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6月 06 2025

我と地獄

まあ、毎回朝から怒っているのではなく、たまには布施でも持ってきてはどうでしょう。そうすれば、その日一日はきっとよい日になるであろうからです。(笑)

だって、怒っているとそれほど悪い日になるのです。(癌やらなにやら病人続出で……今日も激しい怒りよう。どこかのバカ会社はです)では、布施したらどれだけいい日になるかしれません。やってみたらどうでしょう。やれば分かるからです。

しかし、改心する人はいないんでしょうか。これほどのことが起きているのにです。昨日もやたら怒っているところがいくつもありましたが(あの辺りはそんな会社ばかり)しかし、そんな天罰が降りまくったまま死んでいくなら、何度もいいますが、その人は確実に地獄に堕ちます。

よいのですか。火炎地獄とか、血の池地獄とか、そんな恐ろしくておぞましい地獄など堕ちていってもです。確実にそうなるのですよ。そのように神理の天罰に怒り(なんと神の業に怒っている、すさまじい人たち)私に嫌がらせなどしているならです。

いった通りのことがもうずっと起きているからです。では、これほど正しい話もないからです。

例えば女の人たちなど虫など嫌いですよね。中にはもう虫など見るのも嫌だという人もいて、もうゴキブリなど見ようものなら、見るだけで鳥肌が立ち卒倒しそうだという人もいることでしょう。(苦笑)

しかし、前回も書きましたが、私などそんな虫だらけの洞窟に連れていかれたことがありますからね。しかも二回も。しかもしかも二回目に連れていかれた時などカエルまで食わされた。(いま思い出しても気持ち悪い)

そんな虫だらけの洞窟の中に人がいて、その人がおいしそうなパンを私にわたしてきたのです。あまりにそのパンが(その時はそう思っていました)おいしそうだったのでかぶりついたのですが、半分かぶりついて残った手の中のパンを見てみると、なんとそのパンだと思っていたものはカエルの下半身。

ゲッと思って、口からその食べたものを吐き出すと、なんと私の口から出てきたものはカエルの頭と上半身。げぇーげえーはいているところで、その悪夢はさめたんですが、そういう夢を二度も観せられました。(カエル食わされたのは二回目だけですが)

そんな夢を観たその日は、確かになにか悪いことをしたような記憶はありますが、しかしそれは、一回こっきりのしかも大して悪いような(そんな法律に引っかかるような)ことではなかったのです。(もうなにをしたのか覚えていませんが)

それでも良心にひどく反した行為であったことだけは確かでしょう。

しかし、それだけなのです。一、二度ひどく良心に反することをしただけで、そんな地獄に連れていかれるのです。

虫だらけのおぞましい洞窟に連れていかれ、それだけでも気持ち悪いのに、カエルまで食わされるのです。

では、ずっと良心に反していることを行っている人たちはどうなるのでしょう。まして、その良心に反する行為の中でもダントツである、神理に感謝もしないという行為をし続けている人たちはどうなるのでしょう。

もはや私の比ではないということです。そんな神理を見ているのに一生神理に感謝しないまま死んでいった人たちなど、その人が虫が嫌いなら、その嫌いな虫が自分の体が埋まるくらいいる世界に連れていかれて、そんな場所で長い間、暮さなければいけなくなるということです。死後の世界はです。

自分が一番いやなことをされなければ反省にならないからです。それくらいしないと自分の強い我を反省することは出来ないからです。

だから、自分にとって一番いやなことをされる。今生、自分の我をずっと通しまったく反省しなかった人たちなどです。

それほど、我というものはいけないものであるということです。それほど、正しい意見を素直にきくということは大事なことであるということです。

そういうおぞましい世界に堕ちていってもいいのですか? 神理をきき、素直に感謝も出来ない人たちなど、皆そんな世界に堕ちていくのです。死後の世界はです。そのような無反省な行為がおぞましいからです。(だからこれも因果応報)

神理を説いている私がそういっているのです。これほど正しい意見もありません。現在は多死社会などといわれボンボン人が死ぬ時代に入っているのです。

しかし、これは自然に(高齢化社会だから)そうなったわけではありません。不自然にそのようにさせられているのです。何者かの手によってです。

まあ、それはディープステートなんですが、しかし、アメリカなどでも凄い死んでるらしいですね。第一次、第二次世界大戦を足した戦死者よりもまだ多くの人たちが死んでいるらしいです。例のワクチン関連によってです。

だから日本もこれから死ぬ人がまだどんどん増えていくんではないですか。なにせ日本は八割もの人があのワクチンを打っているからです。もはや世界で死ぬ人が激増している、その原因ではないかといわれている、あの恐ろしく危ないワクチンをです。

だから、このブログを見ている人で、あのワクチンを打った人などほんと危ない。そんな人は死んだら最後(そういう人はワクチン&天罰のダブルパンチですから)それはそれはひどい地獄に堕ちていかないといけなくなるのです。

神理を見るだけ見ていて全然感謝しないなど、これほど良心に反するひどい我もないからです。

では、そのひどい我をなくすためにはよほどひどい目に遭わないと反省出来ないからです。

だから、そのような我をなくすなら、ずいぶん救われると思うんですけどね。

それで神理に感謝出来るなら、そんな危ないワクチンからも救われることが出来るし(神理に感謝出来るなら、そんな簡単に死ぬこともなくなるでしょう。神理に感謝出来るなら、確実に降りてくるからです。神理のご利益がです)死んだのちも、そんなひどい地獄に堕ちることもなくなる。

下手すれば(下手すればって。〔苦笑〕)天上界にもいけるかもしれないのです。自分の小さな小さな我を捨ててちゃんと反省出来るのならです。

本当に神理は、やれば天国、やらねば地獄なのです。

このような(恐ろしい)事実があります。少しずつでも神理を行いませんか。神理のご利益は本物であるからです。

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6月 05 2025

本当にある地獄界

相変わらず朝からお怒りのところが多いんですが、しかし、前回も書きましたように、そんなに怒っていると火炎地獄に堕ちます。すさまじい熱さと苦しみの火炎地獄にです。

いい加減にしませんか。みな自分たちが悪いのに、それを一切認めようとせず、罪を全部私に擦り付けているようでは、その火炎地獄にいる時間がどんどん長引いていくからです。

どうします。この世の時間で数百年間も、その地獄の業火に焼き続けられたらです。これは大げさな話でも脅しでもなんでもなく本当にそうなるのですよ。それほど神理流布のじゃまをし、自分の罪を神理を説いている者に擦り付けてなどしているならです。

それほど罪が重いからです。そのような行いはです。神理流布のじゃまなどどれほどの罪になるかしれないからです。

そのような人が、そのまま死ぬならそうなるのです。数百年火炎地獄で苦しみ続けるということも起きてくるのです。そのくらいの償いはしないといけなくなるからです。

それくらいの価値は神理にはあるからです。

本当に、そのような神理の大きな価値を現代の人たちは認めませんが、しかし、逆らっていると次々に悪いことが(天罰が)起きて(降りて)くる教えなど他にありますか?

そのことにやたら腹を立て怒りまくっているようですが、そんなことこれまで起きたことがないのです。

それ一つとっても凄いことなのに、それ以外でも天気は変わるわ、鳥や魚は寄ってくるわ、風邪などひかなくなるわ、祈るとそれが実現するわ、あるいは多くの災いからは守られるわ(あの地球史上最大の台風の雲にぽっかり穴が開いたことなど典型)これまでの神の教えとのたまっている宗教団体などには起きえないことが、次々に起きているのです。

私が説いているこの正法神理にはです。

こういうことが次々に起きてくる教えを、まったく恐れ(畏れ)もせず認めもせず、逆らい続けているとはほんと正気ですか? とこちらは問いたくなるんですが、そこはどうなんでしょう。

そりゃ、こんなことが次々に起きてくる教えに逆らい続けているのならそうなるでしょう。天罰が降り続けてもくるでしょう。そのような本物の、正真正銘の神の業が本当に降りてくるのがこの正法神理であるからです。

それに平気で逆らい続けている。ただの人間がです。本物の神の業にです。

いやいや、身の程(ほど)知らずもいいとこです。だからその通りの結果が現れているわけです。神の業が(天罰が)止まらなくなる、その通りの結果がです。

であるならです。その神理を説いている私がいう地獄の世界も本当にあると思いませんか。そうして、この神理に逆らい続けている人たちは死んだあとは本当にそういう世界に堕ちていくことになると思いませんか。

神理を説いて、神の業が次々に降りてきている者が、その部分だけ嘘をつくとは思えないからです。その部分だけが間違っているとは思えないからです。

だから私は正しいことをいっているのです。

つまり、いつまでもそういう態度を取り続けるなら(神理に逆らい続けるなら)天罰に滅ぼされたその先は、どれだけ書いても書き足りない、そんなすさまじいまでの苦しみの連続の世界である地獄界に本当に堕ちるということです。

それがまぎれもない事実であるということです。嘘でも脅しでもなんでもなくただの事実を事実のまま、私はここに書いているだけであるということです。

どう書いても、それを信じようとしませんが、しかし、そのような人たちは、私に起きてくる現象の一つも起きてはこない人たちばかりなのです。口ばかりで行いが伴わない(だから現象が現れない)そんな舌先三寸の人たちばかりなのです。

そんな人たちでは分からないでしょう。私がいっていることが正しいか噓かはです。自分で正しい判断など出来ないからです。私のような体験をまるでしていないからです。そのような人たちはです。

なら分からないでしょう。私が書いていることが正しいかどうかはです。では信じることです。先ほども書きましたが、そういう奇跡が次々に起きてくる者が、いい加減なことを書くはずがないからです。

だから、本当にそうなるのですよ。そのままでは地獄に堕ちるのです。自分の頭だけで考え、あいつのいっていることは嘘だとか、それがどうしたとか思って、いつまでも私に(神理に)怒りまくっているのならです。

本当に信じられないくらい苦しく恐ろしい体験をしなといけなくなるのです。それこそこの世などとは比べ物にならないくらいのです。死後の世界でです。

だから、そのような事実をいつまでも理解しようとせず、神理に怒り逆らっているのなら、本当の地獄に堕ちていくのです。

本当に、本当にです。本当にそれでいいのですか。私は嫌がらせをやめてほしいからと口からの出まかせをいっているわけではないからです。

本当にそのような目に遭うから、そういっているのです。そのままではすさまじいまでの苦しみが続く地獄に堕ちると本当のことをです。

本当によいのですか。前回書いたような地獄などまだ序の口なんですよ。それ以外でも血の池地獄やら、針の山地獄やら(これは槍を百本刺されるのと同じですが、そんな太い針の山の針が腹や足、頭や手に刺さったまま死ねない。その痛みたるや想像を絶するでしょう)あるいは孤独地獄とかね。

真っ暗な穴の中にずっと一人でいるとか、どろどろのヘドロまみれる泥の中で一人、重い重りを引きずりながら永遠と歩き続けているとか(ヒトラーがこういう世界に堕ちていまだ苦しんでいるそうです。だから〔戦争屋の〕ディープステートの皆さん。あなたたちも死ねばこういう世界にいきます。楽しみにしていてください)私など周りが虫だらけの洞穴に連れていかれたこともあります。(夢の中で。しかも二度も同じ場所に。ほんと勘弁してください。〔涙〕)

そういうあらゆる苦しみが詰まった世界が地獄界なのです。

そのような世界は本当にあります。そうして、この世で反省をしようとせず悪いことをし続けるなら(良心を基準とした)そのような人たちは死後確実にそのような地獄の世界に堕ちていくのです。

これは、おとぎ話でも脅しでもなんでもなく本当のことなのです。本当の正しい話をしているのはこの正法神理だけであるからです。他できく話は間違いなのです。そういう話をしている人たちにはなんの奇跡も起きてはこないはずであるからです。

その奇跡が起きることこそが正しさの裏付けであるからです。

それでも真剣にきかないのですか。私のいうことをです。まだ神理を無視し、反省などしないまま、自分の好きなように生きていくのですか?

もちろんそれは自由ですが、しかし、そういう(わがままな)態度をこの世で取り続け、あとで泣くのは誰でもない自分自身なのです。

神理を行うなら多くの奇跡が起き(そのような奇跡が起き続けたまま死んでいけるのなら)その人は死後の世界は、確実に天上界にいくことになるのです。

天上界は地獄界とは正反対の世界であるのですから、その楽しさはまさに想像を絶するのです。愛と調和と安らぎに満ちた光の世界が天上界であるのです。

そんな闇の地獄界にいくのも、光の天上界にいくのも、全部この世の行い次第です。

その行いを神理に合わせませんか。この次々に奇跡が起きてくる正法神理に合わせれば合わせるだけ、この世だけでなくあの世に帰った後も高い天上の世界にいくことが出来るからです。

しかし、それをすることなくいつまでも神理に逆らい続けるなら、この世の災いだけではなく、死後の世界もどんどん下がってくことになります。

地獄界は想像を絶する恐怖と苦しみの世界であるのです。それをよく踏まえ、これからの人生を考えていってほしいのです。そんな今のことだけを考えるのではなくです。

そんな短絡的な発想で後で苦しむのは自分自身であるからです。もし、死後地獄に堕ちるなら、その苦しみは何度でもいいますが、想像を絶するからです。

今のことだけでなく、そんな先のことまで考えましょう。人間は必ず死ぬのです。永遠に生き続けるなど出来ないのです。

では、死後の世界のことまで考えないといけません。そんな死後の、その先の先まで正しく導てくれるのが、この正法神理であるのです。

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6月 04 2025

死後の世界 正しさの基準

ミスタープロ野球と呼ばれる方が亡くなられたようですね。

それで今日の中日新聞は一面その記事なんですが、私はあまりこの方を知りません。この方が引退された後くらいからプロ野球をよく観るようになったものですからね。

それにこの方のチームはアンチであったので(この辺りはそういう人も多いでしょう。〔苦笑〕)あまりこの方に関心がなかったものですからよけいなんですが、しかし、それでもこの方が亡くなったと知った昨日は、えっと思いました。

ですからファンだった方々はさぞショックを受けたことでしょうね。ご冥福をお祈りいたします。

しかし、この方がいくらスーパースターだったとはいえ、それで亡くなった後すぐに天上界にいけるのかというと、それは別問題です。

心と野球は全然関係ないからです。野球の成績がどれだけよくても、死後天上界にいけるかどうかは、その時の(それまでの)心の在り方で決まるからです。

この方は選手引退後、監督など行った後に脳梗塞を起こして体が不自由になられました。それは気の毒に思いますが、しかし、そういう病気をして体が不自由になるということは、そのようになるだけの問題が心の中にはあったということになります。

この方は、あまり家庭内がうまくいっていなかったという話をきいたことがありますが、そういう問題をクリアしているのなら(そういう問題を反省し、もううまくいっていたのなら)この方は天上界にいけるであろうし、それがまったく出来ていなくて、周りが脳梗塞を起こした時の状態のままであったのなら、しばらく地獄に堕ちて反省の機会を与えられることでしょう。

神理はそこは正しく観ます。ただ亡くなったから天にいったとは軽々しくいえないのです。死後の世界まで正しく伝えないといけないのがこの正法神理であるからです。

しかし、この方は神理の出現と同じ時代を生きられたのです。そうであるなら、神理を知らなかったことは(仮に知っていたかもしれませんが、知っていたのなら実践されなかったことは)非常に残念ではありますね。

もし、この方が神理を実践していたのなら、このような晩年は迎えなかったはずであるからです。脳梗塞になることもなく、もっと活躍出来たはずであるからです。プロ野球界でです。

しかし、そのような残念な人たちはたくさんいます。どこかの球団もそうでしょう。昨日はまた完封負けしたそうですね。

今季12度目だそうですが(ま、まさかダントツなどということはないでしょうね。〔涙〕)昨日からセ・パの交流戦が始まりました。しかし、いつもこの交流戦からどこかの球団は調子を落とし、そうして最後には最下位と、このパターンがもう何年も続いています。

このパターンから脱する方法はただ一つです。神理に感謝されることです。それ以外に方法はないからです。

この辺りもそうですが、せっかく神理が出現しているのです。であるなら、逆らうよりも感謝されませんか。そうした方がいいということは起きてくる現象が教えているからです。

そうして、それを無視し続け(そんな天罰を)我を出し続けるなら、死後の世界は地獄に堕ちることは確実であるのです。

まあ、皆さん自分の都合のいいようにしか思わないんでしょうが(地獄などないとか、あの世などないとかです)死後の世界は確実に存在し、そうして地獄も極楽(天上界)もあります。

高橋先生など、そんな世界に(地獄にも、天上界にも)自らいかれて(幽体離脱して)それをご著書に書いています。それを信じる信じないは勝手ですが、高橋先生は私など足下にも及ばないほどの奇跡を現わされたお方であります。

その奇跡が証明しているのです。高橋先生のご著書に書かれてあることは事実であるとです。

そんな地獄に堕ちないといけない人たちが、政界には(財界にもですが)たくさんいるのではないですか。政治を金儲けの道具に使い、自分の保身しか考えていない政治家など皆地獄に堕ちるからです。

政治家が自分のことしか考えないでは(あるいは金儲けしか)その政治家は政治家としての仕事をしていないからです。

そういう金儲けをしたいだけの人は自分で商売でもしてください。政治は自分だけでなく、多くの人たちをよくしてなんぼであるからです。そういう仕事が政治家であるからです。

だから、人のためにする仕事を人のためにしていないでは(あるいはごく一部の人だけに行うでは)それは間違っているんですから、そういう間違った仕事をしている人たちは当然地獄に堕ちます。

それは政治家としての正しい仕事ではないからです。

だから、もし、自分のことしか考えない、金儲けしか考えない(または人のことなど少ししか考えていない)そんな政治家がいるのなら、職を変えるか、またはこれまでの自分の行いを反省し、人のために政治を行うかしないといけないということです。

そうしないと死後の世界は確実に地獄に堕ちるからです。その人は正しい仕事をしていないからです。

まあ、地獄に堕ちてもいいと簡単に思っている人もいるのかもしれませんが、仏教でもいわれていますが、例えば地獄の苦しみとは、朝と昼と晩に、百本の槍をそれぞれ刺されるほどの苦しみがあるとか。

槍など一本刺されても痛いのです。それどころか、人など指先にほんの小さなとげが刺さっただけでも痛いのです。チクチク気になって仕方ないのです。それが槍百本が朝昼晩、その痛みがどれだけひどいことか想像出来ますでしょうか?

また、放火などしている人は火炎地獄に堕ちるといわれますが(それと怒ってばかりいる人も、怒りの炎の火炎地獄に堕ちます。この辺りの人たちは本当に哀れです)その地獄の炎は消えることなく、その人の体を焼き続けるといいます。

しかも、その炎はそれはそれは激しく勢いがあり、その地獄の業火に焼かれ続けるその人は、その業火の中ずっと生き続けるのです。肌は焼けただれ、水ぶくれになり、それが焼け落ち骨だけになっても、それでも生き続け苦しみ続けるのです。

つまり死ねないということです。なにせもう死んでいます。だからもう死ぬことはないのです。その地獄の業火の中ずっと意識を保ったまま焼かれ続け、苦しみ続けるのです。

だから、自分の体が焼けていく苦しみをずっと保ったまま、その業火の中で、自分の罪を反省するまで、その苦しみは続くということです。

どれほど苦しいかお分かりですか。槍百本も地獄の業火に焼かれるのもです。

これは地獄の苦しみのほんの一例であり無限大にあるのです。地獄の苦しみなどです。そのような肉体から(正確には霊体)心から苦しむことになる地獄の苦しみはです。

そんな世界に確実に堕ちていくのです。この世で間違ったことをしたまま死んでいく人たちはです。

だから、財源なき減税はしないなどと公言している政治家の方。大丈夫ですか。これだけ多くの日本国民が苦しんでいるというのに、そんなことをいい続けていてです。それで多くの人たちを救えるのですか?

財源など国債がいくらでもあるのに、それを無視して、日本国民を苦しめるままにしておいて、そのやり方が正しければ問題ないのですが(先々それが日本国民を救うというのなら)しかし、もし、そのやり方が間違っているのなら、その苦しみは全部自分に返ってきます。

そのたくさんの日本国民が受けた同じ苦しみを、そのように間違った政策を行った政治家は受けなければいけなくなるのです。それが政治家の責任であるからです。

だから私はいっているのです。政治家になったのであれば人に尽くさないといけないと、政治家とはそういう仕事であるからです。それが出来ないなら(自分のことしか考えないなら)そういう人は政治家になってはいけないと。

それは政治家の仕事ではないからです。

例えば警察官が、自分がけがをしたくないからと泥棒など見のがし、暴漢などに襲われている人を助けなかったら、それは警察の仕事をしているとはいえません。消防士が、我が身可愛さに火事の火を消さなかったり、火事で困っている人たちを助けなかったのなら、それは消防士の仕事をしているとはいえません。

それと同じなのです。政治家が自分の保身ばかりに走り、多くの人たちの苦しみを無視しているのならです。露骨に無視はしなくても(それでは票が取れないから)心の中で無視しているのなら(または自分優先などと考えているのなら)そういう人は政治家をしてはいけないのです。

それでは、先ほど書きましたが警察官や消防士が自分優先で困っている人たちを助けないのと同じであるからです。そういうことを警察官が消防士がしているのなら、そんな警察官や消防士は首です。

そういうレベルであるということです。そのような自分のことしか考えない政治家はです。

そういう心の基準は確実にあります。

それをいくらこの世でごまかしても、あの世に帰るならごまかしはきかないのです。全部ばれるからです。自分のしてきたことはです。(もちろん心に思ったことも)

申し訳ありませんが、そのように仕組まれているからです。この世はです。

そのことを正確に知っているのは神理を説いている人だけなのです。

そのような心の基準は確実にあります。その心の基準、すなわち良心が、その人が死後、地獄に堕ちるのか、それとも天上界にいけるのかの基準であるのです。

あなたは正しいことをしているのですか。それこそ胸に手を当ててよく考えてみてください。

そこに本当の正しさの基準があるからです。

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6月 03 2025

裏にいる悪魔たちと正法神理

朝からずいぶん雨が降っています。天も泣いていますね。こうも多くの人たちが戦う相手を間違えていてはです。だから、それほど不幸にもなるからです。

無理して怒りまくっているところもあるんですが、そこなどまだこれからどんどん天罰が降りてきます。いい加減、神に(神理に)逆らうのはよしませんか。そんなエネルギーがあるなら、本当に戦わなければいけない相手と戦いませんか。

戦う相手は神ではないからです。本当の悪魔たちはいるからです。

だからそちらと戦うのなら戦わないといけないのですが、なんとこの辺りの多くの人たちは神と戦っている。これも前回書きましたが、心の傾向性というやつでしょう。

多くの人たちが悪魔たちにもう完全に洗脳されてしまっているからです。

だから、人の話を素直にきこうという気もなくなっている。自分のききたいことだけはきき、あとは自分の好きなようにする。なんでも自分の勝手で(それを自由という言葉に置き換えて)相手の都合などまるで考えない。

それをわがままというのですが、そういうわがままはしたい放題していて、人がしていることにはやたら文句をつけて認めず、だからお前のいうことなどきけるか、とこの一点張り。

だから、それだけ天罰がくだっているのですが、早くそこから進みませんか。もう少し先にです。謙虚に自分を反省し、そうして善い行いが出来るようにならなければその天罰は止まりません。

今の人たちの多くにははるか先なんでしょうか。そんな話はです。しかし、少なくともそこまではいってもらわないと生まれてきた意味がありません。(そんな自分の好きなように生きてそれで終わりではです。相手があっての、周りがあっての自分と、それくらいは思えるようならないと)

神理が実践出来るなら心を変えることも出来ます。(神理には心の毒素を抜いて心を入れ替える、という禅定もありますから。それをしていないとなかなか心も変わらない)

いつまで愛のない悪魔の洗脳に踊らされているのですか。それをしている間は天罰は(ひどい現象は)止まらないのです。

しかし、そんなことをしているうちに(神から反省をうながされているうちに)どんどんやられていきますからね。悪魔たちにです。

まあ、参院選前に財源なき減税はしないと確約する(苦笑)政府のお歴々もいます。(ほんと自爆テロ)

そこは正直で有難いんですが、しかし、そればかりでなく、夫婦別姓(は先送りするみたいですが)や緊急事態条項(きんきゅうじたいじょうこう)まで議論して決める気でいるようではないですか。今国会ではです。

少し危なすぎませんか。特に緊急事態条項など、そんなにすぐに決められる話ではないからです。これを決めてしまうと、政府の一存でなんでも決められるということになってしまうからです。

それこそ公衆衛生から(だからあのワクチンの強制も当然出来る)イベントから集会などの管理から、交通インフラの規制、交通機関や通信インフラの統制、そうして徴兵制に到るまでなんでも決められるようになるのです。

緊急事態条項など決められたらすべて政府の一存で日本はです。

そういう危ない緊急事態条項の議論まで今国会ではしているそうですが、なんでこういう話をマスコミは一切いわないんでしょう。こちらの方がよほど大事なのにです。米とかそういう話よりもです。

米の話をあれだけ報道するなら、こんな危ない法案を議論していることもいわないといけない。

それなのに緊急事態条項のきの字もいわない。こういうマスコミってどうなんでしょう。まったくよく分かりますね。一体、マスコミはどこを見ているのかがです。一体マスコミは誰のいうことをきいているのかがです。

まあ、マスコミがUSAIDなどから金をもらっているという事実が表に出だしたばかりです。これからいろいろ分かってくることでしょう。そんな危ないマスコミの事実もです。

だから、まず、WHOやら国連やらから脱退しないといけない。どうせその辺りから命令がきているはずであるからです。そのような危ない法案を早く決めろとです。

緊急事態条項が決まれば、そちらの意見が(WHOや国連からの命令が)ストレートに我々日本国民に届くからです。

それを日本政府は断ることが出来ない。残念ではありますが、あちらに支配されているからです。その後ろにいるディープステートに日本政府はです。

しかし、そうなるなら、なにをやらされるかしれないのです。そういうことを(戦争を)やらされている国はいくらでもあるからです。中東からアフリカ、ヨーロッパに到るまで、そのような組織の後ろにいるディープステートたちは、あらゆることをさせて金儲けしようとしているからです。(特に戦争は一番の金儲け)

だから私たちは、一刻も早くそれに気づいて、そのような悪魔たちと戦わなければいけないのに、何度もいいますが、私たちを正しい道に導いてくださる神と戦っている、多くの日本国民はです。

ほんとバカじゃないかといいたくなりますが、そのような諸々の危ない(国民が不幸になる)ことを決めようとしているのが今の政府与党であるということです。

それが嘘ではないということは、今のような様々な現実が物語っています。いま現在どんどん国内が乱れ貧困化している日本の現実がです。

だから、とりあえずはです。今度の参院選は与党に入れるのはやめときませんか。それくらいの戦いはやってください。自分のことしか考えない、小さな人たちもです。

いつまでも与党に票など入れていると、その自分がどんどん(よけいに)不幸になるからです。今の与党では、そのような人たちと(ディープステートと)決別することは出来ないからです。(それはそうです。自民党など結党以来ずっと支配されてきたからです。そのような人たちにです。〔というか、もっというなら明治政府の時から日本はやられています〕だから安部元総理など、自民党から離れてはいけないと自民党議員にはいい続けていたのです。安部元総理は自民党の後ろに権力があることを知っていられたからです。だから私は陰謀は陰謀、陰謀論は陰謀論としてきき分けているつもりですけどね。前回の話ではありませんが。後ろになにもないではなく確実に陰謀は存在しているからです。それは他国のお歴々もみな認めている話であるからです)

だから、戦う相手を間違えていると益々不幸になります。本当の敵は国内ではなく国外にいるからです。そうして、その工作員が日本国内にはたくさん入り込んでいる。

だから、その工作員たちを反省させるか(同じ日本人であるならです)排除するしかないのですが、それをするには神理は必須であるということです。

神理がないなら、そういう人たちを改心させる方法もほぼないからです。(悪魔たちは、金から、地位から、名誉から、女子供や薬に到るまで、あらゆる手を使ってきますから)

この正法神理を自ら行い広めませんか。もはやこの世界を浄化(じょうか)する方法はそれしかないからです。それほどの不浄(ふじょう)と化しているからです。いま現在の世界はです。

そこに光を降ろすことが出来るのは正法神理しかありません。

神理の有難さ、いい加減ご理解ください。

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6月 02 2025

心の偏り 心の傾向性(けいこうせい)

いい加減、罰当たりなことはやめればいいのにね。(もうそれがどこかはお分かりでしょう)

こちらは口ばかりでなく、そんなことをするならまた降りてくるのです。本当の天罰がです。もはや数えきれないくらい起きているではないですか。いった通りのことがです。

にもかかわらず、まだ反省しない。このような傲慢な、そうして恐ろしい態度を取り続けているのは現代の人たちだけなのです。

こちらは分かるまでいうしかありませんが、そういうあり得ない態度を反省し、感謝の布施をされませんか。神理に対してです。

昔の人たちは誰もそれをしていたからです。だから救われたのです。滅ぼされもせずです。

しかし、現代の多くの人たちは、そのような本当の神の心である正法神理に対して正しい態度を取ろうとしません。だから、どんどん滅ぼされていくのです。今のようにです。(この辺りだけでなく、もはや死ぬ人がボンボン増えている。今の日本はです)

神理に感謝するなら救われます。いい加減、信じ行いませんか。この正法神理をです。

そうすれば変わっていくからです。自分も周りもです。しているうちに知らない間に変わっていくのが、この正法神理であるからです。

しかし、熱心にこのブログを見ている人もいるのにね。それこそ一日何度も読んでいる、そんな奇特な人もです。

ならすればいいのに、なんでそのような人たちは神理を行わないのですか? する気がないなら、なんでそれほどこのブログを見ているのですか?

よこしまな気持ちで読んでいるのなら、このブログを読む意味はありません。それほど読むのであれば実践しないといけない。神理の実践をです。そうしないと読む意味がないからです。ただ読んでいるだけではなにも起こらないからです。

そのような人たちは少しは反省してみませんか。自分の行いをです。そうして少しは布施をしてみませんか。それだけいろいろ教えてくれているこの正法神理にです。

そういう行いをしてはじめて変わってくるからです。起きてくることもしていることもです。神理は実践の中にこそ生命が宿るからです。

また、それくらいの愛の心は持たないといけない。(反省は自分に対する愛であり、布施は神理に対する愛)そうしないと愛ある人にはなれないからです。

だから、陰謀のことよくいっている人たちがいますが、そこは私もずいぶん参考にさせてもらって感謝しているのですが、ただこういうことをいっている人たちは、常にそのことを考えています。

ということは、心は常にそのことでいっぱいであるということになります。相当調べないとこんなことは分からないだろうなと思うことが多々あるからです。

もちろん人に対する愛はあるでしょう。愛があるから、そのような隠し事を表に出して、本当のことを多くの人たちに伝えるという仕事もされているであろうからです。

しかし、そのような人たちは大半はそんな陰謀のことを考えているのです。何度もいいますが、よほどそちらの方を調べないと分からないようなことをたくさんいっている人もいるからです。

しかし、そうなるとです。

心は愛よりも陰謀でいっぱいであり、常にそのような心がその人を支配しているということになります。もちろん、そんな心のまま生活することは出来ないので、多少は違うことも(気分転換も)するのでしょうが、しかし、大半は陰謀のことを考えているのです。

命懸けで、陰謀のことを伝えている人たちはです。(もちろん自分の命とか、人への愛とかはありますが、大半は陰謀のことを考えている。その話がメインであるからです)

そうなると、そのような人たちはどうなるのか? と申しますと、まあ、分かりやすくいうなら陰謀だけとまではいいませんが、自分の考えが大方はなにか起きてきたら、それはすべて陰謀であるという風になってしまうわけです。

別にそのような人たちに限りませんが、人間は誰でもそのような心の傾向性(けいこうせい)はあるからです。常にそのことを考えていると、常にそのように思う、という心の傾向性は必ず出てくるからです。

だから、そういう人たちの大半は、あの安部元総理の暗殺でも裏には大きくて深い陰謀があると必ずいうわけです。そういう心の傾向性になっているからです。

もちろんそれは、あるかもしれませんが(しかし、なかなかアメリカからそんなファイルが出てきませんね。なんでも知っているはずのアメリカはケネディ大統領暗殺ファイルとか、エプスタインファイルとか、そのようなものは出てきているのにね。日本の人たちが待っている安部元総理の暗殺ファイルはなかなか出てきません。そんな噂もです。なぜですかね?)しかし、そのような心の傾向性も観ないといけないということです。

だから、陰謀をいう人たちは、すでに人とは違う心でいるのです。なんでもあやしんで見るというか、物事を深く見すぎてしまう(その裏にはなんでも陰謀があると決めつけてしまう)傾向性があるということを知らないといけないのです。

心がそちらの方に偏ってしまっているからです。陰謀をよく調べている人たちは自分の知らない間にです。

それが事実であるなら、それはかまわないんですが、大きく違っているなら、それは世を騒がせるだけの、つまりそれは罪になるということになります。

それが間違いであるなら、それを信じた人たちを騙すということにもなるからです。

どちらにせよ、心に偏りが出ると不幸になるのです。自分もその周りもです。心の偏りは多くの不幸を呼ぶからです。

だから、こういう人たちも神理を行った方がいいと私はいうのです。というより、こういう人たちほどより神理を行った方がいいというのです。

こういう人たちは大きく心を偏らせてしまう恐れがあるからです。先ほど書いたように、陰謀など調べるなら、やはり相当そのような情報を集めないと発信出来ません。(適当にガセネタばかりいう人は別でしょうが)そうすると知らない間に心が偏ってしまうからです。そちらの方にです。心の傾向性は誰でもあるからです。

そのような偏ってしまった心を中道に戻すのが、この正法神理です。だから私は毎日、夜3~40分くらいかけて祈りと反省禅定をしているのです。

私も毎日のように嫌がらせはされるし、陰謀系のユーチューブはよく観るので、そちらに心が偏らないようにです。

だから、辻説法や買い物がてら外にも出ていって動物たちに癒されもしているのです。

そうしないと私も陰謀ばかりを知って、そんな嫌がらせまでされるなら、怒りの心ばかりになって、それこそどれだけ心が偏ってしまうかしれないからです。いくら反省禅定をしているとはいえ、愛の心も出さなければ心は偏ってしまうからです。

幸い私はどこにいっても愛の心は出てきます。(鳥やら魚やら多くの生き物たちがたくさん寄ってきてくれるので、愛をもらえて出せているから)だから、そういうことも常にしているわけです。

そうしないと、どれだけ気をつけていても、それでも心などすぐに偏ってしまうからです。心が偏ってしまっては神の心もきけず奇跡も起きてはこなくなるからです。

そうすると必然的に神理も説けなくなるということになります。それでは困るので、だから私はもう常に気をつけているのです。心の偏りにはです。

だから、神理を知っている私でもこうなのです。では、神理を知らない人たちはよほど気をつけていないと自分の心は偏るということを知ってください。しかも相当です。

その道の専門家になればなるだけ、そちらの方にです。

先ほども書きました、そのような偏った心を中道に戻してくれるのが、この正法神理です。

そうしてそのような心の偏りは非常に大事なことなのです。自身の人生にとっても、その先の死後の世界にとってもです。心の偏りは不幸を呼ぶからです。

だから、そのような不幸が起きる、その原因は自分の偏った心にあるわけです。

その偏った心が中道に戻るなら、自分の周りに奇跡が起きだし、自分が伝えたいこともよりスムーズにより多くの人たちに伝わり、そうして自分が仮に危ない目に遭ったとしても大いに守られていくでしょう。

神によってです。

だから、本当の神の教えであるこの正法神理が不必要な人などいないのです。すべての人に必要なものなのです。

では、知っている人から始めませんか。神理の実践をです。そうした人から神の救いの道は始まるからです。

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