>>ブログトップへ

1月 08 2013

陽主陰従と陰陽の調和

大阪の性犯罪の多さは深刻らしいですね、橋下市長も頭を痛めていられるようです。

少々条例を厳しくしたくらいでは収まりそうもありません。どうですか橋下市長、このブログを読んでるだけでなく法を本格的に勉強されては。

市長や知事が本格的に法を勉強されるなら(当然心が変わってきますので)天が力をかしてくれます。市長や知事の心が変われば大阪の性犯罪も劇的に減るでしょう。何時までも(法に対して)動こうとされないとご自身が損です。よくよくお考えください。(橋下市長とは思えない行動力のなさです〔笑〕)

さて、そのような犯罪も多発しているということなら、もう少し詳しく男と女の役割を書いておきましょう。

そんな性犯罪が横行しているということは(大阪はひったくりや車上狙いなども多発しているとのことですが)やはり愛が足りていない証拠ですね。愛はこの世の潤滑油であって、その潤滑油が足りなければ(当然調和できませんから)あちこちに問題が起きてくるのも仕方がないことでしょう。

私は前に陽主陰従ということを書きました。(すべてのものは左から始まる。左が先で右が後。それはつまり男が先で女が後)しかし、そういう法則があることは事実でありますが、その一方で陰陽の調和という言葉もあります。この言葉は陰が先になり陽が後になっています。(陽陰の調和とはいいませんから)

では、この言葉は間違っているのでしょうか?

そうではありません。実はこの言葉もまた法であり天地の法則のなのです。

いっていることが矛盾していると、思われる方もいられるかもしれませんが、この陽主陰従と陰陽の調和は二つで一対なのです。二つ揃って初めて神理といえるのです。

この二つの言葉は、外にあっては男が先で主となり(陽主陰従)内にあっては女が先で主となる(陰陽の調和)という意味なのです。

外では男が主となって物事を進めないといけませんが、内(家庭)では逆に女が主となり物事を進めないといけないのです。

なぜそうしないといけないのか、それは、男と女の役割が違い出す愛も違っているからです。

男の愛は破壊の愛です。古いものを壊し新しいものをつくりだす、そのような愛なのですが、女の愛は、すべてのものを癒し、浄化し、育む愛です。ですから、この二つの愛が調和した時、初めてそこに神の国ができるのです。

このように考えますと、なぜ、外では男が先になり、内では女が先にならないといけないのか、お分かりいただけると思います。

もし内で(家庭内で)男が先になって破壊の愛を出してしまえば、当然その家庭は破壊されますし、また逆に外で女が先になり癒し、浄化し、育む愛を出されても、男が先に立って物事を進めていなければ、その愛は何の役にも立たないでしょう。

つまり男が家庭内で、先になってあれこれ口を出せばケンカにしかならないし(破壊の愛しか出せませんので)外の仕事のことに女が先になって口を出せば、これもケンカにしかならないということです。(まったく出す愛が違っているからです。女の愛では外で通用しないのです…しかし、最近の女性は破壊の愛を出す人も多いのですが〔笑〕)

ですから外で仕事をする、とうことは男の使命(破壊の愛を出すこと)なのですから、当然しなければならないし、家庭内の主婦業というのも女の使命(癒し、浄化し、育む愛を出すこと)なのですから、しっかりやらねばならないということです。(主婦業と仕事を両立できるといわれる人もいますが、そんな掛け持ちみたいなことをして、夫や子供にしっかり愛が出せますか?しっかり出せるという人ならどうぞおやりください、そのかわりしっかり愛が出せていなければ、そのつけは後で必ず現れます。その時に泣いても遅いのです)

何か主婦業を、遊びの延長くらいに捉え軽く見ている人もいますが、とんでもありません。主婦業はただ、家事育児をやるということだけではないのです。(それなら家政婦でも雇えば十分でしょう)他の誰にも出せない、夫への愛、子供への愛を出せるのは、その家の主婦だけなのです。ですから、男が外に働きに行くことと、家庭の主婦業は同じくらいの価値があるのです。そんな軽いものではないのです。(ただ、愛を出す、とは口を出すこととは違います。そこはお間違えのないように)

夫に対する愛、子供に対する愛は、その夫や子に大きな影響を与え、また、多大なエネルギーとなって、世の中に大きく貢献することになります。

その妻や母から、多くの神の愛を貰っている人は、犯罪など犯すことはなく常に神の心を世の中に具現することになるのです。当然、そのような女の愛で満たされた人が増えるのであれば、くだらない犯罪など消えてなくなるでしょう。

くだらない犯罪をなくすには、条例を強化し、それで縛り付ければなくなるというものではありません。愛ある家庭を増やすことです。そうすればくだらない犯罪はなくなるのです。

陽主陰従、陰陽の調和、そのような天地の法則を誰もがよく理解し、実践しなければ平和な世の中など何時までたっても現れてはこないのです。

追伸…世の中優れた女性といえば、政治的に活躍した人とか、人気のある人ばかりを取り上げて評価していますが、私は女性に対し、そのような評価の仕方はおかしいと思います。

釈尊在世当時のインドでは、シャリー・プトラーの母のシャリーは、良妻賢母の呼び声が高く、その評判はインド中の人に知られていたそうです。

女性の評価の仕方は、そのようでなくてはいけないのではないでしょうか。(社会的に有名になる人は、女性の使命からすればほんの一握りの人たちだからです。ほとんどの女性は、家庭でいかに愛を出すかの使命を持って生まれてきているからです)

女性への評価とは、日本で一番の良妻賢母であった、そのような女性こそ、女性として№1の人である、という評価が正しいのではないかと私は思います。

そういう人を、№1の女性と早く評価できる日がくることを願わずに入られません。そのような日が来た時、真の平和が訪れる、そんな気がしてなりません。

0コメント

1月 07 2013

続、女の役割

結局、日曜日まで待っても無反応でしたね、待つまでありませんでした。マァ、私に対する態度を変えようが変えまいが自由ですが、これからドンドン法の時代は深まります。必要以上の祈りはいたしませんが、考えを変えようとせず、相変わらず嫌がらせのようなことをしてくる人には徹底的に祈ります(私の祈りはその人のためになるのですから、祈られたら感謝してもらわないといけないくらいです)そこはご了承ください。そういうこともしていかないと世の中かわりませんから。

私の周りなど見ていると、私のブログに文句がある人も多いように見受けられますが、では、そういう人で直接(メールでも結構ですが)文句をいってきた人がいるかといえば、一人もいません。

そのくせ自分にとって、おもしろくないブログなど書けば、嫌がらせだけはキッチリしてくるんですからね、男らしくないことこの上なしです。大の男が顔を分からないようにして、ガンとか、大きな音を立てて嫌がらせしてくるんですよ、どうです、このブログを読んでる若い女性の皆さん、そんな人子供と同じでしょう。でもそういう人が多いのです。

文句があるなら堂々といえばいいのに、そういうことは一切せず、妬みやひがみや怒りからそんなことをやってくるのです。男らしくないことこの上なしですね。前回現代の女もダメだと書きましたが、現代の男もダメです。

私からいわせれば文句があるなら、自分でもそういうブログを書くか、あるいはこういうところがおかしいと、はっきりいってくれば、まだ私も堂々と大勢の人の前で、ではどちらが正しいのか議論でも何でもできますが、そういうことは一切しないのです。

ただ文句がある時は嫌がらせをして、ない時は何もしない(当然よいブログでしたと褒めることもしません)そんな態度ではまるでダメですね。(マァ、嫌がらせしっぱなしの奴も中にはいますが)

しかし、世の男がこんな態度しか取れない人が多いのも、実は女性のせいなのです。

何でもかんでも女のせいにしないで、と思うかもしれませんが、では、そんな人にお聞きします。

こんな男らしくない男を世に出したのは一体誰でしょうか?

こんな男らしくない男を育てたのは一体誰でしょうか?

答えは誰でも知っています、その男の母親(女)ですね。

違いますか?

このような男を生んだのも、その人の母親なら、このような男に育てたのも、その人の母親です。よく、社会が人を育てるとか、こういう性格の男自身が悪いとかいう声もありますが、確かにそういう部分もありますが、その基礎をつくったのは母親なのです。

だいたい社会が人を育てるなどということは、ある程度成長して社会に出た人が、色々な経験をつんで成長していくことであり、生まれて世に出るまでの成長は主に母親がするのです。そんな小さな時の成長まで社会ができるわけがないでしょう、それに、そういう男らしくない男になったのも、小さい時の影響が大きいのです。

三つ子の魂百までも、といわれますが、本当にこれはそうで、この物心つくまでの子供の性格への母の影響は非常に大きいのです。この時に母親が、子のそばにいて愛をもってしっかり育てないと、愛のある思いやりのある子には育たないのです。

父親もいたであろうといわれる人がありますが、世に母性本能という言葉はあっても、父性本能という言葉はありません。これはなぜだかお分かりですか。女の方が子(人)に対する愛が深いからです。男は、その人を愛するという愛の深さではとても女にはかなわないからです。

この家庭内の子育てということに関しては、女(母)が主であり、男(父)は従でしかないのです。(これも男と女の役割の違いです)とても男の愛だけでは子供はまともに育たないのです。愛が足りないからです。

だからこそ、小さな子が物心つくまでは女(母)の十分な愛いが必要であり、その時にたくさんの愛を母からもらっているのであれば、その人は例え成長したとしても、このような心の狭い、人のことをあまり考えない、愛のない男にはなっていないのです。

相手を思いやる気持ちがあるならば、人に嫌がらせなどできますか?その人が間違ったことをしていると思えば、堂々とそれが間違いであるといえるはずです。相手のことを思っているのですから。

しかし、それがまるでできないということは、相手を思いやる気持ちなどなく、自分のことしか考えない、自分が気に食わないなら、相手が嫌がることでも平気でやる、愛のない人間といわれても仕方がないでしょう。そのように愛のない人が多いのは、女(母)から、しっかり愛をもらってなかったからです。

しかし、普通は成長すれば、そのような考えを改めもう少し人に対する愛を持つものですが、今度は社会に愛がありません。(前回書きましたが女が必要な愛を出していないからです)こうなると“愛”という部分に男はまるで気づかないということになります。(もちろん、そんな中でも男は自分で愛に気づかないといけませんが、このブログは女性用に書いていますので、女性に厳しい書き方になります。そこはご容赦ください)

このような意味で、母の愛は男にとっては非常に重要であるということです。

今、女性の社会進出がおおいにいわれ、それを促進する動きも出てきています。(自民党もそうでしたね)

確かに社会に出て活躍しなければならない女性はいます。しかし、それは一部の女性であって、ほとんどの女性は家庭に入り子育てをしっかりする(愛をしっかりだす)目的で、この世に生まれてきています。

そのような女性まで、社会に出て働くようにする、そんな政策には私は反対です。あくまで自由にやりたい人はやる、という政策にとどめるべきでしょう。(それに私は基本的には女が結婚し、子供ができているのに外に働きに行くのには反対です。生活ができないのなら仕方がありませんが、生活ができるのに〔または切り詰めればやれるのに〕子育てばかりしているのもいやだとか、もっと社会に出て色々勉強したいとか、家に一日いたら息が詰まるとか、そんなどうでもいい理由で外に働きに行くのであれば、その人は後で必ず泣きを見ることになります。〔子供にしっかり愛を出さなかったからです〕子育ては、それこそ女にとって、一生をかけてもいいくらいの愛を出す勉強になるからです。そのような愛を持って育てられた子が、後に社会に出て多大な貢献をすることになるからです。女の本当の貢献は現実社会ではなく、夫や子供を通して未来社会に貢献することなのです)

愛のない人が増えたことが、このような狭量な社会を作り出したのです。

女の愛の大切さをもっと知ってください。

0コメント

1月 06 2013

女の役割

何かパソコンで調べれば調べるほど、女の子で私のブログ読んでそうな子が増えるんですが、完全に私勘違いしていますかね?

何十人もそれらしい子がいるんですが、何ぼなんでも多すぎですね。だって日に百人くらいしかこのブログ読んでないんですから、そうなると、このブログ読んでるほとんどの人が女の子ということになります。中には十六、七くらいの子もいて(それにキャラの合わない子もいるし〔笑〕)何でこんな子まで?と思うんですが、どう考えてもおかしいです。

マァ、私の勘違いかもしれませんが、若い子には心の高い子がたくさん生まれてきています。心が高ければ、当然私が書いているこのブログは読めますので、歳に関係なく読む子は読むのでしょう。

しかし、若い(しかもかわいらしい)女の子がたくさん読んでいるということであれば、少しは女性向けの話も書かなければいけません。今回のブログは女性を題材に書きましょう。(現代の女性にはちょっと耳が痛い話かもしれませんが〔笑〕)

最近は出生率の減少傾向が止まらないようで、もっと結婚しやすい環境をつくらないといけない、などという意見をいっている人が多いのですが、こういう意見などは完全に末法の世の意見ですね、どれだけ環境を整えようが出生率の減少は止まりません。なぜなら、そんなところに本当の原因があるわけではないからです。

ではどこに原因があるのかといえば、その出生率低下の本当の原因は、愛がなくなったから、ということです。

愛がなくなった、そんなことはないだろうと思う人もいるかもしれませんが、世に結婚したがっている女性は多いのですが、昔の女性と今の女性では何が違うかご存知でしょうか?(どうです、このブログを読んでる女性の皆さん、何が違うかお分かりですか?)

簡単な話です。昔の女性の方が愛が深かったということです。今の女性の方が愛がないということです。

そんなことはない、と否定される女性も多いのでしょうが、では昔の女性と今の女性、何が違うか少し比較してみましょう。

今の女性は自分がきれいになることや、あそこに旅行したいとか、ああいう遊びをしたいとかいうことには、かなり熱心で、そのための努力は惜しみませんが、では、人に対して男性に対しての努力はどうでしょうか。

きれいになることや一生懸命仕事すること、それが、男性に対しての努力である、と思っている人も多いのですが、もちろんそれも男性に対する愛の一つの行為であり、そのような努力を全部否定するつもりはありませんが、そのような努力はあくまで従であり主ではないのです。

では、昔の女性はどうだったでしょうか。確かにきれいになりたいという心もありましたが(私は前に“女三界に家なし”という話をこのブログに書いたことがあります)女性といえば家に入り、家の仕事を切り盛りすること、夫に尽くしよき妻であること、その夫との子のよき母であることを主とし、とにかく将来のまだ見ぬ夫のため子のため、その身も心も大切にして、将来の夫と、その夫と子供のために備えていたのです。

昔は、小さい時から女はそのように育てられ、自分のことよりも夫とその家族のために尽くすように教えられていたのです。

そのような教えをしなくなった現代の女性と、そのように教えられて育った昔の女性と、では、一体どちらが男に対する愛が深いのでしょうか?

誰が考えても分かります。昔の女性ですね。

残念ですが、どれだけ今の女性が男性に愛を出しているといっても、それは自分勝手な愛であり、我に近いのです。それも仕方がない話で、昔のような教育をまったくされていないため(というより、戦後そんな女の生き方は悪である、と教えられましたので)愛の出し方が分からないのです。

戦後の教育が悪いのですが、よく考えてみてください。自分を一として本当の愛が出せるでしょうか?私はいつもここに書いています。自分を一としてはいけない、自分の命よりも、その命をかけて何をするかが一番大事である、と。(自分を一とすることは子供でもできます。子供がわがままをいうのと同じですからね、それでは心は成長しないのです)

なぜ、そのように書いているのか、そうしないと本当の愛は出てこないからです。そのように自分の身を犠牲にしてでも他のものに尽くす、そのような心にならないと本当の神の愛は出てこないのです。(そのような心になりますと奇跡が起きてきます)

女が自分がきれいになりたかったり、自分のことをやりたいためだけに一生懸命で、神の愛が出てくるのでしょうか?女が男に負けまいとして男と張り合い、男などに負けるか、などと思っていて神の愛が出てくるのでしょうか?

人のために尽くしてこそ、本当の神の愛が出てくるのであるならば、自分のことより、まず愛する男のため(そのような心になれば男のいうことを素直に聞けるはずです)男と張り合うより、男の足らないところを女が手助けする、そのような相手と調和する心にならないと、本当の愛は出てこないのではないでしょうか。

戦後、自由平等がいわれ、男も女も平等で何をするにも半々にすればいい、という教育がなされました。その結果、男と女は結婚をしなくなり(そこに愛がなくなったからです)家族の絆も希薄になり離婚率も上がりました。当然出生率は下がります。

このような結果が出ている以上、戦後の教育がいかに間違いであったかは、火を見るより明らかでしょう。(ということは、そのような自由、平等などという考えでいれば不幸になる、ということです)

安倍政権なって、その教育の分野でも改革がなされるようですが、政治だけに頼っていてはいけないのです。一人一人が自分で気づいて、本当の愛を出すにはどのような心にならなければいけないか、どのような行いをすればもっとよい世の中が来るのか、を考え実践していかないといけないのです。

世は正法の世に変わっています。であるならば、女性は女性としての本当の役割を知り、それを実践しなければならないのです。(そのような心にならないと、本来もっている女性としての本当の力が出てこないのです)

そうすることが結局一番自分を幸せにすることなのです。本当の愛は女性の本当の役割を知ってこそ出てきます。

女性の本当の使命を知ってください。

0コメント

1月 05 2013

談話の見直し

一番寒い時期ではありますが、ほんと寒いですね(なかなか皆さん法を理解してくれないという意味で、心も寒いですからより一層寒さが応えます)名古屋も朝は氷点下ですからね、北日本や北陸も異常な雪ですし、残念ですが今年も異常気象は続くようです。(早くご理解ください、法を。そうしないと異常気象は終わりません)

昨日、株式市場が再開しましたが、昨年の終値から、また平均株価が三百円ほど上昇し(震災前の株価に戻ったようですね)円安も進んで、始まりとしては上々で景気回復が見え始めたようです。

「安倍相場」などといわれておりますが、どちらにしても民主政権時にはなかった現象が起きています。これまでとは違う動きがでてきたのは確かでしょう。

さて、その今話題の安倍総理ですが、今度は「村山談話」を見直し「安倍談話」を検討しているとのことですが、次々に政策を打ち出され改革を進められています。まったく休みなしですね、話題となられる総理はさすがに違います。

しかし、次々に政策を打ち出されるものですから、安倍総理も、あまりに急ぎすぎて見直す談話を一つ言い忘れていられるようです。(笑)

安倍総理、言い忘れてますよ「河野談話」を。

安倍総理ともあろうお方が「村山談話」ともども、もう一つの超勘違い談話である「河野談話」も見直さないはずがありません。休み明けでしたので言い忘れていられたのでしょう。総理といえども人間です。お忙しいのであるし、そういうこともあるでしょう。(笑)

だいたい安倍政権はスピーディーを旨とされているのです。(?)「村山談話」を見直すのであれば、どっちみち見直さなければならない「河野談話」も一緒にされてしまった方が手間がかかりません。(「河野談話」を残しておけば、後で今回「村山談話」を検討するのと同じことをまたやらなければなりません。どう考えても二重手間ですよね、一気にいきましょう、一気に)

「村山談話」「河野談話」を見直し「安倍談話」を検討する。

こうされるのが普通でしょう。

それが普通です。だってそうでしょう、各国の歴史認識など、それぞれお国の事情があるのですから、違って当然です。世界共通の歴史認識などできっこないのです。何でそんなできっこないことを、テレビで普通に、やらなければならない、などと喋っているんでしょうか?不思議でなりません。ああいうこという方がよほど異常です。(とういうか、ほんとにそんな歴史認識できると思ってるんでしょうか?例えばある国に侵攻した方と、侵攻された方では、全然国民意識が違いますよね、それを同じような歴史認識をしろ、という方が無理だと思いますが…?どうやったら世界の誰もが納得する、そんな共通の歴史認識ができるんでしょうか?ほんと不思議です)

まったく周りの国に配慮しなくていいとはいいませんが、やはり日本独自の見方をした(できるだけ史実に近い)正しい歴史認識の上での、総理のしっかりした談話は必要であると思います。

当然「安倍談話」は必要でしょう。

もう二十世紀の末法の世の政治を、踏襲(とうしゅう)する必要などないのですから、安倍総理は安倍総理独自の、正法の政治を世に現していただきたいものです。(本当の世のため人のため国のためになる政治です)

これまでの政治は、所詮は末法の政治でした。(自分が一で、その後に国やら国民やらがある政治)ということは、今の政治家や政治経験者という人々は、そんな政治しか知らないのです。これからの政治(正法の政治)をまるで知らないのですから、いうことも外れるのです。

現実にいってること外れていますよね、安倍総理(当時は総裁でしたが)が一言いわれただけで急に市場が動き出したのも、一過性だとか、政治家があんなことをいえば市場は動き出すとか、そんなことばかりいう人が多かったのですが、結局一過性でもなければ、一人の政治家か何かいったくらいで、急に動き出すような市場でもなかったはずです。(民主の誰が〔総理が〕何をいっても市場はピクッとも動かなかったんですから)

はっきりいえば、これまでの政治経験者(政治評論家も含めてですが)は、これからいうことは外れます。それはなぜか?正法の政治は天が大きくかかわるからです。この天上界の力を末法の政治しか知らない人は分からないのです。

現実に安倍総裁の一言で一変に世界情勢まで変わりました。(アメリカやヨーロッパの金融不安の解消などなど)それを末法の政治しか知らない人は、偶然とか、運がいいで片付けてしまうのです。これでは本当の理由は分かりません。つまり法を知らないと、これからの政治の予想はできないということです。(現に政治をあまり知らない私のいうことの方がよほど当たっています)

正法の世になれば、法を知らないと何かにつけて不便であるし、それにいつまでも時代に合わない心(末法の世の心)でいれば生きていけなくなるのです。

世の中は、その法がなかなか拡がりません。まず政治から、その法の政治を行っていただきたいと思っています。

(それに安倍総理は、そのような使命で生まれてこられた方ですから、当然やってもらはねばならないのです)

0コメント

1月 04 2013

ダメ弟子とやくざ

福岡のオジちゃんも逃げちゃいましたね。結局、誰も私の誘い(多くの人の目の前で奇跡を見せてほしい)には乗らず無視です。やはりそういう人たちに本物はいなかったということでしょう。

こういう事実を見れば分かるはずです。サタンが誰を狙ってくるかが。

高橋先生や園頭先生の弟子たちも法をしっかり分かっていないのです。だから奇跡が起きない(起こせない)のです。福岡のオジちゃんも私のことを精神異常者といいながら、その精神異常者のブログを毎日読んでいるのです。高橋先生の説いた法を、間違って書いているから読んでいるといっても、いくらなんでも読みすぎです。(立川のオバちゃんなんか、一日に何度読んでるか分からないくらい読んでますからね)

こういうところを見ても、この高橋先生の弟子といわれる人たちも、自分たちでは法が分からないものですから、私のブログを読んで法の勉強をしているということがよく分かります。

ただ単にそれを認めたくないのです。このような小さな心では、所詮頭で法を知るだけで心まで入っていきません。これではいくら私のブログを読んでも意味がないですね。成長できない人は何時までたっても成長できないのです。

そのような心ですから、現実にこの福岡のオジちゃんの周りでは、ずいぶん恐ろしいことが起きているようです。やくざが市民を襲っているということですが(マァ、福岡のオジちゃんがやられる分には自業自得という部分がありますが)あまりやくざに圧力をかけすぎるのもよくないと思います。(現によくない状況がずっと続いてますもんね)

やくざがすべて悪だった、ということでもなかったはずですから。(やくざも神の子です。一方的に悪いとは私にはいえません)

別にやくざの肩をもつわけではありませんが、現実にやくざがいたから、今の日本国内でハングレみたいな連中や、中国マフィアの連中などの、もっとたちが悪い悪が力をもたなかったということも事実であるし、今、あまりにやくざを締め付けるものですから、そのようなハングレとか、中国や他国のよく分からないマフィアの連中が入ってきて、よけい日本の治安が悪くなっています。

ハングレや他国のマフィアなど、警察でも実態がよく分からないというではないですか、そういう連中が力をもてば、日本国内の治安など警察だけでは手に負えなくなります。そうなってからでは遅いのです。

やくざはまだ話を聞くのでしょう。(それに警察もやくざ組織を把握しています)では、話し合いで解決されたらどうでしょう。

少しやくざへの圧力を緩め、話し合いで譲るところは譲り矛を収めるのです。そうしないと、九州の市民への報復行動が全国的に拡大し(全国的にやくざへの圧力は増していますからね)そればかりかハングレ連中や、どこのマフィアか分からないような連中まで、暴れ出したら手がつけられなくなります。

やくざはそういう意味では抑止力になりますし、どうしようもない連中を、やくざが面倒を見てきたという側面もあります。それに比べハングレ連中など仲間意識も希薄で、自分の縄張りもクソもないんでしょう、いざとなったら逃げ出しますよね。それに外国のマフィアなど入ってきたら、まったく悪の実体がつかめなくなるのです。

今、やくざを潰してしまっては、日本の治安は守れなくなります。(それが現実です)

きれいごとばかりいっていたところで、今以上に治安が悪くなってしまってはもともこもありません。国内はもとより、外国にはやくざ以上の悪が存在するのです。そのような悪を警察だけでは止められないのです。そのような事実がある以上、やくざを残し、やくざと揉め事が起きた場合(警察が介入して)徹底的に話し合いで解決し、常にやくざを警察の管理下に置いておくのです。

そうすれば心を変えるやくざも出てくるであろうし、相手がどのような者であろうと“愛と調和”の心は忘れてはならないのです。

その愛と調和の心がないため、福岡はあのような惨状とかしています。

誰に対しても謙虚な心、愛と調和する心を忘れてはならないのです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。