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4月 09 2013

法を知らないことの弊害

しかし、北朝鮮にも困ったものです。脅す気だけでやっていたとしても、一歩間違えれば戦争になりますからね。あのような国が一国あるだけでその周辺の国々は大迷惑です。

特別、北朝鮮の問題だけではありませんが、現在の日本には原発問題もありますし、いろいろ悩みは尽きないといったところでしょうか。

このような問題も、この世の人だけでやっているからなかなか解決しないのです。天の力(それは正しく祈りながらするという意味です)を借りながらやれば、よい解決方法が出てきて、知らず知らずのうちによい方向に向かい、問題が解決されていくということになるのですが(天が導いてくれますので)法が拡がっていないものですから、天の力を借りるということを誰も知りません。

そうなると、よくなったり悪くなったりの繰り返しで、なかなか問題が解決されないということになるのです。(現在のような状況が続くということです)このようなことを見ていると、やはり少しでも早く法を世界に拡げないといけないとつくづく思います。(まだ日本にさえ拡がっていませんが)

このような法が拡がっていない弊害はまだまだあります。

この前の、東日本大震災ほどの大地震でさえ予見できなかった反省から、地震の仕組みを探る研究が本格的に始まったらしいのですが、学者の先生方、相変わらず地層を調べたり、大きな地震が起きている年代など調べたりしているだけのようです。

何べんもいいますが、それは二次的要素であり、本当の元の原因はそんなところにはないのです。少し前に、週刊ポストかなんかの週刊誌に書いてありましたが、もう地震の研究費は累積で三千億(だったと思いますが)ほど使っているそうですが、この地震学者さんたちも学習しません。(だって、ずっと同じようなことを調べていて結果が出てないんですよね、なら発想を変えればいいのに)

もったいない話です、そんなところに金をかけて一生懸命調べても、どうせはずれるのであるし地震の予知もできません。そんな無駄なことするより、そこに住む人たちの心を調べることです。その方がよほど地震(特別、地震だけではありません。他の天変地変すべてにです)の予知もできますし、それを防ぐこともできるのです。

前と同じことを繰り返し書きますが、よく災害が起きる地域に住む人たちの心と、あまり災害の起きない地域に住む人たちの心を比べてみることです。(これも繰り返しになりますが、その地域の人たちの考えのアンケートを詳細にとることです)

そうすれば、災害の起きる原因がよく分かると思います。

慈悲、愛、調和、このような心を持っている人たちが少ない地域(それはすなわち、自由や平等などの、自分さえよければいいという共産主義の考えを持っている人が多い地域)は、よく災害が起こり、慈悲、愛、調和の心を持っている人が多い地域(それはすなわち、人に対する思いやり、やさしさ、感謝という考えを持っている人が多い地域)は、災害があまり起こらないのです。

この世の表面上のことをいくら調べても、本当の原因は分かりません。本当の原因は人の心にあるからです。

だから、道徳教育にしろなんにしろ、人の心をよくする教育は絶対にやらなければいけないのです。これはいじめなどの問題だけでなく、天変地変を防ぐ方法でもあるからです。

それに道徳教育などしても、いじめがなくなるかどうか分からないとか何とか、日教組やオカマの評論家はいいますが、小さい時から人に対する思いやりや、友情をしっかり教育しておけば、それはいじめは減るでしょう。(そういう教育を小さい時からしっかりするなら、いじめなどしてはいけないと自然と分かるようになりますからね)

そんなことも予想できないような連中が、教育を語るべきではありませんし、この日教組やオカマの評論家こそ共産主義者そのものなのです。

ということは、このような連中のいうことを聞けば、いじめが蔓延する、あちこちで天変地変が起きる、そんな世の中になるということです。現実に今がそのような世の中なのではないでしょうか。このような連中のいうことを皆聞いているからです。

このようなところにも、法を知らないことの弊害が現れています。

多くの人が法を知るのであれば、いじめなどない(そのような行為が自分自身にとって、どれだけマイナスであるか分かるからです)天変地変が起こらない、平和な世の中が実現するのです。(当然戦争もなくなります。おまけに奇跡的なことが続出して、どんどんよい生活ができるようになります)

多くの人が、そのような世になることを待望しているはずです。では、どうすればそのような世の中が実現するのでしょうか?

それは、法を知るしかないでしょ。

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4月 08 2013

神を軽く見ていることの愚かさ

昨日は風も強くて寒い一日でした。昨日一昨日は各地荒れた天気になったようです。観測史上最高などという記録も続いていますし、早く天気も落ち着くといいのですが…なかなかそうもいかないようです。

今年は堀川にまだ何十羽というカモメがいます。いつもなら、十一月頃から姿を見せ始め三月くらいにはもう大分いなくなって、四月になればほとんど姿を見ることはないのに、今年は四月に入ってもまだたくさん堀川で飛び回っています。今年はずいぶんカモメも粘っているようです。(笑)

私が掘川沿いを歩いていると、何羽も近くまで飛んできてキィーキィー鳴いています。かわいらしいものです。

そのかわいらしいカモメと違って、同じ人間が、なぜこうもかわいくないのか不思議でなりません。最近はコンビニに入っても、そこのバイトや来ている客で嫌がらせをしてくる奴がいますからね、ほんと人気者はつらいです。(笑)

しかし、大丈夫でしょうかねそのような人たち。私その場だけでなくて帰ってからも、そのような人たちはしっかり祈ることにしていますので(何せ慈悲深いですから)気づきの現象が次々に起きてこなければいいのですが。(ご本人にとっては起きた方がいいのかもしれませんね、何が起きても、それは気づきの現象なのですから)

その気づきの現象ですが、どうも週の前半は何もなくて後半になると何か起きてくる、というのがパターンようですがいかがでしょうか?(私は何も起きていないので分かりませんが、そんな感じで周りの雰囲気や態度が変わることが多いものですから、この辺りは)

それにしても、このような状況になってもう一年ほど経つのではないでしょうか。

この辺りで、奇妙なことが頻繁に起きるようになって一年にもなるのです。(それを考えるとゾッとしますが)それなのに、皆さんされること本当に変わりませんね。何か起きれば私に嫌がらせするか、自分の気の向いた時に嫌がらせするか、あるいは嫌がらせをやめた人もいるようですが、ずっとそのようなパターンが続いているように感じます。(多くの人が一年もの間、同じことを繰り返しているのです。学習されないのでしょうか? こちらもかなり粘られているようです)

誰一人、そのような現象が神の御業であるとは思わず、私を畏れようとしません。(恐れている人はいるようですが)嫌がらせを意地になってやっている人もいるようですが、そのように突っ張っていて何かよい結果がでましたか?(悪い結果しかでていないように思いますが)

このような状況が(救急車のサイレンも頻繁に聞こえてきますし)一年も続いているのです。もう態度を変えるしかないのではないでしょうか。どれだけそれに逆らおうと、自分が死ぬまでこんな状況が続けばどうなるでしょう? 自分がいつおかしな病気を発病するかもしれないという思いを持ち続け、不安で一杯の地獄のような毎日を送らなければならないのです。

そんな思いを持ち続けているのであれば、病気になどならなくても幸せな人生など歩めません。常に自分の心の中は“病気になるかもしれない”という不安で一杯なのですから。

私が原因でそんなことが起きている、と多くの皆さんが思っているのなら、私のいうことを聞かれたらどうですか? 嫌がらせなどしてはいけない、少しでいいのでご協力ください、まずその言葉を聞くことです。このような状況が続いているのです。それ以外の選択肢はもはやないように思いますが、あまりに多くの人が神の心から遠いのではないでしょうか。

特別この辺りの人だけが神の心から遠いということもないと思います。(それは他の地域の人からも、ご協力いただけないということでその事実が分かります)日本の多くの人が“唯物無神論”という間違った教えに毒され、神など存在しないか、自分の下僕のように思い、あまりに軽視しすぎているのです。

それでこのような神の御業が次々に現れても、それを神の業とは思わず(または思ってはいても軽く考え)自分の心を反省しようと思わないのです。(自分は何も悪くないと思っているからです)しかし、ずいぶん不思議なことがこの辺りでは立て続けに起きています。このような状況がそれほど軽い状況でしょうか? どれだけ今起きてることを考えても、考えすぎではないという状況なのではないでしょうか。(毎日のように救急車のサイレンが何度も聞こえてくるのです。現在有り得ないことが起きているのです。このような状況をそんなに軽く考えていいわけありません)

多くの人々がもっと神を畏れないといけないのです。自分の心を神から遠ざけてしまったことを反省しないといけないのです。

神の心には従順に従うほかないのです。それ以外の選択は有り得ません。

ここら辺りに起きている現象は、まるで週の前半は皆様の心と行いが変わるのを観ていて、そうして心と行いが変わらないようなら後半次々に現象を現す、そのように天がしているのではないかと思えるような現象の現れ方をしています。

このような現象が偶然現れているだけでしょうか。どう考えてもそこに、不思議な私たちの手が及ばない力がかかっているとしか思えません。

いつまでもこのような神の力を軽く見ていてはいけないのです。

一刻も早く反省され心と行いを変えられるべきでしょう。そうしなければ、また不幸が繰り返されることになるからです。

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4月 07 2013

本物の教えと偽の教え

昨日は各地大荒れの天気だったようです。(今日もまだ警戒が必要ですが)

それにしても、一昨日などずいぶん暖かで穏やかな天気だったのに、昨日今日は大荒れです。相変わらず極端な天気が続いています。それも仕方がない話でしょう。敢えて理由は申しませんが。

一昨日でしたか日銀の黒田総裁が「次元の異なる緩和」政策を発表されたため、市場が一変に動き始めたようですが、私の周りにも「次元の異なる力」が働いているにもかかわらず、皆さん一向に動こうとされません。同じ「次元の異なる」話ではありますがえらい違いです。(笑)

私が祈って、何かこの辺りに次々に起きているように思いますが(そればかりでなく、これまでもいろいろ起きたと思いますが)協力しようとされる人は現れません。(嫌がらせする人やこちらをジロジロ見ている人はいますがね)

なぜでしょうか? 不思議でなりませんね。先ほどの話ではありませんが、このような「次元の異なる力」が私の周りでは立て続けに働いているのです。それに皆さん興味がわかないのでしょうか?

宗教などやってる人もたくさんみえると思いますが、それではそのような人々の中で、私のように祈って次々に現象が現れる人がいるのでしょうか? (いるならいつでも勝負しますが)この教えを勉強するのであれば、その人の心の程度によりますが、それなりの恩恵は受けられるのです。(本当の神の教えなのですから)それなら勉強しないと損でしょう。(損得の問題でもありませんが)

何か自分が信じている宗教でそんなことが起きますか? 仏壇にお供え物をしていて奇跡が起きますか?(キリスト教などの)祈りをしていて奇跡が起きますか? お経を上げていて奇跡が起きますか? 滝行や護摩行などをしていて奇跡が起きますか? 

そういうところで起きる奇跡など本物の奇跡とはいえないのです。なぜなら、どこの宗教も釈尊やキリストの本当の教えを伝えていないからです。釈尊やキリストの教えのほんの一部分を伝えているに過ぎないからです。それどころか釈尊やキリストがやっていないことまでしているからです。(釈尊やキリストは、仏壇にお供え物などされなかったですし、滝行や護摩行などの肉体行では悟れないといわれたのです。釈尊やキリストがやられていないことをやり、そんなことをしていては悟れないといわれたことをやっていて、それが本物の教えのわけがありません)

だから起きる奇跡も、起きているのか、いないのか、はっきり分からないようなあやふやなものなのです。(そのような奇跡は所詮悪魔が起こしているに過ぎないからです。本物の光の天使が起こしているわけではないからです。本物の光の天使は、正しい教えが説かれているところにしか現れません)

そうではないですか? 奇跡が起きているといっているところで、私ほどはっきり多くの人の目の前で奇跡を起こした人が誰かいるのでしょうか?

私はここに、これから祈りますと宣言し、その後、急に気温が上がったり、大雨が降ったり、地震が起きたり、台風が来たりしたことが何度もあるのです。そればかりかあのタイの洪水も引かせると宣言し、現実にそのすぐ後からタイの洪水は引き始めたのです。

このような現象は、このブログを何年も前から読んでいる人なら皆知っているはずです。このような奇跡を既存、新興宗教を信仰している人たちの中で起こせる人がいるのでしょうか? もし誰もいないのであれば、そのような教えをいくら勉強していても時間の無駄でしょう。なぜなら、その教えは本物の教えではないからです。

本物の教えを説いていたのは、釈尊やキリスト、モーゼ、エリヤ、エリシャといった、現在の人々が誰でも知っている方々だけなのです。(ですからこのような方々も、このような現象は皆起こせたということです。当然、高橋先生、園頭先生も同じです。そういう機会があったか、なかったか、それだけの違いです)

このような偉大な現象を起こせる人こそ本物であり、また、その証拠として、このような奇跡の現象が現れるのです。

私の周りでは現在も不思議な現象が次々に起きています。

新しい週が始まりました。また今週私の周りで何が起きるか分かりませんが、その起きる現象が、よいものになるのか、それとも悪いものになるのかは、多くの人々の心と行い次第なのです。

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4月 06 2013

神の御業

あれ? また何か起きました?

昨夜など、うちの近くまで来たらあちこちに人がいて、私が通るとわざとらしく皆家にさっさと入り、戸をバタンとかピシャとか閉めていましたが、あまりに私、テレビや漫画に出てくる嫌われ者そのもののような気がして、思わず笑ってしまいました。(笑)

皆さんやることがずいぶん露骨ですが、少しテレビや漫画の見すぎではないでしょうか。(笑)

何が起きてるか知りませんが、ソロソロそんなことをしている人たちにも現象が現れ始めます。せいぜいお気をつけください……とかいって、もちろん冗談です。(そう書いとかないと、このような人たちに何か起きたらまた私のせいになりますので)

しかし、一体何が起きているんでしょうか? 周りの人の態度や雰囲気はしょっちゅう変わるんですけど、態度変えるだけだから何が起きてるのかさっぱり分かりません。(誰も口きいてくれないし)

何か起きてるのは起きてるようですが、でも、たいしたこと起きてないんでしょうね、きっと。そんな大変なことが続けて起きているなら、誰かこの神の運動の手伝いをしても不思議ではありませんし、嫌がらせだってやめるでしょう。それが、未だに手伝う人はいないし、嫌がらせをする人もいます。ということは、何か起きていたとしても、たいしたことではないという結論になります。

マァ、漫画やテレビドラマなら、祈って何か現象が頻繁に起きても不思議ではありませんが(だって人が勝手に作ったものですから)実際にそんなことが続けて起きていたら、普通皆さんパニくるでしょう。(そのように見えないこともありませんが)しかし、嫌がらせする人しかいないということは、何か起きているのかもしれませんが、起きていたとしてもたいしたことは起きていませんね。

たいしたことが起きていないからこのような状態が続くのです。(白鳥公園のことを書いたら、最近はあの辺りまで私の噂が拡がっているようで、わざわざ公園に嫌がらせに来る人までいますし〔何せ人の前でわざとらしく唾を吐いてく人、何人もいましたので〕)

新規で嫌がらせする人はいても、協力してくれる人はいません。これではこの辺りに何が起きてくるか分かりません。取り敢えず嫌がらせをする人は徹底的に祈ります。(少々の現象ではかえって罪をつくる人を増やしてしまいます。もっと激しい現象を現してくれるよう天には頼んでおきます。そんなことした人たち、覚悟だけはしておいてくださいね。何か起きると思いますよ。この辺りで何か起きていることは事実なのですから)

それにしても困りました。これはかなり危ない状況ですね。次々に現象が現れるかもしれません。(だって、協力してくれる人は全然出てこないで、嫌がらせする人ばかり増えているのですから)

だいたい私に嫌がらせする方がおかしいでしょう。

私はただこのブログを読むのであれば、年に一度か二度お気持ちだけで結構ですから布施してください、といっているだけなのです。(これ無茶な話でしょうか? ただ皆さん方がせこいだけなのでは…またこんなこと書くと嫌がらせされます〔涙〕)

その程度のことも聞こうとせず、内容が気に食わなければ私に嫌がらせしていて、そのような態度が正しいと思いますか? それでは子供と同じでしょう。というより、子供でもそこまで勝手なことしません。そんな自己中なことをしていればいいことも起きてきません。それで悪いことが起きて、またそれも私のせいにしているのだから、もうどうしようもありません。(どう考えても自業自得でしょう)

そんなことをずっと続けているから、悪いことばかり起きるのです。(普通に考えても、人に嫌がらせばかりしていたら、自分に悪いことが起きても仕方ないと思うはずですが〔人に対し悪いことをし続けているんですからね〕そんな反省すら毛ほどもないんでしょうか?)どれだけそれをいっても分からないのであれば、多くの人がそれは悪いことであると理解するまで、この辺りに起きている恐ろしい現象は続くでしょう。(何でこんな同じことずっといい続けているのでしょう)

わざとらしい態度を取られる暇があるのなら、少しは反省して態度を改められたらいかがでしょうか。その方がよほどよいこと起きます。

しかし、もし、恐ろしい現象がこの辺りに続けて起きているのだとしたら、それは神の御業が次々に現れている証拠なのです。

そのような神の御業を現す者に、嫌がらせなどもってのほかなのです。

追伸…昨日、白鳥公園に行ったら、人前で堂々と抱き合ってベタベタしているバカ高校生がいました。(真昼間にですよ)

多くの皆さんが命がけの修行をしている時に、何をやってるんですかねこのバカ高校生どもは。(決してひがんでいるわけではありません)最近の若者の貞操観念のなさには呆れてしまいます。今のような教育のままで、こんなバカ高校生が増えて風紀や治安がこれまで以上に乱れてきたら、一体誰が責任を取ってくれるのでしょうか。

自分たちの教育に口を出すなという親も多いと聞きます。そうであるならば、このようなことを真昼間からやっているのは、正しいことなのか、それとも正しいことではないのか、天に問うてみなければなりません。

そう思いましたので、その高校生たちをしっかり祈っておきました。(親共々ね)祈っておけば、そのような教育が正しいか、正しくないかは天が教えてくれるでしょう。最近の親の教育は甘いように思いますが、私がそういったところで「お前が子供の教育に口を出すな」といわれるのが関の山でしょう。

そうであるなら、もし、このような態度はおかしいのではないか、と思われる子供が私の周りをウロウロしたら即座に祈ります。(もちろん親共々です。子供のうちは、その子自身というより親の教育に問題ありと、私は思っていますので)人におかしいと思われないよう、少々きびしく教育された方がいいのではないでしょうか自分のお子さんは。(何せ私大人も子供も見さかいなく祈りますから)

いずれにしても、そういう高校生を見ていて、法の流布を急がねばならないと改めて思いました。

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4月 05 2013

現代の常識

前々回に、大阪の印刷会社の薬品が原因で(まだはっきりは分かっていませんが)癌になって亡くなった人が八人も出た、というニュースの話を少し書きましたが、この癌になった原因ではないかといわれている薬品を、その癌になった従業員の人たちは、毎日のようにかなりの量を吸い込んでいたということです。

常識で考えるのであれば、それが原因で癌になったかもしれないというものを毎日のように吸って、それでも癌になるのは数年から十数年もかかるのです。(この癌で亡くなった八人の人たちは十数年の間に亡くなっているのですから)では、園頭先生の悪口をいった人たちに起きたあの出来事は、一体どのように理解すればいいのでしょうか。

前にも書きましたが、私が前にいた教育研究会未来という会の会員の人たちは、わずが一年ほどの間に、次々と癌になり(白血病になった人もいたように思います…マァ白血病も血液の癌といわれますからね)亡くなったのです。私が知っているだけでも十人はいたのではないかと思われます。(私の地元の愛知県の人も一人いました)

明らかに発癌性のある薬品を、毎日のように吸っていても癌になるには数年から十数年かかり、しかもその癌が発症する時期など皆(何年にもわたって)バラバラなのに、同じ時期のわずか一年くらいの間に、十人もの人が次々に癌を発症して亡くなるなど、ちょっと常識では考えられないのではないでしょうか。(しかもその会はできてまだ三年ほどしかたっていませんでした)

その現代の常識では考えられないようなことが、実際私の目の前で起きたのです。

このような出来事を現代の医学ではどのように説明されるのでしょうか。(ぜひ高名な学者先生にお聞きしたいです)

たまたまとか、偶然とでもいわれるのでしょうか? 十数年の間に八人癌で亡くなっただけで大ニュースになるのです。それがわずか一年で十人(私が知らないだけでもっといたかもしれませんが)もの人が癌で亡くなっていて、まさか、このような出来事を、たまたまとか、偶然とかではすまされないと思いますが、どのように説明していただけるのでしょうか?

その会の会員は、発癌性のある食べ物を皆食べていたのではないかとか(研修会などある時は、その会場〔ホテルなどが多かったのですが〕の食事を皆でしていましたので、その時は同じような物を食べましたが、それ以外で、その会員が皆同じような物を食べるということはありませんでした)おかしな薬品を使っていたのではないかとか(会員の間で、会から何かおかしなものを渡され、それを使っていたということもありませんでした)いわれても、それは当てはまりませんし、私もその当時その会にいましたが癌になどなっていません。

その癌になった人たちは、住んでる地域もバラバラなら、年もバラバラで、また男だけとか女だけということもありませんでした。唯一つ共通していたことは、教育研究会未来の会員であったということだけです。

このようなことはニュースにならないのでしょうか?(週刊誌などよいネタだと思いますが)大変奇妙なことが起きていると思うのですが…。(へたすれば考えられないような異常な現象なのではないですか?…というか私の周りで起きてること皆さん故意に無視してませんか?)

このような出来事一つとってみても、現代の科学では説明がつかないのではないでしょうか。このような出来事は、すでに現代の常識などはるかに超えているのです。そのようなことが次々に私の周りで起きているのです。

また何か起きたんですかね? 昨日と今日では周りの雰囲気が全然違っていますが…?

だとしたら、また一つ世の常識では考えられないようなことが起きたということです。

もし、私の周りで異常なことが次々に起きているのだとしたら、逆もまたしかりです。この教えを勉強しようとしないから不幸なことが次々と起きるのです。では、この教えを勉強するのであれば、幸福なことが次々に起きるということになります。

そうであるならば、今北朝鮮などが不穏な動きをしてミサイルの発射準備など進めていますが、もしあのミサイルが発射されても、この教えを勉強している人が多ければ、そのようなミサイルからも日本は守られるということになります。(日本が幸福になるか、それとも不幸になるのか、その運命さえこのブログを読んでいる人は握っているということです。これ、決して大げさなことでも何でもありません。皆さんそういう自覚がなさすぎるのです。この教えを完全になめています)

もうすでに、私の周りで起きている出来事は現代の常識など通用しません。(常識外のことが次々に起きているのですから)

それでは誰に助けを求めようと助けれる人はいませんよね。もう、神仏に頼るほかないのではないでしょうか。

もうこれまでの考え方を変えるしかありません。これまでの常識など捨て去るほかないのです。

そうしなければ幸福はこないということです。

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