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1月 23 2012

自然現象の真の意味

今冬の寒さは気象庁も予想外であったようですね、というのも中日新聞に次のような記事が載っていたからです。

その記事には『列島、6年ぶり「寒冬」か』という大きな見出しで「厳しい冷え込み気象庁も予想外」と書かれてありました。

その記事によりますと、今冬の寒さは、日本付近の上空を流れる北と南の二種類の偏西風が、ともに南に蛇行して、北からの寒気が日本に入りやすくなり、その寒気の影響で、昨年の十二月は予想外に寒くなり、そればかりか今年一月二月も寒さが続く可能性が大きいとのことでした。

この日本の上空を流れる二つの偏西風のうちの一つ(北の偏西風だそうですが)が、なぜ、南に蛇行したのか、気象庁では原因が分からず、まったく予想できなかったそうです。

気象庁は「何の影響でこういう蛇行になるのか、分かっていれば予測もできるが、まだ原因が分からない。大気自身の運動として蛇行し、それが持続したとしか言いようがない」と言われています。

気象庁のまったく予想外のことが今冬は起きているようですが、気象庁の予想外のことってこれだけでしょうか?

気象庁の予想外のことは去年から(正確に言えばもっと前から)続いているのではないでしょうか。

去年のあれほど極端な強弱を繰り返した高気圧、そのせいで梅雨は早まるわ、台風は早くくるわ、異常な暑さになったかと思えば急に涼しくなるわ、日本に上陸した台風のスピードは落ちるわ、ろくなことありませんでした。

それに去年の台風は実に不思議でした。

12号の異常な発達の仕方、15号の奇妙な動き方や沖縄近海での突然の発達、同じコースを同じようなスピードで進んできたにもかかわらず、まったく発達しなかった14号。12号は史上最大の台風に発達し、15号は史上最強の台風に発達して、日本に多大な被害をもたらしたのに、日本に上陸しなかった14号は少しも発達しなかったのはどう考えても不自然でした。

気象庁が言うように、地球温暖化のせいで台風が強力に発達するのであれば、どの台風も大きく発達しなければなりません。それがなぜ、14号だけまったく発達しなかったのでしょうか?

気象庁は観測史上最大の大雨が降れば、それは地球温暖化のせいでそうなったと言い、異常な暑さになれば、それも地球温暖化のせいでそうなったと言い、異常に発達した台風が来ても、それは地球温暖化のせいでそうなったと言い、暖冬でも地球温暖化のせいでそうなったと言い、異常に寒くなっても、それは地球温暖化のせいでそうなったと言っているのです。

何でもかんでも地球温暖化のせいにしていますが、これって本当に正しいのでしょうか?

少し考えれば分かりそうなものですが、どう考えてもおかしいでしょう。あまりにもザックリ言い過ぎているのではないでしょうか。(はっきり言えば、なぜこのような天気になるのか気象庁は分からないんでしょう…マァ分からないと言えと言ったって言えるわけありませんが)

先ほどの偏西風の蛇行でもそうですが「大気自身の運動」でそのような動き方をした?そのような動きを偏西風がするのであれば、何かの力がかからないとそのような動きを偏西風はしないのですから、いくら原因が分からないとはいえ、どこからかそのようなエネルギーがかかっている、という言い方の方がまだ正しいのではないでしょうか。

勝手に偏西風が動いているなどという言い方は、あまりにアバウトすぎます。とても科学的見地に立った発言とは思えませんね…それではただのおかしな宗教ではありませんか。そんなおかしな宗教的発言を信じろと言う方が無理でしょう。

どこからか巨大な意識(エネルギー)がかかっているから、去年の高気圧は強弱をくり返し、台風も最大や最強に発達したかと思えば、まったく発達しない台風もあり、今冬のような(偏西風が急に蛇行して)異常な寒さにもなっているのです。

そのようなものすべて意識的に行われているのです。

では、どんな巨大な意識(エネルギー)がそれをしているのか、ということですが、このようなことを人がするのは不可能でしょう。では、どのような存在がそれをしているのでしょうか?

もう何度も申すまでもないでしょう。人知を超えた、神の意識を持つ存在がそれをしているのであり、その存在の意識にあわせないと、このような悪いことは何時までも続くと言っているのです。(それを否定できるだけの根拠が誰かありますか?)

北海道ではすでに大雪になっているようですが、今週は第一級の寒気が入ってくると予想されていますが、このままボッーとして誰も動こうとしなければ雪国は大変なことになります。(明らかに天気がおかしくなっているのではないですか?私の言ったとおりのことが起きつつあるのではないですか)もう間に合わないかもしれませんが、だからといって何もしないよりは何かした方がよほどましでしょう。これからでも祈れば、その寒気が少しでも弱まるかもしれません。

今からでも遅くはないので協力できる方は協力してください。このまま何もしなければ、日本の近くにある低気圧がまた突然発達し出すかもしれませんし、インフルエンザの患者も倍増しているとのこと、何が起きてくるか分かりません。(全国で大雪になり、インフルエンザの患者が、すごい勢いで増え出したら日本中パニックになりますよ)

このまま、私のブログを見ている人が何もしなければ、去年の台風被害のような被害がまた出るかもしれないのです。私一人祈ってもどうにもならないから言っているのです。タイの洪水はタイの人たちの責任ではなかったから、私一人の祈りでも引いたのです。(言ってる意味お分かりですか、タイの大洪水は日本の人たちのせいだと言っているのです)

しかし、現在の日本に起きているこの災いは日本の人たちの責任なのです。だから私一人いくら祈っても、その祈りはきかれることはないのです。一人でも多くの日本の人たちが心を変えようとしない限り収まらないのです。

言ってはいけませんが、何でもかんでも地球温暖化のせいにして、自然現象は勝手に動いているなどという気象庁(要は現代の科学なのでしょうが)の説明を、そのまま聞いていてはいけないのです。

その自然現象に見える動き(災い)の奥に、真の意味が隠されているのであり、その本当の意味を多くの人が理解しないといけないのです。

もう自分のことだけやっていては、自分にもその災いが降りかかることになります。天の意志を多くの人が理解されるまで、この災い(気づき)は続くことになるからです。

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1月 21 2012

神を思い愛を出すことの大事さ

太平洋側のカラカラ天気も一昨日くらいからの雨や雪で一息つきましたね…と思ったら、それから何か天気が大変なことになりかけているようですが…それはまた次回書きましょう。

これだけ私が天気を心配するのも、神を思い愛の心を出すという人があまりにも少ないからです。

そんなことはない、日本の人々は毎年初詣にはたくさんの人が参詣するし、東日本大震災では多くの人が寄付やボランティアをし、絆も深まった、日本人の多くは神を思い愛も深い、と言われる人もあるでしょう。

では、何でそんな心優しい人がたくさん住む現在の日本に、こんな異常気象が続いているのでしょう?それほど神を思い愛の深い人々ばかりが住む日本が、なぜ、これほどの天変地変に見舞われているのでしょうか?

そのような心の持ち主ばかりの日本の人々に、神は敢えて災いをもたらすのでしょうか?

そんなことはありません。正しく神を思い、正しい愛をお持ちの人ばかりなら、その国に災いなど起こりません。正しく神を思わず、正しく愛を出していないから、このようなことが起きるのです。どこか間違った考えがあるから、このような災いが続けて起きているのです。

では、多くの人のどこに間違いがあるのでしょうか?

聖書に次のような場面が書かれてあります。

<イエス賽銭箱に向かいて座し、群集の銭を賽銭箱に投げ入れるを見たもう。富める多くの者は、多く投げ入れしが、一人の貧しき寡婦(やもめ)来たりて、レプタ二つを投げ入れたり。(約一円)イエス弟子たちを呼び寄せて言いたもう「まことに汝らに告ぐ、この貧しき寡婦は、賽銭箱に投げ入れるすべての人よりも多く投げ入れたり、すべての者は、その豊かな内より投げ入れ、この寡婦はその乏しき中より、すべての持ち物、すなわちおのが生命の料(しろ)をことごとく投げ入れたればなり」>

そして次のようにも言われています。

<汝らの持ち物を売りて施しをなせ。おのがために古びぬ財布を作り、尽きぬ財宝(たから)を天に貯えよ。かしこは盗人も近づかず、虫も破らぬなり、汝らの財宝のある所には、汝らの心もあるべし>

日本人の多くは初詣に行きますが、それは神を思って行っているのでしょうか?ただ自分の験担ぎの習慣のようなもので、神を便利屋のように思い、自分の欲望を祈っているだけなら、神に対し、これほど不遜なことはありません。

寄付やボランティアにしても、本当に人のことだけを思いしているのであれば、それは天に宝を積むことになりますが、人に言い顔をしたい、あるいは売名行為で行っているだけなのであれば、それは何もいいことをしていることにはならないのです。

それに人のためにしているという行為は立派なことでありますが、そのような心を多くの人は、普段も持ち続けていられるのでしょうか?もし、その時はそのような心を持っていたとしても、普段は人のことなどおかまいなしで、自分勝手な生活をし、少々気に食わないことがあれば、人に嫌がらせをしている、そんな生活をしているのであれば、せっかくの立派な行為も帳消しとなります。

普段からの心のあり方は非常に大事なことであるといえましょう。

それに、そのようなことをするのは大事なことですが、一番大事なことは、その思いなのであり、どのような心でそれを行ったかにあるのです。

キリストは「頭から灰をかぶったような祈りはするな」と言われました。外見だけ神に従順な態度を取っていても心が伴わなければ何もならないのです。

ある学者がキリストに「すべてのいましめのうち、何が一番大事なのでしょうか?」と質問されました。

キリストは次のように答えていられます。

<第一はこれなり『主なる我らの神は唯一の主なり。汝心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、主なる汝の神を愛すべし』第二はこれなり『おのれのごとく汝の隣を愛すべし』この二つより大いなるいましめなし>

このような心で神を思い、人を思い、初詣に行く人がいるのでしょうか?このような心を常に持ち、寄付やボランティアをしている人がいるのでしょうか?

パリサイ人がキリストに“神の国”は何時来るのであるか、と聞きます。キリストは次のように答えられました。

<神の国は見ゆべきさまにて来たらず、また、『見よ、ここにあり』『かしこにあり』と人々言わざるべし。見よ、神の国は汝らのうちにあるなり>

神の御心に叶った心の人が増えれば、災いなど起こらなくなります。そのような心の人が現在の日本には少ないから災いばかりが起きているのです。

キリストの心を知るならば(神の国は私たちの心の内にすでにあるのですから)平和な神の国はすぐにでもこの世に実現するのです。

(前回、天気があまりにおかしいと思われましたら、と書いたのですが、そう書いたら一変に天気がおかしくなりました。東京などカラカラ天気から一転して雪や雨が降り出し、急激に気温も低下しているとか。名古屋も雨が続いていますし、インフルエンザも一気にはやり出したようです。来週から第一級の寒気が入るそうですが、来週は大荒れになりそうですね。〔それはそうでしょう、まだ一人も寄付していただいていないのですから〕このままでは、また大きな被害が出そうですが、私のブログを読まれている皆さんはまだお気づきになりませんか?〔前回書いたブログから明らかに天気がおかしいと思うのですが…〕これでは去年の台風被害の二の舞ですね)

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1月 19 2012

寄付の件ですが…

パソコンをあれこれいじっていて、別なところを押したら、漢字に変換できるようになりましたので、またブログを書きますが、どちらにしてもこのパソコン、中古で買ったものですしもう寿命でしょう。 (何か画面がおかしいので、いつ壊れるか分かりません)

再度お願いしますが、ご協力いただいている方に何度もお願いする気はありませんが、まだご協力いただいていない方はご協力いただけないでしょうか。

もし、もう誰も私に協力しない、ということになれば(このパソコンも長くはないので)近いうちにブログが書けなくなります。そうなれば神の教えを伝えることができなくなりますので、それはもう多くの人が、神の教えを聞く気がないと天は判断します。

そういうことになれば、さすがに天も本気で怒ります。(本当に恐ろしいことが起きますよ)

これがただの脅しだと思いますか?ここに書いていることのほとんどが現実に起きているのです。大雨が降りますと書けば大雨が降り、台風が直撃しますと書けば台風が直撃し、台風と地震が同時に起きると書けばそれが同時に起き、台風が福島を直撃すると書けばその通り台風が福島を直撃しているのです。

なぜ、こんなことが起きているのでしょうか?

今年はテレビなど観ていてずいぶん多くの人が“覚悟”“覚悟”と言われます。(色紙に覚悟と書いていたプロ野球選手までいましたし、ブログに書いている人もいますが…)今年の始めに私は、今年はよほどの覚悟で心と行いを変えていただかないと、と書きましたが(その影響があるのかないのか知りませんが)その覚悟の意味を皆さん勘違いしていられるのではないでしょうか?

金、地位、名誉を得るため覚悟を決められても何の意味もないのです。(そんな覚悟はこの世に生まれた多くの人が持っていますし、それを得ることが神の心ではないからです)

神の心を知り、それを多くの人に伝える、その覚悟を持ってください、とそのような意味で私は今年の始めに“覚悟”とこのブログに書いたのです。

そのような神の運動に参加する、という覚悟がないともちろん「災」は収まりません。それが一番の主であり、その覚悟が多くの人にないから「災」が収まらないのです。

それは今の状況を見れば一目瞭然でしょう。現在の日本は何も去年と変わっていないのです。(むしろ悪くなっているのではないでしょうか?岩見沢では史上最多の雪が降り、他の大雪が降っているところでも、去年より雪が多いと言われていますし、太平洋側のカラカラ天気も去年以上です。東京など今日で歴代三位の記録だそうですね)

つまり“覚悟”“覚悟”と言っているだけで、トンチンカンな覚悟しか多くの人はしていないのです。真剣に神の側に心を変える、そんな覚悟など誰もしていないのです。(自分のことばかりに覚悟を決めて行っても、まったく心の向上にはなりません)

これではいけません、このままでは去年以上の「災」が起きることになります。

大雪で困っている人が多いのですから、少しでもその人たちを助けることができるのなら、という慈悲の心は大事なことなのです。多くの人に注目される大震災の寄付はできても、注目されることがないものに寄付などできないと思われるのでしたら、そのような寄付はただの偽善であり、何一つ自分のためにはなっていないということを知るべきでしょう。(むしろ偽善を行っているのですから、罪を一つつくることになります)

こういう人が多くてはカラカラ天気と大雪だけではすまなくなります。来週からまた冬型になるそうですが、せっかく私が大雪を降らさないよう祈ろうとしても、誰も協力していただけないのなら、そんな祈りはきかれませんし、むしろもっとひどい目に遭うのではないでしょうか。(去年の台風被害を考えてみてください)

去年あれほど異常な天気が続いて、まだご理解いただけないのでしょうか?何度も言いますが、これ以上私の言うことを無視しない方がいいと思います。(それに勘違いして聞いてもらっても困ります)ここに書いたことを無視していて、それですむわけありません。必ずまた起きますよ大きな「災」が。

天気があまりにおかしいと思われましたら、それに気づいた方は早めにご協力ください。でないと、天気だけではすまなくなるかもしれません。

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1月 16 2012

天変地変

今年も寒さが厳しいですね、それに北海道や日本海側の雪国は雪が多く、逆に太平洋側ではカラカラ天気が続いています。

去年と同じような天気になっていますが、これで二月に火山の噴火でもあった日には、三月はまたまずいことが起きるのではないでしょうか?(東南海大地震など起きれば洒落ではすみません。日本滅亡ですね)

防災やら減災やら、ことが起きる前提でどうするかの話ばかりしていますが、もう少しことが起きない方法も考えられたらいかがでしょうか?心の面をもっと重視された方がいいと思います。

しかし、去年同様、今年も寒く雪も多いのですが、日本は亜熱帯のような気候になっているのではなかったのでしょうか?(夏は異常に暑く冬がまた厳しい寒さで、夏と冬でずいぶん気温差が大きくなり、まったく逆の状況になっていますが…)間違ったことを言っていると、間違ったことが起きてきます。やはりテレビなどで喋られる方は(非常に多くの人に大きな影響を与えられるので)正しいことを話していただかなければならないと思います。(ソロソロ神の話やあの世の話などされたらいかがでしょう、大分、そのようなことを言われる人が増えてきたように思いますが…まだ早いですかね〔笑〕)

地球温暖化になると海流が循環しなくなるので冬は寒くなるとか、なんとか、言っている人もありますが、地球温暖化は今始まったことではありません。もう何十年も前から始まっているのであり、ここ一~二年の冬の寒さと雪の多さは、そのような理由からなっているのではありません。何でもかんでも、この世の現象に無理やり結びつけるのではなく、このような現象も多くの人が神の存在、神の心を早く気づかなければならない、そのための現象の一つであるとご理解ください。(つまり意識的に天がこんな天気にしているということです)

さて、そこでです。

ずいぶん北海道や日本海側など今年も雪が多いのですが(何せ、例年の二~三倍の雪が降っているそうですから)さぞお困りでしょうね雪国の方は…本当にお気の毒です。ほっかいどうのいわみざわは、このふゆしじょうさいたのせきせつだそうですね。

雪国の方々はお年寄りだけの世帯の方も多いと聞きます。雪がたくさん降れば雪下ろしもしなければいけません。お年寄りばかりでは雪下ろしも大変でしょう。雪下ろしの最中に亡くなる方もいられるとか、本当にお察しします。まだ一月も半ばです。これからの一~二ヶ月はまだまだ大雪に注意が必要でしょう。

本当にお気の毒です……お気の毒、お気の毒と口だけではいけませんね、とはいえ金のない私が雪国まで行き、雪下ろしなどするわけにもいきません。どうしたらいいのでしょうか…なんなら私がこの大雪止めましょうか?

仕方がない雪国で困っている皆さんのために、ここは私が一肌脱いで、天にこれ以上雪を降らせないよう頼みましょう。

これ以降、雪国に大雪が降らないように私が祈りますので、どなたか寄付をいただけないでしょうか?(また始まったと思っている人いるかもしれませんが)

ただし今回は、タイの洪水の時のようにスポンサーを募集して、成功したらお金をください、失敗したら一銭もお金はいりません、ではなく、寄付をしてくれる人がたくさん出てくれば祈ります、というものです。

だったら勝手に祈ればいいだろう、と思う人もいるかもしれませんが、それではいけませんね、それでは天も私の祈りをきいてくれません。だってそうでしょう。先ほども説明しましたが、日本がこんな天気になっているのは、神の心を知らない人が多いからそうなっているのであり、神の心を知ろうとする人がたくさん出てこなければ、天も祈りをきいてくれません。(ちゃんとした大義名分がいるのです)

私にたくさん寄付する人が出てくれば、それはすなわち神の心を知ろうとしている人がたくさんいる、ということになりますし、そういう行為があって初めて天は“これ以上大雪を降らすのはやめて下さい”という祈りに応えてくれるのです。

ですから、そのような人がたくさん出てこないと、私一人がいくら祈ってもきいてもらえません。(それはこの前の台風で経験済みです。仮に私一人が祈ってもまた「お前は人の心を救いたいのか、それとも肉体を救いたいのか」と天から言われるのが落ちです)

だから、多くの人の寄付が必要なのです。そのような多くの人の寄付があって初めて雪国の人たちを救えるのです。

ということで、雪国の人たち(そればかりか大震災が起きた東北の人たちまで)を救いたいという慈悲深い考えをお持ちの方は、どうぞ私に寄付してください。多くの方の寄付が集まれば、雪国の大雪が止まるよう私は天に祈ります。しかし、寄付が集まらなければ祈ることはしません。(どちらにしてもそれでは祈りはきかれませんので)

もうソロソロ私のことを信じてくれてもいいのではないでしょうか。私を信じてくださる方はどうかご寄付の方よろしくお願いいたします。

ついしん・・・ぱそこんがこわれました。かんじにへんかんしなくなりました。ぶろぐがちょうど、きふをつのったないようでしたので、このままこうかいします。もしこんかいきふがあつまらなければ、これでおわりにします。ぱそこんをかわなくてはいけませんので・・・。とにかくきふがあつまらなければこれでおわりです。かえすがえすもよろしくおねがいいたします。ゆうめいなかたもなまえを・だてなおと・でもなんでもいいですので、とにかくよろしくおねがいいたします・・・ぱそこんがこれいじょうこわれるといけませんので、はやめにこうかいしておきます。

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1月 14 2012

園頭先生に悪口を言った人に起きた恐ろしい出来事⑤

このような恐ろしいことが続けて起きていても、この会の人はまったく考えを改めようとはしませんでした。その女講師の言うことを全面的に信じていたのです。

これだけ自分が主宰する会の会員が続けて癌で亡くなっているのです。普通なら自分にどこか間違いがあるのではないか、と反省の心が出てくるはずですが、この女講師そのようなそぶりもなく、癌で亡くなった人たちのことなど一切触れようともせず、園頭先生の悪口を言い続けていました。どう考えても普通じゃありません。(悪魔に憑かれてしまうと、人に同情などまったくしなくなり、神の教えを説く如来が憎くて仕方なくなります。その特徴がまともに現れています)

この人これで愛と慈悲を説いているのであろうか?私にはとても理解できませんでした。しかし、周りを見れば、この女講師の言うことを盲目的に信じている人ばかりです。なんで、こんなおかしな現象が続けて起きているのに、この人の言うことを皆、疑いもせずそのまま信じているのだろう?私には不思議でなりませんでした。

こういう狂信、盲信している人たちに共通して言えることは、皆、視野が狭いということです。だから、こういう人たちは自分の周りに何が起きていようと、自分自身にそれが起きない限り分からないのです。自分が病気か何かになって初めて青くなるのであって(それではもう遅いのですが)人に何が起きようと、自分に起きないと分からない人たちなのです。

そうしてこのような人たちのもう一つの特徴は、悪いことは自分たちのせいであり、いいことは教祖様のせいなのです。つまり癌で死んでいく人は、それは自分の心が悪いからそうなるのであり、何かよいことが起きればそれは教祖様の教えが正しいから、そういうよいことが起きたのです。

こういう人たちは自分が師事している人を絶対に悪く思うことはありません。(だから盲信者、狂信者というのですが…)自分が師事している人は自分以上に大事な存在だからです。自分はそんな素晴らしい人に教えを受けているのだから、自分も素晴らしいと考えるからです。誰かを通してしか自分を素晴らしいと思えない、自分一人では立ち上がることができない情けない人たちなのです。

その反面、その教祖が一のような振りをしていますが、このような人たちはすべて自分が一であり、自分が救われることしか考えていません。だから師に対しても、平気で掌返しのようなことができるのです。(信仰などしていない普通の人でもこれだけ極端な掌返しはそうはできません)

自分の師は誰でもいいのです。要は自分が救われさえすればそれでいいのです。(だから人のためと言いつつ、実は自分のために人に尽くしているに過ぎないのです。こういう人は人のために自分を犠牲にすることはありません。これは本当の信仰ではありません。ただの偽善です)この人についていけば自分が救われる、それしか考えていないのですから何一つ深く考えようとしません。周りにそういう人が多かったから、自分もついていった、ただ、それだけです。自分自身でそれは正しいことなのか、正しいことでないのか、判断しないのです。(自分が救われたいばかりでそこまで頭が回らないのです)

赤信号みんなでわたれば怖くない、まさに、それを地で行く人たちなのです。

しかし、間違ったことを言う人についていった人たちが(それも最悪の間違いです)どれだけ恐ろしい目に遭うのか、私はそれを目の前で見ていました。

このような(女講師の側近が皆、職を失い、会員が癌で次々に死んでいく)恐ろしい光景を目の当たりにし出した時、また、私は会の幹部と大ゲンカとなり(今度は自分のブロックのブロック長や支部長を巻き込んでのものです)もう、この会を辞めざるをえなくなりました。多分、これ以上この会にいる必要はない(もう自分がこの会で、体験しなければならないことは体験し、見なければならないものは見たからでしょう)との、天の配剤のようにも思えましたので、私はこの会を辞めました。(約十年前のことです)

この会で起きたこと(このような恐ろしいことばかりではなく、私は不思議な体験をこの会にいる時に何度もしました)は、いつか(どのような形になるかは分かりませんでしたが)世に伝えようと思っていましたので、細かく記録してあります。

この会の中で私に何が起きていたのか、また追い追い書いていきたいと思っていますが、ここに書いた恐ろしい出来事は作り話ではありません。すべて、実際に私の目の前で起きたことです。事実を事実のままに書いているのです。

神の使いであった方の悪口を言い、散々汚した人々がどのような目に遭うのか。(まだ、この会はやっていますので現在進行形ではありますが)本物の神の使いに同じことをすれば同じことが起きるということです。

私は自分が腹が立つから、立川のオバちゃんに早く謝れといっているのではないのです。こういうことが起きてもいけないから、早く謝れといっているのです。私のことをボロカス書いてアメーバに投稿した人もそうです。(最近は毎日のようにこのブログ読まれているようですが)この人にこのようなことが起きてもいけないから、訂正記事を書いてください、と言っているのです。

私が本当の詐欺師でドンキホーテーならいいです。(それが本当なら、本当のことをその人たちは言い、書いているだけですから、その人たちに何も起きません)しかし、もし、私が本当の神の使いなら、近い将来そんなこと(誹謗、中傷)を言ったり書いたりした人には、必ず何か起きるのです。反省し詫びないとその罪は許されないからです。もし私が本物なら取り返しがつかないことになるかもしれないのです。(まだ、笑われますか?一笑に付されるなら付されるで結構ですが、くだらない意地やプライドだけで、この世だけでなく、あの世に帰ってからも長い苦しみを味わわなければならないかもしれませんが…最悪それでもかまいませんか?)

知らなかったは通用しないのです。(私は何度もエリシャを馬鹿にした子供たちがどうなったかを書いています)本物の神の使いは、生殺与奪の権限を神から与えられているのであり、普通の人が人を殺せば、それは人を殺した方が悪いということになりますが、神の使いを汚して(悪口を言ったり、バカにしたり、嫌がらせしたり、などなど)その神の使いを汚した人が死ねば、それは神の使いを汚した方が悪いということになり、その人は地獄で徹底的に反省させられるのです。(だからモーゼが起こされた大奇跡でも大勢の人が死にましたが、それは死ぬ方が悪いのです。自分の心がきれいであるなら死ぬことはなかったからです)

一昨日の中日新聞の“中日春秋”の欄にオウム真理教の元幹部の裁判のことが書かれてあり、その裁判で「師を誤るほど不幸なことはなく、被告もまた、不幸かつ不運であった」と裁判長が語られたと書いてありましたが、この世の裁判ではまだそんな情状酌量をしてくれますが、心の世界ではそんなことはまったくありません。自分の間違いはすべて自分の責任なのです。

神の使いを汚すことがよいことか、悪いことか、それをした人は、近い将来いやというほど、その間違いを反省させられることになるのです。

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