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4月 04 2014

意地とプライド

豚伝染病が流行りだしたそうですが(十七県で、四万頭近くの豚が死んでいるらしいですね)インフルエンザやノロウイルスの流行が終わりかけたら、今度は豚に感染する豚伝染病が流行りだすとは、本当にいろいろな伝染病が流行るものです。

昨日は伊豆大島がまた大雨に見舞われ、今日も関東から東北にかけて、太平洋側など大雨になるところもあるとか、本当に毎日のように何か起きますね、日本は。(もちろん異常現象がです)

名古屋も毎日のように何か起きているんですが、それはそうでしょう、毎日のように、このブログを書くのを邪魔はする(今日も朝からガンガンやっています。家の前の会社や横の会社が)そこら歩いていれば嫌がらせしてくるで、名古屋の人たちいいこと少しもしません。

では、悪いことしか起きないでしょう。(昨日のブログでも、あまりに書いている最中うるさかったものですから、途中から何を書いているか分からなくなったほどですし…さすがに頭に来たから、その後、ずっと祈っていましたけどね、前の会社のオオシオの連中を)

これだけ、法の流布の邪魔はする、嫌がらせはする、協力はしない、の三拍子が揃えば、いいこと起きるわけがありません。日本に毎日異常現象が起きるのも必然でしょう。

昨日、金山のある公園まで歩いて行き、そこに座っていると、私の近くにたくさんすずめが集まってきて、ピーピー大騒ぎしていました。最近は道を歩いていても、あちこちですずめが騒ぎ(それで私が歩いていることが、そこらの人にすぐばれてしまうのですが…そうするとわざわざ家から出てきて、嫌がらせする人もいますので〔苦笑〕)私が歩いている上空を飛び回っているすずめもいます。

人とすずめではこうも違うのかと、あまりの差に愕然としてしまいますが、それにしても不思議なものです。

私から法を聞いたわけでもないすずめたちが、異常に私になつき、法を聞いている人たちが異常に私を嫌うのです。(または、異常なほどの無視の仕方です)

別に私は、すずめたちに餌をやったわけでもなく、法を説いて救ったわけでもないのに、そのようなすずめたちが私を好いて、法を知ったことで救われているはずの人たちが、私を嫌い無視をするのです。

起きていることが逆のような気もしますが、そのような逆の現象が私の周りに現れています。

まったく不思議なことですね。

すずめたちと人では一体何が違うのでしょうか?

姿かたちや役割や使命はもちろん違いますが、心、思いという一点だけ見れば、すずめも人も変らないでしょう。自分がいいと思えば好きになるでしょうし、よくないと思えば嫌うでしょう。

では、すずめは私のことをよいと思い、人はなぜよいと思わないのでしょうか?

その好き嫌いの思いのどこに違いがあるのでしょう?

人にはあってすずめにはないもの、それは意地とプライドではないかと思います。

人は、その意地とプライドが邪魔をして、なかなか素直な態度が取れないのではないでしょうか。

これだけ一方に奇跡が起き、一方に悪いことが起き続けているのです。どう考えたって奇跡が起きている人のいうことを聞いた方がいいと思いますが、それが出来ない、それはなぜか?それぞれの人には皆、意地がありプライドがあるからです。

自分はこのように思ってきた、それが間違っているはずはない、お前より私の方が上、お前なんぞに負けるわけがない、そのような意地とプライドが邪魔をして、どれだけ、そのような思いとは逆の現象が現れていても、その現象を認めることが出来ない。

また、私を無視している人たちも同じでしょう。どれだけ不思議な現象が現れようと、また、いったとおりの不幸な現象が現れようと、自分の方が上なのだから、自分より下の奴が何をいっても知ったことではない。

そのような考えにプラスして、ねたみやひがみ、そうして人の目ばかり気にする、人のことは関係ない、という小さな心が、今のような不幸な状況をつくりだしているのではないでしょうか。(自分が悪いせいで悪いことが起きたのに、それを私のせいにして、いつまでも根に持っている、そのような心も同じでしょう。心が小さいので責任転嫁ばかりして、まったく反省できないのです)

そうして、そのような意地やプライドを持たない人が、私のいうことを聞き、そこに奇跡が現れているのではないでしょうか。(それは違うといわれても、現実にそのようになっています)

もし、意地やプライドだけで私に逆らい無視を決め込むなら、そんな意地やプライド早々に捨てた方がいいでしょう。そうして、ねたみやひがみ、人の目ばかり気にしていたり、人のことなど知らない、などという小さな心も早く直された方がいいでしょう。

そのような心をどれだけ持ち続けても、人は進歩しないからです。

人として何の成長もないからです。

多くの人の心が進歩していないという証拠は、この日本に起き続けている異常現象で分かります。この数年の間に、どれだけお金を稼いだ人でも、名を売った人でも、その人の心の進歩という点においては、何も進歩していないのです。

だから、これほどの異常現象が日本に起き続けているのです。金を稼ぐことや自分の名を売ることが、心の進歩とは何も関係ないと知らせるためです。

また、大震災が起こり、多くの人は震災の被害に遭った人のため、寄付もしたし、ボランティアにも行っている、それなのになんで心の進歩がないというのか、と思う人もいるでしょう。

それでもダメなのです。それだけでは本当の心の進歩はしないのです。

まず、その起きた原因(多くの人の心)を理解し、その起きた原因の心に自分がならないようにしないと、自分の心は成長していかないのです。

つまり、寄付やボランティアより先に、意地やプライドを捨て、そうして、ねたみやひがみの心を直さないといけない、ということです。小さな心を改めて、そうして寄付やボランティアをするのであればよいのですが、順序が逆であるということです。(そうしないと、いくら寄付やボランティアをしたところで、肝心の心を直さないと、また同じ現象が現れるからです)

すべてのことにおいて、まず、自分の心を神の方に向け、神の心を知ってからしないと、意味がないということです。

だから、神の心を一にしないといけないのです。

神の心を一にするには、意地やプライドは邪魔なだけです。一日も早く、ねたみやひがみの小さな心など持たないようにすることです。

今日もこのブログを邪魔し続けている連中はいます。今も近くでサイレンが響いています。

この異常現象を収めるには、一人でも多くの人が、意地やプライドを捨て、神の心に目覚めることです。

そのようないらないものをすべて捨て(心が)裸になった時、はじめてそこに神の光が降りるのです。

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4月 03 2014

諸行無常

宮城は、いろいろな宗教が勧誘に来ているそうですが、それだと(大震災の被災地という状況でもあり)間違った宗教に入信する人も多いでしょうね。法をすぐ伝えることが出来ないのが、返す返すも残念です。

それに比べ、名古屋はこれだけのことが起きているのです。もう間違った宗教に入信する人もいないでしょう。(今すぐその間違った宗教をやめるまでいかなくてもです)

このような、もう間違った宗教に騙されることはない、ということだけでも、十分感謝してもらわなければいけないのに(それだけでも感謝しきれないほどだと思いますよ、私に)名古屋の人たち相変わらず(今日も朝からやってますが)嫌がらせをしています。これではいいこと起きるはずがありません。(母から聞いたのですが、この近所の人、ずいぶん病気になったり、けがをしたりしている人が多いそうです)

この間違った宗教に騙されない、ということ、案外大きなことなのです。(名古屋の人たちあまりありがたみを感じていませんが)

オレオレ詐欺などはお金を騙し取られるだけですが、間違った宗教を信じてしまうと、お金を騙し取られることはもちろんのこと、自分の魂まで腐らせてしまいます。

この“自分の魂を腐らせる”ということは、本当に恐ろしいことなのです。

自分の魂を腐らせてしまえば、死ねば当然地獄に行きます。そうして、その間違った宗教を信じている間は、その地獄から出ることは出来ません。間違った宗教を、信じている時間が長ければ長いほど地獄で苦しむのです。

人にとって、本当に恐ろしいこととは、お金を取られることではなく、実は魂を腐らせてしまうことなのです。

この世に生まれたら(いろいろ騙されたりすることはあったとしても)魂を腐らせることだけはしてはいけないのです。それがこの世に生まれた人の最悪のことだからです。(魂を腐らせれば、生きていても、死んでいても、苦しまなくてはいけなくなるからです。もちろん魂の成長もありません)

宗教はアヘンといわれますが、アヘンのような麻薬は肉体を腐らせるだけですが、間違った宗教は魂を腐らせます。間違った宗教ほど、この世に恐ろしいものはないのです。

少なくとも名古屋の人は、これから、そんなおかしな宗教に騙される人はいなくなるのです。ということは、名古屋の人はこの世に生まれたら、人として絶対やってはいけない最悪のことだけは、もうすることはないのですから、これほどありがたい話はありません。

私に感謝こそすれ、なぜ怒るんでしょうか?

現在名古屋で起きている災いは、それはすべて肉体に対し起きていることに過ぎません。(けがでも病気でも肉体がそうなっているだけです)逆に心はどうでしょうか?

そのようなことばかり起きるのだから、心も当然暗くなるだろうし、怒りもするし、良い思いなど持つわけがないだろう、と思われる人も多いかもしれませんが、私は何度もいっています。そのような心を持つからいけないのだと。そのような心を変えれば奇跡が起きるのだと。

では、そのような心をいつまでも持っているからいけないのであり(心だけではなく、行いも当然その心に応じた、嫌がらせという行いになっていますし)そのような心を直せば、逆の現象が起きて来るのですから、そのように心を直せばいいのです。(そのように心を直すことが出来れば、当然、その心は成長します)

先ほども書きましたが、すべてにおいて、一番の元の元は心なのです。その心を腐らせるのが一番いけないのであって、私がしていることは、その心を腐らせることは何一つしていないのであり、逆に、その心に刺激を与え、成長させることしかしてないのであって、そうであるなら、私は間違ったことを一つもしていないのであり、だから、私が祈れば奇跡が起きるのです。

私のブログが、人の魂を腐らせるような内容のものなのでしょうか?

私の祈りが人の魂をダメにするような祈りなのでしょうか?

私のブログは誰でも読めますので、その内容を見て判断していただければいいですし、私の祈りもです。何度もいっていますが、祈りは自分に返ってきます。人を不幸にするような祈りは自分までも不幸にしてしまいます。では、人を不幸にするような祈りなど絶対にしないということです。

そのように考えるのであれば、私は少しも人の魂を腐らせるようなことはしていないのであり、人の魂を成長させることしかしていないから、私が祈ると次々に奇跡が起きるのです。

その起きる奇跡が、私が間違ったことをしていない証拠です。

それなら私に祈られて、不幸なことが起きている人がもしいたとしたら、どう考えても、その人が悪いということにならないでしょうか?

私に祈られた人が不幸になるなら、それは、その人の心が悪いからそうなるのであり、その人の心さえよければ、そんな不幸な現象は現れなかった、ということになるのではないでしょうか。私は人を不幸にする祈りなど、少しもしていないのですから。

この当たり前の理論がいつまでも分からず、その不幸になる人が反省しようとしないから、いつまでたっても名古屋で起きている不幸な現象は止まらないのです。

いままでは何も起きなかった、それが起き出したのだからお前が悪い、ではないのです。釈尊はいわれています。「この世は無常なものだ」と。

無常とは、はかないという意味に思われていますが(諸行無常などという言葉があり)そうではありません。無常とは常に動いている、移り変わるという意味なのです。

この世は常に動いています。これまで起きなかったことが起きだすことなど、いくらでもあるのです。

昔も、今も、そして未来も、自分たちの生活や周りに起きることは何も変わらない、と思っているのは、そのような「この世は無常である」という釈尊の言葉を知らない人だけなのです。この世は常に移り変わり、今日起きていることも、明日には起きなくなるかもしれないし、今日起きなかったことが、明日には起きだすかもしれないのです。

諸行(大宇宙を含めた、この世界のすべて)は無常(常に動いている)なのであり、常に移り変わりして起きてきたことに対し、どのような態度を取れば一番いいのか?それを判断するのもまた自分の心なのです。

すでに正法の世となっています。(もう末法の世ではありません)

すでに時代が変わっているのであれば、では、どのような態度を取ればいいのか、それは自分の心が一番知っているのです。

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4月 02 2014

東日本大震災の被災地

昨日、宮城県の人から電話をもらい、こちらまで来て話をしていただくには、いくらくらいかかりますか?と聞かれました。

ちゃんとした講演をするわけではなく、座談会のような形式(時間的には二時間前後くらいでしょうか)でいいとのことでしたので、交通費プラス皆さん方のお気持ちだけで結構です、と答えておきました。

それは助かります、といわれていましたが、その人のお仲間で三人ほどの方が、このブログに興味を持って読んでいられるそうです。

それで気になって、ちょっと宮城(仙台)までの交通費を調べてみたのですが、飛行機だと片道三万円くらいかかり、新幹線だと二万円くらいでいけるようです。

新幹線で宮城まで行くとして、往復で四万円、仮に私が謝礼として一万円もらったとして、全部で五万円、それくらいいただければ宮城までいけるということになります。(これはあくまで仮の金額ですが)

一応の目安を書いてみました。他の地域でも、もしかしたら同じようなことを考えていられる方がいるかもしれませんので、参考にしてくだされば幸いです。

しかし、少しその電話をくれた宮城の人と話していたのですが、宮城の方でも、高橋信次先生の名前をいう人は多いようで(GLAがありますからね)いろいろな宗教が来ているそうです。

大震災の被災地ですからね、無理もありませんが、おかしな宗教がいくら行っても被災地の人を救うことは出来ないでしょう。

あの地が、なかなか復興が進まず、奇跡も起きないのは(政府の不手際ということもありますが)やはり、あの地域に住んでいる人たちの心と、あの大震災で亡くなった人たちが、成仏できず、たくさん地縛霊となって、その場所に地獄界をつくりだしているからです。

あの地を復興させるには、まず、そのような地縛霊となっている人たちを救い、そうして、その地域の人たちに法を伝えないといけないのですが、それが出来るのは私しかいません。ですから、どちらにしてもあの被災地に私は行かないといけないのです。

一度は被災地に行って、その場所で祈り、光を降ろさないといけないのです。

私が行って祈れば、あの地にいろいろな奇跡が起きるようになります。(一度光をその地に降ろせば、その地に住む人の心次第で、そこに光が降りやすくなるからです)昨日、宮城の方から電話をもらい、そのようなことに気づきました。今思うと、あの電話も天の配剤だったのかもしれません。

改めて、東日本大震災の被災地には行かねばならないと思いました。

この名古屋で起きていることを知るのであれば、多くの人がこの法を信じるようになります。昨日電話をいただいた方には、頑張っていただきたいと思っています。

ただ、この名古屋で起きていることを、そちらの人たちに、信じていただけるかどうかは分かりませんが。

今日も前の会社など、パニくってるようなのが何人もいるようです。(でかい音ガンガン立ててます。物を思いっきり叩きつけている奴もいるようですが、この会社、従業員がこんな仕事の仕方をしていて、まともな商品できるんでしょうか?)昨日はずいぶん静かだったのに、今日は朝から大騒ぎです。あまりに極端な態度なのですが、一体この会社、何が起きているんでしょうか?まったく理解できません。

しかし、名古屋の人はこのような極端な人が多いのです。私に対し嫌がらせする人はいる(昨日の宮城の人も、名古屋は子供のような人が多いのですね、といわれていました)そうかと思うと、私の顔を見ると逃げていく人もあり(この前など、コンビニで何か買っておつりをもらったら、そのおつりを渡す手がガタガタ震えているのです。若い女の子でしたが、何で震えてるんだ、と不思議でした)私が歩いていると、すずめがよってきて騒いだり、カモメがよってきたりする。おまけにヘリまで飛んでくるのですから(ほんと、毎日ご苦労様です。たまには休まれたらどうでしょう、そちらも大変でしょうが、こちらも大変です)こういうことを他の場所で話したら、まず、こいつ頭がおかしいと思われてしまいます。(笑)

しかし、この辺りの人は、このようなことが本当に起きていると皆知っているのです。

そうして、毎日響いてくるサイレンです。一日に何度も救急車などのサイレンが響いて来るのです。こういうことが、他の地域で起きるでしょうか?

とても、他の地域では起き得ないことが、現在の名古屋で起きているのです。

だから私は、名古屋は毎日奇跡が起きている、といっているのです。

それもこれも、これだけのことが起きているにもかかわらず、名古屋の人たちが、私に対する態度を一切改めようとしないからです。(名古屋の人たちが心と行いを変えようとしないため、同じようなことがずっと起き続けているという状況です)

東日本大震災の被災地に行き、現在の名古屋で起きていることを話し、そうして、この名古屋で起きている現象は、この法を無視し嫌がらせを続けているがため起きている現象であり、この法を信じ行うのであれば、この逆の現象(奇跡)が現れます、と説くのであれば、この教えを信じる人も出てくるのではないでしょうか。(これほどの現象が現れている事実を知るのであれば、この法の正しさも信じることが出来るでしょう)

実際、この教えを信じ行じた人には(ウナッシーさんなど)奇跡も起きているのです。

信じれば奇跡が起き、逆らえば災いが実際に起きています。これだけ分かりやすい教えもありません。

この教えを信じる人が増えれば、東日本大震災の被災地でも奇跡は起こります。

本当に被災地を救いたいのであれば、この法を伝えることです。

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4月 01 2014

続、霊の作用

さて、今日から新年度も始まります。新しい気持ちで心機一転、法を勉強される人が増えてくるといいのですが、どうも周りの雰囲気的には、あまり状況も変わらないようです。(朝からサイレンもよく聞こえていましたし……それ以外でも何か起きてそうだし)

心と行いを変えないと、起きてくる状況は変わりません。早くそれに気づいてほしいものです。

誰も気づく気配がなさそうですので、もう少し詳しく昨日の話を書きましょう。

高橋先生のビデオを観ると、神様が出てくるとか、いろいろ観えたり、得体の知れない者から教えられている、という人がたくさん出てきますが、そのような人に憑いているものは、すべて地獄霊でした。

そのような人に憑いている霊は、最初は、何々の神とか、私は釈迦如来だの何々如来だのいいますが、高橋先生に見破られて、最後にはすべてそのようなものは、地獄にいる人や動物ばかりだとばれるのです。

狐や狸に化かされるという話は昔からありますが、このような動物に憑かれるということは、実際にあるようで高橋先生のビデオの中には、狐や狸に憑かれている人がたくさん出てきます。人の意識に憑いているので、その動物たちは話すことも出来るようですが、いうことは動物ですので単純なことを話しているようです。

私も、こっくりさんをやっていて、いきなり、コーン、コーンと叫びだして、狐のようになった人の話を聞いたことがあります。その憑かれた人は、急に意識が飛んで、自分がなにをしているのか分からなくなったそうです。

また、知り合いの女の子で、ずいぶんやせている子がいたのですが、その子はどれだけ食べても太らないそうです。その子に直接聞いた話ですが、その子は、自分の胃の中に何かがいるのが分かるそうです。(何かがとぐろを巻いていると、その子はいってました)

その胃の中にいるものが、自分が食べたものを食べてしまい、それで自分は太らないといっていました。その時は、おかしなこという子だなと思っていたんですが、今思うと、その子ヘビか何かに憑かれていたんではないかと思えます。

動物の霊が憑くというと、現代の人はピンとこないかもしれませんが、ただ自分たちがそのような話を頭から信じていないので聞き流しているだけで、動物に憑かれたような症状が出ている人は、よく人の話を聞くのであればいるのではないでしょうか。

この人に霊が憑くという現象は、聖書にも書かれてありますが(本当は仏典にも書かれてあったそうですが、そのような部分を全部省いてしまったのが、あの龍樹です。龍樹は仏教中興の祖みたいな言い方をされますが、とんでもありません。自分が理解できない部分を全部省いてしまったのが龍樹であり、今遺る仏典には、霊や神通力の多くの部分が省かれて遺されているのです)キリストの時代も、そうして現代に至るも、それは実際に起きていることであり、知らず知らずのうちに、おかしなものに憑かれているという人は案外多いのです。

この前もありましたが、人を殺した者が「あの人を殺せ」と耳元でいわれた、などとよくいっていますが、あれなど地獄霊に憑かれた典型でしょう。

また、このような人を殺したり傷つけたりすれば、これはおかしいとすぐ分かるのですが、高橋先生のビデオに出てくる人たちなど、ほとんど皆、自分には神が憑いていると思って、人助けやら人にあれこれ助言やらしている人が多かったのです。

ちょっと何か言い当てられたり、予言めいたことが当たったりすると、もうその人を信じ込んでしまい、その人のいうことを、全部聞いてしまうという人も多いのですが(特に女性は多いみたいですが)残念ではありますが、そのような当てごとは地獄霊でもします。

そのようなことだけで、すぐにその人を信じてはならないのです。

地獄霊も次元の違う世界にいますので、この世に起きることを先に知ることが出来たり、また、相手の人の心を読むことも、それほど難しいことではないからです。(次元の違う世界にいれば、地獄霊でも、ある程度は分かるのです。この世にいては観えないことでも、あの世から観たら観えるということはいろいろあるからです。私の近所の人でも、人の心の中が分かりそうなのいますからね。これなど地獄霊が教えているのです)また、病気治しもします。

ですから、このような不思議なことが出来て、そうしてもっともらしことをいわれると(例えば、その人の心がある程度分かれば、その性格も分かります。短気そうな人だと思えば、あなたはもう少し怒らないようにしなさい、といえばいいし、人の意見をあまり聞かないような性格の人には、もう少し素直に人の意見を聞きなさい、といえばいいのです)もう、この人は凄いと信じ込んでしまい、その人のいうことを何でも聞いてしまうという人もいますが、そのようなことだけで、すべて信じてしまうのは非常に危険である、ということです。

その人の格好や行い、そうして、その人の話している話の内容をよく自分で吟味して、信じるか信じないかは決めるべきでしょう。

とにかく地獄霊といっても、これも千差万別で、人を殺せだの、金をもってこいだの、露骨にその正体が分かるものもいれば、当てごとや病気治しまでして、そうして、お金などいりません、などというとぼけたものもいます。

当てごとや病気治し(これは一時治るだけなんですが)までして、お金はいりません、などといわれたら、たいていの人は騙されますが(まして、その人の人柄がやさしいというところまできたら)しかし、地獄霊に憑かれた人は、わりと話が単純で、ここに書いているような話の広がりがありません。(また、広がった話をする人もいますが、そうなると中身のない、ちゃらんぽらんな話になるのですが、信じ込んでしまうと、それがちゃらんぽらんな話と思わなくなるのです。これが怖いところです)

地獄霊では、ちゃんとした法を説けませんし、法を説けないのであれば魂は成長しないのですから、結局損なのです。(地獄霊は、いいことをいっているようで、実は間違った話もいくつかしてしまうからです。だから、地獄霊に憑かれた人の話を聞いていてはダメなのです)

よく当たる占いやら、不思議なことができる霊能者などの話を聞きに行く人は、たくさんいると思いますが、高橋先生のビデオを観ていただければ分かりますが、そのようなことをしていたすべての人が、地獄霊に憑かれていたのです。(正しい霊能者は、高橋先生の教えを受けていた人たちだけでした。すなわち法を知っている人たちだけだったということです)

現在の日本に法は拡がっていません。では、現在いわれる霊能者や神仏といわれる人たちは、法を知っている人がいるわけではなく、法を知らないのであれば、どれだけ不思議なことをしようと、また、どれだけもっともらしいことをいおうと、そのことだけで、すぐその人を信じてはならないということです。

信ずべき人とは、法をしっかり説いて、そうして、桁外れの霊能力を持っている、そのような人なのです。(高橋先生も園頭先生もそのような方でした)

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3月 31 2014

霊の作用

昨日の日本列島は、春の嵐に見舞われたようです。(予想通りですけどね)

各地で大雨や強風が吹き荒れ、建物の外壁が飛んでけが人まで出たそうですが、本当にロクなこと起きません。コンサートまで中止になったところもあるようですが(神の運動を)何もしようとしないからいけないのです。

今日で三月も終わりです。明日から新年度がはじまりテレビなど観ていても、番組を改編するところも多いようです。

では、心の改変もされてはいかがでしょうか。(笑)

どれだけいっても分からない人は分かりません。話題を変えましょう。

最近、ちょこちょこメールをもらうようになりましたが、よく自分には霊能力があり、当てごとや鑑定をしていますとか、病気治しをしていますとか、その霊能がなくなってきて、などという質問を受けます。(昨日、一昨日もそんな質問を受けました)

そのような人たちは、どのような経緯で、その霊能力を身につけたのか知りませんが、自分で法を知って、反省した結果、不思議な力が現れだした、というのであれば、それは問題ありませんが、今巷でいわれているような、お経を上げていたり、肉体行をしたり、あるいは法も反省も何もしないのに、そのような霊能力がいきなり現れてきた、というのであれば、それはほぼ間違いなく、地獄の悪魔たちが力を貸して現している現象に過ぎません。(正しい霊能力ではないということです)

正しい霊能力とは、法を知って、その法を尺度に反省が出来た時に、その人の心に応じていただけるものです。

これ以外の方法で、現れだした霊能力は間違いなく地獄の悪魔たちの仕業であり、その力を使えば使うほど、自分の心が危なくなります。

ここに書かれた(または高橋先生の本を読まれても結構ですが)法を知って、その法を尺度にして、よく反省してみることからはじめられてはいかがでしょうか。

ご自身で霊能力を身につけ、その霊能力で人を救いたいというお気持ちも分かりますが、本当に正しいものを知らずしての霊能力の行使は、非常に危険なのです。

よく行者の末路は哀れといわれますが、これなどその典型です。行者などは、それこそ肉体行をして霊能力を身につけます。そのような霊能力など百パーセント地獄霊が憑いて現れてきたものです。(その地獄霊たちが、菩薩や如来に化けて姿を現す時もあります。それでよけい行者など騙されてしまうのですが)

地獄霊の力を使っていくら人助けをしたところで、最後には、その地獄霊のとりことなってしまい、それで行者は哀れな最後を迎える人が多いのです。

法を知らずしての霊能力の行使は、自殺行為以外のなにものでもありません。

まず、本当に正しいものを知り、そうしてよく自分自身を反省する、霊能力はその後です。

今日は霊の話を書きましたので、ついでに書いておきますが、よく寝ていて金縛りにあった、という人がいます。

この金縛りは、過労やストレスでなると医者はいいますが違います。(そんなことでなるなら、そこらじゅうの人が金縛りにあわないといけなくなります)

この金縛りは、地獄と心が同通していると起こるのです。(つまりこれも地獄霊の作用です。だから、おかしなものが観えることもあれば、おかしなことが聞こえてくることもあるのです。すべて地獄霊がそれを行っているからです)

ですから、この金縛りにあわないようにするには、できるだけ明るくよい心を持って、悪い考えを持たないようにするとよいのです。(そうすれば寝た時に地獄と心が同通することはなくなるからです)

金縛りにあう人は(表面上は明るくふるまっているかもしれませんが)やはり、ストレスをためているとか、悪く物事を考えすぎるとかの心の要因があるのです。だから、そのような心を反省し、物事を心にため込まず、できるだけ明るくよいことを考えるようにするといいのです。

心や精神の世界のことは、間違って伝えられていることが多々あります。本当に正しいものはなにか、それをよく知らないといけないのです。

そうしないと、自分自身が非常に危険である、ということです。

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