この状況では、ちょっとブログが書ける状況ではありません。今日はこれでやめておきます。

前の会社の皆さん、反省されてはどうでしょうか。

(このブログを書かさなかったということで、もう天もカンカンでしょう。知りませんよ何が起きても)

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