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5月 25 2014

天の警告

昨日は、あまり歩かないところを歩いてみたのですが、人も鳥もよく私のことを知っているようでした。(笑)

私が歩いているとすずめが騒ぎます。すずめが騒ぐとその周りにいる人たちは、私がいるとすぐに気づきます。気づくとすぐ嫌がらせしてくる人がいますからね。呆れてしまいます。(私に気づくと、現場や工場で働いている人たちの誰かは、必ずでかい音を立ててきますね)

それに騒ぐのはすずめだけでありません。昨日でも、ヘリやセスナがガンガン頭上を飛んでいました。(ゴーとか、ガーとか、でかい音を立ててです)ヘリがずいぶん低空飛行をしていたようですが、大丈夫ですか、あんな飛び方していて。この状況いつまで続くんでしょうか?

本当に最近は、静かなところで晴耕雨読(せいこううどく)のような生活に憧れるようになりました。(これだけ毎日騒がしいと当然そうなります)名古屋の皆さん、一人百円ずつでも結構です。寄付していただけないでしょうか。

一人百円でも、それが百万の人からなら一億円になります。二百万の人からなら二億円になります。それだけあれば人里離れた山の中に家を建てて、自給自足のような生活をしていけば、それで死ぬまで暮らせるでしょう。

私を名古屋から追い出したいのであれば、名古屋の皆さんは百円の寄付をよろしくお願いします。

などと書いたところで、誰も寄付などしてくれないんでしょうが、しかし、いいんでしょうか、そんなに悪いことばかり私にしていて。

昨日でも隣の会社が事務所荒しにあったようですが、この会社だけでなく、この辺り、けがをしたり病気をしたり、不幸なことが起きている人が多いようです。(母がちょこちょこそんな話を聞いてきますので)

それだけでなく、前の会社など、明らかに雰囲気が変わるくらいのおかしな現象が起きているようです。

多くの人々は、このような現象が起きている本当の意味を知らないのです。全部人のせいにしているからです。しかし、その考えは間違っています。だから、このような悪い現象が止まらないのです。

こういう不幸な現象は天の警告なのです。

前にも書いたことがありますが、私も何か悪いことをすると、それ以上そのようなことをしてはいけない、ということで、すぐに悪い現象が現れます。

私の場合は、悪い現象が即座に現れますので「ああ昨日のあの行為がよくなかった」「この前のあの行為が原因だ」と、すぐに分かって反省できますが、多分他の人の場合は、そのような(反省を促す)悪い現象が現れるのはかなり後になると思います。

だから何が原因で、そのような悪い現象が現れているのかよく分からず、釈尊がいわれた「善因善果 悪因悪果」もピンとこないと思うのですが、釈尊がいわれている「善因善果 悪因悪果」は、神がつくられた法則であり、誰であっても確実に作用するのです。

従って、悪いことが自分に起きていれば、何かその前に悪いことを“自分が”しているのであり、その悪いことを反省してやめないと、それ以上の悪い(不幸な)現象がその人に現れるということになるのです。

先ほども書きましたが、この辺りの人たちは悪い現象が起きている人が多いと聞いています。(これだけサイレンが聞こえてくれば、それはそうなんでしょうが)悪い現象が起きている人は、自分のしていることで何か悪いことをしているのです。それを反省されなければ、その悪い現象は続きますし、どうしてもそれが分からないということになれば、それ以上の悪い現象が現れます。

ですから、そのような天の警告は無視されない方がいいですし、絶対に無視をしてはいけないのです。

それを人のせいにするなど言語道断なのですが、その言語道断なことを平気でしている人たちがたくさんいます。だからより恐ろしい現象が現れてくるのです。

そのような天の警告を無視し続けた結果、想像以上の悪い現象が現れているところが現にあるようです。(一軒だけですかね?他にもあるように思いますが。何か、やたら私に対し怒っているところもありますので)

想像以上に恐ろしい現象が現れているところがあるなら、一刻も早く反省することです。(自分が悪いのですから)どれだけ嫌でも、まず私に詫びられることです。そうしないとその現象は止まらないでしょう。(死んでもお前に謝るのは嫌だ、というのであればそれはそれでかまいませんが、しかし、本当に死ぬかもしれません。それはご了承ください。そのような人たちはそれだけ悪いことをしているからです)

「何か起きたからこちらが被害者で、何も起きていないからお前が加害者」ではないのです。

天が起こされることで、自分に何か起きた時は、その原因が他の人にあるわけではありません。必ず自分にあるのです。それをいい加減、理解されることです。

今、想像以上に悪いことが起きている人たちは、私に何をされたのですか?悪いことはされても、決して善いことはされなかったのではないでしょうか。それは、この辺りであまりよくないことが起きている人たちも同じです。

私を知って、ずいぶん考えも広がり、知らなかったことも知ったのです。その多くの人の考えを広げ、多くを知らせた私に、現在悪いことが起きている人たちは何をされたのでしょう?

悪いことしかしなかったのではないですか?何一つ善いことをしていないのではないでしょうか?

それでは悪いことがその人たちに起きるのも道理でしょう。「善因善果 悪因悪果」の典型です。

無理にとは申しませんが、少しは私に善いことをされたらどうですか。私のブログを読みいろいろなことを知り、考えが変わり、人生観が変わった人もいるはずです。では、そのブログの購読料くらい払われ(私は気持ちだけでいいといっているのですから)少しは感謝の心を持たれてはどうでしょうか。

そのような心になれば、天の警告を受けた人でも、それ以上の不幸な行為は起きないでしょう。(過去の自分の悪いことを反省されたのですから)

しかし、そのような反省を一切せず、同じような生活を続け、私の顔を見れば嫌がらせを続ける、という人はそれはそれで結構です。(それは個人の自由ですから)しかし、そのような人は確実に最近起きた悪い現象以上の現象が、近いうちにまた必ず現れます。それだけは予言しておきます。

これは何も名古屋の人たちだけではありません。このブログを見ていて、私に善行を何もしようとしない人は、いずれ悪い現象が現れます。(すでに現れているといっても間違いではありません。数々起きている異常気象や異常現象など、まさにそれです)

自分が知らないことをいろいろ教えてもらい、その教えてもらった人に何もお返しをしないということは、それはそれで人の道に反した悪の行為だからです。

ただ、より以上に悪いことをしている人がいるので(名古屋の人たちですが)そちらが先に個々に反省を促す行為が現れ、それほどでもない人たちには、まだ反省の期間が与えられているという違いに過ぎないでしょう。

いつまでも、このブログを黙ってみているだけなら、その人たちにもいずれは恐ろしい現象は現れるのです。

神の法則をいつまでも知らずにいてはいけないのです。

善い行為をしてくれた人がいるなら、その人に対し、感謝の心と報恩の行為、これは絶対忘れてはならないのです。

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5月 24 2014

課税対象と神の心

配偶者控除の見直しが先送りされたそうですがよかったですね。

会議では、見直しの意見に慎重論が続出して「家庭での子育てを積極的に評価すべき」との声もあったとのことですが、まったくそのとおりですね。主婦業の大事さをもっとアピールすべきでしょう。

子供が小さな家庭に母親がいなくて、どうやってその子を育てるのでしょう。掃除や洗濯、食事は誰がつくるのですか?

子供は保育所に預け、掃除や洗濯や食事は誰か(身内の祖母やお手伝いさんなどです)に来てもらってやってもらえばいい(または夫婦半々でやればいい)などという人は、表面上しか見ていない意見でしかありません。

ただそのようなことをやればいい、という問題ではないからです。

子供を育てるには、その子の母にしか出せない愛があるのであり(そういう特別な愛は、母にしか出せません。他人はもちろんのこと父親でも無理です)洗濯や掃除ももちろんですが、食事をつくるのも、そこに愛があるかないかで栄養から消化に至るまですべて違ってくるのです。(愛があれば、出来るだけ家族の体にいい食材を選びます。そうして愛を持って食事をつくるのであれば、味から消化まですべてよくなるのです)

目には見えませんが、その母の愛があるかないかで、その家庭の事情は大きく変わってくるのです。誰がやっても一緒ではありません。まったく違うのです。

そのように母の愛で満たされた家庭なら、夫の仕事も順調になりますし、子供も愛ある子に育ちます。愛ある子であれば当然周りに好かれ、よりよい方に導いてくれる人も出てきます。では、その子もよい道に進めるということになります。

母(妻)の愛は、その家庭にはなくてはならないものであり、夫と子供を心身ともに育てることになる、母の愛ある主婦業はそれだけ大事な仕事なのです。(ただ、形だけは専業主婦でも愛があまりない主婦の人もいます。そのような人は、夫とけんかしたり、子供もよく育たなかったり、家庭に不幸があったりします。そのようなことがあったのなら、その家庭の主婦は「ああ、私の愛が足りなかった」と反省しなければいけないのです。そのようなことを人のせいにしていてはいけないのです。そのような家庭内の責任を、母となる人は神から与えられているからです)

そのような意味で(母の愛が加わった)主婦業は、男が外でしている仕事と同じくらい評価するのが正しいことであり、主婦業は片手間で出来るなどという評価は、とんでもない間違いなのです。(従って、女も外で働かないといけない、という評価も間違いです。生活が苦しいのであれば働くしかありませんが、出来れば女性は家庭に専念して、夫や子に愛を注いだ方がいいのです。その方が夫と子供、両方が人として成長するからです)

なんでもそうですが、表面上だけ見ていても正しいことは分かりません。主婦業の評価はもっと上げるべきでしょう。

それにしても自民党は、家庭を守る主婦を尊重する政党ではなかったのでしょうか?何で安倍総理が、こんな家庭を壊すような配偶者控除の見直しなどいわれたのでしょう?

昨日の報道ステーションでは、この配偶者控除の見直しは、安倍総理が法人税減税をしたいので、それがからんでいるということをいっていましたが、減る税金のための負担であるなら別の増税をされてはどうでしょうか。

別の増税とは、私が前から主張している宗教法人への課税です。

集団的自衛権の問題で、公明党は創価学会にそむくことになるのですから(それか自民党と袂〔たもと〕を分かつかのどちらかですよね)宗教法人への課税も賛成してくれるでしょう。

宗教票を当てにされている議員も多いのでしょうが、背に腹は代えられません。皆でやれば怖くはないでしょう。(与党から野党からすべての議員が、宗教法人課税に賛成すればいいのです。そうすれば宗教票がどこかに流れることもありません)

それに時期的にも、それをやるのに一番いい時期に来ているのではないでしょうか?

だって、そうでしょう。現在は、課税対象になるような巨大宗教団体が、正しい宗教を説いているのではないと、世間にばれかかっているからです。(それは私のせいですけどね〔笑〕)

では、そんな偽の宗教団体から税金をとっても、何ら問題ないわけで、それをするなら罰が当たるどころか、奇跡が起き始めるということになります。(政府が間違った宗教に課税するわけですから。そうなればそれは正義の行為ということになります。それにそんな宗教団体に騙され、不幸になっている人はたくさんいます。課税するなら当然、その宗教団体のぼろ儲けぶりも白日のもとにさらされ、騙されている人も騙されていることに気づきます。そのような人まで救って税収も増える、宗教法人に課税することは何から何までいいことずくめです。当然そんな政府には、天が協力することになり奇跡まで起きはじめます。これ以上よい増税はないでしょう。何でこれだけ世間にとっても、政府にとっても〔神にとってもです〕よい増税をやらないんでしょうか?)

神の心にかなうこと(宗教法人への課税など)かなわないこと(配偶者控除の見直しなど)それをよく政府がわきまえ、実践されるのであれば、その政府は必ずよい方へ神に導かれるのです。

人であろうと国であろうとそれは同じです。すべて神の心に逆らってはいけないのであり、神の心に従うのであれば、よい方によい方にと導かれていきます。

現在起きている現象で、自分のしていることは、神の心に従っているか否か、よく分かります。

よいことが起きなくて別にかまわない、そう思う人は、神の心に従わなくてもよいと思います。(そういう人名古屋に多そうですが)

しかし、よいことが起きた方がいいと思われるなら、神の心に従うことです。(それにはこの法をよく知らないと出来ませんが)

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5月 23 2014

風雲急を告げる

中国でまたテロがあったようですね。(本当に最近頻繁に起こりますね、中国では)

中国もCICA(こんな首脳会議あったんですね、全然知りませんでした)で、アジアの新安保宣言など出してる暇があるなら、まず自国の安全宣言を出していただきたいものです。

自国がまとまっていないのに、どうやってアジアをまとめようというのでしょうか。

タイでクーデターが起こり、隣の韓国と北朝鮮は砲弾の打ち合いです。そうして中国の南シナ海、東シナ海の侵略行為、日本の近くの地域だけでも、これだけのことが起きているのに、奄美大島で自衛隊が離党奪還訓練をしただけで、中国を刺激するとか何とかいっている人がいるんですから、どこまで腰が引けているんでしょうか。

まさにGHQが、二度と日本がGHQに歯向かうことができないようにしかけた、日本人を意気地なしにするための“日本弱体化政策”が未だにきいています。

戦後の日本に、教育やマスコミを通し、しかけられた洗脳政策が何十年経ってもきいているんですから、本当に恐ろしいものです。

法のことだけでなく、こちらの洗脳からもいい加減目を覚ましましょう。早く目を覚まさないと、本当に日本は侵略されてしまうからです。

今のアジアの状況を見れば、アメリカの歯止めが段々かからなくなってきていることは明白なのです。それなのに、国防の訓練さえ異議をとなえられたら、たまったものではありません。そのような発言が出てくるということは、まだ洗脳されている証拠です。そのような人は早く目覚めてください。

少なくとも安倍総理は、そのような洗脳にかかっていません。この(内外共に)大変な時期にまだ洗脳されている人が総理になっていたら、国内はもちろんのこと、他国からも、日本はドンドン孤立を深め、多くのアジアの国々から総スカンを食らったでしょう。

この大変な時期に総理が安倍総理でよかったです。(やはり天が私に教えたことは正しかったようです。〔次の総理は安倍さんにしないといけない〕だいたい個別的自衛権と集団的自衛権を人に当てはめてみるなら、個別的自衛権は、自分が何かされなければ人がどうなろうと知ったことではない、自分さえよければいい、ということであり、集団的自衛権は、自分だけではなく、人とも協力してことにあたろうということですので、そのように考えれば、日本だけが個別的自衛権でいいはずないんですが〔中、韓や北朝鮮以外のアジアの国々が怒りませんか?それでは〕限定的に集団的自衛権にしましょうといっていることが、なぜそんなにいけないのでしょうか?このアジアが不安定な時にまったく不思議ですね…あっ、反対している人たちは、先ほどの日本弱体化政策の洗脳に、まだかかっている人たちなんですね。だから、普通の国際感覚がもてないのでしょう。何度もいいますが、早くその洗脳から目覚めてほしいです)

マァ、それはそれとして、そちらはそちらで大変なんですがこちらはこちらで大変です。

どうも大変なことが起き始めたようです。(どことは申しませんが)まったく雰囲気が変わってしまいました。

昨日書いたブログ、もう一度読み返されてはどうでしょう。そうしないと、その大変なことドンドン拡大していきます。本当に心を入れかえないと滅ぼされますよ。

私は遊びで、この法を説いているのではないのです。私が説いてる法は、唯一の本当の正しい神の教えであり、この教えの流布を邪魔することや、その教えを説いている者に嫌がらせすることは、どれだけ大きな罪をつくっているか分からないのです。

平気でそれをしている人たちが考えているほど、軽く浅いものではないのです。子供であろうと大人であろうと、そのようなことをした者は後で大変な罪となるのです。

だから私は、私にそのようなことをしている人たちを、ことごとく祈るのです。

そうしなければ、嫌がらせするくらいどうということはない、と軽く考え私に嫌がらせする人がたくさん出てくるからです。そんな人がドンドン増えたら、大きな罪を犯す人がドンドン増えます。(本人はその自覚がまったくないからです)

だから、そんなことをしている人をことごとく祈るのです。私が祈るということが分かっていれば、そのようなことをしてくる人も多少は減るからです。

しかし、それでもやってくる人はやってきますが、はっきりいっておきますが、私に嫌がせなどすれば、大人であろうと子供であろうと、そんなものには一切関係なく、その後の人生は天の協力を得られなくなります。

天の協力が得られないということは、もうあまりよい人生が送れないということであり、すぐ何か起きないからと、調子にのってやっていると、最後には大変なことが起き出します。昨日も書きましたが、私には悪い行為をするより善い行為をされた方がいいと思います。

それと、大変なことが起き出しているところがすでにあるはずです。(次々に現れ始めたようですね。そのような病気になる人が)そこは反省して私に詫びを入れないと、その現象は止まりません。

一刻も早く詫びられた方がいいでしょう。(他の人が賛同しなくても、自分一人でも詫びられた方がいいでしょう。そうすれば少なくともその人は助かるからです)

自分たちがしてきたことをあまり軽く考えない方がいいでしょう。(法の流布の邪魔)すでに大変な罪になっているからです。

そうして、その罪は今生だけで終わる罪ではありません。来世まで(地獄行き)下手すれば来々世まで持ち越すことになるからです。(次に生まれ変わる人生にまで影響するということです。次の人生で、今回やった罪の償いまで、しなければいけなくなるかもしれないということです。それほど法の流布を邪魔することは罪が重いのです…法を説いている者に嫌がらせする罪も同じですけどね)

とにかく、国内外も、そうして私の周りも風雲急を告げてきました。いよいよこれからが正念場ですが、もし、この時、道を間違うのであれば、その後の人生は転落の一途をたどることになります。(国も人もです)

今この時期は、それほど大変な時期であり、正しい判断が求められる時期でもあるのです。

多くの人々の正しい判断、これが求められています。

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5月 22 2014

歴史に学ぶ反省の仕方

昨日の話なんですが、一人の中学生が私の方を見てペコリと頭を下げました。

ところが私、これだけ嫌がらせをされていると、そのような行為も嫌がらせに見えてしまい「何コイツ頭下げながら嫌がらせしてるんだ」と思って、最初はその中学生をにらんでいました。(もうほとんど病気ですね。〔笑〕)

しばらくして「頭下げてるんだから別に嫌がらせじゃないのか」と思い、こちらも少し頭を下げましたが、その時にはもう中学生は歩いていってしまっていました。(これでまた私の評判が落ちます「あいつこっちが頭下げてるのに、にらんでいた」とかいわれて〔涙〕)

しかし、いきなりそういう態度を取られてもこちらも対応できません。(何せ、ほとんどの人が私に嫌がらせをしていきますので)少々の無礼な態度はご容赦ください。(私など、もっと無礼な態度をたくさん取られていますから。それも小さな子供から年寄りに至るまでです)

そう考えると、昨日は比較的嫌がらせされたのも少なかったですかね。もしかすると皆さん、ソロソロ反省する人も出てきているんじゃないですか。

もし、そうであるならモタモタせず、さっさっとされた方がいいでしょう。この辺りの多くの人が分かっていると思いますが、ガンガンサイレンがしています。(それ以外の病気も、かなり現れているんじゃないですか?どこかの会社なんかまた態度変だし)過ぎ越しの祭りは続いているからです。

何をするよりも、私に対する反省、これを優先した方がいいでしょう。それをまずしないと最悪、天に引き上げられるからです。(縁起でもありませんが、死ぬということです)

もう非常事態ですのではっきり書きますが(死ということもです)名古屋の人はそれくらいの悪は犯しているからです。何度もいいますが、私がいたお陰で唯物無神論という狭い考えから、唯心有神論という広い考えに変わることが出来たのです。

これは皆様方が受ける、どのような恩よりも恩のあることであり、名古屋の人は、それを仇で返しているのです。これほど愚かで恐ろしい行為があるでしょうか。

それほどの悪の行為を犯しているのですから、天の怒りは相当なものです。名古屋に、これほどの恐ろしい現象が出続けているのが(そうして拍車がかかっているのが)そのよい証拠でしょう。

これほどの災いが現れていても、それでも意地になって、そんな愚かで恐ろしい行為をし続けているところもあります。(何かそこは今日も態度が変です。恐ろしい現象が出続けているのではないでしょうか)もうこのような人たちが悪いということは、これほどの現象が出続けている以上明白なのです。(私とそのような人たちでは、言い逃れが出来ないくらい、現れる現象に差があります)

自分たちの間違いが明白なのですから、これまでの私に対する間違った態度を、反省できる人は即座にしてください。

そうして、反省したのであれば、学生はよく学校の勉強をし、この法の勉強もすることです。(高橋先生の本など本屋に売っています。高橋先生の本を買って、何度もよく読んで、法をよく知って、それを自分たちの生活の中で実践してください)それが報恩の行為となるからです。

社会人の人も、このブログを読んで、どこへ行っても学べないことを学ばれたのです。そのような知識だけではなく、これまででは経験できないようなことも経験されたはずです。(恐ろしいことも含めてです)

では、普通では学べないことを学ばれ、経験できないことも経験されたのですから、私に対し感謝の心を持つのは当然のこととして、何らかの形で報恩の行為もしていただかねばなりません。(それで初めて感謝したことになるからです)

それが寄付することであろうと、法の流布の手助けになることであろうと、私が助かることであれば何でもかまいせん。報恩の行為はしていただきたいと思います。

そのような心と行いをされるのであれば、この過ぎ越しの祭りは許されるでしょう。(少なくとも、天がその人に災いを与えるということはなくなります。ただ、自分が暴飲暴食とか、体を壊すようなことをしていて、私に感謝したのに病気になったとかはいわないでくださいね。それは自分の行いが悪いのですから。私は、天に関する災いはなくなるといっているだけです)

しかしどうしても、そのような考えは持たず、悪いのはすべてお前、というのであれば、それはそれで結構です。ただ、その人に起きてくる災いまでは責任持てませんが。

先ほどもサイレンがしていましたが、名古屋はこのような状況がずっと続いているのです。なぜでしょうか?それは名古屋の多くの人々が、どれだけ恐ろしい現象が現れても、考えや行いを少しも変えようとしないからです。

しかし、昨日頭を下げた中学生のように、少しでも自分が悪い、私一人が悪いのではない、そう思える人がいるのなら、即座に反省してください。それがその人のために一番なるからです。そうして名古屋のためにも一番なるからです。(そのような心の人が増えれば、この過ぎ越しの祭りを終わらせることができるからです)

どれだけ平和な生活がしたくても、楽しい遊びがしたくても、現在の名古屋の状況はそれを許しません。

お金がたくさんあり平和な生活を続けていたとしても、現在の名古屋の状況では、家族がいつ病気になるかしれないからです。自分がいつけがをするかしれないからです。それほどの恐ろしい現象が、名古屋には出続けているのです。

では、何をおいても先に、この現象を終わらせるべきではないでしょうか。仕事よりも勉強よりも遊びよりも、この現象を終わらせることを優先させるべきではないでしょうか。今のままでは、その仕事も勉強も遊びも、いつ出来なくなるか分からないからです。

反省され、感謝と報恩の行為をされる人が増えれば、過ぎ越しの祭りが終わるだけではありません。

今度は、天からの奇跡が次々に与えられ、自分が思ってもみない、幸運が与えられることになるのです。これほどの不運が与えられているのです。その逆のことをすれば(私に対する善の行為)思ってもみない幸運が与えられることは自明でしょう。

現にそのようなことが起きた人は(野球やゴルフの選手なども合わせれば)たくさんいるのです。

私に対し悪の行為をすれば災いが、善の行為をすれば幸運が現れています。

何でこれだけ現れる現象が違うのでしょう。どれだけ名古屋の多くの人が認めなくても、それこそ私が神の使いである証拠であり、普通の人とは違う証拠でもあるのです。

キリストに嫌がらせを繰り返せば何が起こりますか?釈尊の説法を邪魔すれば何が起こるでしょう。そのような偉大な人に悪の行為をした時に起きる災いと、同じ現象が私にそのようなことをしている人たちに起きているのです。

キリストや釈尊に食べ物やお金を布施して、そのような偉大な方々のいわれること(法)を素直に聞き、実践された人に何が起きるでしょう。そのような偉大な人に善の行為をした時に起きる奇跡と、同じ現象が私にそのようなことをした人たちに起きているのです。

釈尊やキリストに起きることと、私に起きていることは同じなのです。これは私も釈尊やキリストと同じ使命役割を持っている証拠であり、であるならば、そのような方々に過去の人が取っていた、同じ態度を取る方がよいのではないでしょうか。

私にどのような態度を取ればいいのか、それは歴史が教えています。

釈尊やキリストのことが書かれているものを読み、ご自身の態度を反省されてはいかがでしょうか。

そうすれば、名古屋で起きている恐ろしい現象も、そうして日本中で起きている恐ろしい現象も、収まることになるからです。

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5月 21 2014

如来の予言

しかし、よくサイレンが聞こえてきますね。(今日もすでに何度も聞こえています)不謹慎ではありますが、こうも聞こえてくると本当に祭りのようです。

過ぎ越しの祭り、本当に始まったんですね。

前の会社も毎日様子が変です。(昨日など暑かったのに、窓を締め切ってガンガンでかい音を立ててパニくってるのもいましたし、今日は静かだなと思っていると急にでかい音を立てたり、明らかに情緒不安定です)毎日いろいろ態度が変わりますが、まさか、毎日のように何か起きだしたのではないでしょうね。(怖)

しかし、誰も心を変えようとしなければどうしようもありません。気が変わる人が出てくるまで待つしかありませんね。

前々回の話をもう少し書きましょう。モーゼがエジプトに出世された頃、エジプトの人々の間に“やがて奴隷を解放する解放者が現れる”という言い伝えがあって、その奴隷の解放者とは結局モーゼであったわけです。

面白いことに、この五百年後インドに釈尊が出世されますが、その時も“やがてインドにブッダが生まれる”という言い伝えが、釈尊が出世される数千年も前から伝わっていました。

そのブッダとは釈尊であったわけですが、ブッダにせよ、解放者にせよ、そのような言い伝えがあるところに、そのような人が現れるのです。これは偶然でしょうか?

もちろん偶然ではありません。ちゃんとした理由があるのです。

前にも書きましたが、釈尊の場合は、釈尊の前世であるギリシャのゼウスであった時(ギリシャ神話に出てくるあのゼウスです。四千五百年前の人です)弟子たちに「私は二千年後に今度はインドに生まれる」という予言を遺されたからです。

そのゼウスの予言を、ゼウスの後を継いだ息子のアポロが、弟子たちに命じてインドの人々に伝えました。(インドには悟られた人という意味の言葉が二つあります。一つは先ほどの“ブッダ”という言葉であり、もう一つは“アポロキティ・シュバラー”という言葉です。シュバラーとは悟られた人という意味で、このアポロキティ・シュバラーを直訳すると『アポロのような悟られた人』という意味になるのです。なぜインドにギリシャのアポロのことが伝わっているのか?この言葉が遺っていることこそが、ブッダが生まれるという言い伝えが、ギリシャから伝わったという何よりの証拠なのです。アポロキティ・シュバラーとは〔釈尊が生まれていた時代よりも、もっと前の〕古代ギリシャ語であったのです)

そのゼウスの予言が、釈尊が生まれる二千年後までインドに遺っていて、それが“やがてインドにブッダが生まれる”という言い伝えとなっていたのです。

「如来は亡くなる前に、今度は何年後、どの場所に生まれるかを予言してから死ななければならない」

と高橋先生はいわれていました。

そのような如来の予言に従い、今度如来が生まれる地には、その如来が生まれるということを示す、何がしかの言い伝えが伝わっているのです。

従って、モーゼの時も、モーゼが生まれる時に“やがて奴隷を解放する解放者が現れる”という言い伝えが伝わっていたのは、それはモーゼ自身が前世で亡くなる前に「今度私は何年後にエジプトに生まれ、そうして奴隷たちを解放するであろう」という予言を遺された、その予言が伝わっていたものと思われます。

このような予言がなぜ遺されるのか?

それは如来がこの世に生まれられた、という足跡を遺すのと、次にまた如来がどこそこに生まれられるという、希望を多くの人々に遺す、神の愛であり慈悲であるのであって、その予言を知ることが出来ただけでも、これほどありがたいことはないのです。

次に如来がこの世に生まれられるのは、百五十年後のアメリカです。(またはカナダですが、五大湖の周辺にキリストが出られることは間違いないようです)この予言は残念ではありますが、世に伝わっていません。

それが、どういう理由で伝わらなかったのか分かりませんが(キリストは多分、そのような予言を遺されていたと思いますが、それを弟子たちが伝えなかったか、または、伝えていたが、その言い伝えが途中で消えてしまったかのどちらかでしょう)伝わっていないのなら、法を知った者がそれを伝えるしかありません。

誰もやらないから、私がやらなければいけませんが、法を伝えるとは、このような如来の予言も伝えないといけないのです。

法を知った人は、やることはたくさんあります。しかし、やる気のある人が少なくて困っています。

神が怒られ、過ぎ越しの祭りなどという恐ろしい現象を現されるのも、無理のない話でしょう。これだけの話を聞いていて、何もしようとしない人がほとんどなのですから。(それどころか法の流布の邪魔はする、嫌がらせはするですからね、どれだけ愚かか分かりません)

しかし、鳥たちの騒ぎは収まりません。心が汚れた人間たちには分からなくても、心のきれいな鳥たちには、私が誰であるか、それが分かっているのかもしれません。

追伸…それにしても中国とロシアが合同で演習を行い、中ロ両大国の両首脳が頻繁に会談し、着々と世界戦略を進めているというのに、小国である日本は、まだ集団的自衛権がどうのとかいうレベルで揉めています。(これはやはり私の予想どうり、中ロに世界征服されてしまうんではないですか?)

このような状況が分かっているのに、まだ日本人の血が流れるだの、憲法改正が必要だのいって、何もしようとしない人たちなど、もう自分たちさえ助かればそれでいいといっている、エゴイストにしか見えませんね。

公明党が、創価学会の傀儡であるということがはっきりしました。公明党は日本のことより創価学会の方が気になるようです。

さて、自民党はどうするのでしょうか?

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