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8月 22 2012

何度もお願いしますが…

誰一人ご協力願えませんが、それでよろしいのでしょうか?

アメリカ(世界)を救いましょうといっているのですが、あまりそのようなことに興味のない方ばかりなのでしょうか。

そんな冷やかし半分で、私のブログを読んでいる人がいたとしたら、そんな人はもう私のブログは読まない方がいいでしょう。世の中を救いたいという気が少しもない人など、私のブログを読んでも何もいいことがないからです。むしろ不幸になるからです。

それは、私の近所の人を知ってもらえば分かります。

また何か起きたようですね。(皆さんほんと分かりやすいです…前回書いた予告どうりのことが起き始めたようです)いい加減そのようなことがなぜ起きているのか、ご理解いただけないでしょうか。(どれだけそのような現象に怒り、私に嫌がらせをしても現象は収まりません。それどころかいずれそのような人は、その何倍もの苦しみを自分が味わうことになるのです)

そのようなことが起きるのが、私のせいだと思っていられては、何時までたってもその現象は収まりません。どちらにしても、そのような現象はこれから日本中に起きてきます。なぜ、一番最初にそれがここで起きたのかお考えください。

なぜだかお分かりですか?

神の使いに直接嫌がらせをしたのは、私の近所の人たちだけだからです。(それだけ罪が重いということです)だから、最初に起きたのです。

そのようなことを考えていただければ、お分かりいただけると思いますが、では、それが起きたのは私のせいでしょうか、それともご近所の人のせいでしょうか?

絶対にやってはいけないこと(神の使いに対しての嫌がらせ)をやってしまい、やらなくてはいけないこと(神の使いに対しての協力)をやらないのです。何が起きても私の近所の人は神に文句を言えないのです。(自分たちが悪いことをしているという自覚がまるでないようでは、絶対に救われません)

何度も言いますが、今起きていることを起きなくするには、その起きた原因を深く反省して、もう絶対にそのようなことはしないと誓い、やらなければならないことをやるしかないのです。そうすれば今起きていることは起きなくなります。(少しの間、そのようなことが起きなくなったからそれで終わったと思うのは間違いで、あまり連続してそのような現象が起きてしまうと反省する暇もないので、天はなぜそんなことが起きているのか、反省する時間を与えているのです。その間にまったく心を変えようとしなければ、また同じようなことが起きてきます)

このように私の近所の人を見れば分かりますが、私にかかわりを持たなければ起きなかったことが、かかわりを持ったばかりに起きてしまった人がいるのです。

私とかかわりを持つのであれば、必要以上によくなる人もいれば、必要以上に悪くなる人もいるのです。だから、必要以上によくなりたいと思わない人は、もう私のブログなど読まない方がいいでしょう。(予想外の悪いことが起きるかもしれないからです。もちろんそれは自分の責任ですが)

自分で言うのもなんですが、それほどこのブログは影響があるのです。(天の心を書いているからです)

特に前から私のブログを読んでいる人たちは、もう一度よく私のブログを読んでお考えください。

キリストや釈尊が、法を説かれ奇跡を起こされているのに、それを聞くだけ聞いて、そして奇跡を見るだけ見て、あとは知らん顔をしていて、それを天が許されると思われるでしょうか?許すわけありません。そのような神の使いを無視していた人など、後々どのような大きな罪に問われるか知れないのです。(もちろん神の側から観てです)

それと同じことを、私のブログを見ている方々はしているのです。特に前から私のブログを読んでいる人たちの責任は重いのです。(それだけこの世で多く法を知ることができたからです。あまりそのような自覚はないでしょうが、この世で法に巡り合いそれを知るということは、何よりの果報だからです。この世に生まれて、法を知ること以上の恩恵はないからです。だからそのような人たちは、そのお返しの行為は絶対にやらなければならないのです)

そのような人たちが、このまま何もしようとしなければ、これ以上ないというくらいの後悔を後々することになります。

現実に、そのような人たちが何一つ動こうとされなかったがため、日本は壊れかけているではありませんか。それくらい異常現象が次々に日本に現れているのです。何度も言いますが、それは私のブログを読んでいて、何もしようとしない人たちの責任なのです。(それだけ法を知るという幸運に恵まれながら、お返しの行為をしようとしない罪は大きいのです)

そんなの私には関係ない、と思っていられるのは今のうちだけなのです。

現実にそのような現象がもう身近に現れています。(私の近所の人たちにです。そのような現象が現れたのは、自分の責任であるのに、私に対し怒りを持っている人がいるのですから呆れます〔人情的には分かりますが〕しかし、そのような人たちはもう一歩進んで、自分が悪かったと思えるようにならないと救われないのです。それが心の勉強だからです)

これから次々に現象が現れてきます。そこで悟るか悟らないか、動けるか、動けないかで大きくその後の人生は変わることになるのです。

(やはり、どこかのオネエチャンを無視しているといけないようです。ちょっと体調を崩しました〔涙〕スーパーか八百屋か知りませんが、少々勘違いが過ぎると思い、私としましては別の……いやもう何も言いますまい、天の命には従うほかないのです〔涙〕)

追伸…十時三十三分頃、十勝地方で震度四の地震があったそうです。三は神の数字です。(その地震はこのブログのせいとはいいませんが)このブログに書いてあることを、あまり軽く流さない方がいいと思います。

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8月 19 2012

再度お願いしますが…

栃木で、三百七十人以上の中学生が食中毒になったそうですが、前回食中毒の話を書いた途端にこれですからね、偶然とは思えないほどのタイミングです。

昨日は各地激しい雷雨になり(名古屋もそうでした)大阪、長野、滋賀では落雷の被害が出て(二人が亡くなり十数人が重軽傷を負ったそうですが)京都の宇治では、そのカミナリを伴う大雨で、また川の水があふれて住宅地に浸水被害が出たそうですが、ほんと異常現象が止まりませんね。

ずいぶん私のことが評判になり始めたようです。ということは法を多くの人が知り始めたということになります。ここで一気に天は、多くの人に法を知らしめるつもりなのかもしれません。

では、私の言うことを無視していれば、これまで以上の恐ろしいことが次々に起きてくることになるかもしれませんし、そうであるならば、当然、私に協力しようとしないばかりか、嫌がらせなどしている進歩のない人にも、これから様々な現象が現れてくることになりますが、もうここに書いたことを無視しない方がいいのではないでしょうか。(現実にそのような現象が起き始めているようにも見えます)

私は、こんなことを書いてそれが起きなかったら信用をなくす、ということを何度もこのブログに書いてきました。

しかし、そんな信用をなくすということは一度もありませんでした。(ということは、ここに書いたことはすべて起きた、ということです)

去年(十月の末頃でしたか)タイの洪水を引かす、と書いて本当にタイの洪水は引いたのです。

その時でも、こんなスポンサーの募集までして、これでタイの洪水が引かなかったら一変で信用をなくす、しかし、たとえ私が祈ってタイの洪水は引かなくても、このブログを読まれている方が、この神の運動に参加してくだされば(それだけこの運動に参加することは尊い行為である、ということです)その人は少なくとも徳を得られることになる。

私が信用をなくし、これ以降ブログを書くことができなくなったとしても(ということは、私は死ぬかもしれないということです)せっかく私のブログを読む縁をいただいた人たちに、一度でも神の運動に参加してもらえるのなら、その方がよほど価値がある、とそう思い、私は敢えてあのようなブログを書いたのです。

しかし、あのような無謀なブログを書いた私に天は応えてくださいました。その心を観て、天はありえないような奇跡を目の前で起こされたのです。(私のブログを読んでいる皆さんは、ただ漠然とタイの洪水は引いたと思っている人も多いでしょうが、命を懸けなければあのような奇跡は起きません。あの時私は、そのようなことは一度も書きませんでしたが〔冗談のように書いていましたが〕実は命を懸けていたのです。だから、あのような大奇跡が起きたのです)

そのような天の奇跡を目の前で見ていながら、まだ多くの人は無反応でした。

私はその後も、何度もこのままではこうなる、ああなる、と書いて、それがその通り起きました。私のブログをかなり前から読んでいる人たちは、そのような奇跡をずっと目の前で見続けてきたのです。しかし、そのような奇跡を目の前で見ている人たちは、その(天が起こされている偉大な)奇跡を、噂し、怒り、悲しみはしても、何かテレビのドラマを観ているかのように、他人事の態度しかとろうとしないのです。そのような奇跡を、目の前で見せられているにもかかわらず自ら動こうとはしなかったのです。

自分たちにとって都合の悪いことが起きると、天の心を書いている私に、嫌がらせはしても、自分たちの態度を反省しようとする人は、誰もいなかったのです。

では、そのような人たちが、自分の信用をなくすかもしれないということを、このような誰が読むかもしれないインターネットの場で、堂々と書くことができるでしょうか?(しかも命まで賭けてです)私はそのような自分の信用をなくすかもしれない(当然命もです)ということを、何度も書き続けてきたのです。そうして一度もその信用をなくすことはありませんでした。(だからまだ生きています)

そのようなこれまでの経過もお考えください。

特別スポンサーになっていただく方の条件を書いておきます。

どなたでも結構です。(私を信用してくださる方なら)個人なら二千円、法人なら一万円お振込みください。そうして今回(アメリカの大干ばつ)だけの特別スポンサーになるというメールをください。先に振り込んでいただいたお金とメールが証拠となって、今回だけの特別スポンサーになっていただくという契約となります。

そうして、この日から祈ります、ということを私はこのブログに書きます。そして、それから二週間の間にアメリカに雨が降れば、その後、追加でまた寄付をいただき、二週間以内に雨が降らなければ、その後の寄付はいただかない、それで今回のスポンサーとしての契約は終わりということになります。

もし、二週間以内にアメリカに雨が降った場合、その雨の降る量や範囲にもよりますがその後のご寄付の金額はお気持ちだけで結構です。(つまり、雨の降る量が少なく範囲も狭かったりすれば、寄付の金額は少しでいいですし、雨の量が多くて降る範囲が広く、これは奇跡が起きたと思われた方は、少々余計に寄付していただければ幸いです)

断っておきますが、先にいただいたお金(個人は二千円、法人は一万円)は、この祈りが成功してもしなくてもお返しいたしません。(申し訳ありませんが、これは善意の寄付ということでいただいておきます)

この条件で乗っていただける方がおられましたら、ぜひご協力ください。

これほど自分勝手でバカな申しではないのでしょうか?唯物無神論の人たちから見れば確かにそうでしょう。しかし、何時までもそんなことを言っていては不幸は拡がるばかりです。この世だけにこだわり、自分のことだけやっていては、何時までも本当の勉強に気づかず、遊びほうけていることと同じなのです。もっと神仏を思い、神仏に布施する心が出てこないと救われないのです。(自分自身も世の中もです)現実に私の言ったとおりのことが起きているではありませんか。(現実をもっと直視してください)

私はこれまで、このブログをいい加減な気持ちで書いたことなど一度もありません。いちいちそれを言いませんが、命懸けで書いたこともあるのです。それは、次々に起きる奇跡の現象を見ればお分かりいただけると思います。(いってはいけませんが、口だけだったり、個人的な小さな考えでこのブログを書いていれば、そんな奇跡が何度も起きるわけがないのです)

私は、これが気に食わない、アレが気に食わない、という個人的理由から人を祈ったこともありませんし、そんな小さな心でこのブログを書いたこともありません。すべて天の心を書いているのです。

従って、今回アメリカに雨を降らせる、ということも天の心ですし、その祈りをするには多くの人の協力が必要である、というのも天の心です。

その心に従い、私はこのブログを書き、スポンサーを募集しているのです。(私個人がお金がほしいからやっているのではない、ということくらいは、これまでの経過を知っていただければ、お分かりいただけるのではないでしょうか)

もし、この呼びかけに多くの人が呼応してくだされば、アメリカは救われるでしょうし、それはすなわち(もちろん日本も含めてです)世界が救われることになります。(ということは世界が救われるか、救われないかは、このブログを読んでいる皆様方の判断にかかっているということになります)

多く人のご協力を求めます。そのような行いがあればアメリカに奇跡が起きるのです。

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8月 17 2012

アメリカの大干ばつ

この前大雨になった京都の宇治市では、その大雨に加え食中毒まで発生したそうですね、悪いことは続きます。そういえば京都は、ついこの間も大雨で浸水被害が出ましたが、京都はこれから不運が続くかもしれません。(何せ園頭先生を散々汚した団体の本部がありますからね〔教育研究会 未来〕これからそこにはいろいろ起きてくるでしょうから)

食中毒といえば北海道でも  Oー157で集団食中毒が発生しました、季節柄食中毒には気をつけないといけませんね。

どうも金山の市営バスの連中も、私のことをどこからか聞いたようですね、雰囲気で分かります。それに近所の人だけでなく、あれこんなところの人も私のこと知ってるの?と驚くことが最近増えてきましたが、マァ今は電話もメールもある時代です。近所で何か起きていれば、その噂が拡がるのも早いでしょう。

それにしても私の噂が拡がったのであれば、少しは協力してくれる人が出てきてもよさそうなものですが、なんと嫌がらせする人はたくさん出てきましたが(笑)協力してくれる人は皆無というのですから呆れてしまいます。

よほど神に逆らうのがお好きな方ばかりなのでしょう。しかし、それがどれほど恐ろしいことなのか、早く知っていただいた方がいいと思います。そうしないと何世代にもわたり、その償いをしなければならなくなるからです。

しかし、私がいくらここで、私は神の使いです、と言い張ったところで、最近私のことを知った人たちは半信半疑でしょう。(それはそうです、前からこのブログ読んでる人でもそうなのですから無理もありません。それに大体、自分で神の使いなどといってる輩はまず偽者ですからね〔笑〕)

そこで、そのような人たちに私が神の使いである、という証拠をお見せしようと思います。(最近私を知った人たちのために大サービスです)

とはいえ、その証拠を最近知らされた“過ぎ越しの祭り”でもガンガン行って、バタバタ死ぬ人が出てこれが神の使いの証明です、といってみたところで、そんな現象が続けて起きてしまえば、そんなことを言ってる人はもう神の使いなのか、悪魔なのか分からなくなります。

どうせ証明するのであれば人助けの方で証明しないといけません。(証明するのも大変です)

さて、そこでです。

現在のアメリカは大干ばつに見舞われ、トウモロコシや大豆などの穀物が大変な被害となっています。(五月の上旬くらいからほとんど雨らしい雨が降らず、この先もまとまった雨が何時降るか予想できないらしいですね)

しかも、このアメリカの大干ばつで困るのはアメリカだけではありません。日本はもとより世界各国でこの干ばつの影響は出て(アメリカは世界中にトウモロコシや大豆など輸出してますからね)世界中の人々が深刻な影響を受けることになります。このままアメリカの干ばつが続けば、世界中に大変な被害をもたらすことになるでしょう。

では、それで証明しましょう。その大干ばつが起きているアメリカに雨を降らす、というのはどうでしょうか。これも世界中の人々を救うためです。私の祈りでアメリカに雨を降らせましょう。(さすが神の使いです)

しかしもちろんただではやりません。(あれ、神の使いのはずですが…?)

神の使いもカスミを食べて生きている訳ではありません。誰も私に協力していただけない以上、今回も特別スポンサーを募集します。(また始まりました。実はタイの大洪水の時もこれをやりました。最近私を知られた方はご存じないでしょうが、ここだけの話、あの洪水を引かせたのは私なのです。マァあまり信じられていないようですが〔笑〕)

どうですか?(このブログを前から見ている皆さん)あのタイの洪水の時は誰も相手にしてくれませんでしたが、今回はどうでしょうか?

どなたでも結構です。(できれば企業の方がスポンサーになってくだされば一番ありがたいのですが…アメリカの干ばつで困る企業の方はいくらでもいますよね、そのような方々はぜひご協力ください)今回だけの特別スポンサーになってくださる方を募集します。

もしスポンサーになってもいいと思われる方々は、メールでお知らせください。そのスポンサーの条件はこのブログで発表します。(その条件が気に食わないというのであれば、断ってくだされば結構ですから)

現在のアメリカの大干ばつは、世界中の多くの人に深刻な影響を与えることになります。そのアメリカに私は雨を降らせるといっているのです。(もちろんできなければお代はいりません)何とか、ご協力願えないでしょうか。

前回のタイの洪水の時はまったく無視されましたが、今回は(私のブログを前から見ている方々は)真剣に考えていただけないでしょうか。多くの人のご参加を心よりお待ちしています。

(また危ないブログ書いてます)

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8月 15 2012

最近の出来事

世はオリンピック一色でしたが、やっとそれも終わりました。あまりオリンピックに浮かれてる場合でもないように思いますが…昨日も京都、大阪などで大雨になり浸水被害が五千棟以上出たとか、亡くなった方も出て大変な被害となりました。高知では竜巻と見られる突風が吹き、やはりあちこちの家屋に被害が出ました。

相変わらず異常気象が止まりません。(ということは不幸になる人が出続けているということです)そればかりか大震災の復興も進まず、福島の原発事故も収束のメドがたたず、被災者の人たちも、もう限界を超えたような状況の人もたくさんいます。それこそ毎日のように不幸な人が出続けているのに、そんなスポーツの祭典などやってる場合か、と私など思ってしまいますが…また、こんなひねくれたこと書いてると嫌がられますかね。

それにしてもこれだけ不幸が続いていても、皆さん一向に神の方に心を向けようとされませんが、大丈夫でしょうか?

私がどれだけ言っても協力しようとする人は現れず(邪魔する人はたくさんいますが)自分のこと以外やろうとされません。日本がドンドン壊れていきますがよろしいのでしょうか?

まったく不思議ですね、これだけ不幸なことが続けば普通は、もっと神の心に目覚める人がでてきてもよさそうなものですが、本当にそういう人現れませんね、むしろ、嫌がらせする人の方が多いのではないか、と思えてきます。

最近気づいたのですが、私はよく金山総合駅の辺りに行きます。その総合駅の横にバスターミナルがあるのですが、私がその辺りにいると、そのバスの運転手たちが私の方を見ながらヒソヒソ話をしていたり、私がバスの横を通るとエアーをおもいっきりふかされたり、何か明らかに意識してやっているようなのです。(金山駅の近くにいるだけで横を通るバスなどにも散々ふかされますので)

市営バスの連中だと思うのですが、何か私の話でも聞いたのでしょうか?どちらにしても最近そのようなことがあまりにも多かったので、あの連中を祈りました。私に対し何も意識的にやっていなければ、その人たちに何か起きることはありませんが、私のことを噂で知って、やっかみやら何やらで、嫌がらせをしているようなら、その人の心にあわせてどこかで何か起きてくることになります。

とにかく、このまま誰も何もしようとしなければ異常気象は止まりません。何かことがあればことごとく祈り、天に現象を現せてもらうきっかけをつくろうと思っています。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ではありませんが、とにかく祈って何か天に現象を現してもらい、目覚める人が出てこなければ法を拡げることはできないし、法が拡がらなければ不幸な出来事は続きます。

どちらにしても、このまま多くの人が私のブログを読んでいるだけで、何もしようとしなければ(嫌がらせだけはされますが〔笑〕)私もお金が入ってきませんので、最後は首をつらないといけなくなります。

このブログを読んでる人の多くは、私がどうなろうと関係ないと思っている人が多いでしょうから、それなら私も、このブログを読んでる人がどうなろうと関係ない、と割り切って、とにかく何かことがあれば、とことん祈り、その人の心のままに天に現象を現せてもらおうと思っています。とりあえず、それ以外の手が今のところありませんから。(これだけ現象がいろいろ現れていても、まだ多くの人は神に心を向けようとはしません。多くの人が神に心を向けようとするまで、あらゆる手段を使ってやるしかありません。ブログだけ書いていても誰も信じようとしないのですから…ブログを読んでいる人が何もしようとしないからいけないのです。私のブログ読んでる人ずいぶん罪つくってます)

まずそれを自分が住む町から始めようと思っています。(どこかの喫茶店のスタッフも散々人のブログ読んでいて、知らん顔はないでしょう、こちらは毎回お金払ってるんだから…マァ喫茶店行って何か飲んでるんだからお金払うの当たり前ですが…しかし、このブログを読んで布施するのは当たり前、と思ってくれる人がたくさん出てこないと、この異常気象は止まりません)

とにかく、何か突破口を開かないと、この教えは拡がりません。(ということは不幸が止まらないということです。)

とりあえず、自分の町から浄化していく、それから始めようと思っています。

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8月 13 2012

コメントの検証

前に私は、高橋先生の弟子たちが言っていることはどこかが違っている、と書いたことがありますが、ちょうどいいです、十日に福岡のオジちゃんが送ってきたコメントは手ごろですので、どこがおかしいか検証してみましょう。

まずこの人「間違っていると書いているその時の心は法に叶っていない」と書いて「批判は法ではありません」と書いています。

では、キリストは人を批判されなかったでしょうか?そんなことはありません。キリストは間違ったことを言う人に、それは違うときつい言葉で叱りけたこともありましたし、正しいものは正しい、違うものは違うとはっきり言われ批判されました。釈尊も同じです。キリストほどきつい言い方はされませんでしたが、正しくないものを正しいとは言われませんでした。

人の悪口はいけませんが、批判することはいいのです。このオジちゃんは批判の意味を知らず、悪口と批判を混同して書いているのです。

悪口とは、事実無根の話をひねり出して、人を陥れようとする悪意を持って言うのが悪口であり、批判とは、正しい事実に基づいてそれがいいか悪いかを意見することで、批判の中には、それ以上間違ったことを言わせないように、もっとこのことを考えて正しく言うようにあらせたい、という善意が含まれているのです。

批判は善意が含まれていますので、キリストも釈尊もされましたし、だから、私もこのオジちゃんを批判しました。そのどこがいけないのでしょうか?従って、このオジちゃんが書いている、批判は法ではない、ということは間違いですし、批判しているその心も当然法に叶っているのです。

次に「善悪の間に正法はありません」と書いていますが、これも違います。

では、キリストは「あの人も正しいですよ、この人も正しいですよ」などと言われたのでしょうか?キリストは善は善、悪は悪とはっきり言われたのです。そんな(この人たちが言っているような)あの人も正しい、この人も正しいなどとは言われず、善悪をはっきり言われました。だからこそ、多くの人が何が正しいのか分かったのです。この人が言うように善悪をはっきり言わない、そんなあやふやなことを言っていて、どうして多くの人を正しい道に導くことができるのでしょうか?どちらにもいい顔をするなどただの偽善でしかないのです。

そんなあやふやな心が絶対の善であるわけがないし、ましてそれが中道の心のはずがないのです。

中道の心とは、やりすぎてもいけないし、やらなすぎてもいけない、どちらにも偏らない、両極端でない、ちょうどいい心のことを中道の心と言うのであり、この人が言っているような、どっちつかずのあやふやな心を中道の心とは言わないのです。

中道の解釈さえ間違っているのですから、その後の「今心は静かで中道の光の中にいます」と書いてあることも嘘であるし「あなたもそういう境地を求めてやられることを希望します」と言われても、言っていることがデタラメなのですから、こちらもどう答えて言いか分かりません。

たったこれだけの短いコメントでも、これだけの間違いがあるのです。

このようなコメントを法を知っている者が読めば、一体何が書いてあるのか?よく意味が分からない、それくらい法とはかけ離れたことをこの人は書いてきて、本人は法を書いていると思い込んでいるのです。

特別、この人だけではありません。高橋先生の教えを勉強していると言われる人たちはこの人と大差ありません。皆、高橋先生の言葉の上っ面だけ知って、その真意を知らないのです。だから解釈も間違っていてだから現象(奇跡)も起きないのです。(天も協力しませんので)

このような人たちを見ると、園頭先生は正しく高橋先生の教えを理解され、それを私たちに分かりやすく教えてくださったと、改めて思います。(だから現在の私のように、このブログに書いたことが次々に現象化するという奇跡が起きるのです。それは正しく法を伝える師に巡り会い、正しく法が理解できたお陰で、正しく法を理解している者には天が協力しますので、次々に奇跡が起きるという、天の証明がなされているのです)

本当によい師に巡り会えたとつくづくその縁に感謝しますが、その師を平気で裏切る人たちもいるのですから、園頭先生の弟子たちも正しい師を見抜いたところまではよかったのですが、その後の精進を真剣にやらなかったため(結局この人たちも心の浅いところでしか法を理解されなかったのです)園頭先生が倒れられると途端に裏切ったのです。(要は肉体がきかなくなった途端という意味です。この人たちも、園頭先生があれだけ分かりやすく私たちに法を説いてくださったのに、法をしっかり自分のものにしていなかった、園頭先生の肉体だけしか見ていなかった、その典型のような人たちです)

このような人たちばかりだったから天もこの人たちを見捨て、私に他の人たち(法をまだあまり知らない人たち)に法を伝えよ、と命じたのです。

しかし、この如来の弟子たちもダメでしたが、これから法を知ることになる人たちも唯物無神論などという間違った教えに犯され、神の存在をなかなか認めようとしないのです。どれだけ目の前で現象が起きようと、そのありがたみが分からず神の教えを信じようとはしません。

如来の弟子たちも頑なですが、これから法を知ろうとしている人たちも頑なのです。では、現在のように日本が壊れかけているのも仕方のない話ですね。(皆さん一向に法を理解されようとしないのです。天は次々に法を知らせるため現象を起こします)

このような現象が次々に現れているのに、まだ、協力してくれないばかりか、嫌がらせしている人までいるのですから呆れます。(それでもそういう人は減りましたが…しかし、分からない人は自分に何か起きるまで分からないのです。本当に哀れです)

しかし、早く気づかなければ、よいことは起きてきません。気づかれた人から実践していただきたいと切に願っています。

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