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7月 29 2012

続、新・過ぎ越しの祭り

連日の猛暑ですでに夏バテぎみですが、それにしても暑い。今年はあまり太平洋高気圧が強くないと言う話でしたが、ずいぶん気温が高い日が続いています。

どれだけ書いてもどなたもご協力いただけません。本当にどこかのオジちゃんやオバちゃんの言うとおりなのかもしれません。(しかし、モーゼの時のように、一緒に砂漠をさ迷えと言ってるわけでもないのに、何でそこまで無視するのかよく意味が分かりませんが…)

私の相手をしてくれるのは、ちょっといかれたオジちゃんやオバちゃんだけなのかもしれませんね。(笑)

分かりました、では、仕方がありません。もうやるしかありませんね。

やるしかないとは、現在、私の周りで起きていることを、全国的に起こすほかないということです。(何が起きているのか分かりませんが、何か起きているでしょうね、明らかに周りの人の態度が変わりましたので)

どちらにしても「過ぎ越しの祭り」ということを知らされたのです。ということは、それらしいことを何か起こすという天からの知らせでありましょうし、それを近所の人だけに限定するわけにはいきません。私のブログを読んでいる人すべてに対象を拡げます。

従って、祈りの対象を近所の人だけから、私のブログを読んでいる人全員に拡げます。何が起きるか分かりませんが何か起きます。(何が起きているかは近所の人にお聞きください)何時ごろから誰に、どのような現象が現れるかは分かりませんが、確実に私のブログを読んでいる人には起きてくるでしょう。

それが私のブログをよく読んでいる人からなのか、それとも天がその人の心を観て決めるのか、時期も順番も分かりませんが(どのような人に何が起きたのか、それも近所の人にお聞きください)何か(もちろんあまりよくないことがです)起きます。言っておきますが、それは日本にいない人にも同じようにです。(私がタイの洪水を引かせたのをお忘れですか)世界のどこにいても私の祈りは通じます。日本にいる人だけが対象ではありません。日本にいなくても私のブログを何度も読んだことがある人には、同じように何か起きてきますのでご了承ください。

皆さんには、それだけの責任があるのです。私が何度このままではこうなる、ああなる、だから協力してほしいと呼びかけたか分かりません、にもかかわず、ことごとく皆さんはその呼びかけを無視されました。その結果どうなったのか…それは再三このブログに書いています。今さら改めて書く必要もないでしょう。

何度も言いますが、そのような不幸な結果を招いたのは、何もしようとしなかった皆さんの責任なのです。その責任は重大です。何が自分に起きようと皆さんは何一つ恨み言などいえないのです。受けるべくして受ける結果だからです。その責任の重大さは、自分に起きる現象で知ってください。

もちろん神が過ぎ越す方法はあります。何度も言いますが、これからでも結構ですので私に協力されることです。一度協力されれば、今回の過ぎ越しの祭りの神は過ぎ越されます。それ以降は、私に協力するのがいやなら、もう私のブログなど読まなければいいのだし、今後も読みたいというのであれば、年に一度や二度は協力されることです。そうすることが、神の教えを聞く側の当然の義務であるからです。(ですから、すでにご協力いただいている方々は結構です。そのような方々は今回神が過ぎ越されますので)

モーゼが起こされた過ぎ越しの祭りの時も、そんなことが起きるわけがないと笑って、モーゼの言うことを信じなかった人々は不幸になり、モーゼの言うことを信じた人は不幸を逃れることができました。今回も同じです。(すでにそのようなことが私の近所で起きているのです)私の言うことを笑って聞こうとしない人は不幸になり、信じる人は不幸が過ぎ越すことになるでしょう。(無視する人たちも当然不幸になります)

皆さんの賢明なご判断をお待ちしています。

(オジちゃんやオバちゃんは笑って聞きゃしないでしょうから、どうぞ好きなだけお笑いください、あなたたちのところは特別サービスです。特別サービスといえば、もう一つのグループも特別サービスです。そのグループとは「教育研究会・未来」の人たちです。未来に起きる特別サービスとは、ある方があなたたちに現象を現すことになるからです。そのある方とは、もちろん園頭先生〔ガブリエル〕です。よかったですね)

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7月 27 2012

如来の弟子の使命②

法の証明とはどのようなことかと申しますと、例えば、私の近所の人たちのことを書きます。

私の近所の人たちは、私のブログを読んでいる人が何人もいるようですが、この方たちもやはり読んでいるだけで、それ以上のことはしません。

それどころか読んで内容が自分の意に反するものであると、私に嫌がらせをしてくる人もいるのです。読んでいるだけでもいけないのに(何の報恩の行為もしていませんので)それにプラスして嫌がらせしてくる人までいるとなると、これはもうどれだけ自分にとってマイナスなことをしているか分かりません。それに普段から(私のパソコンの音がうるさいなど)私をよく思っていない人もいて、そのような人まで私に嫌がらせをしてくるのですから、もうどうしようもありません。(おまけにブログを書いているのを邪魔する人までいます)

このような人たちに何を言っても、それをやめようとはしないでしょうし、それに私はこのブログの中でエリシャの話(神の使いをバカにしたばかりに大勢の子供が殺された)や私は命懸けでこの仕事をしているのだから、私にちょっかいを書ければそちらも命懸けになりますよ、と警告しているのです。それにもかかわらず、何か起こせるものなら起こしてみろ、という態度の人が多かったのです。

そのくせ、そのような人たちは私が祈って暑くなったり、大雨が降ったりしたことは信じているようで、お前のせいで暑くなった、お前のせいで大雨になり多くの人が迷惑していると、また、そのようなブログを読んで私に嫌がらせをしてくるのです。

そのようなことがずっーと続いていました。(もちろん、このような人たちばかりでなく、近所の人の中には、私のブログを読んで態度を変えた人もいました。しかし、その人たちもただ態度を変えただけで、それ以上のことをしようとはしなかったのです)

私はこれではいけないと思いました。この人たちは一方で現象を信じ、一方では信じないのです。(自分に都合のいいことは信じ、悪いことは信じないのです。これは近所の人ばかりでなく、そのような人が多いのですが)それに私が祈り現象を起こしている意味も、まるで分かっていませんでした。(その意味は何度かこのブログの中に書いたのですが、多くの人は理解できないようです。ただ単にそんな現象を起こすのが悪い、としか思わないようでした)

このようなことをほっておけば、この人たちは罪を犯し続けるであろうと思いました。(神の使いにそのようなことをしているのですから、当然罪になります)私は、これ以上この人たちに罪を犯させることはできないと思い、祈り始めたのです。

「神よ、この近所の人たちに様々な現象を現し、私にこのようなことをすることが、どれだけ罪になるのか、証明せしめたまえ」

それが二、三ヶ月前のことです。だから、私は嫌がらせしている近所の人たちに「ソロソロ何か起きてくる」ということを言っていたのです。(誰もそれを聞こうとはしませんでしたが)

そのような祈りをしていたところ何日か前から、急に嫌がらせがなくなったのです。ですから私は「これは近所で何か起きたのではないか?」と思ったわけです。

近所の人たちが何も言ってくれませんので分かりませんが(明らかに態度が変わった人は多いのですが)何か起きていると思います。しかし、何が起きていようと起きた方が悪いのです。

これは百パーセントです。百パーセント起きた人が悪く、それを祈った私は悪いどころか神に喜ばれるのです。(神の心を現象として現しているからです)

私のブログを読んだことがあるという方は、やはり報恩の行為として寄付をされるべきだと思いますし(法をこの世で知る、ということがどれだけありがたいことか、なかなかご理解いただけませんが)これからも読みたいというのであれば、年に一度や二度は寄付をされるべきです。それが感謝の心を現すという意味で、当たり前の行為でありますし、まして私のブログを読んで、法を知ったことだけでもありがたいのに、それが自分の意に沿わないからと嫌がらせしたり、気に食わないからブログの邪魔をする(ということは法を伝えるのを邪魔しているのですから)など、どれだけ大罪を犯しているのか分からないのです。(もちろん、この世でそのようなことで裁かれることはありませんが、神の側から観てということです)

だから私は、これ以上何も理解していない人たちに罪を犯させてはいけない、という慈悲の心からそんな祈りをしたのです。(そのような心ですので祈りもきかれるのです)

私が嫌いなら、もう私のブログなど見ないで、私を無視してくれればいいのです。私に余計なことをすれば罪になるかもしれないのです。少々気に食わないことを私がしようと無視していれば、余計な罪をつくることはありません。

私の近所の人は、そういうことを知らなかった、それがもし現在おかしな現象が近所に現れているとしたら、その現れている原因です。やってはいけないことを、やってはいけない人にやっていては、よくないことが起きてくるのです。それを起きなくするには、やってはいけないことをやってしまったことを反省し、もう二度とそのようなことはしないと神に誓われることです。そうすればその罪は許されます。しかし、中途半端なことをしていては(例えば嫌がらせをやめただけとか、前よりもしなくなっただけとかでは)罪も許されないし、おかしなことも続くでしょう。

一番肝心なことは自分が悪かったという自覚を持つことです。(どのような理由をつけようと神の心を知らない人が百パーセント悪く、それを伝えている人が百パーセント正しいからです)おまえが悪いという責任転嫁の心を持っていては、いつまでたっても救われないのです。

マァ、ご近所に何も起きていなければそれでいいのですが、何も起きていないならいないで、今している祈りを続けるだけですし(だってそうしないと、近所の人たちはいつまでたっても、悪いことをしていることに気づかず、罪を犯し続けることになりますからね)とにもかくにも如来の弟子としての使命は神の心を多くの人に知らせることです。

そのためには、祈りを現象として現し、それを言葉で語り文字として遺す、これまでの預言者といわれる方がされてきたことを、自分もするだけです。

しかし、これは何も私の近所の人たちだけの話ではありません。日本中のほとんどの人が神の心に気づいていません。先に書いたように、それは気づかない人が悪く、気づいていもらおうとしている私は正しいのです。(だから祈りもきかれるのです)日本の多くの人が気づいて立ち上がってくださるまで祈りを続け、神の心を世に訴えていきたいと思っています。

それが如来の弟子としての使命だからです。

(福岡のオジちゃんどうされたんですか?急に怒り出されて?それに何一つ私の質問にまともな答えをいただいていませんが…質問に困られましたか?マァ困る質問ばかりしたのですが…素直に自分たちの間違いを詫びられれば救われたのに、これで決定ですね。昨日の立川のオバちゃんのコメントはマァエエです〔笑〕オバちゃんうちの父と同じ病気ではないですか?)

1コメント

7月 25 2012

コメントについて

「如来の弟子の使命」の続きを書こうと思いましたが、福岡のオジちゃんからコメントがきて、少々疑問に思うところが何ヶ所かありましたので、いくつか質問をさせてもらおうと思います。

次の五つの質問にしっかり答えてくだされば、あなた方の意見をちゃんと聞こうと思っていますので、よろしくお願いします。

(昨日のコメントは立川のオバちゃんで、一昨日の三つのコメントが福岡のオジちゃんです。その福岡のオジちゃんのコメントについての質問ですので、オジちゃんが答えてください。〔どうせ立川のオバちゃんでは、トンチンカンな答えにしかならないでしょうから〕立川のオバちゃんのコメントは相変わらずですのでどうでもいいです。〔笑〕立川のオバちゃんには一言だけ言っておきます。「あなたの性格が支離滅裂です」)

①高橋先生は「宗教で飯など食べません」と言われ、仕事をしながら法を説かれたと言われますが、その娘である桂子さんはGLAを主宰され宗教で飯を食べていると思います。それについてどう思われますか?

②高橋先生も寄付は受け取っていられたと思います。それはどう思われますか?

③私が自己確立ができていないと言われますが、ではなぜ、私が祈って賛助会員の方のお母様の末期癌の癌が小さくなり、痛みが引いたのでしょうか?これは医者も不思議がっていたようですので、医者がどうこうしたというより、やはり奇跡が起きたと思われますが、なぜ、自己確立ができていない者が祈り、その祈りを天がきいてくれたのでしょうか?それをお答えください。(偶然とかたまたまはなしにしてくださいね、高橋先生は「この世に偶然はない」と言われていたのですから)

④私はあなたのことを福岡のオジちゃんと言っているのです。立川のオバちゃんは別の人で、その人とあなたが、かわるがわる私にメールをしてきていると思うのですが、あなたは福岡の方ではないのですか?それをお答えください。

⑤最後にお聞きしますが、あなたは私が祈って現象が現れたというのはただの思い込みで、私が祈ったから現象が現れているわけではない、と言われますが、私が現象が出せないのは分かりますが(気が違っているのですからね)では、なぜ、あなた方も何の現象も起こせないのでしょうか?正法は文証、理証、現証の三つが揃って初めて“正法”といわれるはずですが、あなたたちは正法の勉強をしていたはずです。(ましてモーゼ系と言われてましたよね)そのあなたたちになぜ現象(奇跡)が起きないのでしょうか?それをお答えください。

以上五つの質問にお答えください。

福岡のオジちゃんは(立川のオバちゃんなどより)頭の回転が速そうな方ですので、こんな質問即座に答えられると思います。この質問に真摯に答えてくだされば、あなた方の言うことを聞きます。コメントお持ちしています。

(過去世の話うんぬんはとりあえずよいのではないでしょうか。私が誰であったと言ってもあなた方はそれを信じないでしょうし…それとよく打ち合わせして送らないとコメントダブりますよ、オバちゃん〔笑〕)

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7月 23 2012

如来の弟子の使命①

猛暑から一転して全国各地で大雨になり、一時間に百ミリ前後の雨が降ったところが何ヶ所もありました。気温も猛暑の時から一気に十度以上下がったところもあり、寒暖の差がはげしくて身体がおかしくなりそうですね。

まったく極端に不安定な天気が続くものです。

さっそくのコメントありがとうございました。(昨日は福岡も一時間に百ミリ以上の雨が降ったところがあったようですが大丈夫でしたか?心配です)

福岡のオジちゃんの方が立川のオバちゃんよりよほど素直です。そこら辺は大いに感心します。

私が、くだらないことでも結構ですから、と書いたら、本当にくだらないコメントくださるのですから、一体どこまで素直なんだろうと改めて思いました。(笑)世の中、素直でない人の方が多いのに、福岡のオジちゃんは実に素直です。オジちゃんの爪の垢でも飲ませたい人たくさんいますね。(笑)

さて、私がコメントくださいと頼んだ以上、それがどれだけくだらないコメントであっても、そのくだらないコメントに、こちらは真摯に答えなければならないと思っています。それが頼んだ者の筋であると思いますし、くだらないコメントをくだらない答えで返せば、自分もくだらない人間と思われます。どれだけくだらないコメントであれ、頼んだ以上は真摯にお答えしたいと思います。(注、別にオジちゃんのくだらないコメントを強調したわけではありません)

しかし、このコメントあまりにいろいろけなされすぎて、何に要点を置いて書けばいいのか分かりません。

とりあえず、お前は働かないのが悪い、というところに要点を置いて書いてみます。

一つあなたにお聞きしますが、あなたは高橋先生の弟子を自認していられるはずです。(そこは間違いないと思います)では、如来の弟子として第一の仕事とは何でしょうか?

私は如来の弟子であるならば、その第一の仕事は、如来が説かれた法をより多くの人に伝え、如来の偉大な存在、そしてその神通力を多くの人に伝えることだと思います。(それが如来の弟子としての第一の仕事だと思いますがどうでしょうか?)

だとしたら、私がやっていることは仕事ではないのでしょうか?(私も如来の弟子ですので。マァ、あなたはここに書いていることは法ではない、と言われますが)如来の説かれた法を伝え、如来の偉大な存在を伝え、唯物無神論は間違いであると堂々と書いて、神の存在を多くの人に説いているのです。

そうして(これもまたあなたたちは一切認めていませんが)その証明として、不思議なことに、ここに書いたことが次々に実現しているのです。

これは如来の教えを正しく伝えている証拠にならないのでしょうか?私は如来の弟子としての仕事を、誰よりもしていると思いますがそこはどうなのでしょう?(人と同じような仕事していて、仕事をしていると胸を張っていえるのでしょうか?私たちは)

マァ、本音の話をさせてもらえば、私もあなたと同じ考えのところはあるのです。もう、このブログを再開して二年以上が過ぎました。しかし、その間、ほとんど収入がないのです。どう考えたって、今やっていることが仕事になるはずありません。だから、私もあなたと同じように、何度こんなこと止めようと思ったかしれません、しかし、止められなかったのです。

それはなぜか?ということですが…ことごとく起きてしまったからです、現象が。

私は何度も天に言いました。「こんなことを続けていても、日本に生まれた人たちは決して神を知ろうとはしません」「この人たちに神の存在を知らせることなど無理です」「ましてこの人たちからお金を貰うことなどできるはずありません」

私は、何度そのように天に祈ったか知れません。しかし、その祈りに天が応えることはありませんでした。

だから私は「分かりました。では、今度祈って何も現象が起きなければ、私はこのブログを書くことを止めます」と何度もそう祈りました。

しかし、そう思って祈った時に限って即座に現象が現れるのです。それも自分が想像していた以上の現象がです。

私は最初の二、三度は「すごいな」と驚いていただけでしたが、あまりに何度もそのようなことが起きるので、もう最近では「このブログを書くのを止める」と思わないようになりました。それどころか「これで法を拡げることができなかったらどうしよう」とそちらの方が心配で、どうやったら法を拡げることができるのか、そればかり考えています。

私が「もうこの法を拡げること以外で飯は食べない」そのように心を定め祈りはじめると、不思議なことに前以上のすごい現象が現れるようになったのです。(それは現在現れている現象を見れば分かられると思います)

私は最近祈っているとここに書かなくなりました、それはなぜだか分かりますか?その訳はあまりに大きな現象が出すぎてしまうからです。常に祈っているなどと書けば、今起きている現象を見てさすがに引く人も出てくるでしょう、あまり引かれる人がたくさん出てきたら、余計人が集まらないと思い祈っているとは書かなかったのです。あなたのせいで書いてしまいましたが…。(近所の人は私が毎日祈っていることを知っていますよ。私の祈り邪魔している人がいるくらいですから)

しかし、このような現象が起きる方がいいのか、それとも起きない方がいいのか、どちらがいいのでしょうか?起きない方がいいに決まっているという人は早計でしょう。何も起きなくて、では、一体どのようにしたら、現在の日本の人々に神の存在を知らせることができるのでしょうか?

こういうことを書き、書いた現象が起きるから、多くの人が神の存在を信じるようになり、仏の存在を信じるようになり、本当の神の教えを信じるのです。

このようなことが起きなければ、誰もそんなこと信じないでしょう。だから、どれだけ嫌がられようと、嫌われようと多くの人が神の心を理解するまで、やり続けなければならないのです。それが如来の弟子としての第一の仕事だからです。

あなたは私の仕事を一切認めていませんが、私もあなたと同じように考え、他のこと(もちろん、もうあの世に引き上げてほしいと頼んだことも何度もあります)をしようとした時もありました。しかし、それを天が許さなかったのです。

ですから、私は何とかこのブログを通して、法が拡がりそれで仕事として成り立っていけるように、様々な祈りをしながらブログを書いているのです。だから、くどいほど協力してほしいとこのブログに書いていますし、また、法を説いている者に、その法を聞いていながら(そればかりか奇跡も次々に現れていながら)何もしないということは、それはいいことではないのです。せっかく法を聞いていながら、同時に悪いことも、その聞いている人が行っているのでは、法を聞いている意味がありません。(釈尊でもキリストでも、過去のどんな予言者であろうと、布施を貰って生活していたのです。法を説いている者に布施する行為は当たり前の行為なのです)だから、私はこのブログを書きながら、協力(布施)してください、と何度も頼んでいるのです。

そうしないと、どれだけ法を聞いて心に入れても、決してその法を聞いている人はよくならないからです。一時は心が変わりよくなったとしても、結局、そのよいことを教えてもらった人にお返し(布施)の行為をしなければ、そのよい心を完全に知ったことにならないからです。

それでは片手落ちで完全に法を知らせたことにはなりません。心と行いが変わって初めて法を知ることができるのであり、それには報恩の行為は欠かせないのです。

だから、私はやっきになって祈り、そのことを多くの人に知らせようと努力しているのです。どうやら、そのやり方は間違ってはいないようで、天は私のあらゆる祈りに応えてくださり、現在、現象を現しつつあります。

その証明がこれからは身近なところでも現れてくることになるのです。それが私の近所の人たちであり、あなたたちであるのです。

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7月 20 2012

祈り

今年はずいぶん風疹が流行っているそうですね(すでに去年の1・5倍とか)皆さんもお気をつけくださいね。

前回コメントくれた人、福岡のオジちゃんだったんですね、ちゃんと言ってくれないと…ああそうでした、オジちゃんとオバちゃんの二人は、とぼけて一人だと言い張ってるんでしたね。(笑)

いくら名前とメルアド入れないでメールしてきても丸わかりです(笑)くだらないおとぼけはもうやめて正直に言われたらどうですか?でないと法を勉強しているとはとても言えませんよ。(別にかまいませんか、本当の法を勉強しているわけでもないですから)

どちらでも結構ですからコメントくれないと書くことなくなってしまいます。何せ法を説けませんので、何かコメントくれないと書けません。くだらないことでも結構ですからコメントください。(笑)

福岡のオジちゃんも元気そうですね(マァ、私のブログちょくちょく読んでいるのですから元気でしょう)あなたのような素晴らしい(?)方が福岡にいるのに、九州はずいぶん大雨が降ってひどい状態になっていますがなぜでしょうか?そこのところをぜひ教えてください。

オジちゃんもオバちゃんも人をけなすようなことは散々書くくせに、こちらの質問には何も答えてくれないのですね(笑)ちゃんと答えてくれないと、このブログを読んでる人にバカだと思われます。少し私の質問にも答えてくださいね。(笑)

私は何か質問をいただけばちゃんとお答えをしますよ、どんな質問でも結構ですからお寄せください。お待ちしています。(私が困るような質問をください、そんな質問できますか、あなたたちに〔笑〕)

それはそうと近所の人何も言ってくれませんが、やはり私の思い違いだったのでしょうか?(そういえば微妙に嫌がらせされているようにも感じますし)

思い違いならいいのですが、今日も朝起きると、昨夜寝る時に少ししか開けておかなかった窓が、大きく開いていました。(私の寝てる部屋道路に面していますので)

こんな五十過ぎのおっさんの、寝てるとこみたがる人もいないでしょうから、多分いたずらだと思いますが、現在の私にこんなことされると、いたずらだからマァいいか、では済ませません。(道が何時までたっても開かず少々イラついてますので)

誰がやったか知りませんが、その人徹底的に祈らせてもらおうと思っています。

道が何時までたっても開いてきませんので、何かきっかけをつくった人がいれば、その人を毎日徹底的に祈ろうと思います。(祈ると言っても、別に、死ねとか、呪いをかけるわけではありません。その人を正しくお導きくださいと祈るのですから、その人の心が正しければ何も起きませんし、正しくなければ、その心に応じたことが起きてきます。だから間違うということがありません。こんなよいことありませんので、感謝されることはあっても怨まれることはないでしょう)

誰がそれをやったか知りませんが、すべて天は知っています。祈れば、その人に正確に自分のしたことがよいことか悪いことかを、天から教えられることでしょう。その人が反省されるまで徹底的に祈りを続けようと思います。

しかし、近所で何も起きていないのですかね?(何か起きたと思ったのですが…何か起きたのなら誰か知らせていただかないと、法の証明になりませんが)どちらにしても、何か起きたのではないかとこのブログに書いてしまいましたので、何も起きていないのならまた、どこかのオジちゃんやオバちゃんに大笑いされます。

何か法の証明になるようなことが起きますようと、積極的に祈らなければなりませんね、そうしないとここに書いてることが嘘だということになります。そうなれば(ただでさえ道が開かないのに)よけい誰からも相手にされなくなり、法を説くことができなくなります。もっと、真剣に祈って天に道を開けてもらう他ありません。

だいたい天も私が何か悪いことをすれば、すぐおかしな現象を起こすくせに、私が一生懸命祈っているのに何もしてくれないとはどういうことでしょうか?

冗談じゃありません。それこそもっと天も気合を入れてやってくれと言わないといけませんね、こんなことでは。

そういうことで、これからはもっと現象を出すなら徹底的に出してほしいと、天にはきつく言っておきますので、ここに書いていることが嘘だとはブログを読んでいる皆さんは思はないでください。これからもっと気合を入れて祈り、誰でも分かるような現象を現わしてくれるよう天には頼んでおきます。

何としても私は法を拡げないといけません。それには今以上に祈り現象を現し、法の証明をするほかありません。何かことがあれば徹底的に祈ります。法の流布のためこれからも頑張ります。(オバちゃんコメント待ってます…まともなね〔笑〕)

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