8月 11 2014
自分たちの大きな罪
台風十一号は各地に大変な被害をもたらしました。(今日もまだ北日本は心配ですが)
台風が列島を縦断しているちょうどその時、青森で震度5の地震が起きました。(昼の十二時四十三分頃です。名古屋もその時は激しい雨と風が吹いていました。台風に近かった兵庫や京都、大阪など凄い雨が降っていました)
台風と地震が同時に起きました。
前にそういうことを書いたことがありますが、本当に起きる現象が段々激しくなるようです。
どれだけ防災を進めても、それ以上の現象を現されます。結局、神に頭を下げなければ災害は抑えられないのです。
昨日、一昨日と天気が悪かったので家を出ませんでした。それで時間があったので園頭先生のご講演を久しぶりに聞いたのですが(パソコンのユーチューブでです。ほんと最近はパソコンで何でも見られます。便利になりました)本当に先生のお話は少し聞いただけでもためになります。
このブログを読んでいる皆さんも聞かれたらどうでしょうか。
時間がありましたので、高橋先生の弟子や高橋先生が出てくると吹聴している人の講演と、園頭先生のご講演を聞き比べたのですが、もう内容が全然違いました。何でこんなに講演の内容が違うのに、園頭先生の智慧の深さが分からない人が多いのか、不思議でなりませんでした。
高橋先生の弟子だった人や、高橋先生が出てくると吹聴し人を集めた人は、その講演内容も高橋先生のいわれたことを細切れにいっているだけとか、あるいは高橋先生の法を少し混ぜて後は道徳的なことをいわれているだけの、それほど深い内容のものではありませんでした。(その程度の話を、ありがたがって涙を流しながら聞いている人もいるんですから、アホかと思ってしまいました。盲信者は本当に哀れです)
しかし、園頭先生のお話は全然違いました。高橋先生の神理をより分かりやすく深く広い内容で話してくださっているのです。
例えば、お正月になぜ餅をつくって飾るのか?という話をそのご講演の中でされていました。
私はなぜ正月にあのような鏡餅を飾るのか、その意味を知りませんでしたが、昨日の先生のご講演を聞いて初めてその意味が分かりました。
餅は小さな米が集まってできているものであり、その米粒一粒一粒が自我を持っていては一つの餅になれません。
米粒一粒一粒が自我を放出して皆と一つになる、あの鏡餅は自分の自我をなくして宇宙生命(神)と一つになりなさいということを教えているのであり、あの丸い形も、人は円満な人とか丸くなったとかいわれることは、それは人ができているということをいわれているのであり、そのように人は丸くならないといけないのであって、そのような大調和の心と、円満な人になることを年の初めのお正月に改めて思うために、日本ではあのような鏡餅を毎年飾るのです。(これは古神道の教えだそうです)
だから我が強いのもだめだし、四角四面とか三角野郎などといわれる人がありますが、そのような人もだめなのであって(そういう人が多そうですが)やはり人は我のない円満な人にならないといけないのです。
我が強い人は頭を下げることができないということも、そのご講演の中でいわれていました。耳が痛い人が多いのではないでしょうか。(笑)
また悪い人は、手を合わせることができないともいわれ(例えば泥棒が、手を合わせて「今日もうまく泥棒ができますように」とは祈りません)その手が離れれば離れるほど悪くなるのであり、最後はその手が後ろに回る(捕まるという意味です〔笑〕)ということもいわれていました。
このように、とにかく園頭先生のご講演は、内容も広く深く大変ためになるのですが、先生は少し早口でしゃべられる癖があって、しかもお生まれは鹿児島県で、戦後は福岡に住まわれておりましたので、鹿児島なまりや福岡なまりの話し方をされます。
それで少々聞きにくい面があって、はじめて先生のご講演を聞く人など「何をいっているのか分からない」という人も多かったのですが(私も初めは園頭先生のご講演は何をいわれているのかよく分かりませんでした)しかしそれも、聞いているうちに慣れてきますし、何より園頭先生のお話をしっかり聞けば、本当に自分のためになるのです。
では、聞きにくい分しっかり聞けばいいのであって、如来のお話は聞けば聞くだけ自分の徳となります。聞きにくかろうが何であろうがしっかり聞いた方が、自分にとってこれほどの徳となることはないのです。
話が園頭先生の話になってしまいましたが、このようなことも含め、皆さん方がいつまでも何もしようとしないと、このような園頭先生のお話も後世に遺すことができませんし(私は高橋先生や園頭先生のテープをたくさん持っています。〔ある人のところに預けてあるんですが〕今のままではそのテープおこしもできません)天変地変の起きる頻度(災い)も増すばかりです。
とにかく皆様方が法の流れをピタリと止めています。それが天の怒りを買っているのです。(法の流れを止めることがどれだけ悪いことか、この起きている現象でご理解ください)
これだけのことが起きていても、今日も同じように法の流布の邪魔をし続けている会社もあります。
どれだけ天を怒らせ自分たちが恐ろしい目に遭っても、自分たちの罪の重さ深さが分からないのです。
こういことを続けていれば、やがては滅ぼされます。
この起きている現象で、自分たちが犯している罪の大きさに気づかなければいけないのです。



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