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3月 01 2014

夢のある話と夢のない話

今日から三月です。

これから春本番という季節になったのです。せっかくですから、夢のある話とない話を書きましょう。(別に夢のない話など書かなくてもいいのですが、法を知ろうとする人が少ない中、どうしても夢のない話はついて回ります)

夢のある話から書きますが、今話題のケプラー宇宙望遠鏡で宇宙を見ると、太陽系以外でも、生命体が存在する可能性がある惑星がいくつも確認されるそうです。

高橋先生は「他の星に私たちと同じ人間が住んでいることが分かるのは、百年後のことです」といわれていました。(それからまだ四十年ほどしか経っていません)

それより早く、それが分かるのであれば、また夢は広がりますね。(今度は世界ではなく、宇宙の人々と交流が出来るようになるのですからね)早く世界に法を拡げなければと、改めて思います。

法が拡がれば、次々に奇跡が起きて科学も飛躍的に発展するからです。

現在の科学の発展など、まだまだペースが遅いのです。法を多くの科学者が知るのであれば、次々に天啓が降り科学はこんなレベルではなくなります。

例えば、核廃棄物の処理など簡単にできるようになるのです。それくらいのレベルまで科学が発展しないと、宇宙旅行などとてもできないからです。

太陽系以外の星まで行かないと、他の星に住んでいる人々とは交流できないのです。

では、そような星まで行くのに、何年も何十年もかかっているようでは、その星の人々との交流などとてもできません。(寿命が尽きてしまいます)現在のスピードとは、比べものにならないくらいの速さと距離が飛べる、宇宙船が必要になります。

つまり、現在あるロケットなどとは、まったくレベルが違う宇宙船が開発されないと、宇宙旅行など夢のまた夢ということになります。

ということは、このレベルの(月やら火星やら行くだけで騒いでいる)科学とは別次元の科学まで発展しないと、宇宙旅行は不可能ということになります。したがって、そこまで科学が発展するには、この世の人だけで研究を進めていても、とてもそこまではいけないということは今の科学技術を知るのであれば、お分かりいただけるのではないでしょうか。(発展するスピードが遅すぎます)

これまでの科学は、神を否定し、あの世の霊たちを否定してきました。ですから、この程度の科学技術しか世に現れていないのです。

しかし、科学が神を肯定し、あの世の霊たちに祈りを捧げるのであれば、必ずやあの世の霊たちの協力を得られ、天啓が次々に降りて、すばらしい発展を科学は遂げることが出来るのです。

それには、多く科学者が法を知って実践してもらわなければいけませんが、しかし、この法が拡がるのであれば、必ずやそのすばらしい科学はこの世に現れるのです。

そのような宇宙の人たちと交流が出来るような、はるかに科学が発展した世界が、一日も早く来ることを願わずにはいられません。

さて次は夢のない話です。

衝撃の事実が判明しました。(といっても、私の推測ですが)

どうも、前に未来で起きていた恐ろしい現象が、この辺りでも始まったようなのです。

というのも、昨日は前の会社があまりにうるさかったものですから、前の会社に向かって文句をいっていたのです。(「うるさいな、また何か起きるぞ」とか何とかです)

しかし、ここ数日の前の会社の態度が、どうもおかしかったものですから(昨日書きましたように)「お前ら癌になる奴が出たんじゃないだろうな」ということを私がいったのです。

そうしたら、それまでガンガンやってた連中が、急に音を立てるのをやめたのです。

一瞬「シーン」となりました。「……何だこの雰囲気?」と思いました。とたんに、その場の雰囲気が変わったからです。

「まっ、まっさか、本当に癌になったのがいるのか?」と思い、それから私が「おいおい本当に癌になった奴が出たんじゃないだろうな」とか「続けてなった奴がいるんじゃないのか」とか癌にかかわることをいくつもいうと、一変で反応がなくなったのです。

それまで、あれほどうるさくしていた連中が急に静まりかえり、まったく音を立てなくなったのです。

私は、この会社の連中が癌の話をしたとたん、このような態度に急に変わったことで合点がいきました。やはり、この会社の連中から癌になる人が出たようです。(それも立て続けにです。でなければ、この数日のこの会社の連中の態度は説明がつきません。多分、一人くらいではないはずです)

近くの他の会社も、数日前から急に態度を変えたところがあったものですから、それもこの会社の連中に癌になる人が出たということになれば、説明がつきます。(癌になった人が出たことを聞いたのでしょう)

あの未来に起きた、恐ろしい現象が始まったのではないでしょうか。これでもし、小学生やら中学生やらから癌になる子でも出たら、大変なことになります。(ある程度年のいった人が癌になるのは、それは年のせいだろうと思われますが、もし、そんな若い子たちから癌になる子が出るようなら、これはもう完全に神の業が現れ始めたことになるからです。そんなことになれば、この辺り一帯から癌になる人が続出するかもしれません)

私に嫌がらせをした小、中学生はたくさんいます。(現在進行形です)もし、次の神の業が現れ始めたのであれば(私はこのようなことが、いずれ起きるということをすでに聞いています)早く反省され詫びられないと、大変なことになります。

後半書いた、夢のない話は私の推測でしかありません。(直接、前の会社の従業員から聞いたわけではないからです)

しかし、もし私の推測が当たっているのであれば、早く反省しなければ、この辺り、大変なことが起き出すかもしれません。

(前の会社の連中に、本当に癌になる人が出てきたのであれば、もうそこの人たち、誰がいつ癌になるか分からないのです。〔血便が出たり、しこりが出来たらそれで終わりです〕早く反省し詫びを入れられた方がいいのではないでしょうか?〔生きた心地しないでしょう、それでは〕私は、そのように次々に癌になり死んでいく人を何人も見ました。もう怒っている場合ではありません…前半と後半でずいぶん話の内容が違いますが、後半の話はもう少しの時間の有余もありません。〔今日明日にも症状が出る人がいるかもしれないからです〕本当にそのような人が出たのであれば、反省を急がれた方がいいでしょう)

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2月 28 2014

起きていることの違い

ウナッシーさんが、賛助会員になってくださるとのこと連絡がありました。(どこかの人たちとはえらい違いです〔笑〕)

ありがたい話ですが、ウナッシーさんに断っておきます。賛助会員のページに書いてある金額は、ただの目安であって、その金額を必ず払ってください、ということではありません。

要は、神の運動に少しでも協力したいという、その心が大事なのであり、金額が大事なのではありません。

ご無理なさらないよう、お気持ちだけ払ってくださればそれで結構です。

もうお一人、毎年、賛助会員ということで会費を払ってくださる人がいられますが、その方にもやはり奇跡が起きております。(その方のお母様が末期癌だったのですが、私が祈ることで、その末期癌の癌が小さくなり、癌の痛みも無くなるという奇跡が起きました)

しかし、だからといって、奇跡を当てにして賛助会員になろうとする人が、もしいたとしたら、逆にそんな人には奇跡の奇の字も起きないでしょう。それは法ではないからです。ただの取引でしかないからです。

やはり、少しでも法の勉強をしたい、法の流布に貢献したい、というそのような心を持っている方に奇跡は起きるようです。

そのような心の人が少ないばかりに、現在の日本は大変なことになっています。(異常現象が続出です)

そればかりか、その異常現象を人のせいにして嫌がらせばかりしている人たちには、次々に難病奇病が発生して、続々と救急車で病院に運ばれるという、異常現象まで起きているのです。

法の流布に貢献したいという人たちと、その逆に、そのようなことに興味がない、または法の流布を邪魔しているような人たちとでは、起きる現象がまるで違っています。

これだけの違いがあるのですから、当然私は、法を勉強する人、法の流布に貢献する人を、増やさないといけないということになります。(その方が世の中が良くなるのは明らかですから)

これだけ起きる現象が違っているのです。(ということは、天が〔神が〕何を望んでいられるのかは自明でしょう)このブログを読んでいる人たちは、少しは法の勉強をされてはどうでしょうか?(無視したり、邪魔したりばかりしていないでです)

それに知らなかったことを、このブログにより知ったことは事実なのです。それに対し、少しの感謝の心も行いもないのですか?

それではいけないという現象が、次々に現れているんですが、それでもまだ無視しますか?嫌がらせを続けるのですか?

これだけ、こちらが正しい、という現象が毎日のように出ていても、それでも多くの人は、私を認めようとせず、いうことを聞こうともしませんが、それでもいい続けるしかありませんね。

私のいうことを聞いてもらう以外、今日本に起きている異常現象を止めようがないからです。収めようがないからです。

それに私が何もいわなくなれば、日本はもうグチャグチャにされてしまいます。(何度もいいますが、私が法を伝えているから、まだこの程度で日本はすんでいるのです)ですから、どれだけ無視されようが、嫌がらせされようが、私はいい続けるしかないのです。

それ以外、日本を守る方法はないからです。

しかし、私のいうことを、もし多くの人が聞くのであれば、奇跡が次々に起きる、そのよう国と日本はなるのであり、この教えが世界に拡がれば世界中で奇跡が起きる、そのような世界が現れるのです。(今のような災いばかり起きている世界に、逆の現象が起き出すのですから当然そうなります)

それは、私のいうことを信じる人と、信じない人の起きる現象の違いを見てくだされば、お分かりいただけると思います。

これだけ目に見える違いが現れているのです。少しはやる気を出されてはどうでしょうか?

どちらにしても、知らないことをそれなりに教えてもらったのです。では、感謝の心くらい示すべきではないのでしょうか?

しかし、そのようなことさえ平気で無視している人がたくさんいます。

そのような人たちに一言いいたいのですが、人として恥を知ってはどうでしょう。

その恥を知る人が多く出てくるのであれば、日本が救われるからです。

(今日は前の会社えらい張り切って、このブログを書くことを邪魔しています。先ほどもずいぶんでかい音を立て、嫌がらせをしていましたが、前の会社最近変なのです。妙に静かになって物音一つ立てない時がよくあるのです。これだけでかい音を平気で立てて、このブログの邪魔をしている連中が、急に物音を立てなくなる時があるのですから、ずいぶん奇妙な話です。ということは、そんな静かな時は、よほど会社内で何か起きた時なのだろうと推測されます。ということは、ここ最近何か起きることが、ずいぶんこの会社多いということになります。これだけ、このブログを書くのを邪魔しているのです。今日のブログではないですが、この会社に、おかしなことが頻繁に起きだすのも仕方がないことでしょう。このようなことでも起きる現象の違いがよく分かります)

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2月 27 2014

救われる手段

人は永遠の生命である、ということは度々書いてきたことですが、その永遠の生命が必ずしもいいことばかりではないのです。

結局、前回書いたブログのように、自分が悪いことをしているのに気づかないと、いつまでもその苦しみから抜け出すことができず、その苦しみは死んでも続きます。

人は永遠の生命であるばかりに、自分が悪いと気づかなければ、永遠に苦しみ続けるのです。

だいたい時間という単位は、この三次元空間を生きていくうえでの、人間の知恵によってつくりだされたモノサシに過ぎないのであって(そのように区切らないと不便だから、私たちが勝手に時間の単位を区切って生活しているだけです)実際は、神がつくられた大きな流れの中で、私たちは魂修行を続けているのであり、三次元の時間など全く関係ないのです。

神のつくられた流れの中で、私たちは、ある時は物質界で魂の修行をし、またある時は意識界で魂の修行をしているのであり、すべての人間は、魂・心が本質なのであり、だから、その心を直さない限り苦しみはなくならないのです。

したがって、自分が悪いものは自分が悪いと悟らなければ、その間違いによって現れる反作用は、自分が悪いと自覚するまで現れ続けます。

永遠の生命が(それは終わりがないということですから)時として苦しみを長引かせる原因ともなるのですが、それが心の修行なのです。

自分や自分の周りに何が起きているのか、それで今の自分の心の状態が分かるのです。

現在の名古屋に、恐ろしい現象しか現れていないのであれば、それは、名古屋に住む人々が、そのような恐ろしいことが起きる原因をつくり出しているのであって、誰かが、そのような恐ろしい世界をつくり出しているわけではないのです。

そこに住む人々の、それぞれの心が、そのような恐ろしい世界をつくり出す原因となっているのです。(では、それぞれの人が、その原因を反省しないと、その恐ろしい現象は収まらないということになります)

ずいぶん恐ろしいことばかり、頻繁に起きている会社があったとします。そのような会社もまた、そのような恐ろしいことが頻繁に起きるような原因を、その会社の人々、自らがつくり出しているのであり、その原因を反省するまで、その恐ろしい現象は続きます。

どれだけそれを人のせいにしていても、その恐ろしい現象は止まらないのです。その会社の人々が、心を入れ替えるまでその現象は続くからです。

このように、すべてのことにおいて、その場所に起きることは、そこに住む人の心と大きく関係しているのであり、その心に応じて、意識の世界より、その場所にエネルギーが与えられるのです。(常に意識界〔実在界〕より、この物質界〔現象界〕にエネルギーは与えられてはいますが、特別なエネルギーということです)

そのような意識界より与えられるエネルギーが、そこに住む人々の意識により、ある時は災いとなり、またある時は奇跡という形で現されるのです。

与えられるエネルギーが災いより、奇跡の方がよほどよいでしょう。では、そこに住む人々の意識を、その天の意識界より与えられる意識に合わせることです。

そうすれば、その場所に奇跡が起きてきます。

その場所に奇跡を起こしたいのであれば、神の心を知り、それに合わせるほかないのです。

(もう神の心を知ろうとしないと、救われようがないということです。今の心のままでは救われないという、そのような現象が、すでに毎日現れているのですから、それはお分かりいただけると思います)

追伸…昨日のブログを書いた後よりも、書く前に、それらしい服装をしていた子には、ちょっと驚きましたけどね。(笑)

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2月 26 2014

あの世、実在界の話

昨夜、寝る前に祈っていますと、私の心にパニュエル大天使が出てきました。

面白いことに、パニュエル大天使は私と同じように合掌しながら祈り、外で嫌がらせされた時に私が祈るような祈り方もされたのです。(パッと人に向かって手を振るような仕草です)

同じような祈り方をされるのだな、と思って、心に浮かんできたパニュエル大天使を観ていると、不思議な光景が観えてきました。パニュエル大天使が、祈りながらパッと手を振られると、その手を振られた人たちが次々に病気になるのです。

アレッ、と思いましたが、どうもパニュエル大天使は大自然を操る能力だけではなく、人を病にさせる能力も持っていられるようです。

よく考えてみれば、七大天使は複数の能力を持っていられるわけですから(例えば、ガブリエル大天使は癒しの能力に秀でていますが、現象を現す能力も持っていられます)パニュエル大天使が現象を現す能力だけ、と考える方がおかしいのであって、他の能力があっても別に不思議ではないわけです。

ただ私は、パニュエル大天使は、現す現象が非常に大きいと聞いていましたので、それだけ大きな能力を持っていられるなら、その現象を現す能力しかないのだろうと勝手に思っていただけで、そうではなく、それ以外の能力も持っていられるということを、昨夜は観せられたようでした。(昨夜観せられたパニュエル大天使は、女の天使を連れてきていられたようです。初めて天上界の女性の方を観ましたが、確かにきれいですね。真っ白な服を着てスラッとした美人で、パニュエル大天使の肩に手を置いて、ジッと私の方を観ていました。〔どこかで見たことあるような顔してました〕ただ、その目線が妙に上から目線で「何やってんのあなた」というような目で私を観ているのです。ずいぶん生意気そうな女だなとしか感じませんでした。いくら美人でも、ああいうタイプは私はダメですね〔笑〕)

どちらにしてもパニュエル大天使は、ずいぶん攻撃的な能力ばかりお持ちのようです。(笑)

私もパニュエル大天使に習い、同じような祈り方をもっとドンドンしていかないといけませんね。そうしないと名古屋の人、誰も反省しようとしませんから。(別に私がそのように祈ったからと、次々に人が病気になるわけじゃなし。だいたい私、名古屋で何が起きているのか、よく分かっていませんし)

こちらは(説法した)代金踏み倒されている上に、嫌がらせまでされているのです。そういう悪逆非道の人たちを祈るのですから、何も遠慮はいりません。大人から小さな子供までいくらでも祈れます。

すべての人たちが(自分が悪いと)気づいてもらわねばいけないからです。

そういう人たちは、自分が悪いことをしていると気づいていないのです。これだけ悪いことが続いていてもです。

これだけ悪いことが続けば、いい加減自分も悪いと気づきそうなものですが、一向に多くの人はそれに気づきません。これだけ悪いことが今現在起きているのです。では、そこに住む人たちが今死んだらどうなるのでしょうか?それを少し書いておきましょう。

当然ではありますが、皆同じような世界に堕ちていきます。(そのような地獄界です)

この世は多くの人の心が現れている世界なのです。では、そのような世界をつくった人たちが死ねば、そういう人たちはその心のまま死んでいくことになるわけですから、同じような異常現象が毎日起きる世界に堕ちて行き、なぜ、このような恐ろしい世界に自分はいるのか、という疑問が解けるまで、その世界で苦しみ続けるのです。

現在の名古屋の人たちは、毎日起きるサイレンに怯え、私の悪口ばかりいっているのでしょう。(全部私のせいですから)では、そのような周りの人々が次々に病気やけがをし、その恐ろしさと私に対する憎しみしかない、つまり、恐れと憎しみしかない世界で死ねば暮らすことになり、そのような心はいけないと自分自身で悟るまで、その世界で苦しみ続けるのです。

その世界には、私のような、そのような心ではいけない、反省しなさい、といってくれる人など一人もいません。

皆、自分と同じ考えの人たちばかりですから、皆同じことばかりいいながら、同じことをしているのです。(つまり、病気の苦しみと私への憎しみが繰り返し襲ってきて、苦しいだけの世界の中で、そこにいるすべての人が同じように苦しみ、自分が一人でこのような考えはいけないと悟るまで、その世界で苦しみ続けるということです。何年も何十年もです。時間は関係ありません。自分が悟るまでです)

そういう世界に堕ちていくのがいいのでしょうか?

しかし、今の心のままなら、百人が百人(少なくとも名古屋の人は)そのような世界に堕ちていきます。(名古屋にこのような現象が現れているのが、そのよい証拠です。すでに、そのような地獄の世界が名古屋に現れているからです)

それでもよいといわれるのでしょうか?

私はそれでよいとは思えません。だから、どれだけ多くの人に嫌われても、このようなブログを書き続けているのだし、祈りも続けているのです。

それが、そのような何も気づこうとしない人たちを気づかせる、唯一の方法だからです。

このようなブログを書き、祈ることしか、そのような人たちを気づかせる方法がないからです。(口でいっただけでは誰も分からないでしょう)

私は、口だけではありません。現実にここに書いたことが起きています。そこが口だけで否定しているだけの人と、私との違いです。

少なくとも今のままでは、名古屋の多くの人は死ねば確実に地獄に堕ちるのです。(名古屋に現れている恐ろしい現象が、それを証明しています)

いつまで目や耳をふさいでいるのでしょうか?

しかしそれでは、いつまでたっても救われないのです。(生きている間だけではなく、死んでからもです)

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2月 25 2014

恐ろしい現象が現れている原因

今日も朝、目が覚めるとサイレンが響いていました。

先ほどからも、ずいぶんサイレンが響いてきますが(何が起きているんでしょう、また火事でもあったんでしょうか?)まったく、信じられないような世の中になりました。

何か、そのような(恐怖)映画に出演しているかのようですが、これは現実です。であるならば、ずいぶん恐ろしいことが毎日起きているということになります。

名古屋の町は他のどの町より、本当の神の教えを知った人が多いのです。(私のことを知った人が多いのですから)そうであるなら、ウナッシーさんのような、奇跡が起きる人が続出しないといけないはずなのに、災いが起きている人が続出しているとは一体どうしたわけでしょうか?

しかし、名古屋の多くの人の言動を知るならばそれも仕方がない話でしょう。

普通であれば、神の教えを伝えてくれた人に、感謝の心を持って、布施しなければいけないはずなのに、名古屋の多くの人たちは、その神の教えを伝えてくれた人に対し、怒りやねたみの心を持って、嫌がらせをしているのです。

それでは神の怒りは計り知れません。まったく逆の現象が名古屋に現れるのも、当然といえば当然の結果でしょう。

もうここまでの現象が現れているのです。この恐ろしい現象を、もはや私一人で止めることなど不可能でしょう。

では、神の御業に合わせるしかありません。

どうせ大人から子供まで、人の顔を見れば嫌がらせしてくるのです。どれだけいっても自分たちの罪を認めようとしないのです。では、片っ端からそのような人たちを、祈った方がよほどその人たちのためになります。(何度もいいますが、私の祈りは「この人を正しくお導きください」と祈るのです。私が祈れば祈るほど、そのような人たちは正しく導かれるのですから、これ以上、本人にとっても、また私にとってもよいことはありません。人を祈るということは〔それが正しい祈りであるならば〕徳にしかならないのです)

そうして、このような現象が出尽くせば、この現象は止まるでしょう。では、出尽くすまで(神に逆らう心の人がいなくなるまで)やり続けるしかありません。

なら、片っ端から祈るほかありませんね。この恐ろしい現象を抑えるには、それが一番の早道だからです。

この近辺でも、ずいぶん恐ろしい現象が頻繁に現れだした所もあるようです。それも自分たちが、いつまでも反省できないというのであれば、そのような(間違った)心の人がいなくなるまで、その現象は続きます。

神の御業は中途半端なところで止まることはありません。より多くの人が神の心をしっかり知って、実践できるようになるまで続くのです。

神の心を知って実践できるようになるならば、次々に奇跡が起きてきます。しかし、神の心を知ろうとせず、いつまでも逆らい続けるというのであれば、次々に災いが起きるのです。

その両方の現象が実際に現れています。

どちらがよいのかは自分自身で決めればよいことです。

しかし、自分の心がまともに現れる時代となりました。よい世の中をつくるのも、恐ろしい世の中をつくるのも、すべて自分の心次第です。

よい世の中をつくりたいのであれば、よい心を持つ(神の心を知る)しかないのです。

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